戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
彼が子供の頃のこと。
神獣鏡に命を奪われた少女を、彼は守れなかった。
彼が子供でなくなった今のこと。
神獣鏡に命を奪われそうになっていた少女を、今度こそ彼は守ることができた。
いかな奇跡か、彼は死した少女達の姿を見る。
それは神獣鏡の実験で死んだ少女のデータが、ギアの中に残っていたからか。
『精神』や『魂』といった人間を構成する要素が、今もギアにこびり付いていたからか。
一度きりの理屈のない奇跡が起こったと考えることもできる。
あるいは、彼が見た少女の幻影は、全て幻覚だったという可能性すらあるだろう。
彼が守ると約束し、守れず、神獣鏡の実験で死んだ少女、ベアトリーチェ。
彼が守ると約束し、守れず、彼がその手で殺した少女、マリエル。
死してなお―――二人は、彼の傍に居てくれているのだろうか。
第三十六話:描いた未来を画架に掛ける 4
自室でカタカタカタとキーボードを叩きながら、ウェルは真っ赤に腫れた両の頬をさすり、頬に貼られた湿布の感触を堪能していた。
「いちち」
ウェルのゼファーへの執心は、ブランクイーゼルの多くの者が知るところだ。
少数ではあるが、彼がゼファーを追い詰めることを愉しんでいる事実を知っている者も居る。
ブランクイーゼルを統率するナスターシャ達や、ブランクイーゼルの中核を担う装者であるマリア達がそれに当たる。
必然的に、今回の一件をゼファーへの嫌がらせが主目的だと思う者も生まれるわけで。
―――ぶっ殺すデス!
切歌がキレた。
まず腹に一発入れてウェルを床に転がし、「顔はやめて」と叫ぶウェルにマウントポジションを取って顔面ワン・ツー。
切歌のパンチはウェルの両頬に突き刺さってもなお止まりそうになかったが、そこでようやく周囲の大人に止められる。
その日ウェルがそれ以上殴られることはなかったが、ウェルの頬には痛みと腫れが残った、というわけだ。
(この痛み、どうしてくれようか)
とりあえず、ウェルは将来的にしようと思っていた切歌が嫌がるであろうあれこれを、断固として実行しようと意志を固める。
彼は切歌に付けられた傷の痛みを通話でマリアにネチネチと語り、図々しくマリアに自室まで食事を運ばせ、心底嫌そうな顔をしているマリアを見て少し溜飲を下げていた。
彼が操作している機械端末に映るのは、神獣鏡と戦っているナイトブレイザー達の姿。
「神獣鏡でも死なない、と。
いやー、彼は本当に理屈の上で殺せる作戦をぶつけても、中々死にませんねえ」
「……その割には嬉しそうね? ドクター」
「ええ、嬉しいですとも。
精神戦になると予想はしていました。
ですが聖遺物殺しを越えることも、夢魔を精神のみで倒すことも不可能だと思っていました。
夢魔の鍵はあそこにあったんですねえ……いやはや、素晴らしい。楽しくなってきましたとも」
「……やっぱり、理解できないわ。
切歌があなたに殴りかかったのは、あなたが本気で彼が詰む形を作っていたからなのに」
「ええ、本気で詰ませていましたとも。
フィーネがしたような、余分な戦力を動員するという隙も排除していました。
アースガルズの離反のような要因も無かった。
それでいて、現実世界でも精神世界でも敗因と勝因をきっちり制御していたつもりでした」
「なのにあなたは、まるで彼が生き残るのが当然だったように振る舞っている。
それでいて、予想外に良い結果を見た子供のように、目を輝かせてもいる」
「ええ」
マリアはウェルを理解し、その目的を読み取ろうとするが……
「こうでなくては、と思っていますよ」
……ウェルの笑顔に浮かぶ感情は、マリアの理解の範疇にない。
「私には、あなたの頭の中が理解できそうにないわ」
「天才は余人に理解されないから天才なんですよ。
