画家が描く!   作:絹糸

6 / 44
第5話:遭遇のち襲撃

「あれ? ルカくん! 今日は非番だって聞いてたけど、こんな所でどうしたんですか?」

 

 

 ぴょこぴょこと茶色のポニーテールを揺らしながら、小動物のように愛くるしい眼をぱちくりさせて、セリューちゃんは路地を走り寄ってきた。

 右手に持ったリールの先には引きずられながらも特に文句を言うことなく真顔のままのシュールなコロくん。

 

 今日の彼女の見回り先はスラム街だったのか。

 休日にまで顔を合わせるなんて、やはり類は友を呼ぶという言葉には多大な信憑性があるらしい。

 

 

「ちょっと絵のモデルを掘り出しにな。で、さっき豊満な肢体を惜しげもなく晒すファッションの金髪美女を発見したんだけど……探し人を見つけ出した上にお金を払わないと引き受けてくれないらしい」

「ふーん……スタイル抜群の金髪美女ねぇ」

「?」

 

 

 何故かムスッとした顔でそっぽを向いて頬を膨らませるセリューちゃん。

 非常に可愛らしいが、急にどうしたというのだろうか。僕へのサービスか?

 それならとても僕好みなのでもっとやって欲しい。

 

 

「ちなみに私とそのブロンド女性、どっちがルカくんの好みですか?」

「難しい質問だなぁ。花と宝石はどっちが美しいって聞いてるようなもんだぜ、ソレ」

 

 

 可憐さでいえばセリューちゃんが勝つし、妖艶さでいえばレオーネさんが勝つ。

 フリルとレースで飾られたドレスならセリューちゃんのほうが似合うし、胸元も背中も開いたドレスならレオーネさんのほうが似合う。

 見上げられたい美女がセリューちゃんで、見下げられたい美女がレオーネさん。

 

 これだけ相反する二人の女性を前にして、どちらか片方を魅力で選ぶなどというのは、もう難題を通り越して答えのない永久問題だ。

 

 一応、僕が最も好む美の形は『綺麗さ』で二番手三番手に『格好良さ』『可愛さ』と続くのだが……。

 セリューちゃんもレオーネさんも、割合は違えどその三つを三つとも兼ね備えたような所のあるタイプなのだから余計に甲乙つけがたい。

 

 

「あ、でも仮にさっきの女性とセリューちゃんに同時の命の危機が迫ってて、どちらか片方しか助けられないなら僕は迷いなくセリューちゃんを選ぶぜ。こう見えて僕はセリューちゃんを愛してるんだ」

「……ふん。いいですよーだ。ルカくんが人を口説きまくるくせに本気で惚れてるわけじゃない浮気者だってことは身に染みてわかってますから」

「そりゃあ勘違いだ。僕は確かにセリューちゃんに惚れてる。愛してる。ただ恋してないだけさ」

「違いがよくわかりません」

 

 

 ついにセリューちゃんは腕組みまでして唇を尖らせてしまった。

 完璧に拗ねている。

 

 困った……僕にとっての愛と恋の違いを語ろうとすれば、東から昇った太陽が西に沈むまでと等しい時間を要する。

 すなわちこの場での弁解は不可能なのだ。

 

 くそぅ。ここでひったくり犯でも現れれば、現行犯でひっとらえてその首をセリューちゃんに差し出すことでご機嫌取りをするのに。

 スラム街ってば予想外なほどに治安がマシだからそういうのとの遭遇率も結構低いのだ。

 

 

「そういえばセリューちゃん。この入り組んだスラム街で、少年が一人で心細く迷子になっているらしいんだ。一緒に探してくれないかい?」

 

 

 困り果てた僕は、セリューちゃんの正義の心を逆手にとるという、我ながらセコいにも程がある最終手段を刊行した。

 さすがは民度の低い集落で生まれた僕。愛しい相手にすら真心でなく下心で接するのが板についてしまっている。

 

 ……ここら辺は、もう治そうと思っても治せないのだ。

 気に入る気に入らないではなく、脳味噌や骨と同じ、初めから体に付属していたパーツの一つだと思って付き合っていくしかない。

 

