戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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クリスちゃんは漫画版によるとお父さんが砕けた関西弁っぽかったので、お父さんの砕けた口調+バル・ベルデの口汚い環境が加わってああいう口調になってるんだという設定です。この作品では

現在予約投稿で11月30日まで毎日投稿するようにしてるんですが11月って何日まであったっけな……


3

 頭痛がする時としない時。

 頭痛を伴う時は感情の付随した思い出が蘇り、頭痛がない時は極めて無感情に死人の事を思い出せる。

 楽しい思い出があればあるほど、その最後が無残であるだけに耐えられない。

 忘れる、それがゼファーの過去の記憶に対しての選択肢。

 

 悪夢を見る時と見ない時。

 思い出せば泣いてしまう、うなされてしまう、辛い気持ちになる。

 楽しい思い出も思い出すのが辛くなってしまうくらい、凄惨な最期だったから。

 泣く、それがクリスの過去の記憶に対しての選択肢。

 

 共に不器用であり、二人はどこか似ているのかもしれない。

 まあ、二人が出立して戦場に向かう車の中で向き合っている今になっても仲直りしていないのは二人が不器用なのだけが原因ではないのだが。

 

 

「ふんっだ」

 

「……」

 

 

 ゼファーが声をかけても、ことごとく無視されている。

 クリスが声をかけようとしても、間が悪く直前にゼファーが他の誰かと話を始めてしまう。

 結果二人は相互にどんどん話しかけづらくなり、牽制の視線のみが交差するように。

 二人以外の同乗者達の気まずさまでどんどん加速する。

 

 

(チラチラこっち見てないで話してくれよ……謝りづらいなら先に謝るから……)

 

(こっちから話しかけてあたしから先に謝らないと……)

 

 

 まるで子供の喧嘩の後の「あいつがわるいんだからぼくはあやまらない」という意地を見ているよう……というか、実際そういう側面もあるのだろう。

 少なくとも、喧嘩の後に張ってしまう不可思議な意地が邪魔しているのは確かだ。

 謝ろう、でもなんかちょっと謝りたくない、よし深呼吸、あっタイミング逃した。

 ガキか! ガキである。

 

 

「おうおう、ここはいつからお遊戯会の会場になったんだ?」

 

 

 そんな二人の気まずい空気を、空気をあえて読まない男が吹っ飛ばした。

 

 

「ジェイナスか」

 

「右を見れば俺を差し置いて小隊長のガキ、左を向けば新入りのガキ。

 おいおい、俺のお仕事はいつから戦闘じゃなくて子守りになったんだ?」

 

「……なんだコイツ」

 

「ジェイナス・ヴァスケス。俺達の仲間だ」

 

「は? こんな小物臭いのが?」

 

「乳臭いガキがよく吠えるじゃねーかお嬢ちゃん」

 

「あ?」

「あ?」

 

「やめろ、二人共」

 

 

 喧嘩の後の気まずさを吹き飛ばす救世主かと思ったら新しい火種だった。

 なおジェイナスの場合は子供だとかそういうの関係なく、性格が悪いだけである。

 口を開けば他人を煽ってればそりゃこうもなるのだ。そして大抵、ジェイナスが原因の喧嘩の仲裁はゼファーの仕事。

 

 

「お前、俺達の不仲をどうにかしに来たんじゃないのかよ、ジェイナス……」

 

「あ? んなことどうでもいいんだよ、仲悪かろうが良かろうがガキは大抵すぐ死ぬしな」

 

 

 どうでもいい、と断じ、ジェイナスの視線は探るようにクリスへと向けられる。

 『大人の男の視線』にクリスが一瞬怯えから身を竦めるも、すぐに気丈に睨み返す。

 しかしながら、ジェイナスはその一瞬の怯えを見逃さなかった。

 

 

「俺が言ってんのは、このガキが足引っ張る未来しか見えねえって話だよ。

 そんで足引っ張った場合一番割食うのはコイツを見捨てないお前だろ、ゼファー」

 

「心配してくれてるのか?」

 

「はっ、頭の中お花畑も大概にしとけ」

 

 

