戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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ニコ生一挙放送が決定!新情報も解禁!!New!

ニコニコ生放送にて「戦姫絶唱シンフォギア」「戦姫絶唱シンフォギアG」BD/DVDパッケージ版での一挙放送が決定致しました!
放送終了後には遂にアノ情報も解禁予定、豪華賞品が当たるプレゼント企画も実施されます。
お見逃しなく!!

ニコニコアニメスペシャル「戦姫絶唱シンフォギア」全13話一挙放送
3月8日(日)18:00~
番組URL http://live.nicovideo.jp/watch/lv211093556

ニコニコアニメスペシャル「戦姫絶唱シンフォギアG」全13話一挙放送
3月15日(日)18:00~
番組URL http://live.nicovideo.jp/watch/lv211187091
【二週連動プレゼント企画】
「戦姫絶唱シンフォギア」「戦姫絶唱シンフォギアG」それぞれ各話放送後に一文字ずつキーワードを発表致します。
全26話分、合計26文字のキーワードを集めてご応募いただいた方の中から抽選で下記賞品をプレゼント!

キャラクターデザイン藤本さとる描き下ろしサイン色紙:1名様
キャラクター原案吉井ダン描き下ろしサイン色紙:1名様
アクションディレクター・ノイズデザイン光田史亮描き下ろしサイン色紙:1名様


皆見よう(特大ステマ)


4

 前線の人間だけが忙しい、なんてことはない。

 後方支援を行う者達も休む暇がないくらいに労力を費やしていた。

 ノイズ出現から現在に至るまで、彼らは一度も席を立っていない。

 かつ、その指も目も休むことなく動き回っているのだ。

 

 土場を始めとするオペレーター陣が情報処理。

 各端末から送られてくる情報、市民の通報から拾った情報、それらから分析し抽出した情報を集積し、広範囲のデータを信じられない速度で纏めて行く。

 それらをあおいが形にし、マップに表示。

 弦十郎の指示に従い、各部隊やオペレーターに指示を出していく。

 

 弦十郎が頭。あおいが背骨。オペレーター陣が神経で、前線部隊が手足。

 そこに参考書として了子達研究チームが加わって、二課という生物は完成する。

 彼らが力を合わせ、求める勝利条件はただ一つ。

 出現から一定時間で自壊する、ノイズ達のタイムアップだ。

 

 

「了子君、あとどのくらいだ?」

 

「20分は余裕であるわよ」

 

「……長いな」

 

「自壊までの時間は体積に比例するから、すぐに自壊するのも小型だけよ?」

 

 

 既に作戦区域の避難はほぼ完了。

 二課の設備で感知できるのはノイズと励起した聖遺物の位置だけであり、人間の位置を知ることは不可能だったが、ゼファーからの情報でかなり効率よく避難を完了させることが出来た。

 もしもゼファーが居なければ、日本の中枢で内閣等の主要な政治家を含む三桁の犠牲者が生まれてしまい、歴史の教科書に載るような大惨事になってしまっていたかもしれない。

 

 だが、それも当人にとっては慰めにはならないだろう。

 被害の大小は変わったとしても、被害がなくなったわけではない。

 彼の目の前で死んでいった人達が蘇るわけでもない。

 そして事前に大惨事を防いでいたのだとしても、今この瞬間にまだ戦いは続いているのだ。

 今は不幸中の幸いに喜ぶ時間ではない。死者を悼み悲しむ時間でもない。

 抗い戦うべき時間である。

 

 

「叔父様……いえ、風鳴司令」

 

「翼か? 悪いが今は忙し――」

 

「私が出ます」

 

「――なんだと?」

 

 

 指示を出す合間に翼に対応していた弦十郎の動きが止まる。

 風鳴弦十郎はトランプで言えば切り札(ジョーカー)だ。

 出せば勝つ。しかし、ノイズはトランプを燃やすライターのようなもの。

 弦十郎が出たところでそこまで極端に戦況は変わらないし、万が一十把一絡げのノイズの一体と弦十郎が相打ちになりでもすれば、人類側に途方も無い損失が発生したと同義だ。

 二課の総指揮を執る役職の人間が必要なのもあって、弦十郎はだからこそここに居る。

 しかし、翼が今も出撃を許されないのは、それとは少しだけ理由が違う。

 

 

「ダメよ翼ちゃん! シンフォギアはまだ調整中だって何度言えば分かるの!」

 

 

 了子の言う通り、シンフォギアはまだ未完成品なのだ。

 そして当然、シンフォギアを纏っていなければ翼はむしろ足手まといになりかねない。

 彼女は銃器に疎く、ノイズと相性の悪い近接戦に長ける。

 ノイズの格好のカモにされてしまう可能性が高い。

 

 加え、現在日本で生存が確認されている『適合者』は風鳴翼ただ一人。

 何があろうと彼女だけは死なせるわけには行かないのだ。

 彼女の死は、シンフォギア開発の停止を意味する。

 二課の他の誰が死のうと、彼女だけは死なせるわけにはいかない。

 人の命の価値に差はないが、その命に付随する価値に差は存在する。

 

 で、あるからこそ、翼を前線に出すなんてもっての他。

 

 

「分かっています、了子さん。

 ですが機能を幾つか絞ればどうでしょうか?」

 

「! どこでそのことを……あ、ゼファー君ね!

