カチコミ聖杯戦争   作:福神漬け

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2話 異能バトルには勝てなかったよ

歩きながら視界へと映すのは長閑な町。俺のいた都会の光景とは見るからに違う場所。空気は旨く、大した排気ガスの臭いもしない微妙な場所だ。

なにぶん育ちが奇妙な物で、奇妙な趣味は許して欲しい。

 

「そう言う訳で、やって来ました冬木の町に。聖地巡りと行きたいが、動き回るは愚の骨頂。有名所は置いといて、先ずスーパーに来ましたよっと」

 

俺が家出と言う冗談で旅に出てから、既に半年が経っていた。その間俺は宗教のような事をしながら、ただ捕まらない事にだけ主眼を置いていた。

だってそうだろ? 子供が一人で旅なんてしてたら、補導されて警察のお世話になるのが落ちだ。満足な旅館にも泊まれないのに、どうやって旅をしろと。魔術師が世間に疎いのは経験済みな為知っているが、両親にはそれ位考えて欲しかった。

宗教に関しては、まあ特に言う事はない。ある程度の保険が人生には必要であり、俺はただそれをしていただけである。

 

とにかく、そんな事情で俺は昼にしか活動出来ず、吸血鬼とは真逆な半年を過ごしていたのだ。

まあ、ある程度の娯楽がなければそんな事やってられないので、適度に博物館等で気分を変えていたが。

 

「でも、ネットが無いのは不便だよな。まるで手足をもがれた魚の気分だ」

 

そんな冗談をブツブツ呟きつつ、俺は旅行鞄を引き吊りながら商品を物色する。先程から独り言を呟いてる俺を周りの奥様方が奇妙な目で見て来るが、生憎宗教でもう慣れた物だ。

 

「安物な双眼鏡と安物な虫眼鏡に、安物な食品その他諸々、とこんな物で良いかな。今から改造すれば軍のスコープとは行かないまでも、結構な距離が見えるようになる筈だ」

 

そんな物を選んだのは、これから起こるだろう聖杯戦争に備えた準備をしているからだ。自分で参加しないのは当然の事だが、やはり戦いと言う物は見てみたい。この世界では銃弾は″見てから″避けるのが基本故、傍観したいのならばそんな化け物並みの奴らが見えない距離の場所を陣取る事が必要となるだろう。

 

「とにかく、目先の問題は住居だな。家なんて俺の歳で借りれないし、居着くならやっぱ下水道になるか……」

 

正直に言えば気が進まない所の話ではないのだが、実際原作では行動を起こすまで龍之介と言う殺人鬼がそこにいると勘づかれる事はなかった。長期に渡り住み着く予定である為、警察の目を逃れるのならば下水道以上の物件はない。

問題は、鼻が曲がりそうになるだろうと思われる事だけか。

 

そうしてある程度の予定を決定した俺はレジへと向かいカゴの中に入れた物を差し出す。

営業スマイルと共にそれを受け取る女性は、素早くバーコードを通しながら商品の値段を読み上げる。

 

「合計5285円となります」

 

「はいはい、ちょっと待ってくれよ」

 

呟きながら、ポケットへと手を突っ込み財布を取り出す。両親の用意してくれたお金は銀行に預けてある為この財布には入っていない。あんな大金持ち歩けるか。

そんな事を思いながら、俺は財布から一万円と五百円玉を取り出しレジの女性へと渡した。

 

「きゃっ!」

 

「む?」

 

しかし、何があったのかその女性が唐突として声を上げた事で周りの注目を集めてしまう。両手を口に充て、いかにも「私驚いています」見たいな顔しなくてもそれ位分かるからな。

とにかく、この町で余計な注目を集めるのは得策ではない。まだ聖杯戦争の半年前とは言え、厄介な人間は確かにいるのだから。

そう考え、特にセクハラした記憶もない俺は仕方なく彼女の視線を追いソコへと視線を飛ばした。

 

「……なんだこれは」

 

「ち、ちち……」

 

「乳何て触ってない。誤解を招く事を言わないでくれ」

 

「そんな事言ってません! いやそうじゃなくて、貴方血が出てますよ!?」

 

見りゃ分かる。確かに俺の右腕からは血が流れているのだ。それも刃物で切り裂いたのではないかと思える位にはドベドベと出てるのに不思議と痛みは感じないし特に外傷もない為、恐らく新手のスタンド攻撃だろう。そうかつまり、これはスタンドによってペイント弾か何かで狙撃されたと言う事だな。

そんな風にこの半年で慣れたセルフ突っ込みごっこを終えた俺は、別に今は放置しても問題ないと判断し彼女へと大丈夫である事を伝える為に口を開いた。

 

「大丈夫、多分狙撃されただけだから」

 

「け、警察にっ……!」

 

