戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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避難訓練時の三鉄則 おかし

おさない
かけない
シ・ン・フォ・ギィィッ――ヴウゥワアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!


3

 雪音クリスは、ゼファーに間違っていることは間違っていると言ってくれる。

 その行動に、言動に、仕草に、優しさがこもっているように見える。

 感情を素直に伝えられない子だということは、ゼファーにもよく分かった。

 その上で全身で感情を表現しているからこそ、誤解されやすいのだろうとも思った。

 人が人に抱く感情は絡み合って複雑だ。それが例え一ヶ月の短い付き合いだとしても。

 

 彼女の全てを知らなくとも、ゼファーがクリスに対して言えることがたった一つある。

 人を撃ちたくないという倫理の鎖を、自分の生死ではなく他人の生死を理由に断ち切れた雪音クリスという少女は。

 

 自分よりも他人を大切に思って行動できる、優しい人だと。

 

 ゼファー・ウィンチェスターは、クリスを一人の友としてとても大切にしてくれる。

 異性としてのデリカシーは壊滅的だが、無言で気を遣ってくれる。

 大抵の事には寛容な彼だが、時々する口喧嘩で本音を吐き出せることがクリスにとってどれだけの救いになっていることか。

 変な所も多いが、それが普通の子供がここで『生き残ってしまったら』どうなるかという事なのだと気付いた時、放っておきたくないとクリスは決意した

 人が人に抱く感情は絡み合って複雑だ。それが例え一ヶ月の短い付き合いだとしても。

 

 彼の全てを知らなくとも、クリスがゼファーに対して言えることがたった一つある。

 手を繋ぐこと、一人にしないことの大切を知っていて、誰かを守るときにこそ本当の強さを発揮できるゼファー・ウィンチェスターという少年は。

 

 自分よりも他人を大切に思って行動できる、優しい人だと。

 

 口にしはしないが、二人は互いに友達になれたことを嬉しく思っている。

 不器用なあたりも似た者同士なので、もしかしたら一生口にすることはないかもしれない。

 素直なあたりも似た者同士なので、ポロッと言って赤面大会になる可能性も無きにしもあらず。

 いい友達であることには間違いないが、二人が一番似ている部分がどこかと言えば、それはきっと夜のベッドの中での様子だろう。

 夜、夢の中の地獄こそが、彼らの共有する認識と原風景なのだから。

 

 失ったことに由来する地獄、戦場で築いた絆が、二人を友として強く結びつけている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三話:Final Countdown 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バーソロミューはまずクリス、次にゼファーを拾いに行った。

 と、言うより。

 バーソロミューの視点では、重症なのは間違いなくクリスの方のはずだったのだ。

 人を撃ったクリスと、それを励ましつつ、その過程で自分の傷を抉っているゼファーの順で精神的にキているという認識だった。

 なのでクリスを励ませれば、連鎖的にゼファーも復活する。そういう認識だった。

 ゼファーを拾いに行ったのも、クリスを立ち直らせるのならば、彼女の唯一の友人であるゼファーが居てくれた方が良いだろうという判断から。

 

 しかし蓋を開けてみれば全くの逆。

 クリスはやや危うさが透けて見える思いつめた様子だが、それでも自分なりに消化している様子であり、例えるなら膨らんだ風船、崖っぷちで踏み留まっている状態。

 ゼファーは顔には出していないがかなりマズい。何があったのか、例えるならパンパンの風船、崖にギリギリ片手でぶら下がっている状態だ。

 バーソロミューがゼファーの育ての親であり、機微に聡い大人でなければ、ゼファーの方の追い詰められた様子には気付けなかったかもしれない。

 

 

(どうなっとんじゃこりゃあ)

 

 

 バーソロミューにはその原因に全く心当りがない。

 今のゼファーは数年前、リルカという親友が殺された時に近い様子だ。

 一見なんでもないように見えて、時々思い出したように目線の焦点が合わなくなり、定期的に吐瀉物を抑えるように口を抑え、それでいてギリギリ正気だけは保っている。

 現実から逃避しているようでし切れていない。

 バーソロミューが何を聞いても「なんでもない」の一点張りだ。

 

 

「……それでなんともないと言うのは、無理があろう」

 

「え? いつも通りだろ?」

 

「……、……。まあええわい、茶を入れてくる。二人共そこに座っとれ」

 

 

 ゼファーとクリスが連れられてきたブラウディア宅は、ウィンチェスター宅より数段大きい。

 故に一室一室も子供なら走り回れそうな大きさだ。

 そんな一室に、ゼファーとクリスは残された。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 ここしばらく二人の間に沈黙が広がることは多かったが、ここまで会話が広がらなさそうな沈黙もなかった。

 今日までの沈黙はクリスが思案し、ゼファーがそれを見守り、クリスがポツポツと何かを口にするという形の沈黙。

 しかし今はゼファーが壁をボーっと見つめ、クリスがそれを見つめる形の沈黙。

 クリスはゼファーを見ていても、ゼファーはクリスを見ていない。

 テーブルを挟んで椅子に座る二人だが、テーブルの大きさ以上に二人の心の距離は離れていた。

 

