戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ 作:ルシエド
ゴーレムはデフォルトで搭載されているAIに、後付けで二種類の命令コードを入力される形で稼働している。
一つは許可された者が使える汎用コード。
ゲストアカウントだとか、非ログインだとか、制限付きコマンドのみ可能だとか考えればいい。
米国やクリスが操作した場合、これが用いられている。
そしてもう一つが、マスターコードだ。
本アカウントでログインし、無制限にコマンドを入力できるものなのだと考えればいい。
こちらは完全にフィーネの専用コードとなっている。
フィーネがゴーレムに、米国やクリスに従えとコマンドを入力する。
するとゴーレムはフィーネの命令の範囲、AIで可能な範囲で、擬似マスターの命令を聞く。
フィーネに許可されたものだけが、本領全ては発揮できないゴーレムを扱えるという仕組みだ。
クリスの両親の歌をアルゴリズムとしてアースガルズの中に組み込み、クリスの戦いのリズムと噛み合うようにしたのも、このマスターコードによるものなのである。
結論から言おう。
先史文明期にあったアースガルズの運用マニュアルを知り、マスターコードを扱えるフィーネに操作されたアースガルズは、次元違いの戦闘力を発揮していた。
「―――ッ!」
対消滅バリアのエネルギーが、攻撃に転用される。
水爆の数十倍のエネルギーが、全く無駄の無いエネルギー効率で攻撃に転用される。
フィーネがその気になれば、そのエネルギー量は更に跳ね上がるだろう。
それはアースガルズの操作応用の一つであったが、ただそれだけで、戦場は地獄になった。
二課が避難と人払いを行っていなければ、死人が確実に出ていたであろうほどに。
対消滅バリアの形状変化。
槍、ドリル、矢、鳥、犬、波、風、雲その他諸々エトセトラへの変化攻撃。
フィーネの知識と人生経験を活かした対消滅バリアの戦術的運用。
追い込んで、逃げ場を塞いで、王手やチェックメイトをかけていく頭脳攻勢。
地面を抉り、木々を引っこ抜き、エネルギーの爆発で吹っ飛ばす小技。
言うまでもなく、物理攻撃という名の響対策だ。
戦力差は本当に意味の分からない領域にまで至っており、ゲージで表せば上限を振り切るか下限を振り切るかの二択だろう。
それでも翼と響がまだ生きていられている理由は、三つある。
一つ目は、アースガルズが地球を壊さないよう特定の軌道の攻撃は避けていること。
二つ目は、何故かやる気が見えないフィーネが、『何が何でも殺す』という意思を持たず、情け容赦無く全力を尽くして攻めてこないこと。
そして最後に、"駆けつけてくれたジャベリン"と、響のコンビが、この戦場で最高以上の活躍をしてくれていたことだった。
「わっととと、ジャベリン君もうちょっと安全運転をー!」
「立花! ジャベリンの邪魔は極力するな! 振り落とされることにだけ気を付けろ!」
昔のことだが、藤尭朔也が世間の風評をどうにかしようとAI作成に挑んだことがある。
これに驚き、賞賛し、心の底から笑ったのが開発班と研究班だ。
そこから朔也なども巻き込んで、ジャベリンのAIのバージョンアップが繰り返されたのは言うまでもない。
ゼファーがクリスに会うためにここまで乗ってきたジャベリンは、戦場近くで待機していた。
その状況から響と翼の危機を察知して駆け付け、運転のできない響を乗せて走ってくれるくらいには、ジャベリンのAIはバージョンアップを繰り返されていたようだ。
結果、アースガルズのバリアを消せる響に時速700kmの足がプラスされ、なんとかまだ一人の死人も出さずに戦いを続けられている。
「フィーネさん! あなたの目的はなんなんですか!?」
「私の目的? ……私の目的、か」
問いかける響の問いに、アースガルズの掌の上に乗ったままのフィーネが頬に手を当てる。
「大目標は揺らがないけど、小目標は本当に、どうだったか……」
横合いからその会話を見る翼は、そこに微細な違和感を覚える。
ダウナーと言うべきか、適当というべきか、やる気が無いと言うべきか。
……今までかろうじて希望に縋り付いていたものを諦めかけているさなかの人間のような、どことなく投げやりというか、やけっぱちな印象を受ける。
翼の反応を知ってか知らずか、フィーネは厭世的な雰囲気を隠さず、自分を掌に乗せるアースガルズに語りかける。
「なあ、アースガルズ?
