カチコミ聖杯戦争   作:福神漬け

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4話 殺人鬼は割りとチョロい

何だか良く分からない理由で俺の弟子となった雨生龍之介は、あの攻撃で気絶した数時間後に意識を回復していた。

そんな事があって、図らずも龍之介と師弟関係を結ぶ事となった俺は、未熟ながらも魔術師の師として龍之介に魔術がどう発動されているのかを現在説明しているのであった。

 

しかし、ここでやはり予想外の事が起きる。

 

「――と言う訳で、俺の使ってる魔術であるカバラ数秘術は現象を数列として判断解析する事が重要になって来る訳だ。だから魔術を使って火を起こしたいのなら、その現象を起こしている酸素と燃料を仮想的に再現する事が必要になるのさ。ここまでで質問はあるか?」

 

「全然分からないんだけど……」

 

「うん、君は才能以前にその無気力さを何とかしなさい」

 

その予想外の事とは、とにかく龍之介が無気力であった事だ。

俺は龍之介が魔術師に興味を持った事で、その力の象徴たる魔術を使う為の努力をすると考えていたのだが、どうも見通しが甘かったようだな。カバラ数秘術で魔術を使うのならば、どうしても数列の構築が必要不可欠。俺としてはその最低限のラインとして、龍之介に数列の導き方を理解して欲しかったんだがな。

まあ、理解出来ないのならば仕方がないだろう。他の方法を考える事にするか。

 

「じゃあ、趣向を変える事にするか。取り敢えず、先ずは龍之介に魔術を体験してもらう事から始めよう」

 

「待ってました! 漸く俺も魔術師になれるんだな旦那!」

 

「単純な奴だな。まあ、俺達は根源を目指してないから、正確には魔術使いなんだけど、それはまた後で説明する事にするよ」

 

俺がそう言って魔術を体験させると言った途端、龍之介は目の色を変えてハイテンションになった。それに苦笑いを浮かべつつも、俺は魔術を体験させる為の準備を始める事にする。

 

そうして方向性を修正する事にした俺はポケットへと手を突っ込むと、レジの女の子に渡した物と同じ封筒を取り出し開く。その中に入っているのは一枚の紙切れと手紙。俺はその二つの中から紙切れを手に取ると、龍之介へと差し出しながら口を開いた。

 

「それじゃあ、魔術を体験するに当たって龍之介にはこの紙切れを渡しておく。持っておいてくれ」

 

分かったと答え、その紙切れを受け取った龍之介であったのだが、紙切れを間近で見た途端表情を嫌そうな物へと変えた。

 

「うわぁ、なんか数字がビッシリ書き込んでる……。俺こう言うの苦手なんだけどなぁ……」

 

そう龍之介が呟いた通り、俺が渡したその紙切れはところ狭しと数列を書き込んだ物である。我ながら精神病患者宜しくな事をしているとは思うが我慢してくれ。

そうして俺は龍之介が紙切れを受け取った事を確認すると、その紙切れでどう言う事が出来るのかを龍之介へと説明し始めた。

 

「それは単純な発火魔術の術式でな、さっき説明した酸素と燃料の仮想的再現が出来る物だ。カバラ数秘術には属性は対して影響しないから、龍之介の属性が何であろうと発動は絶対にする。その紙には既に魔力を籠めてあるから、Ignitionと言えば――」

 

「――Ignition(点火)」

 

「おい待てコラ」

 

俺の言葉を最後まで聞く事なく、予め鍵として設定していたキーワードを呟いた。

当然それによって仕込まれていた術式は発動し、龍之介の手にある紙切れは一気に火炎放射機宜しく燃え上がり効果を発揮したのだった。

 

そして、それを見た龍之介は例の如くキラキラと目を輝かせ叫び声を上げる。

 

「おおっ、スッゲェー! COOL!」

 

何処からどう見てもホットな光景だったと思うのだが、龍之介に取ってはクールであったらしい。俺とはやはり感性が違うと見た。

 

