画家が描く!   作:絹糸

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第4話:休暇と美人なお姉さん

 

 

「なるほど……首斬りザンクを倒してすぐ、ふいを突いて現れた何者かに回収しようとした帝具を奪われたと」

「はい。僕でも見えないほどのあの速さ、きっと悪名高いナイトレイドの連中です。……くそ! 申し訳ございません。せっかくザンクを討ったというのに、同じ凶賊であるナイトレイドにまんまと帝具を……不甲斐ないにも程があるッ!」

 

 

 瞳に偽りの涙を溜め、わざと震えるほどに力ませた手のひらには爪が刺さって血が滴っている――と見せかけて、実は血糊の袋を握りつぶしただけ。

 情けない表情を見せまいと下を向いて歯を食いしばる様子も、悲愴と悔しさを孕んだ鬼気迫る叫びも、もちろん渾身の演技である。

 

 ザンクさんを殺して生首をセリューちゃんにプレゼントした翌日、僕は事の経緯を聞くためにと警備隊の上司から呼ばれたのだ。

 

 本当の事――ナイトレイドのアカメちゃんにビビって帝具を譲渡しました――を言ったら叱咤されるどころか罰則ものである。

 僕は決してマゾヒストじゃないからそんな事態を避けたいのは当然のこと。

 それならばと次の行動を決めるのも早く、過剰なまでの演出に走って上司の同情と憐憫を引くことにした。

 

 

「オーガ隊長の仇! 次に出会った時は必ず葬ってみせます!」

 

 

 内心は「そういえば葬るって言葉アカメちゃんも使ってたよなぁ」なんて関係のないことを思っているくせに、表面上は仇討ちの決意に身を固めた義理深い部下そのものである。

 

 こういう時、人に「可哀想に」と思わせることにおいて、僕の容姿ほど便利なものはない。

 なにせ顔色はロウソクみたいに悪く、目つきは尋常じゃないほど鬱病的で、人生に疲れたような凄まじい濃さのクマがあって、いかにも心を弱らせきった青年そのものの姿をしているのだから。

 

 今あげただけの要素ならむしろ嫌悪感を誘発して対人関係でマイナスになる可能性もある。

 が、そこは一応、顔の造りでカバーできる部分だ。

 

 自分で言うのもなんだが、僕の顔立ちは『上の下』あたりになら分類しても誰にも非難されない程度に整っている。

 あんまり綺麗すぎても同性からは嫉妬されて上手くいかないし、あんまり醜悪すぎても異性から侮蔑されて上手くいかない。

 「ルカくんって薄気味悪いイケメンだよね」「ハンサムだけどなんか病人っぽい」と警備隊の女性陣に揶揄されるくらいのこの顔が丁度良いのだ。

 

 自殺寸前みたいな鬱々しさとそれなりに人にちやほやされる顔貌。

 これらが混ざり合うことにより、絶妙な加減で僕は赤の他人の同情心にクリティカルヒットする影響力みたいなものを放出することに成功している。

 

 

「そう自分を責めるな、ルカ・サラスヴァティー隊員。――あの首斬りザンクを始末したんだ。君はよくやってくれているよ」

「ありがとう、ございます……」

 

 

 憔悴しきったみたいな掠れた声を意図的に出す。

 声量は小さめ、途中で不自然に緊張したような区切りを入れることも忘れず。

 イメージとしては、「こんな僕を褒めてくださるなんて……嬉しいけど、でも僕にその賞賛を素直に受け取る資格などあるのだろうか……?」と思い悩みつつも絞り出すように感謝の言葉を漏らすナイーブな青年、とかそういった感じに。

 

 

「さあ、もう疲れただろう。今日は仕事を休みなさい。たまには休息も必要だ」

 

 

 僕の我ながら堂に入った演技が効いたらしい。

 いつもケチな上司がどこか心配そうな感情を顔に浮かべて、僕の肩をポンポンと叩きながら快く休みをくれた。

 

 ここで良心の呵責に苛まれて休みを返上するのが良い子。

 良心の呵責に苛まれつつも休みを楽しんでしまうのが普通の子。

 良心の呵責に苛まれることすらなく休みを謳歌しきるのが悪い子。

 

 そして、一度相手が言い出したからにはそれを受け入れてやることこそが良心ではないかと自論を展開し、むしろ自分が良い事をしているような気分に浸りつつ休みもしっかり満喫するのが僕である。

 

 さて、今日は一体どこで絵を描こうか。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「美男を描くか、美女を描くか。まずはそこから考えねーと……」

 

 

 ぶつぶつ呟きながら、キャンバス片手にやって来たのはスラム街。

 もう帝都の中央や警備隊詰所の周辺なんかはあらかた探し回ってしまったので、今日はあまり来ることのないスラムで美を散策してみようという魂胆だ。

 

 どこかに天使のような美青年だとか、田舎臭いイケメンだとか、氷のごとき美女だとか、ちょっとダークな美少女だとか、そういう芸術的逸材が転がっていないものだろうか。

 ……ふむ、何故だろう。いま適当に考えたモデル像に混じって、拷問官じみた装いのマッチョと白衣のオカマ、なんて変わり種の姿まで脳裏をよぎってしまった。

 ひょっとしたら近いうちにこういう方々と知り合う機会があるのかもしれない。白昼夢の正夢なんて聞いたこともないけれど。

 

