戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 ルシファアは光の速度での戦闘を行うゴーレムだ。

 近中遠距離、どの分野においても全てのゴーレムに比肩、あるいは凌駕する性能を持っている。

 セトとアースガルズを差し置いて『最強のゴーレム』と呼ばれているのは伊達ではない。

 八人の装者を集めてもなお、力の差は天と地ほどに開いている。

 だが、勝算が無いわけでもなかった。

 

「散開!」

 

 マリアが叫ぶ。

 装者達が散ると同時に、セレナが飛べない装者が空戦出来るように力場での補助を行い、事前に装者達がファラから受け取っていた哲学兵装が戦場に舞った。

 哲学兵装の名は、光殺しのグロリアスブレイカー。

 その全ての機能に光を用いるルシファアは、その機能の全てを低下させられる。

 

「クソ、速え!」

 

 だが、それでもルシファアは速く、強い。

 クリスがセレナの力場を足場にして火力を投射するが、まるで当たらない。

 翼と響もクリスと息を合わせて攻めるが、剣と拳が届く範囲に近寄ることすらできていない。

 ルシファアは光殺しに速度を殺されながらも飛び回り、フォトンボウガンを放つ。

 

「切歌、調!」

 

 マリアが切歌と調に呼びかけ、二人が頷き、三人が力を合わせた防護壁を張る。

 丸鋸と大鎌が形を変えて組み合わされ、重ね合わされ、巨大かつ頑丈な盾を作る。

 マリアがそこにネガティブ・レインボウをコーティングし、フォトンボウガンを受け止めた。

 足りない力をコンビネーションで補う三人だが、足りない速さまでは補いきれない。

 ルシファアはフォトンボウガンが三人の盾に着弾したと同時、盾の裏側に回り込み、三人にフォトンボウガンを発射していた。

 

「!?」

 

「危ないッ!」

 

 そこでマリア・切歌・調を助けたのはセレナ。

 セレナのエネルギーベクトル操作が三人の体に作用し、三人の体がそれぞれ別の方向に落ちるように飛んで行き、フォトンボウガンはあえなく空を切った。

 こうして見ると、セレナは一体一の戦いや敵を傷つける役目にとことん向いていないのだということがよく分かる。

 

「そうらぁ!」

 

 攻撃後のルシファアに、奏が槍を振るって襲いかかった。

 奏の乱舞は隙間ない斬撃の檻となってルシファアに迫るが、ルシファアは信じられないスピードで後退してそれを回避。

 弧を描いて奏の背後に周り、奏の背に向けてビームフェンサーを突き出す。

 

「っと!」

 

 だが奏は、獣じみた感性でそれを察知し、弾丸よりも速い動きで防御行動を取る。

 奏が背に回した槍の側面がビームフェンサーを受け、槍に纏わせられたエネルギーの幕がビームを弾き、奏は()踏み台(ビームフェンサー)を踏んで跳び、ルシファアから距離を取る。

 セレナの作った力場を足場に走った翼が奏の体をキャッチし、二人は走りながらルシファアの死角を取ろうと再度動き出す。

 

「サンキュー、翼」

 

「気を付けて、奏」

 

 八人が絶えず動き回りながら、ルシファアを囲むように動き、数の利を活かして"囲んでいる"という状況の有利を保とうとしている。

 攻めるも守るも綱渡りだが、少なくともまだ、一人も脱落者は出ていなかった。

 だが、飛べない仲間達のサポートをしつつ、仲間の窮地に何度も助け舟を出しているセレナは、顔をしかめている。

 哲学兵装・光殺し(グロリアスブレイカー)の残量が、早くも心もとなくなってきたのだ。

 

(……強い……!)

 

 ディーンハイムの対ルシファア用哲学兵装は、先の戦いでそのほとんどが使い切られた。

 ファラが指揮した二課とブランクイーゼルの人員による人海戦術でいくらか作られたものの、焼け石に水程度の量しかもう残っていない。

 この戦闘の中でそれは加速度的に消費され、もう心もとなくなってきた。

 哲学兵装が尽きれば、決着は一瞬で付くだろう。

 

「こうなったら、イグナイト食らわせてやるデ……」

 

「ダメ! イグナイトを使って決着を付けられなかったらどうするの?

 999秒しか維持できないのに、それで勝負を決めきれるとは思えない。

 そうしたら脱落者が出て、結果的に全滅しちゃうよ!?

 今は耐えて、切歌ちゃん。

 破れかぶれに攻めるにしても、光殺しの残量がなくなる直前でいいはずだよ!」

 

「んなこと言ったって、チャンスを待つにしたって……! 厳しいデス!」

 

「今は待って、お願いだから!」

 

 防戦一方の流れに耐え切れなくなったのか、イグナイトを起動して勝負を仕掛けに行こうとするこらえ性のない切歌をセレナが止め、なんとかなだめる。

 

 攻撃に防御を混ぜたものと、防御に攻撃を混ぜたものは違う。

 ルシファアは前者で、装者達は後者だった。

 攻撃のさなかにも防御を怠らず、ルシファアは装者からのカウンターを封殺する。

 装者達はルシファアが何の邪魔もされず攻撃を仕掛けてくると全滅必至なため、防御の合間にも攻撃を放ち、ルシファアが一方的に攻撃を仕掛ける構図を作らせないようにしている。

 そういう形で、綱渡りに近い膠着状態を作り上げているのだ。

 

 ここでイグナイト持ち全員が抜剣したらどうなるか?

 考えるまでもない。

 装者達が防御を意識しながら攻撃をする側に、ルシファアが防御しながら攻撃もする側になり、双方のやり方が入れ替わるだけだ。

 そういう形での膠着状態に移るだけ。

 イグナイトを使ったとしても、ルシファアを倒せるレベルにまでは戦局を傾けられはしない。

 

 そして膠着状態が終わる前に、イグナイトの時間が切れかねない。

 それでは最悪だ。コンビネーションでルシファアの攻撃をしのいでいるこの現状、この段階で、イグナイトの使用は悪手にしかならないのである。

 イグナイトを使うなら、チャンスが来たその瞬間であるべきだ。

 

(調ちゃん……!)

