戦姫絶唱シンフォギア feat.ワイルドアームズ   作:ルシエド

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この人主人公で一本書ける逸材、津山一等陸士


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「どういうことかしら?」

 

「どういうことも何も、そういうことだ」

 

 フィーネの怒りを、モニター越しに大統領補佐官が受け止める。

 

「君は少々やり過ぎた。関係各所から不満が上がっている。

 特にベリアルが破壊されてしまったのが最悪だった。

 ゴーレムは米国が所有・管理すべき物であり、対焔の災厄の戦力であったというのに」

 

 こうなるかもしれないと、フィーネは予想はしていた。

 ゴーレムはもはやこの世界に八機しか現存していないであろう、貴重な戦闘特化完全聖遺物なのだ。それも、使い手に技量をそこまで必要としない。

 その点で、ある意味既存の兵器と同じ感覚で扱える超兵器とも言える。

 対ロードブレイザー、そして対諸外国への戦略的・戦術的構想のレベルで考えれば、ゴーレムは一機たりとも欠かせない物なのだ。

 

 たとえベリアルが暴れていた時、フィーネが病気でダウンしていたのだとしても。

 ベリアルの戦闘案件に、フィーネが関わっていなかったとしても。

 米国の重鎮はフィーネの策謀を疑うだろうし、彼女がリリティア達と同じく私的な目的でゼファーにベリアルをけしかけたと思うだろうし、そうでなくても止められたはずだと考える。

 フィーネが日本に居たタイミングで、日本国内でベリアルが大暴れし、その果てにフィーネの予想を超えた成長を見せたゼファーがベリアルを破壊してしまった。

 彼女はさながら、嬉しい悲鳴と悔しげな悲鳴が同時に出てきそうな心境か。

 

「ここで一つ、『君の協力で得られた米国のメリット』が必要なのだよ」

 

「……まさかッ! 研究のためと私に貸出を要請したアースガルズをッ!?」

 

 フィーネに天才的な察しの良さはない。

 ただ、才能の代わりとするのに十分な人生経験があるだけだ。

 大統領補佐官が冷たく言い放つであろう要求を、フィーネは事前に察知した。

 

「分かってくれ、これも君と我らの協力関係を維持するために必要なことだ。

 アースガルズを使い、今世界で確認されている唯一の正規適合者……風鳴翼を確保する」

 

「日本政府庇護下の要人を誘拐か。リスクが高過ぎると私は思うが」

 

「研究が進んでいないようなのでね。こちらもカンフル剤が必要だろう」

 

 日本の二課と同じように、米国のF.I.S.においても聖遺物の研究はなされている。

 その内部では米国の制御を外れた者達による『爆弾』が着々と設置されているのだが、爆発するのは数年後だろうし、米国はそれを認知していないので今はそれほど問題ではない。

 そして日本と米国は研究目標においても異なっていた。

 

 日本は個人の才に左右される"歌による起動"、つまり強力な個人の善意を頼みとするシステムから、才が足らない者にも使える汎用的なシステムへと移行させて行く目標を立てていた。

 米国側は最初から個人の才に頼るシステムを用いる気はなく、機械的安定起動方法、つまり才が少ないどころか完全に無い人間にも聖遺物を扱えるシステムを志向してきた。

 この辺りは兵器に何を求めるか、というお国柄の問題だろう。

 そして結果的に、聖遺物の機械的制御技術の開発は難航し、米国より人員も予算も少ない日本が米国に先んじるという結果になった。

 

 これに焦った米国が、現在世界で唯一生存が確認されている第一種適合者の翼を、実験のために攫おうとしている。

 フィーネから借りパクした、アースガルズを使ってだ。

 それが今、二課に迫る危機であった。

 

 フィーネが聖遺物の確保やゼファーらを鍛えるためにゴーレムを差し向けていたことを利用し、過去にそういうことがあった、という偽装情報の中に米国の真意を紛れ込ませる。

 フィーネの思惑で差し向けられたゴーレムと、米国の思惑で差し向けられたゴーレム。

 この二つが別口からの襲撃者であると気付けない限り、二課は真実には辿り着けないだろう。

 

「第一、確実な証拠がなければ追求も詰問もして来んよ。あれはそういう国だ」

 

「……」

 

「なに、その代わりと言っては何だが、君が回収したベリアルの破片は君が自由にして構わない」

 

「……」

 

 加え、大統領補佐官は国力と安保を盾に外交的圧力をかけることも辞さない構えであった。

 

「くれぐれも余計なことはしないように。これは君のためでもあるのだ」

 

 通信が切られ、部屋にうっすらとした闇が満ちる。

 フィーネはそこで、デスクに拳の腹を強く叩きつけた。

 この風鳴翼誘拐計画は、政治の駆け引きや政治家の我欲によって引き起こされたものだろう。

 そんなものに足を引っ張られている現状、狂うかもしれない計画に、英雄の姉は歯噛みする。

 

「バラルの呪詛があるからとはいえ、何故そうまで愚かになれる……!」

 

 風鳴翼の境遇を思う。性格を思う。

 誘拐されれば、米国に対し素直に協力しないであろう翼がどんな目に合うかなど、想像するのは容易い。想像するのも嫌になる。

 

「風鳴翼は、あの子は……っ」

 

 だが怒りがある一点に到達し、ある思考が彼女の脳裏をよぎると、急激に怒りが冷めていく。

 フィーネ・ルン・ヴァレリアが今日まで犠牲にして来た人間の数は数えきれず、また踏み付けにしてきた人間も数知れず、彼女が自分のために使い潰した人の数もまた計り知れない。

 怒る権利など、自分にはない。彼女はそう気付いたのだ。

 

「それは……贔屓か。今更、こんな……」

 

 彼女に今、そう指摘出るものは居ないだろうが。

 フィーネの"今更"と言う時の口調は、とてもよくゼファーに似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話:運命の分岐点、ただし一本道 4

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼が自衛隊に勝利した後、会議は速攻で終結……はしなかった。

 だからこそゼファー達が長々と待たされたのだから、ある意味当然と言えよう。

 難しい顔をする弦十郎と了子の対面に座る大臣、内閣情報官、自衛隊幹部は資料をデスクに静かに置いて、限りなくノーに近い返答を言い渡した。

 

「ここまでの話を聞けば分かるだろうが、後日再提出だな。風鳴君」

 

「……でしょうな」

 

「勘違いされては困るが、我々はむしろ完全聖遺物の実験に関しては賛成だ。

 近年のノイズの出現率の増加、ゴーレムの出現、国民感情の不安の増大……

 聖遺物由来の異端技術(ブラックアート)の獲得は急務と言えよう。

 だが、だからこそ、事は慎重に進めなければならないと私は思う。

 国内、国外から突っつかれても、二課が解体されないような盤石な体制が必要だ」

 

 広木は弦十郎を諭すように言う。

 彼は弦十郎の後援者ではあるが、性急な人間ではなく、むしろ石橋を鋼鉄でコーティングしてから渡るような慎重な人間だ。

 周囲のお偉方の反応が悪いのを見て、広木はここでこの案件を『却下』で終わらせないために、『再提出』という方面に話を持って行こうとしていた。

 周囲のお偉方が疑問を持っている点を先んじて口に出し、二課にその部分の改善を約束させる。

 

「まずすべきことが二点あると、私は思う。

 初めにナイトブレイザーなるものの解析。

 これの解析が全くできていないという点は不安要素と言っていい。

 二課の完全聖遺物の解析能力に疑問が残るということでもあるのだから」

 

「はい」

 

 一つ、"シンフォギアでない聖遺物戦力"、ナイトブレイザー解析の確約。

 

「更に、この『第二種適合者』の実験。

 適合係数制御薬LiNKERを用いた適合者の臨時確保……

 これの危険性が高すぎるように見えるな。

 現段階では、これが日の目を見れば人体実験との批判は免れないだろう」

 

「……ええ、仰る通りです」

 

 二課のネックは、まさにここだった。

 よく分からない完全聖遺物をよく分からないままよく分からない理屈で制御し、よく分からないまま反動で死にかけるゼファー。

 何かを一つ間違えれば死ぬ、時限式の第二種適合者である奏。

 この二人はマスコミに知られるとマズい方向に転がりうる、そういう不安要素であると同時に、二課には欠かせない戦力であるというのが悩ましい。

 

 そもシンフォギア製造計画の初期に想定されていた戦力は、第一種適合者とそのシンフォギアのみ。この二人は、途中で計画に組み込まれたイレギュラーの一角なのだ。

 ゼファーのような聖遺物の肉体を持つ人間も他には現れない。

 奏のようにLiNKERを使えば適合者になれる者も他には現れない。

 唯一の正規適合者である翼を合わせ、この三人はそれぞれが他に類を見ないオンリーワン。

 だからこそ、細かい所が気になる人間には、二課の主戦力である彼女らの不揃いさ、突っつかれると弱い部分が見えてしまうのだろう。

 

「この二点を見直してから、再度――」

 

 計画を却下ではなく再提出の方向に持って行った広木は、話を区切る。

 だがそこで、部屋の中に飛び込んでくる人影があった。

 

「ゲンさん! 緊急事態です!」

 

「ゼファー!?」

 

「すみません、会議の邪魔をするなと突っ返されてて、伝言も受け取ってもらえなくて……

 時間浪費して強行突破して来ましたが後で罰は受けます! ですがそれより! 敵襲です!」

 

「なんだとッ!?」

 

 無作法な少年に向いていた皆の怪訝な目が、一瞬で驚愕に染まる。

 警報が鳴る前に敵襲と叫ぶこの少年を一人は疑い、一人は怪しみ、弦十郎は信じ、了子は目を細め、残りは他の人間の反応を見ようと視線を彷徨わせ始める。

 

「上から一体、下から沢山、下の方はノイズが――」

 