 

「あっれー? タツミの奴どこ行ったんだ?」

 

 

 半分自分の世界に入っていた僕を現実に引き戻したのは、どこかはすっぱで、だからこその親しみやすさみたいなものを存分に孕んだ女性の声だった。

 手持ち無沙汰に右往左往させていた視線を声の方向に向ける。

 

 そこにいた女性は、僕が先ほどまで求めるモデル像の一例として上げていたタイプとは異なる。

 しかし同性さえも一目見れば「イイ女」だと褒めそやさずにはいられないような、あっけらかんとした大人の女の魅力に満ち溢れていた。

 

 

「んー……こりゃあえらいベッピンさんだな」

 

 

 呟く僕の言葉を否定する者は、少なくとも男であれば誰もいまい。

 

 月光ではなく陽光の明るさを伴った黄金色に輝く髪。

 同色の瞳は子供のような無邪気さと年相応の婀娜めきとを共に感じさせ、見つめられればそれだけで顔を赤くする者も大勢いるだろう。

 肌は病的な白さではなく、健康的でどこか艶々とした乳白色。

 たわわにたっぷりと実った重そうな乳房は、服と呼ぶにはあまりにも頼りなさすぎる布きれによって半ば肉が食い込むようにして覆われており、スケベ野郎がその胸に飛び込めたならば喜びのあまり国歌斉唱でもしかねない。

 思い切りくびれた腰と、筋肉と脂肪のバランスが官能的なヒップから太ももにかけてのライン。プロポーションは完璧に近い。

 色町でも滅多にいない整った顔立ちとも相まって、陽気で妖艶な女の理想像といった趣すら感じてしまう。

 この人になら、きっとフられることすら楽しいのではないか。

 そう思わせるだけの成熟した女の奔放で自由なセクシーさは、そんじょそこらの娘っ子には出せない代物である。

 

 

「肉感的だけど、その下に筋肉を忍ばせ引き締まった肢体……ダンサーあたりか?」

 

 

 美女を眺めながら独り言を呟く僕を見て、スラムの人々がヒソヒソ話をしている。

 でも、聞こえてくる内容が、

 

 「何だアイツ……今から投身自殺でもしそうな表情してるぜ……。住んでた村が賊に滅ぼされた上に親族全員と友人と婚約者を皆殺しにでもされたのか?」

 とか、

 

 「馬鹿いえ。ありゃ女に心中迫るつもりに違いない。そういう決意を固めた悲愴な顔つきしてやがる。きっと今世では報われる可能性のない身分差の凄い恋なんだ」

 とか、

 

 「きっと余命宣告を受けたに違いないよ。この世のどん底にいる気分で当てもなくフラフラさ迷い歩いてるのさ……可哀想に。ずっと病弱だけど諦めずに今日まで辛い治療を頑張ってきて、でももう手遅れなくらいに病状が悪化しちまったんだよ」

 とか、

 

 「精神病棟から抜け出してきたんだろ。あの目を見てみろ。廃人のソレだ。一体どんな地獄を見たらあんな目になるんだか。ああなる前に俺なら死んじまいてーよ」

 とか。

 

 そんなのばかりなので、たぶん独り言は関係なしに僕のビジュアルが噂の対象になっているのだろう。

 

 そっちのほうが変質者扱いよりはマシかもしれない。

 あと、言うまでもない事だが僕は自殺したり心中したりする予定はないし精神病棟からの脱走患者や余命半年の病人でもない。このビジュアルはデフォルトだ。

 

 鼻歌を口ずさんで満面の笑みでスキップでもしない限りは、僕は人目に不幸そうに映るらしい。

 画家としての活動がピークで毎日ハッピーだった19歳の当時ですら、道を歩いているだけで通りすがりのおばあさんに人生を哀れまれ涙を流されたものだ。

 

 デカい仕事が終わってたんまり報酬をいただいた上機嫌な帰り道ですらそうだったのだから、仮に知人の葬式とかから帰宅したなら、もはや死神さえもあまりの陰気臭さに近寄ってこないようなオーラを放てるかもしれない。

 

 

「セリューちゃんと初めて顔合わせした時も、すっげぇ心配そうな形相で『どんな悪に酷いことされたんですか!?』って聞かれたもんなー……」

 

 

 「されてません」と正直に打ち明けたら「嘘吐きは泥棒の始まり、すなわち悪の所行です! 悪に染まらないでください!」なんて返されてしまって。

 いま思えば、それをセリューちゃんが変わった子だと認識した記念すべき一回目だったかもしれない。

 

 ……とまあ、過去の回想はこれまでにして。

 

 今日のモデルはあの金髪セクシーお姉さんに決めた。

 金で折り合いがつかなければ、土下座でも靴を舐めるでも何でもして、手段は選ばず芸術に協力していただこう。

 

