戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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 原作無印6話ラスト付近、ビッキーパンチがネフシュタンの少女の腹に突き刺さるのですが、腹を殴っているのに顔付近の装甲にまでヒビが入っています。怖っ
 ですが物は壊れることで衝撃を吸収してくれる作用がありますので、ネフシュタンの鎧は攻撃を弾く硬さに加え、ある程度割れやすくすることで『壊れることで衝撃を吸収、中身を守る』という機能を持たせ、再生機能でそれを実用レベルに持って行った鎧なのかもしれませんね
 本来は鎧の下に着るインナーの完全聖遺物とセットで使う物なのだと思います

 いやそれを抜きにしても怖い威力でしたが


8

 ネフシュタンの少女が完全聖遺物の次に発電施設を狙った理由は簡単だ。

 家の中にある"電気で動く物"が全て止まった光景を想像してみれば、誰にだって想像はできるだろう。現代において、『電気』は他に類を見ないほどに重要なファクターなのだ。

 二課のメインシステムも、当然電気が無ければ動かない。

 今の二課は、最低限の防衛システム以外の全てのシステムが停止しているという有り様だった。

 

「発電機弐号機、巣鴨支部からの移送を開始しました!」

「だが、今の交通状況だとこいつぁ移送完了まで一時間か二時間はかかりますぜ」

「いいから急がせろ! 敵の襲撃が終わっても、そこで全部終わりってわけじゃないんだぞ!」

「粉砕された発電室を一分一秒でも早く復旧させないと、な……」

 

 頭はまだ潰されていないが、心臓が潰されたせいで『二課』という体がまるで動かない、そんな状態。体内に入って来た"バイ菌ども"に好き勝手されてしまっている。

 発電施設ももはや二課付きのエンジニアが直せる損傷度合いではないのだろう。

 外部で予備の発電機の移送が始まったようだが、この戦闘には間に合うまい。

 

「藤尭君?」

 

 司令部のオペレーターが軒並み役に立たなくなっている今、藤尭朔也は席を立つ。

 それを友里あおいが見咎めた。

 

「外に出ます。司令部がほとんど機能していない以上、ここに居ても仕方ないでしょう」

 

「危険よ!」

 

「だけど、ここに居て何もできないよりマシです!

 俺にできることがあったとしても、それはここにはありません!

 ……大丈夫です、策はあります。たぶんおそらくきっとどうにかなるはず!」

 

「そこは言い切りなさいよ!」

 

 朔也は小型無人観測機と自分用のパソコンを抱え、司令部を出る。

 戦闘力の無いオペレーターは司令部を下手に出ない方がいい、という考えも間違いではない。

 司令部に居るだけでは何の役にも立たない、という考えも間違いではない。

 オペレーターはこの司令部から出ない限りは戦場に及ぼす影響は0であり、この司令部から出て何かしらの行動を起こした場合、プラスかマイナスの影響を必ず及ぼすだろう。

 

(失敗は許されない。慎重に、かつ大胆に! 考えろ、俺!)

 

 そして朔也は走りつつ、その思考をフル回転させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十九話:三対三、三者三度の防衛戦 8

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガオン、と大気が抉れて砕ける音がする。

 ディアブロの蹴りを同じく蹴りで迎撃した弦十郎は、その衝撃で発生した衝撃波に体を揺らされぬよう気を付けつつ、地に足つける。

 彼は足裏の重心を移行し、飛び跳ねる動きに適した足の親指の付け根辺りの重心を、古流の武術に多い足裏後部辺りの重心へと移行させる。

 かの男とかのゴーレムは、一対一で武の極みをぶつけ合っていた。

 

(今の蹴りはサバット。

 その前の"少しだけ受けて流す"動きはシステマ。

 組み技師(グラップラー)じみた動きのベースとなっているのは、ブラジリアン柔術か。

 ったく、まるで『人類の格闘技の歴史そのもの』と戦っている気分だな……!)

 

 弦十郎が攻める。

 腹を攻め、その後頭を狙う流れるようなパンチング・コンビネーション。

 だがディアブロはそれを丁寧にかつ的確に、素早い動きで捌ききる。

 今度は逆にディアブロが攻める。

 足を狙うローキックに頭を狙うハイキックを混ぜた、ロー・ハイ・コンビネーション。

 だが弦十郎はそれを堅固にかつ強靭に、豪快な動きで捌ききる。

 

 ボクシングに顔を殴りたければ腹を攻めろ、という基本の動きを示す教えがある。

 敵が構えた顔のガードは力づくで剥がすより、腹を攻めてそこを守らせ、自主的に守りを解除してもらった方がいいという考え方だ。

 弦十郎が腹から攻め、顔を狙ったのはそういうことだ。

 ディアブロが足から攻め、顔を狙ったのもそういうことだ。

 互いが互いの首を一瞬でへし折るだけの一撃を、隙あらば叩き込まんとする戦いが続く。

 

「せいッ!」

 

 ディアブロが格闘と平行して炎弾を撃つが、弦十郎が掌底を繰り出せば、それが打ち出した空気の断層と衝撃波が炎弾を粉微塵に粉砕する。

 触れずして炎弾を粉砕した弦十郎。

 しかも、ディアブロが炎弾を撃つために割いた処理容量のリソースよりも、弦十郎が炎弾を粉砕するのに生んだ隙の方が小さいという脅威の事実。

 分かり切っていたことだったが、風鳴弦十郎が相手では炎を使えば使うほど不利になるようだ。

 そも過去の戦いで、弦十郎は指弾で空気の塊を飛ばしてプラズマですら撃ち落としている。

 

 赤色の拳闘士の機械人形は現状を再確認し、格闘一本で弦十郎へとまた挑む。

 

(真紅の暴風の名は、伊達ではないか……!)