 少年が言い切る前に、駐屯地の地下全てに警報が鳴り響く。

 スピーカーから続く声は、地下にノイズが出現したという知らせと、警報を鳴らしアナウンスをした人間がノイズに殺される断末魔。

 それがこの地下のどこかで"どんな惨劇が起きているのか"を、会議室の全員に現実逃避の余裕も与えぬまま、知らしめていた。

 

「ノイズっ……!?」

 

 慌てたお偉方がどういうことだと声を荒らげ、どうしましょうかと隣の人間に相談を始め、どうすればいいんだと頭を抱えて狼狽え始める。

 そんな中、弦十郎は冷静にゼファーに駆け寄っていた。

 

「ゼファー、"下"というのはこれだな? 上から来る一体はどんな感じだ」

 

「勘ですが、俺より強いです。確実に」

 

「……そうか。よし、行くぞゼファー。俺とお前で上から来る奴を叩く」

 

「了解です」

 

 二人揃って駆け出そうとした、その時。

 弦十郎の服の端を、お偉いさんの一人が掴んだ。

 

「ま、待て! 君がここを離れたら、誰が我々を守るのだ!」

 

 焦りながら弦十郎を引き止めるその中年男性の顔に、余裕はない。

 弦十郎は多少なりと世界の裏側を知る者達の中では、知らぬ者が居ないほどのビッグネームだ。

 人類の中でも最強の一角に数えられる彼は、こうした有事には周囲からすがられる側の人間であり、すがられれば自由には動けない立場の人間でもある。

 

(マズい……!)

 

 見れば、弦十郎にこの場を離れて欲しくないと思っている人間は、一人や二人ではないようだ。

 ここでお偉いさんの要求を突っぱねて機嫌を損ねれば、完全聖遺物再起動実験の後押しをしてくれなくなってしまうかもしれない。

 それは最悪だ。

 この施設の出入口である上から敵が攻めてくるというのなら、下からノイズが来ている以上、ここのお偉いさん達を全員避難させてから戦うというわけにもいかない。

 今このタイミングでは、風鳴弦十郎は動けない。

 

 だがそれと対照的に、パニックにもならず勝手にかつ冷静に動いている者も居た。

 映像機材の搬入や議事録の記録のために会議室の隅っこで黙って佇んでいた、藤尭朔也と天戸の二人である。

 天戸はこっそり朔也の指示通りに回線を繋ぎ、朔也はこの駐屯地とその支配下にあるシステムを掌握、混乱の極みにある自衛隊の代わりにデータを解析していた。

 そして演習場備え付けのカメラを使って、ゼファーの言う"上の敵"の姿を捉えた。

 

「演習場の方から映像データ来ました! モニターに出します!」

 

「おい貴様、何を勝手に……」

 

 朔也は自衛隊幹部の言を無視して、モニターに敵の姿を投影。

 その姿を見て、一部の者は息を呑んだ。

 

「あれは……」

 

 眼鏡を押し上げ、了子が呟く。

 

「……おいおい、オイオイオイ」

 

 配線を固定していた天戸が、立ち上がり呻くように言う。

 

「アースガルズだとッ!?」

 

 そして最後に、弦十郎が部屋を揺らすくらいの大声で叫んだ。

 

 神々の砦・アースガルズ。

 約十年前に、聖遺物イチイバルと共に紛失したゴーレムだ。

 紛失とは名ばかりで、ゴーレムのように大きな物が盗まれるわけもなく、ほぼ確実に内通者の手引きによって盗まれたのだとまことしやかに囁やかれていたものだ。

 

 その結果、風鳴家の家長風鳴訃堂は責任を取って辞任。

 翼の両親はその尻拭いがまだ終わっておらず、娘とも疎遠。

 弦十郎は訃堂の跡を継ぎ、公安警察官を辞任して自分の能力に合わない管理職に。

 二課の前身である風鳴機関の時代、二課になってからの時代、そして現在に至っても二課の皆を大なり小なり苦しめる忌まわしき盗難事件。アースガルズは、因縁のゴーレムなのだ。

 

 それが今、偉い人達の前に立つ二課へと向けて牙を向いている。

 ゼファーは、四の五の言っている時間は無いと判断した。

 

「ゲンさん、こっちは大丈夫です。俺が一人であのゴーレムを足止めします」

 

「待て、ゼファー! あれは他のゴーレムとは格が違う!」

 

「死にたくないって気持ちは、誰だって同じです。その人達を守ってあげてください」

 

「……っ」

 

 この流れでの最悪は、駐屯地まで辿り着いたアースガルズによって地上からの攻撃を受け、この場の全員が地中に生き埋めになってしまうことだ。

 すぐに動ける人間が、すぐにでも演習場でアースガルズを足止めしなければならない。

 ゼファーはお偉いさん達の生きたいという気持ちを尊重し、弦十郎の援護を断った。

 同時に、一人で戦わなければならないというリスクも背負う。

 

「サクヤさん、下のノイズはカナデさんとツバサに任せます。

 俺の方は後回しで、あの二人のバックアップをお願いしていいですか?」

 

「分かった。そっちも気を付けなよ」

 

 戦力の分散は下策も下策だが、誰も死なせないことを前提として目指さなければならない防衛サイドは、しょっちゅうこういう策を選ばなければならない。

 ゼファーは息を整えて、自分が発しているアウフヴァッヘン波の行き渡りの度合いを確かめた。

 

(この距離だとHEXのラインは……繋がるな。よし)

 

 そして奏と翼の居る場所まで一定密度で届いていることを確認し、了子に手を伸ばす。

 

「了子さん、シンフォギアのペンダントを」

 

「そう言われると思ってっ、はいどうぞ~」

 

 ゼファーは了子から受け取ったペンダントを親指で弾く。

 コイントスのコインのように、くるくると空中を舞う二つのペンダント。

 それが頭より高い位置に来た瞬間、ゼファーは胸の前で掌と拳を打ち合わせた。

 

「アクセス」

 

 光とそれに続く炎熱が少年の全身を包み込み、所要時間100万分の1秒(マイクロセカンド)でその身の外的宇宙と内的宇宙の肉体をひっくり返す。

 

「おお……!」

「あれが、例の」

「肉眼で見るのは初めてだ。これが、ナイトブレイザーか!」

 

 外野の声に耳を傾けることもせず、ゼファーは人差し指と中指を揃えて床へと向けた。

 すると指先から放たれた焔の閃光が床を打ち抜き、地下深くまで一直線に伸びていく。

 焔が消えると、そこにはこの階から地下深くへと繋がる細長い穴が空いていた。

 ギアのペンダントは底に落ち、何にもぶつかることなく落下を続け、やがてずっと下の階に居た奏と翼の手によってキャッチされる。

 

「受け取ったぞ、ゼファー!」

「受け取ったよ、ゼファー!」

 

 互いの姿は見えずとも、その穴から届いた二人の声だけで十分だった。

 

「ではちょっと失礼して。行って来ます」

 

 ゼファーは続き、手を天井へと向ける。

 手から放たれた火柱が、瞬き一回が終わらないほどの一瞬この部屋から地上までを一直線に繋ぐ大穴を開け、ナイトブレイザーがそこに跳び込んで行く。

 

「アクセラレイターッ!」

 

 ものの数秒で黒騎士は地上へと躍り出て、その姿を見送る大人達の視線を振り切り、演習場を横切っている敵の前に立ち塞がろうとする。

 

「とんでもないな。資料によれば使いこなせていないというのに、あれが完全聖遺物か……」

 

 広木防衛大臣のコメントも、当然のものだろう。

 ナイトブレイザーが地上まで一直線の穴を開けたこの地下施設は、本来バンカーバスターにも耐えられる強度を持っていたというのに。

 まるで発泡スチロールを破壊するかのように、一撃だった。

 息をするように常識外れなことをするナイトブレイザーの姿に、焔に、どこか信頼を向けたくなるような背中に、偉い人達の心が少しだけ熱を帯びていく。

 

 思考や意識の向きを全てナイトブレイザーに向けていた彼らは、随分前から天戸の姿が見えていないことに気付いてもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翼と奏は、部屋でぐーたらとしていた。

 ゼファーというストッパーが居なくなって本格的に暇潰しを探し始めた奏を止めるには、翼では明らかに力不足だろう。奏がやりすぎれば翼もきっちり叱るだろうが、普段は奏相手に強く出れないのもまた翼の性格だ。

 翼をいじるのに飽きが来ると必然、奏のターゲットは扉前に立つ津山一等陸士に移る。

 

「なー、カラオケとかねーの? えーと、津山さん」

 

「シアタールームならありますが……す、すみません。

 お二人にはここで待機していただき、それを警護しろとの命令なので……

 勝手に移動されますと、呼び出しがかかった時にお二人にも迷惑がかかるかと」

 

「ケチで真面目だなぁ。真面目ちゃん三人目か」

 

「奏! すみません、奏が失礼を……」

 

「いえ、気にしていません。大丈夫です」

 

 生真面目そうな津山一等陸士は、外見からして朔也より少し若いくらいの年齡だろうか。

 奏に絡まれても女性慣れしていない男性特有の反応を示すくらいで、誠実に好感の持てる対応を返して来る。

 若い者の世話は若い者に任せた方がいいと、そう気遣った者が居たのだろう。

 

「こちらこそ、お二人に会えて光栄です。

 自分を始めとして、自衛隊にもあなた方のファンは多いですから」

 

「ん? どういうこった?」

 

「シンフォギアの存在は、ナイトブレイザーと違って秘匿されているはずだけど……」

 

 首を傾げる二人に対し、津山は男がアイドルに対し見せる反応と、男がヒーローに対し見せる反応が入り混じった反応を彼女らに向ける。

 

「インターネットなどではまことしやかに語られています。

 ナイトブレイザーの両腕、『騎士の槍』と『騎士の剣』。

 場所によってはナイトブレイザー以上に好んでいる人も居ますよ」

 

