画家が描く!   作:絹糸

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エスデス将軍とタツミくんの南の島でイチャイチャタイムはだいたい原作通りの流れで過ぎ去りました(手抜き感)。



第39話:ミーティング

 

 

「……家畜、家畜、家畜! どいつもこいつもイイ顔をしておる。搾取されるだけの豚共め」

 

 

 でっぷりとした体を豪奢な椅子にもたせかけて、ガラス張りの大きな窓から透けて見える困窮した町人たちの様子を嘲笑する男。

 手に持つ酒瓶はそれ一本で貧乏人の生活費半年分くらいの値にはなるだろう。台詞からも容姿からも内面の卑しさがにじみ出ている彼の名前はゲバゼ。帝国の財政官だ。

 

 

「市民どもの税金で飲む酒は美味いのう。来月からはもっとちょろまかすか……いや」

 

 

 途中で言葉を区切り、視線を屋敷の外から部屋の壁へと移すゲバゼ。

 常時ならば決して清いとはいえぬ色を宿した双眸は、しかし今、信ずる神を前にした敬虔なる信徒のごとき陶酔と恍惚に満ちている。

 下賤な男の眼差しを純然たる感動一色に染め上げた要因。それは壁にかかっている一枚の壮大な絵画であった。

 

 描かれているのは10代半ばの黒髪の少女だ。

 漆黒の闇夜に溶け込むような黒いドレスを纏い、可憐な口元は引き結ばれている。表情も何もあったものではない無愛想だが、しかし文句をつける気はまったく沸かず、そればかりか綺麗な子だと見るたびに惚ける己がいる。黒と白い肌のコントラストに、絵の中の窓から射す月の光までが彼女を崇めているようだった。

 

 描き手である青年は作品に名前をつけないことで有名であり、この素晴らしい絵もただファン達の間で『黒髪令嬢』と非公式に呼称されるのみ。

 噂では実在する人物をモデルにして描いた絵だというが――誰をモデルにしたのか詳しい情報は上がってこないため、紙の上で冷たく可憐に息づく美少女に向かって称賛の言葉を投げかけるしか、ゲバゼの中に渦巻くこのとてつもない感動を表現する手段はない。

 

 

「ああ、いつ見ても君はなんと美しいのだ。君が高嶺の花なら命懸けで摘みに行くのに! どうして君は紙の中にしかいないのだろう! 死んで天国に行ったところで、きっと天使だって君ほどに美しくはない!」

 

 

 興奮のあまり頬を紅潮させ、高ぶる気持ちを抑えることなく椅子から立ち上がり、金細工の額縁で飾った少女の絵に涙を流してすがりつく。

 この絵を視界に入れるたびにこんな風になってしまうから、普段はできるだけ視界にいれないようにしている。だがそうして気持ちに蓋をしようとしても、酒を飲んで高笑いして意識をそらそうとしても、どうしても駄目だった。

 気付けば一日十回はこうして絵に向かって愛と悲しみを語りかけてしまう。絵を買った一週間前からずっとこんな調子で、同じ画家の作品をこれ以上屋敷に置いてしまうともう一日中絵から離れられないと我慢してきたが……それもついに限界が来た。

 握り締めた酒瓶を叩きつけるように投げ捨てて、ゲバゼは絵の前で拳を突き上げて宣言する。

 

 

「もはや酒なぞどうでも良い! 絵だ! 絵を買うぞ! 醜い家畜どもから搾り取った金で、ワシはこの最上の美を宿す作品たちをもっと集めてみせる!」

 

 

 叫ぶ内容は貶されるべきものなのに、熱意のあまりになんだか打倒魔王と世界平和を宣誓する勇者のように立派に見えてしまう。

 独り言を通り越して一人芝居な騒がしいゲバゼの背後に、音もなくメイドが迫っていることに彼はもちろん気付いていない。

 というか、部屋に強盗が押し入ってきても神経がそっちに向かないはずだ。今、ゲバゼの世界には絵の中の乙女しか存在していないのだから。

 

 

「……仕事完了」

 

 

 うら若いメイドが小さく呟いたと同時、ゲバゼの首筋の一点に長細い針が突き刺さっていた。

 ガクリと首を折って静かに絶命するゲバゼ。その表情には恍惚のままの笑みが貼り付いており、子や孫に囲まれて天寿をまっとうした老人のように幸せそうな逝き顔だ。

 なんだかなぁ、と、モヤモヤした様子で呟きながらメイドは死体の針を引き抜く。

 

 

「こんな幸せそうな顔で死なれちゃ、ちょっと不満が残るじゃない」

 

 

