戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 何かが違う、とゼファーは感じていた。

 ARMによる感知能力は、普通の生物が感じられないようなものさえも感じ取る。

 ゼファーが感じている違和感は、かつて無いほどに広範囲から感じられるもので、"世界そのものがおかしくなってしまったのでは"という錯覚を彼の中に生む。

 違和感はやがて推測となり、推測はほどなく確信に変わる。

 ゼファーは確信を得ながらも、目の前にあるその事実を、受け止めきれていなかった。

 

(まさか、ここは、俺達の宇宙ですらないのか……?)

 

「お前の思考は、手に取るように分かる」

 

「!」

 

「ああ、そうだ。それが正解だ」

 

 ロードブレイザーが、ゼファーとウェルに見えるように手を胸の高さまで上げる。

 すると、その掌の上に燃え盛る『球』が発生した。

 エネルギーの球体? 否。

 物質的な球体? 否。

 これは『宇宙』だ。宇宙の卵だ。ロードブレイザーが軽々と作り、外から力づくで押さえつけ、そこに発生することを抑えている、"発生直前の宇宙"であった。

 

「宇宙を、一つ、作ったのか……?」

 

「我らの祖がしたことだ。私にできない道理はない」

 

 グラブ・ル・ガブルはかつて、時間も空間も無かった頃のこの世界に幾多の宇宙を生み出し、多元宇宙を創り上げた。

 そのグラブ・ル・ガブルから生まれたのが、火の守護獣ムア・ガルト。

 ムア・ガルトより生まれ、全ての守護獣を殺し尽くした存在が、ロードブレイザーである。

 ロードブレイザーは魔神であり、同時に創造神の孫とでも言うべき存在だ。

 宇宙の卵を創ることも、宇宙を一つ創ってそこにゼファーとウェルを引き込んだのも、ロードブレイザーにとっては造作も無いことでしかない。

 

「さて」

 

 だが、忘れてはならない。

 それでも、ロードブレイザーは魔神なのだ。

 創り守り育むための力など一切持っていない。この魔神が持っているのは、焼き尽くし、壊し尽くし、全てを否定に無に帰すための『破壊の力』だけ。

 

 魔神の掌の上の宇宙の卵が、明滅する。

 やがてその明滅に合わせた鼓動の音が鳴り響き、ゼファーとウェルを後退らせる。

 宇宙の卵は膨張と収縮を繰り返し……やがて、破裂した。

 

「まずは、軽く頭を撫でてやろう」

 

「―――!」

 

 宇宙の卵の破裂と、そこから始まる宇宙の発生。

 それすなわち『ビッグバン』。

 ロードブレイザーは、これを"小手調べの攻撃"として放っていた。

 

(ッ!?)

 

 ロードブレイザーの作った宇宙の中で、一つの宇宙の誕生そのもの転換された攻撃が迫る。

 ゼファーとウェルは全力の防御壁を張るが、それはビッグバンの衝撃とぶつかることはなく、徒労に終わる。

 ロードブレイザーの出現を知覚し、バビロニアの宝物庫からこの宇宙にまで跳躍して来たロンバルディアが、運良くゼファー達の前に現れたのだ。

 幸か不幸か、ロンバルディアの巨体は、二人を守る盾として機能する。

 

「ロンバルディア!?」

 

「まさか……ロンバルディア、憎悪を奔らせて、世界間移動を!?」

 

 宇宙を消滅させるだけの一撃を放ち、その一撃を跳ね返されて口の中に叩き込まれても、なお死ななかったロンバルディア。

 至高の竜はビッグバンにダメージを受けつつも、死の気配を全く見せずにそれを耐え切り、ロードブレイザーに襲いかかる。

 

「ほう」

 

 空間や距離がどこかおかしいこの宇宙で、竜は魔神に噛み付こうとし、魔神は竜に向けてその手をひらりと軽く振る。

 すると瞬時に、360°から限りなく無限に近い焔の刃が飛んで来て、竜をみじん切りにした。

 ロンバルディアは原子レベルにまでくまなく切り刻まれ、声を上げる間もなくその巨体を消失させる。

 

「久しいな、ロンバルディア」

 

 魔神は懐かしそうに、ロンバルディアを切り刻みながら言った。

 それを見て、ゼファーは息を呑む。

 

(おい……ロンバルディアの体は、今、ビックバンにも耐えたんだぞ!?)

 

 ビッグバンに耐えた竜をいとも容易く切り刻んだ焔の刃にも。

 限りなく無限に近かった刃の数にも。

 それを溜めもなく放ったロードブレイザーにも、彼は等しく驚いていた。

 

「再生しろ、ロンバルディア!」

 

 ウェルが叫ぶと、原子レベルにまで切り刻まれたロンバルディアが再生していく。

 切り刻まれた粒子の一つ一つが再集合し、またロンバルディアの形を取って復活する過程は圧巻だ。だが、ロードブレイザーはまるで驚いた様子を見せない。

 この異常な生命力も、織り込み済みだということか。

 

「絶望を知れ。『どうにもならない』という確信を伴う、本当の絶望を」

 

 ゼファーがネガティブフレアを放つ。

 ウェルもネガティブフレアを放つ。

 そんな二人のネガティブフレアを四兆℃のネガティブフレアで焼き尽くしながら、ロードブレイザーは愉快そうに嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十九話:アガートラームは一人の力で抜くものにあらず 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーとウェルが突然消え、通信も繋がらなくなり、後方支援の者達は混乱の極みにあった。

