戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
絵に描いたような、綺麗な着地を見せた戦場の一幕。
確証もなく、けれど確信をもってこの流れを作り上げた者が居た。
弦十郎は二課本部にて、裏で糸を引いていた男に笑って声をかける。
「……この絵図を描いたのはお前か、藤尭」
「懲戒免職も覚悟の上です」
「お前はその辺りわきまえているだろう。
お前が自分に許された範囲だけで手を打っていたというのは、見れば分かる」
響と裏で話し合い、今日この日に響を一直線にゼファーの下まで届けてみせた立役者。
それは、藤尭朔也その人であった。
彼は今日まで同情するという選択肢も選ばず、声をかけに行くという選択肢も選ばず、ひたすら"どうすればゼファーを立ち直らせられるのか"を考え続けていた。
その結果が、今ここにある。
弦十郎が言ったように、朔也はあくまで業務の範囲内で策を組み立てていた。
職務を疎かにしてはいないし、作戦の邪魔になるようなことはしていない。
今回だって、二課本部に待機していた翼とクリスではなく、その二人よりも現着が遅れるはずだった響を一足早く動かすことで、浮いた駒を有効に使った形だ。
独断専行に近い形ではあるが、誰にも迷惑はかけていなかった。
更に言えば、これだけスムーズにことを運んだのだ。
裏でどれだけ動いていたのか、どれだけの状況を想定していたのか、分かったものではない。
どう転がっても、朔也は『話す機会』を作ったはずだ。
下手すれば、彼が本命としていた響がダメだったとしても、今日がダメだったとしても、別の日に他の者を送り出していたかもしれない。
最初のゼファーと今のゼファーの両方を知るクリスか、今のゼファーに救われ守られた日常の象徴である未来か、大穴で弦十郎か、自分か、それともその誰でもない他の誰かか。
いずれにせよ、藤尭朔也は失敗しようが絶対に諦めることなく、頭脳を動かし続けたはずだ。
それはイコールで、ゼファーが救われる可能性を、絶対に諦めないということもである。
「藤尭! やっぱお前か!」
「だろうな! お前だろうな!」
「やるねえこの童貞野郎!」
「響ちゃんと共謀してたってことね。どうりで……」
「あれ、今なんかどさくさ紛れに何かバカにされませんでしたか俺」
本命に響を選び、彼女を送り届け、この状況へと導いた。
それは優れた知力と、ゼファーへの理解の両方がなければ、到底出来ないことだっただろう。
デュランダルを持って戦場に突っ込んだ一幕が目立ちがちだが、朔也の本領は頭脳戦である。
数字を計算し、人を動かし、体一つ張った場合の貢献の数千倍の貢献を、頭脳一つで成せることこそが彼の強さ。
彼は頭を働かせ、誰の邪魔にもならないよう小さな要素を一つ一つ誘導し、子供達を導いた。
そして、この結末に至らせたのだ。
藤尭朔也は舞台を整え、立花響は舞台に立ち、彼女の想いにゼファーは応えた。
山場は越えて、クライマックスが動き出す。
第三十一話:立花響のラブコール 5
自分がゼファー・ウィンチェスターであるという意識だけでは足りない。
自分がアガートラームであるという意識だけでも足りない。
自分がその両方であると強く意識して、初めてゼファーはこの境地に至ることが出来た。
ナイトブレイザー・セカンドイグニッション。
彼は今、真の意味で『自分を使いこなし』ていた。
「ヒビキ!」
「うん!」
《《 》》
《 Rainbow Flower 》
《《 》》
再度歌われ始める、虹の花の歌。
響とゼファーは一度目を合わせ、力を合わせて立ち向かうべく、ディアブロに向かって駆け出した。先行するのはゼファー。
時間加速にて一時的に天羽々斬を超えるスピードで、彼は真紅の暴風へと殴りかかった。
「―――」
ディアブロが、そのパンチを回避する。
ゴーレムの巨体が高速で動いた結果生まれた真空と衝撃波。
ナイトブレイザーの拳が生んだ拳の後ろの真空と、拳の前の衝撃波。
それらが大気を痛めつけ、大気に悲鳴を上げさせる。
「チッ」
最速で打った初撃を回避されたことに、ゼファーは思わず舌打ちした。
それも当然だ。
武術とは弱い者が強い者に勝つために編み出されたものである。
必然的に、ディアブロは"そういった類の厄介さ"も兼ね備えていた。
スペックを上げて格闘戦を挑むだけでは、そうそう勝てはしないだろう。
ゼファーは突っ込んだ勢いのままに跳躍、ディアブロもまた距離を取るゼファーの意志に合わせて距離を取り、互いに"相手と自分の実力差を計る"行動に出た。
ディアブロの固体の炎が刃となって飛んでくる。炎の雨となって降り注ぐ。炎の霧となって迫り来る。プラズマとなって発射される。
ゼファーはそれら全てを、鏡合わせのように同質の攻撃をぶつけることで迎撃した。
刃、雨、霧、高エネルギー態それぞれの形に変わったネガティブフレアが吹き荒ぶ。
「らぁッ!」
今のゼファーのネガティブフレアは、剛柔自在だ。
ネガティブフレアの威力は先刻のままに、精度が過去最高レベルにまで高められている。
結果、ここに来て『炎勝負』に限って両者の力は完全に拮抗していた。
(! デカいのが来る!)