 

 セレナはその"チャンス"を求め、調を見る。

 調はいつもの仏頂面で頷き、脳内のフィーネに話しかけた。

 

(この哲学兵装が尽きる前に、フィーネ、あなたが……)

 

『ごめんなさいね』

 

(え)

 

『予想以上にガチガチのセキュリティ……!

 すぐには権限を取り戻せそうにないわ!

 どうにかできると仮定しても、段階的にしかできない!』

 

 が。

 セレナの期待も、調の楽観も、フィーネの芳しくない返事に裏切られてしまう。

 

『無茶を言ってるのは分かるわ。だけど、あなた達の力だけで頑張りなさい!』

 

(……本当に、無茶だ!)

 

 ルシファアが全身から光を放ち、それら全てがレーザーとして装者達へと襲いかかる。

 そのあまりの数に、調の視界の中の空と海の全てが埋め尽くされる。

 ルシファアの光と他の装者の姿しか見えない戦場で、調は仲間をカバーすべく動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十九話:アガートラームは一人の力で抜くものにあらず 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を跳ね、ゼファーは右拳に集約したネガティブフレアを解き放つ。

 焔が向かうは、大怪獣と呼ぶに相応しいサイズのネフィリム・ディザスター。

 

「くらえッ!」

 

 それを見て、ネフィリムは素早く口を開く。

 大怪獣の口から放たれるは、極太の破壊熱線だ。

 ネガティブフレアと、超高熱の破壊熱線が中空にて衝突する。

 数百億度の熱線をネガティブフレアは飲み込み、咀嚼し、焼滅させるも、ネフィリムにまでは届かない。

 

「ぐッ」

 

 ネフィリムはゼファーの攻撃を相殺し、口から熱線を放った直後に体表から無数の赤き熱線を発射、ゼファーに多角的包囲攻撃を仕掛ける。

 空を跳ね、ナイトブレイザーは必死にそれらをかわすも、回避しながらの反撃を行えないほどに追い込まれていた。

 竜の心臓、永久機関の聖剣、融合症例にアガートラームにガングニールetc……数々の聖遺物をその身に取り込んだネフィリムは、ルシファアと並び称するに足る脅威であった。

 

 上、右、下、右。

 空を蹴り、時間を加速し、ゼファーは縦横無尽に空を駆ける。

 まるで間隔の狭いジャングルジムに撃ち込まれた銃弾のように、速く不規則でキレのある飛翔。

 そんなナイトブレイザーの肩に熱線をかすらせるほどに、熱線の数と密度は凄まじかった。

 

「……ッ!」

 

 かわしきれず、ゼファーは全方位にネガティブフレアの壁を作って熱線を防御する。

 ゼファーが足を止めたのを見て、ネフィリムはここぞとばかりに熱線を集中した。

 球状に焔の壁を張り、熱線を防ぐゼファー。

 熱線を曲げ、360°全ての方向からゼファーを攻め立てるネフィリム。

 先に行かなければならないというのに、ゼファーはこんな所で足止めされてしまっていた。

 

(『このくらいは越えて来い』ってことですか、ウェル博士……!)

 

 強化されたネガティブフレアは全てを焼き尽くすため、ネフィリムの熱線とぶつかっても小揺るぎもしない。

 だが、流石に装甲に当たればダメージが通ってしまう。

 足止めをされ、どうしたものかと悩むゼファーの下に、仲間の援護が飛んで来る。

 

「道がないなら、作ってやろう。このオレがな」

 

 少し気が急いていたゼファーに一分ほど遅れ、ディーンハイムが戦場に現れる。

 キャロルは、ジュードは、『巨大な城』に乗ってやって来た。

 仮面の下で目を見開くゼファーをよそに、城はネフィリムに砲撃を開始する。

 ネフィリムは悲鳴を上げ、ゼファーへの集中攻撃を中止し、城に向かって熱線を発射する。

 錬金術を用いた光の盾がそれを防ぎ、更に砲撃をネフィリムに発射。

 ネフィリムも負けじと、熱線の破壊力を更に引き上げる。

 

 これぞ、錬金術の粋を集めて作られた至高の城。

 超弩級戦艦式巨大城……その名も、『チフォージュ・シャトー』。

 位相差異世界に持ち込めないほどに巨大かつ複雑な構造の、錬金術巨大兵器だ。

 巨大怪獣には巨大兵器で対抗。馬鹿みたいな理論ではあるが、効果的ではある。

 

「うん、夢を見るには悪く無い空模様だ」

 

 城の上部で、ジュードがキャロルの帽子を――風に飛ばされないよう――抑えながら、空を見上げる。いい青空が広がっていた。

 死ぬにはいい日だ、と誰かが言いそうな空模様だ。

 チフォージュ・シャトーとネフィリムが撃ち合いを始めた結果、ゼファーに向けられる熱線の数は数えられるほどにまで減っている。

 ある程度自由に動けるようになったゼファーは、その足でチフォージュ・シャトー上部にまで跳び、キャロルとジュードの横に着地した。

 

「キャロルさん、ジュードさん!」

 

 エルフナインやオートスコアラーは城の中で操縦に携わっているのだろうか。姿が見えない。

 ジュードはゼファーを見て、この世界に生きる先人としての気持ちを顔に浮かばせ、微笑む。

 そして、指を鳴らした。

 

「頑張れ」

 

「……!」

 