 そこまで勉強して他人に理解させられるくらい知恵付けてるなんて、お姉さん予想外……」

 

「機能を一本に絞ってめもり? と処理能力を節約すれば、何か一つの機能は使えるはずです」

 

「シンフォギアのバックファイアは確かにそれでほとんど発生しないけど……

 バックファイアの軽減機能まで切らなくちゃいけないから、相当キツいわよ?」

 

「構いません。最悪、私は置物でも大丈夫ですから」

 

 

 翼には何か考えがある、とここまで来れば弦十郎にも了子にも分かる。

 そしてゼファーよりもずっと、翼は堅実な思考をするタイプだ。

 勝算もない提案は、絶対にしない。

 

 

「風鳴司令。私の提案を聞いて下さいますか?」

 

 

 そういえば、と弦十郎は思う。

 ここまでこの子が我を通そうとするのは珍しいな、と。

 風鳴翼を赤ん坊の頃から見て来た叔父が、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十二話:ゼファーのARM 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 林田は一課の部隊を指揮する部隊長だ。

 元々は自衛隊上がりの人間であり、武技も戦闘経験も豊富な現代の武人である。

 特別な技術を極めるのではなく、教科書と教官の言う通りにひたすら基礎鍛錬を積み上げ、その結果として部隊長の枠に収まったタイプの人間だ。

 無愛想ではあるが誠実であり、部下からの信頼も厚い。

 それは戦いの場で如実に表れる。

 死がすぐそばにある戦場で最も必要な物は、部下が上司に向ける信頼だ。

 命令違反、敵前逃亡、背反裏切。

 そんなものが起こっては、勝てる勝負も勝てはしない。

 

 彼はノイズと争い、何人もの部下をノイズに殺されてきた。

 ノイズの進路誘導を担う一課の部隊長ということは、そういうことである。

 ゆえに、ずっと『対ノイズ兵器開発』の重要性を主張してきた。

 口には出さないが、彼はかなり二課というものの存在意義を重視している人間なのだ。

 

 ノイズと直接戦ってきた経験も少なくない。

 だからこそ、なのだ。ノイズの脅威をよく知っているからこそ、それに対抗できるというシンフォギアの凄まじさを、実感を下地にして想像することができる。

 ノイズを肉眼で見たこともない、偉い人よりずっと明確に。

 その立場とこれまでの経歴から、彼は自分が人一倍ノイズに詳しい自信があった。

 かき集められるだけの資料を集め、二課にも協力を仰ぎ、部下を生かすためにノイズの行動パターンを研究し尽くしたという自負があった。

 

 

「ゼファー、どう思う?」

 

「あの飛行型は飛ぶ速さも変形してからの突撃も速いですが、それだけです。

 基本的に攻撃は変形してからの二種のみ。

 コマのように回転しながらの突撃と、ドリルのように変形してからの突撃だけです。

 そして、コマになると移動は遅く、ドリルになると一直線にしか突撃できません。

 コマは加速してかわし、ドリルはブレーキかけてハンドル切ってかわしましょう。

 囮には車より加減速と小回りの利くバイクを当てるべきです。

 チームの運用は囮のバイクと、遠方でノイズの変形を確認して通信を送るツーマンセル以上で」

 

「うし、それで行くか」

 

 

 だがその自負は、木っ端微塵に打ち砕かれていた。

 

 

「二課作戦発令所によれば我々の囮に食いつきの悪い個体が居るそうだが」

 

「おそらくダメージを受けて動きが悪くなった個体です。

 ある程度近づけば肉眼で確認できると思います。

 位相差障壁があるとはいえ、銃弾のまぐれ当たりがないわけじゃないんです。

 本当に希少なことですが……

 囮で引っ張る時に一体だけ足並み揃ってないと、困るのは俺達です。

 車で接近して位相差障壁緩めさせて潰しておきましょう。

 これだけ動きが緩慢になっているなら危険は低いと思われます。お任せしても大丈夫ですか?」

 

「了解した」

 

 

 初め、二課の天戸からゼファーに意見を聞くと言われた時、林田は彼の正気を疑った。

 何せ誰がどう見ても普通の子供なのだ。それも外国人。

 ノイズに詳しい、と言われてもすぐに納得できるものではない。

 それでも林田が天戸の意見を半ば受け入れ、指揮車に自分達とその少年を同乗させたのは、風鳴機関……ひいては、二課の人材に常識が通用しないことを、彼が知っていたからだ。

 

 そして予想を大きく、期待を青天井に、その少年は上回る。

 

 

「第四班がナメクジ野郎に食いつかれました!

 速い、速過ぎる……振り切れない! こっちに合流は難しいとのこと!

 第四班は死ぬ気で囮を務める気です!」

 

「との、ことだが。さてどうする? ゼファー」

 

「ナメクジ型が怖いのは触手です。極論、怖いのはアレだけです。

 触手の攻撃パターンは大雑把に分けて二種。

 八本の触手による多角攻撃。及び、跳躍しながら伸長しての突き刺しです。

 そしてその両方共、位相差障壁を強く展開してる時には使ってきません。

 複数人で車に乗って引きつけつつ、弾幕密度と威力に拘らせず、間断なく撃たせましょう。

 ちょうどいいので封鎖中の高速道路まで引っ張ってって貰うのはどうでしょうか?

