戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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短編のような中編が終わったのでこっちもさっさと始めます


第七章 戦姫絶唱シンフォギアG編
第三十四話:天下布武


 

 

 

 

「明日確実に死ぬってわけじゃない。

 ただ、もういつ死んでもおかしくはないんだ、俺。

 だから今日は言葉を尽くしに来た。

 全部説明して、全部納得させて、ミクを泣かせないために」

 

 

 

 

 

第三十四話:天下布武

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きて、ゼファーは強い目眩を覚えた。

 体の感覚がおかしく、三半規管がまるで機能していない。

 それでも、寝ているわけにはいかなかった。これ以上寝ていたら、遅刻してしまう。

 

「……冬は誰だって布団から出たくないもんなあ」

 

 季節は九月末。

 もうほとんど十月のようなものだ。

 気温は低いが、そもそも今のゼファーに気温差はほとんど意味を成さない。

 ゼファーは冷蔵庫から取り出した食材を、適当にかっ食らっていく。

 

「……」

 

 そして、自分の親指が崩れているのを見た。

 まるでポリゴンとテクスチャが一斉に崩れたかのような、不可思議な崩れ方。

 彼の親指は、人間であれば絶対にありえないような壊れ方をしていた。

 

「嫌になるな」

 

 ゼファーは親指を口に入れ、ガリっと親指を食いちぎる。

 そしてゴミ箱にぺっと吐き捨てた。

 親指はほどなく再生能力で生え変わり、今度はまともな形で再生する。

 

 彼は親指が問題なく動くのを確認してから、アパートの自分の部屋を出て、二課に居住地として自分の部屋の隣の部屋を割り当てられた、雪音クリスを起こしに行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クリスが二課に正式に所属するようになると、衣食住をどうするかという問題が出て来た。

 彼女の保護者として名乗りを上げたのは弦十郎。

 子供が大人の後ろ盾を得ないと社会の中で何をするにもやっていけないのは、子供では責任が取りきれず、責任を取る誰かが必要だからだ。

 クリスの生活基盤を、責任者として保護者として、父親代わりに弦十郎は整えていく。

 そんな中、クリスにあてがわれた家は、ゼファーのアパートの隣の部屋だった。

 

 "装者の身辺にこれまで以上に気を付ける"というのは、二課の総意である。

 それは何故か?

 フィーネの立ち位置や、彼女が少しだけ漏らしていった情報から、フィーネと米国が裏で協力関係にあったことが明白だったからだ。

 

 見方を変えれば、フィーネは米国が日本に送り込んだスパイ。

 ゼファー達とフィーネの戦いも、マクロ視点で見れば、日本と米国がそれぞれの手の者をぶつけ合った代理戦争と解釈することもできる。

 かの日の戦いは個人の想いが衝突し合った闘争であったが、そういう側面も無いわけではないのだ。少なくとも、日本政府と米国政府はその緊張を高めていたのだから。

 

 さてそうなると、装者は中々に危険な立ち位置に居る。

 フィーネという内通者が居た以上、米国には装者の情報は全て漏れていると考えた方がいい。

 装者はギアを纏わなければ基本一般人なので、"万が一"の可能性は十分にある。

 根幹の部分で人間を辞めているゼファーとは違うのだ。

 

 響は二課の手が入っているリディアンの寮。

 翼は弦十郎の屋敷。

 それぞれ、居住地及びそこからの移動には二課が最大限に気を使っている。

 

「なら、クリスちゃんはどうすんの?」

 

 そして当然、そういう声が出た。

 候補に上がったのは二つ。

 二課の末端組織が運営しているマンションと、ゼファーも利用しているアパートである。

 最終的にクリスに選択権は委ねられ、彼女は後者を選択した。

 

「あそこより安全な所もないだろう」

 

 クリスの選択に、何人かが声を揃えてそう言った。

 二課のマンションは金がかけられており、金額相応のセキュリティが構築されていた。

 が、あくまで金額相応。米国の特殊部隊が相手では心もとないのも事実。

 デジタルな警備システムより、フィジカルな直感が信頼されたのも、むべなるかな。

 

 加え、ここはそれなりに他所と連携が取りやすかった。

 リディアンの寮までゼファーの足で走って20分、弦十郎宅までゼファーの足で走って15分。

 装者間で連携するならば、この距離は地味にありがたい。

 聖遺物の力を使えば、チーム・ワイルドアームズが集結するのに一分とかかるまい。

 

 と、いうわけで。

 クリスとゼファーは、お隣さんになったのだった。

 

「うっお、さびっ」

 

 そんなクリスは、ゼファーに起こされた後の夕刻に、海沿いの駐車場に立っていた。

 

 今日は風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴのライブ、その当日だった。

 ゼファーはその会場の警備を担当し、クリスや響を始めとする皆もライブを聞きに来る予定だったのだ。

 だが、今朝になって事情が変わった。

 ゼファーが「何かある」と直感で感じ取ったのである。

 彼がそう言えば、全ての構成員が一つの生物のように動き出すのが二課という集団だ。

 

 ライブを中止すると言い出した翼を説得し、ライブに向かわせる。

 クリスはこのタイミングで"聖遺物持ちの人間の意見が聞きたい"と謎の要請を出してきた、深淵の竜宮に単身向かう。

 ゼファーはライブの警備をしつつ、街全域への警戒。

 そして響は臨機応変に動くために本部待機だ。

 

 クリスは深淵の竜宮近くに到着してすぐ、現状を確認するためゼファーに電話をかけていた。

 

『俺の方は異常無しだ。ライブ会場の方も、まだ何も起きてない』

 

「まだとか言うなまだとか。こえーんだよ」

 

 何事もないのが一番だ。

 だが、ここまで来れば卓越した戦闘センスを持つクリスの嗅覚も察知する。

 ……戦場の、臭いがすると。

 

「あたしの方は……先輩のライブをフケてまで、こっち来た甲斐があったかもな」

 

 クリスをここまで連れて来てくれた車の運転手の津山が、電話中のクリスに状況が変化したことを電子パネルで伝える。

 深淵の竜宮の管理者は"聖遺物に精通した人間を呼んで欲しい"くらいのニュアンスで、装者を呼んでいた。

 つまり、クリスが出発した時点で緊急性は無かったのだ。

 