 

「ゼファー」

 

「……」

 

「ゼファー」

 

「……」

 

「ゼファー!」

 

「……あ、ああ、すまん。何の話してたっけ」

 

「……何の話もしてねえよ」

 

 

 そして、話しかけてもこれだ。

 これでよくバーソロミューに「なんでもない」だなんて言えたものだ。

 話しかけられるのに気付かないどころか、その前後に何をしていたかまで忘れている。

 そう、忘れているのだ。

 妙に忘れっぽくなっていて、それでいて目の前の他人をちゃんと見ないゼファー。

 それは彼の友人の一人として、クリスが許容できる範囲を超えていた。

 

 

「ゼファー、言え」

 

「は? なんだよ、唐突に」

 

「今日家出る時まではなんでもなかったろ。その後、何があったのか全部話せ」

 

「……いや、別に、本当に」

 

「あたしは!」

 

 

 ダン、とテーブルを叩くクリス。

 

 

「もうお前に嘘なんてつかない。

 なのにお前は、あたしに嘘を吐くのか?」

 

「―――」

 

 

 息を詰まらせるゼファー。

 

 

「あたしが頼りになるって思えるなら全部話せ。

 あたしが信じられるって思えるなら全部話せ。

 頼りにならない、信じられないって思うなら、話さなくてもいい」

 

「っ」

 

 

 その言い回しは、卑怯に聞こえるかもしれない。

 けれどもまごうことなくクリスの本音で、本気の言葉だった。

 対してゼファーのそれは、本気の嘘ですらない。

 本気でない奴が、本気の奴に勝てるわけがない。

 

 

「友達なら、辛いことも楽しいことも話して欲しいんだ。

 辛いことなら半分になるし、楽しいことなら倍になる。

 今ゼファーが抱えてるものが辛いなら、あたしにさっさと半分よこせ」

 

 

 テーブルの上にひょいと跳び上がり、クリスは片膝を突いて手を差し伸べる。

 ゼファーはその手を取ろうとして、迷い、手を取らずにぎゅっと拳を握る。

 話すより、きっと忘れた方が楽だ。

 話して楽になれば、それはいい思い出として忘れられなくなってしまうかもしれない。

 何も解決しない現実逃避、嫌なことを酒で忘れてなあなあにしようとするかのような思考。

 本当の意味で忘れられもしないのに、思い出さなくなるだけの忘却を続けようとする。

 

 そんなゼファーの覚悟や決意とは無縁の瞳を、クリスの真っ直ぐな瞳が捉える。

 手を差し伸べてもらった。だから差し伸べ返すのだと、言葉よりも瞳が雄弁に語る。

 だからクリスは、その手で彼の拳の上からその手を握り、テーブルの上に引っ張り上げる。

 差し伸べた己の手を拒絶するように握られた手を、知るかと言わんばかりに上から掴む。

 つんのめるように、ゼファーは机の上に引き上げられる。

 

 

「お前がどうかは知らないけど、少なくともあたしはお前のことを信じてるんだ。

 何を話したって、どんな弱音口にしたって、大丈夫だって思えるくらいには」

 

 

 机の上で、向かい合う二人。

 ゼファーは迷うように口を少し開き、閉じ、また少し開き、それを繰り返す。

 そして、俯き。呟くように話し始めた。

 

 

「ありがとう」

 

 

 その最初に、感謝の言葉を口にしてから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全部話した。ゼファーは、クリスに全てを話した。

 明日になれば、思い出さないようにと思考から追い出してしまうかもしれない。

 それでも今のゼファーは、リルカのことも、ビリーのことも、今日のことも全て語れる。

 向き合えるだけの強さを得た? 否。そう簡単に変われるほど、人の心は安くない。

 単に感情に蓋をし切れなくなり、壊れかけているだけだ。

 

 

「昨日より前のことを全部すっぱり忘れられたらな、って思う」

 

 

 どんなに口達者な人間だとしても、今はその蓋を直すのが限界だろう。

 一言で、短時間で、潰れそうになっている人間を必ず立ち直らせることができるカウンセラーなど居るわけがない。

 ましてやクリスは口下手な類である。言葉巧みに、など土台無理な話だ。

 加えて、クリスとゼファーの間には一定の共感がありながらも、決定的な違いがある。

 

 

「でも、無理だ」

 

 

 クリスの過去は突き詰めれば両親の責任にも出来るが、ゼファーの過去は突き詰めれば彼の無力が責任となる。

 殺した奴が悪い、殺したノイズが悪い、それも真理だろう。

 だが人間が直接的な加害者以外を悪く思うというのも、また真理だ。

 リルカもビリーも、ゼファーにあと少しの力があれば死ななかったのかもしれない、そんな仮定もまた真理。

 二人の死の原因から、当事者だったゼファーの無力は切り離せない。

 クリスの地獄は他人のせいで、ゼファーの地獄は自分のせいだ。

 少なくとも、二人はそれぞれ自分の地獄に対しそう思っている。

 そして、

 

