東京の街は車の騒音が響き、排気ガスによって濁った空気が蔓延している。俺にとっては非常に良い感じの空気であり、前世から慣れ親しんだ騒音は耳に心地良い振動を与えてくれる。
俺はそんな心地良い街へと、先日召喚する事に成功したアサシンである沖田総司と共に繰り出していた。
「……江戸は変わってしまったんですね……。皆さん、なんだか幸せそうです……」
そう言って来たのは俺の三歩程後ろを歩くアサシン。
彼女は桜色の着物と袴を着こなして、ブーツを履いた格好となっている。
本来ならばこんな目立つ格好は避けるべきなのだろうが、色々な要因が混じり結局は元々の格好を出来るだけ再現する事となった。
しかし現在、そんなアサシンの表情は少しばかり複雑な感情を含んでいた。
「江戸幕府がなくなった後にも色々あったんだが、今は完全に法治国家だからな。刀なんて凶器になりうる物を持ち歩く事は法律で禁止されているから、お前のいた時代に比べると随分と安全にはなっているよ」
「だから、聖杯戦争と言う訳ですか……」
「まあ、そう言う訳だな」
本来、聖杯と言う概念と程遠い筈のアサシンがこの戦いに呼ばれる事はなかった。
それを可能としたのが、降霊術と聖杯戦争の令呪を借りた裏技的な方法。
令呪とは言ってみれば簡用的な魔術刻印である為、聖杯から配布された時点でどう使うのかはマスターである人間の自由となる。俺はその独立した魔術刻印を契約する際の要とする事で、聖杯戦争の美味しい所だけを掠めとる事に成功したのだ。
この方法を使えば、例えその辺に漂っている浮遊霊とだって契約出来てしまう。その為俺は態々陰陽五行の結界を張り、盛り塩を使う事で他の霊魂と契約してしまう可能性を排除したのだった。
ここまで上手く言ったのは、沖田総司の願いを俺が知っており、尚且つ近代の英霊であったからだと考えられる。
実際の所、何故アサシンが俺の声に答えてくれたのかは分からないが。
「とにかく、俺とお前はこれから作戦会議だ。少々不安だが、龍之介には一足先に冬木で家を契約してもらってるから、その間に出来る事をしないとな」
「はい、分かりました」
本当に素直だと思いつつも、俺はアサシンを引き連れて近くの喫茶店へと足を進める事にした。
着物を着ている為に目立ってしまう事は仕方がないが、一人でブツブツと喋っていると思われるよりかは随分とましだろう。
――――――
それから俺達は近くの喫茶店へと辿り着くと、その落ち着いた雰囲気で漸く一息つく事が出来た。
それもその筈であり、その原因であるアサシンはテーブルへと着いた途端グッタリとしてしまう。
「なんだか私、凄く見られていました。やはりこの時代で着物は目立つんですね」
まあ、正直俺も奇抜な格好をした奴を連れる事がどれだけ注目を集めてしまうのかを嘗めていた。それでなくもとアサシンはかなり整った容姿をしているのだから、そうなってしまうのも当然か。
そう考えた俺はそれに頷くと、そんな服を用意した理由を明かすと共にその場凌ぎの対策を伝える事にした。
「ああ、次からは少し考えないといけないな。戦闘の際出来るだけ慣れた格好の方が動き易いと思って揃えたが、一応洋服も用意する事にするよ」
「はい、お願いしま――こふっ!?」
「おいっ!? どこに吐血する要因があったんだ!?」
しかし、突然アサシンが口を押さおびただしい量の血を吐き出した事で俺の思考は一瞬で乱れてしまった。
と言うか、おいふざけるな。こんな所で吐血なんてしたら奇抜な格好をしている以上に目立ってしまうだろうが。
俺はガチャガチャと音を鳴らし旅行鞄からタオルを取り出すと、周囲を見渡しながらアサシンの口を拭き始める。
「す、すいません……。私、一度死ぬ前からこんな感じで……。今回は沢山の人に見られて精神的にきてしまったようです……」
「病弱系サーヴァントって事は知っていたが、間近で見ると恐ろしい程に血を吐くんだな……。これは流石に引くぞ……」
全く嬉しくはないが、最近は龍之介の奇行によってある程度メンタルは鍛えられていた。しかし、始めて見た実際の吐血によるインパクトは男に赤い顔で迫られるそれを大きく上回り、俺を盛大に引かせたのだった。勿論、物理的な意味で。
