画家が描く!   作:絹糸

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第40話:追跡

 

 

 隊長からイェーガーズ全員に招集がかかった。なんでも東のロマリー街道沿いで、アカメちゃんとマインちゃんらしき人物が目撃されたらしい。

 帝都からは結構離れた位置にあるので、馬で行くなら着いた頃には次の日になっているだろう。アーティスティックで十分刻みにエアマンタを出して移動するのも面倒臭いし、僕が負傷とか死亡とかしたら他の皆が帰りの手段を新しく用意しなくちゃならない。その手間暇を考えればやはり旅の移動は馬が最善だと改めて思う。

 

 

「ナジェンダはそのまま東へ、アカメは南へ! ここへ来て一向は二手に分かれて街を出たところを目撃されている」

 

 

 ほぼ一日中馬をすっ飛ばしてロマリー街道に到着した僕たちは、昼食代わりのクレープやらパンやらを片手に隊長の話を聞いている。

 一応途中で仮眠をとるために全員で宿に泊まったりはしたけど、僕は寝相と寝言が人並み外れて酷いってことを理解しているので目だけ閉じてずっと起きていた。クマは前々からあるので誰にも寝不足だとは気づかれていない。

 気絶とか失神みたいに意識が落ちきってるときは大丈夫なんだけど、普通に眠っちゃうとだいたい絶叫したり自傷したりしだすのが僕の悪い癖だ。家じゃ地下室で眠っているのもそれが理由だし、ノウケン将軍やたまに誘いをかけてくるパトロンの人と行為に及ぶ時だって眠気が来ないうちにさっさと家に帰るようにしている。

 そんな僕だから一日寝なかったくらいで戦闘に支障は無いと思うんだけど、そういう油断が命取りになる可能性もあるにはある。いつもより気を引き締めていこう。

 

 

「東へ行けば安寧道の本部であるキョロクへ。南へずっと行けば反乱軍の息がかかっているであろう都市へ。いずれにしてもキナ臭いですね」

「急げばすぐに追いつきますよ。行きましょう!」

 

 

 ボルスさんの発言を聞いて急くウェイブくんに、隊長は「まあ待て」とたしなめるような言葉をかける。

 

 

「ナイトレイドは帝都の賊……地方までは手配書が回っていないので油断して顔を出していたところを追跡され、あげく二手に別れたところも目撃されている。都合が良すぎるな?」

「はい。高確率で罠だと思います」

 

 

 意味ありげな視線をランさんに送れば、隊長の意図を察した彼も肯定を示す。ドクターがいなくなった今、このチームの頭脳は隊長とランさんだ。二人が言うなら罠というのは確実だろう。

 

 

「わざと人目についたってことでしょうか。僕らを帝都からおびき出して倒そうと」

 

 

 ウェイブくんあたりがまだ頭上に疑問符を浮かべていたので、要約した内容をさりげなく口にしておく。僕も大して頭良いほうじゃないけど、どうやらウェイブくんも同じらしい。

 

 

「……ナジェンダはそういう奴だ。燃える心でクールに戦う」

 

 

 なんだか過去を見るような遠い眼差しをして軍帽を被りなおした隊長。かつて同じ将軍だった者同士、やはりナジェンダさんには何か思う所があるのだろう。

 ノウケン将軍も「離反される前に一発ヤっときゃ良かった」って言ってたし。ナジェンダさんは将軍に好かれる将軍だったのかもしれない。……いや、冷静に考えたらノウケン将軍は誰にでもそんな感じだったかも。

 とかなんとか考えてるうちに、やはり追うという決定で話が纏まっていた。隊長とセリューちゃんとランさんがナジェンダさんを追って、クロメちゃんとウェイブくんとボルスさんと僕はアカメちゃんを追う。

 隊長と一緒ならセリューちゃんとランさんが死ぬなんて可能性は万に一つもないし、安心して自分の戦いに集中できそうだ。はたして現地への仕込み無しの僕がどこまで役立てるかって不安は残るけど。いざとなったら奥の手を使えば、勝てないまでも負けはしないし。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「帝国最強のナイトレイドが相手か……私なんかで勝てるのかな……」