ディアブロは瞬時に、プラズマシューターを焼き切れんばかりに急速稼働させる。
それに応じ、ナイトブレイザーが右手に力を込めれば、黒き腕に紫電が走った。
プラズマが光の球を作る。
黒き腕に光剣、ナイトフェンサーが握られる。
両者の手の内より、光の球と光の剣が同時に射出され、衝突。
騎士の細剣はプラズマを一瞬で貫通し、プラズマはその場での大爆発を余儀なくされた。
爆炎が視界を塞ぎ、ディアブロはここで敵が二人同時に仕掛けてくると予想し、構える。
「はあああああッ!」
だが予想に反し、爆炎の向こうから飛び出して来た影は二つではなく、一つだった。
一つになった二つだった。
手を繋いだまま飛び出して来た、ゼファーと響だった。
「全力で!」「一直線にッ!」
いかな発想によるものか。
なんと二人は手を繋いだまま飛び出し、手を繋いだまま戦い始めたのだ。
運動会で二人三脚をした経験のある者なら、自分の意志で動かない体と自分の体が繋がっている時の、"文字通り足を引っ張り合う"感覚に覚えがあるはずだ。
手を繋ぎながら戦うなんて、互いの動きが互いの邪魔をする、最悪の悪手に決まっている。
だが、ゼファーと響はそんな常識をまずぶっ飛ばす。
二人は事実上の師弟である。
そして、戦闘スタイルも似通っている。
手を繋いだまま、二人は合わせようとせずとも合う呼吸を揃えて、最初の一歩を踏み出した。
「「 せーのっ! 」」
左右どちらの踏み込みが弱すぎても、強すぎても、空中で回転してしまっていただろう。
二人は完全に同じ力加減で、完全に同じタイミングで、完全に同じ方向に踏み出した。
響は脚部パワージャッキで。
ゼファーは足元に噴出した焔を踏み切る形で。
二人の跳躍力は重なり合い、二人の体がディアブロの頭上へと跳んで行く。
「ヒビキ!」
ゼファーの声に応え、響はゼファーの手をがっしりと掴んだまま、ナイトブレイザーの強靭な体を振り下ろす。ハンマーを叩き付けるような軌道と勢いだ。
それに合わせてゼファーはカカト落としを放つ。
かつて響がヒントをくれたおかげで編み出したカカト落としは、響の力の上乗せによって強化された形で、ディアブロが頭上でクロスした腕に叩き込まれる。
ミシリ、と金属が軋む音がした。
「ゼっくん!」
響の声に応え、ゼファーは響の手をがっしりと掴んだまま、空中で響の体を振り下ろす。
するとディアブロが隙だらけの響に放ったハイキックは空振りし、響は何の邪魔もされずに着地することができた。すかさず響はゼファーを引っ張り、彼も着地させる。
「1!」
響とゼファーが呼吸を合わせてのダブル前蹴り。
ディアブロが両の腕で防ぐも、そのガードははかち上げられる。
「2ぃの!」
響とゼファーが鏡合わせのように、繋いでいない方の手でダブルパンチ。
右拳と左拳が突き出されるも、ディアブロは華麗なバックステップで回避する。
「「 3ッ! 」」
そしてバックステップ直後のディアブロ胸部に、心を一つにしたゼファーと響の飛び蹴りが、華麗に見事に突き刺さった。
ディアブロもさるものであり、上半身を咄嗟に後ろに逸らすことで衝撃を受け流したが、更なるバックステップとバック転で距離を取ったディアブロの胸部には、明確にヒビが入っていた。
装甲が薄いゴーレムであるとはいえ、受け流した上で、このダメージ。
ディアブロの中で、このコンビに対する警戒度が最大級に高まっていく。