 憎まれ口こそ叩いているが、誰が聞いてもそうとしか聞こえない。

 不器用ではないが素直ではないこういう大人は非常にめんどくさい男と断言してもいいだろう。

 露骨に見下されているクリスは怒り心頭の様子で、指をワキワキ動かしている。

 しかしゼファーは、ジェイナスの懸念を一蹴する。

 

 

「大丈夫だ」

 

「あ?」

 

「この子はビリーさんの同類になれるよ。俺が保証する」

 

「……なに?」

 

「少なくとも、信じて背中を預けられる腕はある。俺が保証する」

 

 

 ジェイナスとクリスが軽く、彼ら自身だけにしか分からない程度に息を呑む。三人の話を盗み聞きしていた周囲の数人が耳を疑うような挙動を取ったのも目に見える。

 ジェイナスはビリーの同類という点に驚愕し。

 クリスはゼファーが自分を案じているのと同じかそれ以上に、自分の腕――銃の才能――を信頼してくれていることに驚いた。

 周囲で聞き耳を立てていた者達が驚いたのは比較対象がビリー・エヴァンスだったからだろう。

 

 

「お前がそこまで言うなんて珍しいじゃねえか……なら、しばらくは様子見しといてやるよ」

 

「そうしてくれ。あ、それともう一つ」

 

「ん?」

 

「ジェイナスが小隊の責任者になるのは未来永劫ないと思う」

 

「言ったなコイツ!」

 

 

 冗談を飛ばすゼファーに、スキンシップ代わりのヘッドロック。

 露骨にお前責任感ねーよと言う少年と、からかい混じりに肉体言語に訴える優男はいかにも歳の離れた悪友といった風体だ。

 とてもこれから命のやりとりをしに行く人間には見えないが、それが彼らなりの生き方なのだから仕方ない。

 暗くよりも明るく。叶うなら笑って死んでいく、だけど死なないよう全力を。

 誰からともなく皆笑い、不思議といつの間にか、車内の先程までの悪い空気は吹き飛んでいた。

 

 ヘッドロックをされていたせいで周りの顔が見えず、結局ゼファーはいつクリスが機嫌を少し直していたのか気付けなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二話:Chris Yukine 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーには人の動かし方というものはてんで分からない。

 分かっているのはバーソロミューがその分野に長けていて、その思考を本当の意味で理解できるほど学があるのは知人の中ではジェイナスだけだということだけだ。

 なおそのジェイナスは戦闘が始まる前にまたいつの間にかどこかへ消えた模様。

 

 

「……」

 

 

 建物の中から窓を通じて遠くを覗き、双眼鏡にチラチラと映る遠方の敵を映す。

 今回のゼファー達はオフェンスであり、敵に占領された街一つを奪還する事が任務である。

 バル・ベルデサイドもS国サイドも、互いにチラチラと相手が見えていることには気付いているが、あいにくと携行火器程度しか配備されていない双方にはこの距離では手出しができない。

 辺境の金無し使い捨て部隊同士の、悲しい暗黙の了解がそこにある。

 双眼鏡で様子を見た後、ゼファーは場所を移してクリスに何度目か分からない念押しを始める。

 

 

「じゃ、この辺りで撃ってるんだぞ。ポイントは言った通りの時間を空けて変えるように」

 

「はいよ」

 

「あくまで当てられる自信がある時に時に撃つこと。

 無駄弾は自分の居場所を教えるだけだからリスクが増える」

 

「ん」

 

「危ないな、じゃなくてちょっと怪しいな、と思ったら通信機で俺呼んで……」

 

「分かった、分かったから! お前はあたしの保護者か何かか!?」

 

 

 何度目かも分からない繰り返しの忠告に流石のクリスも呆れの溜息。

 信じて背中を預けるとは何だったのか。

 信頼以上の心配が見え見えで、クリスからすれば上げて落とされた気分である。

 

 

「あたしより、前に出るゼファーは自分の心配してろよ」

 

「何、当たったらその時はその時だ」

 

「その時はその時、って……」

 

「オートの射撃かわせる人間なんて居ないよ。運が悪ければ死ぬ、それだけだ」

 

「……」

 

「それでも、死にたくはないけどな」

 

 

