戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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六章エピローグ

 戦いの終わりは、世界に冷めやらぬ興奮をもたらした。

 世界を終わらせうる焔、それを砕いた騎士の流星は、世界に良くも悪くも大きな影響を与えていた。ニュースや匿名掲示板が、回線を落とす寸前までそれを語り合っていたくらいに。

 新聞の大見出しなど、今回の一件を載せていないものなど一つもなかったほどだ。

 

 今回の件で世界中に"ネガティブフレア"の存在が観測されたことで、その特性と恐ろしさも世界中に知らしめられることとなった。

 原因不明の大災厄ヴァーミリオン・ディザスターをネガティブフレアが起こしたということも、今回の一件で多くの研究者が気付いただろう。

 世界は今、変革の中にある。

 誰もが、何かが変わる予感を感じ取っていた。

 

「口止めは滞りなく終わったか?」

 

「はい。全員に同意していただきました」

 

「あのシェルターの全員が協力的だったことは、不幸中の幸いだったな」

 

 弦十郎が緒川に確認を取り、緒川が"今回の一件について絶対に口外しない"、"口外した場合罰則を受ける"といった約束事に皆がサインした書類を、弦十郎に手渡していく。

 そのお陰で、装者やナイトブレイザーの正体はまだ世間に知られては居ない。

 だが、時間の問題だろう。

 人の口に戸は立てられない。

 今はまだ人々の善意で隠されてはいるものの、元より隠し通せるものでもないのだ。

 顔がデフォルトで隠されているわけでもない装者は特に。

 

 弦十郎は全員分の同意書を確認し、緒川から次の書類を受け取り目を通していく。

 それは、今回の一件で二課の手に大量に渡った聖遺物達のリストだった。

 

「了子さんの完全聖遺物は全て回収され、記憶の遺跡最深部に保管しています。

 グラウスヴァインは元々深淵の竜宮の管轄のため、近日中に護送予定です。

 そして、これが了子さんの全アジトの捜索中に確保した……」

 

「非正規装者の使用を前提としてチューンされたシンフォギア、『神獣鏡(シェンショウジン)』か」

 

 フィーネが以前使い、アースガルズを守った紫のシンフォギア。

 それは緒川達の活躍と、フィーネがそれを今回の戦いで使う気がなかったという二つの要素が合わさり、最後の決戦前に二課エージェント達の手により回収されていた。

 

「ですが……」

 

「ああ、気がかりだ」

 

 されど、回収されなかった物もある。

 

「グラムザンバーの破片が、一つも見つからなかったとはな……」

 

 結局、グラムザンバーは回収されなかった。

 破片の一つさえも見つからなかったことが、逆に弦十郎の心胆寒からしめる。

 砕けた槍の破片が、何の理由もなく消失するなどありえない。

 

(何者かが、回収したということか)

 

 誰が回収したにせよ、ロクなことにはならないだろう。

 あれは、そういうものだ。

 

「デュランダル。

 ネフシュタンの鎧。

 ソロモンの杖。

 神獣鏡。

 敵から奪取したこれらが俺達の手の内にある内は、こいつらが悪用されることはない、か」

 

「保管庫を強固な隔壁で独立させ、爆薬をセットしました。

 司令以外の人間がここの聖遺物に近付こうとした時点で、全て破壊される仕組みです」

 

「ご苦労だったな、慎次」

 

「いえ、これが僕の務めですから」

 

 二課は本部を失った。

 しかし、それで青空の下で勝手にやってろと突き放すほど、日本政府も畜生ではない。

 日本政府は、フィーネという内通者を抱えていたことで二課に対する警戒心を引き上げ、同時に第二次ヴァーミリオン・ディザスターにより特異災害というものへの危機感を増した。

 ゆえに、彼らは永田町の最重要機密施設を二課の新設本部として差し出した。

 

 永田町地下電算室、通称『記憶の遺跡』。それが、新たな二課本部であった。

 

 ここは二課本部になる前も、なってからも、内閣調査室等によりギチギチに監視されている。

 二課は大きな後ろ盾と、強固な首輪の両方を同時に身に付けたということだ。

 権力の庇護で二課にできることは増えたが、徐々に好きに動けなくなっていくかもしれない。

 