「大丈夫ですよ。人体改造受ける前のセリューちゃんがナイトレイドを三人相手にして、僕や警備隊が駆けつけるまで絶命してなかったくらいですから」

「そうそう、力を合わせればきっと勝てます! ボルスさんの帝具は多人数戦に向いてますし、むしろ心強いですよ!」

「……そうかなぁ?」

 

 

 緊張しているボルスさんを僕とウェイブくんで二人して励ましながら、ひたすらに南を目指して馬を駆る。

 本当のことを言うわけにいかないから励まし方がなんか雑になっちゃったけど、ウェイブくんの言う通り、ボルスさんのルビカンテは敵が多ければ多いほどに強いのだ。共にいてくれるだけで安心感が違う。

 

 

「なんて調子の良いこと言ってるけど、ウェイブが一番足引っ張りそう」

 

 

 クロメちゃんからの突然の発言に、ウェイブくんはショックを受けた顔で「なにおうっ!!」とそちらを向いた。

 

 

「俺の実力が信用できないってことかよ!」

「うん。なんかね、ここぞって時に弱そう」

「俺だってグランシャリオを装着すればなぁ!」

「じゃあ強いトコ見せてよ」

「おお! 上等じゃねぇか!」

 

 

 素手での格闘技術において僕を圧倒するウェイブくんだが、何故かクロメちゃんには弱い奴扱いを受けているみたいだ。きっと彼の親しみやすいオーラが逆作用しているのだろう。

 たぶん僕が足引っ張りそうな奴として名指しされなかったのは、一度アカメちゃんから無傷で逃げおおせたという経歴があるからだ。別に戦闘行為にはなってなかったんだけど、クロメちゃん的には戦ってようが戦ってなかろうがお姉ちゃんと相対して生き延びた人間は強者の部類に入るらしい。クロメちゃんってば相変わらずアカメちゃんのこと大好きだ。

 

 

「二人とも、ケンカしちゃ駄目だよ!」

 

 

 オロオロしたボルスさんが二人の仲裁に入ると同時、今まで怒鳴り合いをしていたウェイブくんとクロメちゃんが揃って真剣な顔つきになり、前方を鋭く見据えた。

 釣られて視線を移せば、そこに在ったのは人の神経を逆なでする形相でマッスルポーズを決めた謎のカカシ。胸元にはデカデカと『池面』なんて書いてある。田舎っぽいとはいえ本物のイケメンであるウェイブくんを前にして、よくその肩書きを名乗れたものだ。

 

 

「前方に……何だあれ、カカシ?」

「本当だ! これ以上ないってくらいに怪しいね!」

「罠だったら大変だし、用心して調べましょうか」

「というかムカつく顔してるからとりあえず斬りたい」

 

 

 それぞれカカシについてバラバラにコメントしつつ、馬から降りてその怪しい存在に近寄る。まさかこんなダサイ造形の生物型帝具を始皇帝が作ったとは思わないけど……急に動いたりしないよね?

 

 

「カカシの帝具とか、さすがに無いとは思うけど……」

 

 

 断言しきれないのが嫌なところだ。

 見たこともない始皇帝のセンスを疑った刹那、どこからともなく襲ってきた光線を、クロメちゃんが俊敏性をいかんなく発揮した動きで回避。遅れてあたり一面に響く銃器特有の発砲音。

 

 

「狙撃!?」

 

 

 ボルスさんが叫ぶが早いか、珍妙なカカシはその姿形を和装の成人男性に変えてクロメちゃんへの追撃にかかる。

 未だ体勢を立て直せていないクロメちゃんを庇おうと僕が間に入ったその瞬間、ウェイブくんがそれよりも前に走ってグランシャリオの鍵を構えた。

 

 

「クロメ! ルカ! 危ねぇ!!」

「ちょ、ウェイブくん!?」

 

 