 唇を尖らせてごちるメイドの姿は、服装はそのまま姿形ががらりと変わっていた。

 ブラウンがかったオレンジの長髪に、アカメのものよりは落ち着いたカラーリングをした赤系統の瞳。顔立ちは少女のように若々しくも雰囲気には大人びたものを感じさせる。くわえて治安の悪い地域を歩けば三分と待たずチンピラにナンパされるだろうなかなかの美形。

 そんな彼女は変身能力があるだけのメイドさん――などではもちろんなく、変装の帝具である『変身自在ガイアファンデーション』の使い手であり革命軍所属の暗殺者。

 ナイトレイドの新入り、チェルシーだ。

 

 

「しかしまあ、ずいぶんと綺麗な絵ね。これ誰の作品かしら」

 

 

 殺したばかりの男と同じように壁の絵を見上げる。しだいに脳味噌の全てがその絵の美しさへの感動だけで染まっていくような気分になって、チェルシーは慌てて自分の頬を両手で張った。危ない。早くここから出なければならないのに、一生この絵を見ていたいという衝動に駆られかけてしまった。

 自制心の弱い人間ならこの絵を見つめたまま寝食することも忘れて衰弱死してしまうのではないだろうか。そう思わせるほどに危険で魔的な魅力がこの絵には宿っていた。『絵にも描けない美しさ』なんてものでも、この絵を描いた者ならば表現しきれるに違いない。

 

 

(これが視界に入ったまま死んだなら、ゲバゼが嫌に幸せそうなのも無理ないか)

 

 

 半分ぽーっとした頭でそう納得した瞬間、屋敷の階下から激しい物音。

 即座にガイアファンデーションを駆使し小さな猫へと化けたチェルシーは、元々この部屋で飼われていた他の猫たちの眠っている籠の真ん中へと潜り込み、こっそり出入り口の様子を窺う。

 荒々しい音をたてて入ってきたのは三人の男女だった。

 

 

「イェーガーズだ! この家にナイトレイドが現れるという情報が入った! 緊急案件につき中に入らせてもらっている!」

 

 

 三人の中の一人、凛々しい顔つきをした青年が鋭い気迫で声を張り上げる。その斜め後方にいる少女も臨戦体勢で据わった目をしているが、二人よりも下がった場所にいる残り一人の青年だけは眠りの世界にいるような無表情。

 だが三人そろって帝具らしき物を所持しているし、何より立ち振る舞いに一切の隙を感じさせない。あの青年も、ぼんやり呆けているように見えて警戒は怠っていないようだ。

 

 

「……ウェイブ」

「遅かったか……」

「でも本当に殺されてるってことは、ノウケン将軍からの情報はちゃんと合ってたね」

 

 

 閑散とした室内を見回し、ゲバゼの死体を発見した少女がそれを指さす。ウェイブと呼ばれた青年は悔しそうに唸った。

 妙に鬱々しい雰囲気をしているわりに行動は飄々としたベレー帽の青年だけは、ゲバゼの死体を指先でツンツンしながら壁の絵を見上げる。

 

 

「あ。これ、練習用に描いたクロメちゃんの絵だ」

 

 

 言葉の内容に釣られて死体から絵へと視線を移す二人。

 手に入れるためなら肉親の命を捧げても惜しくないと思う者もいそうなその素晴らしい絵に対し、彼らが感動の吐息をこぼすよりも早く青年は恥じらい顔で頬を掻いた。

 

 

「恥ずかしいなぁ。人目に晒せるような完成度じゃないのに」

 

 

 もう、なんでゲバゼさんが持ってるのさ。と小さく続いた青年の発言に、連れの二人のみならず子猫に擬態中のチェルシーまでもが目を丸めた。

 聞き間違いだろうか。いや、しかし何度確認してみてもやはり青年はあの絵を見て羞恥心を感じている。でもそれにしたって、世界三大美女を捕まえてブスと罵倒するより通らない。あの絵を見て青年があの行動をとる筋が。

 

 

「さては僕の家にパトロンの人たちが集まってた時に盗まれた? なんで下手な絵を持って行っちゃうかなぁ……」

「いや、ルカ、お前……それ冗談だよな?」

「どこが下手なの? むしろ私こんなに綺麗じゃないよ」

 

 

 ベレー帽の青年ことルカに対し、やっと正気を取り戻したらしいウェイブとクロメが言及。しかしルカはきょとんとした顔で首をかしげた。

 

 

「え……冗談じゃないけど。こんな下手くそな絵じゃクロメちゃんの魅力の100分の1だって伝わらない」

「…………」

「あ、もちろん納得のいく仕上がりになったら一番に見せに行くからね」

 