「日本政府も、今回の一件で本腰を入れる気になっただろう。

 少しの間は大目に見てくれるだろうし、足の引っ張り合いはせずに済むはずだ。

 俺達の動きを縛り、足を引っ張って最悪の事態になることだけは、避けたいだろうからな」

 

 弦十郎はテーブルの端に乗っていた新聞を持ち、沈痛な面持ちでそれを見る。

 

 フィーネが最初に街に召喚した大量のノイズ。

 そして遠目に赤き竜を見て、あるいは魔神の焔を見て、錯乱した者達による二次災害。

 ゼファー達は直接的な非殺害者こそ出さなかったが、街は近遠問わずところどころが壊れ、新聞によれば日本では一人だけ一般人の死者も出てしまったという話だ。

 赤き竜に怯え狂乱した者が、信号無視で車を走らせた結果、若者が轢かれてしまったとの話。

 人が一人死んだというのに、世間は紅き災厄のインパクトが大きすぎたせいか、それに特に騒ぎもしない。

 

「犠牲者、か」

 

「これほどの規模の事件ですから……

 一般市民の死者が一人というのは奇跡に近いことです」

 

「身寄りのない若者か……やるせないな」

 

 世界は大きな激動の予兆を見せている。

 民衆が相手か、それとも政府が相手となるか、あるいは新たな敵が立ちはだかるか。

 ゼファー達に振りかかるかもしれない脅威は、あまりにも多い。

 

(あの子らを、俺達は、守れるのか……?

 それとももう既に、俺達は守られるしかないのか?)

 

 ナイトブレイザーは、今回の一件で世界中にその存在を刻み付けた。

 良くも悪くも、人はこれから危地にてナイトブレイザーに祈るようになるだろう。

 良くも、悪くも。

 ナイトブレイザーの正体、あるいはナイトブレイザーの仲間として同種の力を使う装者の正体が明かされた時。その時が来たならば……世界は、彼らにどんな言葉を向けるのだろうか。

 弦十郎が溜め息を吐くのを見て、緒川は気分転換にと話題を変える。

 

「そういえば司令、ゼファー君達聖遺物チームの呼称は決まりましたか?

 他組織との連携のため、上から新規に名称を設定すべしとの通達があったと聞きましたが」

 

「『ワイルドアームズ』」

 

「え?」

 

「あの光景が、特に目に焼き付いていてな。

 呼称用コードだ、このくらいシンプルなものでいいだろう」

 

 弦十郎が、ゼファー、響、クリス、翼の四人のチームに付けた呼称。

 それはフィーネに四人が差し出した、力強き四本の腕(ワイルドアームズ)を由来とする名であった。

 傷付いても、届かなくとも、手を繋ぐために手を伸ばし続ける心意気。

 

「二課所属の聖遺物チームは、今日よりワイルドアームズと呼称する」

 

 あるいは、その名の由来は。響の繋ぐ手のアームドギア、ゼファーの燃える手を掴み取り引き上げた響の手、フィーネに差し伸べ続けられた響の手、それらが皆に与えた影響に、弦十郎が理想の形を見出したことなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第六章:戦姫絶唱シンフォギア編:エピローグ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日だけ、という条件付きで、ゼファーとクリスは日本を出て行った。

 向かう先は、国連が介入し構造に改革がもたらされたバル・ベルデだ。

 

 フィフス・ヴァンガードで起こった第一次ヴァーミリオン・ディザスターにて、バル・ベルデの人口は激減した。

 しかし国連による腐敗層や政府の膿の一掃、魔神が原因であったノイズの大量出現の停止、麻薬カルテルやマフィアの武器密輸の一斉摘発により、国としては一気に健全化したと言えた。

 そしてそんなバル・ベルデの立て直しに、誰よりも貢献した男。

 

 それがゼファーの育ての親、バーソロミュー・ブラウディアだった。

 

 国内の悲惨さを訴え各国から補助金を引き出し、補助金の額に応じた"人道的支援への感謝"を大々的に広告し、アフリカでの失敗などで引け腰になっていたIMFなどの支援も獲得。

 元手となる資金を使い、国の基盤となる産業と農業が発展する下地を作り、流通という血を流すインフラという血管をしっかりと作り上げた。

 派手さはない。

 だが堅実に数年先を見据えた国作りをし、汚職や着服を許さず、政府機能も再構築していた。

 数年後には、"ボツワナの再来"と呼ばれるかもしれない。

 