 

「だって、俺が悪かったんだから」

 

 

 自分自身を永遠に許せないのが彼の人生だ。

 誰になんと言われようが、ゼファー自身がゼファー・ウィンチェスターを許さない。

 

 

「だからユキネは、正直尊敬してる」

 

 

 許せない自分や、他人や、現実があって。

 それでもゼファーよりマシな形に立って居られているクリスは、少なくともゼファーよりは心か意志かが強いということは、誰にでも分かる。

 ゼファーがクリスに自分よりも高い生きる価値を見出しているのはそういうことだ。

 忘却にて直視していないだけで、自分の弱さ、醜さ、無力、それらを自己嫌悪という形で自覚はしている。後悔が彼の思う彼自身の生きる価値を引き下げる。

 思い出す度に、自分が生きている価値というものが分からなくなる。だから忘れる。

 

 

「思い出しただけで、死にたくならないのか?」

 

 

 淡々と続く血を吐くような彼の言葉の羅列に、クリスも言葉が出てこない。

 思い出す度に生きていることが辛くなるという言葉に、彼女は共感してしまった。

 それだけではない。

 言葉の一つ一つが重い。

 何年もドロドロと積み重ねた想いを、片っ端から吐き出しているのだろう。

 ゆえに、全てが偽りのない本音だ。

 

 

「きっと二人共、あの世で俺を恨んでる」

 

 

 ゼファーの笑いが乾き始めた。

 マズい、とクリスの感覚が警鐘を鳴らし始める。

 『二人があの世で自分を恨んでいる』、この考え方は危険だ。

 おそらくそれが今日ゼファーが至った結論で、今彼を苛んでいる思考で、放っておけばもう戻れないくらいに彼を壊す一押しになりうる何かだ。

 ここからは気持ちの吐き出しではなく、口に出すだけのただの自傷になる。

 

 

「お前の親友とその兄で仲良かった人なんだろ? 恨んでないかもしれないだろ」

 

「二人共、まともに人として死ねなかったんだよ」

 

 

 無残に傷めつけられ、人としての形も保てず、陵辱の限りを尽くされた妹。

 体を無価値な炭素の屑に変えられるという、遺体も残らない最悪の殺され方をした兄。

 二人が誰かを責めるなら、ゼファーはその誰かを絶対に許さない。

 それがたとえ、自分自身であっても。

 

 

「あの子があの人と再会できずに酷い殺され方をしたのも。

 あの人が恨んでた俺がお荷物になって殺されたのも。

 全部俺のせいだもんな。

 あの兄妹にとっちゃ、俺は疫病神もいいとこだ」

 

 

 先ほどの文を繰り返す。クリスは口下手の類だ。

 

 

「……いや、それでも、きっとその人達はゼファーの事を恨んでなんか――」

 

 

 中途半端な彼女の気休めに返って来たのは、絞り出すような彼の叫びだった。

 

 

「死んだ人が何を思ってたかなんて、知る方法があるわけないだろッ!

 そんなことは……俺も、お前も、よく知ってるじゃないかッ!」

 

「―――っ」

 

「少なくとも、俺の好きだったあの人達は、俺が居なかったほうが幸せだったんだッ!」

 

 

 根拠なんてない。

 ただそれが()()()()()()から、ゼファーはそれを本気で信じている。

 先程ゼファーの本気でない嘘はクリスの本気の言葉に真っ向から破られたが、それが逆転した。

 クリスの本気でない気休めのような励ましは、ゼファーの本気の言葉に破られる。

 まして。

 死人に問いたいことがあるのは、話したいことがあるのは、声が聞きたいのは、雪音クリスも同じだ。彼女も何故こんな場所に連れてきたのかと、恨まなくてもよくなる理由を聞きたかった。

 

 クリスもゼファーと同じく、死人に縛られている生者には違いない。

 だからこそ、彼が心奥に秘めた想いを友として無理やり引き出せた。

 だからこそ、彼の言葉を否定出来ない彼女では、彼を変えられない。

 

 

「俺が悪かったんだ……だってみんな、俺と同じくらいに『生きたい』って思ってたはずなのに」

 

 

 二人、ではなく。みんな、とゼファーの語る括りが大きくなる。

 

 

「俺だけ生きてる理由なんて、どこにもないじゃないか。

 俺だけ生き残って、それで俺が恨まれてないなんて思えない。

 俺だけ生き続けて、それが他の誰かが生き残る邪魔にならなかったなんて思えない」

 

 

 エヴァンス兄妹だけではない。ゼファーが見てきた、死んで行った全ての人達。

 それらに対してここまでは思わないのが普通の人間、言い換えれば自己を確立した大人。

 こうまで思ってしまうのは、自己を確立できていない子供ぐらいのものだろう。

 良い言い方をすれば、こんなになるまで自分の頭の中で思考をこじらせた。

 悪い言い方をすれば、こんなになるまで他人に相談もせずに自己完結する愚か者。

 

 

「お前……本気で、言ってるのか?」

 

「嘘だろうって、本気で言ってないんだろうって、ユキネはそう思ったのか」

 

 

 本気も本気だ。

 クリスがこの本気の言葉を否定したいなら、死人を連れてくるしかない。

 リルカにも、ビリーにも、その他多くの死人達にも会ったことのないクリスに何が出来るというのか?