 自壊時間までもうそこまで長くかからないはずです」

 

「だとさ」

 

「ならば、それで行こう」

 

 

 林田のノイズの行動予測は、言わば数学の問題集と答えだけを渡され、そこから行動の方程式を分析し続けたようなものだ。

 ノイズは映像にもほとんどその姿を残さない。

 暴れればカメラをぶっ壊すし、撮影者が居ても皆殺されてしまうからだ。

 だからこそ、彼が参考に出来た資料は少ない。

 むしろそこからある程度であっても規則性を見つけられた彼を賞賛すべきだろう。

 

 対しゼファーのノイズ行動予測は、林田に方程式を示すようなものであった。

 ゼファーがノイズの特性を口にする度に、林田がノイズの動きや行動に疑問を示し問う度に、林田が「ああそうか」と納得できる答えが返って来る。

 ノイズの行動パターンを調べていた彼だからこそ、ストンと胸に収まる答えが。

 今はそんな場合ではないと分かっていても、彼の心中にはこの少年が知るノイズの行動パターンの情報を、一から十まで聞かせてもらいたいという衝動が満ち満ちていた。

 

 ノイズの異常発生地であったフィフス・ヴァンガードで数年。

 広大なアメリカ全土からかき集めた情報で仕上げたノイズロボと半年。

 ずっと戦い、ずっと学び、ずっと研究を続けてきた日々は、決して無駄にはならない。

 直感だけでノイズ相手に生き延びられるわけがないのだ。

 ゼファーがそうして蓄積してきた情報と知識は、彼一人で戦う時だけでなく、対ノイズの集団戦においても、莫大なアドバンテージを人の側にもたらすのである。

 

 

「ん? なんか地図のこの辺りのノイズの様子が変ですね。

 人口密集地に向かわれても厄介ですけど、どうしましょうか」

 

「こことこことここの三班を合流させた後、四班に手分けさせよう。

 その内一班を待機に回し、即応部隊としてそこの近くに移動させる」

 

「おお、それがサクッとできるってすごいですね……」

 

 

 加え、直感という特殊能力が飛び抜けて優秀だった。

 取り残された人、ノイズの位置、ノイズの様子が手に取るように分かるという優位性。

 二課からの情報よりも時間的なラグが少なく、かつノイズの状態まで分かるというのが優れものだった。ノイズの動きの悪さから、それがダメージによるものだと即座に判別するなどetc。

 他人への指示が、時に未来予測じみているという点も恐ろしい。

 

 一般道ならともかく、高速道路の直線でならば、時速100km以上の速度を出すことができる車はナメクジ型の速度に追いつかれることもない。

 ナメクジ型が車並みと言っても、時速100kmには届かないことをゼファーは知っている。

 飛行型ノイズの攻撃パターン、人型ノイズの跳躍範囲、その他諸々。

 少年の指示の中、さらりと流された部分、言外に言うまでもないと省略された部分も、ノイズ相手に切った張ったをしている人間から見れば、宝の山にしか見えない。

 

 林田は最初に持っていた『子供』という認識を、ものの数分で捨てていた。

 少年の身に染み付いた、戦場帰り特有の雰囲気もそれに拍車をかける。

 彼は少年を守るべき子供ではなく、命を預けるに足る戦友であると認識を改める。

 気を引き締め、襟を正した。

 

 

(こんな子供が……いや、あの風鳴弦十郎の部下だ。不思議はないか)

 

 

 だが、林田がゼファーの知識と能力に舌を巻いているのと同じように。

 予想以上の結果を出している少年に口笛を吹く天戸の驚愕、それ以上に。

 ゼファーは、一課と二課の練度に驚いていた。

 

 

(……すげー、なんだこれ)

 

 

 ゼファーは寄せ集めの対ノイズ部隊の中で生きてきた。

 バル・ベルデの正規軍も見たことがある。

 しかし、そのどちらと比べても、一課と二課の部隊の練度は桁違いであった。

 

 指示から反応するまでが早い。

 部隊を小分けにしても、烏合の衆にならず複数の小集団として活動できる。

 無茶な動かし方をしても動きに疲労が見られない。

 危険な指示を出しても、隊員が反発の様子を微塵も見せない。

 合流、分割、それらを流れるように何度も繰り返すことができる。

 自己判断である程度現場で最善に近い選択肢を選んでくれる。

 射撃、移動、車やバイクの運転、そこかしこに高い技術も伺える。

 

 一人一人が、自分らしさを極めた強さを持っているのではない。

 かなり高いレベルの力量を水準として、全員がその水準の強さなのだ。

 総じて見れば全員、その水準から高くも低くもない。

 強い人間と弱い人間の集団を当然として見てきたゼファーからすれば、驚愕ものだ。

 本職の自衛隊に比べれば一段落ちるのだろうが、それでも十分すぎるほどに優秀なエキスパート達が、一糸乱れぬ連携で戦いに臨んでいるのである。

 

 加え、林田や天戸の『人の動かし方』が実に巧みなのだ。

 ゼファーはノイズの知識が豊富だが、ノイズに対する集団戦のノウハウはない。

 だが、この二人は違う。この二人にノイズの豊富な知識はない。

 逆説的に言えば、この二人はノイズの知識がない状態で、何度も何度もノイズ相手に戦い、部下も一般人も極力死なせない戦いをしてきたということなのだ。

 

 

(二人の指示通りに動く部隊の人達が、まるで二人の手足……

 いや、上から下まで、部隊の全員が、一つの生き物みたいに……)

 

 

 その連携、流動的な動き、一糸乱れぬ完璧な統率。

 ゼファーは生まれて初めて、『完成された集団の連携』というものを見た気がした。

 彼からノイズの情報を聞き出し指示を受けつつも、言いなりにならず自分達の意見を出し、ゼファー一人では完成させられない指示を組み立てていく、そんな大人達を見る少年の瞳。

 そこにはまぎれもなく、先人に向けられる尊敬と信頼があった。

 

 

「林田部隊長、三班が直撃を受けました!

 死者なし、負傷者二名、車両中破!」

 

「分かった。ウィンチェスター君、先程の説明をもう一度頼む」

 

「はい。ノイズは人間だけを狙いますが、優先度は確かにあります。

 ノイズが向かうことが多いのは、まず人が多い方です。

 もしくは自分に攻撃してきた方、脅威度が高い方、近い方です。

 個人的には、この優先度の違いもかなりあやふやで確実性がないと思っていますが……」

 

「要救助対象の三倍の人員を車に乗せ、牽制射撃をしつつ接近させる。

 釣れたと判断した時点で即離脱……これならどうだろうか?