 

 ディアブロのローキックに対し、弦十郎は回避ではなく、拳撃の一動作を持って対応した。

 古流沖縄空手の"ナイファンチ"に含まれる、『波返し』と呼ばれる動作でだ。

 左足を相手に向け、その左足を一瞬引き、僅かに落ちる体の重心を利用してノータイムで体重の乗った左拳を叩き込む動き。

 この動きの最たる特徴は、『踏み込まない』『体を捻らない』『前足を引く』の三点。

 結果、弦十郎の左足を蹴ろうとしたディアブロのローキックは、攻撃の一動作で回避される。

 

 この動きの恐ろしいところは、"ローキックをしていたと思ったらいつの間にか顎を砕かれていた"という感想しか出てこない、恐るべきカウンターであるという点にある。

 にも、かかわらず。

 ディアブロはローキックを打つ時の上半身の捻りを利用し、弦十郎の拳を受け流すという妙技を見せてきた。

 

 奇しくも古流武術の"体をひねらない"弦十郎の動きと、現代武術の"体をひねる"ディアブロの動きが衝突するという形。両者とも、対極的な武術の極みをぶつけ合っていた。

 

「……ふぅ」

 

 弦十郎は呼吸を切らさぬよう、呼吸を合間合間に整える。

 機械人形に疲労や息切れはないため、弦十郎は意識してそれを行っていた。

 人間とゴーレムの間には、根本からして違いがあるのだ。

 

 奇妙な話だが、人間である弦十郎が身体能力でディアブロを上回り、ゴーレムであるディアブロが弦十郎を技で上回るという構図が出来上がっていた。

 ディアブロの躯体が壊れるのが先か、弦十郎の技が全て吸収されるのが先か。

 いずれにせよ、両者とも戦いを長引かせたくはあるまい。

 

「しッ!」

 

 ディアブロはボクシングを思わせるジャブの回転を見せ、弦十郎は太極拳を思わせる曲線と円を描く軌道の掌でそれを受ける。

 上に意識を寄せておいて、ディアブロは左足で前蹴り……と見せかけ、左足を強く踏み込む。

 そしてそのままで右の正拳突きを打ち放つ。空手の技術体系にあるフェイントだ。

 左下から出る足を囮に、右拳を叩き込もうとする"対角線を強く意識する動き"は、フルコンタクト空手の影響も伺える。

 

「はッ!」

 

 しかし弦十郎は、いとも容易くその攻撃を力任せに脇へと弾く。

 そこからの攻防は、完全に両の腕を用いた拳撃戦へと移行した。

 

 弦十郎がディアブロの手首を取ろうとして、ディアブロがそれを弾く。

 ディアブロが弦十郎の襟を取ろうとして、弦十郎がそれを打つ。

 太極拳の攻防・推手にどこか近い動きを経て、両者の手が敵を掴まんと目まぐるしく動く。

 奥義が尽くされる。

 技巧が増える。

 加速する。

 

 一般人の目には肘から先が消えて見えるほどのスピードで、両者の両手が振るわれていく。

 

 それは武術が到達しうる至高の頂き、そこに至った者が二人揃わねば完成しないような、芸術と見紛うほどの攻防だった。

 何故『武芸』という言葉がこの世に存在するのかを、ズブの素人にもひと目で理解させるほどの攻防だった。

 

 で、あるが、現段階でこの両者には明確な実力差が存在していた。

 本当に生身の人間であるか疑いたくなる事実ではあるが、風鳴弦十郎の戦闘能力は、一万年近く前に作られ、あらゆる武術を学び続けたディアブロのそれよりなお高かったのである。

 プラズマシューターも破損済み、空中戦や遠距離戦が選べる戦場でもない。

 結果、攻防を繰り返す内に"弦十郎がディアブロにトドメを刺せる場面"は何度か訪れていた。

 

 だが、現実に弦十郎はこの戦いを詰め切れていない。

 

「また、これかッ!」

 

 中国拳法の双掌打をディアブロの胸部へと叩き込み、ゴーレムの重量を無視して浮かせ、トドメの一撃を打ち放とうとしたまさにその瞬間に、"バリアが割って入って来る"。

 語るべくもない。

 神々の砦・アースガルズが誇る、仲間を守るための無敵の城壁である。

 

 先程から何度も何度も、弦十郎がトドメを刺そうとするたびに、アースガルズの対消滅バリアがそれを遮っている。

 無論、アースガルズに全知の能力など無いし、透視の能力もない。

 ならばどうやって、見えない部分に対しバリアを発生させて仲間を守っているのか?

 その答えは、アースガルズがオーバーナイトブレイザーと相対したあの日の戦いの中にある。

 

 あの日、アースガルズは光速域に到達する化物どもと戦いの中で拮抗していた。

 上位ゴーレムのセンサー類は、亜光速戦闘にも容易に対応しうるものだ。

 加え、アースガルズは光速で動くルシファアのCPUともデータリンクを行っていた。

 そのため、神々の砦はあの日光の速度で行われた戦いにも容易に付いて行けたのである。

 

 アースガルズがそのセンサーを集中させれば、壁の向こうの光景を知ることなど造作もない。

 更にルシファアとデータリンクが可能だということは、ディアブロともそれが可能であるということだ。

 すなわち、今の神々の砦が仲間の危機を見逃すなどということは、ありえないと言っていい。

 

(ゼファーらが何度も戦ってなお、勝機を見い出せなかった理由がよく分かるな。

 戦場で、敵の側にアースガルズが居るというだけで、この手詰まり感か……!)

