戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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子供の頃特有のなんかすっごいくだらないことにこだわったり落ち込んだり友達と一緒にハマったり額付きあわせて悩んだり足りない経験値で考え込んだり駆け回ったり怒ったり泣いたり投げ出したり執着したり歳を取ってから振り返ると「なんであんなくだらないことにあんなに必死に……」ってなるああいうのは文に起こすと難しいですね
秘密基地作成とか事前に遊びに行きもせずに告白玉砕とか絶対若さがなきゃむりむりかたつむりです


3

 ゼファー・ウィンチェスターにとって、自分というものはそこまで大切に思えないものだった。

 けれど死んでもいいとまで思うほど、なげやりな気持ちというわけではない。むしろ生きたいという気持ちが強い分、傷や怪我などは意図して避けていると言っていい。

 ただ、天秤にかけた場合に重く扱われない。

 彼一人での窮地における生き足掻きの必死さと、彼が仲間を連れている時の献身を見比べてみれば、そういう違和感ははっきりと分かるだろう。

 ゼファーは「生きたい」とは思っていても、「自分の命を大事にしたい」と思ったことはない。

 極論を言えば、傷だらけ程度なら許容範囲でしかないのだ。

 この一点において、最大の理解者が彼の相棒たる雪音クリスであった。

 

 だから、ゼファーにはウェル博士の実験に付き合うことへの忌避感はなかった。

 生死に関わることでなければ、むしろ人助けなんだと積極的に手を貸しに行きすらするだろう。

 発達した直感のせいで危機感が薄い。悪人への許容値が異常に高い。

 そのためか、先日切歌はゼファーを守ろうとウェルに対し啖呵を切ったが、ゼファー自身はそこまで拒絶する気はなかったのだ。

 それどころか、ゼファーはウェル博士の語る分析の内容に感嘆し、自分の直感がどういうものなのか知りたいという好奇心が倍増していたほどだった。

 直感をただの脳機能と言い切った科学者の知慧は、少年の目にはとても魅力的に映ったようだ。

 はたから見れば、彼の行動理念は時々ものすごく危なっかしい。

 マッドサイエンティストにしか見えないウェル博士の実験体になろうとするなど、正気の人間ならば絶対にしない行動のはずだ。

 

 だというのに、ゼファーは今、ウェル博士の研究室に居た。

 

 

「これを頭に付けるだけでいいんですか?」

 

「ええ。まずはそれだけですよ」

 

「てっきり、薬とか打たれるものだとばっかり……」

 

「それでやや警戒していたと? いやいや、流石に僕も私的実験で君に薬剤打ったらクビですよ」

 

 

 カポっ、と謎の機械帽子を被るゼファー。

 ただ一つ弁護しておくと、ゼファーも好奇心や考え無しが理由でここに来たわけではない。

 というより、彼も流石に実験の失敗で何らかのデメリットがあることが分かっていて、それでもなお実験に協力する気なんてさらさらないのだ。

 忌避感や危機感が薄いことと、積極的にそれをすることはまた別、ということ。

 直感が命の危険が無いと判断したという前提があっても、基本危うきに近寄らないゼファーの性格から言えば、こんなゴテゴテした機械の帽子のような物は進んで被りはしない。

 ならば何故ゼファーがここに居るのかと言えば、彼なりの打算である。

 

 

「あ、そういえばですね、ウェル博士」

 

「切歌君の件なら最初から不問に処すつもりでしたよ。気にしてもいません」

 

「ぅ」

 

「大方、実験に協力して僕の機嫌を取ってうやむやにするつもりだったんでしょう?