 ノイズの釣り残しがあった時に備え、もう一班も近辺に待機させようと思っている」

 

「行けると思います」

 

 

 しかもゼファーの知識を吸収し、どんどんいい案を出してくる。

 大人は子供にノイズを学び、子供は大人に戦術を学んでいた。

 

 ゼファーはフィフス・ヴァンガードに居た時代は、一度出撃する度に何割まで死者を抑えられるだろうか、なんて考え方をしていた。

 そして今日も、一課と二課から何人か死者は出るだろうと考えていた。

 けれど『人』は、彼が思うよりずっとしぶとかった。

 ゼファーの合流から今に至るまで、紙一重で一課と二課に死者は一人も出ていなかった。

 

 人が最初に戦術を生み出した理由は、弱い自分達が強い敵に打ち勝つため。

 人は弱いまま、単一の英雄に頼らずに、マンモスを狩る術を模索した。

 それから途方も無い年月の間、人は戦術というものを積み上げる。

 万年の戦術の結晶を手に、自らの身体と仲間との連携を何年もかけて鍛え上げ、乗り越えるべき強敵や災害を研究する、人の研鑽の果てにこの男達はここに立っている。

 

 嵐、雷、地震、噴火という災害の数々を、人は知恵で乗り越えてきた。

 単一の英雄にしか出来ないやり方ではなく、特別でもなんでもない人間がそれを乗り越える方法を探して、人は歴史の中であがき続けてきた。

 今乗り越えるべき災害として提示されているのは、特異指定災害ノイズ。

 歴史は繰り返す。

 人はまた立ち向かい、嵐の中へ駆け出していく最中なのだ。

 

 

(さて、どうなるか)

 

 

 そんな男達のおかげか、ゼファーには少し余裕ができた。

 対ノイズ戦でじっくり考えられるだけの余裕ができたのは、彼には初体験かもしれない。

 アウフヴァッヘン波形で出来た感覚の網を広げつつ、考え込む。

 各部隊に指示を出すのは林田と天戸に任せておけばいい。

 

 

「小型ノイズ、自壊開始を確認!」

 

 

 そしてゼファーが余裕を見せてから数秒後、ノイズの自壊が始まったとの知らせが来る。

 彼はこれを感じ取ったから余裕を持ち、考え込み始めたのだろう。

 ノイズの自壊には個体差があるが、それでも十分以上の時間差は無いと考えていい。

 同体積であれば自壊のタイミングは同時だし、ノイズはほぼ同時に出現するからだ。

 

 戦場に張り詰めていた気が、どこか緩んでいくのをゼファーは感じる。

 こういう時こそ危ないのだと、ゼファーは知っている。

 勝利を確信し始めた男達は、街中にバラバラに散った状態からまた集まり始めていた。

 散開状態から集結して陣形を組み直し、点呼と生存確認をするのだろう。

 

 

(自壊が始まった……だけど、これで終わり?)

 

 

 林田達と指揮車に揺られ、考えながら感じ取ろうとするゼファー。

 何故か、嫌な予感が増す。

 こういう明確に分からない嫌な予感が一番厄介なのだ。

 何しろ、当たる時もあれば外れる時もある。

 そのくせ当たると特大の厄ネタを持って来るというのだからどうしようもない。

 

 これまではそうだった。だが、今のゼファーは違う。

 彼の直感の感知能力は以前よりもはるかに高次へと進化している。

 探れば、その嫌な予感だって見付けられるようになっていた。

 平面に広げすぎていた直感の波動が、これまでついつい見逃してしまったはるか上空の、二体のノイズの存在を、感知できるようになっていた。

 

 

「―――! 車、速度上げてください!」

 

「え? どうしたんだい、いきなり」

 

「上空から来ます! 最後のノイズです! 小型と違って中型は体積が多い分自壊が遅―――」

 

 

 一手遅れたのか。

 ギリギリで間に合ったのか。

 ゼファーの声が上げられるのと、空から何かが降って来たのはほぼ同時。

 

 空より、最後の強敵が降って来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのノイズは、何か深く考えていたわけではない。

 ただ、そのノイズは自分の足が遅いことを分かっていた。

 だからこそ、近くに寄って来ていた気球型……空輸型のノイズに、自分を運ばせた。

 空高くから、獲物を探すために。

 

 しかし獲物は散らばっていて、どれを狙うべきかと動き回って右往左往。

 獲物の数が一々増減するものだから、どれを狙うべきなのか皆目見当もつかない。

 ウロウロとしている内に、そのノイズを運んでいた空輸型が自壊を始めてしまった。

 これは困ったと、思うような思考回路もそのノイズには存在しない。

 

 しかし、ここでノイズにとっての僥倖が発生した。

 獲物の人間達が、一箇所に集まり始めたのである。

 これ幸いと、自壊を始める空輸型にそこへと向かうように指示。

 人間の頭上まで意地で運びきった空輸型の尽力で、そのノイズは一課と二課の頭上に落下した。

 

 

「―――」

 

 

 その際に、タコのような13本の足を伸ばして、ありったけの攻撃を放ちながら。

 

 

「う、うわああああああああああああッ!?」

 

 

 ノイズの眼下の人間が悲鳴を上げる。

 このノイズの唯一にして無二の能力が、この足だ。

 総数13本。戦車の装甲を切断でも貫通でもなく、叩くことでぶち抜く破壊力を持つ。

 加え伸縮自在。最大射程80m。伸縮所要時間0.7秒。

 空の上から、文字通り雨のごとく触手の連打が降り注ぐ。

 