お前が人間なら、『セシリアとロディの子孫』と言えば何か反応を見せただろうか……」
だが、"物は人と同じではない"という信条のもと、フィーネはアースガルズに語りかける自分にバカバカしさを感じ、攻撃の苛烈さを引き上げる。
蟻を一匹づつ潰していくような、敗北の可能性がない戦いの中での単調作業であることは変わらぬままに、その作業の中から容赦というものが消えていく。
こちらの戦いもまた、熾烈を極めていた。
敵勢力の新たな人物の登場に、二課司令部も慌ただしく動き始める。
一課の林田に協力要請を送るなどして、これまで周辺住民の避難などを行っていた司令部であったが、ここに来て別種の仕事が発生し始める。
写真を取って手配書の準備をする。この敵の撤退時にアジトを判明させる情報を掴む。できること、やれることは腐るほどあった。
そんな中、緒川は他の誰にも気付かせず、弦十郎に耳打ちする。
(司令、二課の全人員の所在を確認しました。
今現在、所在が確認できない者は一人も居ません)
ご苦労、と弦十郎が心の中で呟くと同時に、緒川はその姿を誰にも見せぬままに消す。
「さて、どうするのかしら? 弦十郎君」
弦十郎に、その隣の櫻井了子が声をかける。
了子を始めとして、二課の多くの人間が弦十郎の視界の中に居た。
だから画面を見て、そこに映っているフィーネを見て、弦十郎はフィーネが二課の人間であるという可能性を排除し、頭の中でまた一つ推論を削除していた。
第三十話:繋いだ手だけが紡ぐもの 3
実現させたい未来がある。
叶えたい願い、形と成したい祈りがある。
守りたい人、守りたい物、守りたい居場所、守りたい信念がある。
ゼファーとクリスは、互いに譲れないものを持っている。
だがこの瞬間、二人が見ているのは目の前の相棒だけだ。
大切なものを沢山得たはずのゼファーが、何も持たないがための信念を得たクリスが、今この瞬間はそのどれよりも優先して、"自分だけを見てくれている"。
二人揃って、それをどこかむず痒い気持ちで身に感じていた。
言葉だけでは足りなくて、言葉だけでは伝えきれなくて、言葉だけじゃ全て分かり合えなくて、言葉よりも強いもので、二人はぶつかり合う。
「ショータイムだ、ぶっ放せイチイバルッ!」
クリスの腰部隠し腕とそれが掴んでいた銃が消え、小型ミサイル発射機構が再展開される。
両手に持った銃をぶっ放すことでゼファーを牽制し、腰部の攻撃手段を切り替える際の隙を消しながら、クリスは腰部の小型ミサイル十数発をぶっ放した。
そして小型ミサイルが飛んで行くさなか、両手の拳銃をクロスボウガンへと変形させる。
拳銃をボウガンに変形させる際の隙を小型ミサイルで消し、ボウガンを一斉掃射。
ボウガンの掃射により隙を消す形で、両肩の上に大型ミサイルを形成、発射。
クリスはこうして、武器を流動的に切り替える抜群の戦闘センスをもってして、隙無く小型ミサイル十数発・クロスボウガン一斉掃射・大型ミサイル二発という面制圧を行ってみせた。
ゼファーもこれにはたまらず、しこたま銃火を受けてしまう。
全身全霊をもって防御と回避に徹しながらも、更に距離を空けられてしまった。
「ちッ!」
クリスはイチイバルをフィーネから受け取った日、その運用に一時間ほど頭を悩ませた。
そして、真理に気付いたのだ。
強い銃を積めば強い。デカい砲を積めば強い。沢山撃てば強い。広範囲を吹っ飛ばせれば強い。
超シンプルなクリスの理屈を、魔弓イチイバルは現実に持って来てくれる。
「今度はこっちの番だ!」
ゼファーは空中に飛び上がり、上下左右前後どの方向にも自在に跳躍する立体的機動にて、銃火を避けて行く。
クリスもこうして空中を跳ね回る的を狙った経験はないのだろう。
彼女は才と慣れにて凄まじい早さで射撃精度を上げているものの、現段階では地上を駆けるゼファーを狙っていた時と比べ、命中率は格段に落ちている。
