戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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ようやっと二章でやりたかった事が1/3くらい詰まってる切歌編でございます

用語が同じでも作品ごとに世界観がガラッと変わるのがワイルドアームズですが、この作品における世界観は今回のこれで行くのだとお考え下さいませ


第七話:Hero/Heroine/Sunlight

 暁切歌はかつて、死神と呼ばれていた。

 しかし無責任なことに、当時彼女をそう呼んでいた子供達の九割はそのことを覚えていない。

 子供は何でもかんでもすぐに忘れる。

 それでいて、何故かどうでもいいことに限って大人になっても覚えていたりする。

 子供の頃の人間の価値観というものは、何が大事で何が大事でないのか、そういった価値観が個人個人で大なり小なり差異があるのだ。

 切歌を死神と呼んだ子供達にとってはどうでもいいことだった、ということなのだろう。

 たとえ、それが切歌にとって絶対に忘れられないことなのだとしても。

 加害者が忘れ、被害者が絶対に忘れられないこの構図は、世界中のどこにもである子供のいじめ問題と同一種のものだ。被害者がどれだけ傷付いたかのか、加害者側は全く気付いていない。

 

 それでも、暁切歌は笑う。

 取り繕った笑みもあるだろう。空元気の笑顔もあるだろう。

 それでも、自分が笑うことで皆がつられて笑ってくれるなら、彼女は笑う。

 辛い時もあるだろう。苦しい時もあるだろう。

 それでも彼女は、見ているだけで元気一杯になれるような笑顔で笑う。

 それこそが、切歌という少女の強さだった。

 

 無理をして笑っている? そんなわけがない。

 彼女の笑顔が貼り付けた仮面に見えるなら、それはその目がおかしいのだ。

 いつだって、彼女は心から笑う。

 辛くたって、本気で心から笑える。

 暁切歌はお気楽だと、周囲も、自分自身でもそう思えるように。

 息をするように、それをしないよりする方が楽で気持ちがいいから、だから笑うのだ。

 

 

「おっはよーデェス! ゼファー!」

 

「ああ、おはよう。キリカ」

 

 

 ゼファー・ウィンチェスターも、その笑顔に救われた一人。

 だから彼は、彼女の浮かべる太陽のような明るい笑顔が好きだ。

 切歌の笑顔は、見ているだけで元気を分けてくれる。

 

 

「あれ、調は確実に居ると思ったデスが」

 

「向こうでマリアさんとセレナと一緒に話してるよ」

 

「……あー、なるほどなるほど。ゼファーは毎度ながら難儀な気の使い方してますねえ」

 

 

 鎮魂の曲(レクイエム)より鋭利な悲しみの歌(エレジー)

 暁切歌は、時に人の死よりも鋭利に心を抉る出来事があるのだと知っている。

 人が死んだ事実よりも、その人が死んだことに悲しむ誰かが、人を強烈に傷付けることもあるのだと知っている。それは知ったかぶりではなく、彼女の体験談だ。

 誰かの死を理由に、人が人を傷付けてしまうこともあるのだと、彼女は知っている。

 だから彼女は、大切な人の死という決定的な瞬間を死に物狂いで避けようとする。

 

 『自分が本当に周りの人を死なせる死神である』ということを、否定し続けるために。

 

 大人に逆らう時、彼女を駆り立てるのは立ち向かえる強さではない。

 喪失への恐れだ。自分が死神として招いてしまう、大切に想う近しい人の死だ。

 もしも、彼女が『回避不能な己の死』を目の前に突き付けられたとしよう。

 彼女は自分の境遇を嘆くでもなく、自分の死を回避する方法を必死に探すのでもなく、自分が死んだ後に大切な人に何を残せるか、そう考えて行動を始めるはずだ。

 ただの少女が、迫り来る死を怖く思わないはずがないというのに。

 

 暁切歌の行動原理には、どこまでも『死』(DEATH)というものが絡み付いている。

 