あなたがたの目に見えるメリットを僕は提供し続けます。
僕らは最後まで信頼関係ではなく、利害関係で繋がる仲間で居ましょう。ね?」
にこやかに笑うウェルとの間に、マリアは透明な壁の存在を感じる。
"これ以上は立ち入らせない"と言わんばかりの心の壁だ。
相互理解は不可能であると、ウェルの言動と態度がマリアに知らしめる。
マリアは溜め息を吐いて、この外道の被害をもろに食らった小日向未来の幸を願った。
小日向未来は、救出される寸前まで最悪に近い状態にあった。
脳内の電気信号は綺麗にリセットされ、夢魔が在住。
肉体はギアの負荷に絶唱の負荷が追加され、ギアに殺される結末まで見えていた。
結果から言えば、未来はチーム・ワイルドアームズのチームワークにより無事生還できた。
ゼファーが未来の脳内から夢魔を排除し、元の電気信号配列を復旧。
肉体への絶唱負荷も、響達三人の装者が相性差を奇跡的に埋めて絶唱発動からすぐさま勝敗を決めたことで、かなり抑えられていた。あと少し絶唱の発動時間が長ければ、危なかっただろう。
ゼファーが精神を、響達が肉体を守ったことで、未来の命は無事守られた、ということだ。
「……ん」
そんな未来は、病院の一室で目を覚ます。
二課傘下の、表向きには政府系列でもなんでもないことになっている病院。
体の節々が傷んでいたが、彼女は構わず体を起こした。
「ここは……?」
そして、自分がベッドに寝ていたことと、ベッドの横に誰かが居たことに気が付く。
「目が覚めたか」
「!」
未来のベッドの横には、椅子に座るゼファーが居た。
彼を見て一瞬"このまま消えてしまいそう"だと思った未来だったが、すぐにそんな雰囲気はどこにも無いことに気付き、気のせいだったのだろうかと目を細める。
ゼファーの手元には、包丁とリンゴと皿があった。
「ちょっと待ってろ。今、リンゴ剥いてたんだ」
未来が起きるタイミングでここに居たのも、そのタイミングでリンゴを剥き始めていたのも、直感の未来感知によるものなのだろうか。
ゼファーの手は、機械的に精密にリンゴを剥き続ける。
不自由だったはずの彼の手は、機械のように1mmの狂いもなく動き続けていた。
「夢を、見てたの」
未来はベッドの上で、窓の外の景色を覗く。
雲一つ無く、これ以上ないくらいに晴れやかな快晴だった。
彼女の心の中もまた、この空のように晴れ晴れとしている。
「忘れてた、でも確かにあった、暗い気持ちを思い出す夢。
それを全部友達に受け止めてもらって、心が軽くなっていく夢……」
「そうか」
二人の間に、居心地のいい沈黙が流れる。
己の心の中で繰り広げられた戦いを、未来も覚えているのだろう。
受け入れられたことを、肯定されたことを、好意を貰ったことを、彼女は覚えている。
「ありがとう」
「どういたしまして」
少し照れくさそうに、けれど万感の思いを込めて、未来は感謝の言葉を述べた。
ゼファーは感謝を受け取って、食べやすいように一口サイズにまで切り分けたリンゴにフォークを一本刺して、皿に乗せる。
「ミク、お前の体はギアの負荷で少しダメージを負ってる。
ダメージを抜くために、体の精密検査を終えるために、数日は病院で診てもらおう」
ゼファーはフォークで未来に食べさせようとする。
未来は断固として拒絶する。
遠慮するなと言う青年。
遠慮してるわけじゃないと照れる少女。
彼は怪我人だろお前と言い、彼女は怪我人にも捨てられない羞恥心があると真顔になる。
ゼファーが持っていたリンゴの皿とフォークは、最終的に未来の手に奪われていた。
「ここで少し療養しておきな、ミク。学校の方に休みの手続きはしておいたから」
「うん」
素直にゼファーの言葉を受け取っているあたり、未来も自分の体のダメージは把握しているのだろう。だがそこで、彼女はふと思った。
自分は入院もののダメージを受けたが、なら、ゼファーの方は?