 無理だ。死人にも生者と語る口はない。

 彼女にできることは彼の本音を友達として引き出すこと、それだけだった。

 

 

(あたし、また何も出来ないのか)

 

 

 口下手ゆえに言葉も見つからず、歯を食いしばって、俯いて、拳を握る。

 はたから見れば、それはクリスが涙を堪えている姿に見えたかもしれない。

 だが、それは違う。

 泣きそうになっているのに、泣くという形で吐き出せない目の前の友達に、掛ける言葉が見つからない自分に泣きそうになっている。

 

 泣かない。泣かないのだ。こんなになっても、ゼファーは泣かない。

 溢れ出る感情を泣いて吐き出すクリスだから、それに気付けた。

 泣くことが感情を吐き出すことなら、大切な人が死んでも泣けない奴は『こうなる』に決まってるんだ、と。

 

 

―――あの日から誰が死のうと、ゼファーは泣けなくなってしもうた

 

 

 初めてバーソロミューに会った日、リルカについての話をした時の言葉を思い出す。

 クリスはその時何気なく聞き流したが、その言葉が今となっては重い。

 死に絶対に泣かない人間と、絶対に弱音を吐かない人間はどう違うのか?

 大人になれば、家族の死にも泣かず気丈に立てるのかもしれない。

 しかし大切な人の死に泣きたくても泣けない子供は、きっとどこかが欠落している。

 

 

(頼らせてやるとか、あたしまた、口だけで……)

 

 

 リルカにも、ビリーにも、その他多くの死人達にも会ったことのないクリスに何が出来るというのか?

 無理だ。彼女にできることは彼の本音を友達として引き出すこと、それだけだった。

 だからここからの役目は、別の人間が担う。

 

 

「馬鹿もんが」

 

 

 互いが互いしか見ていなかった空間に、厳格な声色が投げかけられる。

 その声が耳に届くまで、二人共すっかりここが誰の家で、自分達が誰に呼び出されていたのかということを忘れていた。

 

 

「自罰のために死人の意志を決めつける事こそ、罪悪と言うのじゃ」

 

 

 男は、バーソロミューは、有無を言わせぬ声色で二人に歩み寄る。

 その言葉の重さは人生の重さ。

 子供が親に怒られた時のように、その言葉に耳を閉じることもできず、その場から逃げることもできず、テーブルの上で二人は固まってしまう。

 

 

「ゼファー」

 

 

 名前を呼ばれ、ゼファーの体がビクッと震える。

 バーソロミューは滅多に怒らない。ゼファーにも、赤の他人にもだ。

 そんな彼が怒る時は、決まって一つ。

 ゼファーが『絶対にしてはいけないこと』をした時だ。

 例えば今の、『自罰のために死人の意志を決めつける』といったような。

 

 

「ワシはあの兄妹の素性を知っておったよ。ビリー本人から、全て聞いていた」

 

「!」

 

 

 クリスの驚愕。そしてそれをはるかに凌駕する、ゼファーの驚愕。

 そう、当たり前のことだ。

 死人に生者と語る口はない。

 けれど生前その想いを聞き、その人が死しても忘れず心に刻んだ誰かはどこかに居る。

 

 

「頃合いじゃろうな……ワシの知る限りのことを、全て話そう」

 

 

 死人に口なし。自罰のために死人の意志を決めつけることは罪悪だ。

 けれど死人の意志を継ぎ、語り継ぎ、残された者へと伝える誰かは、きっと尊い。

 その役目は子供ではなく、長く生きた分誰かの死を乗り越えてきた、そんな大人に課せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数年前のこと。

 まだゼファーが重い銃も撃てない年頃で、リルカが死んでしまってほどない頃。

 フィフス・ヴァンガードに訪れたその男は、バーソロミューの前に立っていた。

 先ほどまでその男……ビリー・エヴァンスは、一人の少年と少し話をしていたようだ。

 

 

「どうじゃった?」

 

「ひどいですね。……分かってて会わせたんですか、先生」

 

「でなければワシの可愛いゼファーを殺しかねん復讐者(おまえさん)には会わせんよ。

 それに、ワシはもうお前に先生と呼ばれる資格はない。

 間接的に、直接的に、ワシはこの手を汚しすぎた」

 