 ゼファーが立っていた場所の横辺りの壁面が開き、そこから何かがせり出してくる。

 『それ』を見て、ゼファーは驚愕の表情を浮かべた。

 もう二度と、『それ』を見ることはないと思っていたからだ。

 『それ』は二課に残っていたデータと、ブランクイーゼルが持って来た特殊な資材から、錬金術師達が技術の粋を集めて作り上げたサポート・メカ。

 以前とは比べ物にならないほどの異端技術を取り込み、新生を果たした騎士の騎馬。

 

「君の素敵な夢を、僕は応援している」

 

 AIは新規に製造されたものだが、その性能もまた上がっている。すなわち、彼にとっては初めて見る物であると同時に、初めて見た物ではない『バイク』であった。

 

「……ジャベリン……!」

 

 それは、かつてゼファーのために自壊を選んだバイクと、同じ意匠を含んだバイクであった。

 

 ゼファーはジュードに頭を下げ、バイクに跨りチフォージュ・シャトーから飛び降りる。

 海面に着水したと同時に、新生ジャベリンに搭載された錬金術機能が発揮され、ゼファーと新生ジャベリンは海の上を颯爽と疾走し始めた。

 ジュードはゼファーに向けて頷き、隣に居るキャロルと手を繋ぎ、ネフィリムとの戦いに戻る。

 チフォージュ・シャトーとネフィリム・ディザスターの攻撃が空中で激突し、海がめくれ上がるのではないかと思ってしまうほどの衝撃波が、海水を巻き上げた。

 そんな海水の合間を、ゼファーと新生ジャベリンは走る。

 

「行くぞ、ジャベリン……いや、ジャベリン二世!」

 

 向かうはウェルの居城、ヴァレリアシャトー。

 ゼファーは何も燃やさないように精密に制御したネガティブフレアで道を作り、海面からヴァレリアシャトーにまで一直線に駆けて行く。

 人間性と引き換えに得た、最高精度の制御力で制御した焔の足場は、ジャベリン二世のタイヤも溶かさず、ゼファーとジャベリン二世をヴァレリアシャトーに送り届ける。

 

『ゼファー君! こっちからもサポートさせてもらおうッ!』

 

「! サクヤさん!?」

 

 そこで、通信機から朔也の声が飛んで来て、ゼファーは朔也の補助を受けながら城の中へと突入する。

 

(案の定の、トラップ!)

 

『ジャベリンのセンサーを通してこっちからナビゲートする! 突っ切れ!』

 

 城の中は、信じられない数のトラップでいっぱいだった。

 飛び交うレーザー。

 原始的な落とし穴。

 単純かつ効果的なシャッター。

 地に足をつけるものの天敵たる地雷。

 トゲ付きの天井が落ち、鋼鉄の壁が高速で迫って来る。

 

『熱源探知! おそらくDr.ウェルのものだ! そのまま直進!』

 

「了解ッ!」

 

 ゼファーは時に止まり、時に焼き、時に切り裂き、無数の罠を越えて行く。

 壊してどうにかならないものならば、直感で避けた。

 足りない視点は、ジャベリンのセンサーで補った。

 そしてジャベリンのセンサーを参考にナビゲートする朔也の声も頼りに、バイクの速度と罠の起動速度のせいで、0.001秒の内に最適な判断を下すことを要される道を突っ切っていった。

 

「見えたッ!」

 

 辿り着いた場所は、ヴァレリアシャトーの中心部分にあった大きな広間。

 そこはナイトブレイザーが飛び回るのに十分な広さがある上に、魔剣ルシエドが強度を補強済みなため、ナイトブレイザーが全力を出しても外界に被害が出ないという、理想的な闘技場だった。

 その中央に佇んでいたウェルが、ゼファーを見るなり、その姿を変え始めた。

 

「ようこそ、約束の地へ……さあ、決着をつけようか、ゼファー・ウィンチェスターッ!」

 

 黄金の焔がウェルを包み込み、彼をオーバーナイトブレイザーの姿へと変える。

 ナイトブレイザーのナイトフェンサー二刀と、オーバーナイトブレイザーの二刀が衝突する。

 魔剣ルシエドを持っている分、ウェルの方が優位な形で、鍔迫り合いは弾かれた。

 

「俺は、あなたを止めるッ!」

 

「殺す気で来い! でなければ僕に勝つこともできないぞッ!」

 

 互いの体が弾かれ後退し、両者の体から焔が噴き出す。

 ゼファーが発射したネガティブフレア、6666発。

 ウェルが発射したネガティブフレア、8888発。

 二種の焔は二人の中間地点で衝突し、凄まじい爆音と閃光を生み出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 くいっ、と空中で曲がったフォトンボウガンが、響に命中しそうになるも、響を庇った奏に受けられる。

 だが、十分な力を込められたフォトンボウガンの破壊力は、受け止めたはずの奏を海に叩き落とすには十分な威力を持っていた。

 

「奏さん!」

 

「奏!」

 

 庇われた響と、奏が吹き飛ばされたことに反応した翼が声を上げる。

 ルシファアはそのまま飛行し、普段は様々な機能をもって抑えていた空気抵抗を通常に戻し、音速の数十倍の速度で飛翔する。

 ここが町の上だったなら、大惨事になっていたことは間違いない。

 だがここは、海の上。装者とルシファアしか居ない。

 ゆえに、その飛翔が生んだ衝撃波は、装者達だけをぶっ叩いた。

 

「きゃあっ!」

 

 装者達が皆別々の方向に吹っ飛ばされていく。

 吹っ飛ばされる中、セレナは空中で身動きが取れなくなっている一部の装者と、その装者を狙って飛ぶフォトンボウガンを見た。

 

「―――!」

 

 思考は一瞬。

 セレナは吹っ飛んで行く皆の体にかかっているエネルギーのベクトルを操作し、フォトンボウガンを回避させつつ、戦場に戻した。

 そして皆が踏むための足場を作り……自分にまで手が回らず、海面に叩きつけられる。

 

(くっ……!)