 決着は着いたのだろう、というのが大半の者達の推測だが、そこからどうなったのかが分からなかった。ウェル博士の罠か、と慌てる者が出て来たのも変な話ではあるまい。

 藤尭朔也もまた、ジャベリンを通して二人が消えるところを見ていたがために、手と頭を同時に動かして二人を探しながら、一人ぼやいていた。

 

「くっ、一体何が起こったんだ!?」

 

 ゼファーの足取りは、ジャベリンの異端技術式センサーでも追えていない。

 まるで、この宇宙から忽然と消えてしまったかのようだ。

 一課、二課、自衛隊、ブランクイーゼル、ディーンハイムといった面々が周囲を片っ端から捜索しているというのに、ゼファーの姿どころかその痕跡すら見つからない。

 焦燥が募り、思考は鈍り、やがて"もしかしたら"という恐怖までもが湧いて来る。

 朔也が冷静さを欠かしてしまいそうになるその寸前、彼が待ちに待っていたゼファーの連絡が飛んで来た。

 

『―――が、復活しました! そちらも対応して下さい! 時間的余裕は数分もありません!』

 

「! ゼファー君! どうした、何があった!?」

 

 朔也は通信機に向かって叫ぶが、通信には雑音が多々混じっており、朔也の声が届いている様子もない。ゼファーから仲間に向けての、一方的なメッセージだった。

 

『この通信は俺のARMに乗せてそちらに無理矢理に届けています! 返信は必要ありません!』

 

(……これは、緊急事態だ!)

 

 藤尭はゼファーの一言一句を聞き逃さないようにしつつ、関係各所に瞬時に通達を行えるよう、手元の機材をテキパキと操作していく。

 

『繰り返します! ロードブレイザーが、復活しました!』

 

「―――!?」

 

 そして、ゼファーの口から、信じられないような事実が告げられた。

 

「バカな……いや、今はボヤいてる場合じゃない!」

 

 藤尭朔也の頭と手と口が高速で動く。

 ゼファーの状況をこの一瞬である程度理解し、朔也はゼファーからの連絡が来てから30秒と経たずに、連絡すべき場所全てに報告を終えていた。

 右手と左手で別々のコンソールを操作し、コピー&ペーストしたメールを関係各所に片っ端から送りつつ、話すべきところにはちゃんと自分の口から伝える。

 おそらくはゼファーの想定以上の異常なスピードで、藤尭は魔神の復活の報を届けていた。

 

(次!)

 

 更に海岸線沿いに展開している普通戦力の男達に適宜陣形を組み替えるように頼み、ジャベリンを操作。チフォージュ・シャトーとブルコギドンを放棄し、帰還を始めた者達と合流する。

 錬金術師勢に手助けは必要ないだろうが、ブルコギドンから排出された五人のパイロットを緒川一人が回収する形では、到底間に合わない。

 朔也は他業務と平行してジャベリンを操作し、海上を走れるジャベリンで救命ボートを引っ張って、陸地にまで要救助者達を運んでいく。

 

 藤尭の迅速な対応は、地味に最良の展開を引き当てていた。

 だがそれと引き換えに、彼は異常な忙しさを背負ってしまう。

 そのせいで、自分のすぐ近くを通り過ぎて行った二人の女性に気付けなかった。

 ナスターシャと未来が共に海岸線に向けて歩いて行くなど、明確な異変だというのに。

 

「小日向未来さん。私の護衛を頼みます」

 

「は、はい!」

 

 胸のペンダントを触りながら、未来は前を歩くナスターシャに付いて行く。

 ナスターシャの右手は、市販のものとは思えないほどに大きなキャスター付きトランクを運んでいた。どのくらい大きいのか、という話だが。未来やナスターシャよりも大きい、と言えばその大きさが伝わるだろうか。

 二人は海を見下ろせる崖の上に立ち、遠い空の向こうを見つめる。

 

「そろそろ、ですね」

 

 やがて、その空に、異変が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔神の創った、命が一つも存在せず生命が絶対に発生しない宇宙。

 ロンバルディア、ナイトブレイザー、オーバーナイトブレイザーはここで果敢に魔神に挑む。

 だが、それが柳に風であればどんなに良かったことか。

 柳のように揺れてくれれば、どんなに良かったことか。

 現実は、巨山に風を当てるようなものだった。

 ロードブレイザーは、この三者が力を合わせても傷一つ付けられないほどに強かった。

 

(届かない……!)

 

 ロンバルディアが宇宙一つを消滅させて余りある威力の必殺技、ドラゴニックガンブラスターを放つ。ロードブレイザーは何の防御行動も取らず、されるがままに攻撃を顔面で受けた。

 そして身じろぎ一つせず、ダメージを受けた様子もなく、平然と手を上げる。

 その手から放たれた焔には、"発射から命中までの時間"という概念がそもそも存在していなかった。

 

 焔の1/3は時間軸における未来へ。

 焔の1/3は時間軸における過去へ。

 そして残りの1/3は、現在のこの世界を一直線に飛んで行く。

 

 未来へ飛んだ焔は、全ての並行世界を捉えながら現在に向かって飛んで来る。

 過去へ飛んだ焔は、全ての並行世界を捉えながら現在に向かって飛んで来る。

 そして現在を飛ぶ焔は、命中したという結果を作ってから発射される因果逆転の焔であるため、ロンバルディアがどう動こうと絶対に当たる。

 