 

「迷子……なるほど、それは正義の味方である私達のお仕事ですね! 行きましょう、ルカくん!」

 

 

 思惑通り、正義モードに切り替わったセリューちゃん。

 数秒前までのやり取りなど忘却の彼方に追いやって、いま彼女の脳内にあるのは哀れにもスラム街で途方にくれている少年を救出してやろうという想いだけである。

 

 

「その少年の特徴は聞いてますか?」

「ああ。捜索の依頼主曰く、身長165cmで年齢は10代。茶色の髪に緑色の目をした純朴でまっすぐな少年らしいぜ」

「まだ悪に染まっていない清らかな少年……絶対に見つけてあげなくちゃ」

 

 

 どうやら迷子少年はセリューちゃんのお眼鏡に適うスペックだったようだ。

 ぐっと拳を握りしめて決意を新たにするセリューちゃんは、その性格をあまり知らない新人の警備隊員たちから告白を受けるのも頷ける、こちらまで微笑ましくなってしまうような可愛らしさである。

 

 僕も告白を受けたことくらいならそれなりにある。

 が、ちょっと相手が特殊というか、基本的にはカメリアコンプレックス(不幸な女性を見るとつい救ってしまいたくなる男の心理)の逆バージョンを発症しているような女性からしかモテないのだ。

 

 人の同情を引いて己に有利に話を進めることに関しては類稀なる手腕を発揮する僕だが、色事に関してはむしろ弊害となる場合が多い。

 

 

「それじゃあルカくん。私は路地裏を探して回りますから、ルカくんは表通りをお願いしますね」

「自分はあえて治安ヤバめの路地裏を選んで、僕への危険を少なくしてくれようって心遣い……さすがセリューちゃん! 君こそが正義だぜ!」

「いやあ、それほどでも!」

 

 

 とまあ、こんな茶番劇は置いておいて。

 愛しのセリューちゃんとの戯れを終えた僕は、お言葉に甘えて表通りを任されることにした。

 

 僕の地元ほどじゃないとはいえ、治安の悪いスラム街の路地裏。

 そんな場所でも、しかし帝具持ちで本人も強いセリューちゃんならば一つの傷も負うことなく悠然とくぐり抜けていけるだろう。

 ……むしろスラム住人ではない潜りの犯罪者とかが、彼女にちょっかいをかけようとして何人か血祭りに上げられる可能性のほうが圧倒的に高い。

 

 

「うっわぁ、マジ南無阿弥陀仏」

 

 

 まだ見ぬ被害者へと、低級霊すら成仏できなさそうな軽々しさで追悼を述べる。

 ……そういや僕、べつに仏教徒じゃなかったや。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ、狂画家!」

 

 

 少年捜索を再開してから数十分後。

 少し人気の少ないスラム街の外れまでやって来た僕を、剣呑な声で呼び止めたのは複数人の男たちだった。

 

 気配には気づいていたので、特に慌てることもなく平然と振り返る。

 数は九人。老人も年端のいかぬ子供もいるが、基本的には中年ばかりだ。

 皆して手にクワやボロい剣を持ってこちらを睨みつけている。黙っていれば歯ぎしりの音がここまで響いてきそうな憤怒の表情だ。

 

 

「……僕に野郎だらけで集団SMプレイする趣味はねーんだけど」

 

 

 ただしイケメンを除く。

 と付け足すか迷ったが、これを口にしてしまうと僕の性癖が勘違いされそうだ。

 ただ僕は、美しければ男も女も愛でることを怠らぬというだけである。

 

 飄々とした僕の挙措を侮辱と受け取ったらしい。

 顔を怒りでゆでダコみたいに真っ赤に染めた男衆は、わりかし統率のとれた動きで僕の周囲にぐるりと円を作ると、手にした武器をかたく握り締め直して殺気を放った。

 ふむ。事前にフォーメーションの打ち合わせでもしていたのだろうか。

 僕を『狂画家』と呼んだことといい、どうやら突発的な物取りなどでは無いらしい。

 