 だから、なのかもしれない。

 彼女は『死』というものに誰よりも深く向き合い、その上で笑っている。

 未だ死から逃避するという悪癖から抜け出せていないゼファーからすれば、彼女は自分ではできないことを平然とこなす憧れの人の一人なのだろう。

 ゼファーも調も、切歌を好ましく思う理由は似たようなもののはずだ。

 北風と太陽ならぬ西風と太陽。

 力なんて使わなくても、笑顔で人を救える少女。

 幸運な境遇だなんて口が裂けても言えない場所で、胸を張って「幸せだ」と言い切り、無理もせずに笑っていられる彼女の強さが、どれほど尊いものか。

 彼女の大切な人達は、皆それを知っている。

 

 

「……? いいのか? 向こうに行かなくて。シラベも向こうに居るのに」

 

「向こうはもう三人居るデスけど、ゼファーはひとりぼっちでしょう?

 マリアと一緒に居ると空気が悪くなるからって、さびしんぼのくせに気を遣ったご褒美デス。

 この切歌さんが、話し相手になってあげるデース!」

 

「――! ……っ、……ああ、その、なんだ。……ありがとう、キリカ」

 

「デスデス」

 

 

 ぴょこんと軽快な足取りでゼファーの隣に座り、ニカっと笑う切歌。

 その笑顔の暖かさに、彼はもう何度救われた気持ちになったかも分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第七話:Hero/Heroine/Sunlight

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファー・ウィンチェスターとマリア・カデンツァヴナ・イヴは、微妙に仲が良くない。

 何度も繰り返すが、微妙に、だ。仲が悪いわけではない。

 しかし生半可に仲が悪いより、なお改善の余地が感じられない微妙さだ。

 仲がそこそこ悪くとも河原で殴り合って親友に、なんて使い古されたテンプレートもあるが、ゼファーとの距離を測って近付こうとしないマリアにその理屈は通じないだろう。

 嫌っているわけでもない、拒絶しているわけでもない、それは伝わる。

 しかし人間関係的な意味で、マリアは徹底してゼファーに近付こうとしない。

 まるで、あえてセレナと正反対の行動を選んでいるかのように。

 

 ここはいつもの図書室兼(略)。

 調が本の整理をする予定の日に、彼女の友人達が援軍に駆け付けていた。

 まず最初にゼファーとセレナが。次にマリアが来て、ゼファーが離れた場所で作業をし始める。

 最後に寝坊した切歌がやって来て、一区切りついて今は休憩中のようだ。

 背もたれにぐでーっと体を預けるゼファー、その隣にて椅子の上で体育座りをする切歌が談笑していた所に、部屋の奥からマリアが現れる。

 目と目が合う瞬間、気まずい相手だと気付いた。

 

 

「あ、おはようございます」

 

「おはよう」

 

「……」

 

「……」

 

 

 ゼファーが頭を下げて朝の挨拶、それを無視せず返答するマリア。

 沈黙が流れ膠着する空気。

 マリアもゼファーも、互いを嫌っているわけではない。それは互いに分かっている。

 ただ、どんな話題であってもマリア側が速攻で打ち切ることが分かっていて、その上で話題を振れる勇者はこの場には居なかった。暁切歌ですら苦笑い。

 挨拶のためにほんの数秒だけ足を止めて、マリアは二人の脇を通り過ぎて行った。

 

 

「待って、まだ話は終わってないよ、マリア姉さ……あ」

 

 

 その後ろから、セレナがやってくる。

 何かの用事があるのか、足早に部屋から出て行くマリアの後を追おうとして、そのタイミングでゼファーと目が合い足を止めた。

 そんなセレナに「大丈夫」とゼファーは目で伝え、セレナはそれに頷いて返答とする。

 そして、そのまま姉を追って行った。

 息をするように目で会話する二人に切歌が呆れていると、部屋の奥からひょっこりと調が顔を出す。「終わった?」と切歌が目で聞けば、返って来る調の首肯。

 案の定、どっちもどっちだった。

 

 

「お疲れ様」

 

「お疲れ様、シラベ。悪いな、俺あんまり役に立てなくて」

 

「ううん、そんなことなかった。力仕事は助かったよ」

 

 

 調とそんな話をしながら、ゼファーは調の髪についていた埃を取って放り捨てる。

 彼女が本好きというのもあるだろうが、それでも一人で本の整理をやろうとしていた真面目さは評価されてもいいだろう。

 事実こうして、友人達が手助けに来てくれるのだから。……寝坊した子も居たが。

 そんな大親友のくせに寝坊してきた当人は、何故かうんうん唸っていた。

 