「ねえ、ゼっくんはなんともないの?」
「入院患者が人の体の心配するとか、控えめに言ってバカなのかお前」
「むっ」
病室の外から足音と声が聞こえて来る。
未来とゼファーには、それが響とクリスのものであると音だけで理解が出来た。
ゼファーは花瓶に花を挿し、水を入れて、最後に一言だけ言って、病室を出て行く。
「ミクが無事で、本当に良かった」
未来はゼファーが出て行ったのを確認してから、ほっと一息ついた様子を見せた。
「……ふぅ」
そして、少し赤くなった顔を手で隠す。
「……恥ずかしいぃ……」
受け入れられたとはいえ、見られて恥ずかしいものはある。
平静を装っても、内心恥ずかしいということはある。
未来はありったけの照れを吐き出しながら、響とクリスが病室に来るまでの間に、なんとかいつもの自分の表情を取り戻していた。
時間が流れ、ゼファーの余命が削られていく。
不可能を可能にするゼファーの精神性が、悪足掻きの範囲で余命を引き伸ばしていく。
頭の良い人間達が、奇跡ではなく叡智で彼を救おうとする。
ゼファー・ウィンチェスターの命が救われる奇跡は、未だこの世界に生まれ落ちていなかった。
そうこうしている内に、世界は動き始める。
二課本部の大型モニターに、富士山の山頂が映し出されていた。
手の空いている二課の者達が、皆でそれを見ている。
危険を冒して富士の頂点の映像を中継してくれている、甲斐名から送られて来ている映像だ。
そこには、"巨大なネフィリム"が居た。
ネフィリムの近くの空では、ネフィリムに迎撃されたミサイルの爆煙が広がっている。
50mはあろうかというネフィリムが富士山頂で吠えている様は、いっそ圧巻ですらあった。
「……とうとう怪獣映画の世界の話になってきたな。あたしも頭がいてえや」
「怪獣映画大いに結構。その手の映画は、大抵最後は怪獣が死んで終わるもんだ」
「だぁれが映画のセオリーの話しろっつったオッサンッ!」
弦十郎が真顔でそんなことを言い始め、クリスが盛大にツッコミを入れる。
時間は少々遡る。
ブランクイーゼルの作戦なのか、それともウェル博士の独断なのかは分からないが、突如超巨大ネフィリムが相模湾に出現し、富士山に向かって一直線に侵攻し始めたのだ。
相模湾から東京への侵攻を警戒し、ゼファーが本部待機、装者が出撃。
しかし超巨大ネフィリムは装者の妨害をものともせずに、ただ移動するだけで街を踏み潰しながら蹂躙し、富士の山頂に陣取った。
人的被害はほぼゼロだったが、日本全体に緊張が走る。
―――これから先、どうなってしまうのか?
誰もがそう思った時、米国から大陸間弾道ミサイルが飛んで来た。
"テロリストの要求に屈しない強い国アメリカ"は、日本政府の許可を密かに受け、ネフィリムにミサイルをぶち込みに走ったのだ。
後々に国際社会の中でどういう追求をされるか、米国が分かっていないはずもない。
リスクは覚悟の上で、日本政府の事後の擁護をあてにしてぶっ放したのだろう。
富士山は『活火山』である。
ミサイルが富士山に当たれば、噴火の可能性も十分にありえる。
日米政府はそのリスクを覚悟の上で、最悪富士山の噴火でネフィリムという怪物を仕留めるつもりで、この"蛮行"を実行した……が。その結果は、見ての通り。
カ・ディンギルを喰って、それを荷電粒子砲化したカ・ディンギル・キャノンを二門搭載したネフィリムはミサイルに超反応。ミサイルは即座に撃ち落とされてしまっていた。
「……ネフィリム、だったか。前に見た時は、あれほど大きくなかったはずだが」
顎に手を当てる翼の表情は、訝しげながらも苦々しい。
彼女は以前ネフィリムを見た時のこと、響が食いちぎられた記憶を思い出しているのだろう。
あの時、ネフィリムは人とそう変わらないサイズであった。
なのに今は、ウルトラマンとそう変わらないサイズにまで肥大化している。
「俺は戦えなかったけど、どのくらい強かった?」
ゼファーが問えば。
「サイズ比で言や、ネフィリム視点のあたしらカナブンくらいのもんでしかねえんだよなあ……」
「正直、大き過ぎるな。私もあれを殺すのは難しいだろうと思う」
「全力でパンチしても、人間で言うところの"人差し指切った"くらいのダメージしか……」
装者達から、嫌な返答が返って来た。
『大きい』ということは、それだけで『強い』ということだ。
1の大きさを破壊するのに必要な力が1と仮定すれば、100の大きさを破壊するには100の力が必要になる。
1の重さなら投げ飛ばせる、吹っ飛ばせる、けれど100の重さを同様にはできない。
100というサイズの敵からの物理攻撃は、1のサイズからの攻撃の100倍以上の威力がある。