面倒な奴を弟子にしてしまったと思いつつも、俺は取り敢えず狂喜狂乱している龍之介を大人しくさせる為に指を弾く。使うのは勿論、親父作の名も無き一工程(シングルアクション)の魔術だ。

 

「落ち着け」

 

「ファグッ!?」

 

龍之介が跳び跳ねた所を狙ったその空気爆発は、ガクンと頭を仰け反らせ体を半回転させる。体罰以外での何物でもありはしないが、元々子供を教えている訳でもない。飴と鞭をしっかりと使い分け教育する事が、俺に出来る唯一の子羊の導き方である。

 

「さて、落ち着いた所で説明に戻るぞ」

 

「落ち着くって、黙らせただけじゃ……」

 

「黙ってないから大丈夫だ。これでも予定が詰まってるんでね、急ピッチで進ませてもらう」

 

当然の文句を切り捨てて、俺は魔術の説明に戻ると同時に先程の龍之介の反応から即興で考えた教育方法を実践する事にした。

今現在龍之介の好奇心は、殺人よりも若干ではあるが魔術へと傾いているだろう。ならば、今はその好奇心を更に増長させる事が先決だ。

 

「今の紙切れを使用した事で、龍之介は魔術が存在し使えると言う事が分かったよな。だが、本来魔術とは手間暇掛けて使用する物だ。今の紙切れも、俺が一般人でも使用出来るようにと術式を書き込み、その代償となる魔力を籠めていたから使えたんだ」

 

「じゃあ、アレと同じのを作ったら俺も魔術が使えるって事? でもそれってさ、旦那の言うマリョクってのがないと出来ないんだろ?」

 

「まあその通り何だが……。残念と言うか何と言うか、龍之介には魔術回路があるんだよ。まあ、今の龍之介は魔術回路が開いていない状態だから、さっきのような手段を取ったんだ。術式を作る事自体に別に問題はないし、龍之介には暫くそっちを専攻してもらう」

 

「えぇ!? 俺あの数字書くとか嫌だぜぇ!」

 

そう言って龍之介は地面へと倒れ込むと、面倒臭そうに動かなくなる。だが、そんな事は先程の喜び様から予想済みだ。こう言う時、予想通りに動いてくれるのは非常に有難い。まあ、そんな事を正直に言えば手をネチャネチャにして顔を赤くする事が目に見えてる為絶対に言わないが。改めて簡潔にまとめると変態以外の何者でもないな。

 

それじゃあ、早速龍之介が喜びそうな飴をぶら下げるとしますかね。

 

「そんな事言って良いのか? 数字を書くと言う事は、龍之介好みの魔術が作れるって事だぞ?」

 

「えっ? ちょっ、それってどう言う事だよ」

 

「言葉通りの意味さ。ちょっと待ってろよ」

 

そう言って俺は唯一の荷物である旅行鞄を引いて来ると、龍之介の目の前で開きある一冊の自作本を取り出した。その本のタイトルには、「初めてのカバラ数秘術マニュアル」と俺の字で書かれている。

そんな本を見た龍之介はと言うと、先程までの面倒臭そうな表情は消え、身を引き起こして本を覗き込んでいた。

 

「まあ、見ての通りではあるが、これは俺がカバラ数秘術を初めて使う相手の事を考えて作った魔道書なんだ。俺の専攻するカバラ数秘術ってのは周りの湿気とかの環境に影響されてしまう事が多いから、本来ならばその場で解を導き数列を作成するのがベストと言える。だから龍之介には数列作成のスキルを高めて欲しかったんだ」

 

俺の手にある魔道書を興味津々と言った様子で見る龍之介に、実は期待していなかった新の目的を告げる。

だが、そんな俺の言葉は今の龍之介には届かず、早く魔道書の説明をして欲しいと言いたげな様子であった。

 