二人が講じた、ディアブロ対策。
それは"一人の武術を学習・分析されることはあっても、二人の武術ならば見切られない"という単純明快なものだった。
その企みは功を奏し、ディアブロはこの二人の動きを全く見切れずにいた。
無論、誰にでもできるものではない。
武術家が二人手を繋いだだけでは、ディアブロを惑わすことなど不可能だろう。
二人の動きを完全にシンクロさせ、さも一つの生物のように動き、二身一体の武術を形にして初めてディアブロの学習機能を混乱させられるのだ。
今の二人は、生涯を共に過ごした双子が修練の果てにようやく至れる域の動きを、ぶっつけ本番で形にしている。
力でもなく、技でもなく、策でもなく。
『絆』一つで、二人はディアブロを凌駕する。
「もう一回!」
繋がれた手が、一旦離れる。
ゼファーはその場で指を組み、彼が組んだ手に響が足を乗せると、響の跳躍+跳ね上げるゼファーの腕の力の掛け合わせにより、響は空高く跳び上がった。
ディアブロが響の方に視線を向けた隙に、ゼファーはネガティブフレアを発射。
一瞬出遅れるが、ディアブロはプラズマシューターでなんとかそれを防御する。
ゴーレムがプラズマを発生させたその隙を突くべく、響は空中で鋭角に跳ねて落下する。
ディアブロはこちらが本命だと判断し、接近してくるナイトブレイザーに注意を払いながら、上方の響を迎撃に動いた。
「行くぞ!」「うんッ!」
だがそこで、またしてもゼファーと響は強敵の動きをコンビネーションで越えていく。
ディアブロは想像もしなかったのだ。
ナイトブレイザーが、攻撃ではなく跳躍を選ぶなど。
ゼファーが、カカト落としを響に向かって放つなど。
響がそのカカト落としの"カカトを踏み"、下向きに跳躍するなど。
加速し落下した響のパンチに、一瞬で右腕を持っていかれるなど。
想像もしていなかったし、考えもしていなかった。
「やった!」
「油断するな響! 残心! 教えただろ!」
「あ、っとと、ごめん!」
響の精神的な油断を駆けつけたゼファーがカバーし、響は慌てて構えを取り直す。
眼前で距離と体勢を立て直す二人を見て、ディアブロもまた構えを変えた。
ゼファーが目を見開く。
片腕を失ってなお、ディアブロの構えに隙はなく、感じられる強さに全く陰りがない。
(……! 『片腕で使う武術』まで、習得済みだったのか!)
先史文明期の武術に、そこから現代に至るまでの人類史が生み出してきたあらゆる武術。
それら全てを身に付けているのではと錯覚させる、真紅の暴風。
"武術を研鑽する武人"という意味で、ディアブロはおそらく弦十郎よりも高みにあるのだろう。
そしてゼファーは直感的に危機を感じ、それを響も繋いだ手から感じ取り、回避に動く。
回避に動いた彼らが一瞬前まで居た場所を、ディアブロの蹴撃が通り過ぎて行った。
「これは……翼の逆羅刹!」
片腕で逆立ち、両の足で攻めるディアブロ。
当然、体が大きい分翼よりリーチがあって避けづらく、体が重くパワーがある分翼よりも威力があり、技のキレで見てさえ翼と同格。恐ろしい魔技であると言えよう。
ディアブロはそこで時間を与えず、手刀を振るう。
回避に動いた直後の隙を突いたのだが、ゼファーと響はまたしても息を合わせた跳躍で回避。
ディアブロの手刀は、ビルの屋上に突き刺さる。
(っ、『早撃ち』―――!)