 

 歌を力とするシンフォギアは、海中では100%の力を発揮できない。

 セレナは一刻も早く海上に出なければと、ギアに付随している羽を羽ばたかせた。

 バリアフィールドの加護で海面衝突のダメージはほとんど無かったが、セレナが海に叩きつけられ、海水に飲まれてから上がってくるまでの僅かな時間で、戦いはまた激動の気配を見せていた。

 

「セレナ! 上よ! 気を付けて!」

 

「!?」

 

 海から上がったセレナが見たものは、戦場上空に突如現れた金属物体だった。

 ミサイルと榴弾の中間のような形状をしたそれは、上空で破裂して赤い何かを放出する。

 赤い何かは煙のような、霧のような形に変化し、戦場に今まさに降りて来ようとしていた。

 

「これは……アンチ・リンカー!?」

 

「なんですって!?」

 

 『それ』を体に浴びたことがあり、融合症例でもある響が、真っ先にその正体に気付く。

 適合係数低下薬『Anti_LiNKER』。シンフォギアの天敵たるそれが、空から降り注いでいた。

 誰がこのタイミングでアンチ・リンカーを戦場に降らせたのかなんて、語るまでもない。

 

「ウェルの野郎、ハナっから"アンチ・リンカーの戦場"を作るつもりでいやがったな!?」

 

 ウェルが用意したアンチ・リンカーは、数千平方kmの範囲を三時間は覆い続けられるほどの量があった。当然ながら、これはルシファアに効果を及ばさない。

 装者だけが一方的に弱体化され、装者だけが一方的に殺戮される。

 このタイミングでアンチ・リンカーを投入するということは、ウェルは確実にそのつもりでこれを投入したのだろう。

 

 予想されていた、強手だった。

 

「二課本部! 来たぞッ!」

 

『分かっている! プランA、全弾ぶっ放せッ!』

 

 奏が叫び、通信機の向こうで弦十郎がその声に応える。

 すると海岸線近くの臨時前線司令部の一角から、何かが射出された。

 ミサイル? 違う。

 これはウェルが打って来るであろう手を予測し、それに対抗するために二課とブランクイーゼルの者達が連日徹夜して作り上げた、対ウェル用兵器の一つだ。

 

「来たか、特製人工降雨機!」

 

 空を見上げる翼が、仲間達の援護が最高の形で決まったことを確認し、笑みを浮かべる。

 ウェルのアンチ・リンカーに対抗する手段として、ここ二ヶ月、特殊な人工降雨機の設計と作成が二課の開発部で続いていた。

 本来ならば二ヶ月で出来るような性能ではなかったのだが、ディーンハイムからの技術提供、ブランクイーゼルの人員・資材両面での支援により、こんなにも早く完成したのだ。

 

 降り注ぐ特殊な液体は、人体には全く影響を及ぼさない。

 ただしこの液体は、アンチ・リンカーの全てを吸って、機械にのみ有害な作用を及ぼす物質へと化学変化するように調整された化学薬品でもあった。

 焼け石に水にもほどがあるが、ルシファアの戦闘能力に影響を与えてくれるかも、という淡い期待も込められていたのである。

 

「!」

 

 だがルシファアは、アンチ・リンカーを吸った雨を浴びながらも、なんてこともないかのように攻撃を再開する。

 

「クリスちゃん!」

 

「あ、このバ―――」

 

 ルシファアは、光に近い速度でビームフェンサーを投擲した。

 装者に直撃すれば即座にその命を蒸発させる一撃が向かうは、装者の中で最も機動力の低い、悪い言い方をすれば"いい的"なクリス。

 すかさず響がビームフェンサーのエネルギーを拡散させ、飛んで来たビームフェンサーの柄を受け止めるが、多少減速した所で高速で飛来する物質は重く―――響とクリスは、まとめて吹っ飛ばされてしまう。

 

 ルシファアは速い。あまりにも速過ぎる。光殺しで減速してなお神速だ。

 クリスが弾幕でその動きを邪魔しないと、全く手が付けられないくらいに速い。

 誰か装者一人が襲われた場合、その攻防が一区切りつくまでに援護を間に合わせられるのは、よっぽど近くに居る者だけだ。

 ゆえに、クリスのピンチに間に合ったのは響だけであり。

 響にビームフェンサーの柄が当たった次の瞬間に、切歌にビームフェンサーを突き出していたルシファアに対応できたのは、近くに居た翼とマリアだけだった。

 

「ぐ、うううう……!」

 

「このッ!」

「させるかっ!」

 

 切歌は鎌で右のビームフェンサーを受け止めたが、一秒と経たずに鎌の柄がビームフェンサーに両断されてしまう。

 ルシファアはそのまま、切歌を即死させるビームフェンサーの突きを放った。

 援護に虹を放つマリア、千の剣を放つ翼。

 ルシファアは左手のビームフェンサーで翼の千ノ落涙を全て切り落とし、切歌の心臓に右のビームフェンサーの剣先を突き出すも、マリアのネガティブ・レインボウに受けられる。

 間一髪で、切歌の命は繋がった。

 

(し……死ぬかと思った……デス……!)

 

 そしてまた、ルシファアは光殺しの中を飛翔し、八人の装者をたった一機で圧倒していく。

 セレナはあと五分以内に何かが起こらなければ、イグナイト起動から全員玉砕覚悟の攻撃偏重作戦に切り替えるよう、皆に呼びかけることを決める。

 哲学兵装・光殺しは、もうルシファアの戦闘力を一定のラインに落とすことさえ、限界が見えてきていた。

 セレナは一縷の望みをかけて、調の方を見る。

 

(調ちゃん、まだなの……!?)