「それなら僕もそうですよ。もう、貴方の教え子は名乗れない。

 誰にも話せない恥、墓まで持っていかなければならない罪が山ほどあります。

 けれど貴方に受けた恩、貴方に感じた敬意は何があっても色褪せません。

 ゆえに、先生と」

 

「……ならワシも、お前をワシには勿体無いほどの教え子として、誇ろう」

 

「ありがとうございます。先生」

 

「よせ、礼を言うのはワシじゃ……

 一時とはいえ教育者であったこと、今日ほど嬉しかったことはない」

 

 

 男は復讐者であった。

 バーソロミューは、その男のかつての師であった。

 少年はバーソロミューが育てている子供で、男の復讐の対象であった。

 今日、男と少年が顔を合わせるまでは。

 

 

「壊れかけ、でしたね」

 

「大人であっても壊れずには居られない光景じゃったよ……埋葬は、あの子が済ませた」

 

「……誰が加害者で被害者なのか、分からなくなってきました」

 

「あの子は被害者じゃ。それはワシが保証する。決して、あの子にそれを口にするでないぞ」

 

「……」

 

「あの子に『誰が悪いか』と聞けば、必ず『自分』と答えるじゃろうからな」

 

 

 凡俗であれば知るかと口にし、復讐を為して自分の心だけを救って終わりにしただろう。

 相手の事情なんか顧みないし、そこに子供だからなんて理由は挟まない。

 けれど、ビリーは人格者だった。

 正常とはとても言えないゼファーを見て、哀れに思うくらいにはまともだった。

 この頃から死を忘却して逃避し始めた年齢一桁の子供を見て痛々しく思う程度には、優しく他人を思える人間だった。

 子供は守られるものであると考え、それを自分達の責務だと考える『大人』だった。

 

 

「僕、しばらくここに居ますよ」

 

「ほう」

 

「リルカが……結局生きてる内には一度も会えなかった僕の妹が。

 どんな人を残したのか、どんな人を生かしたのか、ちゃんと彼を通して知りたいんです。

 あの子の生に、死に、意味があったのか。

 生き残った彼がどんな人間が分かれば、少しだけでも理解できるかもしれない」

 

「好きにせえ、ゼファーの小隊の隊長になれるよう根回ししておこう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 一年の時が経った。

 ビリーが来て、ゼファーが少しだけまともになった。

 

 

「どうじゃ、例の件は」

 

「少し、分かって来ました」

 

 

 この頃、ビリーはまだ英雄ではない。

 守るものがない死にたがりでしかない彼に、まだ英雄の資格はない。

 

 

「ゼファー君が子供を庇って、傷だらけになってる姿を見ました」

 

「……それは」

 

「ええ、ご存知ですよね。その子もノイズの餌食になりました。

 ゼファー君の努力は全くの無駄で、必死の戦いも意味はありませんでした。

 仲間をカバーするためと、似たような光景をこの一年何度も見てきましたよ」

 

 

 バーソロミューの手元に届いたのは、ビリーの小隊員が死んだという無機質な報告書のみ。

 けれどその裏には、間違いなく物語があったはずだった。

 数字で、書類で処理されるだけの死者だとしても、一つの生がそこにあったはずだった。

 その一部始終を、ビリーは見ていた。

 

 

「守ろうとして、戦って、死なれて、忘れようとして、その繰り返し。

 身に染みて分かりました。

 あの子は……とても、他人を大切に思う子なのだと。貴方が、そう育てたのだと」

 

「おお、そうじゃとも」

 

「そんな子に最も深い傷を残すほどに大切に思われていたのが、僕の妹なのだと」

 

「……」

 

「僕には取るべき責任がある。

 妹への、妹を守れなかった責任。彼への、妹が傷つけてしまった責任。

 せめて彼が大人になるまでは、責任を取らなければならない」

 

「そのどちらもお主のせいで起きたことではなかろう?」

 

「僕のせいではなくとも、僕の責任ではあるんです。

 子の失態は親のせいで起きたことでなくとも、親が責任を取らなければならない。

 妹が守りたかったものを、妹が傷つけてしまったものを、これからは僕が守ります。

 彼がこれから生きていく未来と、妹の死後の安寧のために」

 

 

 守るものを得て、これからしばらくの後、彼は英雄になった。

 

 

「何より、僕も彼が嫌いでなくなってしまった。

 リルカと友人の好みが似通っているように思えて、なんだか嬉しいです」

 

 

 またしばしの時が経った。

 ジェイナスが来て、ゼファーが少しだけ明るくなった。

 

 

「よう、英雄殿」

 

「からかわないでくださいよ、先生……」

 

「ほっほっほ、照れるでない照れるでない」

 

 

 この頃にはもう、英雄ビリー・エヴァンスの名は国の至る所に轟いていた。

 

 

「あの子もお前さんのお陰で随分とマシになったようじゃ。

 感謝の言葉は素直に受け取って欲しいのう」

 