 君が考えることぐらい、僕が読めないとでも思ったんですか?」

 

「……すみません」

 

「そこで謝る君は、悪者にはなれそうにもないですねぇ」

 

 

 悪者になれない、という言葉を褒めるようなニュアンスではなく、むしろ利己的な意図で他人を騙せない性格への嘲笑のようなニュアンスで、ウェル博士は笑顔で告げる。

 ゼファーの思惑はたった一つ。

 子供達からも悪人の代名詞のように語られ、切歌をどんな処分にすることもできる、そんな立場の研究者であるウェル博士のご機嫌取りだった。

 ゼファーはウェル博士に対して忌避感を抱いていないし、それでも進んで実験材料になろうとは思わない感覚も持ってはいるが、それらがどうでもいいくらいに切歌のことを考えていた。

 今日ゼファーがここに来ていた理由は、切歌に対する処遇をマシにするために何かできないかという、それだけの理由でしかない。

 

 しかし公衆の門前で子供に喧嘩を売られたにも関わらず、ウェル博士は切歌に対しさして怒ってはいないようだった。

 狭量な大人は往々にして子供に対しても心が狭いものなのだと、少年兵をいたぶる大人も見てきたゼファーは知っている。だからこそ、彼はここに彼女の弁護のため来たのだから。

 変わり者かいい人なのかどちらなのかな、とゼファーは思考していたが、

 

 

「しかし、心外ですねぇ。僕は数が限られてる素材は使い潰さないタイプですよ?

 まあ、使い潰してデータを取るってタイプの人も、ここには少なくないですけどね」

 

 

 その一言で、認識を改める。

 ウェル博士の語調は、「手を噛まれたからといって貴重なモルモットを殺すバカは居ない」とでも言いたげで、切歌に対する怒りなんて微塵も感じられなかった。

 人はネズミに対して、怒らない。つまりはそういうこと。

 

 

「その、俺の頭の中とか調べて役に立つんですか?」

 

「ええ、その内兵器転用などもされて人殺しの道具になったりもするかもしれませんね」

 

「兵器転用……」

 

 

 会話の流れに不穏なものを感じ取り、ゼファーは話題を変えてみる。

 兵器転用や人殺しなどのワードを、濁したりオブラートに包んだりせずあけすけに話すウェル博士の発言からは、気遣いや配慮といったものが砂粒ほども感じられない。

 案の定、ゼファーの表情に少し苦々しい感情が浮かぶ。

 言動や行動の一つ一つに気を付ければ少しはマシになるのだろうが、仕方ない。

 これがジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスという男の、生まれ持った性質だからだ。

 

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

「はい、どうぞ」

 

「個人の能力ってイメージがある『直感』が、兵器としてどう役に立つのか分からないんです。

 そもそもここって聖遺物の研究施設ですよね? どういうことなんですか?」

 

「ほう、目の付け所がいい……いや、勘がいいんですかね?」

 

 

 ゼファーは頭がいいわけではないが勘はいい。

 しっかり考える気があれば、実質頭のいい人が気付くようなことにだって気付いて質問できる。

 疑問点に知能で気付いて思考であたりを付けられるのが頭の良い人で、疑問点に直感で気付くもそれに一定以上の答えを導き出せないのが勘の良い人だ。

 そんなゼファーを、ウェル博士は身長差から見下ろし……否、見下している。

 彼は口では少年の勘を褒め称えている。

 しかしその表情はいくら取り繕っても、ゼファーの機微に敏い目から見れば、躾が上手く行ってお手が出来た犬を褒めるようなものでしかないのだと分かる。

 

 

「そもそも、貴方はここで聖遺物のどういう研究をしているかご存知ですか?」

 

「いえ、知らないです」

 

「結構。ならば必要以上には知ろうとはしないことです」

 

「え?」

 

「ここでは一定以上のことを知った者は外には絶対出さない決まりですので」

 

 

 ニコリ、と取り繕った笑みのまま、ウェル博士は告げる。

 ゼファーもここ最近になってようやく、セレナ達がこの施設に関することや、レセプターチルドレン達がやらされている実験については、知らないのではなく黙っているのだと知っていた。

 切歌等、嘘がヘタクソな子供達の交友関係が増えたとも言う。

 ゼファーはそれらを、実験があまりにも過酷であり心配をかけさせないためなのだとも思っていたが、ウェル博士の話を聞く限りではゼファーの保身も兼ねていたようだ。

 この施設の機密漏洩に対する意識は、相当なものであるらしい。

 「子供の言うことだ」と真に受けられない可能性を加味した上で、そこまで徹底してあるのだとすれば、ゼファーが想像している以上に恐ろしい組織なのかもしれない。

 