しまった、思考が口を突いて出ていたようである。彼女も彼女でかなりパニックなっているようで此方の冗談には気付いていなかった。

まあしかし、流石に警察を呼ばれ身元を調べられるのは勘弁願う為、普通に鞄からタオルを取り出した俺は血を拭いこの場を誤魔化そうと再び彼女へと料金を差し出した。

 

「はい、これお金ね」

 

「えっ、あの、大丈夫なんですか……?」

 

彼女は困惑した様子のまま料金を差し出した俺を見詰めている。彼女からして見れば、狙撃された筈の相手が何て事ない表情でお金を差し出しているのだ。普通ならば先程の事が冗談だと分かっても良い筈だが、どうやら彼女はかなり純粋らしい。

そう判断した俺はポケットに再び手を突っ込むと、財布とは違う封筒のような物を彼女へと差し出し言ったのだった。

 

「俺は魔術師だぞ?」

 

「魔術師って何ですか?」

 

「撃たれても平気な人間の事さ」

 

「はぁ……」

 

どうやら納得してくれた彼女は俺の差し出した封筒と料金を受け取り、上の空と言う感じになりながらも精算をして行く。そんな様子でありながら手つきに淀みがない所を見れば、随分と慣れている事が理解出来た。

 

「5215円のお返しになります……」

 

「どうも。今度君と会う時は、同士と集う時になるだろうね」

 

「えっ?」

 

首傾げる彼女に苦笑いを浮かべながら、俺はスーパーの入り口へと足を動かして行く。そろそろ時間も良い頃合いの筈な為、暫くの住居になる下水道へと向かうのだ。

明日からの予定としては、聖杯戦争を傍観する為の場所を探す事である。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

まあ、そう思っていた時期が俺にもあった訳だ。

あれから何があったのかと言えば、別に大した事はなかった筈なのだ。いや、もしかすると純粋な彼女に冗談をけしかけた事が不味かったのかも知れない。しかし、それだけでこの仕打ちは酷すぎると言っても良いだろう。

 

「と言うかえっ? 何で? 訳が分からないよ」

 

まるで何処かの詐欺師のように独り言を発するが、そんな声は虚しく下水道の空間に響き渡るだけであった。寧ろ詐欺された側と言うべきだろうか。

だが、どう考えても納得が出来ない。頭を抱え、近くの出っ張りへと手を掛けて懸垂をし始めても納得の行く答えが出ない。

そして再び頭を抱えた俺は、この状況を簡潔に表した独り言を呟くのであった。

 

「あれ? 右手がムズムズする。ムズムズする時、なーんだ? 令呪、ボク聖杯戦争に行く! ふざけてんのか?」

 

アハハハと狂ったような声を上げ、俺は自分の右手の甲にあるそれへと視線を向けた。

その突然現れた令呪の型は、ミミズが這い回ったかのような訳の解らん丸が繋がっている感じ。無理やり例えるならば、セフィロトツリーに似ていると言えるかも知れない。

なるほど、あの血液ドベドベは令呪発現の前兆だった訳ね。勘違いするような量を出すんじゃない。

 

しかしだが、これが出たと言う事は俺に聖杯戦争の参加資格が与えられたと言う事。別に聖杯を望んだ記憶はないし、聖杯は相応しいと思う魔術師にしか令呪を分配しない筈だ。だとすれば何故。

 

「冬木に来てしまったのが原因か? 設定では聖杯は参加者が足りなかった時格の劣る魔術師にも令呪を分配するようだが、まだ聖杯戦争まで半年もある」

 

明らかにおかしいと言える状況。俺は記憶を掘り起こし、出来るだけ冷静な思考を保ちながら自らの言動を省みた。

そして、ある一つの言葉を呟く俺が脳裏に浮かぶ。

 

『異能バトルがしたいの!』

 

「お前だったのか」

 

割りとアッサリと見付かった原因がソコにはいた。直接的に聖杯を望んだ訳ではない以上これが原因とは言い切れないが、何故こんな気持ち持ったまま冬木に来てしまったのか。確かに異能バトルはしたかったが、どうせ勝てないからと傍観で良いと考えていた筈なのに。どうも心の底では未練が残っていたらしい。

しかし、ハッキリ言って聖杯戦争に参加すると言う事は殆ど死にに行く事と言える。記憶に有る限り、今回の聖杯戦争で生き残ったのは綺礼とウェイバーの二名のみだった筈。切嗣は数年後には聖杯の呪いにアブダクションされてしまったからな。

 

「ん? 聖杯の呪い……」

 

そう、確か聖杯はアインツベルンのアホどものせいで歪んでいるのだ。だとするならば、異能バトルがしたいという気持ちを「普通じゃない戦いを求めている魔術師だよね君? よし、聖杯戦争に参加させてあげるよ」と言う風に解釈したとしても不思議ではないのだ。

滅茶苦茶強引と言えなくもないが、物騒に変化してしまった聖杯は何を考えたとしても不思議ではない。事実、綺礼のそんな物騒な気持ちを聖杯は敏感に感じ取ったから選んだのだし。