 ところがこのタイミングで"出来る限り早く来て欲しい"と深淵の竜宮側から再度通達が来た。

 敵の襲撃、というには通達の内容が悠長過ぎる。

 しかし緊急性がない、というわけでもなさそうだ。

 

 つまり、"何かが起こっているのは分かるが何が起こっているのか分からない"くらいのニュアンスで、装者が深淵の竜宮に求められているということなのだろう。

 

「なんか知らないが、トラブルが起きてるらしい。向かってみる」

 

『気を付けろよ』

 

「は、誰にもの言ってやがる」

 

 クリスは潜水艦に乗り込み、海の底の魔境……深淵の竜宮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響は本部待機。

 何も無ければ一番楽で、何かがあればいの一番に投入されるポジションだ。

 しかしながら彼女にも多々やることはあり、その一つが、リディアンの教師から出されていた宿題の数々だった。

 友里あおいが通りかかった時、響はデスクにぐでーっと上半身を投げ出して、宿題にノックアウトされていた。

 

「あら、響ちゃん宿題?」

 

「カリキュラム変わって、授業が休みになった分だけレポート課題出てるんですよ……」

 

「あらあら」

 

 リディアン高等科は二課本部(カ・ディンギル)の上に建てられていた学校である。

 つまり、この前のフィーネとの決戦で、リディアンの校舎は完膚なきまでに粉砕されていた。

 だが、ここでリディアンの運営を行っている二課の後ろ盾が光る。

 

 なんと国が特異災害被害に対する人道的支援と称し、各種偽装を執り行った上で、廃校になっていた校舎の一つを買い、リディアンに提供してくれたのである。

 校舎丸ごと一つだ。

 太っ腹にも程がある。

 おかげでリディアンは私立でありながら半分国立という面白い構造となり、学校としてのシステムを信じられない速さで復活させてみせたのであった。

 

 ……が。

 カ・ディンギルの屹立で授業が結構潰れたのは事実である。

 そうなるとすぐに困るのが教師陣であり、将来的に困るのが生徒達だ。

 授業が足りないということは、勉強量が足りないということ。

 当初予定されていた勉強量をこなすことができないということだ。

 これは最悪、最終的に受験や就職にまで響きかねない。

 

 と、いうわけで。

 各教科の先生が打ち合わせをして、時期をずらしつつ、追加の授業やレポートの課題を出すなどの応急処置を行ったのである。

 生徒達からは悲鳴が上がったが、これも愛の鞭。

 甘んじて受け入れてもらおう。

 

 なので、響は本部待機中、二課の大人に助けられる形で課題をやっていたというわけだ。

 

「ほら、そんな格好でそのまま寝ちゃうと髪に変な癖が付いちゃうわよ」

 

「いーです、もう面倒な髪でもないですし」

 

 デスクに突っ伏したせいで、腕に押された響の髪を、あおいは手櫛で丁寧に整える。

 フィーネ戦で自ら引きちぎった髪は、今や短く切り揃えられていた。

 伸ばそうと思えばまた伸ばせるのだろうが、響は活発な印象の短い髪を維持していた。

 あおいは響が髪を長くしていた理由も知らない。

 響が髪を短いままにしている理由も知らない。

 ただ、何か理由はあるんだろうなと、朧気に察してはいた。

 

 あるいは"理由"ではなく、響の中で、何かが決着したからなのかもしれない。

 それが何か、響以外の誰も知ることはないだろうけども。

 

「定時連絡定時連絡っ」

 

 そんなこんなで、響はゼファーに電話をかける。

 

『こちらゼファー。異常無し』

 

「こちら響、異常無しであります!」

 

『大丈夫か? 疲れてないか?』

 

「……任務とは無関係なところで疲れてるかなーって」

 

 いまだ何も起きてはいないが、響は軽い口調と裏腹にその緊張を緩めてはいない。

 彼女は彼と繋がっている。

 ゆえに、彼女はこの世でただ一人、今のゼファーが抱いている心情を理解できているのだ。

 ゼファーの緊張と警戒心は、溢れ出た分だけ響の心に流れ込んで行く。

 

『クリスとの通信頻度と、本部周りの警戒は、緩めないように頼む』

 

「りょーかいっ! こっちはおまかせあれ!」

 

 響はそう言って、彼女と同じように本部で有事に備え待機しているオペレーター達の肩の力を抜き、彼女自身は自覚なく周囲に気合を入れ直させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風鳴翼は、何かが起こりそうな空気――ゼファー達が発しているそれ――を感じながらも、何も出来なかった。そんな自分を歯がゆく感じながらも、翼は目の前のライブに集中する。

 トップアーティストのライブ中止なんてことになれば、どれだけの騒ぎになるか、直接的あるいは間接的にどれだけの損害が出るか、想像もできない。

 今翼がやるべきことは、ライブを完璧な形で終わらせて、ゼファー達の警戒網に加わること。

 

「あなたが風鳴翼?」

 

 そんな翼に、話しかけてきた者が居た。

 

「ミス・マリア……」

 

「そうかしこまらなくてもいいわ。私達、これから一緒にステージに立つんだから」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 今日、翼と共にステージに立つ予定の米国トップアーティストだ。

 音楽界に突如現れ、デビューから二ヶ月ほどで米国チャートの頂点に昇りつめた気鋭の歌姫。

 ミステリアスにして力強い歌声は国境を越え、世界中に熱狂的なファンを多数獲得している。

 そして翼の、"友達の友達"だった。

 

「ゼファーからあなたのことは聞いている。今日は共に頑張ろう」

 

「あら……彼、何か言ってたかしら」

 

「あなたほど奴が褒め言葉だけで語っていた者は居まい。

 女性の理想像の一つとすら言っていた。正直な話、今日会えるのを楽しみにしていたよ」

 

「なんで彼は私の知らないところで私のハードルを上げてるのかしら?」

 

 ゼファーとマリアの距離感は微妙だ。

 F.I.S.に居た時代、ゼファーはマリアの欠点等をついぞ見ることなく、彼女に対してかなり高い評価を下したままだった。

 無論マリアに欠点が無いなんて訳がない。

 ゼファーが大なり小なり幻想を抱いているというだけのことである。

 

「彼は元気?」

 

「ああ、元気だ。ここしばらくは特に精力的に動いているようにみえる」

 