そこで真紅の暴風が打ってきた奇手を見破れたのは、単にゼファーが何年も何年も、『その技』を見続けていたからに過ぎない。言うなれば、経験の賜物だった。
コンクリートを鞘として打ち出された手刀の抜刀術が二人に迫る。
ゼファーが見破った。
だがその一撃を破ったのは、"ゼファーと響"だった。
硬いものと硬いものが、高速でぶつかり合った時特有の音が鳴り響く。
ディアブロの早撃ちが受け止められたのだ。
"ゼファーと響が繋いだ手"に。繋がれたままの、二人のその手に。
響が叫ぶ。
「
ディアブロの力に『繋いだ手は離さない』という意志をぶつけ、勝利したかのような構図。
二人は息を合わせ、力を合わせ、心を合わせて繋いだ手でディアブロをぶん殴る。
どんな格闘術にだって、二人で繋いだ手でぶん殴るなんて技は教えまい。
だが非効率極まりないはずのその一撃は、ディアブロをガードの上から殴り、後方へとド派手にふっ飛ばすのだった。
(ヒビキ……)
ゼファーは、繋いだ手から力が湧き上がってくるのを感じる。
繋いだ手の上に響の長い髪が垂れて、少しこそばゆい気持ちになってくる。
立花響が髪を長くした理由。
二年前のライブ会場の惨劇が終わったあの日から、"ゼファーから溢れ出した感情"を知る響が、今日に至るまで抱えてきた数えきれないゼファーへの思いやり。
それを思うたび、響を見るたび、ゼファーはとても心強い気持ちになれるのだ。
それに、彼がこそばゆい気持ちになっているのは、響の気持ちをなんとなく察せているから、というだけではない。
聞こえるのだ。
この姿になってから、以前よりもっと人の声が聞こえるようになった。
戦場の、翼の声。クリスの声。避難誘導に動く皆の声。
二課本部の弦十郎の声。朔也の声。オペレーター達を初めとする皆の声。
ゼファーの復活を喜ぶその声が、想いが、彼の背中を押してくれる。彼に力をくれる。
昨日までのゼファーにかけられた思いやりの声の記憶ですら、今の彼を強くしてくれる。
今のゼファーが振るう一撃その全てに、皆の想いが束ねられている。
「もう、いっぱぁつッ!」
響の左からのハイキックに、ゼファーの右からのローキック。
挟み込む形で放たれたコンビネーション・アタックを、ディアブロは何とその場で跳躍し、響のハイキックを踏んで更に跳躍することで回避した。
ゴーレムの巨体と重量を前提として見ていれば、目を疑う光景だ。
だがディアブロはその卓越した技量でそれを可能とし、ゼファーと響に頭上から仕掛ける。
「行くよ、ゼっくん!」
対し、ゼファーと響は更なる絆の力を見せつける。
響がゼファーを、文字通りに振り上げた。
ガングニールのパワーが上方から迫るディアブロにゼファーを叩き付け、ナイトブレイザーの蹴りを真紅の暴風が残った左腕で受け止める。
「貫けッ!」
そこでなんと、響の腕部武装ユニットを手を繋いだまま"ゼファーが"操作。
響の意志に応じて、ハンマーパーツが力を吐いた。
彼女の腕部から放たれたエネルギーは、ゼファーの体内をするりと突き抜けて、彼の足に到達。
力は彼の足先で炸裂し、ナイトブレイザーのパワーと組み合わさることで、ディアブロに残った最後の腕までもをもぎ取った。
ディアブロの腕が、金属音を立てて地に落ちる。
格闘技の奥義の一つとされる技、"徹し"。
豆腐を殴り、豆腐を壊さぬままに豆腐を乗せた皿を粉砕する技だ。
鎧の上からでも人を殺せる技として世界各地で研鑽されてきたこれは、武術初心者である響には到底使えない技であったが、間に入ったゼファーの補助により一つの形を成したのだ。
ゼファーが杭、響がハンマーで、杭もハンマーも壊れないままに打ち込まれた『物』だけが破壊された。そういうイメージを持てば分かりやすいだろうか。
脱力で素直に力を通したゼファー、ゼファーに傷一つ付けずに通して見せた響。
二人の信頼と絆が、ディアブロの技と予想をまたしても凌駕してみせたのだ。
「―――」
ディアブロはここにきて、立花響が何故アームドギアを持たないのかを理解した。
『手を繋いでからの立花響は、過去のどの立花響より強い』。
その事実があるからこそ、至った答え。
立花響のアームドギアは、"他者と自分を繋ぐあの手"に他ならないのだと。
アームドギアはシンフォギアが手にする、力を発揮するための媒介。必須の武器だ。
にもかかわらず、立花響はアームドギアの一切を持とうとはしなかった。
まるで、相手を傷付け倒すことが自分の戦いではないのだと、言っているかのように。
まるで、この手は武器ではなく他者の手を取るためにあるのだと、言っているかのように。
ディアブロのプラズマですら貫けなかったゼファーのネガティブフレア。
響の手はその焔の熱を越え、震えるゼファーの手を掴んでみせた。
そして今、彼の手と共に掴んだ奇跡が此処にある。
人を倒すためにではなく、人と分かり合うために戦場に立つ響。
ゼファーか未来に問うてみれば、二人は声を揃えてこう言うだろう。
それは響の弱さではなく、むしろそれこそが響の強さであるのだと。
「はああああッ!」
力を手にしたその日から、ガングニールは響に言葉なく問いかけ続ける。
この力を、どう使う?