「あ、あの、何故態々私の斜めの席へと移動するのですか……?」
「えっ? いや、だって俺血とかかけられたくないし。仕方なく下水道で生活とかしてるけど、こんな普通の所でまで汚れたくない。あと、そのタオルもう使えないから上げる」
「…………こふっ!」
「……おい、なんで態々俺の方を向いて吐血した……? ああ? ふざけんてんじゃねぇぞこの病弱系サーヴァント……」
俺は顔面に散ったアサシンの血液をテーブルの上にあったお絞りで拭いながら少々ドスを利かせた声で抗議する。歴戦の剣豪である彼女にはこの程度の事そよ風だろうが、純粋な怒りが沸いてしまった俺にはどうする事も出来なかった。例えるなら、思わず令呪を使いそうな程には。
しかし、意外な事にそんな俺の怒りが伝わったのか、アサシンは自分が吐血した血液を拭きながらシュンと落ち込んでしまった。
「……だって、私の事を汚物見たいに扱うから……。確かに、私はこの病気のせいで最後まで戦えなかった人間です……。こんな病気を患わなければ、きっと最後まで戦うと言う未練なんて残らなかったんでしょうね……。そのせいで今のように迷惑を掛けてしまって……本当申し訳ない気持ちでいっぱいです……」
「うわぁ……」
思わず口から出そうになった、面倒臭いと言う言葉を必死に呑み込む。
メンタルが弱い事は知っていたが、何故俺に向けて吐血したと言う疑問からここまで話が逸れているのか。引くよりも先に大きく罪悪感を引きづり出されたせいで、感じていた怒りは成りを潜めてしまった。
「いや、すまん俺が悪かった。勘違いをする言い方をしてしまったな。表現を変えて嫌悪する何かが散るから止めて欲しいと言うべきだったよ 」
「ぅぅ……こふっ!」
「……はぁ」
俺はアサシンが潤んだ瞳で此方を見ながら吐血した三度目の血液を拭き取ると、諦めたようにため息を吐いてしまうのだった。何か変な事を言ってしまっただろうか。
その後も俺はアサシンを何度か慰めようとしたのだが、その度に吐血するので変に声を掛けられない。
結局、俺はアサシンを放置する事で精神の回復を図る事にしたのだった。
「ウェイトレスさん、コーヒー持って来て……」
「はい、畏まりました。……あんな綺麗な人泣かせるなんて……最低」
「……」
しっかりと聞こえてるよクソが。幸い吐血は見られていなかったようではあるが、これは新手の精神攻撃か何かか? 全く、俺が何をしたと言うのだろうか。
手元にある水を手に取り、俺は再び沸き上がる怒りを抑える為それを口へと含んだ。
「あ……それ私の血液が……」
「――ブフッ!?」
「やっぱり、私って……」
「クソッ……アンタ最低だなっ……!」
誰だって血液が入っている水を口に入れたらこうなるに決まっている。これはメンタルが弱いとかではなく卑屈の領域だぞ。スキルが突然変異でも起こしているんじゃないだろうか。
そう思い頭に頭痛を覚え始めてしまった俺は、現在の問題点を再び思い出す事で彼女が落ち着くまでの時間を過ごす事にした。
先ず、現在の問題点として上げられる最大最悪の物が一つだけある。
それは、第五次聖杯戦争でもあった例外的な方法で召喚したサーヴァントの行動範囲内の制限が掛かってしまった所にあったのだ。
「まさか、俺から500メートル以上離れられないとはな……。アサシンの適正によるメリットがこれで半分以上なくってしまった」
これの原因は恐らく、アサシンの魂を呼び込む為に稼働させた親父の魔術礼装が原因だと考えられる。
あの時俺がネックレスを墓の上に置いたのは、所謂撒き餌としての役割を果たしてもらう為であった。心霊術が魔術として扱える以上、霊力と魔力は似た力であると考えて良い。その為、大きな魔力を宿すこの魔術礼装が撒き餌として使えると俺は判断したのだ。
しかしその結果、契約の要となる筈の令呪だけでなく魔術礼装までもが要として使用されてしまったのだ。この現象により俺とアサシンのパスは令呪と礼装の二つで正確な物として扱われる為、現在のアサシンはこのネックレスと令呪からセットで魔力を供給している俺から離れすぎる事が出来ないでいる。