「そう……少しだけ、安心したわ」

 

 ホッとしたような様子のマリアを見て、翼は微笑む。

 

「やはり、話してみないと分からないこともあるな。

 あなたはゼファーの言う通り、とてもいい人のようだ」

 

「だから私のハードルを上げるのはやめてくれないかしら」

 

 翼の中のマリア評価はゼファーのせいでスタートラインから高かったが、直接マリアと言葉を交わしたことで更にガン上がりしていく。

 が、『責任ある立場』や『重要な役割』をやり遂げるだけの能力はあるものの、やり遂げるだけの自信がそんなにないタイプのマリアは、こういうハードル上げにちょっと弱かった。

 

「過大評価だとは思っていない。

 今の"安心した"という言葉には、相応の優しさがあったと、私は思う」

 

「……そうやって簡単に人を信じると、痛い目見るわよ」

 

 翼の真っ直ぐな目に何を感じたのか、マリアはその表情を少しだけ曇らせて、目を逸らす。

 

「私はあなた達が思ってるほど、"いい人"じゃないわ」

 

 翼がその表情に疑問を持ち、マリアに問いかけようとするが、そこで談笑の時間は終わってしまう。緒川が、ライブ開始の時間が来たことを二人に知らせに来たのだ。

 

「お二人とも! 時間です、移動して下さい!」

 

 翼とマリアは表情と心の持ちようを一瞬で切り替え、一個人としての自分を歌姫としての自分へと変じさせる。

 

「行こうか、ミス・マリア」

 

「ええ。世界最高のステージの幕を上げましょう」

 

 二人はステージに続く道を歩きながら、一言二言、最後に言葉を交わす。

 

「ゼファーは、あなたを誇れる友人だと言っていた」

 

「……ええ、そうね。私も、ゼファー・ウィンチェスターを誇れる友人だと思っているわ」

 

 この言葉に嘘はない。翼は、そう確信した。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、ゼファー・ウィンチェスターを大切に想っている。

 彼に害をなそうなどとはまず思わないだろうと、翼は思った。

 言葉を交わしたからこそ、翼はマリアを信じられた。

 

 マリアがいい人であることと、マリアが無害であることに、何の因果関係もないことにすら気付かぬままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問わなければならない。

 ゼファーは、そう考えていた。

 

「よ、久しぶり」

 

「お久しぶりデース!」

 

「や」

 

 会場を見回る過程の最中、ゼファーは切歌と調の二人と再会した。

 マリアの付き添いで日本に来ると連絡があった切歌と調を見つけ、ゼファーは会場内に人が集中した結果、人が誰も居なくなった会場近くの広場に二人を招いていた。

 

「元気そうで何よりだ」

 

「そっちもね」

 

「あたしは元気が取り柄デスから!」

 

 ベンチに二人を座らせて、ゼファーは自動販売機で暖かい飲み物を買って来る。

 時刻は夜。この季節の夜の寒さを感じたゼファーが、二人に気を遣った形だ。

 二人からのありがとうを受け取って、彼は世間話を始める。

 

「―――で、ご飯にザバッーっとかけちゃって! 何やってんデス!? と驚いたんデスよ!」

 

「それは俺も驚くだろうな……」

 

 その間もゼファーは警戒を続けていたが、それを表には出さないようにしていた。

 こういった偽装――仮面――は、彼の得意とするところである。

 ゼファー、切歌、調の三人は、ライブ会場からの歌をBGMに聞きながら旧交を温める。

 

「―――も元気。ゼファーに会いたがってた」

 

「そっか。皆も元気にやってるんだな」

 

 切歌の口からは、彼女の日々の楽しい思い出や、彼女と彼女の周りの近況が聞けた。

 調の口からは、F.I.S.の子供達や大人達の近況が聞けた。

 マリアも、切歌も、調も、他の子供達も、ナスターシャやウェルなどの施設の研究者達も、もうずっと会っていない。されどそれでも、ゼファーには思い出深い者達だ。

 彼らに対しゼファーは今でも、大きな親しみと信頼と仲間意識を持っている。

 

「ウェル博士が―――」

 

「マムが―――」

 

 切歌と調の口から話を聞くたびに、彼の脳裏に昔の思い出が蘇る。

 昔抱いていた好意、信頼、仲間意識、友情、愛情が当時のままにぶり返してくる。

 信じたいと、ゼファーの心が言った。

 確かめなければならないと、ゼファーの魂が言った。

 問わなければならないと、ゼファーは考えていた。

 

「そうだ、聞かなくちゃいけないことがあったんだった。なあ、キリカ、シラベ」

 

 二年前、ゼファーは絶望の中、切歌と調に助けられた。

 だからこそ生まれる疑問がある。

 何故ならば、この二人はマリアと共に、フィーネがゼファーと再会させたがために――

 

「お前ら、フィーネとはどういう関係だ?」

 

 ――フィーネの仲間である疑いが、かかっていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ会場は大盛り上がりだ。

 特別な席を割り当てられた小日向未来、板場弓美、安藤創世、寺島詩織もライブ会場に来ており――本来ならここに響とクリスも居るはずだった――、未来以外は楽しそうにしている。

 ただ、未来だけは心ここにあらずといった様子だった。

 

「ヒナ、大丈夫?」

 

「え?」

 

「小日向さん、お仕事で居なくなってしまった立花さん達のことが気になっているのですか?」

 

「あ、いや、その……」

 

 創世と詩織が未来の様子に気付いて話しかけるも、未来は要領を得た返事を返さない。

 

「どしたの? なんか一週間くらい悩んでるけど」

 

 弓美は未来ほど他人の感情の機微に敏い少女ではないが、それでもここ一週間の未来の様子がおかしいことくらいは分かる。

 心ここにあらずな様子であったことは一度や二度ではなく、時折どこかから借りてきたらしい資料や本を真剣に読み耽っていたこともあり、何かを必死に考えていたこともあった。

 

「そりゃー、アニメと違って現実の悩みは相談しても大抵解決しないけどさ。

 相談しないよりかは相談した方が、ずっと解決する可能性は高い気がしない?」

 

「……そうだね」

 

 未来は曖昧に笑って、ライブ会場の方を見る。

 皆笑っていた。

 ライブ会場で翼とマリアの二人の歌姫の歌を聞き、誰もが笑顔だった。

 