 

 ルシファアに大丸鋸の盾を八つ裂きにされ、蹴っ飛ばされてセレナの力場に拾われた調は、セレナの視線に気付き……無念そうに、首を左右に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔剣ルシエドは、魔槍グラムザンバー、聖剣アガートラームと並び称される魔剣である。

 当然、オーバーナイトブレイザーの力を上乗せされた今、ナイトフェンサー程度の剣では拮抗することもできない。

 つまり、ナイトフェンサーでルシエドの斬撃を防御すれば死ぬ、ということだ。

 ゼファーはウェルの左手のナイトフェンサーは弾き、右手のルシエドはかわしながら、両の手のナイトフェンサー二刀を豪快にかつ繊細に振るう。

 

(やはり、強い!)

 

 剣閃の合間を縫って飛んで来たウェルの焔が額に直撃し、ゼファーがのけぞる。

 

「が……!」

 

「ほうら、隙ありですよッ!」

 

 ゼファーはすかさず胸部表面で焔を爆発させ、四肢に依らない緊急回避を実行。

 高速後退にてウェルの追撃を回避し、なんとか体勢を立て直して構えた。

 ウェルにはいまだ余裕があり、ゼファーは既にかなりの劣勢に追い込まれている。

 

 焔の制御ならば、まだゼファーに一日の長がある。

 オーバーナイトブレイザーの経験を吸収しただけで、まだその技を使い慣れてもいない今のウェルでは、焔を操作する技量において今のゼファーには及ばない。

 焔を初めとした各種出力は、ウェルが大きく勝っている。

 パワー、スピード、耐久力……基礎スペックに関する全てにおいてだ。

 そして何より、剣の技量が段違いだった。

 

 ウェルはこの日のために剣の技をルシエドから引っ張り出し、それをどう使うかを徹底して考え続け、体に馴染ませてきた。

 対しゼファーは、生まれつき持っていたはずの剣の才能を一度捨てられている。

 剣に才能を貰った人間と、剣に才能を捨てられた人間。

 実力がある程度伯仲してしまえば、その差は目に見えて顕れてしまう。

 

(だけど、それでも、距離を詰めて攻撃しないと……!)

 

「ほうら、次行きますよ!」

 

 距離が離れた途端、オーバーナイトブレイザーは焔の矢を千ほど放つ。

 するとオーバーナイトブレイザーの力を得た魔剣ルシエドが、"A地点に焔の矢が存在する"という観測情報を書き換え、"A~J地点全てに焔の矢が存在する"という事実を世界に顕現させる。

 ウェルからゼファーへと一直線に焔矢が千ほど飛んで行くという状況は、一瞬にしてゼファーを万の焔矢が囲むという状況に変貌していた。

 

「ッ!」

 

 ゼファーは二刀のナイトフェンサーで乱舞しつつ、四方八方から飛んで来る焔の矢を片っ端から切り捨てる。

 もしも当たってしまえば、その一発一発が、生身の人間をハンマーで殴るに等しいダメージをゼファーに与えてくるだろう。

 焔の矢は一つ切り捨てるたびに、生身の人間が鉄パイプでライフル弾を弾くに等しい衝撃と重さが手に残り、切り捨てるだけでもゼファーの体力が削られている。

 一つ一つが、とてつもない威力と熱を内包していた。

 これでは、ゼファーがネガティブフレアの壁を作ったところで粉砕されるのがオチだ。

 

 実力差がありすぎて、ウェルの攻撃が苛烈すぎて、ゼファーは小細工が打てない。

 加え、ウェルに小細工をさせる余裕を与えてしまえば、こうして目を覆いたくなるような攻撃が飛んで来る。

 ゼファーは接近し、ウェルから魔剣の機能を使えるだけの余裕を奪う必要があったのだ。

 たとえ、剣の勝負に勝ち目が見えなくとも。

 

 剣と剣で勝負している間だけは、瞬殺の可能性が消えてくれる。

 

(空間に作用する力を使う隙も、余裕もない……なら!)

 

 ゼファーは地面を殴り、自分の体が収まるくらいの溝を掘る。

 そこにゼファーが身を潜り込ませれば、対処すべき焔の矢の数が一気に減った。

 床がある以上、焔の矢の包囲網は半球状にしかならない。

 なればこそ、床に立っている人間と、床よりも低い位置に居る人間では、"体に当たる軌道の矢"の数の桁が違うのだ。

 

「くっ、う……!」

 

 ゼファーは処理すべき焔の矢の数を一気に減らし、自分に当たる軌道の矢だけを切り払う。

 そして床の溝から飛び出し、駆けて来たジャベリンに飛び乗った。

 

『ゼファー君! Dr.ウェルの動きの癖がいくつか見つかった。まずは―――』

 

「アクセラレイターッ!」

 

 ゼファーは藤尭から貴重な助言を得つつ、時間加速でバイクを加速させ、バイクの上からオーバーナイトブレイザーに飛び蹴りを放つ。

 バイクの加速度にナイトブレイザーの跳躍力が重なり、黒騎士が弾丸よりも速く黄金騎士に向かって飛翔する。

 

「軌道が……単純ですよ!」

 

 速い。確かに速い。だが、オーバーナイトブレイザーの動体視力を超えられるほどではない。

 軌道も単調で、一直線だ。

 ウェルはゼファーの動きを完全に見切り、その動きに魔剣を合わせた。

 ナイトブレイザーの顔面に魔剣の刃が迫り――

 

「!?」

 

 ――ナイトブレイザーの軌道が空中で折れ曲がり、魔剣が空振る。

 ゼファーは加速した勢いを殺さないよう、かつ姿勢を変えずに体表で二度焔を爆発させて、空中で二度曲がる。

 一度目の爆発でルシエドの一閃をかわし、慣性で流れながらウェルの右側へ。

 慣性で流れつつ、二度目の爆発でウェルの背後へ。

 オーバーナイトブレイザーの並外れた動体視力と反応速度でも、"気付いたら後ろに居た"としか感じられなかったほどに、滑らかで鋭い動きであった。

 

(ここで一撃ッ!)