まあ、これは俺の魔術回路が軟弱過ぎた故に避けられない結果だったので仕方がないだろう。自分の責任である事位は自分で解決しなければ。
「次は、パラメーターの低下か」
次に問題となるのは、未熟な魔術師である俺が召喚した事によって起きたパラメーターの低下だ。
これについては、俺自身余り気にしてはいなかった。その理由としては、思ったよりもパラメーターの低下がなかった事が理由である。
今一度俺はパラメーターを再確認する為に、漸く落ち着いてきた様子のアサシンをジッと見詰めた。
【筋力】C
【耐久】E
【敏捷】A+
【魔力】E
【幸運】E
【宝具】C
保有スキル
気配遮断B
心眼(偽)A
病弱A
縮地B
無明参段突き
「うん、幸運と気配遮断のランクがお互いに一つ落ちてるだけ。宝具が一つ使用不可能になるのは予定調和だし、要であるスキルに変動もないから思ったよりも良い結果になったな」
俺が当初予定していたよりも、アサシンのパラメーターには大した変化がなかったのだ。寧ろ幸運が落ちたのはアサシンのクラスにした事によるデメリットであるとも考えられる。予想以上に良い結果だっただろう。
しかし、そんな中でも見逃せないスキルは一つだけあった。
「病弱Aねぇ……」
先程まで困らされていた原因のスキルであり、沖田総司の逸話による産物である。
元々沖田総司の死因は病死であり、1866年頃に行われた新撰組の集団診察でも肺結核の人物が一人だけいたとの記載があった。恐らくは、その逸話による死因がこのようなスキルと言う形で再現されてしまったのだろう。
今ならば肺結核の治療は可能ではあるが、こうしてスキルに記載されている以上治療して治ると言う可能性はないと言い切れる。何故ならば、アサシンはどこまで行っても霊体でしかないからだ。
魂の復元は既に人間の領域から離れ過ぎている為、アサシンのこのデメリットスキルを治すと言う事は不可能であるのだ。
「だがまあ、戦闘中に起きなければ問題はない」
不安なのは幸運が低い事によるデメリットスキルの発動だが、Eランクと言うのは普通の人間に比べれば遥かに高い。最悪運気アップの礼装等で高める事も可能である為、金が掛かるだけで問題は、あるがないと言っても過言ではないだろう。セイバーのクラスでない為に消えてしまった耐魔力のスキルについても、金さえあれば魔除けのアミュレット位ならなんとかなるしな。
「ははは、金の力は偉大だよ……」
少し、出費がかさんでしまうかも知れないな。
何はともあれ、そうして改めて状況を整理した俺は漸く落ち着いたアサシンの様子を確認すると、これからの事について漸く話し合う事が出来るようになったのだった。
「さて、落ち着いた所で話を戻そうか?」
「はい、すいませんでした……」
「構わない。どうせ……いや何でもない。とにかく、俺達は今後の動きについて色々と話し合う必要がある。約束通りお前の願いは叶えてやるから」
そう言った俺の言葉にアサシンはしっかりと頷いてくれた。
さて、それじゃ早速今後の予定について話し合いますかね。
「先ず、これから約五ヶ月後に冬木市と言う場所で聖杯戦争が行われる。ルールについては知っているな?」
「……ルールがあるのですか?」
「……ん?」
不味い、いきなり何か問題が起きてしまった気がするぞ。一体どう言う事だ。
俺は必死に頭を働かせ、「いい加減休ませろよ」と訴えてくる脳を無視しながら答えを探し求めた。
その結果、出て来たのは冬木市以外での召喚。
「なるほど、恐らくは聖杯の力から逃れて直接契約した事が原因でルールや一般常識の説明がされていなかったのか。この世界を見てアサシンが慌てなかったのは、異国の存在を知っていたからであって、確かに法律の事すら知らなかったな。アインツベルンは聖杯を作った御三家の一つだからその過程も含めて召喚する事が出来るって事か」
「あの、知らない言葉が沢山出てきて混乱してきました。結局、聖杯戦争のルールとは何なんでしょうか?」
「そうだな、難しい事は抜きにして話して行こうか」
そうして改めて聖杯戦争のルールを思い出す事と同時に、俺はアサシンへと簡単なルール説明を行い始めたのだった。