「うわ、噂になってるのか」

 

「緒川さん達が何もしてないはずはないけれど、人の口に戸は立てられないものね」

 

 ニュースでもたびたび報道される正義の味方、ナイトブレイザー。

 だが、そこでは決して報道されず、人々の噂の中にのみ語られるヒーローたちも存在する。

 ナイトブレイザーの左右に寄り添い、共にノイズを倒す橙と青の二色の戦士。

 ネットの海で、その二人は騎士の槍、騎士の剣と呼ばれていた。

 いつだって素手の騎士に付き従う、騎士が手にしない騎士の武器と。

 

(へー、あたしらゼファーの武器だったのかー)

(ゼファーが聞いたらゼファーが真っ先に嫌な顔しそう……)

 

 本来、シンフォギアの情報は二課が厳重に秘匿しているはずだ。

 それがネットの海で噂になっている原因は、おそらくはゼファーの直感のせいだろう。

 "せい"と言うべきか、"おかげ"と言うべきか。

 ゼファーの直感は、今までのノイズ出現警報とは比べ物にならないほどに早く、それこそノイズが出現する前の警報発信を可能としていた。

 そのために避難誘導も早く始められ、シンフォギアの出撃も早くなる。

 

 本来、ノイズ出現→ノイズ警報→避難誘導開始→シンフォギア装者出撃→少しの後、避難誘導が完了した区域に装者が到着する、というプロセスを経るのが通常の対応だ。

 だがゼファーの直感によりこのプロセスは見直しが重ねられ、今では本来絶対にゼロにできないとされていたノイズによる死者は、当然のようにゼロがずっと続いてる。

 それと引き換えに、迅速な対応は"市民にシンフォギアが見られる可能性"を増やしてしまったのだ。意外なところから出て来たデメリットが、目に見えてきたという感じか。

 

(二課も、その内公的な機関になったりするのかな)

 

 翼は、自分の周りの世界が変わり始めていることを実感する。

 この国の中身が、国に住まう人々が変わり始めていることも感じていた。

 そして、翼に近い人々が変わり始めていることも……

 

(……そうよ。誰だって、何だって、変わらないままでは居られない)

 

 奏も、ゼファーも。

 翼が出会った時と比べて、ずいぶんと変わった。

 二人の関係も変わった。変わってしまった。

 翼はそれに対し、"こうすればいい"という答えを持たない。

 答えを出せるだけの人生経験を持っていない。

 それでも、ゼファーと奏が泣く結末にはなって欲しくないと、翼はそう思ったのだ。

 興味本位で引っ掻き回すのではなく、本気で自分にできることを探しているのだ。

 

 ゼファーは翼の最初の親友で。

 奏は翼の一番の親友だから、なおさらに。

 

「津山さん、少しだけ席を外してくれませんか?」

 

「……? 分かりました。部屋の外に居ますので、何かご用があれば呼んで下さい」

 

 女の子だし色々あるんだろう、と素直に部屋を出て行く津山。

 部屋には奏と翼の二人だけが残されて、首を傾げた奏が翼へと話しかける。

 

「どした翼、何か話でもあんのか?」

 

「あー、うん、そうなの」

(……どうしよう、勢いで二人っきりになったけど何言えばいいのか分からない)

 

 が、翼は行動力はあるが考えはないことが割とある少女である。

 ゼファーの好意は明かせない。

 奏の弦十郎に対する好意もどうこうしようがない。

 そも、"自分の叔父に自分の親友が惚れている"という状況が余りにも複雑な心境過ぎて面倒くさすぎて、ただでさえ考えるのが苦手な翼の思考はデッドヒートだ。

 

「あ、待った、何言うか当ててやるよ。

 えーとんーと……最近悩みがあるとか噂のゼファーのことだ。当たりだろ」

 

「……あ、うん、大当たり」

(奏ェ……)

 

「っしゃっ!」

 

 ガッツポーズを取る奏に、「そんなに察しが良いのにゼファーの好意に気付かないのは何故」と翼は思い、「いやゼファーの演技が上手いからなのかな」と思考を自己完結させる。

 よくあるラブコメでは好意を持ってはいるがそれを伝えきれない片思い少女、好意に全く気付かない鈍感な少年で構成されることが多いが……こっちは逆で、好意を完璧に偽装している片思い少年と、隙を見せれば即座に気付いてきそうな少女で構成されている。

 この状況で翼に上手く動けと言う方が無理というものだ。

 

 この件で一番胃を痛めているのは、ひょっとしたら翼だったのかもしれない。

 

(ええい、とりあえず強く当たって後は流れで……!)

 

 悩むなら、まず踏み込む。

 とりあえず何かしらしよう、と翼が思い立ったその瞬間。

 翼の言葉を遮るように、奏の携帯電話が鳴り響いた。

 

「ちょい待ち翼。ゼファーからだ」

 

 あんにゃろうお前のためにやってんのに邪魔すんのかい、的な思考が翼の頭を駆け巡る。

 

「翼、やべーぞノイズだ」

 

「! どこに!?」

 

「聞いて驚くなよ。あたしらが今居るここだ」

 

 だが通話を切った奏の言葉に、翼は余分な思考を全て脇に置いて表情を険しくする。

 おのれあんにゃろうまたかまた最初に電話すんのは私じゃなく奏か、的な思考は駆け巡る前に翼の防人としての高い意識に蹴っ飛ばされた。

 二人が頷き合うと同時に、警報が鳴り響く。

 それをスタートの合図と受け取ったかのように、奏は部屋の扉を開ける手間も惜しんで、部屋の扉を蹴り壊して外に出た。

 ポッキーを折るかのような一動作でそれをやった奏だが、ここは軍事施設だ。

 扉の強度は言わずもがな。

 どうやら彼女は順調に弦十郎路線を突っ走っているらしい。

 

「な、何事ッ!?」

 

「津山さん! この警報、ノイズが基地内に現れたらしいです!」

 

「な、なんだって!?」

 

「わりーがあたしらは出勤時間だ。見逃してくれ、な?」

 

「分かりました。上司にはこちらから連絡しておきます!」

 

「おっ、生真面目かと思ったら話の分かるやつだったか。サンキュー!」

 

 翼と奏は、津山を置いてゼファーに指定された地点まで移動し、空に手を伸ばす。

 手が伸ばされた後に天井に穴が空き、その手がペンダントを掴む。

 それは信頼が生む、必然の曲芸だった。

 

「受け取ったぞ、ゼファー!」

「受け取ったよ、ゼファー!」

 

 姿は見えずとも、届くと信じて、二人は仲間へと声を届ける。

 

「行きましょう、奏」

 

「ああ。さっさと暴れてるノイズを片付けて、あたしらも上に……」

 

『翼ちゃん、奏ちゃん、聞こえる? 聞こえてたら応答してくれ』

 

「ん? 藤尭のあんちゃんか」

 

 続いてノイズ殲滅に移ろうとした二人の下に、朔也の通信が届く。

 

『俺にちょっとした考えがあるんだ』

 

 彼は"万が一"の可能性を考え、あらゆる可能性に対応出来る布陣を敷こうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースガルズの前に最初に立ち塞がり、その足を止めたのはナイトブレイザー……では、なかった。聖遺物の力など持たない、ただの人間だった。

 そこに立ち、武器をアースガルズへと向けていたのは、天戸。

 聖遺物に選ばれていない男だった。

 弦十郎のように超人になれなかった男だった。

 翼のように血統の強さを持たない男だった。

 ゼファーのように精神の在り方で限界を超えることができない男だった。

 その上で、その者達を大切に想う一人の男であった。

 

「お前だけは、俺が止める」

 

 その瞳に宿るは決意。

 彼は勝てる可能性が万に一つも無いことなど承知している。

 その上で、ここで立ち塞がらずには居られなかった。

 

「あの日、アースガルズとイチイバルを盗まれたせいで、人生が狂った人達が居る」

 

 彼はずっと後悔していた。

 

師匠(せんせい)は責任を取って辞めさせられた。

 弦坊は公安警察を辞めて慣れない司令仕事だ。

 翼の嬢ちゃんは、家族と真っ当に暮らすこともできやしねえ」

 

 彼はずっと気に病んでいた。

 

「俺が責任を取らにゃならねえんだ。

 あいつらに押し付けちゃならねえ負債なんだ。

 弦坊が来る前に、翼の嬢ちゃんが来る前に盗まれた聖遺物の責任は……

 あの二人が来る前から風鳴機関に居た、俺が取らなきゃならねえ。絶対にだ」

 

 一人の男として、あの日のことを忘れることなど出来やしなかった。

 イチイバルとアースガルズを盗まれた責任を他の人間が取る中、自分が責任を取れと言われなかったこと、"自分が無事なまま終わってしまったこと"を、彼はずっと悔いていた。

 なあなあで終わらせてもいいかと思うような自分の弱さが、許せなかった。

 

「俺は、お前を回収し、『風鳴家』に対して責任を取るッ―――!!」

 

 天戸は迫撃砲をアースガルズに向かって撃ち放つ。

 それはアースガルズに命中…したかに見えたが、着弾と同時に巻き上がった砂埃と火薬の煙の中から、無傷のアースガルズが悠然と歩み寄って来た。

 いや、歩み寄って来たという表現は正確ではない。

 アースガルズは変わらず駐屯地の方へと向かっているだけで、その過程で演習場を一直線に横切る道筋の上に、天戸が居るだけだ。

 アースガルズは天戸を眼中に入れてすらいない。

 

「……っ!」

 

 天戸がフリスビーのように投げた地雷が、正確無比な技巧によりアースガルズの持ち上げた足の下に滑り込み、歩行の過程でカチリと踏まれる。

 対戦車地雷が、閃光と爆炎と共に破裂した。

 されどアースガルズには毛ほどの傷も付かぬまま、その進撃は止まらない。

 