 ゼファーの認識では、バーソロミューの対人の采配は大雑把に『突撃』と『援護』に分かれる。

 前に出て敵部隊に負荷をかける突撃とその援護である。機動概念なんてものはない。

 実際は個人の動きを把握しつつの戦力の浸透や事前に想定した橋頭堡候補の選択と確保など色々考えて後ろで指示を出しているのだが、ゼファーがそれを知る由もない。

 遠距離からの一方的な火力が大正義の現代で、ゲリラ戦でもないのに歩兵が陣地を取り合い距離を詰めて銃で近接戦遭遇戦なんてものは、先進国の戦争では滅多に見られるものではないだろう。

 戦車もない、戦闘機もない、制空権もない、そんな戦争だ。

 今回の担当はゼファーが突撃、クリスが援護。

 銃の腕だけを見ればクリスの方が前線での生存率は上がるのだろうが、初陣ということも込みでゼファーがこの配置を推した。

 

 

「ユキネが敵全部撃ってくれるなら俺も死なないんだけどな」

 

「ハッ」

 

「……なあ、いい加減さ」

 

「あたしはまだ、お前がパパとママを殺した奴らと同類じゃないって確信が持てない」

 

「……」

 

「信頼をあたしに求めんな」

 

 

 二人の会話の間には、まだトゲがある。

 一言で言えばまだ仲直りしてない喧嘩の延長。

 しかし二人の内心は一言では言い表せない感情の坩堝だ。

 喧嘩の仲直りをすれば折り合いをつけて納得もできるが、そうでなければ納得もできない煩悶。

 それも当然。

 ゼファーはクリスを未だ名前で呼んでいないし、クリスは古傷を抉った謝罪もしていない。

 それを口にするのは相手を納得させるためではなく、自分自身の中の何かと決着をつけるためのものなのだというのに。

 

 

「……分かった、行ってくる」

 

 

 捨て台詞のようなゼファーの声に、返答は帰って来なかった。

 ざんばらな髪をかき上げて、無駄な思考を断ち切り少年は銃を片手に前へと進む。

 いつもの様に、いつも通りに、戦場で少年は一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あー、あたしは本当にもう……」

 

 

 なお、何故か言葉でバッサリ行ったクリスの方が心的ダメージは大きかった模様。

 ここに綺麗なベッドと枕があれば枕に顔をうずめて足をパタパタさせていたこと請け合いだ。

 気を取り直し、銃に弾を込めて構える。

 クリスが手にしているのはゼファーが死体から以前拝借し、それ以降あまり使っていなかった狙撃銃だ。腰にはビリーの拳銃も差している。

 この地域の紛争であれば狙撃で当てられるであろう距離、有効射程は600mといった所だ。

 それ以上の距離で当てられる腕を持つ者が居なかったからだ……昨日までは。

 

 

「……」

 

 

 昨日試せるだけ試してみた所、クリスがこの銃を持った時の有効射程は脅威の1400m。

 しかも的のど真ん中を一度も外さなかった以上、まだ遠くも狙えるだろうと予測もできる上に、銃の腕を鍛えて行けばまだまだ射程は伸びるという展望まである。

 並大抵の銃では最大射程に入る前に一方的に赤いバームクーヘンにされるだろう。

 そのクリスのスコープに、一人の敵兵が映った。

 

 

(!)

 

 

 憎まれ口こそ叩いていたが、クリスはクリスなりに内心で色々と複雑なのだ。

 少なくともゼファーを死なせたくないとは思うし、その為に敵を撃つべきだというのも分かる。

 ゼファーを殺す人間をクリスが殺せばいい、単純な理屈だ。

 今スコープに映る人影に向けて引き金を引けばいい。難しいことではない。

 

 

「……ふぅ」

 

 

 大丈夫、あの時人を殺してでも生きる道を選んだんだ、そう自分に言い聞かせる。

 深呼吸。

 銃を即席の銃座に据えて、固定されているのを確認し、反動を殺す姿勢に。

 もう一度深呼吸。

 スコープの真ん中に敵を捉え、引き金の上に人差し指を乗せ、深呼吸。

 しかし引き金が引かれる前に、敵兵は物陰へと入って行ってしまった。

 

 

「……あちゃー、これは仕方ないな」

 

 

