画家が描く!   作:絹糸

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第6話:狂画家との邂逅

 

 スラム街で迷子になっている哀れな少年――本人のあずかり知らぬところで三人もの人間に捜索される羽目に陥っているタツミは、今も今とて絶賛迷子の真っ最中だった。

 

 右を向いても左を向いても知っている場所が微塵も無い。

 どころか、勘を頼って進めば進むほど、人気もどんどん少なくなっていき、ついには地面を茶色の草束が転がっていくような寂しい僻地にまでたどり着く始末。

 

 

「姐さん、どこ行っちまったんだよ……っていうかここ何処だよ……」

 

 

 肩を落として半泣きでトボトボ歩く。

 彼が「姐さん」と呼ぶ妙齢の美女。同じナイトレイドのレオーネに誘われてスラムの見学に来たタツミだったが、そのレオーネに借金返済を催促する集団に追われているうち、気付けばこんな感じで一人ぼっちになっていたのだ。

 

 今のタツミを見れば、彼が生来の年上キラーであることも相まって、この世のほとんどの成人女性が「なんとか助けになってあげたい」と母性を刺激されること請け合いである。

 それくらい、八の字になった眉といい、オロオロと周囲を見回す視線といい、保護欲を煽らずにはおかない仕草だった。

 

 この年上キラーっぷりで後に将軍のハートを撃ち落とすことになったりもするのだが、それはまだ先の話。

 とにもかくにも。タツミは旅行先で両親とはぐれた幼子のように心細い気持ちだったのだ。

 

 

「うぅ……この年で迷子になるのが恥ずかしいからって意地張らずに、素直に道を聞いときゃ良かったぜ」

 

 

 だからこそ、だろうか。

 

 ぼんやりとした複数の人影。

 それを視界の先に発見した時、歓喜の笑みなぞ浮かべてしまったのは。

 

 救い主を見つけた気分で駆け寄り――その途中で己の嗅覚を刺激する錆びた臭いに、うっと立ち止まった。

 ぷんと香り立つそれは、虫の代わりに死神を惹きつける殺戮の花の蜜。すなわち血の芳香。

 

 駆け出しとはいえ暗殺集団の末席にいるタツミだ。これでも血にはかなり慣れたつもりでいたが、しかしここまで濃密で新鮮な香りは初めてである。

 吹きさらしの寂れた路上でありながら、まるで密室に血のシャワーをかけ流したようなこの密度は何か。

 

 

「い、いったい何が――」

 

 

 呟くタツミに、人影の一つがゆらりと身じろいだ。

 どうやら振り向いたらしい。クワのようなものを手にした彼はタツミを見るや否や、必死の形相を浮かべてこちらへ走り寄ろうとしてきた。

 

 

「た、頼む! 助けてく、」

「潔く散ったほうが死体は綺麗に残るよ」

 

 

 言い終えるより先に前のめりに倒れた男。

 その頚椎には、握り手が二股に分かれた特徴的なナイフ――バタフライナイフが根元までしっかり突き刺さっていた。

 倒れた死体の向こう側。まるで何かを投げたばかりのように左腕を伸ばした男が、布団の中でまどろんでいる風な表情でぼんやりと死体を見やっている。

 

 ぱちり。

 と、目が合った。

 

 墨汁を煮詰めたような黒瞳だ。

 その下を縁取るクマの鬱々しさには、世を儚み崖から身を投げ捨てんとする自殺者ですら及ぶまい。

 肌は陽光から嫌われているみたいに青白く不健康的だ。真っ青な布を漂白剤で染めたらこんな色になるのかもしれない。

 気味が悪いほど濃い黒色の髪は、ざんばらに切られてあちこち跳ねっ返り、今まさに羽ばたかんとする鴉の羽を連想させた。

 

 服装も珍妙で決して洒落者とは言い難い。

 だというのに、その顔立ちは神でなく悪魔によって命を吹き込まれた人形細工のごとく不気味に整っており、それだけに拭いきれぬおぞましさがあった。

 痛々しさ、と言い換えていいかもしれない。

 本当は墓の下ですこやかに眠っているべき死体が、無理やり掘り起こされ糸を繋がれ、マリオネットとして遊ばれているのを見たならば、これと似たような気分を味わえるかもしれない。

 

 視界に入っているだけで人の同情心を凄絶に刺激してやまない――そういう怪奇な造形の美青年であった。

 

 

「あ。見つけた、レオーネさんの探してた子」

 

 

 こちらを指差し嬉しそうに微笑む謎の美青年。

 その体に一切の返り血を浴びておらずとも、足元には血だまりの数々が点々と存在している。

 そして、彼の周囲に散らばるいくつもの男の死体。

 間違いない。この惨状を巻き起こしたのは目の前に立つ亡者のごとき青年だ。

 

 そして彼はなんと言った?