そして彼は足止め目的で、クリス周辺まで飛ばした焔を大爆発させた。
焔自体は効かずとも、その衝撃波はクリスの体を揺らがしていく。
衝撃さえも軽減してしまうのが音楽のバリア・バリアコーティングだが、シンフォギアのバリアの程度を熟知しているゼファーならば、バリアの上から姿勢を崩すなど造作もないことだ。
キレのある動きでジグザグの軌道を描きつつ、一気に距離を詰めるゼファー。
構えた拳をクリスに当てて、一撃にして仕留める意図がひと目で分かる突撃だ。
そこでクリスは、バリアフィールドを利用した『イナーシャルキャンセラー』をカットし、形成した三連装大型ガトリング四門を跳躍しながらぶっ放した。
彼女が持つこのガトリング砲は、毎分最低10000発の連射速度に、シンフォギアのバリアの上からでも決定打を叩き込むだけの威力を持ち、本人の意志で更に跳ね上がる性能を持つ。
当然、バリアフィールドなどでその反動を抑え込まなければ、クリスの体は砲撃の反動で後方に押し流されてしまう。
それこそが、クリスの狙いだった。
「近すぎんだよッ!」
昔、毎分4200発の砲弾を発射するガトリング砲を積んで撃ってしまうと、560km/hで飛ぶ航空機が空中で逆走してしまう、なんて計算をした物好きが居たという話がある。
実際に逆走することはなかったが、クリスがしたのはまさにこれだ。
クリスはジャンプの後に大型ガトリングをぶっ放した反動を受け止めることで、ゼファーの予想外の空中移動を見せて来たのである。
それは少しだけ、ゼファーに昔日のビリー・エヴァンスを思い出させた。
ゼファーはそのガトリング砲撃を焔の盾でしっかり防御。
しかしそれもクリスの読み通りだ。
クリスは読んでいたゼファーの防御を見てから、その盾に小型ミサイルを叩き込む。
すると爆風が発生し、それが空中のクリスを押し流し、更に距離が空くこととなった。
ガトリングとミサイルを併用し、クリスはまたしてもゼファーの接近を許さない。
(あっぶねー、拳が届く距離まで近寄らせたら、あたしも一発で終わっちまう……!)
(惜しい、拳が届く距離まで近づけたなら、一発で終わらせる自信はあるんだが……!)
鍛錬は、肉体の耐久力を高めるものでもある。
翼や響と比べると、鍛錬や修行といったものと無縁なクリスの肉体は相当に脆く柔らかく、ゼファーの強烈な拳打が叩き込まれれば、バリアの上から一撃で仕留められるのは確実だろう。
されど、その一撃が遠い。
クリスは近付かれれば負けると分かっているのだから、ナイトブレイザーを自分に近付かせないよう徹底して距離を保っている。
そしてバリアフィールドで騎士の遠距離武器を全て封じ、ありったけの火力で少しづつでも彼にダメージを与えているのだ。
一発当てればいいゼファーと、少しづつ削るクリスはまさしく対照的に見える。
だがその実、この二人は限りなく近い形で勝利への道筋を組み立てていた。
ゼファーは休憩する間も与えないように、クリスに近付くアクションを何度も続ける。
クリスはこれを迎撃するために、極限の集中を常時強いられる。
ダメージだけで見れば、クリスが一方的にダメージを与えている展開が続いているようにも見えるが、戦闘の主導権の取り合いで見ればゼファーの方が優勢であった。
ゼファーはクリスに精神的圧力をかけ、クリスから徐々に精神的余裕を削り取っていき、精神的要因でクリスがミスするのを待っていた。
クリスは一撃で仕留められずとも、ゼファーを攻めに攻めて着実にダメージを与えていく。
ゼファーが精神的要因でミスをしないであろうことは、途中から確信に至っていた。
だからこそ、クリスはゼファーの肉体にダメージを与え続け、ゼファーから徐々に肉体的余裕を削り取っていき、肉体的要因でゼファーがミスするのを待っていた。
そして、チャンスはやって来る。
(!)
(!)
