カチコミ聖杯戦争   作:福神漬け

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8話 作戦?カモネギ狙いだ

アサシンと共に行動方針を決定した翌日。俺達は龍之介に頼んでいた借家へと集まっていた。

家の広さは二部屋とあり、三人で一時的な寝床とするのなら問題点はないだろう。

 

「ありがとな龍之介、お陰で助かったよ」

 

俺は龍之介へと礼を述べ、改めて部屋の中を見渡し感動を覚える。

どこにでもある普通のアパートである筈なのだが、久々に感じる家と言う空間。一ヶ月もの期間を下水道で暮らした俺にはまるでエデンの園のように感じる。

 

しかし、龍之介には俺程の感動はなかったのだろう。俺の礼に何度も借りた経験があるから問題はなかったと答え、それよりも話を切り出した。

 

「それよりもさ、旦那にガソリン籠めて欲しいのがメチャクチャあるんだよな」

 

そう言って近くの押し入れから笑顔の龍之介が取り出したのは、術式の書かれた紙。

これについて全く問題はない。元々魔力を籠める事は予定していたからな。寧ろこれから使う予定である為褒めてやりたい位ではある。

 

ただし、それが思わず絶句してしまう程の大量の紙束でなければの場合だが。

 

「……まさか、これを全部一人で書いたのか?」

 

まさか龍之介は俺達が帰って来るまでの間ずっとこれを作っていたと言うのだろうか。

確かに俺達は冬木へと帰って来るのに二日間を必要とした。その理由としては、直前の駅から徒歩で戻り始めた事が原因だと言える。

 

そもそも、どうしてそんな回りくどい方法で冬木市に入らなければならないのかであるが、それは本来なら聖杯戦争で中立となる筈の教会が遠坂時臣へと肩入れしている事が原因なのだ。

 

聖杯戦争の開始は、七人のマスターがサーヴァントの召喚を終えた時点で監督役の教会により宣言される。

では、何故教会がその召喚した瞬間が分かるのかと言えば、教会が所持している霊器盤と言う物の存在があるからだ。

 

聖杯戦争において教会はその立場を中立な物とし、その進行を潤滑に進める仕事を請け負う。それにより公平に戦いを進めさせなければならない教会は、どの瞬間にどのクラスのサーヴァントが召喚されたのかを把握する事が出来る霊器盤と言う物を所持しているのだ。

 

聖杯戦争はその特性上、本来ならば他マスターがいつ召喚したのか等分かりはしない。

しかし、ここで中立である筈の教会が一人のマスターに肩入れしてした場合はどうだろうか。そのマスターは本来なら知り得ない情報まで手に入れる事が出来てしまう。そうなれば、肩入れされた人間は有利に聖杯戦争を進める事が出来るだろう。

 

つまり俺達が徒歩で冬木市へと入ったのは、霊器盤によりアサシンが召喚された情報を得たと思われる遠坂時臣にマークされているだろう駅を避ける為であり、徒歩での侵入なら予想は難しいと考えたから。

魔術的な方法で痕跡は見付かってしまうかも知れないが、俺の顔が知られる可能性は大きく下がるだろう。

 

そんな理由もあり、俺達は帰るまでに少し時間を費やしてしまったと言う事である。だがしかし、これは幾らなんでもやり過ぎだろう。

そこまで考えた俺は、龍之介に少々申し訳なさそうな顔をしながらも断りを入れる事にする。

 

「龍之介、悪いが今度にしてくれないか? この後に近くの山に向かう予定だから、魔術ならそこでしてくれ」

 

「えぇ!? なんでだよ旦那!」

 

龍之介が身を乗り出し俺の返答に不満そうな声を上げると、その振動で舞い上がった紙が俺の頭へと紙吹雪のように乗る。

俺はそれを指先で除けながら一枚を差し出し、龍之介へと理由を説明し始めたのだった。

 

「理由としては色々あるが、まあ一番の理由は魔術は必然的に魔力を使うと言う所にある。そんな事したら、魔力に敏感な魔術師はすぐに場所の特定が出来てしまうんだよ」

 

つまり、今こんな所で魔術の行使等してしまえば発見して下さいと言っているようなものであり、好きではない運動をした成果が水の泡となってしまうのだ。

そう言った事も含め龍之介へと改めて理由を説明すると、渋々と言った様子ながらもこの後に山へ向かうならと了承してくれたのだった。

 

「となると、話し合いを始めるにはあと一人連れ戻さないとな」

 