大怪獣ネフィリムは、『大きい』というだけで、シンプルにどうしようもない。
装者の攻撃でも止められない耐久力と再生能力に、カ・ディンギルを取り込んで星の外にまで攻撃を届かせる力を得たこともまた、その脅威を飛躍的に高めていた。
「しかし、ネフィリムは富士山頂で一体何を……」
首を傾げる藤尭朔也は、日本で最も高い山に陣取る怪物の目的がいまいち読み切れない。
そこで直感的に物事を考えるゼファーが、アガートラームの記録を元に組み立てた、自分なりの推測を彼に述べた。
「巣を作ってるんじゃないでしょうか」
「巣? いや、ネフィリムは聖遺物だろう?」
「"生きた聖遺物"です。
心臓もあり、思考能力があって、物を食べ、腹を空かせる。
正しく育て大量の聖遺物を食わせれば、ネフィルという子を生む、生きた聖遺物ですよ」
「―――は?」
だが、ゼファーがその推測を述べた途端、朔也だけでなく、周囲の人間までもが驚愕に目を見開いていた。
「ネフィリムは複数の形態と、それぞれ個別の定義を持ちます。
例えば、アルビノ・ネフィリム。
規定の総エネルギー量に満たない状態で、励起状態になってしまったネフィリムです」
ゼファーが手をかざすと、彼の生身の手の平の上に立体映像が浮かび上がってくる。
非人間化の進行で、彼は生身でもかなり多彩なことができるようになっているようだ。
立体映像は、かつてセレナとゼファーの死の遠因になった白の怪物を映し出す。
「本来の総エネルギー量を80とすると、50か60くらいで覚醒してしまった形態。
そのせいか肌は脱色されたような白色です。
エネルギーが足りない分、飢餓衝動が増しており、凶暴さが飛躍的に増大しています」
ゼファーはいつの間にか皆が自分を見ていることに気付き、全員が見やすいよう立体映像のサイズを大きくしつつ、"白色のネフィリムの映像"を"赤熱化するネフィリムの映像"に切り替えた。
「例えば、心臓部の無い聖遺物にネフィリムの心臓を埋め込むなどの処置をします。
その果てに
この場合に生まれるのがネフィリム・ノヴァ。
肉体が無いせいで過剰に聖遺物を喰らってしまい、いずれ自壊し爆発するネフィリムです」
ゼファーが一度見たことのあるアルビノ・ネフィリムと違い、自壊が約束された暴走形態とでも言うべきネフィリム・ノヴァは、アガートラームの記録をそのまま投影している。
そのせいか、どうにも映像が古臭かった。
「アルビノ・ネフィリムも、ネフィリム・ノヴァも、正規のネフィリムではありません。
前者は正規の起動条件を満たしてません。
後者はそもそも自壊するような形態が正常な在り方であるわけもなく。
正規成体のネフィリムは、体に損壊を与えず、たらふく聖遺物を与えて育てることで至ります」
ゼファーが大型モニターを指差せば、そこには富士山に陣取る"正しい生育"が成されたネフィリムの姿が映っている。
ウェルが"ネフィリム・ディザスター"と読んだそれは、かつてロードブレイザーとの戦争に投入され、かの魔神相手に焼滅させられなかったほどの怪物だ。
「そうして育ったネフィリムは、生殖を行います。
この過程で生まれる小さな子の個体は、先史の時代に『ネフィル』と呼ばれていました」
「
「はい。あのネフィリムも、天上にて複数体のネフィルが共食いという形で進化したものです」
"ネフィリム"とは、複数形の名詞だ。
必然的に、かの怪物も単体でありながら複数形の名を冠するだけの特性を持っている。
「ネフィルは周囲のものや聖遺物を喰らい、共食いを繰り返し、成長していきます。
そして最終的にネフィリムに喰われ、吸収されます。
ネフィルはネフィリムの子であると同時に、
「って、ことはまさか……」
「放っておけばネフィリムはどんどんパワーアップしていく、ということです」
ネフィルだけが居るならば、ネフィルは共食いを繰り返してネフィリムになる。
ネフィリムが居るならば、ネフィルはネフィリムを肥えさせるための家畜となる。
いずれにせよ、この怪物は"共食いをしながら成長していく"ということだ。
その食欲は、人間が計り知れるものではないのかもしれない。
「富士山には、地熱があります。
「地熱も喰うのか!?」
ゼファーがアガートラームの知識を前提としてネフィリムの特性を語れば、皆の目に"何が目的でそこに居るのかも分からない怪物"が、"異常な食欲でそこに陣取っている怪物"に見え始める。
要約すれば、つまり。
ネフィリム・ディザスターは、『富士山をも喰おうとしている』のだ。
(……遊びか、挑発か。何にせよ、これは罠への誘いだ。皆それは分かってるだろう)