 

「なので、問題のない範囲で教えましょう。

 ここでは、聖遺物の機械的利用及び新世代エネルギーの開発を最終目的としています」

 

「機械的利用……新世代エネルギー……?」

 

 

 が、ウェル博士は話す。

 彼がうっかり何か機密を口にしてしまうことで、それでゼファーが負ってしまうかもしれないリスクなんて本当にどうでもいい彼は、あっさり話す。

 『問題のない範囲』という言葉を簡単に信じたゼファーもゼファーだが、少年が口封じに殺されるリスクも承知の上で、それで気楽に話しているウェルもウェルだ。

 無差別の好意と、無関心の悪意。

 二人の会話風景は、互いが抱いている感情も相まって、まるで家畜と飼い主のようですらある。

 

 

「現在、我々は聖遺物を人の手によって起動させることに成功しています。

 しかし人が扱うには聖遺物に関する個人の適正が不可欠、という問題がありました」

 

「使える人にしか使えないんですか?」

 

「ええ。更に言えば、適正のある人間に使わせる技術ですら未完成の代物です。

 励起、発動、制御……この施設全体でも、それが出来るのは四人だけでしょうね」

 

「四人だけ……」

 

 

 この施設では聖遺物を研究している、ということはゼファーも知っている。

 聖遺物とは、最先端の技術を持つ科学者達ですら未踏の域にある異端技術(ブラックアート)

 で、あるからして、起動や研究の方法すら未だ定説が持たれていない。

 動かすにしろ、使うにしろ、調べるにしろ、その方法すら分かっていないのが現実なのだ。

 まあ、ゼファーはそんなことも知りはしないのだが、問題なのはそこではない。

 

 この施設は秘密裏に研究を進めているだけのことはあり、人体実験も厭わず、聖遺物をなりふり構わず集めていることもあってか、世界的に見ても最先端に近い技術を擁しているようだ。

 ゼファーや子供達の大半は知る由もないが、聖遺物の起動や加工も実用段階に達しており、既に機械による安定起動のフェーズにまで至っている。

 が。ウェル博士は語っていないが、人の手を介さない形による聖遺物の安定起動は、一つの大きな壁にぶち当たっていた。

 F.I.S.の最先端技術をもってしても、実用レベルの出力と安定性の両立が出来なかったのだ。

 

 加えて、フィーネ・ルン・ヴァレリアが提供した技術が『人の手による聖遺物の利用』に関するものであり、現状目に見える成果がこれだけというのもそれに拍車をかけている。

 研究者達は彼女が作った『アンチノイズプロテクター』の複製すら、まだ不可能なのだ。

 だが、仕方が無いという面もある。

 何しろこのF.I.S.、発足からまだ三年弱しか経っていないのである。

 満足の行く環境と人材を集め終わった時点から計測すれば、実働期間はもっと短くなるだろう。

 目に見えにくい成果で言えば、信じられないような成果もいくつかあるのだが、あいにく研究者がスポンサーから金を出して貰うためには、目に見える成果が必須。

 それがフィーネの提供技術のみ、しかもその技術を扱える者が四人だけ、となれば、研究者は焦って然るべきだろう。ウェル博士の超然とした余裕も異様に見える。

 

 

「むかーしむかし。戦場では一騎当千の英雄は戦場で千の敵を倒しました。

 しかしながら現代の兵士がフル装備で当時の戦場に出れば、それ以上の戦果を上げるでしょう。

 武力は銃で代替できるようになってしまいました」

 

「代替?」

 

「そう、代替です。

 村の知恵袋たる賢者も、書籍やインターネットには敵いません。

 悪魔的に計算が早い人間も、計算機には敵いません。

 どんなに足が速い人でも、車には敵いません。

 頭一つ抜けた個人の能力は、技術の発展に伴い機械によって代替されていくものです」

 

