まあ、フリガナ振ってるので特に問題はないと思いますが、文法とか滅茶苦茶だろうから何か恥ずかし……。
とにかく見逃してくださいね?
目の前にいるのは、何故自分の名前を知っているのかと不思議そうな顔をして此方を見て来る雨生龍之介。
これから起きる異能バトルに心奪われていたとは言え、余りにも間抜けな行動を取ってしまったものだ。
あの一言目から龍之介は一定の距離を取ったまま、言葉を発する事もなく此方の様子を伺ってる。まあ、警戒するのは当然の事である為、俺は特に思う事はない。
しかし、お互いに無言になってから既に一分以上が経過しているのだ。いい加減痺れを切らし始めた俺は、このまま無言ならば立ち去ってしまおうかと思い始めていた。
だが、痺れを切らし始めていたのは俺だけではなかったようである。それは、龍之介も同じだったらしい。
「知ってるって言ったけど、やっぱりテレビ?」
そう言って龍之介は首を傾げると、何やら嬉しそうな表情で俺の反応を見ていた。何が嬉しいのか目下検討も着かないが、正直な話その獲物を見る目は止めて欲しい。
だがまあ、聞かれたのならば俺は正直に答えるしかないだろう。龍之介の顔は世間には知られていない為、この場凌ぎに嘘をついたとしてもすぐに足が着いてしまうだろうからな。全く、計画性もないのに足が着かないとか、今の俺の状況を馬鹿にしてるとしか思えないな。
とにかく、ここは真実を語り際奥を悟らせないのがベターなやり方だ。
「いや、残念だがアンタの顔写真はテレビでは公開されていない。公開されている情報は女性と子供を付け狙うシリアルキラーとなっているな」
「へ? じゃあ何で俺の名前を知ってるのさ?」
やはり、結局はそこへと論点が戻ってしまう。
俺が龍之介の事を知ってるのは原作知識による物だ。今ここでそれを明かす事に関しては大した抵抗はないのだが、それによって予想外の行動をされては俺へと返って来るかも知れない。さて、どう答えた物か。
俺は指先を米神に充て、暫く思考を巡らせる。
だがしかし、やはりそう簡単に良い考えは浮かんで来なかった。
このままもう少し考えていたい所であったのだが、俺は龍之介の言った意外な言葉に思考を止める事となる。
「まあ、どうでも良いや」
そんな予想外の言葉に、俺は目を瞬かせて驚いてしまった。幾らか彼の性格を把握しているとは言え、実際に会えば人は人。気持ちの動きまでは把握出来ない。まあ、だからこそ人間と言えるのだが、今は少し状況が悪かった。
本当にどうでも良くなってしまったのか、今までの様子とは違うと分かる程に今の龍之介の目は危ない。
「君って見た所高校生っぽいけど、何でこんな所にいるの?」
そんな事を問い掛けながら、龍之介は好青年善とした表情を浮かべ、一歩一歩俺へと近付いてくる。悪いけど、気持ち悪いから近付かないでくれるかな?
そんな感情を抱きながら、俺は龍之介が一歩進む度に足を引き距離を取る。
だがそれの何が嬉しいのか、龍之介は更に笑みを浮かべて進む速度を上げて来た。うわぁ、キモ。
「ねぇ? ねぇ? 怖いの? やっぱり殺人鬼とこんな空間で鉢合わせたら怖いよね」
言いたい事は理解出来るが、残念ながら俺は魔術師である為殺人鬼位ならば撃退出来るぞ。
そう考えて首を傾げた俺であったが、そこである一つの事柄に気が付いてしまった。
いや、待てよ。龍之介は俺は魔術師って知らないんだ。
思考の片隅にそんな事を考えて、俺は漸く龍之介と自分の認識の齟齬を理解する。
原作では小学生位の子供が人間楽器にされてる印象が強かった為に勘違いしていたが、龍之介は確かに言っていた。
趣味は殺人。好きなのは女性と子供であると。
なるほど、龍之介が俺が魔術師だと知らないように、俺も龍之介がどの範囲まで子供と見なすのか知らなかったんだな。だがまあ、とにかくキモいな。