 時間移動では決してかわせない焔が、過去・現在・未来からロンバルディアに襲いかかった。

 因果逆転攻撃、時間干渉攻撃、概念焼滅攻撃を兼ねた焔の放射。

 過去と未来、全ての並行世界、そしてこの宇宙における四方八方全てから焔が迫るという、ロードブレイザーだからこそ出来る絶対包囲攻撃が、ロンバルディアを焼き尽くす。

 後には、原子の粒一つすらも残らなかった。

 ロンバルディアを構成していた質量やエネルギーは、その一欠片も残らなかった。

 

 なのに、ロンバルディアは死ぬ気配すら見せない。

 

「まったく、相も変わらず面倒な命だ」

 

 ロンバルディアは細胞一つ残さず焼滅したというのに、またしてもその体を再生する。

 そして再生完了と同時に咆哮し、再度ロードブレイザーに襲いかかった。

 先史文明期の戦いで、ロードブレイザーがその規格外の力をもってしても、ロンバルディアを殺しきれなかった理由がよく分かる。

 これは、尋常な手段では殺せまい。

 

 生命力が高すぎて、因果が歪んでいる。

 "殺せる手段"が、"殺したという結果"に辿り着けていない。

 生命体として強過ぎるがゆえに、ロンバルディアという命は時間にも空間にも縛られていなかった。過去に時間を遡って誕生直後に殺しても、おそらく殺せないだろう。

 空間ごと消滅させても殺せないだろう。時間の外側に放り出しても殺せないはずだ。

 "生命力が図抜けて高い"という事実が、時間軸にも縛られず、過去と未来のロンバルディアにまで影響を与えているのだろう。

 

 過去のロンバルディアの生命力が、現在と未来のロンバルディアを生かす。

 現在のロンバルディアの生命力が、過去と未来のロンバルディアを生かす。

 未来のロンバルディアの生命力が、過去と現在のロンバルディアを生かす。

 もはや生命力と呼んでいいのかも分からない、異常な生命力だ。

 かつてのロードブレイザーがこれを殺しきれなかったのも、何ら不思議な話ではない。

 

「知性さえ残っていたならば、あの時と同じく私に多少は食い下がれただろうに」

 

 かつてのロードブレイザーは、このロンバルディアを殺しきれなかった。

 だが、今のロードブレイザーならどうだろうか?

 『ゼファー・ウィンチェスターの絶望』を喰らって力を取り戻したロードブレイザーなら?

 以前よりも遥かに強くなった今のロードブレイザーにとって、知性を焼滅させられたロンバルディアは、既に殺せない敵ではない。

 

「眠れ」

 

 始まりの宇宙は火の玉だった、とよく言われる。

 ロードブレイザーはネガティブフレアでそれを模し、宇宙の卵を創り上げることを可能とした。

 だが、宇宙の卵を創り、宇宙を創れるのなら。

 時間にさえ縛られないロードブレイザーならば、"宇宙を宇宙の卵に戻す"こともできるはず。

 

「! 逃げろ、ロンバルディアッ!」

 

 ゼファーが叫ぶが、もう遅い。

 ロンバルディアがネガティブフレアに呑まれ、そのネガティブフレアが広がった範囲の宇宙が、一点に押し込められるように圧縮されていく。

 悲惨に、盛大に、ロンバルディアの断末魔が響いた。

 人間を大型のプレス機にかけた音と、人間を大型のミキサーに放り込んだ音を重ね合わせ、それを数十倍に酷くしたような音が鳴る。

 そうして、ロンバルディアは超高熱かつ超高密度宇宙の卵の中に閉じ込められた。

 

「ロンバルディア」

 

 宇宙の卵と、それに取り込まれたロンバルディアを見て、ロードブレイザーはそれを喰う。

 

「もう一万年近くが経った。

 お前が守ろうとした人間ももう居ない。

 お前と友であった人間ももう居ない。

 お前を迎え入れた街と住人ももう居ない。

 お前に優しくした王と英雄ももう居ない。

 そしてお前が守ろうとした世界も今日、ここで私が終わらせよう」

 

 嫌な咀嚼音が響いて、ロードブレイザーの中でロンバルディアが次第に細かに砕かれていく。

 これからじっくりと時間をかけて、ロンバルディアを消化するつもりなのだろう。

 強き命ならば喰らい、己が血肉とする。

 その思考は確かに正しい。

 だが、ロンバルディア相手にそれを実行できるという時点で、ロードブレイザーは命の強さと存在の次元が違った。

 

「ッ! ウェル博士!」

 

「あ、ああ!」

 

 ゼファーはそれを見てなお、座して死は受け入れない。

 ウェルに声をかけ、ウェルを鼓舞し、二人同時に斬撃を仕掛ける。

 二人はロードブレイザーの左右をすれ違うように飛び、三本のナイトフェンサーと魔剣ルシエドによる四本の斬撃を放ち、それをロードブレイザーの首筋に叩きつける。

 ロードブレイザーはそれを回避も防御もせず、首で受け止める。

 ダメージはゼロ。それどころか、まるでそよ風にでも当たったかのような反応しか見せない。

 

「何故アガートラームでなければ、私を殺せないのだと思う?