 

 弦十郎の拳では、アースガルズの対消滅バリアを貫けない。

 バリア抜きのアースガルズと弦十郎で、ようやく身体スペックは互角となる。

 そのバリアを仲間の援護に使われてしまうと、本当にどうしようもなくなってしまうのだ。

 

(マズいな、時間をかければ倒せる相手だが……アースガルズの介入が面倒だ。

 ヤツのせいで時間がかかりすぎれば、技を全て学ばれて倒せなくなる可能性もある。

 このままゼファーを一人で戦わせている時間を、だらだらと延ばされたならば最悪……)

 

 弦十郎は目の前に居るディアブロを見る。

 戦場のどこかに居るであろうアースガルズの気配を追う。

 そしてネフシュタンを追ったゼファーを思う。

 選択のための逡巡は、一瞬だった。

 

(……良手とは言えんが、"行く"か)

 

 ドゴン、という音が三度鳴る。

 それは雷鳴と聞き間違えかねないほどに轟く轟音。

 すると弦十郎はディアブロの正面からディアブロの背後へと、ほぼ一瞬で移動していた。

 

「悪いが、お前は後回しにさせてもらおう!」

 

 瞬間移動? 否。これは列記とした格闘術だ。頭に『弦十郎流の』という言葉が付くが。

 よく見れば最初に弦十郎が立っていた場所、ディアブロの頭上、そして今弦十郎が立っている場所の三ヶ所に、弦十郎の『足型』が残っていた。

 理屈は単純明快である。

 弦十郎はジャンプし、天井を蹴り、ディアブロの背後に着地した。

 ただそれだけ。それだけなのだ。

 

 戦車をぺしゃんこに踏み潰すほどの脚力を全力で込めて、それをやっただけ。

 

 その果てに、瞬間移動に近しい速度で移動したという結果だけが世界に残る。

 

(アースガルズの頭を抑えにゃ、どうにもならん……!)

 

 弦十郎はディアブロに背を向け、背後から飛んで来る炎を回避しながら、ゼファーとネフシュタンが戦っているであろう方向へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは敵が二課侵入に使った経路を逆に通り、逃げたネフシュタンの少女を追っていた。

 だが彼の直感は、「敵は逃げているのではなく誘い込んでいる」とも言っている。

 どの道、デュランダルとソロモンとネフシュタンを持つかの少女を、逃がすわけにはいかない。

 元々二課の物だった聖遺物二つに、ノイズを操る聖遺物。

 敵の手に渡ったままにしておけば、いつとてつもない被害が出るか分かったものじゃない。

 

 そのため少女をゼファーが追い、その背を攻撃しようとしていたディアブロを弦十郎が受け持つ形となっていた。

 

(やはり、二課本部を大規模に破壊していかない。

 俺が生き埋めになる可能性を考えて……いや、他に理由があるのか? ……ある気がするな)

 

 だがゼファーは、敵の動きに妙な違和感を感じていた。

 二課はネフシュタンの少女からすれば邪魔なだけのものであるはずだ。

 ならばデュランダルを手に入れ次第、本部の中で一振りすればいい。

 それだけで二課本部は壊滅的な被害を受け、以後ネフシュタンの少女はぐっと動きやすくなる。

 にもかかわらず、敵は二課本部内では最低限の破壊しかしていかなかった。

 

 何かある、とゼファーは感づき始める。

 二課本部を破壊もせずに、こうして退却する敵を見れば、敵が二課を破壊できない理由の有無やこれが罠である可能性に猿でも思い至るはずだ。

 だが今のゼファーには敵が二課を破壊しない理由を推測で判明させることも、罠かもしれないこの誘いに乗らないということもできない。

 敵が二課本部からとりあえず出て行ってくれるなら、それに乗るしかない。

 二課には、あまりにも彼が守ろうとする人間が多すぎる。

 

「そいつを置いてけ、ネフシュタンッ!」

 

「ハッ、岡っ引き気取るなら捕まえてみなッ、ナイトブレイザー!」

 

 アースガルズが掘ったであろう地中の坑道を、白鎧と黒鎧が走る。

 ゼファーはこの坑道を一旦焔で満たし、その焔を一気に"流す"ことで、ネフシュタンの少女を押し流すように自分の手元まで持って来ようと、両の手から焔を放った。

 だがその焔は、突如現れた対消滅バリアに遮られてしまう。

 

「ッ!」

 

 気付けば、ナイトブレイザーの前後を挟むように発生した対消滅バリアが、彼を押し潰すように前後から迫り来ていた。

 

「野郎!」

 

 ゼファーはそこで坑道に横穴を掘り、バリアを回避しつつ元の道に戻る。

 『l』の字の坑道に、『P』の字の形状になるよう別の坑道を作って元の道に戻って来たとイメージすれば分かりやすいだろう。

 先程から何度も、ゼファーの手がネフシュタンに届きそうになるたびに、こうしてアースガルズがどこからかバリアを遠隔発生させて妨害してくるのだ。

 

(アースガルズの妨害さえなければ、とっくに追いつけてるってのに……!)

 

 ゴーレムの機械的な超速反応、凡人とは言いがたい装者達の能力をギアが補助する反応速度により目立たないが、聖遺物を用いた戦闘は信じられない速度で行われる。

 その中でも最速のシンフォギア・天羽々斬と、時間加速により限定的に天羽々斬より速いスピードを出せるナイトブレイザーは、完全聖遺物ネフシュタンよりもなお速い。

 今やったように、小細工だっていくらでも打てる。

 この黒騎士がネフシュタンと追いかけっこをしたならば、追いつけないはずがないのだ。

 

 "だから"、アースガルズは妨害しているのである。

 

 そしてネフシュタンにナイトブレイザーが追いつけそうで追いつけない、そんな絶妙な距離を保ったまま、両者は地上に出る。

 

「!」

 

 地上に出た、その瞬間。

 ゼファーは自分を囲むように配置された対消滅バリア、地上にて構えるアースガルズ、デュランダルを振り上げているネフシュタンの少女を視界に入れる。

 やはり罠だ、とゼファーは冷めた思考で周囲を見渡し、敵の位置を確認する。

 

「だろうな」

 

 そも、直感持ちのゼファーに対し奇襲というものは成立しづらい。

 気を張っている時の彼に奇襲することなど、絶対的に不可能だ。

 この罠の存在も既に読み切られており、当然対策は打たれている。

 

「ゲンさん!」

 

「おうッ!」

 

 少女とナイトブレイザーが飛び出して来た穴から、ワイヤーが飛んで来る。

 言わずもがな、弦十郎が投げたものだ。

 どこから拾って来たのかは全くの不明だが、弦十郎が投げたそれが亜音速でナイトブレイザーの腹に巻きつき、その体を穴の中に引っ張り戻す。

 

「何っ!?」

 