「まだだッ!」

 

 天戸は機関銃、通称キャリバーをぶっ放す。

 撃った人間の肩を外すという都市伝説で有名な50口径デザートイーグルと同口径の砲口から、毎秒20発の弾丸が吐き出され、アースガルズへと向かう。

 だが、アースガルズには通じない。

 後方に下がりながら、天戸が取り出したのは対物狙撃銃。

 アンチマテリアルライフルと呼ばれるそれは、『漫画のような』が頭に付くほどの恐るべき威力を内包した、人を殺すためではない、兵器を破壊するための大型銃だ。

 だが、アースガルズには通じない。

 天戸が背負っていたバズーカを構え、発射。

 同時に遠隔操作された二つの榴弾発射機が起動し、天戸と十字砲火を構築した。

 頑丈に作られたビルですら、ものの数秒で解体されそうな大火力。

 だが、アースガルズには通じない。

 

「……くそがァ、ちくしょうッ!」

 

 アースガルズは何の能力も使ってはいない。

 ただ単に、アースガルズは頑丈なだけだ。

 素の装甲の強度が、他のゴーレムと比べても並外れて頑丈なだけなのだ。

 小細工など要らない、神々の砦の名に恥じぬ防御力。

 

 人が羽虫に対して感じる「鬱陶しい」という気持ちの1/10も、アースガルズは天戸に対して向けていない。眼中に入れていない。

 天戸がどれだけ過去に因縁を持とうとも、確固たる信念をもってこの場に立っていようとも、負けられない理由を持とうとも、アースガルズには関係ない。

 興味すら持たない。

 敵意すら持たない。

 それが現実だった。

 

「おおおおおおおッ!!」

 

 それでも天戸は心折れず、アースガルズに立ち向かい続ける。

 彼の心が強いから? それもあるだろう。

 この場で時間を稼がなければならないから? それもあるだろう。

 彼が風鳴家に対し責任感を感じているから? 理由の半分くらいはそれだろう。

 

 だが、それ以上に。彼はアースガルズの向こうに、己が心から倒したいものを見ていた。

 過去の自分。

 盗まれてはならないものを盗まれ、守りたかったものを守れなかった自分。

 家族との平和な日々を失った翼の寂しそうで悲しそうな顔、慣れない司令という役職に四苦八苦する弦十郎の顔、隠居を余儀なくされた静かな訃堂の横顔。

 天戸が風鳴家との付き合いを持ち出して、もう20年か30年になる。

 風鳴家が壊れていくのをその目で見てから、もう10年になる。

 訃堂に弟子入りし、子供だった弦十郎が大人になるのを見守って、翼が生まれるのを見て。

 イチイバルとアースガルズが盗まれて、壊れていくものがあって。

 今、目の前にその神々の砦が立っている。

 風のように過ぎ去った20年と、泥沼のように絡みつく10年だった。

 

 それが、彼の積み重ねた後悔の時間の全てだ。

 イチイバルと、アースガルズを取り戻し、訃堂の名誉とあの日の風鳴家を取り戻す。

 それは天戸という男が、過去の無様だった自分に対し行う、『復讐』だった。

 

「お前だけは、お前だけは、俺がッ!」

 

 力の伴わない思いが、アースガルズへと向けられていく。

 道端の石ころ程度にしか天戸という障害を認識していないアースガルズは、何気ない一歩を、天戸を踏み潰す軌道の一歩を踏み出そうとする。

 石を踏む程度の認識で、彼の思いを、過去を、命を、全てを踏み潰そうとする。

 どこかの誰かの、私欲と利権にまみれた命令(コマンド)を実行するために。

 

(……ここまで、ここまでなのか、俺は……何も、何も出来ずッ……!!)

 

 銃を撃つ天戸の視界の全てを、アースガルズの足裏が覆い、そして――

 

「ジャベリンッ!」

 

 ――少年の声紋を認証し、音声認識で動くジャベリンが、ハンドルで天戸を引っ掛けてその場から離脱させた。

 

「俺の腕、燃えてるせいでシンフォギア以外の人の肌には触れないんですよ。焔が凶暴なので」

 

「ゼファー!?」

 

 ジャベリンはアースガルズから離れた地点で停止する。

 天戸がバイクから離れて立てば、その視線の先には、ナイトブレイザーの背中があった。

 

「余計なことをしてくれたな……! あれは、俺が――」

 

「天戸さん、俺を初めておでんに連れてってくれた時のこと、覚えてます?」

 

「――あ?」

 

「俺、嬉しかったから覚えてますよ」

 

 ゼファーは覚えている。

 この国に来てから多くの人に貰った、輝かしい記憶の数々を。

 今の自分を形作る、強さの源泉を。

 

――――

 

「俺個人がそいつに『間違っている』と叩き込むんじゃない。

 法律が、『みんなが守っているルール』が、そいつを『間違っている』と否定するんだ。

 だから俺は、個人的な復讐はしない」

「復讐したって、過去を無かったことになんかできやしないんだからよ」

 

――――

 

 天戸という男から貰った言葉の一つ一つも、この胸に刻んでいる。

 それもまた、大切な記憶だから。

 ゼファー・ウィンチェスターに、復讐心と憎悪以外の戦う理由をくれたきっかけの一つだから。

 

「天戸さんが俺に言ったことです。

 個人的な復讐はしない。復讐したって、過去は無かったことにはならないって

 俺、あれ忘れてません。いい言葉でしたから、教訓にしてます」

 

「……あ」

 

 天戸がかつて少年にあげた言葉が、その言葉で成長した少年の姿が、彼の胸を打つ。

 10年以上熟成された後悔でゆだっていた頭が、次第に冷えていく。

 冷静さが戻って来て、天戸の暴走を止めていく。

 

「天戸さんが今、自分だけで戦いたい理由が、それと違うって言えますか?」

 

「っ!」

 

 違わない。

 天戸は、後悔の原因となる過去に決着をつけるため、過去に復讐するため、こんな無茶をしてしまったのだから。

 そんな彼に、ゼファーは初めて会った時と比べれば随分と伸びた身長を、随分と様変わりした騎士の力強い背中を、強くハッキリとした声色を、天戸に見せつける。

 

「ゼファー、お前……」

 

「天戸さんのおかげで今日まで生きて来れた俺が。

 天戸さんの代わりに、天戸さんがしたかったことを成し遂げます。絶対に、絶対です」

 

「―――ッ」

 

 あなたの代わりに俺が戦うと。

 あなたがしなければならないことがあるのなら、俺も一緒に背負うと。

 ゼファーは言葉にするまでもなく、言外にそう言った。

 

 天戸は、初めて会った頃のゼファーを思い出す。

 哀れみを誘う子供だった。それ以外に印象が残らない子供だった。

 なのに今では、こんなにも立派になっている。

 たった数年。されど数年。

 男子三日会わざればと言う言葉の意味を、天戸はひしひしと実感していた。

 

 過ぎ去った時間が、天戸の後悔を後押ししたならば。

 過ぎ去った時間の中で成長した少年の姿が、その後悔を打ち払う。

 自分が後悔なんてものに時間を無駄に浪費している内に、自分の言葉を受け止めて成長していた少年を見て、天戸は自分の現状を再認識し、笑う。

 もう俺も歳だな、と自嘲して、若い奴が自分を追い越して行くことを嬉しくすら思っていた。

 

 後ろを向いている自分に、こんなにも簡単に前を向かせた彼の成長に、笑みが止まらなかった。

 

「俺が前に出ます。天戸さんは、近辺の道路の物理的封鎖をお願いします」

 

「……分かった。任せたぜ、ゼの字……いや、ゼファーッ!」

 

 そうして天戸は、ゼファーの名をそのまま呼び捨てで呼ぶ。

 それは彼に一人の男として認められた証。

 弦十郎もかつて通った、一度きりの天戸の儀式のようなもの。

 言い換えるならば、彼なりの戦場のジンクスだった。

 

「はいッ!」

 

 ジャベリンに乗った天戸を横目で見送り、ゼファーはアースガルズと向き合い立つ。

 

「さて、と」

 

 アースガルズは、ナイトブレイザーを眼中に入れていた。

 つまり、天戸とは違い自分を破壊しうるものであると認識したということだ。

 戦いは避けられないだろう。

 ゼファーの今の状態は、翼&奏とHEXのラインが繋がった上で残り時間15分。

 コンビネーションアーツ使用不可。

 目標はできれば打倒、できれば囮になって基地から人を避難させること。

 だがどちらも出来そうにないと直感が言っているために、時間稼ぎとなる。

 

 敵は、アースガルズは、まさしく城と言うべきデザインだった。

 人型なのだが、身体の各所に城のようなデザインが見受けられるのだ。

 西洋の城の流線、円錐、直線やら波立つラインやら、ミニサイズの長方形城壁が脛当てや籠手のように両手足に付いているのも実に印象的である。

 そして純白の装甲に、浅葱色の光るラインと若草色の光るラインが何とも美しい。

 肩、腰、手首、背中には光る羽のようなフィンが付いていて、それもまた鮮やかだ。

 現実の城のような無骨さと質実剛健さ。

 ファンタジーの城のような幻想的な美しさ。

 その二つが両立されたアースガルズのデザインは、まさに歩く人型の城であると言っていい。

 頭の両脇の角ですら、防壁の上に並べられる刺のように見えた。

 

(こいつ……)

 

 だが、直感は囁く。

 "これまで本気で戦ったことのある全ての敵よりも、これは強い"と。

 

(今まで戦った敵の中で、もしかしたら、一番……!?)