 

 不意打ちに近いこの動きが二度通用するはずがない。

 ここで一撃決めなければと奮起して、ゼファーは全力の斬撃をウェルの背中に叩き込んだ。

 

「……っ!」

 

 ×字の斬撃痕がオーバーナイトブレイザーの背中に刻まれ、オーバーナイトブレイザーが斬撃の衝撃で吹っ飛んで行く。

 が、壁に激突することも地に這うこともなく、空中でくるりと回り、黄金の騎士は平然と床に着地していた。

 

「ふぅ、今のは少し痛かった。この鎧に傷が付いてしまいましたよ」

 

「……そうですか」

 

 これ以上ないほどに最高な位置取りから放った、最高の斬撃。

 にもかかわらず、ゼファーの斬撃はウェルの命にまるで届いていなかった。

 装甲表面に浅く傷を付けただけで、ダメージと言うにはあまりにも薄い。

 それどころか、ウェルはまたしても魔剣を使った反撃を見せた。

 

「では、お返しに」

 

 対大陸弾頭(マルドゥークゲイズ)を模した弾丸が魔剣より放たれ、それがオーバーナイトブレイザーの力によるブーストで、発射後に本物と遜色ない威力にまで強化される。

 魔剣が放ったセトと同じ力により空間に穴が空き、そこに弾丸が飛び込んだ。

 空間に空いた穴はゼファーの背中から1cm離れた地点に繋がり、バルバトスの最大火力がゼファーの背中に直撃する。

 

「がッ!?」

 

 通常のオーバーナイトブレイザーに比肩する存在となったはずのゼファーの視界が、明滅する。

 超常の存在となったはずの彼を脅かすほどのダメージが、命に徹る。

 背中の激痛に耐えながら、ゼファーは地に膝をつき、地に手をついて蹲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネフィリム・ディザスターVSチフォージュ・シャトー。

 ここでは想い出というパワーソースの貯蓄を使い果たし、なおもジュードという無限パワーソースを用いることで、なんとか食らいついている錬金術師達の怒声が響いていた。

 

「損壊率30%を超えました! キャロル、これ以上は!」

 

「保たせろエルフナイン!」

 

「そんな無茶苦茶な!」

 

「足りない分は気合で補え! 気合も記憶に残れば想い出だ! そら、理論的だろッ!」

 

「精神論的ぃッ!」

 

 ジュードとキャロルは操縦席も兼ねた玉座の間に戻っていたが、戦況が悪くなるたびに、ここには怒声が響いていた。

 この城は、玉座の間で全てを制御するキャロルとエルフナイン、各ブロックにて城の機能を制御するオートスコアラー、燃料タンクのジュードによって成り立っている。

 だが、ネフィリムの攻撃により、城はドンドン壊されていた。

 あと少しでオートスコアラーが居る区画まで破壊されてしまう、という段階にまで。

 

「二人共落ち着いて! 前見て前!」

 

 エルフナインとキャロルの間でジュードが緩衝材として働き、なんとか二人の高まったテンションを仕事効率に転換する。

 空中大要塞チフォージュ・シャトーと地球大怪獣ネフィリム・ディザスターの戦いは、案の定と言うべきか大怪獣有利に進んでいたが、それでもまだ有利止まりだ。

 ここでディーンハイムが頑張って持ち堪えている限り、すぐに終わるということはない。

 

 そして、時間を稼いだならば、繋がる可能性のある希望があった。

 

「! 来たか! どれだけオレを待たせたことか、後で文句言ってやる!」

 

「キャロル! 僕言うべきは文句じゃなくてお礼だと思うよ!」

 

 チフォージュ・シャトーとネフィリムの間に、降り立つ巨大なモンスター・マシン。

 考えたことはなかっただろうか?

 破壊されたゴーレムの残骸は、どこに行ったのだろうかと。

 聖遺物としてナンバリングされ、保管されていることは確かなのに、どこにあるのだろうかと。

 簡単な話だ。

 それらは二課と日本政府の手によって保管され、二週間ほど前に、とある頭のおかしい科学者の手に渡っていたのである。破壊されたゴーレム、全機分の残骸が、だ。

 渡してはいけない科学者筆頭……トカ博士の手に渡ったゴーレムは、天才の手により継ぎ接ぎにされ強化され、今や50m級の巨大ロボと化し、戦場に投入されていた。

 

「来たトカ!

 見たトカ!

 勝ったトカ!

 吼えよ我が名を、讃えよこの名を、ブぅルぅコぉギぃドぉンんんんんんッ!!!」

 

 超究武神巨大ロボット、その名も『ブルコギドン』。

 アホみたいな外見と凄まじいスペックを引っさげやって来たそれは、登場と同時にネフィリムを殴り倒して海に沈める。

 戦場に満ちるトカ博士の笑い声。

 怒りに満ちたネフィリムの咆哮。

 戦場の空気が、一変する。

 

「さあ来るがいいネフィリム!

 好きトカ嫌いトカ最初に言い出した奴が誰なのか、いい加減はっきりさせようぜぃ!」

 

 良い方向に変わったか、悪い方向に変わったかは、別として。

 

「さあやりたまえ諸君!

 土場はドバーッと!

 甲斐名は海難事故のように!

 天戸はとりあえずカメラ意識しながら!

 特化(トッカ)した灯火(トウカ)突貫(トッカン)するような攻撃トカいいトカ思うわけですよ!」

 

「うるせええええええええええええええッ!!!」

「うるせええええええええええええええッ!!!」

「うるせええええええええええええええッ!!!」

 

 しかもこのブルコギドン、搭乗員として土場と甲斐名と天戸が乗せられていた。

 ついでにカルティケヤも乗せられているが、彼は死んだ目でひたすらコンソールを叩いている。

 何故か? それは、このタイミングまでブルコギドン投入が遅れたことと無関係ではない。

 ゼファーの体調が良くなり次第戦闘開始という取り決めが成されていたため、トカはこの巨大ロボットを個人で動かせる仕様に改造するのが間に合わなかったのである。

 ギリギリまで改造に着手していたが、結局改造せずに出撃してきたようだ。

 

 ブルコギドンは、五人が体の各所にある操作室に乗り込まない限り、動かない。

 

 そもそも何故、五人で操作しないと動かないようにしたのか?