 

「あ」

 

 

 そして、ポクポクチーンと閃いた様子を見せ、拳を手の平の上にポンと置いた。

 

 

「なーるほど! ゼファーとマリアってちょっと似てるんデス!」

 

「え?」

 

「そかそかー、奥歯に何か引っかかってたみたいなこの気持ちの正体、そういうことデスか」

 

「そういえば……言われてみれば、って感じだけど」

 

「いやいやいや、どこも似てないだろう?」

 

 

 何を考えていたのかと思えば、そんな突拍子もない事を言い出した。

 ゼファーは「何言ってんだこいつ」とでも言わんばかりの様子だが、調までもが同意する。

 マリアに関しての理解度は二人の方が勝っていると、そこは思い上がらないゼファーとしては、二人の意見が揃ったならば二人の方が正しいというのは分かる。

 しかし、それでも少し納得がいかない。

 そんなゼファーに、切歌は少し考えながら、一つ一つ似ている点を挙げ始めた。

 

 

「結構頼りになる割に、結構落ち込みやすい。一旦落ち込むとすっごく情けなくなる。

 格好良い時と普段の姿を見比べると同じ人間に見えないくらいのギャップ。

 ちっちゃい子供にやたらと好かれてる。セレナと仲がいい。

 雰囲気もほんのちょこーとだけデスけど、似てるデスね」

 

「俺の知ってるマリアさんと違う」

 

 

 マリアは彼に対し距離を取ってはいるが、ゼファーは彼女を優しい人だと思っている。

 凛としていてリーダー気質、レセプターチルドレンという家族関係の事実上の家長、頼りになる年上の女性、クールビューティー。

 付き合いの長い調と切歌はゼファーの中のそんなマリア像を聞き、ものすごく、ものすごく、ものすごく微妙な表情を浮かべた。

 ゼファーとマリアはあまり話さない。距離を取られているからだ。

 話せば理解を深めていけるゼファーであっても、話せなければ長所短所は理解しきれない。

 ゆえにゼファーのマリア評は、多分に外っ面の良い部分に偏っている。

 『第一話全盛期現象』とでも言うべきマリアへの過大評価が、そこに燦然と輝いていた。

 まあ、ゼファーの他人への過大評価は今に始まったことでもないのだが。

 

 

(はて、あたしでも気付けたことにセレナが気付いてないとかあるんでしょうか……?)

 

 

 「マリアの実情言っちゃっていいものか」と別の考えごとを始めてしまった切歌の頭の中から、そのちょっとした疑問はあっという間に追い出され、消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日常というものは、その人間次第でいくらでも多忙なものとなる。

 社交的な人間は人付き合いに多く時間を取られ、学ぶ気のある人間は余分な時間をとことん勉学につぎ込み、娯楽で人生の大半を費やす人間も居るだろう。

 総じて人付き合いを重んじる人間、向上心のある人間、責任感のある人間は忙しい日常を送りがちだ。対し器用な人間は身の丈にあった形に、適度に気楽にスケジュールを組み立てる。

 ちなみに、ゼファーは前者のタイプの人間である。

 

 

「すみません、遅くなりました」

 

「いえいえ、構いませんよ。君の信用が遅刻で損なわれた以上の意味はありませんから」

 

 

 約束の時間に一、二分の遅れで嫌味を言い始めるウェルに、すぐさまゼファーは頭を下げる。

 遅刻したのは事実だ。ウェルがどんなにイラッと来る表情をしていようが、それは変わらない。

 誠意をもってゼファーは謝り、内心どうでもよかったウェルは取り繕った笑みを浮かべる。

 ここに来るのも何度目か、ゼファーもすっかり慣れた様子でウェル博士のデータ取りへ協力していた。無論、そんな毎度毎度と切歌が喧嘩を売っているわけではない。

 ゼファーがウェルに気を許し、自分の身の危険を感じなくなったわけでもない。

 これは単純に取引だ。

 ゼファーは今、研究者達に対する交渉の糸口の模索と、そのために必要なデータの確立、自分と他の研究者の間に立って何かしら窓口になってくれる誰かを必要としている。

 研究に手を貸すだけで力を貸してくれるウェルは、かなり有望な候補だった。

 