 だがまあ、国の状況について語るのは蛇足というものだろう。

 ゼファー達は国を見に来たのではなく、人に会いに来たのだから。

 

「―――」

 

 空港で、飛行機から降りるゼファーとクリス。迎えるバーソロミュー。

 事前に連絡された時、バーソロミューは心臓が止まるような思いをしていただろう。

 空港から降りて来たゼファーを見て、ちょっとくらいは止まったかもしれない。

 彼の想い出の中のゼファーの面影を残し、白の髪色や顔つきに子供の頃のゼファーを思わせる、成長したゼファーの姿。

 死んでいたと思っていたゼファーが、大きくなって帰って来てくれた。

 育ての親として、もはや言葉にできないくらいの感動が胸に生まれていることだろう。

 

 クリスがバーソロミューを見つけ、ゼファーの袖を引き、その背中を押していく。

 向き合うゼファーとバーソロミュー。

 自分よりも大きくなった子を見て、育ての親である老人の目には、涙が浮かんでいた。

 

「話したいこと、いっぱいあるんだ」

 

「……ワシもじゃ」

 

 どちらからともなく、二人は抱きしめあう。

 

「バーさん、ただいま」

 

「おかえり」

 

 七年にもなろうかという長い間、離れ離れになっていた"家族"は、ようやく再会した。

 

 苦笑するクリスも合流して、三人は今までの人生を語り合う。

 

「バーさん、こりゃクリスのためとはいえ、クリスに謝った方がいいんじゃ……」

 

「正直すまんかった」

 

「許さねーけど、もう気にしてもねえよ。少なくとも恨みはねえ、顔上げな」

 

 政治の地獄を生きた者に、戦場の地獄を生きた者に、日本ですら平穏に生きられなかった者。

 

「ゼファーがどっか行ってから、あたしの方はむしろ楽になってたな。

 だってノイズ出ねーし。味方のクソが色目使って来る方が敵よかよっぽど面倒くさかった」

 

「クリスもすっかり子供じゃなく女じゃのう」

 

「誰だって何年も立てば子供のままじゃ居られないから。俺も、クリスもな」

 

 たった一日しかなかったが、その一日を三人はただひたすらに、話すことだけに使った。

 

「ナイトブレイザー……あれがお前さんじゃと!?」

 

「そうそう」

 

「うわゼファーこいつすっげぇ軽く言いやがった」

 

 ゼファーは日本を、一日しか離れられない。

 日本政府が、彼の自由を縛り始めているのだ。

 ナイトブレイザーは今や日本の治安維持の柱の一本であり、政治的にも重要な意味を持つ、世界の危機を世界中の人間の前で打倒してみせた騎士なのだ。

 もはやゼファーは一人の人間として、自由に生きることすら許されていないのである。

 だからこそ一日だけ、彼らは交わせるだけの言葉を交わした。

 

「……それじゃ、帰るよ」

「またな、クソジジイ」

 

「ああ、二人共また来るといい」

 

「あたしらこれからお盆だからな。

 ま、ゼファーは長期休みだからといって来れるわけじゃないが」

 

「まとまった休みくらい好きにしたいとこだが、俺の場合は仕方ないな」

 

 一日だけしか時間がないのなら、三人が話したいと思っていたことをありったけ話し、往復にかかる時間を差っ引けば、一日なんて時間はすぐ尽きる。

 別れの時は、彼らの体感で"あっという間"に来てしまった。

 

「もう『おかえり』とは言わん。お前さんの居場所は、もうここではなかろう」

 

「……ん」

 

 また会えるだろうか。

 そう思うバーソロミューに対し、ゼファーは彼なりの答えを返す。

 

「俺、元気でやってるから。

 忙しくてここに来れないこともあるかもしれないけど、元気でやってるから。

 だから安心してくれ。

 遠く離れていても、俺は大丈夫だから。俺達は、繋がってるから」

 

 バーソロミューに育てられた、彼の孫として。

 

「じゃあな、爺ちゃん」

 

 ゼファーの別れの言葉。

 それを聞いたバーソロミューは、ゼファーの後から飛行機に乗り込もうとするクリスを引き止めて、彼女に問う。

 