 100%、トカ博士の趣味である。

 ナスターシャや弦十郎が何故、こんな不備を許したのか?

 100%、上から何度言われても自分の趣味の集大成を改造することを嫌がり渋った、トカ博士のせいである。

 そのくせ、五人で各種操作を分担したおかげで、性能自体は格段にアップしているというのがひどい。ふざけた仕様と高い性能の両立こそ、トカ博士の真骨頂と言えるだろう。

 

「来ーたぞ、吾輩らーの、ブールー、コーギードーン! ブルコギドンパァンチ!」

 

「ちょっと待ってそこ僕―――」

 

 ブルコギドンが右腕でパンチし、起き上がったネフィリムに起き攻め気味の攻撃を仕掛ける。

 トカ博士は笑いながらパンチボタンを連打した。

 右腕の中に内蔵されたコクピットに乗っていた甲斐名は、死を覚悟した。

 シェイキングされる甲斐名の悲鳴、トカ博士の爆笑、ネフィリムの咆哮が混じり合う。

 

「キャロル! チャンスだ! 僕らも仕掛けよう!」

 

「第一声でそう言えるお前は本当に凄い奴だと思うよ、ジュード」

 

 ブルコギドンを援護する形で、チフォージュ・シャトーも攻撃を再開する。

 

「我輩達は科学の申し子ッ!

 科学に『お前みたいな子を育てた覚えはありません』

 と言われても、めげない泣かないうつむかないッ!

 そんなモットーを掲げる、科学の私生児(仮)だトカッ!

 ワイルドでマイルドでボイルドなアームズも、装者達に贈呈済みよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうダメか、と装者達皆が思った、その瞬間。

 イグナイトを解禁して特攻覚悟で攻撃を仕掛ける、と誰もが判断するその直前。

 ルシファアが装者達にフォトンボウガンを連射した、その時。

 

 トカ博士によって修理された『それ』が、フォトンボウガンから装者達を守った。

 

「え……?」

 

 装者達を守ったのは、"対消滅バリア"。

 幾度となく人と世界を守ってきた、魔神の焔さえも防ぐ盾。

 

「あ……」

 

 城壁の如きその異様。

 人型であって人に(あら)ず。機械であって機械に(あら)ず。盾であって盾に(あら)ず。

 

「……お前は!」

 

 その者の名は、アースガルズ。

 

 人呼んで、神々の砦。

 

「アースガルズッ!!」

 

 ルシファアが警戒度を一気に引き上げ、アースガルズに猛然と攻撃を仕掛ける。

 それはまさしく光の嵐。

 星一つくらいならば容易に吹き飛ばす威力を秘めた、宇宙規模の災害と同等のものだった。

 アースガルズはそれを、涼しい顔をして受け止める。

 

 神々の砦、未だ健在。

 

「皆! ここよ! ここしかないわ、仕掛けるわよッ!」

 

 マリアが皆に声をかけ、それに同意した七人の装者が首を縦に振る。

 ブランクイーゼルが二課の傘下に加わってから、二週間あった。

 時間は十分にあったのだ。

 ならば、ジュード達が装者達全員を等しくするように"贈り物"をすることは、難しくなかった。

 

「「「「「「「「 イグナイトモジュール、抜剣ッ! 」」」」」」」」

 

 八人同時のイグナイト起動。

 この二週間で完璧に改造・チューンを施されたシンフォギアが、唸りを上げる。

 一人だけ融合症例であったため、特別な処置を施された響は少し遅れるが、八人がほぼ同時にその姿を黒く禍々しいものへと変えていた。

 

『よし、一段階弱体化完了! 行きなさい、調ちゃん!』

 

(フィーネ、今はいいタイミングだって褒めてあげる!)

 

 更に、フィーネのハッキングによる弱体化が入る。

 調の中にフィーネが居ることはほんの数人しか知らない事実であり、ウェルですらこの事実を知りはしない。

 ゆえに、フィーネのマスターコード・ハッキングによるシステム干渉、その結果として起こるルシファアの弱体化は、ウェルですら予想していないファクターとなって戦場に作用した。

 

 ウェルが念の為で仕込んでいたセキュリティは堅固で、シュルシャガナのギアを間に合わせのアンテナとして使っていたこともあり、ここまでフィーネのハッキングは何の効果ももたらしてはいなかった。

 だが、それもここまで。

 光殺し(グロリアスブレイカー)の効果が切れる前に、フィーネの手によりルシファアは弱体化し、戦闘が長引けば長引くほどに更に弱体化していく。

 圧倒的な力を誇っていた最強のゴーレムとの戦いに、光明が見えてきた。

 

「気合入れろお前ら! ここが正念場だッ!」

 

 天羽奏が叫び、装者達が思い思いの返事を返す。

 

 神々の砦と八人のイグナイト装者が四方八方から、ルシファアへと襲いかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は内的宇宙の中にある、仲間から貰ったお守りの存在が、ゼファーの意識を繋ぎ止める。

 そこにお守りがあり、そこに想いがあるという感覚が、彼をしぶとく生かしている。

 異様な生への執着を見せるゼファーの胸部を、ウェルは蹴りつけた。

 そして、踏みつける。

 ゼファーはウェルの蹴りで仰向けに転がされ、その胸を踏みつけられていた。

 

「か、はッ……!」

 

「全く。生きるために命を削るとは、とんだ矛盾ですね」

 

 ウェルはナイトブレイザーの胸部を踏みつけ、そこにヒビを入れながら語りかける。

 