頭の中に浮かぶのはこの家を見た時のアサシンの姿。別に一軒家でもない只の家だと言うのに、来た当初の俺のように感動している様子であった。恐らくは、現代の家と言う事で興味が出たのだろう。

 

そう考えた俺は立ち上がると、台所へと繋がる扉へと向かいアサシンを呼ぶ事にする。最後に見たアサシンの様子だと、水道や電気に興味を持っていたようだから動いていないだろう。

 

そうして扉を開けた俺は、そこにいるだろうアサシンを目にすると、本来予定していたのとは違う疑問の声を掛ける事になった。

 

「……なあアサシン。お前は、一体何をしてるんだ?」

 

「あ、マスター見てください。コレって本当に凄いですね。綺麗な水がずっと出るんです」

 

そう呟く俺の視界に映ったのは、蛇口から出る水を止めては出し、止めては出しを繰り返すアサシンの姿。

彼女はそれを飽きる事なく繰り返しながら、声を掛けた俺へと陽気に返答する。

幕末では水道は一部の家にしかなかったと聞いた事があるし、今の時代では水質が非常に安定している故感動するのは分かるのだが、一言だけ言わせてくれ。

 

「お前、ずっとそんな事してたのか?」

 

「だって凄いじゃないですか! 見てくださいマスター。ここを回すと水が出ますし、この電気と言うものだって蝋燭も無いのに明かりが灯るんですよ!」

 

なにやら興奮して説明して来るアサシンに取っては、今の科学はカルチャーショックであったのだろう。逆カルチャーショックを受けた俺としては、その気持ちは分からなくもない。

それでもまあ、これからそんな物を見る機会はいくらでもあるのだ。申し訳ないが今は話し合いに参加してもらう事にしよう。

 

「分かった分かった。今度面白そうな物があったら好きなだけ見せてやるから、今は話し合いに参加してくれ」

 

「本当ですね? 約束ですよマスター」

 

「ああ、非常に不本意ながらの約束だ」

 

「マスターはいつも皮肉ばかりです……」

 

そう言って肩を落とすアサシンを受け流し、俺も龍之介が待っている部屋へと彼女を連れて戻る事にする。

さて、早速話し合いを始める事としよう。

 

 

 

――――――

 

 

 

「じゃあ始めるとするか。これからの方針については既に決定してあるが、その為の切り札を手に入れるにはもう少し時間が掛かるんでね。今回はそれを手に入れる前の事前準備について話し合う事とする。質問があれば遠慮なく頼む」

 

部屋へと三人が揃った所で、俺は話を始める前置きとしてそう切り出した。

龍之介とアサシンはそう言った俺へと視線を向け、早速質問したそうな雰囲気を発している。ほんと、素直な奴は面倒じゃなければ大好きだぞ。

 

「えと、その事前準備とはつまり何をするんですか?」

 

「旦那、切り札ってなんの話?」

 

そう言って来る二人の言葉に、俺はどこか夢を見ているような感覚に陥っていた。その理由は、勿論アサシンと龍之介にある。

いやはや、意外って言うのかなんと言うか。まさか龍之介とアサシンがこうも反発する事がなかったとは。いや、どちらかと言うと龍之介がアサシンを気に入っている感じだろう。

 

「いやいや、まさかアサシンが吐血した事で龍之介との関係が緩和するとは……。これが吐血の力か」

 

「好きで吐血している訳じゃありませんよマスター!? 大体、私は治安を乱すこの方と余り仲良くする気は――こふっ! ……すいません、興奮し過ぎました」

 

アサシンとしては俺の言った事が余程嫌だったのか、必死に否定した事で口から吐血する。吐き出された血液は床へと広がり、それを見た俺は掃除しなければならないなとため息を吐くのだった。

 

しかし、そんな中場違いな声を出す人間が一人。まあ、言わずもかな龍之介である。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

「ひぅっ……!?」

 

キラキラとした目で血液を見る龍之介から、アサシンはそんな悲鳴を上げながら俺の後ろへと逃げて来た。おい、来るのは良いが血液を着けるなよ。

だが、そんな俺の願いはアサシンへと届く事なく、彼女は吐血を受け止めた手で俺の服を握り締めて来るのだった。

 

改めて確認した事で思うが、これは奇跡的な偶然によって起きた必然だったのだろう。

龍之介を突き動かす好奇心は、死の本質を理解したいが為の物。そんな龍之介がいつ死んでもおかしくない病気を患い現界したアサシンへと興味を抱くのは当然の事だったのかも知れない。