 私と同質の存在である守護獣でも、私を殺せなかったのだと思う?」

 

 ロードブレイザーは至極余裕だ。

 それは、この二人が力を合わせどれだけ力を尽くそうが、自分を傷付けることはないという確信があるからである。

 

「お前達と私の間には、絶対的で一方的な力の差がある。

 例えるならば、お前達は漫画に描かれた存在で、私はそれを読む立場の存在だ」

 

 ゼファーの炎と、ウェルの焔が魔神に喰らいつく。

 二つの焔は芸術的に組み合わされ、逃げる隙間もなくロードブレイザーを飲み込んだ。

 数億℃、数十億℃、数百億℃と熱力が跳ね上がっていく。

 だがロードブレイザーは、生ぬるささえ感じていなかった。

 生ぬるい、とすら思わなかった。

 ロードブレイザーは埃を払うように、二人が放った必殺の焔を振り払う。

 

「私はお前達を一方的に焼き捨てることができるが、お前達は私を傷付けられない」

 

 ロードブレイザーは"本物の焔を見せてやる"とばかりに、一発の焔球を放つ。

 次元違いの熱を孕んだ焔を。

 次元違いの破壊力を孕んだ焔を。

 一億×一億×一億×一億℃の温度よりも更に熱い、プランク温度と呼ばれる熱量の焔を放った。

 

「「 ! 」」

 

 二人はネガティブフレアの盾を瞬時に張って、横に飛ぶ。

 ロードブレイザーの焔は二人の焔、特にゼファーの焔に食い止められ、一瞬のみ拮抗する。

 だが拮抗は一瞬で終わり、ロードブレイザーの焔は二人にギリギリ当たらない軌道を突っ切っていった。

 元より当てる気はなかったのだろうか。

 ロードブレイザーの焔は明後日の方向に飛んで行き、宇宙の一角を崩壊させていく。

 

「お前達が万℃、億℃、といった玩具で遊ぼうと。

 私の真似をして10の32乗の熱をぶつけてこようと。

 私には届かん。根本的に想いが足りず、想いを力に換えるモノが足りていない」

 

 ロードブレイザーの焔を回避した二人は再度合流し、肩を並べてしかと立つ。

 そして二人同時に胸部装甲を展開し、そこから最大最強の攻撃を放った。

 ゼファーのバニシングバスターと、ウェルのバニシングバスターによる、至高のコンビネーション攻撃である。

 

「「 ダブルッ! バニシング、バスターッ!! 」」

 

 光熱の柱が二つ、光速に準ずる速度でロードブレイザーに飛んで行く。

 ロードブレイザーは顔の周りを飛び回る虫を見るような目で、その攻撃を見た。

 振るわれる、魔神の右腕。

 

「弱い」

 

 その右腕が二つのバニシングバスターに触れた瞬間、バニシングバスターは砕け散る。

 まるで割れたステンドグラスのように、輝く破片となって吹き散らされていった。

 バニシングバスターは粒子砲だ。

 当然ながらこの攻撃は、粒子の集まりによって構成されている。

 ステンドグラスのように割れ、砕けることなどありえない。

 すなわち魔神の右腕は、ただ振るうだけで『ありえないこと』を引き起こすということだった。

 

 そして二人の最大威力を重ね合わせた攻撃ですら、軽々と砕かれてしまうくらいには、彼我の戦力差が圧倒的だということだった。

 

「そんな、バカな……!」

 

「ぐ……はああああああああッ!」

 

 ウェルはロードブレイザーの力を前にして、「勝てない」と確信し、一歩後ろに下がった。

 ゼファーはロードブレイザーの力を前にして、「勝てない」と確信し、それでも「負けない」と己を奮い立たせ、叫びながらロードブレイザーに攻めかかる。

 その行動の差異が、二人の生死を分けた。

 

 ふっ、とロードブレイザーが息を吐く。

 人が手の平についていた虫を吹き飛ばすように、指に付いた砂粒を吹き飛ばすように、机の上のゴミをどけるように。

 その息吹は、ただそれだけで常識外れの破壊を撒き散らした。

 息吹の延長線上にあった世界が、グズグズに崩壊していく。

 息吹に触れた空間が、連鎖的に消失していく。

 息吹が通った跡に、ゴーレムをも一瞬で融解させる熱が生まれていく。

 

 それに巻き込まれたナイトブレイザーの体もまた、焼滅を始めた。

 ナイトブレイザーはネガティブフレアに対し、極めて高い耐性を持っている。

 持っていたからこそ、数秒もの間持ち堪えられていた。

 持っていたというのに、数秒しか体の形を保てていなかった。

 

「あ、がぁぁぁぁぁッ!?」

 

「消えるがいい。聖剣にこびりついた担い手の残滓」

 

 魔神はあまりにも強すぎて。

 ゼファーの人生の中で戦ってきた全ての敵が、比較にすらならないほどで。

 人間性のほとんどを捨てて力を得たゼファーですら、一息で吹き散らされてしまうほどの力の差があった。

 

(消えていく……俺が、俺、そのものが……)

 

 焚き火にくべられた薪とはこういう気持ちなのだろうか、とゼファーは思う。

 必死に生にしがみつくも、ゼファーの残り少ない肉と心と魂の全てが、世界すら焼き尽くす焔に燃やし尽くされていく。

 鎧も。

 自分も。

 内的宇宙も。

 全てが燃えて、ゼファーは自分が燃える中、自分と一緒に燃え尽きようとしているお守りに、仲間から貰った大切なお守りに、手を伸ばした。

 

(……あ……お守……り……燃え……尽き……ごめ……)

 

 お守りに伸ばした手が燃え尽き、灰すら残らずに消えてなくなる。

 そしてゼファーの手の直後にお守りが燃え尽き、お守りの直後に彼の体も燃え尽きた。

 後に残されたのは、ロードブレイザーに余分な部分を全て焼却された聖剣のみ。

 

「ゼ……ゼファーッ!」

 

 ウェルは普段の自分らしさを見失い、普段の自分の話し方を忘れ、思わず叫んだ。

 

(バカな……バカな……こんなに、あっさり……食らいつくことすらできずに……!?)