「僕だけじゃないですよ。ジェイナスも、他の人も、何より先生という家族が居た。

 そばに誰かが居てくれたこと、それが何よりの救いになってくれていたはずです」

 

「あの子はワシをまだ爺ちゃんと呼んでくれないがの」

 

「あはは……まあ、複雑なんだと思いますよ。

 端から見ていれば誰が見ても祖父と孫のそれですしね。

 ……だから問題は、大切な人を作りたがらない、彼の今のスタンスの方かと」

 

「友達も作らなくなってしもうたしなぁ」

 

「今のゼファーが『友達になって欲しい』なんて言う誰かが居たとしたら、

 その誰かは相当に魅力的な人柄であるか素敵な人間なんだと思いますよ」

 

 

 ビリーもバーソロミューも、めったに自分の過去は語らない。

 そして、互いに他人に語りたくない過去があることを知っている。

 

 

「最近は、弟のように思えてきました」

 

「ほほっ、妹さんが生きておったら、本当にそうなったかもしれんの」

 

「あ、やっぱり先生には分かっちゃいますか。

 『そんな未来があったら』って一度思ってしまったら、そのままね」

 

「そこから悲嘆に移らぬのなら悪いことだとは思わんよ。

 ゼファーもお主も、ワシの子のようなものじゃ」

 

「……やっぱり、先生には敵いませんね」

 

 

 なんとなく、なんとなくだが。

 二人は、自分達の別れが近いことを察していた。

 身近な人が死ぬ、その時特有の懐かしい感覚。

 初めて身近な人を失った時は何も感じられなくて、余りにも唐突に死んでしまったように感じたものの、今ではなんとなくそういうものを感じられるようになった二人。

 直感だとか、そういうものではない。

 ただ、こういうものを感じられる大人は、存外多い。

 

 

「僕は、ここに死に場所を探しに来ました。きっと、先生もそうなんでしょう?」

 

「……お主は、見つけたんじゃな」

 

「ええ。死に場所を探す以外の道もありかもしれないと、そう思い始めてたんですけどね」

 

「妹さんが忘れられんか」

 

「いつまでもあの世で一人で待たせてはかわいそうでしょう?」

 

「……」

 

「だからといって、何か言うつもりはないです。先生の選択は先生のものですから。

 アルテイシアさんが何を望んでいたのかも、生者の僕には分かりませんし」

 

「……」

 

「ただ僕には、生きていた意味があった。

 これから死んでいくことにもきっと意味がある。

 もしも彼がリルカの死と向き合えたなら、共に生きてきた日々と向き合える日が来たのなら。

 きっとそれだけで、あの子が生きてきたことには意味があったと、そう思えるんです。

 妹以外には無いと思っていた僕の命の意味を……ようやく、見つけられた気がするんです」

 

 

 全てを奪われ、妹の存在を知り、それが己の全てだと思い、会うことすらなく失い。

 それでも、妹の死の後に残ったもの、妹のことを覚えてくれている誰かを守ると。

 妹を守ると誓ったかつての日ように、弟のように思う彼を守ると。

 大人として、まだまだ心の未熟な子供を守ると。

 ビリー・エヴァンスとして、ゼファー・ウィンチェスターを守ると、そう誓う男の姿。

 

 

「もしも僕が伝えられないままに死んでしまったら、彼に伝えて欲しい事があるんです。

 いつ伝えるかはお任せします。彼が辛い時、彼が大人になった時。

 言葉一つでは変われないタイプの彼ですが……それでも一歩、進めるための糧となれれば」

 

「承知した。もしもの時はワシが伝えるとしよう」

 

 

 大人は、心も守らなければその人を守ったことにならないことを知っている。

 

 

「誰かの死が痛いのは、その人を大切に想っているから。それは恥じることじゃない」

 

「誰かを大切に想う君は、どこかで誰かに大切に思われてる君なんだ」

 

「誰かに大切に思われる君は、きっとどんな時でも一人じゃない」

 

「想うこと、想われること。その想いは死しても別たれはしない」

 

 

「逝くのが僕が先でも、君が先でも。ずっと僕は、君を弟のように想っているよ」

 

 

 大人は、大切な人の死の乗り越え方を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掻い摘んで話したが、ビリーの遺言。確かに伝えたぞい。

 ビリーは素性を明かして、お前さんが気に病むことを恐れていた。

 だからこそ話す時はお前さんが更生し、大人になってからだと言っておった。

 ビリーの死にたがりのような戦い方をお前さんが真似し始めた時期はヒヤヒヤしたがの」

 

 

 まばたきもしていないのではないかと思うくらいに、ゼファーの目は見開かれている。

 クリスも余計なことは言わず、ただ震えるゼファーの手を握ってやっていた。

 今はゼファーと、バーソロミューと、そして死人達だけの時間だと、分かっていたから。

 

 

「お主さっき言っておったな? 皆自分と同じくらい生きていたかったんだ、と。

 あほう、人が『生きたい』という気持ちだけで生きておるものか。

 人間はもっと複雑で、面倒で、ややっこしいんじゃよ」

 