しかしある程度の予想が着いた今ならば、ここから起きる事態も予想が着く。とにかくキモいけど。
「アハハ!」
まあ、こうなるよな。
そんな俺の思考を打ち切るように、龍之介は腰から一振りの包丁を取りだし駆け出して来た。足元は下水の湿気でぬかるみ、急いで動こうとすればバランスを崩してしまうだろう。
だけどもまあ、残念ながら――
「――Barrier deployment Catch and burst.(障壁展開。受け止め弾けろ)」
――俺は魔術師なのだ。
足先を地面へ叩き付けると同時、俺の眼前に魔法陣の壁が現れる。
突然現れたそれに龍之介は目を見開くが、それだけが精一杯。自らの足で生み出したエネルギーは魔法陣へと攻め込んで、止まる事なくその手の包丁を突き付けた。
「なんだコレ!?」
包丁はガリガリと障壁を削り進もうとしたが、俺が再現したのは残念な事に″核シェルター″だ。親父の最高傑作の魔術でもあり、生半可な物理や魔術は通らない。
何度も言うが、カバラ数秘術の汎用性は並ではないのだ。現代科学で出来る事が大抵出来る魔術があれば、シェルターを持ってくる事位訳はない。当然、それに見合うだけの膨大な魔力が必要となるデメリットはあるが、それ相応の防御力は誇っている。魔術刻印のない今の俺では、後一回の生成が限度と言った所だろう。
まあ、だからこそ態々工程を追加したのだが。
「あれ、動かな――ぐわぁ!?」
包丁が動かない事で戸惑っている龍之介を見た俺が指を弾くと同時に、龍之介は顔面を突然殴られたかのようにバランスを崩す。
言うまでもなく詠唱に加えたのは破裂すると言う物。現代科学で言う所の空気爆弾である。
これに関して詳しく説明する必要もないだろうが、俺が再現したのは自転車のチューブが空気の入れ過ぎで破裂する様子だ。これも親父の魔術であり、
ではさて、最後の止めと行きますか。
「――Friction rise Speed acceleration(摩擦上昇。速度加速)」
靴底の摩擦を上げた俺は一歩踏み込み、ぬかるみに足を取られている龍之介へと近付く。
俺は摩擦が上がった事でぬかるみに足を取られる心配はないが、龍之介はそうも行かない。何の苦もなく近付く俺に龍之介はやはり目を見開いたが、どうする事も出来ないのだ。
「そら、よっと」
そうして龍之介へと近付いた俺は足を振り上げると、体を捻り龍之介の顔面へと回し蹴りを叩き込んでやった。
「アガッ――!」
ただし、それは魔術の補助を受けている為威力は見た目通りではない。
靴底は摩擦上昇によりしっかりと龍之介の顔面へと喰らい付き、加速された蹴りは高校生の一撃とは思えない程の威力を持っている。
当然の事ながら、龍之介はそれに抵抗する事も出来ずただされるがままに吹き飛ばされ地面へと尻餅を着いてしまった。
気絶位はすると思っていたのだが、人殺しをするだけあって鍛えてはいるようである。
とにかく、殺人鬼とは言えそんな予想すら出来ない謎の攻撃を受けた龍之介は、先程までのやる気がなくなったかのように鼻血を垂らしながら呆然とした表情で俺に視線を向けて来ていた。おいおい、そんな顔で見るなよ。多少なりとも罪悪感が沸いてしまうだろうが。
しかし、俺の考えとは違うのか、龍之介は呆然としながらも何か言いたい事があるようであった。必死に口を動かして、俺へと何かを伝えようとして来る。
そして、漸く喋れるようになった龍之介は、俺へとそれを問い掛けたのだった。
「……訳分かんない事起きるし、アンタ俺の名前も知ってるし、普通の奴とは思えない……。なんで、アンタはそんな事が出来るんだ?」
そんな龍之介の問いは当然の疑問だろう。しかし、そう問い掛けたいのは俺の方だ。なんで、アンタはいきなり襲って来れるんだ?