 

 目を見開き、肩を強張らせ、唇を震わせるウェルに、ロードブレイザーは静かに語りかける。

 

「『次元が違う存在』に影響を与えられるのは、想いのみ」

 

 魔神は、魔神と"真に至った聖剣の担い手"のみが知る真実を語る。

 

「お前はそれを知っているはずだ。何せテレビの向こうの、創作の英雄に憧れたのだから」

 

「……!」

 

「漫画もテレビも同じだ。お前は、創られた物語の中の想いにこそ、感化された」

 

 ロードブレイザーは、ゼファー達との力関係を漫画の中の人間に例えた。

 読者は漫画を焼けるが、漫画の中の人間は読者を傷付けられないと。

 そしてウェルの本質を、漫画の中の人間の想いや言葉に感化され、漫画の中の英雄に憧れる者であるのだと、そう言った。

 

 漫画やテレビ等の中の人間を、現実の人間よりも一つ低い次元の人間と考えればよく分かる。

 アニメ、ゲーム、漫画、ドラマ、小説。

 そういったものの中にのみ生きる人間の言葉や想いが、次元の壁を越え、現実の人間の人生に影響を与えることは時たまあるものだ。

 それすなわち、一つ次元の低い世界に生きる人間の言葉や想いが、一つ上の次元に生きる人間に影響を与えたということになる。

 

 想いは、次元を越えるのだ。

 

「次元を超えるのは、想いの力のみ。単純な力のみで私に届こうなど、片腹痛い」

 

 想いは次元の違いを飛び越える。

 すなわち、『次元違いに強い敵』には想いがなければ勝てはしない。

 ロードブレイザーとは、そういう敵であった。

 

 多くの人の、全身全霊の想い。

 その想いを正しく束ねられる選ばれた人間。

 想いを無駄なく力に換える、至高の聖剣。

 この三つが揃わなければ、ロードブレイザーには届かない。

 

 それをウェルは理解して、理解した上で理性ではなく、感情に身を委ねる。

 ゼファーを殺された怒りに、身を委ねる。

 

「あああああああああああああッ!!」

 

 怒りのままに魔剣を振るうが、魔神の体には傷一つ付かない。

 鋼の鎧に、紙の剣で斬りかかるようなものだった。

 

「あ、あ、あああッ!」

(ああ、なんだ、くそっ。

 ゼファー君に勝っても負けても、殺しても殺されても後悔しないなんて、嘘だ)

 

 それでもウェルは斬る。斬って、斬って、斬りつけ続ける。

 

「うおおおおおおおおッ! らぁッ!」

(そんなわけがなかった。こんな風になる僕が、ゼファー君をこの手で殺せるわけがなかった)

 

 全てが終わり、全てが無くなり、ウェルが思っていた未来は来なかった。

 その胸中に満ちるは絶望。

 そして、怒りだ。

 夢が終わり、ウェルの戦う理由は無くなった。無くなったはずだった。

 なのにこんなにも強く、ウェルは戦意を滾らせている。

 夢の終わりの向こう側で、彼は新しく『戦う理由』を得ていた。

 

 『殺された友のために戦う』という、とてもありきたりで、とても彼らしくない理由で、ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクスは戦っていた。

 

「お前はここで、僕が倒す!」

(友達と呼んでくれたんだ。

 一緒に生きようと言ってくれたんだ。

 嫌われ者の僕を好いて、必要としてくれたんだ)

 

 ルシエドで、ナイトフェンサーで、ロードブレイザーを斬りつけ続ける。

 なのに、魔神の体表にはかすり傷の一つない。

 

「ロード、ブレイザああああああああああああッ!!」

(友達が居るなら、夢が終わった後の世界に生きても、きっと、楽しいって、そう―――)

 

 やがて、限界が来る。

 ロードブレイザーの限界ではない。

 "常識が通じないレベルに強すぎる防御力"を持つ魔神の体に叩き付けられていた、魔剣ルシエドの方に限界が来た。

 

「一人の力で抜ける剣が、私に届くとでも思ったのか?」

 

「!?」

 

 魔剣が魔神の体に叩きつけられ、へし折れる。

 ロードブレイザーが力を加えたわけではない。そも力を加える必要すらない。

 物理法則を歪めるほどに高められた魔神の防御力は、自分に叩きつけられたものをごく自然に破壊するという、物理法則上ありえないような現象を引き起こしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェルは子供の頃、画面の向こうの英雄(ヒーロー)に言われた。

 「君もヒーローになれる」と。

 今の世の中、そんなことを言っているヒーローは星の数ほど居るだろう。

 その時の言葉だって、公共の電波に乗せた不特定多数への言葉にすぎない。

 ゆえに、その言葉はウェルに向けられた言葉ではなかった。

 けれどもウェルは、子供の頃はずっとその言葉を信じていた。

 自分もいつか、英雄になれるだのと。

 