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは生化学分野の駿才である。

 そして天才を集めた中でも天才と呼ばれるであろうその才覚は凄まじく、他の分野にちょろっと手を出しただけでも、他の専門研究者達と同等以上の結果を出せる。

 無論生化学に注力させればなお凄まじく、生化学の見地から他分野にアドバイスさせればこれもまた有用だ。多分野連携での研究進展などはまさに理想的だろう。

 性格に問題があっても、彼の能力は極めて有用で魅力的なのだ。

 性格に問題があっても。性格に問題があっても。

 大事なことなので三回書く。

 

 ウェル博士に口添えを貰うことは、ゼファーにとっても無視できない手段なのだ。

 この場所で子供の身で何かを変えたいのならば、絶対に。

 今の所ウェルから要求される研究協力は命の危険に関わらない穏便なものばかりだが、いつ危険なものを要求されるかは分からない。

 死にたくないゼファーからすれば、命の危険などまっぴらゴメンだ。

 

 

「……ん、しまった。同期中だったか……」

 

「ウェル博士?」

 

「すみません、使おうと思っていた機器が今少し使えないようです。

 来てもらってなんですが、手空きになってしまいましたね」

 

 

 ウェルにしては珍しく、機材の準備に不備があったようだ。

 弘法ですら筆を誤ることもあるのだから、そういう日もあるだろう。

 どうやら、今日の実験が始まるまでに少し時間ができてしまったらしい。

 

 

「じゃあ、何か話でもしますか?」

 

「君が僕を楽しませられる話ができるとは思えませんよ?」

 

「またひどい言い草ですね……あ、じゃあウェル博士、また何か話を聞かせてくれませんか?

 前に俺の直感の話をしてくださった時、すごく分かりやすくて面白かったですし」

 

 

 ナスターシャもウェルも、難しいことを素人に分りやすく説明することができる。

 難しいことを覚えて三流、応用ができて二流、要点を噛み砕いて誰にでも分かるように再構築できて初めて一流、というやつだ。

 専門用語と難しいことだけを並べて説明することなど、誰にだってできる。

 しかしこの二人を同列に並べるのは非常に失礼なのでしてはならない。

 ナスターシャは個人個人に合わせ、補足や例え話まで混じえて楽しく学ばせるのに対し、ウェルは何を説明するにも相手を煽らないと話を進められない。

 短気な相手ならまず確実に拳が飛んでくるだろう。

 ウェル自身がそう言っていたように、ウェルにそこまで不快感を感じず、受け容れられているゼファーの方が変なのだ。

 

 ゼファーは自分の直感への理解を始め、目に見えて有能なウェルに純粋な敬意を向けている。

 その視線は、ウェルにとっても心地の良いものだ。

 それは一種の、子供が英雄に向けるような感情を含んでいるために。

 こうしていい気になりやすく、足元がおろそかになりやすいという一面も、彼にはあった。

 眼鏡を指でくいっと上げ、ウェル博士はゼファーが興味がありそうな話題を適当にチョイスし、そして突拍子もなく口に出した。

 

 

「君は、神を信じますか?」

 

「は?」

 

 

 は? としか返答のしようのない、そんな話題、あるいは講義を。

 

 

「信じてはないですけど祈ったことはあったような……あった、と思います。

 応えてもらった経験はないですけど」

 

 

 ウェルが何が言いたいのか読み切れないままに、ゼファーは自分なりの答えを告げる。

 質問の意図を問うより、ウェルはこう返された方が喜ぶ思うタイプだと、そう考え。

 案の定他人が自分の思い通りに動いたことに、ウェルは満足気に話を続ける。

 

 

「この世界にまだ質量も、熱も、時間も、光も、宇宙もなかった頃の話です。

 原初の混沌の泥の中から、この世界で初めて形を成した命が生まれました。

 命の名は、『グラブ・ル・ガブル』。知無き白痴の神、原初の神です」

 

 