だがまあ、そう聞かれたのならば俺はこう答える。
「俺は魔術師だぞ?」
いかん、親父の訳の分からん理屈説明が便利過ぎて止められない。まあとにかく、魔術師ならば不思議ではないのだ。
なに、神秘の秘蔵? 知るか、俺は家と関係を絶ってるんだ。それに言うが根源とか興味ないし、一般的に魔術が出回った所で俺は困らない。困るのは″根源を求める魔術師″だけだ。そう言う訳で、俺は相手が一般人だろうと普通に正体をバラす。いや、相手は殺人鬼なのだが、この際関係はないだろう。
「……」
龍之介は無言のまま俺を見詰めていた顔を俯かせると、突然プルプルと震え始めた。言おう、気持ち悪い。
だがまあ、魔術師等知らない龍之介からすれば、馬鹿にされてると思ったのかも知れないな。
俺は一応警戒し、龍之介と距離を一定に保つ。もし龍之介がまた俺を殺そうとするのならば、今度はそれ相応の魔術の使用も辞さないだろう。
しかし、龍之介が取った行動はまたしても俺の予想外の事であった。
「――ちょ、チョーCOOL!」
「はぁ?」
「魔術師って何かCOOLだ! 俺柄にもなく震えちまったよ! アレで人を殺そうとしたら、きっとスゲー顔して怖がるぜ! 指を弾くだけでボコボコにして人を殺すとか本当スゲー!」
そう言って俺の手を握って来る龍之介が分からない。いや、本当に訳が分からないよ。
俺の感性で無理やり解釈するのなら、「魔術師ってカッコイイ!」って事なのか? 恐らく、いやかなり違うだろうがそう思う事にしておこう。
とにかく今の問題は、現在俺の手を握って頬を染めている目の前の変態だ。
「アンタ、いや旦那と呼ばせてくれ! その魔術って奴、俺にも教えてくれよ!」
「分かった、分かったからその手を離せ。何かお前凄い暑いし、手が汗でネチョネチョしてるんだよ」
「そこを何とか、頼むよ旦那!」
「分かったって。分かったって言ってるだろ。手が、手がネチョネチョして気持ち悪いんだよ」
「その突き放す感じもスゲー良い! 俺絶対魔術師になる! なあ、旦那の名前教えてくれ」
離せと言っているにも関わらず、龍之介は一向に手を離す事なくどんどんと近寄って来る。俺は先程から後退しているのだが、何と言うか気迫が凄い。はっ、まさかこの気持ち悪るさで俺の油断を誘う作戦か?よし、ならば逆にそれを利用してやろう。
俺は近寄って来る龍之介を我慢して立ち止まると、龍之介の問いへと返答した。
「俺の名前は空だ。蒼倉空。専攻魔術はカバラ数秘術で、これからお前、龍之介の師匠となる存在だ」
「蒼倉……蒼倉の旦那!」
「気持ち悪る」
龍之介が瞳をキラキラさせながら言ってくるその言葉に、淀みなくそんな言葉が口を出た。その呼び方は止めて欲しいと言いたいが、今の龍之介に言っても無駄だろう。くそ、負けてたまるか。
尽く自慢のふざけた思考を邪魔してくる龍之介に若干の苦手意識を持ちながらも、俺は必死にそれを抑え込みながら龍之介へと口を開く。
「それじゃあ、嫌々ながらも暫く宜しく。これは――」
脳内で完成された術式の図を思い浮かべ、魔術回路を走らせて世界に訴えかける。それを受け取った世界は現実へと術式を構成し、その効果を発揮する瞬間を今か今かと待っていた。
では、不本意ながらに師匠からの選別だ。お前も弟子なら心して受け取れ。
「――師弟関係成立の記念だ」
完全に龍之介の隙を突いたその攻撃は、華麗に鳩尾へと入り込みその効果を発揮した。
再現した現象は単純な衝撃集中。だが単純故に練度が物を言い、今回は龍之介が気絶してくれるだろう位に威力を絞った。
そして、「うっ」と声を上げた龍之介はその場に踞り、意識を失う前に俺に見ると、やはりキラキラした瞳でその言葉を口にしたのだった。
「スゲー……COOLだ……」
「……」
ドサリと倒れ行く龍之介を見詰めながら、俺は思わず言葉を失ってしまった。うん、気持ち悪い。
だが、その様子を見て俺は龍之介の評価を少しだけ改める。
もしかしたら、龍之介は人を殺さなかったら基本的に良い奴なのかも知れないと。いやはや、これは悪い事をしてしまったか? しかし、ネチョネチョした手で握手を強要してこられれば、俺でなくとも殴ると思う。
だがまあ、先の龍之介が良い奴なのかも知れないと言う考えは一考の余地があるだろうと俺は考える。
事実、龍之介が殺人鬼になったのは好奇心に負けてしまったせいだ。なら、上手くその好奇心を魔術のみに向けさせる事が出来れば、龍之介は殺人を止め一人の立派な魔術師になるかも知れない。
面倒ではあるが、やってみる価値はあるかも知れないな。
「ふむ、なら少し龍之介を組み込んだプランを練る事にするか。龍之介がいれば、聖杯戦争も思いの外上手く行くかも知れないな」
迷える子羊を救うのは神父の役目なのだが、あんな魔窟に龍之介を連れていく訳にはいかないだろう。やれやれ、真似事も度を過ぎれば身分偽造だと言うのに。
とにかく経緯はどうであれ、こうして俺は龍之介と言う新な協力者を得る事となった。
さて、遅過ぎる行動は身を滅ぼしてしまう。
冬木の聖杯が動く前に、先手を取るとしますかね。