 そう、レオーネ――己が「姐さん」と慕う姉貴分の名前を確かに口にしたではないか。

 

 敵か味方かもわからない優男が何故その名前を囁く。

 この血の川を生み出した者に、彼女といかなる関係があるという。

 

 緊張でねばつく唾液を飲み干す。

 いやに重い唇を根気でこじ開けて、タツミはおずおずと問いただした。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「アンタ――何者だ?」

 

 

 探し人の少年ことタツミくんを発見したと思えば、やけに警戒した様子でそんなことを聞かれてしまった。

 

 まあ、無理もないだろう。

 なにせこっちは殺害現場を見られたわけだ。

 なんかスプラッターな死体の山の傍であからさまに薄気味悪い男がつっ立ってて、しかもそいつが知人の名前を知っている。

 これはもうホラー映画なら悲鳴をあげて逃走されているレベルの光景だ。

 

 

「帝都警備隊所属、ルカ・サラスヴァティー。正義の味方の同僚だぜ」

「……その言い方だと、アンタは正義の味方じゃないのか?」

「僕は僕の味方しかできねーもん」

 

 

 もん、とか。

 自分で語尾につけといて吐きそうになった。

 こういうのはセリューちゃんくらい可愛い子がやらなきゃ似合わない。

 

 ……あ、でもタツミくんくらいの年齢だとまだセーフかな。

 レオーネさんが言ってた通り将来イイ男になるかは不明だけど、現時点で可愛い少年であることは確かだし。

 容姿というか雰囲気がだ。『女の子みたいに可愛い』とかそういうのじゃなくて、このタツミくんには『少年らしい可愛さ』みたいなものを感じる。

 僕の地元にゃ一人もいなかったタイプだ。

 

 

「その人たちは、何で殺されたんだ?」

 

 

 あたりに散らばった死体を一瞥して、おそらくは無意識だろうが――腰に引っさげた剣の柄に手をかけるタツミくん。

 返答次第では斬りかかってくるつもりなのだろうか。

 

 それは困る。

 競り合ったところで負ける気はしない。が、彼に傷の一つでも負わせようものならば、タツミくんを可愛がっている風だったレオーネさんが怒るだろう。

 そうなればもうモデルなんて引き受けて貰える可能性はゼロになる。

 最悪の場合、タツミくんを傷つけた慰謝料だとかで金だけふんだくって行かれる可能性さえ発生しそうだ。

 

 僕は必殺『人の同情を誘う演技』を繰り出すかどうか迷いつつ、とりあえずはそのままの事実を話してみることにした。

 

 

「僕の同僚に復讐するためにまず彼女の愛しい相手である僕を殺すって言われたのさ。よって正当防衛を主張する」

「復讐って、アンタの恋人は何したんだよ」

「いや、べつに恋人ってわけじゃあねーんだけど……ただのお仕事だぜ。上の命令で太守殺しの犯人を捕縛しに行ったら勢い余って殺しちまったの」

 

 

 嘘は吐いていない。

 真実を語らないだけだ。

 

 「そっか」。と、どうやら納得してくれたらしいタツミくんは剣から手を離す。

 この言い分であの反応を示すなら、動機次第では怒りを覚えるものの、人殺しをそこまで忌避するタイプではないようだ。

 純粋そうな見た目に反してわりと修羅場をくぐってきたのだろうか。僕そういうの大好き。

 

 さて、せっかくタツミくんを見つけたのだ。

 さっさとレオーネさんと合流して彼女に絵のモデルを引き受けていただくとしよう。

 

 スタスタと高速早歩きでタツミくんの隣に近づいていく。

 一瞬ビクッと肩を震わせたようだったが、僕に殺気が無かったので逃げられたりはしなかった。

 そのまま彼の背中を強く叩いて己の右腕を緩慢に空へと突き上げる。

 

 

「よし。それじゃあタツミくん、このルカお兄さんと一緒に保護者の元へレッツゴー」

 

 

 「保護者って?」と首をかしげるタツミくんを押して動かすように歩かせながら僕はスラム街の中央を目指す。

 名前を叫べば来るとレオーネさんは言っていたが、さすがにこんな場所からではその手段も使用できないだろう。

 適当な位置まで戻らなければ。

 

 





タツミくんとセリューちゃんの遭遇イベントが消滅。
代わりにレオーネさんと共にルカへの面識ができたけど、だからといって何かがあるわけでもないかもしれない。


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