(世の中、力で解決する問題だけだったら、相談して解決する問題だけだったら……

 本当に、楽なのに。きっと誰も悩まないのに。きっと誰も、泣かなくて済むのに……)

 

 皆が笑っていても、未来は今の自分が、心から笑える気がしなかった。

 

(本当に、泣くことも、怒ることもさせてくれないんだから……)

 

 ゼファーに言葉を尽くされて、結局未来は怒りも泣きもしていない。

 ただ、その心の奥には、言葉に出来ない決意が固まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィーネのバックアップを行っていた国・組織が居たということは確定情報であり、第二次ヴァーミリオン・ディザスターの時、フィーネ一人しか倒せていないということもまた周知の事実。

 二課はずっと警戒していた。

 フィーネの仲間、フィーネの一味の残党の存在を、ずっと警戒していたのだ。

 

 そこで真っ先に候補に上がったのが、ゼファーの記憶に残る『彼女ら』の存在だった。

 ゼファーはF.I.S.の全貌こそ知らなかったが、セレナがシンフォギアを持っていたことは知っていた。

 ゼファーはマリア達の現状を彼女らの口から聞いた内容以外何も知らなかったが、彼女らがフィーネと何らかの繋がりがあることは知っていた。

 そして、彼女らが悪人でないことも知っていた。

 

 だからこそ、奇襲で問答無用で取り押さえることも出来たというのに、こうして問うている。

 

「答えてくれ。俺は……仲間を、友達を、信じたいんだ」

 

 切歌が何か弁明をしようとする様子を見せるが、そんな彼女を調が手で制して、口を開く。

 引け目もない、躊躇いもない、ただ決意だけが在る目で、調はゼファーの目を真っ直ぐに見る。

 

「その前に、一つだけ聞かせて」

 

 まるで、戦争が始まる前の最後通告のような重さで、調は言葉を口にする。

 

「戦いを辞める気はない?」

 

 彼女はゼファーという人物を知った上で、そんな問いかけを投げかける。

 

「別に、あなたの代わりが居ないわけじゃない。

 強い人ならあなたの代わりくらい務まる。

 見ず知らずの人を助ける理由なんて無いでしょ? なら、辞めたっていいはず」

 

 調の問いかけに、ゼファーは無言で首を横に振った。

 揺るぎない意志で『自分の生き方』を貫いているゼファーに、調は目を細める。

 

「いつまで戦うの?」

 

「死ぬまで、かもな」

 

 ゼファーは理解した。調は、自分のことを知っているのだと。

 調は理解した。ゼファーは、自身のことを知っているのだと。

 調が言葉を続けようとするが、そこでぱちぱちと手を叩く音が響き、調&切歌とゼファーの間に割って入ってくる。

 手を叩く音が響いて来た方向を三人が同時に見やれば、そこには一人の男性が居た。

 

「かっこいいですねえ」

 

 整った容姿。

 されどその魅力を全て台無しにする見下す目付き、小馬鹿にするような笑み。

 ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス博士が、そこに立っていた。

 

「Dr.ウェル……?」

 

「はいはい、僕がウェル博士ですよ」

 

 ウェルが調と切歌に目で何かを促すと、二人の表情が苦々しいものへと変わる。

 相も変わらず、ウェル博士は子供達に心底嫌われているようだ。

 それも当然だ。F.I.S.に居た人間の中で、Dr.ウェルに対し好意を抱いた人間など、ゼファー・ウィンチェスターただ一人しか居ない。

 

「いやはや、再会を喜ぶというのもありなのでしょうが……」

 

 ウェル博士は、まごうことなきクズだ。

 いいところもあるにはあるが、周囲の人間が皆口を揃えてクズと評する人間だ。

 そんな彼が、ひとたび口を開いてしまえば……

 

「でもやっぱり、ゼファー君の模造品とそういうことをするというのも、何か違いますよねえ」

 

「―――」

 

 誰がどう穏便に物事を進めようとしていても。

 優しさ、気遣い、慎重さを旨として話を進めようとしていても。

 人は傷付き、地雷は起爆し、穏便な流れは崩れ去る。

 

「君はゼファー君の複製品であって、ゼファー君じゃない。

 本物のゼファー・ウィンチェスターはあの日、僕らを守って死んだんですから」

 

 "ゼファー"の息が詰まる。

 ああ、そうだ。

 今ここに居るゼファーが本物か偽物かなんて、人各々がそれぞれ信じる真実がある。

 

 だけど、一つだけ確かなこともある。

 ゼファー・ウィンチェスターはあの日、F.I.S.の皆を守るために、何の力も持っていなかったのにネフィリムに単身挑み、最後に『アガートラーム』に殺されたのだ。

 そしてその命と引き換えに、F.I.S.の仲間達を守ったのだ。

 

「君は本物のゼファー君を殺して成り代わった偽物でした。

 危ない危ない、つい間違えてしまいましたよ。本物のゼファー君に失礼でしたね」

 

 ゼファーは胸を抑えて、一歩後ずさる。

 

「キリカも、シラベも、俺を偽物だと思うのか」

 

 暁切歌は何も答えない。

 月読調は何も答えない。

 

「……っ!」

 

 昔のゼファーであれば、ここで心折れかけたかもしれない。

 しかし、今の彼は違う。

 数多くの試練を超えて、ゼファーの心もまた鋼の域にある。

 歯を食いしばれば、ただそれだけで、彼は立てる。立ち続けられる。

 

「それじゃ、やっちゃってくださいな。お二人さん」

 

 だからこそ、そんな彼を、ウェル博士は物理的に折りに行った。

 

夜を引き裂く曙光のごとく(Zeios igalima raizen tron)

 

純心は突き立つ牙となり(Various shul shagana tron)

 

 暁切歌が、月読調が、口にした聖詠にて『変わる』。

 

 切歌は、どこかお伽噺の魔女を思わせる姿へと変わっていた。

 されど体の各所に付いた鋭い装甲パーツが、どこか物騒な印象を拭わせない。

 一部にあしらわれた縞模様といい、物騒さの中に可愛らしさが見えるデザインだ。

 緑が好きだった彼女の嗜好とマッチして、その姿の基本カラーもまた緑。

 