 

「がぁあああああああッ!!」

 

 

 ダダダダダと、その場の全てが粉砕される音が絶え間なく響き続ける。

 一課も二課もハンドルを必死に切るが、あまりに敵の数が多すぎる。

 装甲車が吹っ飛ばされ、ひっくり返され、へこまされ、次々と大破させられていく。

 タコ型はそうして地面を叩き、自分が落下するスピードを緩めていた。

 かなりの高度から落下したにも関わらず、ふんわりとタコ型ノイズは着地。

 

 そして、この場で最も戦う力を残した少年と向き合った。

 

 

「……犠牲者ゼロから、数秒でこれか……本当に、お前らはヤバいな」

 

 

 ゼファーの乗った指揮車は、一番先に破壊された。

 地面を捲りあげられた影響で車はスピンし、街路樹に衝突。

 無論ゼファーも無事では済まなかったが、防弾機能を持っていた一課のジャケットを着ていたこと、怪我をしても再生する肉体を持っていたことで、唯一戦う力を残せていた。

 周囲を見渡す。

 全ての車両が破壊され、負傷者がうめき声を上げている。

 人間を探すレーダーにもなる新生直感が、死者は居ないと彼に告げる。

 一課と二課の防具や装備は本当に優秀だったのだろう。

 

 

(それも俺が、ここから逃げないって前提での話だけどな)

 

 

 そして、逃げればどうなるかという結論も彼にもたらしてくれる。

 タコ型ノイズは、珍しい聴覚反応型のノイズだ。

 物陰に隠れていても、音を聞けば人間を見つけ出す。

 『人間が出した音とそうでない音』を聞き分けるのが、このノイズの固有能力。

 

 ゼファーが自身の生存を再優先に考えて逃げれば、負傷者のうめき声に気付かれてしまう。

 そうすれば、この場の半数は殺されてしまうだろう。

 ゼファーは共に戦ってくれた戦友の半分の命と、自分の命を天秤にかけられていた。

 そして考えるまでもなく、答えを出した。

 

 

「こっちだ!」

 

 

 ゼファーの大声に反応し、タコ型ノイズがゼファーに向かう。

 彼は二歩だけ前に出て、そこで迎撃せんとする。

 触手が80m伸びるということは、下手に大きくかわせば周囲の人間が巻き添えを食ってしまうかもしれないということだ。

 ならば初手は前に出るしかない。

 たとえ、一度触れられれば即死の状況であったとしても。

 

 

(拾った銃も残弾6……自壊まであと何秒だ?)

 

 

 自壊という勝機はある。現に、タコ型ノイズの体の端は僅かに崩れ始めていた。

 それでも、この場の人間を虐殺するだけの時間はある。

 その時間を稼がなければならない。

 ゼファーの全ての逃げ場を塞ぐように、タコ型は13の足を柔軟に四方八方から繰り出した。

 

 

「ッ!」

 

 

 普通なら、人間は包囲攻撃に対処できる目や感覚を持っていない。

 しかし、今のゼファーならば可能だ。

 背後から迫るノイズの位置すら正確に判別するその第六感は、十三ある触手の全ての位置、軌道と速度、そこから逃れるためのルートを探し当てる。

 まずは軽く後方に跳躍。

 

 

(ヤバい、ヤバい、ヤバいな……!)

 

 

 横薙ぎの触手二本を回避。

 続けて上方から迫る三本の触手の、真ん中の触手に拳銃二連射。続けて二連射。

 最初の二連射が真ん中の触手を弾き、続く二連射が更に外に押し出していく。

 ゼファーは身体の右半身を前に向け、狭い路地を通る時のような姿勢に。

 そんなゼファーの腹の前と背中の後ろを、二本の触手が通り過ぎ、路面を粉砕した。

 

 紙一重。

 どちらかの触手があと指二本分ズレていれば、それだけでゼファーは死んでいた。

 だからこそ真ん中の触手を弾き飛ばしたのだろうが、あまりにも恐ろしすぎる判断だ。

 生きようとする意志で死の恐怖をねじ伏せているゼファー以外の、誰にも真似できまい。

 崩れる路面から右に跳躍し、ゼファーは触手を飛び越える形でノイズの右側面へ。

 しかし、まだ触手は八本残っている。

 

 

「ん、な、ろッ!」

 

 

 ほぼ抜き打ちに近い、しかし狙いを定めた二連射。

 一発はかするように二本の触手に当たり、二本の触手をタコ型の身体に引っ掛からせる。

 一発は触手に当たり跳弾、運良くもう一本の触手に当たる。

 そうして二本の触手は明後日の方向に振るわれたが、まだ残りの触手は四本。

 それらが一斉に、ゼファーの身体に迫る。

 手札は尽きた。今のゼファーに、打てる手はない。

 

 

「歯ぁ食いしばれよゼの字ッ!」

 

 

 そう、ゼファーには。

 

 

「いぎぃッ!?」

 

 

 不意に、ゼファーの左肩と太ももに走る激痛と、身体を吹っ飛ばす衝撃。

 横殴りの衝撃がゼファーの身体を左回転させつつ浮かし、右方向に吹っ飛ばす。

 頭と足を狙った触手二本、出が遅れた触手二本が空振りし、ゼファーは吹っ飛ばされるままに路面を転がりながらも、また一つ命を繋いだ。

 

 

「謝んのは全部終わって、生き残ってからにすんぜ……ああくそ、血が足りん……」

 

 