 ネフシュタンの少女の意表をついて、ナイトブレイザーは全ての攻撃を回避した。

 振り上げられたデュランダルはすんでのところで止められたが、対消滅バリアは土煙一つ上げず地面を次々と対消滅させ、そのエネルギーをアースガルズに還元していく。

 そして敵の攻撃を回避したナイトブレイザーの次手も、また早かった。

 

 地面の下から、16の焔球が飛び上がる。

 地上に飛び出るルートが一つでは、どうやっても待ち伏せを喰らってしまう。

 そう判断したゼファーは、地面の下から地上に繋がる穴を16個同時に焔で空けたのだ。

 16の焔球は地上に出てから不規則な軌道で敵へと襲いかかり、ゼファーと弦十郎は敵がそれに対応している隙を突いて、16の穴の内一つから地上に跳び出した。

 

「ッ!」

 

 どこの穴から出て来るかなど、ネフシュタンの少女の少女に読めたはずがない。

 ゆえに少女は、"見てからの反応がとてつもなく早い"という一要素をもってして、ゼファー達に向けてデュランダルを振り下ろした。

 更には弦十郎を追って来ていたディアブロまでもが、地面の下から飛び出して来る。

 前を見る弦十郎の眼前に迫る聖剣の光。

 後を見るゼファーに迫るディアブロの拳。

 

 男二人は目配せ一つなく、背中合わせに一回転。

 "自分が対応する攻撃"をシフトしてみせた。

 

「「 オラァッ! 」」

 

 弦十郎はディアブロに対しアームホイップ。

 見せかけ重視のプロセス技だが、弦十郎の腕力を持ってすれば十分な威力を秘めた一撃となる。

 ゼファーはアッパー気味に腕から圧縮焔を放出・爆発。

 聖剣の光を下からカチ上げて、空の雲の方向へと弾く。

 空に浮かんでいた小さな雲が一つ消え、追撃の対消滅バリアをゼファーと弦十郎は飛び退って回避し、顔を見合わせた。

 

 二人の男は目を合わせ、コクリと頷く。

 

「勝負はッ!」

「ここからだッ!」

 

 そして走る。

 黒騎士の足裏、弦十郎の靴裏に踏まれた地面が陥没し、二人は揃って飛び出した。

 拳を振り上げる男達は、絶望を前にしても決して挫けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは幾度となく、大切な人をノイズに殺されてきた。

 彼の愛がノイズへと向けられたことはない。

 そのため、彼の心の中にはかつて抱いた"災厄への憎悪"、"災厄への復讐心"がくすぶったままネガティブフレアのブースト要素として残されており、それはいまだノイズへと向けられている。

 それは朧気な感覚となり、ほんの僅かに立花響へと流れ込んでいる。

 

 ゼファーがARMでノイズを知覚し、そのノイズへと憎悪を向ける。

 響がその憎悪を僅かではあるが感じ取り、"そこにノイズが居る"と理解する。

 変則的な形で、立花響はノイズの位置を感じ取る技能を獲得していた。

 しかしノイズの位置は分かっても、未来の位置は分からない。

 

「ラストッ!」

 

 響は未来を探しながらノイズの殲滅を行っていたが、結局未来を見つけられないままに全てのノイズを片付けてしまった。

 しかしここで響の心の持ちようが"戦いの場での心の持ちよう"から、"普段通りの心の持ちよう"へと戻ったことで、響の考え方がこの状況にカチリとハマる。

 響は未来と十年来の付き合いだ。

 互いの考えていることも、選ぶ道筋も、互いになんとなく理解している。

 戦いに一区切りがつき、『普段通りの考え方』が戻ってくれば、自然と未来の考えも分かる。

 響は今日まで未来と過ごしてきた自分の感覚を信じ、駆け出した。

 

「未来……!」

 

 ほどなく響は、息を切らせながら走る未来を発見した。

 

「未来!」

 

「響……」

 

 未来はノイズが徘徊していた二課の中で不安だったのか、響を見た途端に安心したような表情を見せるが、すぐに険しい顔になり拒絶の言葉を響へと吐く。

 

「来ないで!」

 

 その拒絶に、響は足を止めてしまう。

 未来は響にとっても大切で、特別で、唯一だ。

 拒絶の言葉は、未来が吐いたからこそ、響の胸に深く突き刺さる。

 響は曖昧な笑顔を浮かべながら、未来の心へ踏み込んで嫌われてしまう恐れと、未来の心に踏み込んで仲直りしたいという希望を心中で拮抗させながら、勇気を振り絞る。

 

「……未来、私の事、嫌いになった?」

 

「違う! 響が嫌いなんじゃなくて……響に酷いことを言ってしまいそうな、私が嫌いなの!」

 

 未来は響を嫌いになっただけではない。

 彼女はただ自分の中にあるものが『嫌』で、『嫌い』だった。

 

「私……私は……

 嫉妬してるの!

 心配してるの!

 待っているだけなのが辛いの!

 苦しいの! 嫌なの! 寂しいの!

 泣きたいくらいに……! わかってるくせに、こんなことを考えちゃう、私が嫌いなの!」

 

 それは血を吐くような暴露であり、生来嫌いなものを親友二人に突き付けられた癇癪であり、子供の我儘であり、小日向未来の魂の叫びだった。

 

「守られてるだけの自分が、何も出来ない自分が、嫌いなの!」

 

 立花響が"力に選ばれてしまった不幸"を抱えているならば、未来は対照的に"力に選ばれなかった不幸"を抱えている。

 自分が傷付く不幸か、大切な人だけが傷付く不幸か。

 どちらの方が辛いか、という問題ではないのだろう。

 無力であるがゆえの苦しみ、力があったがゆえの苦しみ、両方を知るゼファーであれば、あるいは二人の苦しみのどちらにも共感を示せるのかもしれない。

 

 そして響もまた、守られるだけの立場で味わう心の痛みを知り、守る立場で味わう体の痛みを知る者だった。

 

「守られてるだけなんてこと、何も出来ないなんてこと、ないよ」

 

 響は瞳を閉じて、二人の背中を思い浮かべる。

 

「ゼっくんがさ、前に言ってたんだ。

 『ミクは俺の力の起爆剤(フォースデトネイター)なんだ』、って」

 