クリスが精神的要因で隙を作る。
ゼファーが肉体的要因で隙を作る。
二人はそこで足を止め、その隙を突こうとするが、自分の隙のせいで一瞬出遅れる。
二人同時に隙を作り、二人同時に足を止め、二人同時に隙のせいで遅れた。
結果、二人は相手の隙を突こうと発射準備を始めた大技を、二人同時に放たんとしてしまう。
相対し戦いながらも、二人の息はぴったりだった。
クリスが右腕の銃器を右腕と融合させ、巨大化させていく。
それは先程も撃った大口径のビーム砲を、更に巨大かつ強力なものに仕上げた代物。
ギアの出力を引き上げながら、エネルギーの放出を抑え収束し、行き場の無くなったエネルギーを限界まで溜め込んで撃ち放つ一撃なのだろう。
大きなエネルギーをごく短時間のみ限定的な場所に留める翼、莫大なエネルギーを留めずぶっ放す響ともまた違う、戦闘センスの塊のようなクリスだからこそ出来る技が構えられる。
クリスは更に、そこに絶唱の力までもを上乗せした。
ゼファーの胸部装甲が展開され、そこから大口径の砲塔がせり上がってくる。
言うまでもない、バニシングバスターだ。
ゼファー・ウィンチェスターが持つ最強最大の一撃。
撃てば勝つ。
これに耐えられた者など、アースガルズとオーバーナイトブレイザーしか居ない。
ゴーレムですらこの一撃からは逃げるしかなく、逃げ遅れたベリアルは無残に粉砕された。
黒騎士の体内の
『黒騎士の最大火力』と、『シンフォギア随一の火力を持つギアの最大の一撃』が、今、命をも燃やし尽くさんばかりの勢いで、解き放たれる。
「
「バニシング―――」
人の身が放つ一撃でありながら、両者が放つその一撃は、共に"星砕き"と称するに相応しい一撃だった。
「
「―――バスタァァァァァァッ!」
光が放たれ、ぶつかり、衝突地点で膨らんでいき、そして―――
クリスとゼファーが戦っていた方向から、途方もない光と共に爆音が鳴り響く。
それを目にし、耳にし、フィーネのやる気はとうとう尽きてしまったようだ。
彼女はゼファーが戦力として孤立したタイミングを狙い、二課の戦力を削ぎ落とすために動いた……のだろうが、何故かモチベーションが異様に低い。
ここでフィーネが本気で動いていれば、二課は確実に詰みまで持って行かれたはずだ。
だが、どこか投げやりなせいで"翼と響とジャベリンが奮闘すればどうにかなる"域にまで、危機の水準が目減りしてしまっている。
翼は訝しみ、フィーネに問う。
「貴様、何が目的だ?」
「目的?」
このやる気の無さがずっと続いてくれるなら二課も苦労しないのだろうが、そうもいくまい。
何が理由でやる気を失っているのかは分からないが、次の戦いまでにはこの状態は終わっていると見るべきだ。
フィーネを問い詰めることができるタイミングは、ここを逃せばもう来ないかもしれない。
そう思い、翼は問うたのだが、フィーネは侮蔑の感情を浮かべた顔で、質問に質問を返す。
「お前こそ、自分が何を目的とすべきなのか、本当に分かっているのか?」
「何を……」
「その目的は、何があっても揺らがないものなのか?」
フィーネの言は意味深だが、その意図は翼には全く伝わらない。
伝える気もなさそうだ。分かり合う気がないという意思表示もであるのだろうか?