 

「傍迷惑な話だ。となると、俺にあるのは四つの選択肢となる訳か」

 

聖杯くんに選ばれた以上、もう取り消しなんて事は出来ない。俺に取れるのは、この令呪が出た状況でどう動くかと言う何を選んでもフラグ設立率100%なアドベンチャーゲームも真っ青な物だけであった。

 

「一つ目は、逃げる事だな」

 

一つ目の選択肢は聖杯戦争終了まで逃げ続ける事。しかし、これには当然ながら穴が存在する。

最後のマスターがいないと言う事は、聖杯戦争の終了時期が不明瞭になってしまう。寧ろ、最後のマスターである俺を探し始めると予想出来る。そうなれば、半年前から実家に帰っていない俺がマスター判明してしまうのも時間の問題だ。

 

「二つ目、コイツを剥ぎ取って実家に避難する事」

 

病院へと向かい、皮膚移植でもすればマスター権限はなくなり聖杯戦争から逃げる事は出来る。だが、やはりこれにも穴は存在した。

これも一つ目の選択肢と同じように、最後のマスターが見付からない事で捜索される事となる。寧ろ病院で皮膚移植なんて事をしている以上、教会の連中に調べられれば一瞬で身元がバレてしまう。故に、これは一つ目以上に論外だ。

 

「三つ目は、教会への保護。いや、これは考えるまでもないか」

 

教会に保護なんて申し出た日には、魔窟へと自ら入り込んでしまった事となる。綺礼が悪に目覚めていない今の時期ならば大丈夫かも知れないが、やはりこれも時間の問題なのだ。

 

「最後は、聖杯戦争への参加」

 

これは死んでしまう可能性もあるが、今の時期ならば誰も召喚していない筈であり、原作知識のある俺がやればもしかするかも知れない。問題としては、聖杯戦争に勝ち残れるだけのサーヴァントが俺の元へと来てくれるかだ。触媒も何も無い以上、殆ど運任せなサーヴァントを呼ぶ事となってしまう。

セイバーのクラスは俺程度の魔術師が召喚した所で来る事は無いだろう。アーチャーの召喚も上手く行けばあのチート野郎を呼ぶ前に完封出来る事になるが、コイツも無理だと思われる。

いや、それ以前に俺程度の魔術師にはキャスターかバーサーカー、そしてアサシンの内のどれかしかないのだ。

となれば、俺が呼びつけるクラスは一つしか無いだろう。

 

しかし、ここである一つの事に思い至る。

 

「あれ? なんで俺参加する方向で考えを進めているんだ……?」

 

どうにも方向性がおかしい。先程まで訳も分からず三点倒立したくなる位には混乱していた筈なのに。

右手の令呪を見て、俺は考える。そうすれば、意外とアッサリと答えは見付かった。

 

「なるほど、やっぱり異能バトルに期待してるのか」

 

結局はそこであった。この先俺が動く事でどう原作に影響するのかは分からないが、それでも異能バトルへの熱いパトスを俺は捨てられなかったようである。

サーヴァントを召喚させてすぐ自害させると言う考えが思い浮かばなかったのが良い例だ。

そう思うと、我が事ながらに笑みが浮かび始めた。

 

「やる事は決まった。なら、これからどうするか考えますかね。恐らく、俺がマスターになった事で龍之介のマスター権限は剥奪された。既に電車は原作を脱線してるだから好き勝手するだけさ」

 

数年後に起きるSNなんて知らんね。今回生き残れば俺は異能バトルが堪能出来るし、後は士郎君の主人公補正が何とかしてくれるだろう。

 

だが、そんな時である。俺の耳へと予想出来た筈なのに、自らの間抜けで考えていなかった人物の声が聞こえて来たのは。

 

「なんで、俺の名前知ってるの?」

 

「はっ?」

 

思わずそんな声が俺から上がる。しかし、魔術師としてどんな時も冷静になる為の頭はしっかりと役目を果たし俺に答えを指し示す。

そう、予想は出来た筈だった。自ら、ここが安全であるのだと判断し来たのだ。ならば、そこに潜伏している筈の奴がいない筈がないのだ。

 

俺は右手の令呪から視線を外し、ゆっくりと背後から声を発したその人物へと視線を向ける。

 

「えと、雨生龍之介っす」

 

「知ってるよ、冬木を騒がすファッキンボーイ」

 

そこにいたのは、オレンジ色の髪が特徴的な中肉中背の見た目好青年な男性。しかし、その正体は冬木市を騒がすシリアルキラーと言う非常に面倒な人間であった。

 

これが俺、蒼倉空と雨生龍之介の始めての出会いとなる会話。

これからどう動くべきかと考える傍ら、タイミング悪く現れてくれた彼に俺は冷たい視線を向ける事しか出来なかった。

 

あれ? 確か龍之介って俺より歳上だったけ?

 

 


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