「……え?」

 

「『それ、よく分かる』って私は答えたんだ。

 私たちは、いつも未来の心の強さを借りてるから。

 だからこういう時に、力を貸してあげたいんだ」

 

 そして瞳を開き、ゆっくりと未来に歩み寄り、その右手を両手で優しく取った。

 

「帰るべき場所を。

 守るべき大切な人を。

 戦いの中で想えば、辛い修行や戦いの中でも、こんなにも頑張れる……力になってくれる」

 

 響は瞳を閉じて、二人の背中を思い浮かべる。

 ゼファーの背中を、未来の背中を。

 辛くて、苦しくて、悲しくて、泣いてばかりだった自分を守ってくれた二人の背中を。

 "守られているだけの自分を守るため、戦ってくれた親友"の背中を。

 目を閉じれば目蓋の裏に浮かび上がってくる、誇らしい二人の背中を。

 目蓋を開いて、響は柔らかく、優しく、未来に微笑みかける。

 

「それに、ライブ会場の事件の後、学校で私を守ってくれた、戦ってくれたのは、未来だよ?」

 

「―――」

 

 ああ、そうだとも。

 未来が無力でないことを、守るために戦ってきた人間であることを、響は知っている。

 響だから知っている。

 未来の戦いに救われたからこそ、守られたからこそ、響は今この場所に立っているのだから。

 そして今でも、未来は戦いの場に居ないままに、響達の心の支えとなってくれている。

 

「未来は、私達の力になってくれてるよ。

 戦場で一緒に戦わなくても、一緒に戦う以上に、私達の心を支えてくれてるんだ」

 

「響……」

 

「大丈夫! 私もゼっくんも、もう大怪我して心配かけたりしないから!」

 

 未来が居る限り、ゼファーも響も最後の最後で道を間違えはしない。

 かつてマリアとの会話の中でゼファーが「戦いしか知らない」と、そう自虐的に言いながら進んでいた道に、響とゼファーを進ませない楔。それが未来という陽だまりなのだ。

 だから響は、"ここに帰る"と約束して、戦いの嵐の中へと駆け出していくことを止めない。

 

「ゼっくんは私を守るって約束してくれた!

 そんでもって、私もゼっくんを守るって未来に約束する!

 私とゼっくんが一緒になって約束を守れば、私もゼっくんも傷付かない!

 ね、簡単な話だと思わない? 私達は、未来とした約束を絶対に破らないんだからさ!」

 

 陽だまりを照らす太陽のように眩しく、踏まれても踏まれても道端に逞しく咲く小さな花のように力強く、響は笑って拳を持ち上げる。

 

「私達は必ず未来の居る場所に帰って来る。

 皆一緒に物騒な場所に行っちゃったら、どこに帰ればいいのかも分からなくなっちゃうよ?

 だから、待ってて。

 私達が安心して戦いに行けるのは、帰る場所を未来が守ってくれてると信じてるからなんだ」

 

 皆で守る。

 それぞれ違うものを守る。

 力を合わせるということの、皆で一緒に戦うということの本当の意味は、そういうことだ。

 

「必ず帰る。だから未来は、私達の帰る場所で居て」

 

 未来は俯いて、大きく深呼吸して、心の状態を整えている。

 

「私、私……」

 

 再び顔を上げた時、未来の目には、大粒の涙が浮かんでいた。

 それはゼファーや響が戦うことを受け入れながらも、二人が傷付くことを悲しみ、二人のために流した涙だった。

 

「私は、響にもゼっくんにも、戦って欲しくない……

 一緒に音楽を聞いたり、一緒にご飯を食べたり、なんでもない日常を一緒に過ごしたい……

 危ないことなんてして欲しくない、怪我なんかして欲しくない……

 ……そんなちっちゃなお願いすら、叶わないの……? それさえ、ダメなの……?」

 

 未来はゼファーと響が戦うことを、心の大半で納得している。

 それでも、それなのに、その上で、二人に傷付いて欲しくないと思っている。

 理性と感情、心と体の反応の分離。

 それは小日向未来という少女が、ゼファーと響をどれだけ大切に思っているかの証明でもあった。

 

「大丈夫」

 

 涙を流す未来の手を取ったまま、『大丈夫』と響は言葉を重ねる。

 

「終わらない戦いはないよ。

 終わらない悲しみはないよ。

 辛い時間だって、笑顔で居れば、いつの日か、へいきへっちゃらになる」

 

 立花響の戦いは、戦火を広げる戦いではない。

 彼女はいつとて話し合いを望み、戦いを終わらせるために戦いに挑んでいる。

 

「私はそれを知ってるし、そう信じてる」

 

 ライブ会場の惨劇から始まった、響を害する集団の悪意との戦いも、終わらせられた。

 その戦いを終わらせる戦いにより、終わりを迎えた。

 響は今でも鮮明に覚えている。

 戦いの中で敵となる人間を憎むのではなく、人を傷付ける争いそのものを否定し、皆が手を取り合うことをひたすら望んだ親友(ゼファー)の姿を。

 だから響は、敵を憎まず敵に語りかけるのだ。

 立花響の戦いは、いつだって戦いを終わらせるための戦いだから。

 

「私達が戦う日々も、いつか終わる。終わらなかったら、私達が終わらせる!」

 

 響の言葉は、ゼファーや響が戦わなくてもいい『いつかの未来』を思わせる。

 その未来(みらい)を信じてもいいかな、と、未来(みく)は思った。

 だって立花響その人が、その未来を信じているのだから。

 その未来を、何が何でも掴み取ろうとしているのだから。

 だから彼女も、信じられるのかもしれない。

 

「だから今日はもう少しだけ、私に頑張らせて」

 

 力強く言い切る響に、涙を拭って未来は言う。

 

「いってらっしゃい」

 

 響を送り出す言葉を。

 響達の帰る場所で居ることを誓う言葉を。

 万感の想いを、一言に込めて。

 

「いってきますッ!」

 

