――なんつーかさぁ。自分がやりたい事やったら人に迷惑がかかるからやらない、なんてのは自分に対して失礼だと思わねぇ? もっと己を愛せよって感じ。俺ちゃんは俺ちゃんの魂が人を犯したがってる時は犯すし、殺したがってる時は殺すよ。
自分に正直に生きるのが幸せな人生の一番のコツだって。善悪とか強弱とかそんなのどうでもいいじゃん。もっと好き勝手に生きて死のうぜ。それで誰かがどうにかなっても世界が滅ぶわけじゃねーだろ?
まだ世界を巡る旅を始める前。
年の近い男みたいな女が口にしたその言葉は、今も記憶の中央でシュラという存在を形成する柱の一つとして堂々とそびえ立っている。
将軍になる前から実力は折り紙つきで、ついでに性的衝動の凄まじさも有名だった彼女。
西の王国からスカウトしてきたコスミナもなかなかの色狂いだが、『性欲モンスター』や『セックスお化け』や『リビドーの化身』なんて系統のあだ名を余すほど頂戴していた彼女に比べればまだ軽いほうだ。
初めて会って股間を鷲掴みにされた時は、性別を誤認していたのでゲイのセクハラ野郎だと思って怒りのままに殺しにかかった。嬉々として応戦してきた向こうと決着がつく前に二人揃ってブドー大将軍から雷撃混じりの仲裁を喰らい、それからもお互いが視界に入るたびになんとなく対決する日々。
男ではないと気付いたのは、人気のない宮殿の裏庭で美女と全裸で絡み合っている彼女を発見してしまった時だ。
だからといって今さら関係性も変わらなかった。
半年近くも男だと勘違いしたまま幾度となく拳を交えた仲だし、何よりクズだのゲスだの言われることの多い自分と大差ない人格をした彼女とは、もうこれ以上ないというほど波長が合ってしまったから。
正確に言えば、外道度合いで言えば当時の彼女のほうがシュラよりも勝っていたかもしれない。
生まれる前の胎児から朽ち果てた白骨まで、好みでさえあれば何にでも発情して無理やり手篭にする彼女は、その行為に自分が満足してしまえばあっさりと相手を殺すのだ。
よほど気に入ったのか稀に殺さず何度も抱く相手もいたが、そんな相手だって彼女に何度も蹂躙されれば片手の指の数も持たずに死んで逝く。
「罪悪感は無いのか」と、犯して殺した娘の父親に慟哭されようとも、彼女は笑顔で胸を張って答えるのだ。
――満足感しかないね!
決して狂っているわけではない。
精神異常者ではない。ただ善悪と人道と良識を弁えない。
どこまでも欲望に忠実。ひたすらに衝動を愛する。本能の求めるがままに犯して殺して犯して殺して犯して殺して犯して殺して犯して殺して犯して殺す。
なのに変に悪びれたり善ぶったりもせず、彼女はいつも楽しそうで、今まで見てきた誰よりも『人生』というものを謳歌しているのだ。
生きることはもちろん、彼女ならばきっと、死ぬことさえも愉悦に変える。
そんなぶっ飛んだ彼女とつるんでいるうち、シュラは自分も徐々に吹っ切れていくことを感じた。
悪の権化として帝国に君臨する父親と、そんな父親の息子として周囲から恐れられ甘やかされ好き放題に育ってきたシュラ。
生きているのか死んでいるのかもわからない母親とはもちろん会ったことがなく、肉親の情というものが無いらしい父親から真っ当に愛された経験もない。
そんな環境でグレないほうがおかしく、今まで悪行の限りを尽くしてきた彼だが、しかし心の片隅にはまだ良心というものが欠片ばかり残っていたのだ。
その僅かな善の意識さえも、彼女との出会いによって魂から投げ捨てることに成功した。
自分勝手で自己中心的。己の欲しいもののためなら他の何が犠牲になろうとも厭わない根っからの外道。それでいいではないか。
社会に認められるために自分の欲望を認めないくらいなら、そんなの死んだほうがマシだ。自分が認めてほしい相手はただ一人。実父であるオネスト大臣のみ。
彼に褒められるためにやった行為で他の誰が死のうが狂おうが壊れようがどうでもいい。
自分がやりたくてやっただけの行為で他の誰かが同じことになっても、やっぱりどうでもいい。
後悔する必要も反省する必要も皆無。
彼女と出会うまでは精神的に小悪党でしかなかったシュラが、ある意味ふっきれて一回りヤバい方向に成長したのは、ひとえに彼女との出会いがあったから。
善意や悪意に浮気せず、ただ欲望だけを愛し、欲望だけに愛される彼女――ノウケン。
最も親しい悪友にして外道としての大先輩。帝都に帰ってきて真っ先に娼婦を抱くよりも早く彼女に会いに行ったのは、やはり長旅でホームシックめいた感覚でも抱え込んでいたからかもしれない。
久しぶりに言葉と拳を交わした彼女は、昔と変わらず自由奔放で、人を人と思ったままで畜生のように扱える明るいゲス野郎だった。
◇ ◇ ◇
「やっほールカルカ。おねだりされてた新型危険種の出没多発場所、ちゃあんと持ってきたぜィ」