「……あ、機械的利用って」

 

「個人個人の才能や適正に左右されない、誰にでも可能な聖遺物利用。

 引き金を引くだけで使える武器としての聖遺物。

 既存の炉心代わりにエネルギーを吐き出す永久機関としての聖遺物。

 僕ら、上からそういうものを作れとせっつかれているんですよ」

 

 

 まあ、余裕が有るように見えるだけで彼も無関心というわけではない。

 こうやって研究の後押しになりそうなデータをゼファーから得ようとしている所からも、それは伺える。かつてフィーネがもたらしたようなブレイクスルーを模索しているのだ。

 彼自身は生化学的分野の研究者であり、一定上の成果を出してもいるのだが、肝心の他の研究者による実機分野の研究が遅々として進まなければ、大きな成果は見込めない。

 精々が聖遺物を利用しての医薬品の発明程度。

 今ウェル博士が言っているように、スポンサーが求めているのは兵器、次点でエネルギーだ。

 そしてF.I.S.の事実上のトップフィーネに至っては、魔神を倒す兵器しか求めていない。

 聖遺物を利用した、個人の資質に寄らない、誰にでも扱える新世代の兵器。

 あるいはそれらに繋がる新世代エネルギー、もしくは金になる画期的技術。

 いつの時代もスポンサーは無責任に研究者に結果を求め、研究者は無責任にもっと金や人を寄越せとスポンサーに要求する。

 持ちつ持たれつなのだが、相争う関係でもあるのだ。

 

 

「聖遺物のエネルギーは既存のどのエネルギーとも異なるものです。

 かつ、一部は永久機関ですらある」

 

「えいきゅうきかん?」

 

「無限に食べ物が無くならない壺のようなものですよ」

 

「そりゃすごい」

 

 

 説明する気がない男。

 話の流れを切ることを申し訳なく思い分かった気になっておく少年。

 まるで、どんな破れ鍋も綴じれる蓋のようだ。

 

 

「まあ、ここまで言えば貴方でも分かるんじゃないですか?」

 

「えーと、俺の直感を、機械でトレースする……みたいな?」

 

「まあ、だいたいそれで合ってますよ。しばらくは分析だけでそちらに手は回らないでしょうが」

 

 

 ここまで話せば、ゼファーとて己が発した問いへの答えは分かる。

 ウェルはゼファーの直感をデータ的に分析し、それを機械的に再現するというプランを、出来るか出来ないかは別として別セクションに提案するつもりなのだ。

 確かにそれが出来るのならば、凄まじい物が実用化されるのだろう。

 無論、『出来るなら』という前提の話ではあるが。

 

 

「分かりますか、ゼファー君」

 

「?」

 

「技術の発展とは、それすなわち飛び抜けた人間、ワンオフの能力、英雄的存在の否定です。

 誰にでもできることの範囲を広げ、凡人にも国を滅ぼす力を与えます。

 今の時代の凡夫の指先一つが、かつての時代の英雄の全身全霊にも勝りかねない。

 ミサイルの発射ボタンを押すことなど、子供にもできることですからね」

 

 

 村の知恵袋たる賢者が、書籍やインターネットに敵わない。

 悪魔的に計算が早い人間が、計算機には敵わない。

 どんなに足が速い人でも、車には敵わない。

 頭一つ抜けた個人の能力が、技術の発展に伴い機械によって代替されていく。

 

 そして今、ゼファーの直感も機械で再現することは不可能ではないと、ウェルは言っている。

 

 

「そう、科学の発展とは、すなわち」

 

 

 それは彼が至った一つの真理であり、絶望であり、怒りだった。

 

 

「『英雄なんていらない』という証明に他ならないのですッ!」

 

 

 思わず声を荒げるほどに、彼の心に突き刺さる、彼の狂気の原因たる、現実の刃の一つだった。

 

 

「ああ、忌々しい。時代が進むにつれ英雄は生まれにくい世界になっていく。

 文明の成熟、技術の発展、世界の停滞が英雄の舞台を許さない。

 勝つべき時に勝つという英雄の資質ではなく、金と人数が勝者を決めるなどとッ!