 英雄になるというウェルの夢は、嗤われる。

 運動音痴なウェルに、自分は英雄になれないという現実が突き付けられる。

 周囲からは認められず、排除され、ずっとひとりぼっち。

 「自分には才能と夢しかないのではないか」と一度思ってしまうと、それを否定する言葉を中々見つけることができなかった。

 不安を振り払うように、夢に没頭した。

 

 そんな中、出会ってしまった。自分の夢を嘲笑わない少年に。

 

 一人じゃなくなった気がした。

 一人で夢を追っている気がしなくなった。

 自分には才能と夢しかないのではないか、なんてバカな考えは湧いて来なくなった。

 昔の夢を見る頻度が減った。

 

 ウェルは、自分の心が変わっていく実感を覚えていた。

 

 子供の頃は、無双のヒーローが好きだった。

 力が強く、全てを蹴散らし、負ける気配なんて微塵もなく、全てを蹂躙するヒーロー。

 見ていてハラハラしない、"絶対に勝つ"と信じられるヒーローが、好きだった。

 いつしか、現実と理想の間で苦悩しながら戦う、諦めない泥臭いヒーローも好きになっていた。

 力は強くなく、一人で多くのことはできない、心の強さが一番の武器なヒーロー。

 見ていてハラハラする、"絶対に勝て"と応援したくなるヒーローも、好きになっていた。

 

 少しだけ、ほんの僅かに、ウェルは変わっていった。

 救いようのない子供である現状から、他人と共存できる大人に向かって。

 それはきっと、『成長』というものだったのだろう。

 思考も変わる。嗜好も変わる。その変化を受け入れて成長していけば、もしもの未来があったかもしれない。

 

「私の端末を喰らってこれか。なんと弱い」

 

「う……あ……ぐ……」

 

 魔神さえ居なければ、の話だが。

 オーバーナイトブレイザーは見てられないくらいにズタボロで、折れた魔剣ルシエドは既にウェルの手から離れており、魔神がその頭を掴んで宙に吊るしている。

 弱いと、魔神は呆れたような声を漏らす。

 オーバーナイトブレイザーと魔剣ルシエドの組み合わせが弱いわけがない。

 ただ単純に、ロードブレイザーが強すぎるのだ。

 ウェルはもはや自分に勝利はないと理解しながら、ズタボロな体で魔神を睨む。

 

「思い知れ、魔神。

 僕は一人だ。

 僕は永遠に一人でいい。

 一緒に地獄に落ちてくれる誰かなんて、求めた覚えはない。僕は一人で地獄に落ちる」

 

 自分の罪など、自分が一番知っている。

 道連れなんて望んでいない。

 頼めば、地獄にまで付いて来てくれるかもしれない友達は居る。

 けれどもウェルは、その友達を道連れにする気はさらさら無かった。

 地獄には自分一人で落ちると、ウェルは心に決めていた。

 

「だけど、彼は一人じゃない」

 

 ウェルは、今さっき見つけた一縷の希望に賭けていた。

 

「彼は人の輪(レギオン)

 彼らは大勢であるがゆえに、お前を倒すんだ。

 英雄はそうなんだと、僕は信じている。

 だから、こんなにも、強く、憧れたんだ……!」

 

 ウェルは自分の頭を掴んでいる魔神の手首を、意趣返しとばかりに両の手で握る。

 だが体に宿るエネルギー量の絶対的な差と、次元違いの防御力のせいで、握った手の方が砕けていく。砕けるたびに、痛みが走る手。

 それでもウェルは、魔神に抗い続けることを止めはしなかった。

 

「僕の夢見た英雄が、僕の夢が、お前を倒して世界を救う! それは、絶対に絶対だッ!」

 

 魔神はその言葉に何も思わなかったようで、興味なさげに焔を放つ。

 ロードブレイザーに掴まれていたオーバーナイトブレイザーの体が、焼滅していく。

 

「あ、あ、アアアアアアッ!」

 

「そうか」

 

 魔神は興味が無いという心境を言葉にもして、更に火力を引き上げた。

 

「ぼくの、しんじた、えいゆうが……かならず……!」

 

 ウェルが最後に残そうとした言葉は、言い切られる間もなく、彼の命と共に消え失せる。

 オーバーナイトブレイザーの力と共に、ウェルは焼滅した。

 魔神の手で、殺されてしまった。

 なのに魔神は特に気にした様子もなく、ゼファーを焼き尽くした後に残った聖剣を拾いに行く。

 そこで、異変に気付いた。

 

「うん?」

 

 ウェルが持っていた魔剣ルシエドのコアが、聖剣にくっついている。

 魔剣ルシエドのコアは、希望の守護獣と共に生まれた双子の守護獣、欲望のガーディアン・ルシエドがその姿を変えたものだ。

 それが聖剣に接続されているのを見て、魔神はウェルの仕込みに気付く。

 

「……なるほど」

 

 そして、聖剣が世界の全ての人間に言葉を飛ばすのを止められず、それを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界の全てに、声が響く。

 

『皆さん、生きたいという気持ちを忘れていませんか?』

 

 ある紛争地帯で、子供がその声に反応し、銃弾飛び交う戦場で空を見上げた。

 

『あなたの隣に居る人も、生きたいと願っているということを、忘れていませんか?』

 

 どこかの国で、電車を待っている中年男性が驚き、辺りを見渡す。

 周囲の人間が同じような動きをしているのを見て、その声が自分にだけ聞こえているのではないと理解し、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 そして、空から聞こえてきた声に耳を傾ける。

 