 調は、切歌とは違い機能性を重視した姿へと変わっていた。

 足を覆う機械的なブーツは、調の身長をそれなりに底上げしており、彼女の密かな低身長へのコンプレックスが分かる人には分かるようになっていた。

 調の外見的特徴の一つであるツインテールは、ヘッドギアの延長として形成された頭部多機能ユニットに、すっぽり包まれている。

 胸の辺りまで下ろせる長さのツインテールは、今や膝辺りまで届く武装ユニットと化していた。

 薄赤紫が好きだった彼女の嗜好とマッチして、その姿の基本カラーもまた薄赤紫。

 

「……シン、フォギア……!」

 

 信じていた。今でも信じたい。

 そう思うも、ゼファーはシンフォギアを纏って襲い掛かってくる二人の友を前にして、戦わないという選択肢を選べなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深淵の竜宮にて、クリスもまたギアを纏い通信機に向かって叫ぶ。

 

「……ああ、なるほどな。そりゃあ、パンピーには訳が分からなくて当然か……!」

 

 深淵の竜宮は今や、かつてクリス・アースガルズ・ディアブロが侵入してきた時よりも、遥かに凄惨に破壊されてしまっている。

 

「おい本部! ゼファー達に伝えろ!」

 

 大きな影が見えた瞬間、クリスはここが深海だということも忘れてミサイルをぶっ放す。

 だが、ミサイルは"爆発すらしなかった"。

 敵が何かをしてミサイルを封じたのを見て、クリスは再度援軍を要請する。

 

「深淵の竜宮、敵襲だッ!」

 

 

 

 

 

 二課本部がある場所へと、何かが迫る。

 それが砲弾であると認識できた者は居なかった。

 それが地下深くの二課本部・記憶の遺跡を破壊する威力があると、認識できた者は居なかった。

 しかし、それを弾いた者は居た。

 

「てええええええいッ!!」

 

 立花響が、それを下から全力で叩く。

 砲弾は彼女の全力によって轟音と共に弾かれ、地平線の向こうの海へと落ちていく。

 規模もタイミングも回避不可能だった狙撃は、立花響の手により防御可能の息まで引きずり降ろされ、その拳に防がれるのであった。

 

 ゼファーと響は、有事には一心同体なのではないかと思わせるシンクロを見せる。

 二人の心はいつとて繋がっている。

 ゆえにかゼファーは、直感的に響の危機を感じ取り、彼の心から溢れた危機感が流れ込んで来たことで響もまた出撃し、砲弾の迎撃に成功したのである。

 はたから見れば、信じられない域にあるコンビネーションだった。

 

「つっ……!」

 

 しかし、信じられない光景は続く。

 砲弾を弾いた右腕に走る痛みを感じ、響が己の右腕を見れば、そこには完全に粉砕された腕部武装ユニットがあった。

 たった一撃でこの有り様。この右腕は、二回目の防御には使えないだろう。

 二回目の狙撃が来れば、左腕の腕部武装ユニットが砕かれるのも間違いない。

 三回目の狙撃が来れば、その時点で詰みだ。

 

 地平線の向こうの海で、遠方からでも見えるほどの大爆発を起こした砲弾を見て、響は背筋に冷や汗が流れるのを感じる。

 

「敵襲……でも、どこから!?」

 

 敵の姿が、そもそも見えない。そんな状況が、彼女の心に一抹の恐怖を湧き上がらせていた。

 

 

 

 

 

 ライブ会場も、大盛況の内に終わりを迎えようとしていた。

 風鳴翼、マリア・カデンツァヴナ・イヴの二人の歌姫。

 二人の歌は共鳴し、高め合い、観客の合いの手なども巻き込んで、会場に響き渡っていく。

 

(心地良い……いや、それ以上に懐かしい……)

 

 マリアと共に歌う翼は、どこか懐かしい気持ちになっていた。

 

(奏……)

 

 何故か、マリアとのライブは、翼に奏と共にライブをしていた時のことを思い返させる。

 マリアの年下の少女に対する対応が、奏のそれと似ていたからだろうか。

 翼とマリアの歌が産むハーモニーが、翼と奏のそれと似ていたからだろうか。

 観客の盛り上がり方に、歌に力が漲る感覚に、二年前のあの日を思い出したからだろうか。

 

 なんにせよ、翼は二年前に奏に感じたものに似たものを、マリアの中にも感じていた。

 いわゆる、相性の良さというやつだろう。

 今となっては年下を先輩として導くことも多くなったが、元来翼は頼りになる年上に甘えることも多かった。翼は奏だけでなく、マリアとも相性が良いのかもしれない。

 

 歌い終えて、翼は二年前のライブが完全に成功したらこうだったのかなと、ふと思う。

 そしてゼファーが"いい人"だとマリアを評していたこと、自分の感覚もまたマリアを"いい人"だと感じたことを重ねて、マリアに対する評価を固める。

 

「ありがとうね、風鳴翼」

 

「いや、ミス・マリアのおかげだ。貴女の言う通り、今日は世界最高のステージになった」

 

「そっちじゃないわ。元より、私の目的はそこになかった」

 

 翼はマリアの言葉に首を傾げるが、彼女は後日、思い知ることになる。

 

「これで、基底状態にあったネフィリムを再起動するだけのフォニックゲインは集まった」

 

「……え?」

 

 このライブの最中、"二年前のライブ"のことを何度も思い出したのは、偶然ではなかったと。

 

 

 

硝子の虹を浮かべた砂の上(An dingir Glumzamber tron)

 

 

 

 聖詠、と翼が叫ぶ前に観客の前でマリアの服が替わり、その上に鎧が重なる。

 マリアが纏った鎧は、ガングニールとどこか似た"槍の鎧"。

 シンフォギアらしいデザインでありながら、四肢やヘッドギアを始めとする各所の控えめな装飾には、暗色の七色がカラーリングとして使われている。

 背に付けられたマントは、綺麗なアガート・カラーにて彩られていた。

 

「シンフォギア!? いや、これはただのシンフォギアでは……」

 

 翼の驚愕を置いてけぼりに、マリアはその手を空に掲げる。

 するとその手より暗色の虹が放たれ、暗色の虹は"自らの存在"を目にした観客の全てを、ヘビに睨まれたカエルのように竦み上げさせた。

 あの脅威を、翼が見間違えるはずがない。

 こんな短期間で忘れるはずもない。

 あれは、『ネガティブ・レインボウ』だ。

 