「くだらない。……だが、あの二人の結末ならば……」
"美しいものであることに間違いはない"という続く言葉を、フィーネは言葉にしないまま噛み潰し、その場を去って行った。
「……奴は、一体何を知っている……?」
「フィーネさん……」
この時、何故フィーネがやる気を失っていたのか。
この時、何故フィーネが意味もなく自らの名を名乗ったのか。
この時、何故フィーネが意味深な言葉を言っていたのか。
後日、響と翼は、その理由を思い知らされることとなる。
クリスの大火力砲撃とバニシングバスターの衝突。
日本に存在する大地を全て海中に沈めていてもおかしくなかった激突は、両者の意志を反映したかのように地表を僅かに傷付けるだけに終わった。
されど、明確に決着は付く。
爆煙と舞い上がった土煙が晴れた後には、ギアを纏ったままのクリスと、変身が解除され膝をつくゼファーの姿があった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……しゃあぁッ!」
イチイバルは弓の聖遺物である。
クリスが装者となった場合、イチイバルが発現させる彼女固有の能力は二つ。
一つはクリスが忌むべき光景として心に刻んだ心象である、銃火器の生成能力。
そしてもう一つが、『エネルギーリフレクター』だ。
跳ねっ返りなクリスは、大人に対しずっと"やられた分はやり返してやる"という想いを抱いていた。その確固たる意志は『反射』の力として、イチイバルの武装の一つとなったのである。
イチイバルのリフレクターは、あらゆるエネルギーを反射する。
それこそ星一つ粉砕する一撃であっても、偏向させる程度なら余裕綽々にやってみせるだろう。
ビームだろうが、レーザーだろうが、このリフレクターは反射する。
それはバニシングバスターであっても、例外ではない。
クリス&イチイバルの絶唱特性は、広域殲滅型攻撃だ。
彼女はそれをロングバレルとリフレクターで反射・収束・一点集中させることで、ガングニールの絶唱に近い突破力と破壊力を持たせることに成功していた。
加え、彼女は余剰リフレクターの全てをバニシングバスターの拡散・減衰・偏向に回す。
結果から言えば、バニシングバスターはそのせいで『芯』を当てることができず、直撃したとは言い難い微妙な当たり方をしてしまったのである。
バニシングバスターは、シンフォギアの絶唱をはるかに凌駕する恐るべき一撃だ。
これ以上の攻撃手段など、ゴーレムの装備の中にもそうそう無いだろう。
だが、クリスはこれに純粋な破壊力だけで勝負を挑まなかった。
リフレクターという自分だけの武器を最大限に使い、バニシングバスターを拡散・減衰・偏向し、自身の一撃の破壊力を引き上げた上でぶつけて散らす。
そして最後に、絶唱で強化されたバリアフィールドで、"ネガティブフレアで構成されている"バニシングバスターを防ぎきった。
クリスはところどころ焦げたり煤けていたりしているが、それでもバニシングバスターに耐え切ったのである。おそらくは最強の装者である翼でも、不可能だった偉業と言っていいだろう。
これを『思いつき』でやれるのだから、この少女は本当に恐ろしい。
敵対している時、シンフォギアの、装者の歌に思わず聞き惚れてしまうというゼファーの弱点がなければあるいは違う結果だったかもしれないが……現実として、この光景がここにある。
もはやアームドギアを作る余裕さえもないだろうが、それでも最後にはクリスだけが戦場に立っていた。彼女はその光景を見て、勝利を掴んだと確信した。
「あたしの勝――」
「クリス、何を勘違いしてるんだ?」
「――なに?」
だが、それは大きな勘違いだ。
この二人の戦いに、まだ決着は付いていない。
「はッ!」
「―――!?」
ゼファーは立ち上がり、駆け、クリスを"殴る"。
油断していたクリスは咄嗟にガードするが、そのあまりの威力に一瞬浮いて後方に押し飛ばされてしまう。
絶唱、及びバニシングバスターのダメージでクリスのギアの出力も最低値まで落ち込んでいた。
だからこそ、今のクリスにならば、生身のゼファーの拳も届く。
「自分にだけ聖遺物があれば、絶対に勝てるとでも思ってたのか?」
ゼファーの拳撃の威力は、二年前の事件の後から半減している。
しかし彼の拳が放つ絶招は、最初に放った時既にビルの壁を粉砕する威力があった。