 その結果をもたらしたのは、ゼファーの後に指揮車から這い出してきた天戸。

 彼はその手に大型のライフルを持ち、暴徒鎮圧用の特殊大型ゴム弾を撃ち込んだのだ。

 その衝撃でゼファーを吹っ飛ばし、ノイズの手から救うために。

 そしてゼファーを救ったと同時に、自分の流した血だまりに突っ伏して気絶した。

 狙った場所は肩一ヶ所と太もも二ヶ所。

 鍛えていても骨折しかねない大口径の威力がぶち当たったが、ゼファーは骨折程度なら再生までに十秒もかからない。それはリスクには成り得ないのだ。

 ゼファーは生き残る手を打てなかった。

 だが仲間が撃ってくれたから生き残れた。

 そんな話。

 

 

「いだだだだ、でも、マジで助かった……」

 

 

 体内の液体が衝撃でシェイクされた気持ち悪さもあるが、それも骨折と同じで数秒で完治する。

 だが、ゼファーに数秒を待つ気はない。

 立ち上がれるだけの回復が行われたなら、それで十分。

 

 

(どうする? どうする? どうする?)

 

 

 折れたままの足を無視し、片足に重心を預ける形で立ち上がるゼファー。

 タコ型は足が遅いのか、再度接近してくるまでに時間の猶予がありそうだ。

 それに加え、またそのノイズの足が止まる。

 

 

「自壊まで、あと少しです……踏ん張ってください……!」

 

 

 ゼファーから見て右前方、タコ型から見て左後方。

 向き合う少年のノイズに不意打ちする形で、またしても緒川がクナイを投擲していた。

 おそらくはどれかの車両に相乗りし、先程の触手の絨毯爆撃に巻き込まれたのだろう。

 頭から血を流しながらも、最後の力で影縫いを放ったのだ。

 影をクナイで縫われたタコ型は、その場で足を止めている。

 

 しかし位相差障壁を強め、タコ型は数秒と足を止めずにその影縫いから抜け出した。

 大怪我を負いながらも死力を尽くして放った緒川の一撃が、いとも容易く無力化される。

 天戸も緒川も、交通事故に巻き込まれたに等しいダメージを食らっている。

 ゼファーを二度も助ける余力はないだろう。

 天戸は気絶しているし、緒川も立ち上がる余力すら無さそうだ。

 そんな状態で助けようとしてくれた二人に、ゼファーの胸中は加速度的に熱くなる。

 

 

「―――」

 

ノイズ(おまえら)のその声、俺嫌いなんだよ」

 

 

 ノイズが音のような声を軋ませながら、ゼファーににじり寄る。

 絶体絶命。

 どうにもならない。

 その場に居ながら、意識があったせいで何もできない無力感に苛まれていた、重傷の一課と二課の男達の心が、自分達のために立ち向かってくれている少年の最期を想い、絶望した。

 

 その瞬間。

 

 

「―――」

 

《《       》》

《 絶刀・天羽々斬 》

《《       》》

 

 

 歌が、世界に響いた。

 

 戦場に青い影が舞い降りる。

 それは青い髪をなびかせて、世界に歌を奏でて満たす。

 少年の青い瞳に映ったそれは、友の姿に相違なかった。

 天戸が繋いだチャンスを、緒川が稼いだ数秒を、彼女が繋ぐ。

 

 

「ツバサ!?」

 

「ラストよ、決めて!」

 

 

 ゼファーは知らない。

 途中、二課との連携のためと戦線を離れた甲斐名が、こちらに向かっていた翼を迎えに行っていたことを。そして、ここまで運んで来てくれていたということを。

 林田が、潰れた車内から甲斐名に現在位置を送っていたことを。

 翼が珍しく叔父の反対を押し切って、自分の我を通して来たことを。

 そしてこれが、死人を出さないための分水嶺であることを。

 

 今の翼はシンフォギアを纏っている。

 しかしその内部はスカスカのガタガタだ。

 身体補助機能や調律機能もカットされた、半ば拘束具に近い置物。

 翼の筋力をもってしてもそこに立っているのがやっとで、起動したはいいものの一歩動くことすら出来そうにない。

 だが、彼女が歌い続ける限り、最強の盾が機能する。

 

 

「……! バリアコーティングか!」

 

 

 シンフォギアの発する音楽の障壁、バリアコーティング。

 それは周囲の物質にも纏わり付き、音楽のバリアとして炭素転換率を0にする。

 シンフォギア装者の歌が届く範囲では、ノイズは人を炭には変えられないのだ。

 ここは既に彼女のステージ。

 彼女の歌が届く範囲で、観客に危害が加えられることはない。

 シンフォギアの最強の盾により、ここにノイズの最強の盾、炭素転換は無力化された。

 

 矛盾? するわけがない。

 だってノイズの最強の矛より、シンフォギアの最強の盾の方が強いに決まっているのだから。

 最強の矛と最強の盾のぶつかり合いは、だから、ただ。

 

 最強の矛が砕けて終わる。

 

 

「―――」

 

 

 駆動音なのか、肉体の軋みなのか、声なのか、音なのか。

 それすらも定かで無い雑音が、ノイズの中から発せられる。

 それがまるで怒り狂っているかのようにゼファーには聞こえた。

 他の誰にも目もくれず、ノイズはゼファーに迫り来る。

 炭素転換がなくとも、人を殺すには過剰なくらいの、13の武器を掲げながら。

 

 ゼファーは、ここで決着を付けなければならない。

 先程の攻防で、もう回避に徹するのは無理だと判断した。

 更に、ゼファーがここでやられてしまうことで生まれる犠牲者に、翼が加わってしまった。

 今の翼は身動きできない。

 格好の的になってしまうだろう。

 そして周囲で動けず呻いている者達も、自壊までの時間で殺されてしまうに違いない。

 