 何故、誰もが、この英雄の居ない時代を嘆かないのかッ!」

 

「あ、あの、ウェル博士……?」

 

「……っと、申し訳ありません。ついつい大きな声を出してしまいました」

 

 

 声を荒げている間、垣間見えた彼の中の狂気。

 英雄への執着。

 英雄という概念への妄執。

 英雄という存在を排除しつつある世界への憎悪。

 英雄を技術の発展という形で駆逐する、『科学者』というものへの複雑な感情。

 彼自身がその『科学者』であるという矛盾。

 一瞬で吐き出された感情の奔流は、内心を把握できるかは別として、他人の感情の動きに敏感なゼファーですら、その全てを受け止めきれないほどに異常に複雑怪奇なものだった。

 複雑さで言えば、バーソロミューのそれを上回っていたと言ってもいい。

 

 

「すみません、実験を続けましょうか」

 

「え、あ、はい」

 

「貴方の頭につけている機械で脳波を測定していますので、

 僕がこれからするコイントスの結果の裏表を、勘で当て続けてください」

 

 

 ウェルの内心と本性を垣間見た、だからこそ。

 彼の取り繕った笑みが、滲み出す気持ちの悪さが、ゼファーには恐ろしくも見えた。

 羊の皮を被った化け物のような、そんな恐ろしさ。

 納得と少しの恐怖が、少年の心中に満ちる。

 しかし。

 

 

「ウェル博士にとって、『英雄』ってなんですか?」

 

 

 その程度のことで誰かを敬遠するような当たり前の感覚を、少年は持ち合わせていなかった。

 その程度のことで誰かを嫌悪するような当たり前の感覚を、少年は持ち合わせていなかった。

 結果、近付いてはならない人間に近付いてしまう。

 

 

「僕にとっての『英雄』? それはですね―――」

 

 

 それもまた、彼の運命を一つ定めてしまうのだとも気付けずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六話:Moon/Prince/Princess 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、しら……」

 

「……」

 

「シラベー?」

 

「……」

 

「……シラベさん、俺なんかした?」

 

「……」

 

(あ、友達に無視されると、こんなに泣きたい気持ちになるんだな……知らなかった……)

 

 

 食堂で食事を取ろうとしたゼファー、その前を無反応で横切る調。

 声をかけようとしたゼファーだが、何か考え事をしているらしき調にガンスルーを食らう。

 メンタルが強いとは言えないウィンチェスター少年、割と大ダメージ。

 調が遠く離れて行ってから肩を落とし、溜め息を吐いた。

 そんな泣きそうな彼の肩を、後ろからポンポンと叩く一人の少女。

 

 

「ゴハンまだなら、あたしと食べません?」

 

 

 暁切歌の誘いに乗って、ゼファーは二人並んでカウンター席でチャーハンをかっこんでいた。

 

 

「チャーハンの具は卵とハムだけが一番デスねぇ」

 

「俺はネギとか野菜が入ってる方が好きだな」

 

「えー、あたしは野菜入ってたら絶対脇どけるデス」

 

「キリカはなんでか野菜嫌いだよな。なんでだ?」

 

「食べられる奴の気持ちが知れんだけデス。ピーマンの中にハンバーグとかなんデスかあれ」

 

「いや俺に聞かれても」

 

 

 最初はいくらかチャーハン談義もしていたが、当然と言うべきか自然と話題は調の話へ。

 

 

「確かに調は最近元気ないデスね。というか考え事があるって感じデスが」

 

「親友が聞けば一発なんじゃないか? 俺はシラベがキリカに隠し事あるってイメージ無いし」

 

 