 泥の神、グラブ・ル・ガブル。一にして全、全にして一。

 始まりの前にあった神、全ての始まり、デミウルゴスに対応するアイオーン。

 時間も空間も無かった世界に存在した、全知全能の絶対存在。

 

 

「グラブ・ル・ガブルはまず最初に、幾多の宇宙を創り上げました。

 次に空っぽだった宇宙を、無数の星と命で満たしました。

 そして、秩序を司る輪を成す神々をその身から生み出しました。

 最後にいずこかの星の中にて眠りにつき、星海の揺り籠に微睡んでいるとのことです」

 

 

 それは創世の神話だった。

 しかし、ゼファーは自分が無知である自覚はあったが、こんな神話は初めて耳にする。

 ゼファーは神に祈ったことはあれど、神の存在はあまり信じていない。

 無宗教の日本人だって、腹痛の時などに神に祈ったりはしても、神の存在を信じては居ないだろう。ピンチの時だけ都合よく祈るなど、誰にだってあることだ。

 だが、ウェルはまるでその『神』が実在していたかのように語っている。

 それも、聖書に語られる創世とは全く別物の創世神話を。

 科学者や理知的な人間、あるいはウェルのような人間は、神を信じるといった信仰心とは無縁の人間であるとイメージしていたため、ゼファーは少し驚いた。

 

 

「それは、どこかの神話ですか?」

 

「にわかには信じがたい話ですが、事実らしいですよ。

 我々の科学力ではまだそれらを確認することも、証明することも叶いませんが。

 聖遺物の外装が焼結体か金属体か……それすらも分からない我々にはね」

 

 

 ウェルはそれを間違いのないことのように語る。

 ゼファーはそれを、遺跡から得られた先史文明の知識であると推測した。

 『我々の科学力』と言い、聖遺物を引き合いに出していたからだ。

 しかし、その内実は少しだけ異なる。

 ウェル達、この施設の研究者達は、一つの大きな情報ソースを持っている。

 先史の時代に生き、神々と交信する巫女(ミーディアム)であり、神々と直接言葉を交わしたこともある、神々の口から創世の歴史を聞かせてもらっていた一人の女性。

 戦争の話は当事者であるジジイにでも聞け、という話。

 

 

「神々はこう呼ばれます。森羅万象を司る、世界を支える力。

 この宇宙の全てを守護する、守護獣(ガーディアン)と」

 

守護獣(ガーディアン)……」

 

 

 保護者、監視者、守護者。

 そういった意味を持つ『ガーディアン』という名を当てられた神々達。

 泥の守護獣より生まれた意志ある力、それが守護獣と呼ばれる者達だった。

 

 

「しかし、守護獣達は困りました。

 膨張していく宇宙全体の秩序を維持するには、彼らの力が足らなくなってきたのです。

 彼らの数はグラブ・ル・ガブルより生まれた有限数。

 そして彼らは神であるがゆえに、人のように急激な成長を望めない。

 そこで、守護獣の一柱が提案しました」

 

 

 彼らは幾多の宇宙の存続に責任を持っている。

 数十億年数百億年という途方も無い悠久の中で、秩序の輪を守り続ける。

 それは生贄の柱と捧げられたからではない。

 彼らが神として、己の意志で世界を支える力となり続けているからだ。

 そんな彼らも、絶対的な力を持っているというわけではない。

 

 星一つ程度の規模であれば全知全能の権能を振るえる守護獣は何体か居るものの、それですら幾多の宇宙全ての摂理を維持するためには足りない。

 彼らは考えに考える。

 そして、とある守護獣が一つの結論に辿り着いた。

 

 

「『我々に力をくれる星と、生き物を用意しよう。宇宙を救う豊穣の地を』、と」

 

 

 守護獣(ガーディアン)のための守護者(ガーディアン)を用意しよう、と。

 

 

「守護獣達はグラブ・ル・ガブルが創った星海の中から、一つの星を選びました。

 全ての宇宙の摂理の要。秩序の輪の中心となる柱の星。

 それが我々の住まう星、『地球』……というわけです」

 

 

 天地開闢、天地創造、創世神話。

 人の世界は、そうして創られ始まった。

 

 