 

 なればこそ、アースガルズの一歩から始まったその戦いは、ナイトブレイザーVSアースガルズというこのカードは、微塵の勝機も存在しない戦いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アースガルズが踏み込んで来た。

 それに反応したゼファーの動きは早く、右手の五指を腕ごと力強く振るう。

 指に沿って焔の爪痕とでも言うべき炎の刃が、鋭くアースガルズへと飛んで行く。

 ゴーレムは、それを右腕を持ち上げ、右手より発したバリアで防御した。

 防御された焔が『消滅』する。

 

「―――!?」

 

 それに誰よりも驚愕したのは、他ならぬゼファーであった。

 ナイトブレイザーの焔・ネガティブフレアはこの天と地の間で最強の炎である。

 防御など許さない。生存など許さない。

 一度着火すれば対象が燃え尽きるまで決して消えることのない、必殺の炎なのだ。

 皮膚を切り離したり、体の一部を切り離して逃げた者は居ても、結局のところこれを本当の意味で防いだ者は居なかった。

 

 だが、アースガルズはそれを防いでみせた。

 しかも焔を消滅させるというとんでもないことまでやってのけたのだ。

 ゼファーが全力の火力をぶつけたからではない、というのもあるが、それでも凄まじい。

 少年が今でもネガティブフレアに悩まされているのは、アガートラームにどんなに希望を注いでも、アガートラームに付着した焔を消すことができないからなのだから。

 

「こいつが、話に聞いていた……」

 

 神々の砦の前方に展開された、半透明の浅葱色のバリア。

 それはネガティブフレアを消滅させるだけでなく、その質量をそっくりそのままエネルギーに変え、バリアを構成するエネルギーの中で循環させる。

 アースガルズは、かつて二課で隅々まで研究されていた完全聖遺物だ。

 それゆえに、そのデータの一部は二課に収められている。

 だからこそ、ゼファーはその能力の名を知っている。

 

「アースガルズの、『対消滅バリア』ッ……!!」

 

 神々の砦、アースガルズ。

 その最強にして唯一無二の能力が、両腕に備え付けられた"対消滅バリア発振機構"だ。

 これは反物質を利用したバリアを発生させ、あらゆる物理攻撃を無効化する。

 物質であるならば、このバリアに触れた瞬間に欠片も残さず対消滅を起こしてしまうからだ。

 

 ならばエネルギーで、と考えたところで無駄も無駄。

 対消滅反応で生まれた莫大なエネルギーは、この対消滅バリアの内部を循環し、桁違いのエネルギー量を強固な盾へと変化させる。

 エネルギーが足りなければ、空気を対消滅させてエネルギーを持って来ることもできる。

 そのため、エネルギー攻撃もまた通じないのである。

 

 物理攻撃も通らない。

 エネルギー攻撃も通らない。

 人類の歴史上、このアースガルズのバリアを真正面から破壊できたのはロードブレイザーのみ。

 

 絶対無敵。そんな表現が誇張でない、それほどまでに強力なゴーレムであった。

 

「だったらッ!」

 

 ゼファーは真正面からの攻略が不可能であると判断し、空に跳ぶ。

 そして足裏から焔を吹き出してそれを足場とし、アースガルズの周囲を半球を描くように縦横無尽に跳び回った。跳んで、跳んで、跳んで、アースガルズの背後を取る。

 すかさず右腕に焔を集中し、槍の形状にして飛ばす。

 銃弾よりもずっと速い速度での攻撃であったが、それもあえなくアースガルズに防御されてしまった。今度は先程のような前面のみの防御ではなく、アースガルズの周囲全てを包むバリア。

 

「……全方位防御だとッ!」

 

 そんなもの、反則すぎる。

 破壊できないバリアをその気になれば球状にも出来るなど、攻略のしようがない。

 更にアースガルズはバリアを張ったまま身体を前傾させ、ゼファーに向けて跳び出した。

 

「!? アクセラレイターッ!」

 

 対消滅バリアを張ったままの移動まで可能だなどと、信じられない特性が次から次へと湧いてくる。対消滅バリアに触れれば対消滅を喰らう。そうなれば行き着く先は死だ。

 ネガティブフレアを消せた以上、ナイトブレイザーを消せないわけがない。

 ゼファーはアクセラレイター、足裏からの焔の噴出を利用し、最高速度でアースガルズから距離を取ろうとする。

 

(こいつ、まさか、ベリアルほどじゃないが、俺よりずっと―――!?)

 

 なのに、振りきれない。むしろ距離を詰められていた。

 アースガルズの身体能力は凄まじく、ゼファーが生命力をガリガリと削って出している最高速度よりもなお速く、ゆえにシンフォギア最速の天羽々斬よりもなお速かった。

 対消滅バリアだけでなく、素のスペックも桁違いに高い。

 それが、アースガルズだ。

 

「ぐっ……!」

 

 追いつかれたゼファーは、背中から攻撃を食らってはたまらないと、進行方向に向かって蹴るように空間を踏む。反動で身体を逆方向へと動かし、身体を捻ってアースガルズと向き合った。

 そして逃げる最中に右腕に溜めていた焔を右腕表面に圧縮・固定。

 焔の色一色に表面を染めた、ガチガチに強度のある右腕を作り上げる。

 そして続く二歩目で身体を加速させ、アースガルズの対消滅バリアへと叩きつけた。

 ゼファーの格闘技能における必殺技、生身の状態でもビルの壁をぶち抜く拳、絶招である。

 

「―――がッ!?」

 

 だが、バリアは柳の葉ほども揺らがない。

 ゼファーの体は、彼が望んだ通りに反動で吹っ飛ばされ、対消滅バリアに全身をぶつけられるという最悪の状況だけは回避した。

 されど代価に痛みが走る。ナイトブレイザーの右拳の先、指が1/3ほど対消滅していた。

 ゼファーの腕に走る痛みはいかほどか。

 体の一部を対消滅された人の痛みなど、余人が知る由もあるまい。

 少年にとっては体の痛みよりも、弦十郎の本気の拳と打ち合っても壊れないだろうという確信があった焔の拳が壊された、そんな精神的なショックの方が大きかった。

 敵の攻撃は、まだ続く。

 

「は? うおおおッ!?」

 

 吹っ飛ばされたナイトブレイザーが跳ねるように立ち上がれば、視界の中に広がるは絶望。

 アースガルズはゼファーに向けて、相当にデカい板状の対消滅バリアをいくつも発射していた。

 板状のバリアは地面を滑るように、騎士に向かって飛んで行く。

 迎撃したところで、迎撃に使ったものも対消滅させられてバリアの攻撃エネルギーを引き上げるだけで、何をしようが止められない。

 当たってたまるかと、そう思って回避しようとしたゼファーは、直感の警告に従い上を見た。

 

 そこには、空から落ちてくる球状の対消滅バリア。

 地面を滑る板状のバリアの隙間を縫うように、逃げ道の全てを塞ぐかのように、空から防御不能回避不能のバリアが降って来る。

 バリアによる飽和攻撃という矛盾、最強の盾が最強の矛を兼任するという矛盾。

 "対消滅バリアの遠隔発生機構"。

 それが、ゼファーを圧殺せんと襲いかかる。

 

「ざっけんなッ!」

 

 それをゼファーは、空中でダダダダダという足音を鳴らすほどのテンポとスピードで、空を蹴って飛び回って回避する。

 その動きは並大抵の者では目で追うことも出来ないほどに縦横無尽。

 攻撃がN極の磁石なら、ゼファーもN極の磁石なのではと見る者に錯覚させるような、それほどまでにどこかおかしいレベルに達している回避行動。

 なのに、それでも振り切れない。

 

「―――な」

 

 全ての攻撃をかわしきった、とゼファーが地に足つけて思ったその瞬間、彼の眼前にはバリアを前面に分厚く張ったアースガルズが迫って来ていた。

 ゼファーは直感と思っただけで動く騎士の体を用いた超反応。

 咄嗟に、後ろに跳ぼうとする。

 だがそこで直感が「やめろ」と叫んだ。

 ゼファーが後ろを見れば、そこには逃げ道を塞ぐように板状のバリアが立っていた。

 

「こ―――」

 

 そして、ゼファーは背後の板状の対消滅バリア、突っ込んで来たアースガルズの対消滅バリアに挟み込まれて、前後からの対消滅を喰らう。

 ゼファーは自分の敗北に絶望する者達の声を聞き届けながら、声一つ上げられないままに、変身を解除させられ倒れ込む。

 敵が撤退してくれたわけでもなく。自分が意図して撤退したわけでもなく。

 ナイトブレイザーが言い訳のしようもなく迎えた、完膚なきまでの敗北だった。

 

 この戦闘の、何が異常か?

 それは完全聖遺物二つの力を持つゼファーが、こんなにも簡単に負けてしまったことだ。

 粘り強いゼファーが、全力を出した上でこの程度しか粘れなかったということだ。

 ナイトブレイザーという強者が、事実上瞬殺されたという信じられない現実だ。

 時間を稼ぐだけでいいという有利な条件があった上で、食い下がることも出来なかった、次元違いの戦闘能力の差だ。

 

 あまりに、あまりにも、アースガルズは圧倒的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年が殺される、と地下施設で映像を見ていた誰もが思ったその瞬間。

 アースガルズに向かって飛んだ青い刃が、バリアではなく腕によって弾かれる。

 素の防御力の高さまでもを見せつける神々の砦が振り向けば、そこには少女と歌があった。

 

《《       》》

《 絶刀・天羽々斬 》

《《       》》

 

 いつものことだ。

 ゼファーが惚れているのは天羽奏だが、ゼファーのピンチに駆けつけるのは、大体の場合風鳴翼の方がずっと早い。

 奏より、翼の方が、ゼファーのピンチを助けた数はずっと多い。

 

『翼ちゃん! そいつは強すぎる! ゼファー君を回収して逃げるんだ!』

 

「逃げられません。逃してくれる相手でもなさそうです」

 

 本当にギリギリだった。朔也の策が大当たりだった、と褒めてやっていい。

 地下施設内では、一人で廊下を埋め尽くす攻撃が放てるシンフォギアを二人同時に運用するのは利点が薄いため、一人で十分。

 そう判断した朔也が殲滅力に長ける奏を下に残し、ゴーレムと一人で戦おうとしていたゼファーへの援軍にスピードに長ける翼を向かわせたのだ。

 その作戦が、結果的に見事に噛み合った。

 翼が来るのがあと数秒遅ければ、ゼファーは対消滅バリアで消されていたかもしれない。

 

(この敵……ゼファーが三分も保たないなんて……!)