こっそり龍之介へと直接聞いてみたのだが、龍之介曰くアサシンは「殺している最中の人間と同じ」だとの事だった。俺には一生掛けても理解出来ない感性だろうな。

 

とにかく、自分で言うのもなんだが今回は珍しく俺自身が話を逸らしてしまった。この辺で軌道修正する事にはしよう。

 

「悪い悪い、話を戻そうか。アサシンもいい加減離れてくれ。ハッキリと言えば、今は血生臭いから来るな」

 

「――こふっ!」

 

「旦那、綺麗だ……」

 

「……」

 

頭からかかる暖かな血液。それを見てそう呟く龍之介。よろしい、ならば戦争だ。

 

「お、落ち着いて下さいマスター!」

 

「離せアサシン。テメェ等殺せない」

 

「私もですか!?」

 

お前等以外に誰がいると言うのだ。とりあえず、魔術は使わないから座れ貴様等。

 

そうして怒り狂っていた俺であったのだが、ふと本題について何も話していない事を思い出した。そして、そもそも原因は誰だと考え、話を逸らした自分が悪いと気付いた俺は、アサシンの吐血でヌチャヌチャになった頭をタオルで拭いながら十秒程も続く長いため息を吐いたのだった。

 

「……今回は俺自身にも責任があるから諦めるが、吐血沙汰は極力控えるように」

 

この中で吐血するのはアサシンしかいないのだが、何がショックで吐血しているのか俺には分からない為こうやって忠告する事が精一杯だ。

アサシンも俺の頭に吐血した事を気にしているのかシュンとしてしまっている。仕方ない、少しフォローしておく事にしよう。

 

「すまない、何が原因か目下検討もつかないが、傷付けてしまったらしい。せめて、俺に好き好んで吐血する変態と表現を柔らかくするべきだったと反省してるよ」

 

「――こふっ!?」

 

再び吐血するアサシン。訳が分からないよ。

俺がその様子を見て首を傾げていると、アサシンは血で口元を拭いながら涙目で俺へと口を開いたのだった。

 

「マスターは……表現を柔らかくすると言う意味を考えるべきです……」

 

「理解しやすくしてるんだから、表現が柔らかくなってるじゃないか。例えばそこで血液を見て赤い顔をしている龍之介を、″血液を見た事で自身の感性を刺激され高揚してしまう希少な人間″と表現するのと、″血液を見てうっとりする変態″と表現するの。さて、一体どっちが柔らかく表現出来てる?」

 

そう問い掛ける俺の言葉を聞いたアサシンはため息をつくと、柔らかくするの意味が違うと呟き黙り込んでしまった。

まあとにかく、話が戻ったのだからさっさと進める事にしよう。

 

「えと、確か切り札と事前準備についてだったな。まあ、切り札については実際そんな大それた物じゃない。俺の考えてたのは″人材″の事だよ」

 

「人材……ですか。なるほど、戦いは数が命ですからね」

 

そう言った俺の言葉に一番早く納得したのはアサシンであった。しかし、それもその筈。アサシンは元々集団での戦いを行っていた人物である為、人材がどれ程大切な物なのか理解しているのだろう。持論ではあるが、数に勝る戦闘力はないのだから。大量の武器然り。大勢の軍隊然り。

しかし、今回の切り札について事情が違う。

 

「だがまあ、今回狙うのは質のある人材なんだ。これについて俺達の力ではどうする事も出来ないし、最悪の時期にある最高のタイミングを狙う事にする。今は事前準備についてだ」

 

「まためんどくさい事かよ旦那……」

 

「その通りだが、諦めてくれ龍之介。聖杯戦争が始まるまでの辛抱だ」

 

その言葉でグッタリとする龍之介を見て、久しぶりに申し訳なく思った俺は雀の涙程度のフォローを送ったのだった。

 

「とりあえず、これで切り札の説明は終わりだ。次は事前準備について話すぞ」

 

俺はそう言って立ち上がると旅行鞄から初めて冬木に来た際に購入していた地図を取り出し、何に使うのかと言う疑問がハッキリと顔に出ている二人の間に広げる。

そして、その地図につけてある複数の赤点を指差しながら事前準備とは何かを説明し始めた。

 

「まず最初に言っておくが、この事前準備に関しては手抜きは許さん。これから四ヶ月、最も重要なこの三ヶ所を含めた計四十二ヶ所で準備をする事となる。龍之介の書いた術式については、有効活用する為に町のあちこちに仕掛ける予定だ」

 

「四ヶ月ですか……」

 