そして技量という一面で見れば、彼の拳は鍛錬により日に日に成長を遂げている。
完全聖遺物やゴーレムを凌駕する師・風鳴弦十郎の拳に、日々近付いている。
ダメージで弱り切ったクリスとイチイバル。
一度弱体化したものの、日々の鍛錬を欠かさず鍛え上げたゼファーの肉体。
ここに来てまたしても、両者の戦闘力は拮抗した。
「自分にだけ聖遺物があれば、自分の方が絶対的に強いとでも思ってたのか?」
「お前、本当に、とんでもない野郎になりやがってっ……!」
クリスが対抗して左拳を繰り出せば、後出しでゼファーが右拳を振るい、二人の拳が空中で衝突する。拳と拳の競り合いは、ゼファーの拳の勝利に終わった。
つまめば柔らかさしか感じないであろうクリスの腕は、シンフォギアのパワーアシストを持ってしてもゼファーの腕力には届かず、押し負けてしまう。
近接戦を想定していなかったイチイバルとはいえ、弱り切ったシンフォギアとはいえ、聖遺物を力で超えるその姿は……紛れも無く、『風鳴弦十郎の弟子』の名に恥じぬもの。
「笑わせんな―――男にはな、聖遺物より硬い拳が備わってるんだよッ!」
太古より、人と共に在って来た原初の『武器』がある。
人が最初に手に入れ、文明の進歩と共に軽んじてきた武器がある。
その手に纏わせた人類最初の凶器は、いつの時代も、どんな場所にも、どんな人間にもあった。
それが『拳』。
其は万民に与えられた原初の武器にして、どんな人間に振るうことが許される原始の武器。
それは人類発祥と同時に男が与えられたシンフォギアであると言っても、過言ではない。
どんな完全聖遺物よりも歴史のある、最強の聖遺物であると言っても間違いではない。
男ならば吠えるべきだ。誰に対しても吠えるべきだ。
"俺の拳は最強なんだ"と。
「なんっだそれふざけんなッ!」
「真面目にやらねえと足元掬うぞッ!」
クリスの弱体化ギアによるパンチを、ゼファーは手の平で受け止める。
そしてもう片方の手でボディーブロー。
相手が生身のクリスなら内臓を潰せるくらいの威力が込められていたのだが、弱体化しているとはいえバリアフィールドがある以上、その破壊力は軽減される。
彼女が腹筋に力を入れれば耐えられるくらいには、その威力は軽減されてしまっていたようだ。
「ぐ……つっ、思いっ切り、殴りやがって!」
お返しとばかりにクリスのハイキック。
ゼファーはそれを回避しようとするが、ナイトブレイザー変身時に溜まっていたダメージがこのタイミングで作用してしまい、彼の動きを悪くしてしまう。
ガンッ、とクリスのハイキックがゼファーの側頭部に突き刺さった。
ゼファーは歯を食いしばり、打たれ強さとしぶとさと首の筋肉で何とか耐える。
「ぎ……んなろっ、思いっ切り、蹴りやがって!」
お返しだ、とばかりにゼファーは空中で回転しながらのカカト落としを放つ。
クリスは腕をクロスして頭上でそれを受け止めるが、出力の低下したギアの装甲はメキリと悲鳴を上げて、彼女もまたその可愛らしい顔を苦渋に歪める。
ゼファーが地に足つけたと見るやいなや、クリスもまた彼の顔面に拳を叩き付ける。
だがただで食らってやるつもりはないと言わんばかりに、ゼファーは頭突きでカウンター。
彼の額が割れて血が吹き出し、彼女の拳にダメージが跳ね返る。
ゼファーの傷は自動再生で治る。
クリスの肌はバリアフィールドの干渉で傷付かない。
両者共に傷一つ無い体で殴り合い……されど、ダメージは着実に貫通し体に残る。
死力を尽くして、全力を尽くして、両者共にここに至った。
もはや体の芯に残るダメージを癒す時間も、余裕もあるまい。
どちらか片方が倒れるまで、相手を殴り続けるのみだ。
「ま、け、る、かああああああああああああッ!」
クリスが叫ぶ。
「負けて、たまるかあああああああああああッ!」
ゼファーが叫ぶ。
「「 あああああああああああああああッ! 」」
叫んだ分だけ、力が入る。
ゼファーは腹を狙う。
一発一発を丁寧に入れて、クリスの呼吸を奪うのだ。
ボディーブローは呼吸を奪う、と言われるように、この攻撃はクリスから歌を奪う。
ダメージを与えつつシンフォギアのエネルギー源を奪うのが、ゼファーの狙いであった。
クリスは首を狙う。
一撃必殺でゼファーの意識を奪おうとしているのがよく分かった。