『知って下さい。

 貴方の隣に居る人が、そこで生きたいという気持ちを、貴方と同じくらいに抱いていることを』

 

 学校帰りの子供達が、その声を聞く。

 右の友達を見て、左の友達を見て、前の友達を見て、彼らはそこに友達が居ることを確かめる。

 不思議と、その声を聞けば聞くほどに、そこに友達が居てくれることが、とても特別なことのように思えてきた。

 

『感じて下さい。あなたの隣で、誰かがこの世界に息づいていることを』

 

 浮気した夫が居た。夫を刺そうと包丁を振り上げている妻が居た。

 けれど、空から聞こえてきた優しい声に躊躇する。

 ここで刺せば一生後悔したままだと、不幸にしかなれないと、そう言われているかのようで。

 妻は包丁を取り落とし、人を傷付けるという選択を捨て、泣いた。

 

『想って下さい。

 かつての日か、いつかの日か、今この時か。貴方の友として在る、その人のことを』

 

 金髪の男が、振り上げた拳を止める。

 金髪の男にトドメを刺されそうになっていた黒髪の男が、何かを呟く。

 金髪の男も何かを呟いて、やがて金髪の男は、黒髪の男に手を差し伸べる。

 空からの声に耳を傾けながら、黒髪の男はその手を取った。

 

『そこに居る人のことを、想って下さい。

 嫌いに想ってもいいです。好ましく想ったっていいです。

 その人がそこで生きていることを、共にこの世界に生きることを許してあげて下さい』

 

 インターネットで気に入らない書き込みを見つけて、煽ろうとしていた女が居た。

 だが、書き込みボタンを押す前に、躊躇う。

 やがて数分後には、書き込みの内容を全部消し、少し穏便な書き方で書き込む女が居た。

 少しだけ、争うのをやめようと思った。他人を傷付けるかもしれないことをやめよう、と思えたのだ。少しだけ穏便な、和やかに話せる書き込みの仕方をしようと思ったのだ。

 "共存するための少しの我慢"をした女の書き込みに、柔らかいレスが返って来る。

 女は、それなりに悪くない気分になっていた。

 

『嫌いな人と、いつかの未来に友達になることだって、あるんです』

 

 どこかの荒野で、痩せ細った子供が、隣で飢えている子供に食べ物を分け与える。

 自分だけが生きようとするならば、食べ物は独り占めすべきなのに。

 空からの声を聞きながら、子供は他の子供と共に在ることを選んでいた。

 

『良いことがあったら嬉しい。

 悲しいことがあったら泣きたい。

 辛いことがあったら、誰かに手を握って欲しい。

 誰もが持っている、その気持ちに違いはありますか?

 あなたが争っているその人と、あなたは本当に分かり合えませんか?』

 

 女に銃を向けていた男が、銃を下ろす。

 そして逃げ道を指差し、無言で女に見えるように頷く。

 女は礼を言いながらその場を去って行き、男は空を見上げながら、タバコを一本吸い始めた。

 

『あなたがずっと一緒に居たい大好きな人も。

 あなたが顔も見たくないほど大嫌いな人も。生きたいという気持ちは、同じなんです』

 

 病院で患者の命を助けようと走る医者が、奮起する。

 看護婦も奮起している。

 命を生かそうとする意志が後押しされている感覚を、医師達はその身に感じていた。

 ただひたすらに、懸命に、彼らはどこからか聞こえてくる声を聞きながら、命を助け続ける。

 

『みんなみんな、この世界に生まれて、生きていたいんです。

 だから、あなたの隣に居る人が生きること、その人が幸せになることを、許してあげて下さい。

 俺達はそれだけで、この世界で、肩を並べて生きていける。

 生きたいという気持ちに、違いや貴賎があるわけがありません。それは、絶対に絶対です』

 

 男が。

 女が。

 装者達が。

 大人達が。

 リディアンの生徒達が。

 ゼファーを知る者達が。

 空からの声を聞きながら、胸の奥より溢れて来る熱い何かを、抑えきれずに居た。

 

『生きましょう。たとえ、どんな敵が来たとしても』

 

 光が、胸の奥から溢れる。

 一人の胸から、一つの光。

 ゆえに、70億の光が生まれ、星を包み込んでいた。

 

『俺達は、死ぬために生まれて来たわけじゃない』

 

 それは、70億の祈り。70億の力。70億の意志。

 

『だから――』

 

 それは、70億の生きたいという気持ち。

 

『――生きることを、諦めるなッ!』

 

 それは、70億の希望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希望の守護獣はロードブレイザーに殺された後、輪廻の輪には乗らなかった。

 グラブ・ル・ガブルの下にも帰らなかった。

 魔神は人の心に負の感情ある限り、永遠に死ぬことはないという特性を持っている。

 人がどれだけ変わろうと、人が絶望しなくなることはないのと同じだ。

 希望の守護獣は、これを変えなければならないと思っていた。

 

 ロードブレイザーに殺された希望の守護獣は、自らの存在を微塵に砕く。

 そして砕いた自分の破片を、人間の集合的無意識の内にばらまいた。

 希望の欠片は人々の心に植えられ、いつの日か芽吹く時を待っていた。

 

 希望の種とでも言うべきそれは、誰の中にも希望を芽生えさせることができるというものであったが、人の心を常に希望で満たすことはできなかった。

 絶望に染まる人の心を変えることはできなかった。

 だが。それも、今日までの話。

 