 

 アースガルズはゼファーから翼へと視線を移し、ゼファーに背を向けて翼へと歩み寄る。

 翼は多くの技を持たない。

 今の彼女は生身でも得意とする逆羅刹を除けば、技を蒼ノ一閃しか持っていない。

 何故なら、必要なかったから。

 広域殲滅ならばチームの二人を頼ればよかったし、翼は剣を持って振るっているだけで三國無双の如く、周囲の敵全てをなぎ倒していくタイプであったから。

 そんな彼女の蒼ノ一閃が、チャージがなかったとはいえ素の防御力で防がれてしまった時点で、翼が打てる有効手は限られてしまう。

 

(……あれを……)

 

 ここに来るまでの間、朔也と立てた作戦が翼の脳裏に蘇る。

 四分。四分は稼がなければならない。

 四分稼げばなんとかなる可能性も出てくるが、稼げなければ勝機無し。

 超がつくほどしぶといゼファーが三分も保たなかった相手に、だ。

 翼は尋常な手段では一分半保てば奇跡だと、冷静に戦力計算を終える。

 

(……やるしかない。私達が三人がそれぞれこっそり鍛えていた、アレを……)

 

 ゆえにこそ、彼女は尋常でない手段を選択した。

 

戦場に――(Gatrandis――)

 

『! やめろ、翼ちゃん!』

 

 それは"絶唱"の最初のフレーズ。

 翼が目を閉じ、剣を額の前に構えて歌い始めたのを見て、朔也が大声を上げて止めようとする。

 絶唱は比類なき強力な力を得られる代価として、制御をわずかでもミスすれば正規適合者とて命に関わるという諸刃の剣だ。

 歌えば、最悪死もありうる。

 だからこそ朔也は大声を上げて止めようとする。

 

――刃鳴――(――babel――)

 

『ここで君が命をかけても、押し切れるわけがない!

 長期戦ができなくなる分、不利な要素が増えるだけだ! やめるんだ!』

 

――裂き――(――ziggurat――)

 

 だが、翼は朔也の思っていたようなことは考えていなかったし、ここで彼女が切ったジョーカーは彼の予想に収まるような生半可なものでもなかった。

 朔也の声など聞こえていないかのように翼は歌を続ける。

 そして……

 

――誇る(――edenal)

 

 歌は、そこで止まる。

 

『……え?』

 

 絶唱は最初の部分だけが歌われ、その歌は途中で止められた。

 装者の命を蝕むほどのゲインは発生せず、あとに残るは中途半端な量のエネルギーのみ。

 そうして翼の手元には、『通常のギア出力の数倍の』、『絶唱の数分の一の量の』、そんなエネルギーがほどよく残る。

 

「"レイザーシルエット"」

 

 翼がこの技の名をそう呟くと、手首から先、足首から先、手にした剣の一部のカラーリングが白く染まり、すぐに元の色合いに戻る。

 彼女が踏み込む。足首から先が白く染まり、翼はアースガルズの背後を取った。

 彼女が剣を振るう。足首から先が元に戻り、手首から先が白く染まり、剣先が走る。

 彼女が剣より光刃を放つ。手首から先が元に戻り、剣の一部が白く染まる。

 

 そうして放たれた蒼ノ一閃を、アースガルズは防御せざるを得なかった。

 食らえば負ける。

 アースガルズにそう判断させるだけの威力が、その蒼ノ一閃には秘められていたから。

 対消滅バリアに蒼ノ一閃が防がれたのを見て、翼は一旦距離を取り、剣を正眼に構える。

 

「参る」

 

 そしてゼファーと同じように、時間を稼ぐための戦いへと挑んでいった。

 

 

 

 

 

 『レイザーシルエット』。

 翼が以前より考えていた、自分の戦闘力を引き上げるための絶唱の余技とでも言うべき技だ。

 理屈はそう難しいものでもない。

 絶唱をほんの少しだけ発動し、発生した膨大なエネルギーをアームドギアに溜め込ませ、要所要所で体の一部にのみ循環させるという仕組みだ。

 絶唱のエネルギーは大きいが、アームドギアの中に押し込んでおく分には負担が少ない。

 これはアームドギアを使う絶唱より、アームドギアを使わない絶唱の方が負担が大きいという理屈と、根本の部分では同じである。

 

 無論、翼固有の技能である"呼吸である程度適合係数を調整できる"というものがなければ、到底真似できるようなものではない。

 更に言えば、翼の絶唱特性は圧縮したエネルギーに指向性を持たせ、身体能力と斬撃の威力を短時間の内に極端に引き上げるというもの。

 翼と同じ絶唱特性を持たなければ、同様にこれを真似ることは不可能になる。

 

 呼吸で適合係数を引き上げられる僅かな時間。

 絶唱のエネルギーによる不可が限界を超えるまでの短時間。

 その刹那に、絶対的な力を振るう。

 それがいまだ未完成である、翼の『レイザーシルエット』という技の正体であった。

 

(局所的に集中されたフォニックゲインが、限定的にギアの機能制限を解除しているのか!?

 剣や、手首から先や、足首から先が、時折白くなっているのは、それが理由……!)

 

 朔也は翼のありえない無茶と、それを可能としている彼女の技量に驚愕する。

 手の先、足の先、剣の内という三ヶ所のどこか一ヶ所でしかエネルギーを制御できないあたりが目に見えて未完成だが、それでも腕力強化・機動力強化・切断力強化の三択は実に強力だ。

 燃え尽きる寸前のロウソクの如き、刹那の輝き。

 風鳴翼を瞬殺する相手に、風鳴翼が僅かな間だけでも食い下がれるようにする力。

 

(行けるか、これは、四分……!)

 

 翼はまた一つ強くなった。環境が彼女を強くした。

 必要に迫られて彼女は力を求め、己を鍛え上げた。

 ゴーレム達と戦っていない世界の翼より、ゴーレム達との戦いを強いられている翼の方が強くなる。必要に迫られるとは、つまりはそういうことだ、

 翼は脚力強化を行いふっとその場を消え、アースガルズの脇下から腕力強化した斬撃で切り上げる。だがそれは、あえなく対消滅バリアで防がれてしまう。

 後方に跳んだ翼の手に握られたアームドギアは、鍔辺りから先が無くなっていた。

 

「……っ!」

 

 翼は背筋がゾッとするのを止められない。

 先ほど撃った蒼ノ一閃も、刀の大部分も、あの対消滅バリアに食われてしまっていた。

 攻撃するだけで相手のエネルギー総量が増えるなど、笑えない冗談だ。

 もっと笑えないのは、レイザーシルエットを使わなければそのバリア抜きでもアースガルズは翼を倒せていたかも知れないという、その一点。

 何もかもが次元違いすぎる。

 翼が常に攻め続けていなければ、先ほどのゼファーと同じようにバリアの飽和攻撃によって圧殺されるかもしれないという、そんな不安要素すらある。

 勝機はまだまだ、見えやしない。

 

(それでもッ!)

 

 翼は足首から先にエネルギーを集中し、逆羅刹。

 そして逆羅刹の最中に、両足の剣から蒼ノ一閃を放った。

 地面から1mちょっとの高さを横一直線に切り払うように、青い斬撃がすっ飛んでいく。

 アースガルズはそれを、右腕に限定的に発生させた対消滅バリアでこともなさ気に弾いた。

 まるで、蝿でも払うかのように。

 

『翼ちゃん、解析結果をそっちに送るよ!

 あの対消滅バリアは腕から発生している!

 両腕の対消滅バリア発振機構の位置とその配線も解析できた分だけそっちに送る!

 アースガルズの装甲を破壊することが前提だけど……そこを壊せば、なんとか!』

 

 耳元から飛んで来る朔也の分析結果だけが、彼女にとって良い知らせだ。

 本当に彼の分析が無ければ、何度どうなっていたか分からない。

 翼がすべきことは時間稼ぎ。

 そして時間稼ぎの成功率を高めるには、アースガルズの能力をどうにかして削るしかない。

 なんとか食らいつかなければ。

 なんとか食い下がらなければ。

 

 そんな翼の決意と意志は、アースガルズの強大な力にいとも容易く打ち砕かれる。

 

「……え?」

 

 翼が脚力をレイザーシルエットで強化し、アースガルズをスピードで翻弄できるか試そうと踏み込んだ、まさにその瞬間。

 翼が踏み込んだ地面が、崩壊した。

 

 アースガルズは対消滅バリアを広げたり、遠隔発生させることが出来る。

 先史文明の技術力から言えば、手から1m離れた場所にバリアを発生させるのも、100m離れた場所にバリアを発生させるのも、大差ないことであったからだ。

 だから、アースガルズはバリアを遠隔発生させた。

 "地面の下に、球形に"。

 

 球形に発生させられた対消滅バリアは、地面を対消滅させ瞬間的に大穴を開ける。

 対消滅で発生したエネルギーは全てアースガルズに転送され、翼は地面の消滅で発生した大穴に落ちていく。

 ゼファーと違い、翼に空中を移動する手段はない。

 そのため、この一瞬、彼女は空中で完全に無防備な姿を晒してしまっていた。

 

『敵接近! 翼ちゃん避け―――』

 

「しまっ―――」

 

 そして跳躍したアースガルズの蹴撃にて、たった一撃で、その意識を刈り取られてしまった。

 同時にレイザーシルエットのエネルギーも霧散し、変身も解けてしまう。

 