 その言葉に背中を押され、響は飛び出した。

 響の心の震えに応え、ガングニールが1000%のパワーを吹き出させていく。

 最速で、最短で、響は地上に至るまでの道を駆けて行く。

 そして地上に出た所で、手持ちのパソコンのキーボードを叩く朔也と目が合う。

 

「響さん!」

 

「! ありがとうございます、藤尭さん!」

 

 朔也が観測機を使い、地上に出たゼファー達の位置を把握していたこと。

 そして響が地上に出たと同時に、その位置をプリントアウトした地図を彼女に投げ渡したこと。

 響がそれを受け取って、跳び出したこと。

 彼女に位置情報を渡すためここに待機していた朔也もまた、車で移動を始めたこと。

 

 それらは全ておまけの事柄だ。

 重要なのは、響が僅かな時間でゼファー達の位置を知り、駆けつけたという一点のみ。

 

「見つけたッ!」

 

 疾走、跳躍、空中跳躍。

 戦艦の砲弾か何かと見紛うほどの威力とサイズとスピードで、響はかっ飛んでいく。

 そして戦場でゼファー達に牙を剥くその敵に、全力で拳を叩きつけた。

 

《《            》》

《 私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ 》

《《            》》

 

 自分が以前とは違う歌を歌っていることに、おそらくは本人ですら、自覚がないままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響が到着する少し前。

 ゼファーと弦十郎は背中合わせに、息も絶え絶えに立っていた。

 二人の戦力は三つの完全聖遺物、二体のゴーレムには明らかに遠く及んでいなかったが、それでも戦いは一進一退を繰り返し、二人の男は粘り強く戦い続けていた。

 

「やれやれ、ハードな戦いになったもんだ。大丈夫か?」

 

「心配要りませんよ、まだまだ余裕です」

 

 泥、汗、傷、血。

 二人の体表はとても綺麗とは言いがたい。

 しかし軽口を叩きながら戦い続ける二人の雰囲気に、交じる絶望などありはしない。

 

「ほら、先週ゲンさんに借りた映画、あるじゃないですか」

 

「……ああ、なるほどな」

 

 炎が、光が、鞭が、ノイズが、対消滅バリアが行き交う戦場。

 しかし二人は互いを庇い合うことで、決定的な一撃だけは喰らわない。

 

「ダイ・ハードに行きましょう」

 

「そうだな、ダイ・ハードに生きてやろう!」

 

 そう、頑固(ダイ・ハード)に、最後まで諦めず(ダイ・ハード)に、そう簡単に死なないよう(ダイ・ハード)に、生きてこそ、戦ってこそ、だ。

 それでこそ不屈の男(タフガイ)である。

 それでこそ、風鳴弦十郎だ。ゼファー・ウィンチェスターだ。

 二人が構える拳の力強さに、陰りは見えない。

 

 そして二人が再度背中合わせに構えたその瞬間、空から第三の拳が降って来た。

 

「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 空より降って来たのは立花響と、響の拳。

 彼女はまっしぐらにアースガルズへと飛んでいくが、アースガルズは当然それを防御する。

 しかもその防御は、あの日ナイトブレイザーの強化バニシングバスターを軽く防いだ、あの両手連結のバリアであった。

 通常の対消滅バリアを遥かに超える対消滅性能と強度を持ったバリアが、響に迫る。

 

「知るかぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 しかし響は、自身の全身全霊全能力をただ一打に込めて、そのバリアを粉砕した。

 常識でも理論でも計算でも理解できないであろう、最強の拳撃。

 それはバリアを粉砕しながら突き進み、アースガルズが掲げた前腕部に受け止められる。

 とてつもない衝撃音が鳴り響き、神々の砦の腕が少しだけ軋む音こそしたものの、その一撃は受け止められる。

 

 響とアースガルズはその後弾かれるように離れ、示し合わせているかのように仲間と合流。

 ネフシュタン・アースガルズ・ディアブロが並び、ナイトブレイザー・ガングニール・弦十郎が並び立ち、相対する。

 しかし静寂の相対は、ほんの一瞬で終わりを告げた。

 

(―――この状況での、最善手は―――)

 

 朔也が本部の外に出て、スカイタワーを外部操作して通信を中継してくれている。

 ゼファーのARMが、この戦場を構成する要素を教えてくれている。

 彼は一瞬で考えに考えて、勝利に繋がる道筋を打ち立てる。

 そして、叫んだ。

 

「二人とも、合わせてくれッ!」

「応ッ!」

「うんッ!」

 

 立花響が拳を構える。

 それはゼファーに習い、弦十郎に習った、雷を握り潰すように撃つ拳。

 絶唱数発分のエネルギーを圧縮した、武器を持たない腕から繰り出される拳。

 

 風鳴弦十郎が拳を構える。

 それは父に習い、兄に習い、天戸に習った、20年の研鑽の向こうにある拳。

 天地を砕き、常識も条理もまとめて砕く、人が持ちうる中でも最強に位置する拳。

 

 ゼファー・ウィンチェスターが拳を構える。

 それは弦十郎に習い、大人達に教わったことを全て込めた、魂の拳。

 この世界が彼の中に刻んで来た想いの全てを、力に変えた渾身の拳。

 

「「「 うおおおおおおおおおッ!!! 」」」

 

 ゼファーが、弦十郎が、響が、三者揃って拳を突き出す。

 三人は似た構え、似た動きから、それぞれが拳に懸ける想いを撃ち放った。

 衝撃が、破壊力が、焔が、空気の塊が、パワーが混じり合って高め合う。

 あらゆるエネルギーベクトルが混沌となって、ひと塊の必殺技と昇華されていた。

 

 融合した三人のエネルギーが、光の拳となって敵へとすっ飛んでいく。

 

 少女は右手でデュランダルの光撃を放ち、左手でネフシュタンの暗黒光球を放った。

 ディアブロも固体・液体・気体の炎を全力で放った。

 それは彼らなりの全力迎撃……で、あったのだが。

 ゼファー達の拳の総攻撃は、あらゆる不条理を殴り飛ばす至上の拳。

 

 いとも容易く完全聖遺物達の迎撃を呑み込んで、彼らの必殺技は突き進む。

 