 おそらく男たちの中でも最年長だろう――ヒゲも髪も真っ白の老人が、ふらりと杖をつきながら前に進み出た。

 軽く押しただけで倒れてしまいそうな貧相な体つきだが、反面、瞳には怒涛ともいうべき覇気じみたものが燃え滾っている。

 どうやら僕に恨みがある様子だが、いかんせん心当たりが無い。

 

 

「小童……名前はルカ・サラスヴァティーで間違いあるまいな?」

「ああ。ルカはどこぞの宗教で画家の守護者として崇められてる聖人の名前、サラスヴァティーはこれまたどこぞの神話で芸術を司ってる女神様の名前だ。絵描きの僕にゃあピッタリだろ?」

 

 

 とはいっても本名じゃない。

 故郷じゃ“子供に名前を付ける”なんて上等な習慣は根付いてなかったし、この名前は地元を飛び出してから適当に名乗りだしたものだ。

 だからといって、本名が無いのだから偽名というわけでもない。本名に限りなく近いあだ名とでも表現しておこう。

 

 

「で? この僕がルカ・サラスヴァティーであることに確信を持ったところで、お兄さん方は何をするつもりなのさ。ケツでも狙ってんの?」

「貴様、黙って聞いていればぬけぬけと!」

「我々を愚弄するのも大概にしろ!」

 

 

 渾身のジョークは火に油を注ぐ形で終わってしまった。

 まあ、ここで「そうだ」と返されても困るのは僕のほうだ。否定してくれて助かった。

 

 肩を竦めて両手を上げる。

 見たところ全員ただ武器を持っただけの民間人みたいだし、一斉に襲いかかられても帝具なしで返り討ちにできる。

 そうと分かっていても刃物を仕込んだジャージの袖口を気にしてしまうあたり、僕ってば本当に臆病な性格をしている。

 

 あからさまな降参のポーズにも警戒を解かず、男たちはジリジリとにじり寄って来る。さて、どのタイミングで反撃に移るべきか。

 一応、僕を狙うに至った理由くらいは聞いておきたいのだけれど。

 話し出す素振りも見せないし、いっそ一人だけとっ捕まえて拷問でもしたほうが早いかな。

 

 

「貴様が何故これから殺されるか知りたいか?」

 

 

 と、まるで僕を追い詰めたみたいな態度で、いかにも血気盛んな若い男が男臭い声をこぼす。

 そりゃもちろん。僕は頷く。

 

 まるでそこが舞台の上で、己が主演男優であるかのように高々と腕を振り上げ、そして振り下ろし。

 ビシリと人差し指の先を僕に突きつけて、男は唾液を飛ばしそうな勢いで大きくまくし立てた。

 

 

「それはな! 貴様がセリュー・ユビキタスと恋仲だからだ!」

「…………は?」

 

 

 痴呆みたいな表情になったのは仕方がないと思う。

 この馬鹿っぽい――いや、馬鹿な若人はいったい何をトチ狂った勘違いをしてやがるのだろうか。

 

 恋仲? 僕とセリューちゃんが?

 それはない。断じてない。

 

 微妙な顔つきのまま無言を貫く僕に、男は気にすることなく熱弁を振るった。

 

 

「俺たちの村は貧乏でな。重い税金で毎日満足に飯を喰うこともできず、若い娘たちが好色な太守の命令で屋敷へと強引に連れて行かれるのを、飢えた男たちは止める力すら残っていなかった。日がな体の弱い者から病床に臥せっていき、あんまりだと状況の改善を太守に求めた勇気ある子供は、俺たちの目の前で生きたまま獣の餌にされる刑罰を受けた」

「はあ……」

「そんな村を救うべく、村長の娘が太守に色仕掛けで取り入り、奴を殺してくれたんだ。まさしく俺たちにとって彼女は救世主。聖女に等しい存在だった。誰もが感謝したよ。太守を殺してくれてありがとうとな。それを、そんな俺たちの恩人を、あのセリュー・ユビキタスという女は――ッ!」

 

 