 意識を失った翼をアースガルズは抱え上げ、大穴をよじ登り始める。

 米国上層部が、そうなれと望んだ通りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼファーは失神させられた後、自らの精神世界の中でぽつんと一人、立っていた。

 自分の腕を見る。欠けている。

 それは自分の肉体が本当に欠けているからではなく、アガートラームが欠けてしまっているからそう見えているのだと理解したのは、彼の持つ直感ゆえか。

 

「……」

 

 佇むゼファーの目に、ゲージが見える。

 "それ"は『必要に迫られた』ことで、彼の目に見えるようになったもの。

 "それ"が自分が生きている間は絶対に回復せず、生きているだけで消耗する『命のゲージ』であると気付けたのは、またしても彼の直感の働きだろう。

 "それ"は消費すれば、生まれ変わる以外に回復手段がない。

 "それ"が尽きれば、寿命も尽きる。

 "それ"が尽きれば、死ぬ。

 

「やめるんだ」

 

 そんなゼファーを、どこからか誰かが止めようとする。

 輝く鉱石(ラグナイト)と表現すべき綺麗な瞳と、青い髪を持った青年がそこに居た。

 

「それを使うな! 今の君にはまだ早い!」

 

 ゼファーは無視して、傷だらけの体のその胸に、右手を当てる。

 

「やめッ―――」

 

 ゲージ全体を100として、その内0.5ほどを、ゼファーは"消費"した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブレード、グレイスッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カッ、と倒れていたゼファーの体が白銀の光りに包まれる。

 アースガルズがそちらを見れば、焔の渦……否、焔のドリルがそこから飛んで来ていた。

 ゼファーの焔の絶招、それも細く収束され貫通力を高められた一撃だ。

 神々の砦は翼を抱えていたため、両腕を使えなかった。

 そのため、全方位バリアを張ることが出来ない。一方向バリアにてこれを防ぐ。

 

 それこそがゼファーの狙いであるとも、気付けずに。

 

「起きろ、ツバサッ!」

 

 アクセラレイターを使い、焔の爆発を使わず、ゼファーは対消滅バリアが張られている反対側に回り込み、翼を抱えている方のアースガルズの腕を全力で蹴り上げた。

 そこでアースガルズのカメラアイに映った黒騎士は、何故か"新品のように無傷"だった。

 失神している生身の翼が空中に飛んで行き、宙を舞う。

 

羽撃きは鋭く、風切る如く(Imyuteus amenohabakiri tron)

 

 そして宙を舞う翼が光に包まれ、変身を終えた後に着地した。

 

「起こし方が、荒っぽいッ! ちょっと何考えてるの!」

 

「いいだろこのくらいッ! ごめんなさい!」

 

 全方位バリアを展開し突っ込んで来るアースガルズを、二人はそれぞれ左右に跳んで回避する。

 

『気を付けるんだ二人とも! こいつの狙い、おそらく翼ちゃんだ!』

 

「えっ!?」

 

「……そういうことか」

 

 敵の目的は唯一の第一種適合者。

 そうと分かれば、戦いの目標も変えていける。時間稼ぎが第一、という現状に変わりはないが。

 アースガルズが翼の方を向けばゼファーが攻撃し、アースガルズがゼファーの方を向けば翼が攻撃し、意識の向きを翻弄して二人はアースガルズを中心とした円を描くように動き続ける。

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 そして、攻めさせないために攻める。

 

「「 シンフォニックレインッ! 」」

 

 ゼファーの力と翼の力が掛け算で増幅され、圧縮されたエネルギーが焔を纏った短刀を無数に上空に形成、それら全てがアースガルズに向かって降り注ぐ。

 全方位バリアを抜けるかもしれない。そういう威力だった。

 しかし。

 

「……マジかよ……!」

 

 アースガルズは左手を空へと掲げ、シンフォニックレインの短刀と同数の八角形バリアを頭上に形成する。一つ一つは手のひらサイズ、されどれっきとした対消滅バリアだ。

 対消滅バリアは一つにつき一本の短刀とネガティブフレアを対消滅させ、その分のエネルギーを身の内に溜め込んでいく。

 そして一瞬にて一斉掃射で放たれたシンフォニックレインを全て対消滅させた後、その八角形のバリアは、チャクラムのようにゼファー達に向かって飛んで行く。

 開始の合図は、掲げられたアースガルズの左手が振り下ろされたその瞬間。

 

 かつてゼファーが戦った這い寄る混沌は、全能力を費やして野球ボールサイズの反物質を40作るのが限界だった。

 アースガルズは片手で、余裕綽々とその数倍・数十倍規模の対消滅バリアを作る。

 対消滅反応は、一円玉サイズの物で発生させても広島原爆の三倍のエネルギーを産む。

 短刀は一つ一つがその200倍の質量を持っている。

 

 それゆえに、アースガルズが放った無数の光の八角形は、一つ一つが原子力爆弾の数百倍というエネルギーを内包しているという、バカげた次元の攻撃手段となっていた。

 

「かわせえええええええッ!!」

 

 ゼファーが叫ぶ。

 翼が歌いながら頷き、呼応する。

 

 かわし、避け、回避し、逃げ、遠ざけ、かい潜り、転がり、跳び、身を捩る。

 回避に回避と回避を重ねる。

 一発でも当たれば、その時点でミンチより酷いことになるだろう。

 対消滅機能は消えて無くなっているのが不幸中の幸いだが、その分これだけのエネルギーが込められているのでは結果として変わらない。

 

(これがアースガルズ……そりゃ、砦は守るだけじゃなく敵を殺す砲台もあるよなッ!)

 

 ゼファーは直感と、考えるだけで動く体を使った超反応で回避する。

 背後から飛んで来た光の八角形を見もせずステップと首振りだけでかわすなど、超人的を通り越して人外的ですらある。

 ゼファーは元は銃の世界の人間。飛び道具相手の方が上手く立ち回れるタイプだ。

 それでも追い込まれたまま打開策を打てないでいるのは、アースガルズが制御している光の八角形の数が多すぎるからだろう。

 

 そして360°からの攻撃を回避するゼファーも凄まじいが、直感や考えるだけで動く体も無いというのに、ゼファーと同様に回避を続ける翼の技巧も凄まじい。

 ゼファーが生き残れている理由は"こういう能力があるから"で説明できるが、彼女が回避できている理由は"鍛えているから"しかない。意味が分からない次元の練度だ。

 もっとも、アースガルズの光の八角形は威力に比例した速度を持たず、また米国の思惑からアースガルズが翼に対し少し手加減している、というのはあるが。

 それにしたって、翼の回避力は異常の一言に尽きる。

 

 このアースガルズの攻勢をかわすのと比べれば、ビルの屋上の手すりの上を目隠しして全力疾走する方が、まだ簡単だし心臓に優しいはずだ。そう断言できる。

 

「くそ、どうにか反撃しないと……!」

 

 だが、いずれは体力か集中力が切れる時は来る。

 そうなれば彼らも逃げ切ることはできなくなるだろう。

 何か、手を打たなければならなかった。

 

『カウントダウン開始。10、9、8、7、6』

 

 なのだが、それは別にゼファーと翼が打たなければならないと決められているわけではない。

 

『5、4、3、2、1、0! 来たッ!』

 

 朔也のカウントダウンが終わる、そのタイミングで。

 地面がド派手にめくれ上がった。

 

「!?」

 

 事情を知らないゼファーが、光の八角形に集中しすぎていたせいで事前に察知できず、驚愕に仮面の下で目を剥いてしまう。

 アースガルズ、ゼファー、翼の視界が完全に塞がれた中、土煙の中を跳び回る人影が一つ。

 『それ』は光の八角形に近寄り、それら全てを殴り飛ばしていく。

 ただ単純に叩いているのではない。

 

 浸透勁にて力の全てを浸透させ、力の流れを操る技術の代名詞とも言える勁を掌握、李氏八極拳にてそうされるように槍を拳の延長として勁を通し、発勁により光の八角形を『叩かずに押す』。

 これこそが拳法を極めた男の拳。

 防人の家系に生まれた異端児クラスの才能に、たゆまぬ研鑽と修行、更には不可能を可能とする精神性を重ねた人類最強の放つ一撃。

 ゼファー、翼、奏のいいとこ取りをした人間が20年以上の鍛錬を重ねた先にある『絶招』。

 

 吊るされた和紙を拳で切断することも、豆腐を殴って砕かずに吹っ飛ばすことも、戦車を粉砕することも可能とする拳が、全ての光の八角形を殴り飛ばす。

 殴り飛ばされた光の八角形は、全てアースガルズへと着弾した。

 

「お偉方を説得してここに来るのに、随分かかっちまったぜ」

 

「ゲンさん!」

 

「叔父様!」

 

 風鳴弦十郎、推参。

 

『地下ノイズ掃討完了!

 これで司令も動けるようになった!