「今の、聖詠……! この虹……まさか……! グラムザンバーのシンフォギア……!?」

 

「大当たりよ、風鳴翼さん」

 

 翼は即座に自分のシンフォギアを起動させ、天羽々斬を身に纏おうとする。

 だが、翼が口を開いてから聖詠を口にするまでのほんの一瞬。その一瞬をマリアは狙い撃ち、抜き撃ち気味に翼のペンダントのチェーンを切断する。

 翼はネガティブ・レインボウの精密射撃に指一本動かすことすらできぬまま、自分のペンダントが地に落ちる音を聞いた。

 

「動かないで。ここからは私とあなたのステージではなく、私だけのステージよ」

 

 観客達の視線が、世界中に映像を配信するカメラが、一斉にマリアの方を向く。

 

 

 

 

 

 響が出撃した後の二課本部も、かなり慌ただしかった。

 

「雪音クリスから再三の援軍要請!」

「響ちゃんの装甲状態が危険域です! 一旦引かせないと!」

「……ゼファー君からの定時連絡予定時間が、五分オーバーしてます。司令!」

 

 何かが起きているのは分かる。

 だが何が起きているのか、正確なところが分からない。

 そんなあやふやな危機を前にして、二課は最適な対応を取りきれずにいた。

 

「クリス君には最悪撤退も許可すると言え! あそこなら人的被害は出ないんだ!

 オペレーターはフルで響君のバックアップを!

 ゼファーならそう簡単にはくたばらん! いつでもあいつからの通信が繋がるようにしておけ!

 緒川! 現場はどうなってる! 会場のカメラの電源はまだ切れないのか!」

 

『できません! ハッキングでシステムを完全に乗っ取られています! 避難の方も―――』

 

 ライブ会場の映像は世界中に中継されている。

 二課は会場の皆の避難誘導、システムの掌握、映像中継の阻止、チーム・ワイルドアームズの援護とあの手この手を尽くしていたが、そのことごとくが失敗に終わっていた。

 

(こいつは間違いなく……外部から組織だった妨害をされているッ!)

 

 カードゲームでガチガチの対策を取られた時と同じように、二課は何をしようとしても何もできないまま、敵に完全に主導権を握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追い詰められ、危機を押し付けられ、敵の姿も見えないまま敗色濃厚になっていく仲間達。

 それでも彼ら彼女らは心のどこかで、必死に頑張ればどうにかなると思っていた。

 ゼファーなら、どうにかしてくれると信じていた。

 あの男なら、心一つでどんな強敵相手にも食らいついていくあの青年なら、どんな時でも諦めず勝機を掴み取る彼なら、きっと……そう、皆無意識の内に考えていた。

 

 そして、彼は事実強かった。

 

「しッ!」

 

「きゃっ!?」

「調っ!」

 

 ナイトブレイザーは、強かった。

 彼は自らへかかる負荷を考えなければ、天羽々斬よりも速く、ガングニールよりも力強く、イチイバルに次ぐ広域殲滅能力を持つ。

 そして暁切歌と月読調は、一人一人の力だけで言えば、二課装者の誰よりも弱かった。

 

 調にトドメを刺す寸前まで行ったゼファーの前に、切歌が割って入って来る。

 切歌が手にしていたのは大鎌のアームドギアであり、彼女はそれを全力で振り下ろした。

 しかしナイトブレイザーは鎌の柄に肘打ちを打ち込み、鎌を止めてからノータイムで肘を返して切歌の首を手刀で狙う。

 

「!?」

 

 切歌は肩の多機能ユニットをブースターとして使用、全力で後ろに"飛ぶ"ことで回避するが、一瞬遅れていればここで仕留められていただろう。

 

(肘打ちで鎌を止めて、そのまま手刀を首筋に打ってきた……!?

 どういう眼と反射神経、プラス技量とクソ度胸を持ってるんだっての!)

 

 切歌はそのまま、距離を取っていた調と合流。

 二人は交互に隙なく攻める方針を一旦やめて、二人同時攻撃を仕掛ける。

 

 調は両手にヨーヨー型のアームドギアを形成。

 ゼファーの全身に巻きつけるように発射して、ヨーヨーの先端を地面に突き刺し固定する。

 同時に切歌も両肩の多機能ユニットから、ワイヤーアンカーに似た鎖鎌を発射。

 八本の刃を繋ぐ鎖にて、ゼファーの全身をキツく縛って刃の先端を地面に突き刺し固定する。

 ゼファーは二人のアームドギアによって全身をガチガチに縛られ、身動きが取れなくなってしまった。

 

 ……かに、見えた。

 しかしゼファーはノータイムで全身からネガティブフレアを放出し、調と切歌が生成した縛鎖の全てを一瞬で焼き尽くす。

 自分達が力を合わせて放った捕縛技をゴミのように蹴散らし、焔を纏ってゆったりと迫り来る黒騎士を見て、切歌は軽く身震いした。

 

「……こえーデス」

 

「しっかりして、きりちゃん」

 

「分かってるデス!」

 

 二人は前衛後衛で役割分担し、再度ナイトブレイザーへと襲いかかる。

 調が脚部ローラーを走らせて距離を取りつつ、頭部多機能ユニットを起動する。

 ツインテールの周囲に機械的なユニットが取り付けられた形のそれが、小型の丸鋸(ディスクソー)を数十個発射した。

 

「合わせて!」

 

「デェス!」

 

 丸鋸はあまりにも速く、あまりにも一つ一つの発射精度が正確で、あまりにも多い。

 されどナイトブレイザーはそれらに一種異様なまでに完璧な回避行動を行い、かすりもせずに全弾回避する。

 そこで一気に接近して行ったのが切歌だ。

 切歌は肩のブースターを吹かして一気に距離を詰め、鎌を振るう。

 調の丸鋸を回避した直後で、回避も防御も間に合わないゼファーに鎌が迫る。

 

「っ!?」

 