 今、ここで戦えるのはゼファーだけ。

 接近戦を挑むタイプのこのノイズは、接近すれば位相差障壁を緩めるだろう。

 ノイズではなくそれ以外の全てに干渉することで炭素転換を無効化するバリアコーティングは、ノイズにも発動していることを気付かせない。

 そうでなくとも、肉体で物理的に人間を破壊するのであれば、人間に与えるダメージまで軽減してしまう位相差障壁は邪魔なだけだ。

 

 だからこそ、タコ型ノイズは位相差障壁を発動することはない。

 ゼファーを殺すために、13の触手のみで来る。

 最強の矛も持たず、最強の盾も掲げず、その手だけで来る。

 

 ゼファーは最強の矛も最強の盾も持ち合わせていない。

 しかし、友が掲げてくれた最強の盾が、ノイズの最強の矛を砕いてくれた。

 そしてノイズは人を殺すため、最強の盾を投げ捨てる。

 もはやこの場に最強の矛も盾も必要ない。

 人も災厄も、互いの武器を捨てた徒手空拳を構える。

 

 相手の命を刈り取る武器は、互いに己が身ただ一つ。

 

 

「カーテンコールだ」

 

 

 ゼファーは体の側面を相手に向けたスタンディングスタートの姿勢。

 そこから陸上選手のごとく、一歩で加速し駆け出した。

 そのまま跳躍。跳躍の勢いを乗せて縦回転。

 あの日翼相手に見せた、踵落としの軌道に入る。

 

 ノイズは13の触手を同時に放つ。

 跳び上がったゼファーがどこにも逃げられないと確信し、面で潰す飽和攻撃。

 どの方向にゼファーが逃げようと、絶対に当たるように触手を突き放った。

 一撃一撃が車をおしゃかにする威力を秘めた、必殺の面攻撃。

 

 

「ラストダンス」

 

 

 ゼファーはそれを防がなかった。かわさなかった。

 その触手の一本を、『踏む』。

 

 その威力を殺さず、しかし受け止めないままに受け流し、飲み込む。

 壁に押し付けたボールを殴って破裂させられる人はいる。

 しかし宙に浮かんだボールを殴って破裂させられる人は少ない。

 宙に浮いているということは、それだけ破壊しにくいということなのだ。

 

 跳び上がり、宙に浮いていたゼファーは、触手の衝撃を回転力に変換する。

 その代価として左足の関節がイカれたが、どうでもいいことだ。

 触手がぶつけたエネルギーはそのほとんどが回転力となり、余剰分のエネルギーは少年の左足を壊すと同時に、その体を僅かに上に押し上げる。

 そうしてゼファーは、触手の面攻撃を回避した。

 

 結果、高速回転するゼファーが、ノイズの頭上を取った。

 

 絶殺の威力を込められた踵落としがノイズの頭に食い込み、貫き、粉砕する。

 

 

「―――ッ」

 

 

 虫か、機械か。どちらにしろ生物のものとは思えない断末魔。

 潰された虫のような、壊れた機械の出す音のような、黒板を引っ掻いたような、そんな雑音。

 それが人類の天敵が上げた、死を迎える末期の声。

 自壊の時間が迫っていたことで身体が脆くなっていたノイズは、その一撃で完全粉砕。

 灰のような炭素のゴミとなり、風に吹かれて消えていった。

 

 

「グランドフィナーレ……なーんてな」

 

 

 これにて、最後のノイズも討伐完了。

 周囲の大人が、ほっと息を付く音が聞こえる。

 ゼファーはそんな音を耳にしながら、動けない翼に向けて無言のガッツポーズ。

 翼もシンフォギアを解除し、無言で微笑んでガッツポーズを返す。

 

 こうして、彼らの長い一日は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜が来る。

 ゼファーは以前街の全てを見下ろすことが出来た場所で、また街の風景を見下ろしていた。

 そこには、変わらぬ星空がある。

 ……だが。

 

 

(今日ノイズに襲われたあの街にも、変わらない人の星空はあるんだろうか……)

 

 

 ゼファーは、そんなことを思っている。

 守れなかった人のことを思っている。

 今日の夕方から、ニュースはずっと今日の事件のことを放送しっぱなしだ。

 『奇跡的な被害の少なさ』『異例の救出劇の謎に迫る』

 など、死者を悼みながらも、規模と比較しての被害の少なさを称える声も少なくない。

 それでも、犠牲者は出た。出てしまったのだ。

 

 

「犠牲者を思い、胸を張ることをやめるな」

 

「……林田さん」

 

「助けた人に胸を張れ。助けられなかった人を忘れるな。

 君が『助けられなかった』と俯いていては、君が助けた人達の気持ちはどうなる?

 その人達は素直に喜べるのか? 素直に生還を喜べなくなってしまうのではないか?」

 

「……」

 

「助けられたことを、生還者と共に喜べ。共に胸を張れ。

 助けられなくてごめんなさい、ではなく。生きていてくれてありがとうと、そう思うのだ」

 

 

 そこに、一課の林田が現れる。

 先人としての言葉だった。

 ノイズに対する対抗策が何もない頃から、どうすれば一般人の被害を減らせるのかなんてマニュアルがなかった頃から、ノイズから人を守ってきた男の言葉だった。

 守れたものより守れなかったものの方がずっと多い、大人の男の言葉だった。

 

 

「手続きはした。これを受け取ってくれ」

 

「これ……今日、俺が拾った銃と、ジャケット?」

 

 