 誰に言っているのか? クリスの独り言。

 気を取り直して、まだ戦いが始まっていないからと油断している別の敵兵を発見。

 物陰から物陰へと、狙われないよう跳ぶように移動しているが、そも投げられた小石を拳銃で撃てるクリスの動体視力・反射神経・軌道予測から逃げられるわけがない。

 クリスの頭の中では次に物陰から身体を出すのがいつか、いつ引き金を引けば当たるのか、どこに命中し即死に至るのかという結果までもが分かっている。

 ならばその地点に照準を合わせ、後は引き金を引くだけの楽な仕事だ。

 

 

「次は」

 

 

 当てる、という言葉を飲み込む。

 物陰から敵兵が跳び出す。そのタイミングで、クリスは引き金を―――引けなかった。

 その瞬間だけ、手汗を拭こうとして手を離していたのが致命的なミスだった。

 

 

(やっべ)

 

 

 次に跳ぶ瞬間に撃ち抜こうとするも、そこからは中々呼吸が合わない。当てられるはずなのに、何度も機を逃してしまう。

 そうこうしている内に、狙っていた敵兵は撃てない建物の中へと入って行ってしまった。

 二人。確実に狙撃できたであろう二人を仕留められず、その上で時間もかなり使ってしまっていた。流石にクリスにも焦りが生まれる。

 使ってしまった時間で最善の結果を出したなら、敵軍を半壊させていてもおかしくはないと言えるだけの腕を持っているのだから、時間を無駄にしたことは本人が一番良く分かっている。

 もう既に前線は接敵している。一方的に何かができる時間は終わりだ。

 

 

「ガラにもなく緊張してんのかな」

 

 

 もう一度深呼吸。

 ゼファーは事前にある程度の自分の行動範囲をクリスに告げていたし、クリス自身もゼファーを見失わないようにしていた。

 ゼファーを援護するため屋上に上がり、一階分下の隣の建物の屋上へと跳び移る。

 そこで寝そべるように屋上の縁からスコープを覗き、ゼファーを視界に収めた。

 

 

「……?」

 

 

 そこで不可思議なものを見る。

 クリスの覗くスコープの中で、突然ゼファーが何もない場所で転ぶように横っ跳ぶ。

 

 

「なにやってんだアイ―――ツ?」

 

 

 それとほぼ同時、ゼファーの背負うバックパックの紐の端っこを銃弾が貫き、銃弾はそのまま壁に、転がるゼファーは物陰に転がり込んだ。

 

 

「は?」

 

 

 今、クリスの視界の中で。

 

 

「あいつ、撃たれる前に避けた……?」

 

 

 クリスの銃才にこそ及ばぬものの、凡人の限界値に迫る動きが垣間見えた。

 この地で飛び抜けた才を持たない者が、人間が誰でも持っている能力を環境への適応という形で鍛え上げた、直感という名の一つの武器。

 

 

「……いや違う。バックパックにかするくらいにはギリギリだった」

 

 

 しかしながら、天賦の才を持つものが見ればそれはひどく危ういものに見える。

 勘で感知し、遮二無二転がってもかすってしまうならば、死んでいてもおかしくはなかった。

 実際、クリスは撃たれる前にかわしたことへの驚愕よりも、あと少しで死んでいたであろうことに肝を冷やした方が印象が強い。

 援護しなければ、コイントス程度の確率で死ぬ。

 

 

「……死ぬ。あたしが撃たないと、死なせてしまう」

 

 

 ゼファーはクリスが居る辺りを中心に半円状に動きまわる遊撃をしており、その直感特有の回避能力に、直感を活用してもどうにもならない状況に絶対に立たない立ち回りを徹底している。

 遊撃ではあるが、結果的に囮に近い動きをしていることになるだろう。

 その囮に引っ掛かった敵兵を仕留める役目を背負うのが仲間達であり、クリスだった。

 地面を転がり被弾面席を下げて射撃回避、匍匐前進で瓦礫の間を進み、二階から飛び降りたと思ったら敵小隊が組んでいたバリケードの中に手榴弾を放り込む。

 泥臭すぎて全体的に地味、しかし直感が無ければすぐにでも死んでいるであろう活躍。

 それゆえ少年一人の力ではすぐに無理が来る。

 じわりじわりと追い詰められ、今では熟練の兵士三人に遠巻きに囲まれていた。

 

