その理由については活動報告に記載している為、気になる方はどぞです。
そして、久しぶりに書いたせいかいつもよりもとんでもなく駆け足気味で、何やら調子が悪い気がする……。
少しずつリハビリして行くのでどうぞよろしくお願いしますm(_ _)m
隠れているコンテナの裏から、俺は呆然とするセイバーを視界に納め口角を吊り上げた。
何故なら、高々相手サーヴァントの煽りを受けた程度で普通はあのようにはならないだろうから。歴史に残る程の英雄なのならば尚更だ。故、導かれる答は二つに絞られる。
一つは、自分の過去を知っていると言う事柄から同郷の人物と考えたから。
そして残るもう一つは、古傷をしっかりと抉れたから。
本来ならアサシンとして召喚されるのはイスラムに出来た暗殺集団の″ハサン″と名のつく人物のみだ。これを他の魔術師が知らない筈もない。故にセイバーの故郷からイスラムに渡った騎士がいると言う話は聞いた事がない為、後者である可能性が高いだろう。まあ、偏った考えは危険である為、もしかしたらの可能性も考慮しておくが。
そのような思考を巡らせながらも、込み上げる笑いを抑えられなかった俺の喉からはクツクツと言った笑い声が漏れている。きっとここにアサシンがいたのなら、常識的な正論を聞かされているんだろうな。
そんな考えやここまで聞こえてくるアーチャーの怒声が、更に俺の笑いを不気味な物へと変えていた。
そんな時、俺の背後からこの場に似つかわしくないようなソプラノボイスが聞こえた。
「マスター、言われた通りにして来ましたよ」
「ご苦労様だアサシン。抜かりなく完璧な立ち回りだったよ。そろそろバーサーカーも来る頃だから、それに便乗して逃げるとするか」
背後の声に驚く事なく振り返れば、珍しく絶賛された事に驚きの表情を浮かべているアサシンが視界へと映り込んだ。俺だって素直に誉める事はあるのだが、普段の態度が態度なだけに奇妙に映ったのだろう。今回は不問にする事にしよう。
そうして苦笑いを浮かべる俺とそれを見て更に驚きの表情をするアサシンと言う構図の中、先程の俺の言葉を体現するかの様に自体は更に動き始めた。
「ほら、言った通りバーサーカーが来たぞ」
「本当に来ました……。常々思いますが、何故マスターがそこまで先読み出来るのか今だに分かりませんよ」
俺の言葉に漸く正気を取り戻したアサシンは、視線を戦場へと向け疑問と驚きが混じりあったと言うような表情を浮かべた。しかしまあ、俺のやっている事は軽く未来予知だからな。当然の反応と言えば当然の反応だろう。寧ろ気持ち悪いと思われないだけましだ。
故に、俺はこれ以上踏み込まれないようにこう返すのだ。
「――当然だろ、俺は魔術師だぞ?」
案の定、アサシンは首を傾げ良く分からないと言うような表情を浮かべた。
だが、まだそんな顔をされちゃ困るな。今夜の計画はまだまだ始まったばかりなのだから。
――――――
暗がりの街で異色の雰囲気を放つ、近所では有名なある一軒の幽霊屋敷。碌に手入れのされていない庭や、雑草や枯れた蔓が伸び放題となっている事が余計にそう言う雰囲気を漂わせていた。
これでは、他人から幽霊屋敷と言われても仕方がないと言えるだろう。
そんな館の主人である人物ーー間桐臓硯は、明かりの灯った廊下にてある一人の少女と話していた。
「桜や、準備を整えたら地下の蟲蔵に来なさい」
「……はい、お爺様」
桜と呼ばれたその少女は、生気のない瞳で淡々と臓硯の言葉へと頷く。その様はまるで人形のよう。
否、臓硯は今正に桜と言う自分の命令に従う人形を作ろうとしているのだった。
臓硯はそんな様子の桜に一つ頷くと、それ以上興味がないと言わんばかりに踵を返す。臓硯にとって、桜は自分の目的を果たす為の道具以上ではないからだ。
長い廊下を杖を突いて歩き、臓硯は地下へと続く階段を目指す。しかし老いた体は思う様には動いてくれず、この無駄に広い屋敷での移動は一苦労だ。
そうして、漸く目的の地下へと続く扉の前へと来ると、先程別れたばかりの桜が既に準備を整えて立ち尽くしていた。既に準備が終わり、蟲蔵へと行こうとしていたのだろう。
この家に来た当初は抵抗していたにも関わらず、今では随分と従順になっている。臓硯は内心で凶悪な笑みを浮かべた。
「今日は六時間程蟲に浸かってもらうぞ。安心しなさい、すぐに慣れる」
「は……い……」
優しい爺を装った口調で話してはいるが、その内容は恐ろしく気味の悪いものだ。
これから桜は自らの血肉を食い千切られ、その傷口に蟲を擦り込む事となるのだろうと他人事のように考えた。桜が自らの心を守る為には、そう言った普通ならあり得ない方法しかなかったのだ。