 しかしゼファーは冷静に、手の中にナイトフェンサーを顕現。

 光熱の刃を4mほどまで伸ばしてから手首を返し、手首のスナップだけでナイトフェンサーを振るい、切歌の鎌の柄をいともたやすく両断した。

 切歌は自分が持っていた柄から鎌の刃が落ちるのを見て、思わず足を止める。

 このままでは前に出ている彼女がやられる。そう考えた調は前に出て、小型の丸鋸を発射していた頭部多機能ユニットの先端に大型丸鋸を形成、ナイトブレイザーに斬りかかる。

 

「遅い」

 

「嘘!?」

 

 芝刈り機の刃を何十倍にも巨大化させたような、調の回転する大丸鋸。

 否、"回転していた"大丸鋸。

 それを止めたのは、ナイトフェンサーを手放したナイトブレイザーの指だった。

 ゼファーはなんと、調の高速回転する大丸鋸に"五本の指を突き刺し"、掴むように止めたのだ。

 

 恐るべき肉体強度、握力、スピードによって成されたそれにより、調は致命的な隙を晒してしまう。切歌は既に至近距離から離脱したものの、調は頭部多機能ユニットに連結した大丸鋸を掴まれたままだ。そこに、ゼファーの前蹴りが迫る。

 

「ッ!」

 

 調は咄嗟の判断で、大丸鋸を動かすためのマシンアームを使い、自分の体を上方に跳ね上げる。

 ゼファーの前蹴りは命中した空気を弾けさせたが、調には当たらなかった。

 ナイトブレイザーの蹴りが生んだ音を聞き、調は当たったら痛いでは済まなそうだと冷や汗をかきながら、大丸鋸をパージして後方にヨーヨーのアームドギアを投げる。

 投げた先には、切歌が居た。

 切歌は調のヨーヨーをキャッチして引っ張り、調はヨーヨーの糸を巻き上げ、ゼファーにも追撃されない速度で離脱する。

 

 また距離が開いて、仕切り直しだ。

 

「成程、だいたい分かった」

 

 そしてゼファーは、切歌と調に対する戦力評価を終える。

 

 調は一撃の重さが無い代わりに、手数の多さで攻めるタイプ。

 翼のように速く重い斬撃も放てず、響のように力強く叩きつける力もなく、クリスのような火力もないため、刃を速く回して擬似的に斬撃力を得ているタイプなのだろう。

 斧で大木が切れない非力な人でも、チェーンソーであれば大木が切れるのと同じ理屈だ。

 頭部のユニットは飛行・高軌道・遠距離攻撃・近距離攻撃と多種多様なモードに変化し、脚部はローラー状でなめらかな移動を可能としている。

 そして両手にはヨーヨーのアームドギア。対応力と汎用性が高そうな布陣だ。

 

 切歌は逆に隙が多いが、一撃の重さは翼のそれと比べてもそう差はない。

 武装も肩の多機能ユニット、手にした大鎌の二種類のみ。シンプルだが、中々に強かった。

 肩の多機能ユニットの能力はワイヤーアンカーに似た鎖鎌の操作と射出、移動能力としてのブースターのみ。

 調の対応力と汎用性の高さに対し、切歌は全体的に突破力を重視したスタイルに見える。

 

 そしてそれ以上に気になるのが、この二人が息を合わせて歌うことで、二人の力が高まっていっているという点だ。

 この二人は、常時コンビネーションアーツを発動させているに等しい状態にある。

 

(シュルシャガナ、イガリマ……

 あれは、ザババの両刃。相互に力を高め合ってもおかしくないか)

 

 が、アガートラームの知識を身に付けつつあるゼファーが見れば一目瞭然だ。

 二人のギアに使われている聖遺物・紅刃シュルシャガナと碧刃イガリマは、先史の時代にザババが使っていた、互いの力を天井知らずに高め合っていく機能を持った聖遺物である。

 シンフォギアに加工された後も、その機能は弱体化してはいるがきちんと稼働していた。

 

 調と切歌は、共に戦う限り互いの力を徐々に高め合っていく。

 更に調に足りないものを切歌が補い、切歌に足りないものを調が補う、二人のコンビネーションも限りなく完璧に近い。

 それでもなお、セカンド・イグニッションを終えたナイトブレイザーには届かないが。

 

(とはいえ、分析は終わりだ)

 

 ゼファーは空を跳ね、空中から二人を攻めた。

 調は空を飛べるが、空を飛んでいる最中はロクな攻撃ができない。切歌はそもそも飛べない。

 よって、一方的な攻撃が繰り返されることになる。

 

「くっ!」

 

 ゼファーは戦いの中で二人の能力を片っ端から引き出し、二人の正確な戦闘力を分析し終えた。

 そしてどう攻めれば無傷で鎮圧できるかというラインを見切り、今こうして、二人をほぼ無傷で無力化するための道筋を組み立てている。

 あと数分もすれば、調と切歌は気を失って縛り上げられていることだろう。

 

 いくらゼファーがシンフォギア相手に弱点を抱えているといっても、その弱点を知らない二人相手にはそこまでの不利は付かない。

 歴戦の戦士であるナイトブレイザーは、強い。

 相手を選べば、ゴーレム相手に単騎で喰らい付くこともできるだろう。

 切歌と調のコンビも強いが、相手が悪かった。

 

「ギアを解除し、ペンダントを渡して投降しろ。二人共悪いようにはしない」

 

 少女二人は、このまま戦い続ければ自分達が確実に負けることを察していた。

 

「……きりちゃん」

 

「分かってるデスよ」

 

 だからこそ、温存していた切り札を、ここで切った。

 

「まだ、私達の勝負は」

「ここからデスッ!」

 

「二人とも、何を……」

 

 二人は胸元のペンダントに手を伸ばし――

 

 

 

「「イグナイトモジュール―――抜剣ッ!」」

 

 

 

 ――"ゼファーの知らない力"を、解き放った。

 

「!? な、あッ……!?」

 

 二人の姿が変わり、力が変わり、歌声が変わり、フォニックゲインが溢れ出す。

 

《《                》》

《 Edge Works of Goddess ZABABA 》

《《                》》

 

 二人の力が重なれば、その力の大きさは、ゼファーのそれをゆうに超えていて。

 『イグナイト』と呼ばれた力で声にエフェクトをかけた二人の歌が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブ会場に、十字架が吊るされる。

 観客の中から悲鳴が上がり、絶望が観客席に広がっていく。

 翼も目を見開き、目の前の光景に驚愕の声を漏らした。

 