「そして守護獣の内、最も力の強い九体が中心となって星を今の形に作り変えました。

 地、水、火、風の四体が星の環境を整え、今の青き星の姿に。

 勇気、愛、欲望、希望の四体が守護獣に力を与える命の雛型、『心』を用意。

 そして最後の一体が、その雛型からこの星に適応した命を創り上げました。

 それが我々、人間のルーツであると言われています」

 

 

 地、水、火、風、勇気、愛、欲望、希望の守護獣達。

 そこに命、山、海、天、雷、雪、光、闇、星、月、時空、幸運、死、恐怖の守護獣達。

 幾多の守護獣が力を注ぎ、完成させた人と生命と宇宙のための箱庭。

 それが地球という星だった。

 

 

「地、水、火、風の四体を四大守護獣(フォースガーディアン)

 勇気、愛、欲望、希望の四体を貴種守護獣(ロードガーディアン)

 自らの姿に似せて我々人間を創った最後の一体を始祖守護獣(カストディアン)と呼びます」

 

 

 その九体、特にカストディアンはかつては信仰の対象にすらなっていたという。

 

 

(アドナイ)(ヤハウェ)唯一の神(アッラー)

 固有名詞が失伝しても残る信仰、始祖守護獣は特に顕著ですねえ。

 我々人が守護獣を神と崇め、心の力を彼らの糧として送る。

 守護獣はその力で宇宙の秩序を維持し、残りを地球の自然に還元する。

 これが先史の時代にまで続いていた、宇宙の真理です」

 

 

 人が信じたもの、祈りを捧げたものは、悠久の時を経ても信仰され続ける。

 人はカストディアンを時に主と、時に父と呼んだ。

 人の素晴らしい所も、醜い所も、あるいはカストディアンから受け継がれているのだろう。

 

 

「ところが、何にだって終わりはあるということでしょうか。

 最も強力だった九体の守護獣の内の一体より、最大最悪の『災厄』が生まれてしまいます。

 その名も、」

 

「……ロード、ブレイザー」

 

「……まったく、いい所で遮らないで頂きたいですね。空気読めないって言われませんか?」

 

 

 お前が言うな、とツッコむ者はこの場に一人も居ない。

 

 

「かくして、宇宙の歴史上初と言っていい次元の大戦争が始まりました。

 神々の総力戦も、神々が他の命に力を借りることも、それが初めてだったとか。

 その上で勝利する寸前まで行ってしまったというのですから、恐ろしい魔神です」

 

 

 その戦いは、ゼファーも見ていた。

 神々も、魔神も、全てが世界に残らなかったラグナロク。

 世界の全てが燃え尽きることで決着し、その後人の時代がやって来たという最終戦争。

 神話によっては、今でも形を変えて語り継がれている、終わりにして始まりの物語だ。

 

 

「その過程で人類は絶滅一歩手前まで追い込まれ、地球も荒廃。

 自然環境が再生するまで数千年かかっていたと、地層から判明しています。

 そして神々も、一柱残らずこの世界から消し去られました」

 

 

 守護獣達が消えても、何故この世界の秩序が守られているのは分からない。

 神々が滅びたというのにグラブ・ル・ガブルは何をしているのか、それも分からない。

 その戦争の末期とその後に何が起こったのかすらも、遺跡の伝承には少ない。

 ただ、もう『この世界に神は居ない』ということだけは、不動の事実であると言っていい。

 

 

「ゆえに、この世界にもう神は居ません。神に祈る者達の、なんと滑稽なことか」

 

 

 ウェル博士は、救いを求める人の祈りを心底馬鹿にしている。

 この施設の子供達や大人達、そういった人物達を含めて。

 思えば、最初にゼファーに「神に祈ったことはあるか」と問うたのはこのためだろう。

 祈ったことがある、と答えていたならば赤っ恥だ。

 ウェル博士に誤算があったとすれば、ゼファーはそんな煽りに完全に無反応で気付かないままに天然ガンスルーを決めた、という痛烈なカウンターパンチが来たことだろうか。

 

 

「俺が知ってるのはそこまでです。魔神はどうなったと伝えられているんですか?」

 

「よくある英雄譚の一幕ですよ。魔神は英雄に討たれ、それで終わりです」

 