 プライドの無さでは帝都警備隊で右に並ぶ者のいないこの僕である。

 たとえ衆人環視のど真ん中で恥ずかしい名台詞を叫べと言われたって真顔でやり通せる確証がある。

 

 

「ごめんあそばせー、そこの素敵なお姉さん」

 

 

 妙なお嬢用語を混じえつつフランクに声をかける。

 こちらに横顔だけを向けてきょろきょろと周囲を見回していたお姉さんは、僕の呼びかけに応えてこちらを向いてくれた。

 そして僕の頭のてっぺんから足の先までジロジロ眺めると、訝しげな表情で眉根を寄せる。

 

 

「帝都警備隊の人間が、私に何の用さ」

「……よく僕の所属がわかりましたね」

「アンタ、結構有名だからね。幽鬼みたいな薄幸風の美青年で、帝都警備隊に所属する帝具使い。しかも元々は王族貴族も御用達の絵描きとくればネームバリューが無いほうがおかしい」

 

 

 どうやらお姉さんは僕のことを知ってくれていたらしい。

 しかし良い感情は持たれていないようだ。

 美人だし、ひょっとして故オーガ隊長あたりにセクハラでもかまされた思い出があるのだろうか。

 

 

「で? 結局、何が目的で私に声かけたわけ」

「ああ、申し遅れました。是非とも僕の絵のモデルになって頂きたいんです」

「モデルぅ?」

「僕、美しさが――綺麗なモノと格好良いモノと可愛いモノが大好きなんです。お姉さん、とてもお綺麗でお可愛らしい方ですから。これはもう行くしかないと思いました」

 

 

 素直な感情を真顔のまま堂々とぶちまけた僕に、困惑したのか呆れたのか、お姉さんは微妙な表情を浮かべたまま「んー……」と唸っている。

 もうひと押しでどうにかなりそうだ。

 

 深々と頭を下げて、とどめの一言を繰り出す。

 

 

「お願いします。何でもしますから」

「ほほーん。何でもするとな?」

 

 

 先ほどまでの不機嫌顔から一転。

 突然ニヤリと野生的に唇を吊り上げたお姉さんは、絶好の獲物を見つけたみたいなテンションで嬉々として僕に肩を組みにかかってきた。

 胸が二の腕に当たっている。大きなマシュマロを押し付けられているみたいなフワフワの感覚だ。確実にバスト九十はあるに違いない。

 

 

「それじゃあ、お姉さん人探しの最中なんだ。手伝ってもらっちゃおーかな」

「それくらいでしたら。お安いごようで――」

「――あと、お金ちょーだい?」

「…………」

「“何でもする”の後に、“一回だけ”とは付けてなかっただろ?」

 

 

 揚げ足とったり。とばかりにドヤ顔をかますお姉さん。

 それに乗る形で、こりゃ一本とられたぜ、と僕も己の額をペシッと叩いた。

 

 元から金は払うつもりだったのだ。惜しむ気はさらさら無い。

 快くお姉さんの提案を受け入れ、僕は探し人――たぶんさっき名前を呼んでいた“タツミ”という人物だろう――の特徴を聞いた。

 

 身長165cm。10代。肌色は健康的。茶髪緑眼、いかにも純朴そうでまっすぐな目をした可愛い少年。将来はきっとイイ男になる。

 まあ「可愛い」と「将来はきっとイイ男になる」のあたりはお姉さんの主観なので省いて考えるとして、ふむ。

 この条件ならばそれなりに早く見つかるのではないだろうか。

 

 特に最後のまっすぐな目というあたりが肝だ。

 帝都の一般市民には基本的に暗い目をした人間が多いので、正義に燃えていたり仁義に厚かったりする人種の力強い眼差しはそれだけで珍しい。

 

 

「それじゃあ、タツミくんを探し終わって、お金を渡したら絵のモデルお願いしますね」

 

 

 ペコリとお姉さんに頭を下げて背中を向ける。

 そのままタツミくん探しに出発しようとしたが、ふと、そういえばこのお姉さんの名前を聞いていないことに気づき、立ち止まった。

 声に出さずともそれを察したのだろうか。

 僕が振り向くよりも早くお姉さんは相変わらず陽気な声で知りたかったことを教えてくれた。

 

 

「私はレオーネだ! それじゃあルカ、タツミのこと見つけたらお姉さんの名前を全力で叫ぶんだぞー」

 

 

 言うが早いか、駆け足で僕とは逆の道に向かって走っていくお姉さん……否、レオーネさん。

 彼女が僕の名前を知っていることに疑問は感じなかった。

 知っていると自分で言ってたし。

 

 

「……そんじゃ、僕も探しに行くとするかな」

 

 

 休みの日だというのに、やることが迷子の捜索なんて仕事中とあまり内容が変わらない。

 なんて世知辛いことを考えながら、僕はまだ見ぬタツミくんの姿を求めて路地放浪を開始するのだった。

 





レオーネさんがルカのことを知っていたのはアカメちゃんに話を聞いていたからです。
そしてルカは美形を見れば男女見境無しにラノベの地の文ばりに褒めていくスタイル。



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