だがその食事も、巣作りも、ネフィルの生成も、ネフィリムの成長も、所詮小目的だろう。
これらの小目的の先にあるであろう大目的が、ゼファーにはどうにも見えてこない。
敵が目的もなく適当に遊んでいるような気すらしてくる始末だ。
ネフィリムを攻めようとしたところで、罠にかかる可能性も非常に高い。
迂闊に攻めれば、栗の無い火中に手を突っ込む結果に終わりかねないだろう。
(それでも放っておくわけにはいかないのが、お役所務めの辛いところだなぁ)
だが、日本政府がネフィリムを放っておけるはずもなく、以前の二課よりもずっと日本政府の干渉が強くなった今の二課に、政府からの要求を跳ね除けられるはずもない。
戦いは先延ばしにすることすら不可能だ。
本部を離れられなくなった弦十郎は、ネフィリム攻略に何か考えはないかと、ゼファーに問う。
「だがどうする? あの巨体、倒すには手がかかりそうだが」
「次は俺も出ます」
弦十郎の問いかけに、ゼファーは笑って人差し指を立てる。
するとその指先に、煌めく焔が燃え上がった。
「敵がどんなに大きくとも、ネガティブフレアを防ぐ手段がないのなら、ただの的ですよ」
その時その笑顔に皆、"敵に回すと恐ろしそうだ"と思ったという。
誰もが語る英雄譚は、英雄が自らの存在意義を消し、英雄が死に至り、初めて終わる。
これは、英雄が友に殺される物語。
ヘリに乗って、チーム・ワイルドアームズは富士のネフィリムの元へと向かっていた。
「見えてきました!」
ヘリのパイロットは津山。
ネフィリムが迎撃に動けばゼファーが直感的にそれを把握し、瞬時にナイトブレイザー化・シンフォギアの起動・津山の脱出が滞り無く行われるだろう。
彼らはそういう訓練をしてきたし、それが出来るだけの練度があった。
「へへっ、腕が鳴るな」
「油断はするなよ、雪音」
「わーってるよ、センパイ」
すっかり仲良くなったクリスと翼が、戦闘前に言葉を交わしている。
気軽すぎるクリスと緊張感を持ちすぎる翼は、互いにいい影響を与えているようだ。
戦闘前にこうして話しているだけで、精神状態を最適なバランスに調整できているのだろう。
「ゼファーはどうだ? 調子は」
「クリスほど良くもなく、けど悪くもなくって感じだな」
「まさかお前の調子聞いてあたしの調子の分析返って来るとは思わなかったわ……」
ゼファーもまた、一見調子は悪くなさそうに見える。
クリスの呆れ返った表情と声を、頬杖つきつつしれっとした顔で受け流している。
そんなゼファーを、響がぼーっと見つめていた。
「……」
響はゼファーの余命を知っている。彼の命はもう永くはない。
戦いの中で受けたダメージを考えれば、今日に死んでも何らおかしくはないのだ。
にもかかわらず、ゼファーは平然と笑って今日までの日々を過ごしていた。
何のダメージも感じさせない。
死の恐怖を感じている様子もない。
迫り来る絶望への焦りもない。
そんな彼を見ていると、何か悪い夢を見てその内容を現実のものと勘違いしてしまっていたのではないかと、響は自分の記憶すら疑ってしまう。
そうでなくても、自分の知らないところで問題は全て解決したのではないかと考えてしまう。
大丈夫なんじゃないかと、そんな風に思ってしまう。
全てを知っているはずの響ですらそうなのだ。
何も知らない者の視点では、違和感を持つことすら難しいだろう。
「ヒビキ、どうした?」
「へ? あ、いやー、お腹すいたなーって」
「……ははっ、このタイミングでそれか。ヒビキらしい」
いつもの会話。何でもない会話。なんてこともない会話。
ほんの少しの暖かさと、ほんの僅かな日常の匂いを感じさせる、いつもの彼と彼女の会話。
……なのに、ほんの一瞬、そこに"白々しさ"を感じた気がして。
響はよく分からないもどかしさが、己の胸中に生まれるのを感じた。
「妙だな、ゼファー」
「ああ、妙だな、ツバサ」
「あん? なにがだ?」
「クリスは疑問に思わないか? これだけ近付いてるのに、ネフィリムが攻撃を仕掛けてこない」
「……確かに、そいつは妙だ」
ネフィリム・ディザスターの背には、カ・ディンギルが変化した荷電粒子砲が二門搭載されている。この砲門は、地球の丸みを計算に入れなければならないほどの射程を持っていた。
ゆえに、今のゼファー達を撃ち落とせないわけがない。
彼らはとっくの昔にネフィリムの射程の中に入っていて、けれど迎撃されず、今もヘリでネフィリムへと接近を続けている。
撃ち落とされていないという幸運が、今はただただ不気味だった。
「私達が聖遺物を持ってるから、撃ち落とすんじゃなくて食べたいとか?