 林田は、ゼファーに銃を手渡した。

 それはゼファーが今日拾い、ずっと使っていた銃。

 そしてその銃が収められていた、一課の誰かのジャケットだった。

 ゼファーは確かに、この二つを林田に返したはずだった。

 

 

「君はこれを私に返した時、こう言ったな。

 『この銃とジャケットの持ち主が自分を守ってくれた』と」

 

「はい、そうですが……」

 

「私は、それが嬉しかった」

 

「え?」

 

「あいつはその言葉を、何よりも欲しがっていたと思っている。

 死した後、その言葉が何よりもあいつの霊を慰めたと思っている」

 

 

 林田は、帽子を深く被る。

 目元が隠れただけなのに、ただそれだけで、ゼファーには彼の表情と感情が読めなくなった。

 

 

「受け取って欲しい。そしてできれば覚えておいて欲しい」

 

 

 何を託されているのか、ゼファーにはその一部しか分からない。

 林田にとってどれだけ重いものを託されているのか、まるで見当がつかない。

 分かるのは、それがとても重いものであるということだけ。

 

 

「その銃を持っていた男は、優しい男だった。それを、覚えておいて欲しい」

 

 

 その想いが、背中を押してくれる透明な何かになっていくのを、ゼファーは感じた。

 

 

「……はい」

 

「ジャケットは、できればここで燃やしてやって欲しい。

 その銃の持ち主はこの街出身でな。ここからなら、街の隅々まで行き渡るだろう」

 

 

 林田は言うだけ言って、話をする気も無いかのように、ゼファーに背を向けて去っていく。

 

 

「二課に居場所がなくなったら一課(うち)に来るといい。歓迎する」

 

「え?」

 

 

 そして最後まで言うだけ言って、何も聞かずに去っていった。

 

 

「……意外にマイペースな人だったな」

 

「まんざらでもない感じ?」

 

「うおわぁッ!?」

 

 

 びっくり仰天。

 前にもこんなことなかったか、と思うゼファーの背後に、風鳴翼が立っていた。

 何故かジト目で、ゼファーをじーっと見つめている。

 

 

「ツバサ、なんでこんな所に……」

 

「ゼファー、あなた健康診断受けてなかったでしょ」

 

「あ」

 

「あ、じゃないでしょ。ノイズとの戦闘後は義務なのよ? それを抜け出してこんな所まで」

 

 

 ノイズの炭素転換能力は、1か100かという話ではない。

 一瞬で死ぬものもあれば、効きが薄くて時間がかかるものもある。

 ノイズ残り粕に発動された場合、腕一本で侵食が終わることもある。

 バリアコーティングのように、炭素転換率を100と0の間で変動させるものもある。

 自覚症状がなく、炭素転換をされている可能性は0ではないのだ。

 

 そういう意味では、バリアコーティングがあってもノイズに直接触れるのは安全とはいえない。

 一種の博打だろう。それも、かけるコインに命という名前が付いている。

 ゼファーに限っては炭素転換を食らってもその部分ちぎっておけばまた生えるかも?

 という不確かな希望もあったが、それでも無茶だ。

 ノイズに直接触れたゼファーは、特に要健康診断対象なのである。

 

 

「ほら、行こう?」

 

「ああ、ちょっと待ってくれ」

 

 

 まあ、もうこのタイミングになってしまっては10分や20分遅くなった所で変わらないだろう。

 翼に背を向け、ゼファーはジャケットにライターで火をつける。

 対ノイズを目的とし、耐火能力を備えられていなかったからか、火はあっという間に広がっていき、ジャケット全体を燃やし尽くしていく。

 その炎が全体に回る前に、ゼファーはジャケットを街に向かって投げ捨てた。

 地上の星空の真ん中に届くようにと、そう願って。

 

 ゼファーが計算した通りに、その火は空中でジャケットを全て燃やし尽くし、火事の原因の火種も残さず、灰となって風に吹かれて散っていく。

 何故かは分からない。だが、「ノイズのしていることと同じようなことをしているのかも」と、ふと思ったゼファーの思考を、頭の中の全てが否定していた。

 理由は分からない。だが「これをノイズと一緒にするな」と、ゼファーの全霊が叫んでいた。

 

 

「帰ろうか」

 

「いいの?」

 

「ああ。もう、いいんだ」

 

 

 人は死ぬと星になると、ゼファーは聞いたことがある。

 星の王子様は死して空の星の一つに帰った。そして、空を見上げる度にそこに友が居ると知っているのなら、その星空をずっとずっと好きになれると、友に伝えた。そう、本で読んだ。

 人が死して星空に至るなら。

 この銃の持ち主も、あの星空のどこかに帰れていたら嬉しいと、ゼファーはそう思う。

 自分がいつか死ぬ日が来たとしても、あの星空に帰れるのならと……そう思う。

 

 

「帰ろう。俺達の二課(いえ)に」

 

 

 けれど、今は星空ではなく。

 迎え入れてくれる、帰る場所があるから、そこに向かう。

 

 

「うん」

 

 

 ゼファーが二課を帰る場所と、居場所と認め、口にしてくれたということに翼は気付く。

 一課に行く様子も無さそうだと、友達が引っ越す心境だった不安も鳴りを潜めていた。

 だからか翼は笑って、了子がグチグチ言っていた文句をゼファーに伝え始める。

 表情を引きつらせるゼファーの顔は、たいそう愉快であった。

 

 本日、晴天なり。

 夜空に瞬く星々が、月明かりが、子供達が転ばぬようにと、夜道を照らしていた。

 




本編で出てきたタコ野郎がミラボレアスならこっちはミラバルカンみたいな

あのタコ、なんで触手で殺せる破壊力あったのに、高く跳んでプレスしようとしちゃったんでしょうか

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