「先ず結論から言えば、聖杯戦争とは過去の英雄と契約した七人の魔術師によって繰り広げられる″殺し合い″の事だ。魔術師と言うのは詳しく説明すると長くなるから簡潔に言うが、つまりは俺のようにお前のような存在と契約する事の出来る人間の事を指し、この人間の事をマスターと言う」
「マスター……。では、貴方は私のマスターと言う事ですか」
「まあ、そう言う事。そして、ここからが最も重要な話だ」
俺はアサシンへとそう前置きをすると、恐らくアサシンも不思議に思っているだろう″殺し合い″の理由を説明する事にした。
「何故マスターは聖杯戦争を起こすか。その理由は、勝ち抜いた結果に得る事が出来る聖杯と言われる願望機の存在が理由だ。つまり、勝ち抜いたマスターと英雄はその聖杯を使って何でも好きな願いを叶える事が出来るんだよ」
「願いを叶える事が出来る……ですか。胡散臭いです。それに、私の願いは貴方が叶えてくれるんですよね?」
そう言ったアサシンに対して、俺は苦笑いする事を禁じ得なかった。
本当に、アサシンを呼んで正解だったと思う。
「まあ、約束だしな。それに、お前がもし願い事を持った日には全力で止めていたよ。今の聖杯には、人を不幸にする力しかないからな」
「そうなんですか? そんな物を取り合う為に殺し合いをするなんて、理解出来ませんよ」
「他のマスターはそんな事知らないから仕方がない。だが、例え教えたとしても信じたりなんてしないだろう。魔術師は自分の世界に閉じ籠る事が仕事なんだから」
「今の時代は難儀な物ですね」
「一部の人間だけだがな」
そんな事を言い合って、俺達は互いに苦笑いを浮かべた。さっきはメンタルが弱過ぎた事もあって扱い難い相手と思ってしまったが、意外と良い感じかも知れない。
とにかく、これで聖杯戦争の説明は終了した。今度こそ、今後について話し合わないとな。
「それじゃあ、俺は今から聖杯戦争が始まった後に動く基準となる三つの行動方針を提示する事にする。お前――アサシンにはこの中から好きな物を選んで欲しい。つまり、アサシンであるお前が最も動きやすいと思う物を優先して動く事になる。理解出来たな?」
「勿論ですよ――マスター。それで、その行動方針とは?」
そう言って再び苦笑いを浮かべると、俺は指を三つ立てて説明し始めたのだった。
「一つ目。サーヴァントではなくマスターの殺害を持って優勝を狙う方法」
指を一本折って、次の行動方針を告げる。
「二つ目。今回の聖杯戦争の切り札を確保する事で戦いを優位に進める方法」
更に指を折り、最後の行動方針を告げた。
「そして最後にオススメはしないが、英雄全員の打倒を持って勝利を狙う方法だ」
俺はそこまで言い切ると、それ以上口を開く事なくアサシンの反応を待つ事にした。
首を傾げて考え込んでいる様子から分かる様に、しっかりと考えてくれているらしくて嬉しい限りだ。
アサシンはそれからも暫くの間考え込んでいたが、漸く考えがまとまったのか顔を上げて口を開いた。
「……マスターが何故この意味のない戦いに参加したのか、私には分かりません……しかし、マスターが私の願いを叶えると言った時の瞳に偽りはありませんでした。ですから、マスターが理由を先程話さなかった事については何も聞かない事にします」
む、なにやら雲行きが怪しくなってきたな。漸くコーヒーの準備をし終えたウェイトレスの視線も怪しくなってきた。
そんな事を思う俺を他所に、アサシンはこれからの行動方針を告げるのだった。
「二つ目の方法でお願いします。――私はマスターの事を信頼しますから」
そう言って笑ったアサシンの顔には笑顔が溢れ、ふざけた思考の俺でなければ頬の一つは赤くしていた事だろう。
まあ、言えないよな。理由が安全な異能バトルだなんて。言えないよな。令呪が出たから最悪でも近くで傍観及び死なないようにしようと思ったなんて。
しかし、信頼してくれているのならそれには答えよう。
俺は約束通りアサシンを最後まで戦い抜かせる。
これは最低限の条件であり、出来損ないの魔術師としての最低限守るべき等価交換だから。
「……マスターって呼ばせる趣味があるとか……キモ」
最低な位に台無しだよこの毒舌お嬢様。