 ここのところの月読調の心ここにあらずな様子は、いつまで経っても解決せずに居た。

 普段から何を見ているのか、何を考えているのか分からない娘ではある。

 しかしよく見れば、ちゃんと笑ったり怒ったりもする娘なのだ。

 そんな調の様子に一番分かりやすく気を揉んでいるのが誰かと言えば、意外にも一番付き合いの浅いゼファーであった。

 次点でセレナの姉マリア。

 しかし二人の心配をよそに、調は今日も何事かを考えている様子でぼーっとし続けている。

 そんな彼女の悩みを理解できる存在が居るとすれば、解決できる存在が居るとすれば、その第一候補は調の大親友たる切歌だということに間違いはない。

 

 

「んー」

 

 

 しかし、切歌は人差し指をこめかみに当て、少し悩む仕草を見せる。

 

 

「たぶん、あれはあたしに知られたくない類のことだと思うんデスよねえ……」

 

「え?」

 

「話して楽になるなら調は真っ先にあたしに話してるデス。

 そのくらいにはあたし達は気安いし、遠慮も無いデスよ」

 

 

 そして返ってきたのは、意外にも少しドライで、かつゼファー達よりも調に対しての理解が深くなければできないような、そんな返答だった。

 

 

「それでも話さないってことは、あたしが知っても藪蛇なことなんだと思うんデス。

 知られたくないことを無理に聞かない程度には、あたし達分別あるデスし」

 

 

 切歌やセレナ。

 ゼファーはここで同年代の子供達と出会い、『踏み込まない友情』を学びつつあった。

 友に対し過度であっても『踏み込む友情』は、クリスから既に学んでいた。

 どちらが正答というわけでもない。

 切歌やセレナが踏み込む友情を見せることも、クリスが踏み込まないこともあっただろう。

 問題なのはバランスだ。どちらか片方だけに偏っても、正しい結果は得られない。

 相手をきちんと見て、踏み込むべきかそうでないかを見極める。

 それが出来る人間のみが、いと高きリア充への道を踏み出せるのだ。

 

 

「そういうものなのか」

 

「そーゆーもんデス。無遠慮に踏み込むのはデリカシーが無いってことなんデスよ」

 

 

 まして、幼いとはいえ男女間なら尚更だ。

 女の子には女の子で、異性には踏み込まれたくない部分というものがある。

 腕組みをしてうんうんと悩むゼファーには女心が分からないのだから倍率ドン。

 

 

「でも、それはあたしがあたしだから聞かないだけデス。

 ゼファーに聞かれて困ることなら嫌がってると思うデスし、踏み込み過ぎとは思わないデスね」

 

「キリカにそう言ってもらえると、気が楽になるな」

 

 

 何しろ現状、調の最大の理解者の太鼓判だ。

 世話焼きお母さん属性があると風聞に聞く――ゼファーの前では一度も見せていない――マリアは平常運転で踏み込み続けられても、新参のゼファーはそうはいかない。

 今の切歌との会話で心中に湧いていた不安が、多少取り除かれる。

 

 

「シラベの悩み……キリカは、心当たりもないのか?」

 

「そっちはあるデス」

 

「あるのかよ!」

 

 

 思わず叫んでしまったゼファーの鼻先に、ピッと切歌は人差し指をつきつける。

 

 

「ゼファーに色々、思う所があったんデスよ。きっと」

 

「俺に?」

 

「まあ、あたしだって調のことなんでも知ってるわけじゃないデスが」

 

「お前が知らないなら他の誰も知らないって。シラベ自身は別だけど」

 

 

 切歌は、調の悩みの原因はゼファーにあると思っている様子。

 ゼファーに心当たりはない。むしろ教えて欲しいと思っているくらいだ。

 しかし切歌が当たりを付けたならそうなんだろうと、やや釈然としないまま納得する。

 

 

「調はああ見えて案外ロマンチストデスからねえ……王子様とか夢見るタイプなんデス」

 

「お、王子様?」

 

 

 そんなキャラだったっけ、と少し冷や汗を流すゼファー。

 いつとてクールで冷静で、知的で知性を感じさせるのがゼファーの中の調評だ。

 それでいて冷たい人間ではない、思いやりもある少女。

 しかしクールな面だけでないとは知っていても、ロマンチストとまで言い切れるほどの調の一面をゼファーは見たことがない。

 