「……入りなさい」
無言で頷き、桜は臓硯の開いた扉へと体を潜らせた。
そんな桜の様子を見て、臓硯はまだ足りないと考える。目の前にいる少女の心は完全に砕けている。しかし、それはまだ再起不能と言われる領域ではない。完全に砕き、起き上がろうとも思わない程に踏み躙り、自分以外の命令には従わない従順な人形にする。臓硯の目論見はそこまで行って漸く始まるのだから。
「やはり、今日は十二時間にするか」
――そう臓硯が呟き、扉を潜ろうとした時であった。
『ところがぎっちょん』
「そうは問屋が卸しませんよ……下衆め」
「――何者だっ……!?」
言葉を最後まで呟く事が出来ぬまま、臓硯は自らの頭と胴体が分裂したのを自覚した。傾く視界の中、見開く目に映るのは日本刀を振り抜いた一人の女。もう片方の手には複数の数列が所狭しと刻まれた妙に場違いなアクリルケースを持っている。
臓硯は人一人の首を容易く切断した腕と、何処か生きている人間とは違う雰囲気を持つ彼女を見て一目でその者がサーヴァントであると判断した。
臓硯の首が地に落ち、ゴトリと廊下へとその音を響かせる。
「……お爺様?」
そんな音に反応したのか、桜は背後へと振り返り感情のない瞳でその様子を把握した。
臓硯の胴体から噴き出す血液に似た何かと、転がった頭部を見下ろす女性。普通の少女ならば悲鳴を上げる何処かトラウマを植え付けられる光景だろう。
しかし、桜の心は既に壊れていた。故、そのような光景を見ても何も思わない感じない。ただ認識しただけであった。
「……っマスター」
『えっ、なんて? もしも〜し、携帯は耳に当てて話せ』
桜の様子を見て悲痛な表情を浮かべた女と、この場に似つかわしくない能天気にな男の声がアクリルケースとは違う小さな箱から聞こえる。
女は小さく息を吐き、耳へと箱を当てて再び口を開いた。
「……この屋敷の主人と思わしき人物の首を落としました。マスターの言っていた少女も近くにいます……」
『そうか、分かった。その幼女はこっちに拉致って来い。……あぁ、それと――』
そうして耳へと届いた言葉は、この場を動かす一言であった。
『――そのジジイの心臓も持ってこいよ』
「――!」
その一言が響いた瞬間、先程まで動かぬ死体であった筈の臓硯の体が動いた。表情を驚愕に染めた頭部と胴体が徐々に崩れ始め、その形を無数の蟲へと変え始める。
だが、目の前にいる女にとってその行動は恐ろしく遅い。
小さく息を吐いたかと思えば、次の瞬間には手に持っていた刀で臓硯の心臓部分が崩れ切る前に斬り落とし、アクリルケースへと押し込み蓋をしていた。
一瞬と言える刹那の間に総ての蟲が放り込まれると、押し込まれた心臓は最早形を失い無数の蟲となって必死にアクリルケースから逃れようとする。
しかし、その行動を止めたのは例の箱から聞こえる能天気な声だった。
『やっぱり刻印蟲を心臓に隠してたか。あと、無駄な抵抗は命を縮めるから止めとけ。幾ら小さいとは言え、魔術師が工房の魔力隠蔽に使う遮断結界を三十重ねに刻んであるんだ。外界の蟲には干渉出来ないし、無理やり食い破ろうしたら摂取3000℃に至る擬似的なテルミット反応と水蒸気爆発が付いてくるぞ。幾ら御三家の魔術師でも、その数の蟲じゃこのデスコンボから刻印蟲を守り切れまい』
やっぱり自爆装置は外せないよね、とカラカラ楽しそうに笑う声が響き渡る。その余りにも場違いな明るい声は、桜の脳裏へと懐かし記憶を一瞬だけ蘇らせた。
そしてアクリルケースに収められた無数の蟲はその動きを止め、その中から現れた赤い眼光を放つ一匹の蟲が臓硯の声で声を上げる。
『何処の魔術師かは知らんが、儂にこのような事をしてタダで済むと思うなよっ……!』
『そうカッカッするな。何も取って食おうって訳じゃない。俺みたいな格下の魔術師がアンタと“実りある話”をする為には、これ位の保険が必要なのさ。俺の命と、アンタの命は釣り合わない』
『この小僧がっ!』
怒りを滲ませた臓硯の声に、何が楽しいのか男の声はカラカラ笑う。命は平等ではないのだと、その声は在ろう事か数百年生きた臓硯へと告げたのだ。
『さて、さっさと幼女とジジイを連れて外に出て来い。後、そこは不慮の事故によりガス漏れで爆発するからな。巻き込まれない内に帰って来い』
「分かりましたマスター」
そう言って女は小さな箱を懐へと仕舞うと、優しい笑みを浮かべて桜へと手を伸ばす。ここ数ヶ月、自らの叔父となった人物以外からは見ていない表情だった。
「行きましょう。マスターは意地悪ですが、絶対に此処よりは良いと思いますから」
「……」
その言葉に、桜は何一言返さない。元より自分に選択権はなく、なすがまま流されるしかないのだと。