「なっ―――!?」

 

 ディアブロは迎撃から回避に切り替え、跳ぼうとするが、避けきれない。

 三位一体の拳は漏れた余波だけでディアブロを吹き飛ばし、その機体を大木に叩き付けた。

 そのままネフシュタンの少女までもを呑み込んで、戦いに決着……と、思われたが、それは少女の前に滑り込んで仁王立ちしたアースガルズが許さない。

 

 響の『調和』の力を込められた合体攻撃は、アースガルズのバリアすら崩壊させる。

 そこでアースガルズは両の手の対消滅バリア発振機構を交互に展開し、その攻撃を多重に張ったバリアで受け止めた。

 初めから調和させられる前提で、右と左の腕でバリアを交互にかつ超高速で張り替え続ける。

 それはアースガルズにとっても無茶であり、無理であり、無謀であったが、『仲間を守る』という至上の目的のためならば、アースガルズは不可能をも可能にしてみせる。

 

 ゼファー達の合体攻撃が飛んで来る50mの範囲の間に、アースガルズが張り続けた極薄の対消滅バリアの数、実に5万枚。

 その一瞬でバリアの砕ける音が、何万回と連続して人の耳へと届けられる。

 約4万8000枚の対消滅バリアを粉砕した所でようやく、彼らの拳の合体攻撃は停止したようだ。

 ネフシュタンの少女は、鎧の下でじんわり嫌な汗をかく。

 

(この脳筋族どもが、力任せに真正面から来る気だったってのか……!?)

 

 少女の背に走る戦慄は、尋常なものではあるまい。

 しかしここで攻撃を終わらせるような手ぬるい攻めを、ゼファーが組み立てるものか。

 "敵を詰ませる"時は、二手三手と重ねるのが彼の攻めの定石だ。

 

「やっちまえ」

 

 空に流れ星が流れ、そこから蒼色の光が落ちてくる。

 アースガルズがゼファー達の合体攻撃を防ぎきったのとほぼ同時に、空から降って来た『蒼ノ一閃』は神々の砦にガードされるも、その巨体を横に押しやる。

 そして蒼ノ一閃に続き飛んで来た翼が、振るう剣をネフシュタンへと叩き込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

「遅参だが、間に合ったか」

 

 ネフシュタンの少女は咄嗟に右手のデュランダルで受け止めるが、翼の女性らしい細い腕に内包されたゴリラのような腕力に、ギアのパワーアシストが加わった斬撃を、片手では受け切れない。

 敵の攻撃に反応し、咄嗟に剣を両手で持って受けるという『型』の練習を毎日こなしていない証だ。素人くさい、付け込まれる隙となってしまう動き。

 ネフシュタンの少女は翼の剣に押し込まれているのを見てから、剣を両手で持って押し返そうとするが、その一瞬の隙を翼ほどの戦巧者が見逃すはずがない。

 

「レイザーシルエットッ!」

 

 絶唱の力を一部分だけ引き出し、剣や手足に付加する応用技。

 以前はエネルギーを引き出すのに時間がかかったこの技も、今では一瞬で力を引き出せる。

 翼は足に力を集中して鍔迫り合いのままに踏み込み、少女の姿勢を崩す。

 次に腕に力を集中して剣を押し、引き、敵の手の中のデュランダルを揺らす。

 そして剣に力を集中して、デュランダルを少女の手の中から弾いた。

 

 弾かれたデュランダルは宙を舞い、どこぞへと吹っ飛ばされていく。

 

「剣の扱いは三流だな。握りが甘いから、すぐ弾かれる」

 

「て、めえッ……!」

 

「一人ぼっちで人形遊びに興じる貴様の力など、我らの結束の前では児戯に等しいと知れ!」

 

 翼はネフシュタンの少女の首に刀を突き付けるが、少女は鎧の背部ホルダーに固定していたソロモンの杖を打撃に使用し、その刀を弾く。

 

「てめえらみてえに群れる趣味はねえんだよ!」

 

 激昂するネフシュタンの少女。

 ディアブロ、アースガルズも既に体勢を立て直しており、ゼファー・響・翼・弦十郎の四人に対し有利な位置取りを取ろうと動き出していた。

 

 ゼファー達は戦力的に劣っている。

 戦力的に劣ろうとも、ゼファーが一人で10分以上持ち堪えたのを見れば分かるように、"負けない"だけなら可能なのだ。

 しかし、それでは勝てない。

 根本的な戦力差が埋めきれない。

 ジャイアントキリングの可能性も、アースガルズによって潰されている。

 時間経過でナイトブレイザーの変身が解除されてしまうという弱点の存在も、戦いが長引けば長引くほど不利になる要因となってしまう。

 そして激昂する少女の様子を見る限り、敵にも退く気は毛頭無さそうだ。

 

「あたしは一人でいい! もう二度と仲間なんて要るものかよ!

 どうせどいつもこいつも、死ぬか裏切るかして、どっかに行っちまう!

 なら要らねえ! 仲間なんざ要るもんか! あたしは一人だけでいいんだよ!」

 

「お前は……」

 

 ネフシュタンが、ディアブロが、アースガルズが動く。

 フィーネの想定のしていた形の一つ、デュランダルとナイトブレイザーを確保してネフシュタンの少女が帰還するという未来に向けて、戦場が動き始める。

 弾かれた聖剣が地に落ちる音が、よく通る響きとなって戦場に流れて行った。

 

 

 

 

 

 フィーネの目論見は成功するはずだった。

 フィーネの目論見を果たすためのネフシュタンの少女の作戦は成功するはずだった。

 だが、フィーネと少女は同じミスを犯してしまっており、そのために彼女らの計算は狂った。

 

 彼女らの間違いは、"二課の大半の人間を甘く見ていた"こと。

 

 『力無く勇気ある人間に力を貸してくれる』完全聖遺物の可能性を、失念していたこと。

 

 そして、男でなかったがゆえに、男の意地というものを軽視していたことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前に落ちてきた聖剣を、藤尭朔也は強く握った。