 ゼファーの今日までの日々が、世界に対し贈った言葉が、その全ての種を芽生えさせた。

 希望の守護獣が種を蒔き、ゼファーがそれに水をやり、世界中の人間全てが自らの力で、その希望の種を芽生えさせる。

 それは、『全ての復活』を意味していた。

 それは、『魔神の不死性の消失』を意味していた。

 それは、『全ての人の心に希望が宿っていること』を意味していた。

 

 希望の守護獣、その名は『ゼファー』。またの名を、"希望の西風"。

 どこか運命じみた巡り合わせの果てに、ゼファーの名の由来となった、竜の守護獣。

 

「小日向未来さん。私の護衛を頼みます」

 

「は、はい!」

 

 未来とナスターシャが空を見上げれば、そこには割れていく空と、割れた空の向こう側から現れたロードブレイザーが在る。

 燃える聖剣もちらりと見えて、ゼファーの残滓はまた焼き尽くされたのだと、ナスターシャの視点からはその事実がよく見えた。

 

「そろそろ、ですね」

 

 ナスターシャがそう言うと、魔神の前に装者達が立ち塞がり、その装者達の周りに"何か"が顕れて、一つ、また一つと存在を確立させていく。

 "それ"が口を開き、装者達とロードブレイザーの両方へと、語りかける。

 

『我らは海。我らは空。我らは大地にして世界』

 

 それは地であった。それは水であった。それは火であった。それは風であった。

 それは勇気であった。それは愛であった。それは始祖であった。

 命が現れ、山が現れ、海が現れ、天が現れ、雷が現れ、雪が現れ、光が現れ、闇が現れ、星が現れ、月が現れ、時空が現れ、幸運が現れ、死が現れ、恐怖が現れた。

 

『我らは森羅万象の具現。我らは意思ある力。我らは世界を支える力』

 

 "それ"は人の想いにて復活し、ロードブレイザーと敵対し、装者達に味方するように立つ。

 

『秩序の輪を守る者にして、秩序の輪の一部』

 

 彼らの名は守護獣(ガーディアン)。この世界を守り、育み、愛する超越者達。

 

『秩序の輪に欠けていたもの、"ゼファーの希望"は注がれた』

 

 骨が折れていた装者が居た。

 疲労困憊だった装者が居た。

 ギアが破損していた装者が居た。

 守護獣達はイグナイトの残り時間も含め、装者達の体の状態を、これ以上なく最高の状態にまで回復させる。

 

『人と守護獣が助け合い、救い合い、支え合う盟約は果たされた』

 

『時は来た』

 

『魔神は復活した』

 

『ならば我らも応えよう』

 

 世界中の人々の想いが守護獣に集まり、守護獣がその力の全てを装者に注ぐ。

 

『ゆくぞ、共に。カストディアンの子らよ』

 

 力を束ね、再配分する力を持つ、立花響の身の内側に注ぐ。

 

「行こう、皆! きっとこれが、最後の戦いだッ!」

 

「「「「「「「 応ッ! 」」」」」」」

 

 響はその力をシンフォギアが扱うための力に最適化し、仲間達の身の内に流し込んだ。

 

 

 

 

 

「―――ガーディアンズ(G)エクスドライブ(X)ッ!!!」

 

 

 

 

 

 守護獣達と装者を、光が包む。

 この宇宙にありふれている光ではない。人の心から生まれた光だ。

 その光が消え去る頃には、装者達はその姿を一瞬前とはまるで違うものへと変えていた。

 

 立花響は、聖女と戦士、銀と金、僅かに赤と黒を交えた光の翼持つ姿に。

 風鳴翼は、防人と歌女、相反するその二つを融合させたような光の翼持つ姿に。

 雪音クリスは、全てを守り全てを破壊する要塞と戦艦のような、光の翼持つ姿に。

 天羽奏は、これ以上凛々しいデザインにはできないと断言できるほどの、光の翼持つ姿に。

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴは、聖女と妖精の融合としか言いようない光の翼持つ姿に。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、輝ける虹を身に纏っているかのような光の翼持つ姿に。

 暁切歌は、鎌の刃を翼に変形させた、どこまでも飛んでいけそうな光の翼持つ姿に。

 月読調は、洗練された天使のような光の翼持つ姿に。

 

 それぞれが姿を変えて、ロードブレイザーを迎え撃つ。

 

「……く、くくっ、楽しませてくれそうじゃないか、人間共! ガーディアン共ッ!」

 

 魔神は笑う。

 一万年近く前にあった最後の戦いでは、人はアガートラームの英雄に全てを託していた。

 あの頃の人類ならば、アガートラームの担い手が燃え尽きた瞬間に、皆諦めていたはずなのに。

 今、ロードブレイザーに抗っている人間達は、聖剣の担い手が燃え尽きてなお、魔神に立ち向かっている。

 

 ゼファー・ウィンチェスターは必ず戻って来ると、信じているフシすらある。

 

「お前達が頼りにする聖剣の担い手は、私が焼き尽くしたぞ!

 さあ、立ち向かって来るがいい! お前達を滅ぼす天敵は、ここに居るぞッ!」

 

 魔神は焔を纏い、飛ぶ。

 装者と守護獣が光を纏い、飛ぶ。

 人々が空を見上げて、生きたいという祈りを飛ばす。

 

 地球(ほし)の空と海の間で、世界の存亡をかけた戦いが始まった。

 

 

 




 

Guardians XD
シンフォギアとワイルドアームズがクロスしたこの物語を象徴し、最後を飾るエクスドライブです

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