「ナイト、ブレイザー……」

 

 気絶すれば変身は解除されるはずだが、何故かぐったりとして動かないままに、ナイトブレイザーは十字架に磔にされていた。

 十字架を持って来た二人の少女が、マリアの左右に並び立つ。

 そして驚愕する翼の前で、ステージの上に敵の戦力が続々と揃っていく。

 

「な……なんなんだ、これは……!?」

 

 マリアの右後ろに、赤と闇のゴーレムが立つ。

 ゴーレムの名は『セト』。

 総合戦闘力ではアースガルズの上を行く、殲滅力に特化した火力機体。

 

 マリアの左後ろに、紫と光のゴーレムが立つ。

 ゴーレムの名は『ルシファア』。

 あらゆる点でセトを上回り、あらゆる点で全てのゴーレムを凌駕する、あらゆる点に特化された「完全無欠」「最強」の称号が最も似合う、光速戦闘者。

 

 その後ろに立つは、行方の知れなかった三体のゴーレムだ。

 『海を征く者・リヴァイアサン』。

 伝承に語られる、"世界で最も恐ろしい怪物"の名を関したゴーレム。

 『魔弾の射手・バルバトス』。

 先史の時代、今はアンドロメダ星雲と呼ばれている場所にまで狙撃を成功させた機体。

 『氷の女王・リリティア』。

 かつて性能リミッターがかけられていた状態で、ゼファー達を追い詰めた程の機械人形。

 

 そして、結局誰もネガティブ・レインボウを攻略することができないままだった最強の槍―――魔槍・グラムザンバー。

 

 最上位二体を含めた、五体のゴーレム。

 イグナイト・シンフォギアの装者が二人。

 グラムザンバー・シンフォギアの装者まで居る。

 そしておそらく、彼女らの言葉から推測するに戦力はこれだけでなく、まだあるはずだ。

 

「私達は『ブランクイーゼル』!

 この世界に痛みと、終わりと、変革をもたらす者達!

 そしてこの世界に平和と、救済と、未来をもたらす者達だ!」

 

 マリアは目の前の翼には目もくれず、世界中に中継が繋がっているカメラに向けて、世界中の人々に向けて、言葉を紡ぐ。

 

「私たちは世界に命じる!

 今この瞬間から、個人の闘争、国家同士の戦争の一切を禁じる!

 禁じられた争いを行おうとしたならば、我々は即座に個人国家問わずに制裁を加える!」

 

 世界に向けて、マリアは有史以来誰も成し遂げられなかった理想の形を口にする。

 

「人類の闘争の歴史は、今日ここに終わりを迎える! これは要求ではない、命令である!」

 

 多くの者が気付いただろう。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは、この口上を嘘やハッタリで口にしているのではなく、本当に"実行に移す"ことも躊躇わないのだ、と。

 そして実行に移せるだけの準備があるのだと。

 

(世界を敵に回しての口上……これではまるで、宣戦布告のようではないか―――!?)

 

 それは一種、世界征服を宣言する宣戦布告にも似た、大口上だった。

 

「従わなければ、誰もがこうなる」

 

 マリアが手の中にアームドギアを生成、空に向かってネガティブ・レインボウを放つと、誰もが息を呑み、絶句する。言葉を発する余裕すら失ってしまう。

 空の星が、夜空から消えた。

 日本の上にある夜空も、地球の裏側にある夜空も、全てがその色を失った。

 一瞬夜空に暗黒が生まれた後、約一秒後に月の姿が見え始める。

 地球の裏側では空から太陽が消え、約8分20秒後に太陽がまた見えるようになった。

 

 人々が大パニックに陥ったこの約10分間で、マリアは自分の力を世界の全てに知らしめる。

 単純な話だ。

 

 マリアは遠くの星から地球にまで飛んで来ていた星の光を、一つ残らずネガティブ・レインボウで消し去って、地球に届く星の光のことごとくを消滅させてみせたのである。

 

 地球人類が一丸とならなければ、これを個人や国家に向けて撃つと、そう暗に言いながら。

 

「このグラムザンバー、ゴーレム、異端技術の智をもって、逆らうものは粛清しよう。

 たとえ、それが正義を掲げる者であっても! 正しいものであったとしても!

 我々は我々の命令に従わない者を虐げるという悪を成そう! でなければ、未来は残らない!」

 

 マリアは夜空に向けた槍を一度ナイトブレイザーに向け、次に夜空の月へと向ける。

 

「空を見上げよ! あの月に、人類の全ての力を結集せねばならない敵が居る!

 いつでも人類を滅ぼすことが出来る力を持ち、人間を見下し、手の平の上で弄ぶ魔神が居る!

 ヴァーミリオン・ディザスターの原因が、そこに居る!

 地球を滅ぼしてなお余りある力を持つ悪意の塊がそこに居る!

 何万年もの時をかけて作り上げられたその封印も、長くは持たない!」

 

 彼女は我欲で人類の闘争を禁止したわけではない。

 歴史上、良くある話だ。

 『外敵に抗うためのクーデター』。

 『内患を排除するための内戦、勢力の統一』。

 『その果ての勝利』。

 マリアとその一味はただ、それを地球規模で行おうとしているだけのこと。

 

「奴が完全に復活すれば、その時こそ世界は終わる!」

 

 マリアの号令に合わせ、ハッキングされた世界中の国家や研究機関の機械端末へとロードブレイザーのデータが送られ、真の敵の脅威を伝える。

 

「人類よ、一丸となって、生きるためにかの魔神に抗えッ!」

 

 人類の統一が先か、人類の滅亡が先か。

 

「かの魔神を打倒せよッ!」

 

 それはまだ、誰にも分からない。

 

「焔の災厄、『ロードブレイザー』を!」

 

 "全ての生命の天敵"である存在と戦うという、人類の宿命。

 

 人が"それ"から逃げられないことを自覚したところから、彼らの物語は再び動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、始めよう。

 ここより先に用意されているのは終わりだけ。

 誰もが語る英雄譚は、英雄が自らの存在意義を消し、英雄が死に至り、初めて終わる。

 

 これは、英雄が友に殺される物語。

 

 

 




 


ソロモンの杖及び汎用性のあるシンフォギア一つをF.I.S.組から取り上げ難易度を引き下げました

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