 

「撃たないと」

 

 

 ゼファーはブービートラップであえて侵入経路を全て塞がず制限し、動きを誘導してるものの、小細工を抜いた根本的な地力の差が出ている。

 直感でしぶとく生き残ってはいるものの、直感込みの戦闘力でも大の大人には敵わない。

 クリスが撃たなければ、殺される。

 

 

「あたしが、殺さないと――」

 

 

 二人があえて目立つ動きをして逃げ道を塞ぎ、残り一人がゼファーの背後に回り込む。

 背後の一人がゼファーの頭に銃口を向け、引き金に指をかけた。

 それよりも早くクリスの照準は、その背後の一人の頭に狙いを定めている。

 撃たなければ、殺される。少女の両親のように無残に呆気なく。

 今度は言い訳のしようもなく、クリスの責任で。

 

 

「う、う、ぁ」

 

 

 ―――それでもクリスの指は、引き金を引けなかった。

 

 

「待って、待って!」

 

 

 銃ではなく、遠方へと手を伸ばす。

 距離的に声は届かないし、たとえ届いたとしても止まるはずがない。

 止めたいのなら、死なせたくないのなら、撃つしかなかったのに。

 彼女は撃てなかった。引き金を引けなかった。止められなかった。

 

 人を、殺せなかった。

 

 小さな空気が破裂するような発砲の音が遠方から聞こえてきて、クリスは膝を折る。

 他の誰が分からなくても、雪音クリスにはその銃声がどこから来たかが分かる。

 その音はゼファーに銃を向けていた、一人の男が居た辺りから聞こえてきた。

 立ち上がる気力はなかった。スコープを覗く気力もなかった。閉じた瞼は上がらなかった。

 ただ、自分が何も出来なかったから殺されてしまった両親と、自分を信じてくれたのに自分が何も出来なかったから殺されてしまったゼファーの姿が、瞼の裏で重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声に遅れて、ドサリと何かが倒れる音。

 

 

「おいおい、お前勘が良いのに後ろ取られんなよ」

 

「……見えてない範囲からとか、頭全力で使ってるとキレが悪くなるって知ってるくせに」

 

「知ってる知ってる。まだツイてるか、ゼファー?」

 

「ダチが助けに来るってウルトラCがあってツイてないわけないって、ジェイナス」

 

 

 それはゼファーの背後を取った敵の更に背後を取った、ジェイナスの銃撃だった。

 拳銃を片手で息をするように撃ち、後頭部に一発命中。

 これだけの腕があって戦闘はサボっているのだから本当にどうしようもない。

 

 

「他にもぞろぞろブラウディアの爺さんの指示でこっち来てるぜ」

 

「……お前、そうなるように嘘じゃない程度の虚偽戦況報告したな」

 

「さて、何のことやら。それよりあれだ、あの嬢ちゃんやっぱ使い物になんねえよ」

 

「……」

 

「今日一発も撃ってねえんだ。分かるだろ? 見捨てとけ」

 

「いや……嫌な予感がするから、迎えに行ってくる」

 

「やめとけやめとけ、お荷物が増えるだけで――」

 

「ジェイナス。嫌な予感はここに居る全員に、だ」

 

「……おいやめろよ、お前のそういう勘は外れねえんだぞ」

 

「俺の動向とクリスの動向を把握できるくらい後方に居たのは見逃す。

 俺を助けようとしてくれたことにも感謝してる。

 だけど、見捨てろって忠告は聞けない」

 

 

 今日一日ずっと、空は晴れていても西風が吹いていない。

 風向きが変わらなければ最悪の事態にもなり得ると、少年の勘がそう言っていた。

 

 

「バーさんに戦線下げつつ散兵を集めた方がいいって言っといてくれ。

 そうしたら後は好きにしてていい」

 

「……お前がそうまでするべきほどのガキか? やめといた方がいいと思うがね」

 

「あの子は俺が守る。『絶対に、絶対だ』」

 

「―――」

 

 

 その一言に。

 ジェイナスは今まで見たこともない、今まで感じたこともない、今まで知ったこともない。

 柔らかな西風のような、不可思議な何かを感じた。

 それは古今東西、万人の背中を押す何かだった。

 