「クリス、あやつ何かあったのか?」

 

「あん? あったといえばあった、無かったといえば無かったが……なんでだ?」

 

「……今の言葉」

 

 心の距離が近いから分かること、分からないこと。

 心の距離が遠いから分かること、分からないこと。

 心の関係の種類によって分かること、分からないこと。

 それぞれがそれぞれにたくさんある。

 クリスに見えず、バーソロミューにしか見えないものもある。

 

「遺言のように、今生の別れの言葉のように聞こえたのは、気のせいじゃろうか……?」

 

 彼が見たそれが気のせいでないと、保証するものは何もなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また後日のこと。

 

「すっげ……」

 

 ゼファーは感嘆するクリスを始めとして、響や未来やクリスや三人娘達を、翼含む複数アーティストが行うライブの会場に案内していた。

 ライブが始まり、感嘆の声を漏らしているのはクリスだけではない。

 誰もが翼の歌声に、翼の歌声に心を一つにしている人々に、歌が多くの人々を繋げている光景に心を震わせる。

 

「じゃ、俺はスタッフだから抜けるけど……クリス、お前最年長だからちゃんと引率しろよ」

 

「うっせえ邪魔すんな! あたしはライブに集中してんだ!」

 

(……そこは"わかってるようっせえな!"とか返してくれた方が安心できたな)

 

 だが、ゼファーの引率もここまで。

 彼はこのライブの設営や進行に携わるスタッフの一人であるため、少女達と別れて緒川達と裏で合流しなければならない。

 機密保持などいくつかの法的拘束力のみを受けるシンフォギア装者と、二課に正式に所属し給料から税金を払うなどしている、正規職員扱いのゼファーとの差だ。

 彼も仕事をこなさねばならない。

 

 クリスは翼の歌、及びその歌が一つにしている人達を見て、聞き惚れ見惚れる。

 彼女にとって風鳴翼は、"歌で平和を掴む"道と同じ方向に進んでいる『先輩』であり、今目指すのに一番身近な目標だった。

 自身の前を行く『先輩』の背中に、クリスだからこそ思う所もあるのだろう。

 ゼファーはクリスに声をかけようとして、やめる。

 そしてこの中でもしっかり者でリーダー気質な創世、彼が戦闘以外のことでは指折りに頼りにしている未来に目線で訴え、頷くゼファー。二人も苦笑と首肯で返答とする。

 

「それではごゆっくり」

 

 ゼファーは廊下に出て、現在地が四階に位置する廊下であることを確認し、窓から飛び出す。

 そしてあまり音を立てないように着地して、すぐに近場にあったスタッフ用の裏口から舞台裏へと入り込んだ。

 手伝いに来ていた甲斐名などの二課メンバーに挨拶しつつ、彼は突き進む。

 

「あ、ツバサ。今ちょうど終わったのか?」

 

「そうよ。雪音達はどうだった?」

 

「またファンが増えたぞ」

 

「ふふふっ」

 

 そこでタイミングよく、翼が舞台から降りてくる。

 今は別のアーティストが壇上に上がっているようだ。

 ゼファーは翼に飲み物を差し入れ、翼は汗を拭って飲み過ぎない程度に口にする。

 

「ねえ、ゼファー」

 

「ん?」

 

「私、奏に見せても恥ずかしくない自分に、なれてるかな」

 

 翼は飲み物片手に、そんなことを言い出した。

 

「お前の友であることは、俺の誇りだ。カナデさんだって、きっとそうさ」

 

「……そうかな」

 

「そうだとも」

 

 時は流れる。

 ゼファーと奏を年上として見て、手を引かれるだけだった翼が、今は先輩として後輩の手を引いている。

 子供として年上と大人に手を引かれていたゼファーが、今やチームの最年長だ。

 生きている限り、時の流れは人とその関係を変え続ける。

 

「俺ももう、カナデさんより年上になっちまった。

 ツバサだってもうカナデさんと同い年だ。

 生きてるってのは、きっとそういうことなんだよ」

 

「生きている限り、私達は変われる。私達は成長できる」

 

「生きてさえいれば、俺達は前に進める」

 

 ライブ会場には、奏との想い出がある。

 翼は舞台の上に上がるたび、奏との想い出を思い返すだろう。

 そのたびに心揺れ、そのたびに心強さを得る。

 少なくとも翼はそう思っていたし、それを悪いものであるとは思わなかった。

 