 

 ゼファーは遺跡の珠に見せられた、長い髪の剣士の姿を思い出していた。

 その背中に覚えた憧憬も共に思い出す。

 あんな風になりたいと、そう思わせられる戦う姿だった。

 英雄を語りながら、ウェル博士はそんなゼファーの憧憬の瞳を目にする。

 自分も同じような目をしているのだろうと、少年の英雄に憧れる気持ちを理解しながらに。

 

 

「なんで、そんなものが生まれてしまったんでしょうか」

 

 

 腕を組み、首を傾げてゼファーは考え始める。

 『ロードブレイザー』。

 その存在はゼファーも知っていたが、知っているのはそういう奴が居るということだけで、むしろ知らないことの方が多かった。

 今日ウェルから聞いた守護獣(かみさま)の話も、ゼファーにとっては新鮮な情報であった。

 魔神とは呼ばれていても本当に宇宙の誕生に関わる神様の眷属であるなどと、ゼファーは想像もしていなかったのだ。知る機会も無かったのだから仕方のない事なのだが。

 だからふと、ゼファーの中に生まれた疑問があった。

 あんな魔神が、どうして生まれてしまったのだろうか?

 

 

「宇宙の秩序を守るための神様達の中から、なんで、そんな……」

 

「人を、秩序の輪に組み込んだからでしょう」

 

「?」

 

 

 何故と考えるゼファーとは対照的に、ウェルは一つの答えを得ているようだ。

 少年は、人の善性を信じている。だから思い至らない。

 博士は、自分以外の全ての人間の悪性を信じている。だから真理に至ることができる。

 その構図は、あまりにも皮肉に満ちていた。

 

 

「どうでもよかった。終わらせて欲しかった。死にたかった。

 テレビを見たことはありませんか? 新聞は? しょっちゅう載ってますよ、そんな殺人犯。

 こんな理由で見知らぬ人を殺す人間は、この世界にゴマンと居るんですよ。

 『終わりたい』『人生を終わらせたい』『世界が終わって欲しい』と願う、そんな人間が」

 

 

 ゼファーはテレビも新聞もほとんど見たことがない。

 だが、『終わりを求める人間』には何人も心当たりがあった。

 フィフス・ヴァンガードには、そういう人間が比喩でなく『死ぬほど沢山』居たからだ。

 そして少年はウェルのヒントから至った結論に、ゾッとする。

 まさか、とその心中の推測を自分自身で否定する。

 だが、それと同時に「ありえる」と納得する自分自身も居た。

 

 

「疲れた人間、狂った人間、絶望した人間。

 何かが上手く行かなかった時、何かを失った時、何かに打ちのめされた時。

 誰の中にだって、大なり小なりあるものでしょう。

 『こんな世界終わってしまえばいいのに』、という気持ちは」

 

 

 ウェル博士のその言葉には、恐ろしく実感がこもっていた。

 彼が『そういう気持ち』を抱いたことがあるのだと、そう確信させられるほどに、その言葉は彼自身の血を吐くような感情が乗せられていた。

 世界の終わりを望む人間。

 この世界にありふれている、そして先史の時代にもありふれていたであろう、明日を諦めない希望を抱く人間達の対極となる人間達。

 

 それは時に、電車のホームに立ち自殺を迷う疲れ果てたサラリーマン。

 それは時に、交差点の前に立ち飛び出そうとする失恋直後の女子高生。

 それは時に、家族を強盗に皆殺しにされた失意の喪失者。

 それは時に、リストラされ部屋で酒をあおるだけのアルコール中毒者。

 それは時に、ふと将来のことを考えてしまった世界に適応できなかったひきこもり。

 それは時に、家族の誰も見舞いに来てくれない末期癌の痩せこけた老人。

 

 誰もが望む。他の誰かが英雄に救済と勝利を望むように。

 『ああ、こんな世界を、こんなはずじゃなかった世界を、終わらせてくれ』、と。

 希望を望むのではなく、自分と等量かそれ以上の絶望を世界に与えることを望む、そんな意思。

 

 

「……人が、人が、『あれ』を産んだと? ロードブレイザーを?