 高校生の時、授業で一年間真剣にやっていた剣道の記憶が彼の手の中に蘇る。

 素人の域を出ていない握り方であるが、真剣に努力した過去は、彼を決して裏切らない。

 剣を握ると、ほんのり熱が伝わってきた。

 何故かそこで、朔也は二年前のあの日の記憶を思い出す。

 

 藤尭朔也もまた、天羽奏に対しやんちゃな後輩を見るような好感を持っていた。

 けれど、死んだ。死んでしまった。

 奏もまた、朔也の目の前で死んでしまったのだ。

 あの日からずっと、彼の胸の中にも後悔がある。

 男として、女の子を守れなかった後悔がある。

 

 あの日の後悔を、彼が忘れることはあるまい。

 

「……ふぅ」

 

 "仲間を守る"。

 ただそれだけを思い、思考を純化させていく朔也。

 その目に、体に、心に、覚悟が宿る。

 "もう誰も死なせてなるものか"と、ふだんなよなよしてるくせに、ここぞという時は類稀なる勇気を見せる一人の男が、剣を振り上げる。

 

 剣を振り上げたその瞬間、朔也とネフシュタンの少女の目があった。

 

「!?」

 

俺達(チーム)の力を、舐めるなああああああああッ!」

 

 藤尭朔也が、剣を振り下ろす。

 その一瞬で、戦場は目まぐるしく変動した。

 

 ナイトブレイザーがネフシュタンの少女に向かって全速で距離を詰める。

 弦十郎も同じようにネフシュタンの少女へと向かう。

 吹っ飛ばされ衝撃でダメージを受けた体で、ディアブロが弦十郎の前に立ち塞がる。

 響は自分の役目だと言わんばかりに、アースガルズを抑えに行く。

 翼は横に跳んで邪魔にならないよう聖剣の射線を空けながら、アースガルズに向かって駆ける。

 アースガルズは少女を守ろうとしたが、発生させたバリアは響の調和にかき消され、物理的な動きは翼の動きによって遮られてしまう。

 

 聖剣の光が放たれる。

 ネフシュタンの少女が、暗黒光球を発生させてそれを防ぐ。

 そして仲間達に背中を押されるように、炎の壁と神々の砦を越えて、黒騎士はようやく敵の本丸へと辿り着いた。

 この千載一遇の好機に、ゼファーは以前から考えていた決め手の札を切る。

 

 抱きつくようにネフシュタンの少女の体を固定して、胸部装甲をまず展開。

 そして『ゼロ距離バニシングバスター』の準備を整えた。

 

「!? てめえまさか、相打ち覚悟で……!?」

 

「俺は死ににくいからな。悪いがその鎧、ここで砕かせてもらうッ!」

 

 威力を調整。

 ネガティブフレアの天敵という特性を持つネフシュタンの鎧でも、全開で撃てば死にかねないと彼の直感も言っている。

 だから死なないように、けれど鎧は千々に砕けるようにと、調整した威力を爆発させる。

 

「バニシングッ!」

 

「やめ―――」

 

「バスタァァァァァッ!!」

 

 閃光が広がり、爆炎が二人を飲み込み、轟音が鳴り響く。

 敵の駒を確実に一つ潰し、不死身のゼファーは帰還する。

 今日に勝てずとも、次回以降の戦いが圧倒的に有利になる要素が残る。

 彼が考えていたシナリオの通りに、この一瞬の戦いの流れは推移していた。

 

 ここまでは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仮面は剥がされた。

 

 仮面越しでは絶対に伝わらないことはある。

 

 心も、言葉も、気持ちも、正体も。

 

「え……?」

 

 漏れた声は、どちらのものだっただろうか。

 黒鎧も白鎧も、もうこの場には存在しない。

 今ここにあるのは成長し、されど子供の頃の面影を遺した、少女と青年が一人づつ。

 

 遠い昔に、別れた二人が一人づつ。

 

「クリ、ス……?」

 

「ゼ、ファー……?」

 

 あの日別れた二人は、これ以上なく劇的に、これ以上なく悲劇的に、再会を果たしていた。

 

 望まぬ形で、敵同士という形で、戦場で。

 

 ゼファー・ウィンチェスターと雪音クリスは、運命に導かれるように、また出会う。

 

「ゼ……、……っ!」

 

 クリスはゼファーに手を伸ばそうとするが、変身解除したゼファーを守ろうと走って来たのだろう、デュランダルを構える朔也に割って入られてしまう。

 朔也は戦闘という分野においては素人の中の素人だ。よく見れば肩も、足も震えている。

 しかし今のクリスに、そんな細かなところまで見ている余裕はない。

 

「近寄るな! 近寄れば、女の子と言えど斬る!」

 

 朔也の恫喝を聞き、ここでゼファーと話すことは不可能であると、そう思い知ってしまった。

 

「アースガルズ! ディアブロ! 撤退だ!」

 

 だからクリスは、二体のゴーレムに命じて撤退を選択する。

 彼女自身、もう何がなんだか分からなくなっていて、もう戦える状況ではなかったから。

 今は考える時間も、冷静になる時間も必要だと、彼女の人並み外れたバトルセンスが動揺する理性の舵を取り、彼女に最善の選択を選ばせる。

 

 だが、去り際にクリスが振り返ってゼファーに見せたその表情は、ゼファーの心を乱すには十分すぎて。

 

「な……なんなんだ……どうなってんだ、一体……!?」

 

 死んでいたと思っていた相棒が、生きていた。

 するはずもないと思っていた行動を取っていた。

 敵として、戦場にて相対していた。

 

 これで動揺するなと言う方が無理だろう。

 

「なんなんだよ、これはッ!」

 

 もしも、今の雪音クリスが抱えている意志が、ゼファーのそれと相容れないのなら。

 

 ゼファーはクリスと殺し合わなければならないのかもしれないのだから。

 

 あの日、止まっていたゼファーとクリスの時間は動き出す。

 

 あの日、二人が望んでいた形とは正反対に歪んだ形で。

 

 

 




【衝撃の事実】
ネフシュタンの少女、雪音クリスちゃんだった

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