力で人を傷付けることを嫌う響は、こう答え続ける。
武器を持たない、それが私の答え。
「うおおおおッ!」
両腕を失ってもなお足技だけで戦っていたディアブロだが、もはや限界だ。
脚だけで戦う武術では食い下がれても、ジリ貧にしかならない。
ディアブロは頃合いを見計らい、空中跳躍を含めた全ての機動力を総動員して、この戦場から離脱した。
「! 待てッ!」
良い判断だ。
勝てない勝負に無理に挑み続ける必要はない。
フィーネの"スカイタワーの破壊"という命令を無理に遂行しようとして自滅するより、一旦帰還して修理を施された方が損失が少なくなる分、フィーネの得となるだろう。
ディアブロの判断は極めて正しい。
「ここから逃がすか」と、"理想的な戦いの流れ"を計算した藤尭朔也が動かした二人が、最高のタイミングで最高の位置に居なければ、の話だが。
「どうやら、私も雪音も間に合ったようだな」
「わりーが、この道は一方通行だ。死刑台に引き返しな」
ダメージの無い天羽々斬とイチイバルのシンフォギアが、ディアブロの行く手を塞ぐ。
両腕のない状態で、万全の状態のこの二人に勝てるわけもない。
ディアブロは、これならまだダメージのあるナイトブレイザーとガングニールに挑んだ方が可能性があると、振り返って空を駆ける。
だがディアブロが駆けた先で、ゼファーと響はとてつもない力を滾らせていた。
「ラインオン・ナイトブレイザー、ガングニール!」
それはあの日、天羽奏が死んだ日に、永遠に失われたと思われていたコンビネーションアーツ。
「コンビネーション・アーツ!」
ナイトブレイザーの両の手の間に、焔の圧縮火球が形成される。
それはセカンドイグニッション化する前に、ゼファーがバニシングバスターに込めていたエネルギー量と等量の力を圧縮した、必殺の火球。
対し響も腕のハンマーパーツを大きく動かし、絶唱三発分のエネルギーを込める。
そして、響の全力の拳が、ゼファーの手の間の火球を打ち抜いた。
「「 グングニルエフェクトッ! 」」
信じられない規模のエネルギーが炸裂し、熱と光を孕んだビームが放たれる。
ディアブロはプラズマのバリアを張るが、その防御は一瞬すらビームを受け止めることができずに、千々に砕かれた。
そして、直撃。
ディアブロを飲み込んだビームは、ディアブロを一瞬で消滅させてそのまま空の彼方に飛んで行き、夜空に煌めく流星の一つに直撃する。
そして流れ星を一つ、もののついでに消滅させた。
繋いだ手が離されて、白のギアと黒の騎士の拳が打ち合わされる。
そして二人揃って流星流れる夜空に向けて、打ち合わせた拳を突き上げた。
翼とクリスが、ゼファーの前に降り立つ。
二人共ゼファーと響の勝利を喜びたいのだろうが、ゼファーの抱える事情と彼の友であるという自覚から、なんと声をかければいいのか分からなくなってしまっているのだろう。
そんな二人の前で、ゼファーはさらりと変身を解除した。
「―――!」
「ゼファー、お前、髪が……」
「ああ。"戻った"みたいなんだ」
変身を解いたゼファーの髪は、『白かった』。
かつてクリスと兄妹のようだと茶化されていた頃のように、白かった。
昔々。彼の青い髪は一度目の絶望で白く染まり、二度目の絶望で黒く染まり、三度目の絶望で固定化されてしまった。
それは取り返しの付かない喪失と後悔、人生の中で彼に刻まれた傷跡そのものだった。
奇跡でもない限り、もう戻らないはずのものだった。
なのに、今の彼の髪は白かった。
奇跡が一生懸命の報酬なら、きっとこれがそうなのだろう。
彼の髪色が遠回しに、この場の皆に伝えてくれることがある。
クリスは眼から涙が溢れてくるのを感じて、気恥ずかしくなって、ぐしぐしと袖で涙を拭う。
「さて、行こっか。流れ星!」
響が元気に声を上げて、駆け出した。
泣いているクリスにゼファーが声をかけるが、照れ隠しに蹴り飛ばされる。
一番前を行く響の後ろにまで、クリスが駆けて行く。
蹴り飛ばされたゼファーの肩に手を置いて、優しく笑う翼が声をかける。
苦笑するゼファー。最後尾に居るゼファーと翼に早く早くと、響が声をかけた。
四人が並んで、歩き出していく。
その歩みに迷いはなく、その姿に苦悩はなく、誰もが俯かず前を向いている。
この後一時間と経たずに、ゼファーから危ない奴はもう居ないという通達が成され、約束していた友人達は皆集まり、ゼファーは響に手を引かれ、
戦いの終わりは、そうでなくてはならない。
破られるかと思われた、流れ星を一緒に見るという約束は、確かに果たされたのだ。