「はぁ、簡潔に言うと、これにはカバラ数秘術の術式が書かれていて、炎とか水とか雷とか、それを再現する為の数列が見本として書いてある。簡単な魔術故に数列は短いし効果も低いが、組み合わせ次第ではオリジナルの魔術が作れるって訳だよ。龍之介の魔術回路が使えるようになるまでの間は俺が魔力を籠めてやるから、使用自体に問題はない。どうだ、興味が沸いたかな?」

 

「オリジナルってチョーCOOLじゃないか。なんでもっと早く出してくれなかったの旦那!」

 

少し抗議するような様子で、龍之介は俺へと理由を問い質してくる。

しかし、俺はそんな龍之介へと向けて冷たい視線を向けたまま逆に聞き返してやった。

 

「もし最初から出してたら、お前は俺の話を聞いていたか? 」

 

「え、あぁ、聞いてなかったかも」

 

「正直な奴は嫌いじゃないが、口は災いの元だ」

 

「アイテッ……!」

 

龍之介の額を指先で弾きため息を吐く。全く、この調子では先が思いやられてしまうな。

しかし、漸くやる気の出てきた龍之介は額を片手で押さえながら俺へと這いながら近付いて来ると、もう片方の手を差し出しながら口を開いた。

 

「それじゃあ、その本くれよ旦那」

 

とても良い笑顔で言ってくる龍之介は、殺人鬼にならなければきっと好青年であったのだと思えた。

しかし、そんな彼に対し俺は魔道書を持ったまま立ち上がると、突き放すように一言だけ口にする。

 

「嫌に決まってるだろ」

 

そう呟いた俺の言葉が周囲へと反響し、下水道を数秒の沈黙が支配した。

龍之介の反応を見れば、正に時が止まったと思える程に笑顔で固まっている。それ程までに先程の言葉がショックだったのだろうか。

 

「……え、なんでぇ!? 俺にジュツシキっての作らせてくれるって言ったじゃないか! アレは嘘だったのかよぉぉ!」

 

そして、暫くして正気に戻った龍之介は、今度は驚いたと一目で分かる表情で疑問の大声を上げた。

そんな龍之介の様子を見ながら、俺は魔術師として当然の答えを返す事にする。

 

「当然だ。俺は魔術師だぞ? 魔術ってのはその家の秘伝であり人生なんだから、そう簡単に教える筈がない。あと関係はないが、君は顔面のバリエーションが豊富だな。リアクション芸人を目指した方が良いかも知れない」

 

「じゃあ、なんで旦那はそんな物作ったんだよ。誰かに教える気がないんだったら、秘伝を態々書いたりしなかった筈だろ?」

 

龍之介はそう言って俺のボケをスルーすると、的確に行動の矛盾を突いてきた。

それを聞いた俺はボケがスルーされた事に落ち込みつつも、目を瞬かせて龍之介の鋭さに感心する。

 

事実、俺がこんな魔道書を作ったのは身を守る切り札の作成であると同時に、人に教える為の道具としてでもあったからだ。

条件が揃わなかった為に今まで使う事はなかったが、龍之介の指摘は正に確信を突いていたといえる。

 

だからこそ、龍之介の魔術への好奇心を増やしておきながら焦らしたのには訳がある。

俺は漸く本当の本題に入れた事に内心笑みを浮かべつつも、表情を取り繕いながら話を進め始めた。

 

「そうだな、龍之介の言う通りこれは人に教える為に作成した物だ。龍之介が本当に魔術を使いたいのなら、教える事に異義はない」

 

「だったら――」

 

「――だが、会話の途中にも言った通り俺にも予定が詰まってるんだよ。一人の足では足りない位にはな」

 

そこまで言った俺の言葉に、漸く龍之介も気付いたようであった。

つまり俺はこう言いたいのだ。

 

これが欲しいなら俺を手伝え。

 

正に魔術師善とした、等価交換の取引とも言えた。

そんな俺の言外の言葉を聞いた龍之介は、悩んだ表情となり考え始める。

初めて触れた未知の体験は、龍之介からすれば新しい世界に繋がる扉に見えただろう。そして、俺の持つこの魔道書はその扉を開く鍵。扉も鍵も、選択肢も全て与えた。ここで断るようならば、龍之介を加えたプランは全て白紙となる。