そうして伸ばした手は、ただ言われたからと従う以外の行動ではなかったのだった。
――――――
「やぁやぁ、初めましてだな間桐臓硯。俺が事件の首謀者だ。それじゃあ、仲良く話し合いと行こう」
アクリルケースに掛けられた布が取り去られるのと殆ど同時。臓硯の視界へと映ったのは暗い部屋と、自分へと声を掛けて来た青年の姿であった。
しかし臓硯はその青年の言葉へと返答する事なく、射殺さんばかりの眼光で睨み付ける。
『……』
「わぁ怖い。コッチは仲良しこよしで行こうって提案してるのに、そんなに殺気立ってくれるなよ」
『儂の蟲蔵と屋敷を爆破しよって、一体どの口が友好的だと? 巫山戯るなよ小僧がっ!』
そんな臓硯の怒りの篭った言葉に青年はキョトンとした表情を浮かべると、一体何がおかしかったのか突然クツクツと笑い声を上げ始めた。
そのような態度が、臓硯の怒りへと更に拍車を掛ける。
だが青年もそんな臓硯の怒りを察知したのか、今度は一転して申し訳なさそうな苦笑いを浮かべると、軽い謝罪と共に再び話を切り出した。
「いや、すまないすまない。どうも勘違いと言うか、お互いに認識の齟齬が発生してるって分かってな」
『ハッ、勘違いだと?』
臓硯はこの後に及んでまだ友好的に話を進めよう等と言い出すのかと嘲笑いを浮かべた。
しかし青年はまるで臓硯の思考を読んだかのように片手を振りながら否定すると、思わぬ事を口にしたのだった。
「違う違う。俺が言ってる勘違いってのは、命の事に関してだ」
『なんじゃと……?』
その言葉に疑問の声を上げたのは、今度は臓硯の方であった。
何故ならば、臓硯はこの部屋へと連れて来られるまでの間に自らを閉じ込めているアクリルケースの解析を終えている。その結果判明したのは、青年が屋敷で言った通り工房で使う類いの結界と無理やり解除しようとした場合に発動する術式があったと言う事。結界については何ヶ月掛けたと言うのか、単純ではあるが数分毎に解除方法がランダムに変化すると言う単純故に悪質極まりないものだ。内側からの解除は軽く見積もって数年は硬いだろう。
どう考えても、自らの本体である刻印蟲を捕らえている青年が自分の命を握っている事に間違いはなかった。
しかし、青年はそれこそが間違いだと否定する。
「違うそこじゃない。『俺の命とアンタの命じゃ釣り合わない』ここの認識が間違ってる」
『……』
その言葉で、漸く臓硯も青年の言いたい事が分かった。
つまり、青年はこう言いたいのだ。
――お前の命は俺より重い。
理解出来なかった。その言葉が単なる臓硯を持ち上げる為のお世辞であるのならばまだ分かる。
しかし、数百年生きた臓硯の相手を見て観る観察眼は並みではない。故に分かる。それが、青年の本心からの言葉なのだと。
『どう言う意味じゃ……』
「言葉通り」
揺さぶりを掛けるも青年に呼吸、脈拍の乱れはない。臓硯の命を自らの命よりも重いと称しながらも対等――下に扱っている矛盾。臓硯が初めて対峙するタイプの人間であった。そうして思考の渦へと入り込んでしまった臓硯を見て、話しが進まないと思ったのだろう。
青年は腰を落とし臓硯の本体である刻印蟲へと視線を向けて、答え合わせだと口にした。
「良いか? アンタは数百年生きた事で蓄えに蓄えられた知識を保有している人外だ。そして、逆に俺は数十年しか生きていない魔術師のひよっこ。どちらに価値があるかなんて、考えるまでもないだろう。だからこそ、お互いに“実りのある話”する為には、お互いの命の価値を釣り合わせる必要がある。ここまで言えば、もう分かるな?」
青年は臓硯が分かっていると確信した様子で、そう問い掛けた。
『……貴様は儂とここで話し合う為だけに儂の命を引きづり降ろし、儂の新たな命となる蟲を殺したと言う訳か。全てはこの“取引”の為に……』
「取引だなんて、とんでもない。俺達が今からするのは、“実りのある話”だ。例えば――」
――今の聖杯じゃ願いは叶わない。故に、不老不死にはなり得ない……とかな。
その言葉は、臓硯の声を止め沈黙させるのに充分な力を持っていた。
『……本気で言っておるのか小僧』
「おや、興味を持ってくれたようで嬉しいよジジイ」
青年の事情に巻き込まれた臓硯にとっては迷惑以外の何物でもないが、ここまでお膳立てされた“実りのある話”だ。きっと釣り合う命に見合うだけの話を用意している事だろう。
だが、もしそうでなかった時は。
『覚悟しておくんじゃな、身の程知らずのクソガキ』
「仰せの通りに、頭の腐ったクソジジイ」
今ここに、誰も預かり知らぬ所で異色の協力関係が成立する事となった。