 あれが"絶望の守護獣"であると、そう考えるんですか? 博士は……」

 

「人の思念は守護獣を支える力です。

 ならば、そういうものを生み出したとしてもおかしくはありませんよ」

 

 

 ゼファーの顔は、仮定でしかないというのに真っ青だ。

 それもそうだろう。それは、ゼファーの信じる人の骨子を否定する。

 英雄、アガートラームの剣士が人の希望を体現する者であるとするならば。

 魔神、ロードブレイザーは人の絶望を体現する者であると言っているのだから。

 

 

「ロードブレイザーは人の負の思念を喰らい、力を増す。これはれっきとした事実です。

 ならばこの世界に絶望がある限り、魔神は不滅ということでしょう。

 この世界に血を巡らせている守護獣の対極の位置に在る存在……

 言い変えれば、ロードブレイザーは『この世界の寿命』とも考えられます」

 

 

 どんなものにも寿命はある。

 人が死ねば屍となり、岩が死ねば砂となり、風が死ねば凪となる。

 この宇宙にすら、熱的死という寿命は存在する。

 始まりがあるのなら終わりがあるのは必然であり、永遠を約束された存在なんてものはない。

 世界の始まりとなった神が居るのなら、世界の終わりとなる神が居ても、なんら不思議はない。

 

 

「超えられなければ、僕ら人類は絶える。超えられたなら、功績者は英雄となる」

 

 

 ロードブレイザーの詳細を知り、絶望的な特性を推察し。

 それでもなお、ウェルの瞳は熱もなく燃えていた。

 世界の危機を危ぶむでもなく、憂うでもなく、嘆くでもなく、悲観するでもなく、諦観するでもなく、彼は心の底からそれを歓迎していた。

 人が英雄となるために必要なもの、打倒されるべき強大な怪物の存在を。

 世界の全てを救う英雄の身の丈に合った、世界を滅ぼせる災厄の存在を。

 彼は大昔にその魔神が誕生してくれたことを、心の底から祝福してすらいた。

 

 

「さてゼファー君。我々はそんなロードブレイザーを打倒すべく集まった研究者達です。

 そのために子供を犠牲にしますとも。そういう道理があるのですから。

 そのために何をしたって許されます。そういう大義があるのですから。

 少なくとも僕は、君の大切な人を正義の名の下に踏み躙っても許される」

 

 

 両の腕を広げ、ウェルはそんなことをのたまい始める。

 ウェルは正義を騙る。彼はそれを振りかざすことに躊躇いがない。

 ゼファーは正義を語れない。彼はそれで踏み潰されてしまうものが見えている。

 世界のため、という研究者達の気持ちも真実であることを、ゼファーは知ってしまった。

 研究者達の何もかもを正しくないと、正義ではないと否定してしまえば、ゼファーが否定したくないと思う気持ちも一緒に否定してしまう。

 かといって、今の研究者達が産んでいる子供の犠牲を看過することも、ゼファーにはできない。

 間違った人間が正義を主張し、そうでない人間が苦悩する。

 これもまた、笑えないくらいに皮肉な構図だった。

 

 だが、ゼファーは揺らがない。

 彼らを否定しなければ、否定したくない、そんな矛盾も飲み込んで、そこに立つ。

 子供の味方、でも大人の敵でもない、この施設特有の矛盾も飲み込んで、そこに立つ。

 力技でどうにもならないと知りつつも、見えないゴールに見えない正答に悩まされつつも、まだ見えない理想の未来図を手探りで探し続けている。

 この程度の煽りで、ゼファーは揺らがない。

 ゼファーはこんなウェル博士の協力すらも欲しながらも、大人と子供の間で必死に足掻き、立ち回り続けている。

 

 

「そんな僕に、研究協力の代価として何を望みますか?」

 

 

 ウェル博士は、ゼファーが求めるものを聞いた。

 

 

「―――」

 

 

 そしてゼファーは、ウェル博士が予想していた要求を一つ。

 それと、ウェル博士も予想していなかった要求を二つ、口にした。




原作シンフォギアでもこの作品でも聞いていないのにペラペラ設定や世界観を喋りまくってくれるフィーネさんとウェル博士が素敵すぎる便利屋だと実感します

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