 

俺は固唾を飲み込みつつも、極めて冷静な表情を装いながら龍之介の反応を待ち続けようとした。

そう、待ち続けようとだ。

 

「分かったよ。旦那に協力するから、その本ちょうだい」

 

「バカだろアンタ」

 

しかし、予想外にもアッサリと口を開いた龍之介に思わず俺はそんな声を漏らしてしまう。どうやら俺は、龍之介と言う人間をキッチリと把握出来ていなかったようだ。

そう、何度も確認したように龍之介の行動原理は単純明白。

 

好奇心。

 

ただその一つあれば龍之介の考えは見通せた筈だったのだ。少しばかり、考え過ぎていたのかも知れないな。

 

まあ、こうして協力を申し出てくれたのだ。正確に言えばそうなるように誘導したのだが、強制されるのと自発的に動くのではモチベーションに差が出て来る。ここは不確定要素を無くしたのだと喜ぶ事にするか。

 

「それじゃあ、約束通りコイツはくれてやる。その代わり、龍之介にはしっかりと働いて貰うからな」

 

「分かったよ旦那」

 

放り投げた辞書程の厚さがある魔道書を受け取った龍之介は、興味津々と言った様子で早速ページを開き始めたのだった。

 

俺が書いたあの魔道書は本当に単純な物でしかない。題名が効果で、その下に書いてある数列が術式。題名さえ読めば効果が分かるし、本を持っているなら態々術式を暗記する必要もないのだ。普段は無気力な龍之介が、辞書並の分厚い本をスラスラと読んでいる事が何よりの証拠だろう。

 

とにかく、これにより本当の意味で龍之介と協力関係を築く事に成功した訳だ。随分と長い時間を無駄にしてしまった気がしないでもないが、これも先を見据えれば安い物だろう。

 

そんな風に考えをまとめた俺は、龍之介が魔道書を読んでいるのを傍らにこれからの準備を進める為に荷物をまとめ始める。

龍之介もその俺の様子に気が付いたのか、魔道書を閉じてそう言えばと問い掛けて来た。

 

「そう言えばさ、結局旦那が手伝って欲しい事ってなんなの?」

 

「ん? あぁ、言ってなかったな。俺の手伝って欲しい事ってのはだな――」

 

龍之介の事を視界に納め、言っていなかった本題の内容を伝えようとして、言葉を止めた。

俺はここで、龍之介が更に積極的に協力するようになるだろう策を思い付いたのだ。

 

俺はこれから仲間となる龍之介に殺人を止めさせるつもりで、その為に魔術へと興味を移させた。少なくともこれから半年は行動を共にするのだから、好き勝手に人を殺されては堪らない。そんな理由から始まった俺の矯正は、今はまだ魔術を僅かに教えただけでとても完全とは言えない。

だがしかし、ここは多少のデメリットを飲み込んででも今の龍之介が興味を持つ言葉を使って引き摺り込むべきだろう。

 

そう考えを改め、途中で言葉を止めた俺を不思議そうに見る龍之介へと再び口を開いたのだった。

 

「――手伝って欲しい事ってのは、聖杯戦争だよ」

 

「セイハイセンソウ?」

 

「そう、過去の英雄を召喚して聖杯を奪い合う――――亡霊殺しの殺人ゲームだ」

 

「……」

 

そう言った俺の言葉に、龍之介は目を見開いて数秒の沈黙を作る。

今の下水道には水滴の落ちる音だけが響き渡り、今度は流石の龍之介も即答する事はなかった。

 

数十秒の空白が出来上がり、我に帰った龍之介は口の開閉を何度も繰り返すと、言葉に出来ると確認したのか喉を震わせ漸く声を発する。

 

「――す、スゲェ……COOLだ……」

 

そして、次に口を開いた龍之介の瞳は、俺が何度も見たように、キラキラと輝いていたのだった。

 

 

 

コイツ、チョロい。


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