あとは、私達が近寄って攻撃してもぜんぜんへいきへっちゃらだと思ってるとか……」
「ヒビキのその予想、割と意を得てそうだな」
敵が何を考えているか。
予想はできても、確証はない。
(とりあえず、まずはナイトブレイザーになろう)
下手な考え休むに似たり、だ。
ゼファーは考えすぎないようにしつつ、当初の予定通り遠距離からのネガティブフレア攻撃を実行しようとする。ガンブレイズによる簡易狙撃が、開幕の狼煙だ。
まずは変身。そして攻撃。上手く行けば、それだけで決着はつくはずだ。
(ネガティブフレアが通用するかを確認してから、ナイトフェンサーで……)
戦いの流れを徹底して想定しながら、ゼファーは変身の
「アクセ―――」
否。
「―――あ?」
何かが切れる、音がした。
「あ―――」
瞬間、ゼファーの脳裏に自身の存在が『服』になったイメージが浮かぶ。
『服』の縦糸が切れて、『服』がバラバラになっていくイメージが流れる。
自分の存在そのものが"そう"なっていく実感を感じ、ゼファーの意識は急速に消失していった。
「ゼっくん!?」
声は聞こえど、彼女らの言葉の意味を理解する意識は彼の中に既にない。
これまでのように、気力と精神力で踏み留まるということも出来ない。
何故ならば、気合を入れて踏み留まってくれる『精神』など、彼の中にはもう無いのだから。
「おいパイロット! 引き返せ! 急病人だ! こんな状況で戦ってられるか!」
「りょ、了解ッ!」
ブチン、と意識がちぎれる音を聞く、その寸前に。
「ゼファー! しっかりしろ! どうした!?」
崩壊しかかったこの肉体と精神では『もう変身できない』のだと、彼は気付いた。
飛び去っていくヘリを見て、ネフィリムの肩の上に座るウェルは微笑む。
計画通り、予想通り。
そんな思考が、彼の表情から透けて見えるかのようだ。
「肉体は立花響に。
精神は小日向未来に殺された。
……さてさて、残るは魂のみ」
肉体、精神、魂を包括してこそ『命』。
この三つのどれが欠けても、それは人間足り得ない。
「最高の舞台を用意して差し上げますよ」
ならば……三つ全てを奪われて、生きていられる人間など、居るのだろうか?
ゼファーは倒れ、病室に運ばれ、精密検査を終えてから一時間の後、目を覚ます。
彼が目覚めた時、彼の隣にはクリスが居た。
交代で彼を看病していた少女達の内、彼が目覚めた時隣に居たのがクリスだったのは、果たして幸運だったのか不幸だったのか。
「! ゼファー、よかった、起きたか! どっか痛いとこないか!?」
「……」
クリスはゼファーが目覚めた途端、沈痛な面持ちだった顔に喜色を浮かべる。
嬉しそうな笑みに心配が混ぜこぜになった表情で、クリスはゼファーに次々と言葉をまくし立てる。
対し、ゼファーは何も言わぬままぼーっとしていた。
「気持ち悪いとことかは!? 調子悪いとことかあるか! 遠慮無く……ゼファー?」
「……」
クリスが何度問いかけようと、ゼファーは何も答えない。何も応えない。何も言わない。
ぼーっと虚空を見続けて、やがて数秒後、ゼファーはクリスの方を向く。
壊れたロボットのようにぎこちなく。泥人形のように非人間的に。
いつだって
そんな彼の目が、彼女を捉えた。
ゼファーはクリスを見て、不思議そうに口を開く。
「君、誰?」
Gにてカ・ディンギル跡地の土壌に残留したエネルギーも喰っていたネフィリムさん、富士レストランに居を構えた模様
ついでに用語集の中にしか出番がなかったネフィルさん、出演内定