 

 ゼファーの思い込みを一言でバッサリと切り捨てた。

 バーソロミューは、人の矯正の仕方というものを心得ているように見える。

 否定すべき時、肯定すべき時を間違えない。

 

 

「ワシは覚えとるぞ。お前さんが初めて出来た友達との約束を楽しそうに話していたことを。

 お前さんに友達ができたことが嬉しくて、あの頃お前さんが話していたことは今でも覚えとる」

 

「……何を」

 

「どちらか片方が死んでしまっても、生き残った方は生きていく。

 死にたいくらい辛くても、死んでしまった相手の分まで頑張って生きていく。

 『生きていれば、きっと誰でも幸せになれる』」

 

「……ぁ」

 

「忘れてはないはずじゃ、忘れようと自分に言い聞かせていただけで」

 

 

 他者の言葉に耳を傾け、忘れずに居たバーソロミューだから知っている。

 ゼファーとゼファーの初めての友達が交わした約束、そこに込められた祈りを。

 少なくともゼファーの大切な人に限っては、死人が生者を恨むなんてありえないのだと。

 その自罰の的外れさを、親代わりとして指摘する。

 

 

「クリスもそう思うじゃろ?」

 

「え、あたし? あ、ああ、うん」

 

 

 自分が蚊帳の外だと自覚していたからこそ、クリスは少しどもる。

 が、バーソロミューからすればクリスも蚊帳の外に置いておきたくはない。

 ゼファーも限界だったが、クリスも限界に近いのは目に見えていた。

 単にクリスはゼファーを思い、自分のことを後回しにしていただけだ。

 口下手と不器用の合わせ技で、本気でない言葉を切り返されて精神的に追い込まれていたが、

 

 

「なあゼファー、あたし思うんだ。

 なんでも自分のせいにするのは、殊勝なのかもしれないけどさ」

 

 

 クリスとて、ゼファーの言い分に感じた『本気の気持ち』はある。

 

 

「それ一歩間違えたら、ただの思い上がりになっちまうんじゃないか」

 

「―――、ッ」

 

 

 親に言われるより、友達に言われる方がこたえる時もある。

 

 

「ワシが罪悪と言ったわけ、少しは理解できたかの?」

 

「……うん、かなり」

 

「うむ。そこで意地を張らんのは胸を張れる美徳じゃな」

 

「なあ、バーさん。……ビリーさんは、その、なんで、ここまで俺に」

 

「ふっ、『愛』じゃよ」

 

「何故そこで愛ッ!?」

 

 

 あまり口を出さずに見守ろうとしていたクリスが大声で突っ込んでしまうほどの唐突さ。

 

 

「弟のように想っていたと言っておったじゃろう?

 兄が弟に向けるそれのように、あやつはゼファーを愛しておったんじゃよ。

 血の繋がりはなくとも、家族のように」

 

 

 ほっほっほ、とバーソロミューは笑う。

 初老の瞳に、家族という言葉に目を丸くしている二人の姿が映る。

 

 

「お主らの事情は知っておる。二人共、血の繋がった家族がもう居らん身の上じゃ。

 家族のように大切に思ってくれた者が死んでしまった境遇じゃ。

 じゃから、最初に一つ教えておこう。家族が家族を愛するのは当然だということを」

 

 

 大人は困惑する二人の頭の上に掌を置き、髪をくしゃっとさせて優しく撫でる。

 

 

「例え死が生者と死者を別たつとも、それが向けられる愛を断つことはない」

 

 

 手の平越しに、子供達がハッとした感覚が伝わる。

 二人が想うのは、思い浮かべるのは誰か、そんなことは考えるまでもない。

 

 

「例外もあろう……しかし、だからこそなおのこと信じるべきなんじゃ、お前さんらは。

 家族が、大切な人達が、お前さん達を、愛していたことを。

 家族を憎んでもええ。恨んでもええ。悪者にしてもええ。

 ただ、自分が愛されていたこと、それだけは否定してはならんぞ」

 

 

 バーソロミューの理屈は二人の悩みを根本的に解決するものではない。

 詭弁を駆使して説得力を増した、他人に変革を促す弁舌でもない。

 ただ根拠の無い理想論を堂々と語り、そこに人生の重みを乗せ、人生に必要な『多少の楽観』というものを思い悩む子供達に叩き込んでいるだけだ。

 身も蓋もない言い方をすれば器用な「こまけえこたあいいんだよ」。

 しかし、この場では実に効果的ではある。

 細かいことを気にしない人間は悩まないのだから、悩みすぎる子供には、きっとこのぐらいが丁度いいのだ。

 

 

「人は死ぬが愛は死なんのじゃ、何があろうともな。そこにあったという事実は残り続ける」

 

 

 ぎゅっと、バーソロミューは二人を抱きしめる。

 ここに居ない、二人を愛している誰かの代わりに。

 

 