「まだ、大切なもののためになら死ねるという考えの方が、矛盾は少なかったというのに」

 

 踏みつける力が増して、ヒビが更に広がった。

 

「……ええ、矛盾かもしれません。だけど、それでいいんです」

 

 しかし、そこでゼファーの手が伸び、胸部を踏みつけるウェルの足首が掴まれる。

 

「俺も皆も、生きたかったんです。

 でも、それが全てだったなら……きっと、誰も戦うことなんて選んでない。

 人が争うのは、生きたいだけじゃなく、譲れないものがあるから。

 譲れない何かがあったから、皆、生きたくても戦うことを選んだんです。

 俺にとっては、それが生かすことだった。だから俺は、死にたくないけど、戦った」

 

 足首を掴まれ、ウェルの足はそれ以上ゼファーの胸部に食い込んで行かない。

 

「ならばそれが全てでしょう。

 他人を救うために死ぬ。そう決めたなら、何故……?」

 

「どちらか片方だけじゃダメなんです。

 俺は生きたいし、生かしたい。

 その気持ちを捨てたくないし……捨てたら捨てたで、みんなに怒られてッ!」

 

 ミシリ、とウェルの足首が嫌な音を立てる。

 鈍い痛みに、ウェルは思わず後ろに向かって跳び、ゼファーの握撃から逃げた。

 ゼファーはウェルの足首に握撃を仕掛けた右手を握り、拳の形にして額に当てる。

 息は切れ切れだが、その闘志だけは微塵も揺らいではいない。

 

「俺は、自分が死んだ時、誰かに泣いて欲しいと思ってた。

 だけど……俺が死んでも、皆に笑って欲しいとも、思ってた。

 酷い矛盾だ。どうしようもない矛盾だ。

 皆に殴られて目が覚めるまで、こんな矛盾にさえ気付いていなかった」

 

 握られた拳に、焔が纏われる。

 

「だけど、皆と話してる内に、これが何なのか気付いたんだ。

 俺は、誰かに俺の生が無価値じゃないって、泣いて証明して欲しかった。

 そして―――同じように、俺の死を乗り越えて、皆に幸せになって欲しかったんだ。

 俺が死んでも残された人達が励まし合って、支え合って、歩いて行けたらそれで良かったんだ」

 

 ゼファーが右腕を振るうと、一瞬の内に焔は剣に、拳は剣を握っていた。

 

「生きたい、生かしたい。これも矛盾。

 泣いて欲しい。笑って欲しい。これも矛盾。

 だけど、今なら分かる。

 矛盾しているからこそ、人間なんだ。

 どっちも俺で、どっちも大切な気持ちなんだ」

 

 左右対称に似た所作を行い、ゼファーは左手にもナイトフェンサーを握る。

 

「フィーネさんは、俺を人間だと認めてくれた。

 ならば俺は、この矛盾を抱えて……生きる。これからも、人間として」

 

「君は長生きできない運命だ」

 

「俺であっても、他人であっても。

 長生きできない運命なんてものがあるのなら、俺はそれを変えてみせる」

 

 二刀のナイトフェンサーを携え、ゼファーは構えた。

 

「何が正義かなんて、考えてさえいなかった時期があった。

 何が正義か、分からなくなった時期があった。

 でも、今なら言える。命を守ろうとすることは……絶対に、間違いにはならない」

 

 助けた人間が、価値の無い人間であるかもしれない。

 守った人間が、回り回って別の誰かに迷惑をかけるかもしれない。

 その命を見捨てることで、どこかで誰かが幸せになる可能性もあるかもしれない。

 それでも、命を守ろうとする行動が、間違いであると断じられることはない。

 

「それに……俺は、人が大好きだから。汚いところも、綺麗なところも含めて」

 

 勇気ある行動で、人の希望を守りながら、全ての命に愛を注ごうとする欲望。

 

「俺はあなたが犠牲にするかもしれない命も。

 俺の命も。あなたの命も。全部ひっくるめて助けるために、ここに来たんだ」

 

 本当に欲深なのは自分なのか、ゼファーなのか、それすら分からなくなって、ウェルは心中でこっそりと笑う。ゼファーの想いが眩しくて、嬉しくて、たまらない気持ちだった。

 

(希望の守護者(ガーディアン)、なんて呼ぶべきでしょうかね……)

 

 ゼファーの構えに合わせて、ウェルも魔剣ルシエドとナイトフェンサーを構える。

 

「俺は生きる」

 

 一歩。

 また一歩。

 静かに二人は距離を詰め、ゆったりと互いに歩み寄っていく。

 

「運命だってひっくり返して、生き延びてみせる! この命ある限り、俺が守るんだ!」

 

 そして互いの剣が届く範囲にまで距離が詰められた瞬間、二人の剣は音速を超えた。

 

「希望を! 未来を! 彼女らの歌を! 人の命をッ! Dr.ウェルを!」

 

 音速を超え、まだ加速する。

 三本の光熱剣と魔剣が二人の間に描く軌跡は、電気のスパークよりも速く煌めき、電気のスパークよりも早く消える。

 剣と剣が衝突し、剣が空を切り、剣が鎧をかすめる。

 黒の鎧は疾風怒濤。

 金の鎧は豪快奔放。

 両者の間には明確な差が存在し、この差が生半可なことで埋まらないことは明白だった。

 

「貴方を、世界を滅ぼした悪魔にも、理想に殉じた英雄にもさせやしない!

 一度進んでしまえば戻れない道を、進ませはしない! 俺は……俺はッ!」

 

 だが、ゼファーは諦めない。

 

「貴方の人としての明日も、諦めたくないッ!」

 

 ゼファーにとっては、Dr.ウェルも―――居なくなって欲しくない、一人の友達なのだから。

 

 

 






「友達が悪いことをしてしまったなら。
 殺すんじゃなくて、止めるべきだ。
 そして反省させて、皆に謝らせて……そこからだな」

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