一撃で失神させたいなら顔を狙え、と言われるように、大抵の攻撃にしぶとく耐えるゼファーを格闘で仕留めるならば、首と脳を狙うしかない。
格好良く簡潔にスピーディに分かりやすく派手にサクッと決めるのが、クリスの狙いであった。
多撃確殺を狙うゼファーに、一撃必殺を狙うクリス。
互いが互いに全力の攻撃をぶつけ合う。
「はっ、はっ、はっ、はっ……あたし、こういうのはすげー久しぶりな気がすんぜ」
「ぜぇ……ぜぇ……何が、だ?」
「頭空っぽにして歌を歌うのも……
頭空っぽにして喧嘩すんのも……
お前と色んなコト話すのも、だッ!」
クリスの拳がゼファーの顔に、ゼファーの拳がクリスの腹に突き刺さる。
傷一つ無い体で、何故か笑いながら二人は殴り合っていた。
この場面だけを切り取って誰かに見せたなら、二人揃って勘違いされるに違いない。
「……背、伸びたな、ゼファー……」
「……お前も、美人になったぞ、クリス……」
「……へっ」
「……へっ」
示し合わせたかのように、双方同時にニヤリと笑う。
そして両者同時に示し合わせたかのような蹴りを放ち、蹴りと蹴りが衝突し、二人は踏ん張ることもできずに蹴りの衝撃と反動で地を転がった。
震える足で、二人は立ち上がる。
「あたしが、お前より強いことを証明して、お前を守って……!」
「俺が、お前より強いことを証明して、お前を守って……!」
「お前があたしより強くても、あたしが!」
「お前が俺より強くても、俺が!」
「勝つッ!」
「勝つッ!」
ゼファーは肉体の限界を超え、肉体から限界以上の力を引き出す。
クリスもまた限界を超え、肉体とギアから限界以上の力を引き出す。
ナイトブレイザーになる力すら残っていない男の拳が、銃弾一つ作る力すら残っていない女の拳が振り上げられて、二人は互いに向けて駆けて行く。
「「 ああああああああああああッ!!! 」」
そして、決着の拳が打ち出された。
人は大切なものが増えれば増えるほど弱くなる、と言う者が居る。
人は大切なものが増えれば増えるほど強くなる、と言う者が居る。
それはどちらも真実だ。
大切なものが増えれば、弱点が増える。余計な思考が増える。
だから弱くなる。
けれどもそれを守ろうと思い、努力し、頑張れるようになる。
だから強くなる。
人は大切なものを得た瞬間に弱くなり、その大切なものを持っている間、強くなっていくのだ。
大切なものを得ることが人が強くなるきっかけとなる、すなわち。
人は―――理由があるからこそ、強くなるのだ。
昔、大人達がゼファーに言った。
強く生きて欲しいと。
ここ数年、この国の人々はずっとナイトブレイザーに望んでいた。
強く在って欲しいと。
ゼファーは大切な人を得て、大切なものを得て、心の底から願った。
強くなりたいと。
ゼファー・ウィンチェスターには、強くならねばならない理由、負けられない理由があった。
クリスもゼファーも同様に、あの日別れてから今日までずっと戦う日々だった。
その日々が二人を戦士として強くした。
だが、二人にも差異はある。
それが『理由』。
"強くなる理由"、"負けられない理由"だ。
クリスとゼファーの才能の差を、ゼファーは努力と鍛錬の差で埋めた。
今、二人の力量は拮抗している。
されど、ゼファーには負けられない理由がある。それが、彼をほんの少しだけ強くする。
されど、ゼファーには強くなる理由がある。それが、彼をほんの少しだけ強くする。
今日まで彼を努力と鍛錬に打ち込ませた『理由』が、この瞬間またしても、彼を強くする。
互角だった実力の天秤が、ほんの少しだけ『理由』によって傾いた。
『持っている大切なものの重み』で、傾いた。
理由とは、すなわち大切なもの。夢、信念、居場所、大好きな人のこと。
大切な者/物があるからこそ、人は強くなれる。
彼が最後に頼ったのは、『絶招』だった。
何もかもを失ったとしても、最後には彼の手に残ってくれる、男の拳。
弦十郎に習い、今日までの日々の中で何度も打ち込んできた、何度も頼ってきた一撃。
それはかつて、生身でオーバーナイトブレイザーを撃破した時の一撃だった。
クリスの拳は外れ、ゼファーの拳がバリアフィールドを抜いてクリスへと突き刺さる。
それが、この戦いの幕引きとなった。
「か、はっ……」
クリスのギアが解除され、彼女は地に伏せる。
地に伏せる女と、天を仰ぐ男。