 グランシャリオ装着状態ならともかく、今のウェイブくんがあのパワーありそうな男性の攻撃を喰らえば、たとえ防げたとしても遠くまで飛ばされてしまうかもしれない。僕はこう見えて打たれ強いし、かなりの距離を吹っ飛ばされたとしても飛べる危険種に乗ってしまえば少なくともウェイブくんよりは早くこの場に帰還できる。

 だから割って入るなら僕が適任かと思ったのだが、ウェイブくんはそんな細かいことは考えず、ただ「仲間は俺が守る」という気概のみで僕らの前に立ってしまったようだ。その気持ちはとても嬉しいし、こんな場面じゃなきゃ素直にときめいただろうけど。

 

 

「うぉっ!!」

 

 

 予想通り見事に攻撃を防ぎ切ったウェイブくんは、だからこそというべきか、敵の攻撃の威力を全て自分一人で受ける形となってしまい、勢いを殺しきれず空の彼方へと恐るべき速さで飛ばされていった。

 「ウェイブくん!!」と叫ぶ僕とボルスさんの声が被る。どうやら同僚を心配する時間も与えてはくれないようで、空に目をやる僕らを慮ることなく新たな人影が増えた。

 

 

「狙撃にはしくじったが戦力を一つ……かつ標的でもない奴を吹き飛ばせたのは大きいな」

 

 

 右手にセリューちゃんのそれよりも無骨な機械製品の義手。脂肪と筋肉のバランスがとれた豊満な肢体を禁欲的なブラックスーツで包み、ペールラベンダーの双眸の片方を眼帯で覆い隠した凛々しくも美しい銀髪女性。

 ――ナイトレイドのリーダーにして元帝国の将軍、ナジェンダさん。そして既に戦闘体勢のアカメちゃんとレオーネさんとシェーレちゃん。後ろにいる鎧の人はインクルシオを装着しているなら手配書のブラートさんだろう。

 

 

「……この人数がこっちに集まってるってことは、東はフェイクだったみたいですね」

 

 

 タツミくんがいないのは、帝具持ちじゃないから置いて来られたのだろう。以前レオーネさんとタツミくんと戦った時に彼は帝具を発動する素振りすら見せなかった。あの状況で使用しないなら彼が帝具使いじゃないことはたぶん間違いないはず。

 

 

「クロメにボルス。イェーガーズの中でもお前達は標的だ。覚悟してもらうぞ」

「私もそっちの美青年にゃあ個人的な借りがあるんだ。返させてもらうよ」

 

 

 バキバキと両指の骨を鳴らしながら見据えてくるレオーネさんに、僕はわざと訝しげな表情を作ってみる。一度交戦したこともそのあとの取引の材料に使ったことも、セリューちゃんに知られるわけにはいかない。ここにセリューちゃんはいないけどどこから漏れるか分かったものじゃないし、知らない設定でいくのが手っ取り早い。

 ピキリと、レオーネさんの綺麗な顔に青筋が浮かび上がる。怒らせてしまったみたいだ。ひょっとして、演技じゃなく僕が本気でレオーネさんを忘れてしまったと勘違いしたのか。いや、短気そうな彼女なら演技と理解していてもあそこまで怒る可能性はある。

 

 

「へぇ……上等だコラ。体に直接スゲェの叩き込んで思い出させてやる」

「過激なプレイのお相手は得意だよ。好きではねーけどさ」

 

 

 怒気と殺気に分厚く取り巻かれる。戦いの火蓋が切って落とされるタイミングは、他の場所でも同じだった。

 アカメちゃんと話していたクロメちゃんが八房を引き抜き、地震にも似た振動と轟音がここら一帯を包み込む。蔓延る緊張感。ゾンビのように地面からはい出てくるいくつもの人型と――。

 

 

「昔の私と違って、死体なら何でも人形にできるようになったんだよ。お姉ちゃん」

 

 

 ――全長10メートル以上。鋼鉄以上の硬度を誇る骨で形成された体を持ち、小さな村であれば一撃で滅ぼすほどの彷徨を口から放つ稀有な怪物。

 その強力な化物の名前は。

 

 

「それが例え、超級危険種のデスタグールであってもね」

 

 

 


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