 

「行ってくる」

 

 

 一瞬放心してしまい、走り出したゼファーを呼び止めることすら出来ない。

 だがそれも良いのかもしれないと、ジェイナスは妙に納得させられていた。

 肌を撫ぜる風が、言葉に追随するかのように向きを変える。

 悪態をつく暇もなく、彼は驚愕の顔を隠せない。

 

 

「おいおい」

 

 

 これからどうなるか、それを知るのがゼファーの直感。

 その指標になるのが、幸運をもたらし背中を押す西風。

 過去を変えられなくとも、人は誰もがその意志でその未来を変えていける。

 思うがままにとは行かなくとも、背中を押す風向きならば、変えていける。

 

 

「風向きが変わりやがったぞ、ゼファー」

 

 

 ゼファーが西風は幸運の印だと、常日頃言っていることを知るジェイナスだからこそ、そのあまりにも小さな奇跡に笑うしかなかった。

 ゼファーが向かうは方角的にここから東。

 西風はその背中を押し吹きすさぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼はS国の名も無き兵士。

 適度に周りに流され、しかし何でも言いなりになるでもなく。

 人付き合いが苦手なわけでもないが、さして協調性があるわけでもない。

 凡人ではあるが無能ではない。記憶に残る特徴があまりない人間だ。

 完全な凡人なんてものはこの世になく、どこにでも居る人間なんてものはない。

 誰だって小さくも尊い個性を持ち、この世界に生きている。

 そして死にたくないと思っている。生きていたいと願っているのだ。

 そのために戦い、敵を撃つ。彼の生き方は軍人として極めてありきたりにシンプルだ。

 

 いつもの通りに、彼は銃を手にして戦場を進む。

 階段を上がっていくのは、先程人の声が聞こえた気がしたからだ。

 味方は居ない。一人は流れ弾が頭に、一人は崩れた瓦礫に足を挟まれ、一人はいつの間にか連絡が取れなくなっているがおそらく死んでいるだろう。

 それでも、建物の上から一方的に撃ってくるであろう敵は見逃せない。

 殺しに行って返り討ちにあうリスクより、後に一方的に撃たれるリスクの方が大きいからだ。

 息を殺して、気配を探る。警戒しながら進むものの、狙撃手特有のペアや警邏も居ない。

 油断せず、最大限の警戒を維持したまま階段を登り、顎下の汗を拭う。

 

 そして最後の、最上階の扉に辿り着いた。ここより上は屋上しかない。

 一階からここまで全ての部屋に誰も居らず、しかし扉の奥には確かに人の気配がある。

 息を吐き、残弾を確認し、部屋に入ると同時に掃射するつもりでドアを蹴破った。

 しかし、引き金を引こうとした指が止まる。

 

 そこは広い部屋だった。一階のロビーの次に大きな部屋で、調度品は何もない。

 その奥で銃を持ち、震える少女が居た。

 まだ十歳にも満たないであろう子供。

 ドアが蹴破られてから兵士に気付いたようで、涙を浮かべながら振り向き、その背丈に見合わない銃を兵士へと向ける。

 しかし、引き金が引けない。

 その少女は、自分が撃たなければ自分が死んでしまうというこの期に及んでも、人を撃てないで居た。

 撃たれる者の痛みを想像できる優しさを、捨てきれないでいた。

 こんなにも震え、死に怯えているにも関わらず。

 

 ゆえに、兵士も「撃っていいのか」と躊躇ってしまった。

 子供を撃ったことがないわけではない。バル・ベルデの少年兵と戦ったことも何度もある。

 しかし目の前の少女はあまりにも弱々しく、両国の辺境住民特有の荒んだ気配がなく、兵士がもう十何年も感じたことのないような、平和で暖かな感じがした。

 平和な世界に生きてきた少女の雰囲気に面食らい、兵士は判断を鈍らせる。

 銃を持つ手を震わせながらも引き金を引けないその姿が、兵士に一つ溜息を吐かせた。

 だが撃つ。敵である以上、この兵士がクリスを撃たない理由はない。

 けれどその瞬間。ずっと続いていた彼の警戒と集中が切れた隙が、致命のミスだった。

 