 

「とは言ってもお姫様とくっつくタイプの甘酸っぱいやつじゃないデスよ?」

 

「あ、ああ、そうなのか。というか、シラベそういう娯楽物も好きなんだな」

 

「そういうの好きだから自制してるって面もあるデスよ。

 基本的に調が読む娯楽作品はあたしが薦めたのばっかデス」

 

 

 優等生に漫画を貸すクラスの人気者の構図。

 切歌曰く、調は物語に夢中になってしまう自分を律するために自制しているらしい。

 なんとも彼女らしい理由だ。思えば、読んでいる本で時々勉学に関わらないものがあったのは切歌経由だったのか……なんてアハ体験をするゼファーであった。

 ロマンチストという評に納得がいったわけではないが、ゼファーの中の調像と切歌の語る調像は着実に近付いているようだ。

 

 

「なんだかんだ切歌ちゃんははリアリストだし、調ちゃんはロマンチストだよね」

 

「セレナ?」

 

「おおぅ、やっぱりゼファー居るとセレナも来るんデスね」

 

 

 そんな二人の食事の席に、新たに一人が加わる。

 ゼファーがその名を呼んだ通り、ゼファーの隣りに座ったのはセレナであった。

 ここ一ヶ月とちょっとの間に、F.I.S.ではゼファーの居る所セレナあり、セレナのある所ゼファーありの法則が定着しつつある。

 

 

(……キリカがリアリストで、シラベがロマンチスト?)

 

 

 しかし、セレナの言葉であったとしても、いまだにゼファーはそれに納得がいっていなかった。

 切歌は明るく陽性で、調は物静かで陰性だ。

 リアリストとロマンチストが逆であれば、それはそれで納得しただろう。

 人の気持ちを慮るという一点において、ゼファーはセレナの足元にも及ばない。彼にもその自覚はある。ならば正しいことを言っているのは、切歌達との付き合いも長いセレナであるはずだ。

 なのにそのセレナと見解が食い違うということは、つまり。

 

 

(やっぱり俺は、シラベとキリカの表面しか見れてないってことなんだな)

 

 

 例えば、明日世界が滅びるかもしれないとしよう。

 

 暁切歌は現実を見る。

 切羽詰まれば、100人を切り捨ててでも1人の大切な人を生かそうとするだろう。

 罪科を背負ってでも、彼女は確実に何かを残そうとする。

 大切なもののためにそれ以外を切り捨てることを躊躇わない、それが彼女の資質。

 そんなやり方でないと何も残せないと、彼女は言うはずだ。

 

 月読調は理想を見る。

 どんなに可能性が低くとも、全員で生き残る道を模索しようとするだろう。

 罪科を背負えば、罪の重さで笑えなくなってしまうことを彼女は恐れる。

 一つの音で調べは成り立たない、それを忘れないのが彼女の資質。

 そんなやり方じゃ何も残らないと、彼女は言うはずだ。

 

 調が偽善者を嫌う理由も、この辺りにある。

 ある種の同族嫌悪、ある種の憧憬、もしくは自分が望んでも届かない場所にいる誰かへの嫉妬。

 調は理想や善といったものを捨て切れないために、自然、切歌よりもそういったものを騙る人間に対し厳しい想いを抱いてしまっているのだ。

 それに加え、彼女は切歌よりも精神的には成熟しつつあるのが拍車をかける。

 

 夢と現実の板挟み、とでも言うべきか。

 なまじ現実を見れるだけの頭の良さがあり、本質的に理想を追う者であるがために、調はどちらも捨て切れずに苦しんでしまう。

 大人の悪意に対し、黙ってやり過ごすのが一番だという打算と、それを許したくないという抑えきれない義憤。それなど最たるものだ。

 ゼファーのような善悪の調停者ではなく、もっと突き抜けた善意の塊のような人間と出会ってぶつかり合えば、あるいは調も変われるのかもしれないが……それも、仮定でしかない。