「ツバサは誇りに出来る立派な友達で、姪で、子で、仲間だ。絶対に、絶対な」

 

「……うん」

 

 帰って来ない故人を想い、翼は静かに目を閉じる。

 ステージの上で奏のことでも思い出したのだろうか。

 今は落ち着いているが、歌には相応の感情が込もっていたことだろう。

 

「あ、そうだ」

 

「?」

 

「言い忘れてたことが……っと、今言うことでもないな。一区切りついたら俺から話すよ」

 

「む、そういう風に言われては気になるのだが」

 

「今はライブに集中しな、OK?」

 

「OK」

 

 演目は流れ、翼の順番が来て、ゼファーは彼女を送り出す。

 そろそろゼファーも、舞台を人力でどうこうする力仕事に呼ばれなければならない時間だ。

 

「そうだな、翼は……どんな時でも、一人じゃない。世の中、悪いことばっかでもないか」

 

 ゼファーは自分の胸に手を当てて、その奥の脈動を感じつつ、歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが過去に決着をつけるこの時期、お盆と呼ばれる行事がある。

 冥土から死人が帰って来るとも言われる、祖霊を祀る行事だ。

 クリスが両親のために仏壇を買ったり、翼が奏の墓参りに行ったり、色々とあった。

 ゼファーにとってもやることが多い時期であったと言えよう。

 

 フィーネとの戦いは五月には終着し、六月には後始末も終えられたが、七月となってお盆に入るとすることもまた増え始める。

 その中で最も彼が決意と覚悟を求められたのは、お盆の当日。

 

 響に連れられ、立花家に立花洸のことを報告しに行った時だろう。

 

「…………………………………………行くか」

 

「ゼっくんビビってもないし逃げようともしてないけど今ものっそく溜めたね!」

 

 ゼファーからすれば大勝負だ。

 お盆の日に立花洸の死を告げ受け入れさせ、裏でこっそり洸の死の分まで特異災害補償を補填していたため色々と手続きが変わることを言い、公私両方で説明し納得を求めねばならない。

 響の母と祖母は子供の頃のゼファーも知っている二人であり、響のガッツはこの二人から遺伝したのでは思わせられる性格のため、上手く行く公算は大きい。

 

 が、それでもゼファーが躊躇うのは仕方の無い事だろう。

 立花洸の一件は、ゼファーの生涯の中でも指折りに印象深い記憶だ。

 二年時間を置いたとはいえ、立花家を勝手に気遣って勝手に事実を隠していたという事情、実は響には全てバレていて窮地には逆に励まされたという醜態。彼はものっそく気が引けていた。

 だが、他の誰かにこの役目と責任を投げ出す気もない。

 

「あのさ、どうしても嫌なら私一人で話しても大丈夫だし、ゼっくんは……」

 

「いや、行く」

 

 ゼファーは自分の頬を両手で叩き、気合を入れ直す。

 

「ヒビキのお母さんとお祖母ちゃんは、ここで多くの嫌がらせを受けていた。

 今でも嫌がらせをして来る奴は0になって無くて、本当に稀だが嫌な思いもしてるはずだ。

 でも、引っ越してない。それはヒビキのお父さんが帰って来たらって、そう思ってるから」

 

「……ん、まね」

 

 響にとって、立花家は生まれ育った家。

 良い想い出、嫌な想い出も全部詰まった場所だ。

 そして洸が帰って来ることを信じる限り、立花家はここを離れることはできない。

 遠く離れた学校での寮生活を響が望んだこととそれは、無関係ではないだろう。

 決着を付けなければならないのだ。

 立花家に訪れた悲劇に。

 立花家が過去を断ち切る手助けを、ゼファーはしなければならない。

 

「俺がやるべきことだ。

 あの人の最期を看取ったのは、あの人が命を懸けて守ろうとしてくれたのは、俺なんだから」

 

「うん、分かった」

 

 ゼファーは響と共に、立花家の扉を開ける。

 

 この日また一つ、ゼファーは過去を精算し終えた。心残りを消した、とも言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界に絶えぬノイズの災禍は、『この世界』と『バビロニアの宝物庫』と呼ばれる人口異次元空間の間にある壁、言うなれば世界の壁が揺らぐことによりもたらされる。