「めどくせぇよ旦那……」

 

流石に四ヶ月もの時間を要する事前準備とは思わなかったのだろう。龍之介はいつもの事だとしても、アサシンですら考える仕草をしたくらいだ。

そうしてやはりと言うべきか、疑問に思ったのだろうアサシンは俺へと声を掛けて来る。

 

「マスター。その重要な三ヶ所での事前準備とは、具体的には一体何をする事となるんですか?」

 

そう問い掛けてくるアサシンへと視線を向けた俺は、もう一度地図の三ヶ所を指差しながらその事前準備について簡潔に告げたのだった。

 

「この三ヶ所に、約100メートルに渡る超特大術式を書く」

 

「……え?」

 

そう疑問の声を上げたのは龍之介の声。アサシンはメートルと言う単位が分からないのか首を傾げているが、現代人である龍之介にはすぐさま理解出来たのだろう。

つまる所、俺はメモ帳の端から端まで数列を刻むそれを100メートル規模ですると言っているのだから。

 

「だ、旦那……流石にそれはめんどくさい所じゃ……」

 

珍しく視線を泳がせながらそう言う龍之介も、流石に約100メートルに及ぶ術式と言うのは予想外だったのだろう。俺自身、そんな大きさの術式は今までに書いた事がない。もし三年位期間があったのならば書き込む予定の術式に限った簡略化も可能だっただろう。しかし、今の時点ではハッキリ言って不可能である。この事前準備には相当の苦労が予想出来る為、二人には少々申し訳ない気持ちが思い浮かぶが仕方がない事だ。諦めて貰う事にしよう。

 

「まあ、龍之介についてあの量の紙を見る限り大丈夫だとは思う。この四ヶ月ってのは、俺と龍之介が全力で術式を書いたと予想する期間だから、休息を取りながらやれば約五ヶ月になるだろう。龍之介、五ヶ月分頑張った最高の花火を見せてやる予定だから、しっかりと頼むぞ」

 

「うぁ……」

 

頭を抱えてしまった龍之介はブツブツ呟き、部屋の隅へと縮こまってしまった。

俺にしては本当に申し訳ないと思っている為、ここで下手に声を掛ける事が出来ない。動き始めれば腱鞘炎は間違いない為、暫くは優しく接して行く事にしよう。

そして、アサシンはそんな龍之介の反応を見てある程度その大きさを想像出来たらしく、再び俺へと当然の疑問を問い掛けて来たのだった。

 

「一体どれ程大きいのか私には良く分からないのですが、それ程大きいのなら敵マスターに見付かってしまうのではないですか? 策も予め潰されてしまえば無意味です」

 

「確かにその通り――と言いたい所だが、一応考えてはいるよ」

 

そう言い、俺は一枚の紙を旅行鞄から取り出しアサシンへと見せた。だが、その紙にはただ赤い線しか引かれてはおらず、アサシンも一体それが何なのか分からないようである。

しかし、その反応を見た俺がそれを地図の上に重ねてやれば、アサシンは途端に納得したように声を上げた。

 

「なるほど、地下ですか。」

 

「正確には下水道だがな。つまり、ここに術式だけを書くって訳さ」

 

恐らく下水道に行こうなんて考えるのは切嗣か綺礼、あとは龍之介位だろう。他のマスターはそう言う所は嫌悪する筈であるし、下手な事をしなければバレる心配は殆どないと思える。

そう言った理由によりここを選んだのだが、ここで龍之介が声を上げたのだった。

 

「でもさ、旦那さっき言ってたじゃんか。ガソリン籠めたら勘づかれるって」

 

「良く覚えてたな。意外だ」

 

言葉の通り、俺は目を瞬かせて龍之介へと視線を向けた。しかし、俺は先程言った筈である。

 

「言っただろ、″術式だけを書く″ってな。龍之介の言う通り、魔力に関してはマスターに勘づかれるから籠めるに籠められない。だから、動力源に関しては他をあたる手筈になっている」

 

「宛てがあるのですか?」

 

「今はない。だが、待っていれば勝手に来てくれる。聖杯戦争が進めば進む程な」

 

「そ、そうですか……」

 

そう言って俺が笑みを浮かべれば、アサシンは表情を引きつらせて苦笑いをした。ふむ、どうやら俺は今相当悪どい顔をしているようだ。

 

それじゃあ、聖杯戦争までの後五ヶ月。俺達は事前準備をサクサク進めて行く事にしよう。

カモがネギ背負ってやって来るまでな。

 

 


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