「俺も、かな」

 

「おうとも。何より、今ここに居るワシが愛しとるぞ」

 

「……あたしも、かな?」

 

「お前さんが両親に愛されとったのは見れば分かる。今日まで辛かったろうな、よしよし」

 

 

 クリスは少しだけ涙を浮かべて、ゼファーは万感の思いを込めて、抱きしめ返す。

 子供なりの力で、強く強く。

 

 

「じゃからいい加減ゼファーもワシのこと爺ちゃんと呼んでくれんかの?」

 

「遠慮しとく」

 

「また即答か! この流れなら呼んでくれてもよかろう」

 

「はぁ……」

 

 

 溜息を吐き、仕方のない二人だなぁ、と。

 そう思いながらも、悪い気はしないな、とも思いながら。

 クリスはほんの少しの援護射撃。

 

 

「端から見たら家族なんだしお前ら二人は家族でいいだろ、互いの呼称なんか飾りだ」

 

「む」

 

「ほぅ!」

 

「ゼファー、あたしは別に家族になったからって何か変わるわけじゃねえと思うぞ」

 

「……そうか?」

 

 

 理由は分からないが、小骨が引っかかったような顔をするゼファー。

 大興奮のバーソロミュー。

 色々淀んでいたものが吹っ飛んだのか、カラッとした笑顔を浮かべるクリス。

 少年と少女と大人、互いに差し伸ばされ合う傷だらけの腕達(ワイルドアームズ)

 これもまた、一つの終わりで一つの始まり。

 

 

「俺、バーさんの家族でいいのかな?」

 

「――! うむ、いいとも! ワシとゼファーは家族じゃ!」

 

 

 何かが変わる度、何かが終わり、何かが始まる。

 

 

「いや、でも、家族になったらかなり迷惑かけるだろうし……」

 

「ええぞええぞ! 家族は迷惑かけ合うもんじゃ! よしクリス、お主もワシの家族になれ!」

 

「うんうんあたしよーく分かって来たこりゃ確かに爺さんゼファーの育ての親だわ!」

 

「返事はイエスかノーかじゃ!」

 

「い、イエス!」

 

「グッド!」

 

 

 勢いで押し切った感が強いが、まあこれはこれで円満と言っていいのだろう。

 皆が笑ってるなら、それがたとえ最良でなくとも悪い結末であるはずがないのだ。

 この日、血の繋がりの無い三人が、ままごとのような家族という絆で結ばれた。

 何もかもを失って、何も心の支えがない中で、友達という心の支えを見出した二人の子供。

 その二人に、新しい心の支えが生まれた瞬間だった。

 

 

(ワシの人生で、数少ない『断言できること』がある。

 誰かに愛されていることを実感している人間は、死にたいなんぞ思わん。

 大切に思われている実感があれば、生きていたいという気持ちも強くなる)

 

 

 そんな二人を見つめ、こうなるよう導いたバーソロミューは微笑む。

 子供二人だけで話している時、彼は廊下でその会話の全て聞いていた。

 

 何度もバーソロミューが聞いても晒さなかった胸の内を、クリスはゼファーに晒させてみせた。

 それは親ではなく、友であったから。

 胸の内を語らせるのが友であるなら、先を生き、先を行き、道を指し示すのが親。

 共に歩くから友であり、先を行くから先人なのだ、

 

 

(ワシも聞いたことのない本音をゼファーがクリスに語っておった、あの時。

 恥ずべきことに、あの時ようやくワシは思い至った。

 先を行き導く年大人ではなく、隣を歩く友こそがこの子の力となってくれるのじゃ。

 ワシの手を離れ、この子が大人への道を歩み出した、その時に)

 

 

 一人の大人として、100点ではなかったにしろ、彼は彼なりに結果を出した。

 バーソロミューの腕の中を離れ、部屋の向かい側でからかったりからかわれたり、その果てに口喧嘩に発展している二人を見れば一目瞭然。

 悩みは全て解決できたわけではない。

 心の傷は全部塞げたわけではない。

 それでも全部棚上げにして、笑い合えるだけの余裕があった。

 

 

(欲しいものも願うものも無くとも、失いたくないものはもう見つかったじゃろう?)

 

 

 ゼファーとクリスが子供二人で屈託もなく笑えていた残り少ない幸せな時間が、そこにあった。

 この日こそが、ゼファーが生まれてから初めて、本当の意味でかけがえのない人達を得た日。

 英雄譚のプロローグ、その終わりは近い。

 

 幸せな時間の閉幕は、三人が家族となったこの日から一年後。

 さあ、そこまで時間を飛ばすこととしよう。

 

 喪失ではなく、終焉へ向かうカウントダウンが始まる。




基本的にギア装者のキャラ付けは本編としないギアと歌詞を参考に
かといって数年変わらなかったり、どでかい出会いがあっても変わらない性格というのも違和感があるので色々適当に調整
鬱屈したおっさん達にはそういうの無いのですが

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