 ソロモンの杖はその揺らぎを引き寄せる、あるいは世界の壁に穴を開けることが出来る。

 ノイズは通常十年一度と言っていい頻度で出現するが、その頻度を引き上げることが出来る杖がソロモンなのだ。

 だが、頻度を引き上げることができるということは、逆に頻度を引き下げることだってできるということだ。

 

 方法はいくつかある。

 宝物庫のノイズに、地球に来るなと片っ端からコマンドしていく。

 地球にノイズが現れた瞬間杖がそれを感知するため、その瞬間に動くなとコマンドする。

 そして今、杖を手にしたゼファーが訓練室内でやっていることもまた一つの方法だ。

 

『実験、開始します』

 

 世界と世界の境界にある、ノイズが通れる可能性のあるものを全て杖で引き寄せるゼファー。

 結果、地球全体かつ一ヶ月分ほどの"ノイズが出現する可能性"がこの場に集まる。

 二課の研究班が見守る中、訓練室にノイズが満ちた。

 

「成功しました。ノイズの動きも止めました。念のため、自壊を待たずに破壊します」

 

 アガートラームの知識――つまり先史文明期に失われた知識――でソロモンの杖の隠された機能を使いこなし、ゼファーは手にしたデュランダルで動かないノイズを切り飛ばしていった。

 ノイズと戦う者がソロモンの杖を持てば、こうまで簡単にいくものなのか。

 ゼファーは地球上にノイズが出現する可能性をかき集め、ノイズの動きを杖で止め、無性に手に馴染む聖剣で切り裂いていく。

 

 それを二課の研究班が観測していた。

 ノイズ、ソロモン、デュランダル、生身のゼファー、それぞれのデータが蓄積されていく。

 緒川と弦十郎が同席していたが、二人の表情は非常に暗かった。

 その表情の原因は、ゼファーが一時間ほど前にした話の中にある。

 弦十郎の脳内で、一時間ほど前にゼファーがしてくれた話が蘇っていた。

 

―――大事な話があります

 

 弦十郎が記憶を想起すると同時に、デュランダルで大半のノイズを片付けたゼファーが、生身でノイズに近寄っていく。

 そして拳を何度か開いたり握ったりを繰り返し、その手を振り上げる。

 

―――もしもの時は、二課で保護してあげて下さい。装者でもありますし

 

 そして、ノイズに素手を突き刺した。

 ノイズは反射的に炭素転換機能を発動するが、ゼファーの体は全く炭化しない。

 ゼファーはそのままノイズの中身を掴み、突き刺した腕と一緒に引きずり出した。

 

―――怖くないのか、ですか? 怖いですよ。気付いた夜は、俺も眠れませんでした

 

 炭化するノイズに背を向け、ゼファーは新たなノイズに向けて歩み寄っていく。

 そして今度は裸絞めに近い形で、人型ノイズの首をもぎ取った。

 続いて、捕獲型の首辺りを握撃で引きちぎる。

 破壊されていくノイズ達。

 それら全ての破壊は素手で行われ、研究班によりそのデータは綿密に記録されていく。

 

―――俺はまだ諦めていないだけです。研究チームへの通達、お願いしますね

 

 人の天敵たるノイズ。触れれば人を死に至らせるノイズ。位相差障壁を持つはずのノイズ。

 

 人が、生身でノイズに勝てるはずはない。

 

―――俺は、世界の行く末に無責任な人間にはなりたくないです

 

 ゼファーが見せるその強さは、まさしく"人間離れ"していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本ではない別の国、別の場所で、月読調はぐでっとベッドに横たわっていた。

 

(……綺麗だったな)

 

 調は目を閉じて、あの日見た空の流星を思い出す。

 懐かしい友達の姿だった。騎士が纏う光が、とても綺麗な輝きに見えた。

 それが目に焼き付いていて、調は度々それを思い出す。

 思い出すたび、頬が緩む。無表情が多い調には、珍しい表情だった。

 

「……うん。凄かった」

 

『小学生でももうちょっとマシな語彙があるわよ』

 

「うるさいから黙っててくれる?」

 

『妄想に耽ってて、邪魔されたら不機嫌。思春期の子は面倒ねえ』

 