 二人とも、四分間、よく頑張ったッ!』

 

 地下のノイズを全て片付けてしまえば、敵はアースガルズしか残らない。

 そうなれば、弦十郎はお偉方を守るためにその側に居るという理が無くなり、お偉方を守るために地上に出てアースガルズを倒しに行くという選択を許される。

 つまり、奏がこの短時間にやってくれたのだろう。

 ノイズが全滅したのなら、もう数分と待たずに奏も加勢してくれるに違いない。

 状況が、少しづつ、希望が持てる方向へと動き始めた。

 

「……しかし、まあ」

 

 弦十郎は、光の八角形を対消滅バリアで全て消し去ったアースガルズを見つめる。

 そして地面に手を突っ込み、抉った土を投げつけた。

 彼ほどの強さともなれば、土をただ投げただけで乗用車はドゴンと音を立てて吹っ飛んで行き、重い戦車ならばガリッと音を立てて装甲が削れることくらいは普通にあることだ。

 だが、投げつけられた土は対消滅バリアによって消滅させられてしまう。

 威力に関係なく消滅させる反則バリアに、弦十郎は思わず舌打ちした。

 先ほどの光の八角形ならともかく、このバリアは素手では破れない。

 

「またこういうやつかッ! 最近は拳で殴ろうにも殴れん奴が多すぎるぞッ!」

 

「ゲンさん、それもしかして政治家の―――」

 

「行くぞゼファー! 俺に続けッ!」

 

「は、はいッ!」

 

「あれ、私は!?」

 

「お前もだ翼ッ!」

 

 ゼファーが余計なことを言いそうになったタイミングで、その言を遮るように弦十郎は大声を上げてそれを遮る。

 弦十郎が突っ込み、その後にゼファーと翼が続く。

 まずは人類最強による、拳の連撃だ。

 

「破ァッ!」

 

 弦十郎は目にも留まらぬスピードでアースガルズに接近し、そのバリアに拳を振るう。

 火中天津甘栗拳じみた信じられない速度の連撃、それも寸止めの拳の連撃だ。

 人類最強の拳は常に大気を切り裂く衝撃波を纏っている。

 ベリアルも攻撃に使っていたそれを弦十郎は一瞬に数千回打ち込むことで、対消滅バリアをほんの僅かにたわませる。

 

「翼ッ!」

 

「はい!」

 

 弦十郎はそうしてアースガルズの注意を引き、アースガルズの右を通り抜けるようにして動き、その視線を引きつける。

 入れ替わるように弦十郎が居た場所に入って来た翼は、至近距離からチャージした全力の蒼ノ一閃。先ほどたわんだ場所に当てることで、更にたわませる。

 

「ゼファーッ!」

 

「ああ!」

 

 翼は弦十郎から自分にアースガルズの意識が移ったことを認識し、アースガルズの左を通り抜けるようにして動き、その視線を引きつける。

 入れ替わるように翼が居た場所に入って来たゼファーは、焔の絶招を叩き込む。

 アースガルズが三人からの全方位攻撃を警戒して張っていた全方位対消滅バリアは、その一撃でバリンと音を立て、粉々に砕け散る。

 

「―――!」

 

 ゼファー・翼・弦十郎はそのチャンスを見逃さず、三方から一気に追撃しようとし、されど三人同時にハッと気づいて後方へと跳んで距離を取る。

 アースガルズが対消滅バリアの強度度外視で、攻撃のためにバリアを半径10mサイズで再展開したからだ。

 アースガルズは片手でそれを成し、もう片方の手で平行して攻撃の準備を整える。

 攻撃の兆候に真っ先に気付いたのは、やはりゼファーであった。

 

「! 二人とも、上から来るぞ、気を付けろ!」

 

「「 ! 」」

 

 上を見た翼は、目を見開いた。

 人一人がくぐり抜けられるか抜けられないか、ひと目では判別できないほどの密度の浅葱色のギロチン……いや、板状の対消滅バリアがズラリと並んでいる。

 真っ二つどころの話ではない。

 あれが落ちて来たら、みじん切りにされてしまう。

 だというのに、それは容赦なく落ちて来た。

 

「嘘……!?」

 

 翼は位置が良かった。

 空から落ちてくる対消滅バリアのギロチンの範囲外にまで、必死に走って移動する。

 弦十郎も同様だ。翼より先んじて攻撃の範囲外に出た。

 ゼファーもそれに続いて、攻撃の範囲外にまで必死に逃げようとして――

 

「がッ!?」

 

 ――アースガルズに蹴り飛ばされ、攻撃の範囲内に押し戻される。

 

「ゼファー!?」

「ゼファーッ!」

 

「う、ぐ……!」

 

 蹴り飛ばされたゼファーが顔を上げれば、そこには頭上にバリアを張った神々の砦。

 そうだ。

 ゼファー達には防御手段がないこの対消滅バリアの雨が振る空間の中でも、このアースガルズだけは傷付かない。この攻撃範囲内を、自由に動くことが出来るのだ。

 ギロチンが落ちてくる。

 ナイトブレイザーに回避する手段はない。

 何をやっても間に合わない。

 

 そんなゼファーを、どこからか飛んで来た槍の先端が掴み、攻撃範囲外まで押し出した。

 

「槍ッ!?」

 

 弦十郎が叫ぶ。

 

「いいや、助け舟さ」

 

 ゼファーをブースターの推進力で押し出し、助けた槍は、宙を舞って持ち主の手元に帰る。

 ガングニールは必中の槍にして必勝の槍。

 投げれば必ず主の手元に戻ってくる帰還の槍。

 

 そして、天羽奏の持つ槍だ。

 

「ったく、翼が掃除苦手だからって、ノイズの掃除を全部あたしに丸投げすんなよな」

 

「―――カナデさんッ!」

 

 対消滅バリアのギロチン豪雨により抉れた大地と、その真ん中に立つアースガルズ。

 それに向かい合うように立つゼファーの右に翼が、左に奏が、後ろに弦十郎が立つ。

 

「全員揃った。だから、俺達は『ここで決める』。皆、サクヤさんから作戦は聞いてるな?」

 

「おう」

「うん」

「ああ」

 

「よし。しくじるなよ、みんなッ!」

 

 そして『ここからの攻防』に、彼ら彼女らは自分達の全てを賭す覚悟を決めた。

 

「奏、合わせて!」

「おうよ、翼!」

 

 初手、切り込むは風鳴翼と天羽奏。

 二人は剣と槍の軌道をクロスして、十文字の同時斬撃を放つ。

 

「ラインオン・ガングニール、天羽々斬!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 アースガルズは防御のために真正面に対消滅バリアを集中させるが、構わない。

 どうせ"ゴリ押し"でぶち抜くのだから。

 

「「 デュアルブランドッ! 」」

 

 剣と槍が十文字を描き、バリアにぶつかる。

 二人のアームドギアは対消滅を食らって消え去……る前に、もう一働き。

 二つの武器がクロスしバリアとぶつかっているその地点。

 そこに弦十郎が、全力の拳を叩き込んだ。

 

 直接触れなければ殴れるんだよ、と言わんばかりの一撃。

 天羽々斬とガングニールの出力を掛け算にした合体攻撃の威力に、天地を砕く豪拳の威力が乗って、対消滅バリアを派手に揺らがす。

 そう、揺らがしただけ。

 一方向に集中した対消滅バリアは、ここまでやってようやく揺らがすことが出来るという、そういう次元の強度であった。

 

 だが、彼らはこの程度で諦めるようになナイーブな心を持ち合わせてはいない。

 

「カナデさん!」

「来いゼファー!」

 

「ラインオン・ナイトブレイザー、ガングニール!」

「コンビネーション・アーツ!」

 

 バリアの揺らいだ点に、更に重ねられるもう一撃。

 

「「 グングニルエフェクトッ! 」」

 

 ゼファーの両手の間にチャージされたエネルギーを、奏の槍先から放たれたビームが貫通し、纏い、極太のエネルギー砲となってバリアにぶち当たる。

 それでようやく、彼らの攻撃はアースガルズのバリアを貫通した。

 それでも貫通できたビームは微々たるもので、アースガルズの胸部に命中し、神々の砦を後方に転がすだけに留まる。

 破壊にまでは、至らなかった。

 

 なればこそ、そこから撃ち放つダメ押しの一撃。

 

「バニシング――」

 

 これでもかと押し込みに押し込んだ連撃の締めは、当然ながら最強最大の一撃以外にはありえない。三人セットのコンビネーションアーツを超える威力を持つ、これしかありえない。

 太陽系の外にまで届き、小惑星すら焼滅させて、ベリアルをたった一撃で葬り去った、ナイトブレイザーの切り札たる粒子加速砲以外にありえない。

 

「――バスタ――」

 

 展開された胸部から、砲塔がせり上がり、転がされて立っている途中のアースガルズへと向けられる。ゼファーに体制を立て直す余裕を与える気など、さらさらない。

 

「――コンビネーションアーツ・バージョンッ!!」

 

 そして、光速度の何割かという速度で、それは放たれた。

 十数に分かれた光のラインは一旦拡散した後、一点に向かって螺旋を描きながら収束し、他の光を巻き込みながら一点に向かって突き進んで行く。

 それは内側から見れば渦。

 それは外側から見ればドリル。

 そういう円錐に近い形状を取ったバニシングバスターが、アースガルズに直撃し、そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで、誰かが絶望の声を上げる。

 

「そん、な」

 

 どんな敵も倒してきた最強の技、バニシングバスター。

 撃てば勝つ、それがバニシングバスター。

 何も知らない外野が見ても、それは最強最大の一撃であるとひと目で分かる、それがバニシングバスターだ。

 

 それは、アースガルズに真正面から受け止められていた。

 

「なん……だと……」

 

 見れば、アースガルズが両腕の対消滅バリア発振機構を連結している。

 おそらくは二つの発振機構を連結し、真正面にのみ強固な対消滅バリアを張るシステムなのだろう。それで強化型バニシングバスターを受け止め、消し飛ばしたのだ。

 これだけの連携を重ねても。

 これだけの強者を束ねても。

 これだけの奇策と技を重ねても。

 

 アースガルズには、届かない。

 

「終わりだ……」

 

 バニシングバスターを撃ってしまった以上、ゼファーの変身も程なく解除されてしまうだろう。

 弦十郎の拳は対消滅バリアと極めて相性が悪い。

 そして三人の力を掛け算したコンビネーションアーツであっても、バニシングバスターを超える威力を出すことは出来ない。

 つまり、あのバリアを超えられない。

 

 何をやっても越えられる気がしない。

 何をやっても壊せる気がしない。

 それゆえに付けられた名が、『神々の砦』。

 

 遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。

 

 これが、アースガルズだ。

 

 

 




アースガルズ、いまだ無傷

作者の中のアースガルズの強さ像です

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