 パァンと一発、乾いた銃声。

 クリスに銃を向けていた敵兵が崩れ落ちる。

 

 

 その後ろに立つは、拳銃片手のゼファーの姿。

 

 

 これもクリスからあまり離れないように立ち回り、守るという選択を貫いた結果だ。

 嫌な予感に駆られるままに、全力で疾走しクリスの居る場所の近くへ到着。

 状況をいち早く理解し、兵士の後ろから気配を消して接近し、無言のままに容赦なく撃った。

 ただそれだけ。

 しかしゼファーの銃の腕で弾丸を節約しようと考えたのが間違いだったのか、一発の弾丸は腹腔を貫くも即死の致命傷には至らない。

 血塗れのまま拳銃を握って反撃しようとする敵兵を、しかしゼファーはその手首を踏み潰す。

 

 

「ぎぃッ!」

 

 

 ゼファーは銃に向かって伸ばされた手の手首を砕くつもりで踏んだのだが、ゼファーの体重ではいかんせん内出血がせいぜいだろう。

 しかしその痛みに拳銃は手放させた。

 ゼファーはその銃を拾い、弾丸の温存も兼ねてその銃で敵兵へとトドメを刺す。

 心臓に二発、頭に一発。

 息絶えた敵兵を尻目に銃からマガジンを引き抜き、残弾をポッケに入れて銃本体を投げ捨てた。

 

 

(間に合った、か)

 

 

 そして震える少女を、ゼファーを見て表情に一抹の安堵を浮かべたクリスを視界に収めて、

 

 

「ユキネッ!」

 

 

 その名を、呼んだ。

 叫ぶその名は、クリスがこの国に来る前に日本に居た時のクセで『クリス・ユキネ』ではなく、『雪音クリス』と名乗った弊害。

 要するに名前と苗字を逆に覚えていたという笑い話。

 しかし、そんな事は重要ではないのだ。

 

 名前を呼ぶ。誰かの代わりではなく、その人をその人個人としてちゃんと見るという過程。

 それは本当に情けない少年が踏み出した、変わっていくための第一歩。

 その時少しだけ、本当に少しだけ、少年はマシな人間になれたのかもしれない。

 人間として、マイナスからゼロに近づいたという程度かもしれないが。

 

 

「大丈夫か?」

 

「……」

 

「ユキネ?」

 

 

 ただ少女は俯いて顔を上げぬままに、少年に抱きついた。

 その相手が見知った少年でなくとも縋り付いていたかもしれないと、そう思わせるほどにその姿は弱々しく、服を掴む指は震えている。

 何かに寄りかからずには居られない、悪い夢を見て夜に泣く子供のように。

 

 

「ごめん、ごめん、あたし、あんな風に言ったのに……」

 

 

 それは自己嫌悪と、後悔だった。

 

 

「ゼファーに下がってろよなんて言って、ゼファーの下がってて欲しいって言葉にキレて、

 ムキになって昨日のこと謝りもしないで、悪口まで言って……!

 信じてもらってたのに……!」

 

 

 撃てると思っていた。一度決意すれば、自分は迷いなく撃てるとクリスは信じていた。

 現実は引き金を引けず、手は震え、人の命を奪う重みに耐えられやしなかった。

 ゼファーのように、「ここでは人の命が銃弾よりも軽い」などと割り切ることができなかった。

 その結果としてあの状況。両親の死のフラッシュバックも合わさって、後悔に苛まれるクリスは立ち上がることもできそうにない。

 そんな少女を、少年は優しく抱きしめ返す。

 

 

「いいんだ、ユキネ」

 

 

 自分を頼りにしろと不満を持っていたクリスも、心配しつつその腕に期待していたゼファーも。

 二人共、単純に見通しが甘かった。

 触れれば砕ける砂糖菓子のように、甘い見通しは非常に脆い。

 今日という日に最も訪れる可能性が高かった結末は、二人揃って戦死という結末だろう。

 ジェイナスのファインプレーもあるが、二人が今も生きているのは、単純に運が良かっただけ。

 ただその一言に尽きる。

 

 

「人を撃てない人の方が優しくて、生きてる価値がある人に決まってる。

 俺も、撃ちたくない奴に無理に期待を押し付けて、悪かった」

 

 