それはそっくりそのまま、この戦いの敗者と勝者を表す姿であった。
「……あたしの、負けか」
「ああ、俺の、勝ちだ」
倒れ込んだクリスの横に、ゼファーもまた倒れ込む。
二人揃って地面に寝っ転がって空を見上げる形になったが、倒されたクリスと、倒れている方が楽そうだとその姿勢を選んだゼファーの間とでは、余裕に相当な差があるだろう。
クリスは指一本動かす力も残っていない体を恨めしく思いながら、夜空を見上げ、
「なんで、あたしは、負けたんだ……」
「そりゃあ、クリスのせいだろう」
「は? あたしのせい?」
「俺が勝てたのは……きっと、クリスが一人で、俺が一人じゃなかったからだ。
一人より、一人じゃない方が強い。
あの頃の俺に出会ってくれて、そう教えてくれたのは、クリスじゃないか」
「―――」
最後の最後、意識の持ちよう、信念の差、心の強さが命運を分けた。
翼のような血脈とそれに最適な技による強さでもなく、響のような成長力と爆発力ゆえの強さでもなく、努力を欠かしてもその二つに平然と並ぶクリスの強さ―――天才の強さを、ゼファーは超えて行った。
それが"他者との絆"から生まれる強さであるのなら、なるほど、その強さのスタートラインにはクリスの存在があると言ってもなんらおかしくはない。
「なんだよ、それ」
寝っ転がったまま、クリスは笑う。
おそらくは、ゼファーはクリスと戦うさなかにさえ、クリスと共に戦っている感覚を捨てずに持っていたままで居たに違いない。
それが分かると、クリスはそれが何故か無性におかしくて仕方なかった。
"心はいつも共に"とは言うが、この青年はあんまりにも『それ』が突き抜けている。
言葉が切れて、静寂が訪れると、ふと思いつきから意味もなく、ゼファーは寝っ転がったままにクリスの手を握った。
「……離せよ」
「敗者にうだうだ言う権利があると思ってるのか?」
「……ガキの頃じゃあるまいし、恥ずいんだよ」
「大丈夫だ、俺は恥ずかしくない」
「起きる体力が戻ったら覚えてやがれこのクソ野郎……!」
からかいの意図が混じったゼファーの笑い声に、クリスが怒気を込めた威圧を放つも、立つ体力すらない現状では小動物の威嚇とそう変わらない。
ゼファーはさらりと受け流す。
「あ」
そうやって、戦いで全ての力を出し尽くした二人がじゃれつつ空を見上げると、そこに一筋の流れ星が落ちて消えた。
「流れ星」
ポツリと、クリスが呟く。
「そういえば、そろそろ流星群が見れるって話を聞いたな」
「へぇ……」
ぽつぽつと、二人の間に漏れて落ちていく言葉が、繋がっていく。
「流れ星、皆で一緒に見に行くか、クリス」
「皆?」
「そ、皆。俺が信じてる仲間とか、友達とか、皆」
「約束か?」
「そうだな」
「ああ」
「約束だ」
何気なく言葉が交わされ、何気なく約束が交わされる。
「約束も、あたしとお前じゃ随分久しぶりだ」
「でも、悪くない」
「ああ、悪くない」
繋いだ手が、二人の間に目には見えないものを紡いでいく。
「あたしは負けた……だから、お前に付いて行く」
「ああ、一緒に来てくれ」
「あたしが負けたってことはあたしの方が弱いんだろうが……
なんかもう、その辺どうでもいいな。あたしがお前を守ってやるよ」
「……負けても同じセリフを言われたような気がするなあ」
「勝っても言うつもりだったからな、これ」
大切なものは、目に見えない。
「おかえり、それとただいま」
「ただいま、あとおかえり」
けれど確かにそこにあり、心の目には豪華絢爛に輝いて見えるのだ。
人、それを『絆』と言う。
多くの人を見て、多くの人の汚さを見たゼファーが今なお信じる、人の内の輝き。
それは今この瞬間、ゼファーとクリスの二人の間に、確かに繋がれていた。
【注意】
次回の三十一話は、少々閲覧注意な話となります。
作者視点の印象ですが、三十一話の一部の話は1~5章のどれよりも、救いがないという印象を受けるorキツい話に見えるという可能性があります。
また、三十一話の中で何度か伏線の回収や設定のどんでん返しがあり、感想欄が荒れる可能性、及び一気読みしないと途中脱落される方が出てしまう可能性があると自分は考えました。
なので三十一話の投降分は全て書き溜めしてから投稿したいと思います。
できれば全部読んで欲しいなーと思いますので。
書き溜めは一週間ほどで終わる予定なので、少々お待ちくださいませ。