「お喋りおばさんの方がずっと面倒臭い。絶対に」

 

 しかし、そんな彼女の脳裏に嫌な声が響いて来た。

 

『そこのテレビつけて、コメディでも映して頂戴な。

 私もあなたも楽しい気持ちになれてWin-Winでグッドよ』

 

「……」

 

 調は無言でテレビをリモコンで操作し、テレビの画面にゼファーの戦闘映像を流す。

 

『あら、自分の部屋で一人で男がいきり立っている動画見るなんてやらしい』

 

「……」

 

 調は速攻でテレビを消して、ベッドから降りる。

 そして机の上に散らかっていた、"昔ゼファーの直感をウェル博士が利用して書かせた"アームドギアの絵を片付けていく。

 

『ゼファー君の絵……これは脈ありね……』

 

「男と女が居ると恋愛妄想するおばさんのノリ、やめてくれない?」

 

『ちょっとふざけただけじゃないの』

 

「私、寛容じゃないから」

 

『大人じゃない、の間違いでしょ?

 友情を下心と言われて冷静さを失ってしまうくらいムッとなるのは、子供の証よ』

 

「……」

 

『大人になりなさい。でなければ不可能よ。

 あなたがやろうとしていることは、最悪最後には誰も味方になってくれないんだから』

 

「……分かってる」

 

 頭の中の不思議な声に、調は静かな返答を返す。

 

「力は貸してくれないんでしょ」

 

『気が向かないからね。しばらくはゆっくり見守らせてもらうわ』

 

「頼りにはしない。私は私で、私の力でやり遂げる」

 

 胸のギアを握り、月読調は決意を口にした。

 

「マムやウェル博士の言うままにはならない。

 マリアやきりちゃんと争うことになるかもしれない。

 それでも……それでも、私は……たった一人でも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五月のフィーネ撃破から、五ヶ月弱の時間が過ぎた。

 季節は十月の初め、皆の服装も揃って長袖になってきた。

 ゼファーはそんな中、未来と二人で適当な喫茶店の窓際に居た。

 

「平和だなぁ」

 

「平和だね」

 

 熱々のコーヒーを冷ましもせず、ゼファーは口に運ぶ。

 

「笑顔で隣の人と話しながら歩いてる人、子の手を引く親、死ぬことなんて考えてもない人。

 そういう人達が日常の中を生きてるのを見ると、それだけで頑張った甲斐があると思えるな」

 

「前から思ってたけど、ゼっくんちょっと安さが爆発しすぎてないかな……」

 

「そうか?」

 

「もうちょっと代価貰ってもいいと思う。皆頼りきりでダメになっちゃうよ」

 

「周りが助けられてる実感はあっても、周りが頼りきりになってる実感は無いんだけどな、現状」

 

 ほのぼのとした、日常の一幕。

 

「そういえば、来週のライブで翼さんと一緒に歌う人居るじゃない?

 デビューから二ヶ月でヒットチャートの頂点に立ったっていうあの人……

 マリア・カデンツァヴナ・イヴさんだっけ? あの人、ゼっくんの知り合いなんだって?」

 

「ああ。マリアさんの他にも友達が来日する予定でさ。同窓会みたいになりそうな感じ」

 

 日常の中で、彼らは語り合う。

 

「ミクはマリアさんと仲良く出来るんじゃないかな。

 個人的な印象だけど、ミクはマリアさんの妹と雰囲気が似てるから」

 

「へえ……マリアさんって、妹さんが居るんだね」

 

 彼らが勝ち取った平穏な日常。

 

「それで、何? 話があるんでしょ?」

 

「……ミクには敵わないな」

 

「ゼっくんが分かりやすいだけ。誤魔化しの仮面被ったって、見逃してなんてあげないから」

 

 だが、永遠に続く戦いが無いように、永遠を保証された日常などありはしない。

 

「なあ」

 

 ゼファーは、未来に隠し事をしない。まだ彼も諦めては居ない。

 希望があるかどうかは、別として。

 

「もしも俺が明日死ぬとしたら、ミクはどう思う?」

 

 

 




これにて六章終了、人物紹介は省略して七章に行きます
七章の前に少しこの作品とは別のシンフォギアの短編or中編を投稿して、その後七章を始める予定です
七章は命の一滴までも残さず使い切るような総力戦を予定しております

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