 クリスが人を撃てない人間だったこと、敵がそんな少女を見て撃つのをわずかに躊躇うような兵士であったこと、ゼファーが間に合ったこと。

 一幕を切り取るだけでもギリギリの綱渡りの連続だ。

 しかし、ゼファーはそれを幸運だとは思わない。思えない。

 

 

(ユキネが人を撃てなかったから、撃たれなかったのなら)

 

 

 それはきっと……優しかったからだと、ゼファーは思う。

 クリスも、きっと今殺した兵士も。

 クリスが人を撃つことを躊躇う性情でなければ、兵士がそんな少女を撃つことを躊躇う人情味のある人間でなければ。

 ここでクリスは撃たれ、背後から忍び寄っていたゼファーも奇襲は難しかったはずだ。

 

 撃てなかった二人と撃てたゼファー。

 人を撃つことに躊躇いを感じる人間こそ尊い、そう考える少年が感じているこの感情に最も近いものを一つ挙げるなら、それは『劣等感』だろう。

 少なくとも、ゼファーは()()()自分がこの二人よりもマシな人間には思えなかった。

 人殺しを躊躇わない人間の方がマシだなんて、彼は死んでも思いたくはなかった。

 

 だからこそ。

 そんな少女を守れたことに、不思議な達成感も感じていた。

 

 

「ああ、泣くな、頼むから泣くなって。正直対応に困るだろ」

 

「……ぐずっ、お前、励ますにしてももうちょいマシな言い草ってないのかよ」

 

「泣いてる女の子を慰めた経験とか無いので泣き止んでください……とか?」

 

「ちげーよ! もっとこう……あるだろ! なんかそれっぽい言い方!」

 

 

 手先は定まらず、まだ涙を浮かべていて、口調と裏腹にその声はしゃがれた涙声だ。

 腰は抜けたまま立ち上がれず、きっと今日一日は銃も握れないだろう。

 それでも。

 それでも、少しだけ笑えていた。少しだけ、救われた気持ちになっていた。

 もしかしたらそれは、クリスだけではなかったかもしれないが。

 

 ゼファーが座り込んでいるクリスに、手を伸ばす。迷いなく少女はその手を取った。

 繋がれた手から、生き残った互いの体温が伝わり渡る。

 ゼファーがクリスを立ち上がらせようとその手を引こうとした、その時。

 

 微細ながらも建物ごと揺らすように、地面が揺れた。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 

 慌てるクリスを尻目に、ゼファーは手元の無線機を耳に当てる。

 熱の無い表情が眉をひそめ、少し思案した後、ゼファーはクリスを抱え上げた。

 

 

「双眼鏡持ってたよな? 屋上行くぞ」

 

 

 足に力の入らないクリスを米俵のごとく肩に担ぎ、部屋を出て女の子の扱いとは思えない格好で階段を登っていく。耳元でわめくクリスの文句は無視。

 屋上に辿り着き、西側に双眼鏡を向けたゼファーにならってクリスも双眼鏡を覗く。

 どこか薄汚れた印象を受ける町並みの向こう側、先程まで最も激しい前線だった場所。

 砂煙を縫って動き回る影がある。それを見たクリスは、思わず双眼鏡を落としてしまう。

 

 

「あ、あ」

 

 

 対するゼファーは落ち着いているが、苦い顔だ。

 何もユキネの初陣でこんなトラブルが起きなくてもと、少年は苦虫を噛み潰したような顔だ。

 

 

「……時々あるんだよな、こういうの」

 

 

 電子音と、獣の叫びと、軋音を混ぜたような不協和音(ノイズ)

 空と大地を駆ける人ならざるもの達と、それから逃げ惑う兵士達。

 人と人の争いを戦争と言うのなら、それはただの虐殺だった。

 戦いや争いにすらならない、虐待のような殺戮だった。

 

 

「ノイズ……!?」

 

 

 突然現れ、人に抗うことも許さず全てを奪い去る。

 それが災害、それが災厄。

 特異災害(ノイズ)という死が、吹きすさぶ西風を吹き散らさんとばかりに、戦場に現れた。




シンフォギア装者と風鳴司令と緒方さん抜きでの援軍無し対ノイズ戦みたいなものはっじまーるよー

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