「ありがとうございます。ところでSMプレイのマゾのほうにでも目覚めたんですか?」
「いんや、俺ちゃんに懐いてる子猫ちゃんと遊んでやってたのさ。久々の再会で嬉しかったんかねー。爪立てられちまって痛いのなんのって!」
珍しく傷だらけで消毒液の香りを漂わせたノウケン将軍に本気混じりの冗談をふっかければ、含みを持たせたニヤニヤ笑いと共にはぐらかされてしまった。
仮にも将軍であるこの人に何発も攻撃を入れられるような動物は絶対に『子猫ちゃん』なんて可愛らしいものではないと思う。特級危険種の一体くらいなら帝具無しで沈める女性だもの。
この人が手加減してて、言葉通りに「遊んでやった」って感じの戦いならそうでもないのかもしれないけど。
「ま、機会があればルカルカも遭遇するかもだぜ」
意味深な囁きを耳元に残して、情報の書かれたメモを渡すついでに僕の太ももから腰にかけてを撫でたあとにノウケン将軍は帰っていった。相変わらずセクハラ無しではコミュニケーションできない人である。
宮殿の廊下という場所で人気はわりかし多いのだが、今さらあの人が誰かにセクハラをしていたからといって注目もされない。人間が呼吸をする生き物なのと同じように、ノウケン将軍はセクハラをする生き物なのだと周囲に認識されている。
たぶん、あの人が手を出さないのは好みじゃない相手と皇帝陛下くらいだろう。ブドー大将軍に猥談を持ちかけたことはあるらしいけど、皇帝に性的接触をはかったという噂は流れていないから。
「それにしたって、帝都周辺に出現し始めたばかりの新型危険種の情報でもスピーディーに収集してくるんだもんなぁ。あの人の情報網ってどうなってるんだろう」
帝国七不思議があれば三番目くらいには君臨できそうな長年の疑問であった。
◇ ◇ ◇
手に入れた情報をエスデス隊長に横流しした僕は、そこに記されていた内容を参考に隊長が組んだ見回りコースへとクロメちゃんとエスデス隊長と一緒に行くことになった。
セリューちゃんとウェイブくんとボルスさんはコースを逆から回るらしい。セリューちゃん達のほうから逃げてきた新型危険種を、エスデス隊長が氷漬けにして持ち帰るのだろう。オネスト大臣から何匹かの捕獲をお願いされたと仰っていたから。
「それにしても、よくノウケンなどと一緒に同衾する気になるな」
「まあ、見返りありますし」
「……同衾って何?」
「クロメちゃんにはまだ早いことだよ」
道すがら、エスデス隊長とクロメちゃんとの会話を楽しみつつ新型危険種を待つ。
クロメちゃんにこの場合の同衾の意味を教えたらランさんあたりに窘められそうだ。彼は子供を見る目が教師のように優しくて、何故だかちょっぴり切なげでもある人だから。
「大丈夫なのか?」
「問題ありません。子供の頃は故郷を飛び出してからそれで衣食住の確保してたみたいなところありますし、あと数年は飽きられないだけの自信はありますよ」
「そういう意味での『大丈夫』ではなかったのだが……無理をするな、と言ったほうが適切だったかもしれんな」
「はあ、どうも」
なんとなく頭を下げてみる。
言っていることはよくわからなかったが、エスデス隊長はドSのわりに部下には優しい女性だ。きっと気遣ってくださったのだろう。僕と拷問という名のコミュニケーションをしている時は本当にサディスト界の覇者のごとく強烈なのだけれど。
「まあ、あまりにも酷い目に遭わされるようだったら私に相談してみろ」
「……アリガトウゴザイマス」
サディスト王女の隊長が何をおっしゃいますか。
そう口にできるほど僕の肝は座っていない。そんな感じの雑談を展開しながらしばらく歩いていると、予定通りにウェイブくんたちに怯えて逃げたらしい新型危険種がこちらへと向かってくる。
しかしここに構えるは氷雪の女王エスデス隊長。ろくな抵抗もできず謎の呻き声を上げるのみの反応で即座に凍結された新型危険種たちを見て、クロメちゃんは恐ろしいことにヨダレを垂らしている。
エスデス隊長の強さとクロメちゃんの食欲。そのどちらを怖がるべきなのか、僕にはわからない。よく見りゃけっこうファンシーな顔立ちしているけど、だからといって美味しそうって風には少しも見えないのに。
とにもかくにも、これから僕には隊長が仮死状態で確保したこの新型危険種をアーティスティックの能力で宮殿まで持ち帰るというお仕事がある。
空から行ったら宮殿周辺を警護している他の危険種たちに撃墜されちゃうから、とりあえず地上ルートで運ぼう。
頼んだぜ、脳筋だけど使いやすいと評判のエイプマンたち。
個人的には描きやすさならカイザーフロッグのほうが上なのだけれど、あの子らじゃ運びきる前に胃の中で新型危険種が溶けてしまうから。
今回はやや短めになりました。
シュラくんは台詞がありませんが微妙に存在を匂わせる形で登場。
本格的な出番はもう少し先になりそうです。