 

 沈黙の意味をどう解釈したのか、微笑みと共にそう言い放つルカに、クロメは諦めを悟ったらしく無言で頷いた。ウェイブは苦笑いだ。チェルシーもチェルシーで、勘違い癖でも持っているのかこいつはとルカに呆れ返っていた。

 だが、同時に空恐ろしさも湧いてくる。本人いわく『下手くそ』で『練習用』の産物がこの破壊力なのだ。本人が納得いくまで描き込んだ作品など目にした時は、ひょっとして感動のあまり気絶くらいはしてしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「――って訳で、情報はノウケンって将軍からイェーガーズに漏れてたみたい。危なかったー」

「ノウケンか。あいつは昔から情報戦に強い奴だったからな……所持している帝具も厄介極まりない。できることなら戦いたくないが、こうして何度も情報をリークされるようなら大臣暗殺までに始末をつける必要があるか」

 

 

 無事アジトへと帰還を果たしたチェルシーからの報告に、湯上りの髪を乱雑に拭いながらナジェンダは溜息を吐く。

 今は革命軍に身を置くとはいえ、かつては将軍という立場にあった彼女だ。同じ将軍として当時のノウケンのことはよく知っているし、彼女が良くも悪くも自由奔放この上なく、己の邪魔をしようとする相手をことごとく排除できるだけの実力者でもあることは理解していた。

 

 

「そのノウケン将軍の帝具って何なんですか? 情報収集に役立つってことは、スペクテッドみたいな非戦闘系?」

 

 

 タツミからの質問に、ナジェンダはタバコの火をつけながら「いいや」と否定する。

 

 

「『快楽依存クリスタルメス』。弓矢の形をした帝具だ」

「弓矢ぁ? 何それ、私のパンプキンの下位互換じゃない」

 

 

 銃の帝具を持つマインが勝ち誇った顔で得意げに腕組みをする。その反応は予想済みだったのか、そう思うだろうが、と前置きして話を続けた。

 

 

「厄介さでいえば、ある意味アカメの村雨とタメを張るかもしれない帝具だぞ」

「村雨と……?」

「ああ。なにせ一度でもクリスタルメスに射られた者は使い手から与えられるその痛みが至上の快感となり、寝ても覚めても再びクリスタルメスで傷つけて貰うことしか考えられなくなっていくんだからな」

「うっわぁ……何それ、絶対に喰らいたくないわね」

 

 

 ドン引きした様子で身を震わせるマインの後ろで、同意を示して頷くタツミ。

 クロメの八房の能力をアカメが披露した時と変わらぬ、否、それ以上とも言えるかもしれない反応だ。

 ナジェンダの話を聞いて、チェルシーは「なるほどね」とソファーの上で足を組み替える。

 

 

「そのクリスタルメスの能力で快楽漬けにした相手に命令して、使い捨ての駒として無茶な情報収集させてるってわけだ。清々しいほどのゲスだわ」

「そういえばこの間、革命軍の新入りの子がスパイ行為で処分されたって聞いたけど。まさかそいつの仕業?」

「十中八九、な。最後は半狂乱であいつの名前を叫びながら自分の体をナイフで刺し続けていたらしい」

 

 

 ――ぜんぜん気持ちよくないのォッ!! ノウケン将軍、アタシちゃんとお役に立ちました! だからちゃんと傷つけてください! ノウケン将軍! ノウケン将軍!! 自分でやってもちっとも快感じゃないんです!! ノウケン将軍ッ!!!!

 

 そんなことを大声で叫びながら、快楽への渇望のあまり精神錯乱状態になった年端もいかぬ少女の首を刎ねるのは、きっと革命軍側としても辛い行為だったろう。

 あのまま放っておいても快楽を求める気持ちが強くなるばかりで満たされることのない苦痛によって心が崩壊することは避けられないのだから、追い詰められた頭の中で幻覚を見ながら自傷行為を繰り返す少女にトドメをさすことは、むしろ人道的な措置であるとも言える。

 ……そう割り切ろうとして、割り切れる者と同じ数だけ割り切れない者もいるはずだ。

 タイミングは今ではないとはいえ、やはりノウケンはいつか殺さなければならない相手だと改めて認識する。彼女の生き様は平和という概念からあまりにもかけ離れている。

 

 

「……今回の案件が無事に終われば、次に対処するべきはあいつのことだな」

 

 

 そのためにも安寧道の武装蜂起は必ず成功させなければならない。

 これから皆に話すことの内容を脳内で整然と組み立てながら、ナジェンダは静かな決意に拳を握り締めた。

 

 

 


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