 あるとしても、いつかの未来の話だ。

 

 

「あたしだってあたしのこと全部知ってるわけじゃないデスし。

 調のことだって、セレナのことだって、ゼファーのことだって知らないことばっかデス。

 友達なんだから、深く考えないでガツンとぶつかって、これから知っていけばいいんデスよ!」

 

「キリカ……」

 

 

 右手で拳を作り、切歌は軽く何かを殴るような仕草を見せてニシシと笑う。

 見ているだけで元気が出る、そういう笑みだ。

 太陽のようだと、ゼファーが少し見惚れてしまうほどの、素敵な笑顔。

 そして、彼の背中を押す言葉だった。

 

 

「それに、ゼファーと調がもっと仲良くなれるチャンスかもデスしね。

 あたしが間に入ったら野暮ってもんでしょう?

 ここはゼファーを信じて、ゼファーに丸投げしてみるとするデスよ」

 

「いいのか?」

 

「モチのロン、デェス! あたしの手が必要なら、言ってくれればいつでも助けるデスよ?」

 

 

 ウィンク一つして、顔の横で手の平をひらひらと揺らす切歌。

 仕草の一つ一つに愛嬌があって、それでいて媚びた感じがまったくしない天真爛漫さ。

 文句なしに可愛く、かつその言動には頼りがいがある。

 暁切歌が誰よりも大切に想う親友、月読調の悩み。切歌がそれをさほど問題に感じていなかったとしても、それを託されるということの重みを、ゼファーはしっかりと感じていた。

 

 

「ゼファーくん、切歌ちゃんに聞いておきたいことはない?」

 

 

 そこに、セレナからの助言。

 彼女の助言はゼファーにとって大抵有用で、かつ聞き逃してはならないものだ。

 軽んじた場合のことなど考えたくもないし、何よりゼファー自身に軽んじる気がない。

 

 

「聞いておきたいこと、か……」

 

 

 シラベの力になりたい、悩みをなくしてあげたい、助けになってあげたい。

 それがゼファーの今の本心で、切歌に後押しされた気持ちだ。

 ならば、聞かないわけがない。

 暁切歌より月読調のことを知っているものなど、居るはずもないのだから。

 

 

「ならさ、シラベのことを教えてくれないか?

 例えば二人がどうやって出会ったのか、とかさ」

 

「あっ」

 

 

 ゼファーの発言に、セレナがあっと声を出し、地雷を踏み抜いた人間を見るような目を見せる。

 それに反応し、やべっとゼファーの身体が固まる。

 きゅぴーんとSEが鳴りそうな感じに、切歌の眼が光る。

 

 

「いやーそれ聞いちゃいますかー! それ聞いちゃうデスかー!

 いやはや付き合いの短い相手とかそんじょそこらの友達とかなら教えないデスけどね!

 特別! ゼファーだから特別に教えてあげるデスよ! 特別にッ!

 あれはかれこれ二年前のことデスが! あたしがこう、皆に―――」

 

(やっちゃったね)

 

(やっちゃったぜ)

 

 

 そして始まるマシンガントーク。

 バカバカウカツ!と罵られても仕方ない軽はずみの代償は、ゼファーとセレナを飲み込む切歌の友情エピソードの嵐。一つ一つなら微笑ましくも、全部まとめては流石にキツいものがある。

 切歌がこうまで友を誇らしく語るのは、それが彼女の性格であるのと、今語っているのが唯一無二の親友ゆえにだ。

 語るエピソードの数も、その熱意も、それら全てが強く繋がる友情を示す。

 ゼファーはそれら全てを、調の悩んでいることが何か判別するため、かつ友人のことも知らない情けない自分を改善するため、一言たりとも聞き逃さんとする。

 

 不思議と、羨ましくは思っても、妬ましいという気持ちは湧いてこなかった。




「なんでこの子はこんなに最初から好感度高いんだろう」系ヒロイン
またの名をアヴリルもしくはセレナ
ループ等はしてないのでご安心ください

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