 火花が散りそうなくらいの歯ぎしりをする男を見て、そこから先の展開になんとなくの察しはついた。

 

 おそらくその太守とやらの部下が帝都に逃げ延びて事の経緯を進言し、太守と関係のあった内政官あたりから手の空いていた帝都警備隊に犯人の捕縛を願い出る。

 命令を受けたセリューちゃんが村に急行し、国を正義であると疑ってかからぬその純真無垢な狂気を思う存分に振るった結果、悪と認識したその村長の娘さんとやらをいつも通りに殺してしまったのだろう。

 

 まあ、娘さんが太守を殺したのは本当のことだし、セリューちゃんに非があるとも思えないのだが。

 彼女がやらなければ命令を受けた他の警備隊員がやっていただろうし、そもそも太守を殺すということは、その行為が善悪どちらであるかなどという些事を抜きにして、最後には己も死する覚悟を決めねばするべきでないことだ。

 

 娘さんも、きっと殺すと決めた時点で自分が殺される覚悟を同時に持っていたと思う。

 命と引き換えにしてでも村を救うと心に誓ったのだろう。なんとまあ天晴れな死に様である。

 

 

「だから俺たちは決めた。あの女に復讐をするとな!」

 

 

 そんな立派な娘さんの心意気を汲んで、復讐なんて忘れて平和に生きたほうがいい――だなんて言うつもりは無い。

 復讐するもしないも個人の自由だ。どれだけ理屈を並べ立てたって収まらない衝動もあるし、そうなったらもう、いちいち他人の意見なんて気にしちゃいられない。

 

 ……しかし、だからといって何故セリューちゃんへの復讐が僕への襲撃に繋がるのだろう。

 愛しい者を失う悲しみをセリューちゃんにも味あわせてやろうとか、そういう魂胆なのか。“愛しい”はあちらさんの誤解だとしても。

 

 

「そのためには、まず愛しい者を失う悲しみをあの女にも味あわせてやらないと気が済まねぇ! 貴様に恨みはないが、俺たちの復讐のために死んでもらうぜ!」

「驚いた。僕が考えてたまんまのこと言いやがったよ」

 

 

 うっかり小声で呟いた僕は悪くない。

 幸い周囲の男たちには聞こえなかったみたいだし、ノープロブレムだ。

 

 さて、彼らが僕を狙う理由もしっかり判明したことだ。

 もう降伏したフリはやめにして、さっさと片付けることにしよう。

 

 

「ごめんね。犯罪者は余裕がある限り生かして裁判所に引きずってく主義なんだけど、セリューちゃんの命を狙ってる以上はそういうワケにもいかねーや」

 

 

 ビゥン、と。

 鋭利で硬質な何かが目に見えぬ速さで空気を切り裂いた。

 

 彼らの耳にはそんな風に聞こえただろう。

 僕の袖口から振り抜きざまに飛んでいったナイフの音は。

 

 

「あ、え?」

 

 

 間抜けた断末魔と共に、真正面に立っていた農夫らしき中年が地面にひっっくり返る。

 その脳天には鈍い輝きを放つバタフライナイフが深々と突き刺さっていた。

 隙間からこぼれる赤の色は瑞々しく鮮やかで、それが決して絵の具や作り物などではない、本物の流血であると物語っている。

 

 ざわつくことさえできぬ男たち。

 不気味なほどの静寂がたゆたう辺鄙なこの場所で、僕は新たなバタフライナイフを左手の指先に軽くつまんで、寝起きのようなだらけた表情のまま宣言した。

 

 

「悪いけど――いや、悪くもねーか。僕の一身上の都合で死んでください」

 

 

 




セリューちゃんはルカに惚れきっているわけじゃありません。
「言い寄られて悪い気はしない」上に「他の女になびいているのを見ると気分を害する」が、そのわりに「ずっと友達のままでもそれはそれで楽しいだろうと思える」ような関係性です。
つまり友情以上で恋情未満な愛情を抱いております。

……ただしこの先、二人の関係性に発展がある可能性はもちろんアリアリです。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。