画家が描く!   作:絹糸

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第35話:採用

 

「このお兄さんも酷い変態に目をつけられて、ちょっと抵抗したら殺されそうになったからやり返しちゃっただけなんです!」

「そうよ、正当防衛よ! 本当に物凄い変態だったんだから! アンタもあの変態に迫られたら吐き気と殺意が同時に芽生えるわよ!」

「ケダモノのような変態でした。その人は自分の命を守った結果ああなっただけです。罪はありません」

 

 

 半壊したカフェの前で、さっき助けたばかりの三人娘は前のめりになる勢いでこんな感じに僕のことを庇ってくれている。

 対する警備隊員の男性は少女らの気迫に圧倒され、ちょっぴり腰が引けていた。

 

 ……本当は、事情聴取が始まってすぐに僕が『ルカ・サラスヴァティー』で『イェーガーズの一員』であると進言するつもりだったのだ。

 そうすればあの件は一般人ではなく軍人の手によって引き起こされたものということで、調査もしっかりと行われ、多少の時間がかかったとしても僕の行為に社会的な正当性があると認められただろう。

 しかし僕が口を開くよりも先に三人娘たちが怒涛の勢いで喋り初めてしまった。言葉を挟もうにも見事な連携プレーによって彼女たちの発言には一切の隙間がなく、先ほどから桃髪少女、金髪少女、青髪少女のローテーションをひたすらに繰り返している。

 事前に打ち合わせをしていたとしてもここまで上手には繋がらない。なんともまあ仲の良い少女たちだ。事実の脚色と現実の捏造を厭わない姿勢も一致している。

 

 

「私達だって体中をベタベタ触られた上に床に押し倒されたんです! ファルちゃんなんてお腹を蹴られました!」

「そうよ! まだアザも残ってんだからね! なんなら見る!? 見せろってんなら今ここで脱ぐわよ!?」

「さあ、奴隷商人から助け出されたばかりのいたいけな少女にストリップを強要するつもりですか?」

 

 

 別に警備隊員さんが言い出したわけじゃないのに、金髪少女が勝手に服を脱ごうとしているのが青髪少女の発言によって彼のせいにされている。

 桃髪少女の発言から察するに、金髪少女の名前はファルちゃんというらしい。腹を蹴られたシーンは僕も目撃していたから嘘じゃない。

 若き乙女の絶え間なく続く口撃に、警備隊員は既に戦意喪失の形相を呈している。挙句の果てには何故か僕に助けを求める視線を向けてきた。

 この際だから僕もファルちゃん達に乗ってみることにしよう。幸い彼は新人で僕の顔を知らないみたいだし。

 

 

「ごめんね、僕が悪いんだ。この子たちを助けなきゃと思ったら、頭が真っ白になって。気づいたら、あんな……あんな……」

 

 

 服越しに心臓のあたりを握り締めながら肩を震わせ、思い出してしまった恐ろしい光景から逃げるように伏し目がちになり、顔を相手から斜め下方へと背ける。

 もちろん全て演技だ。相手からはそういう風に見えるだろうというだけで、さっきの光景を回想して怖がれるような健全な神経は僕に備わっちゃいない。

 

 道ゆく幼児に理由もなく同情されてお菓子を貰ってしまったこともある僕が、本気じゃないとはいえ意図的に相手からの哀れみを誘ったのだ。

 当然、さほど人生経験の無さそうな新人さんはコロッと僕の態度に騙され、その目に憐憫の色を濃くしながら慌てて僕を慰めようとする。

 

 

「だ、大丈夫! 貴方は悪くありません! 俺もちゃんと上司にそう申告しますから!」

「いいや、僕が悪いんだ。僕のせいでこの子たちにも貴方にも迷惑がかかって……本当にごめんね。僕なんて生きてないほうが良いよね。あのまま売られてたって、どうせ悲しんでくれる人なんていなかったもの……」

 

 

 トドメに涙腺をコントロールしてポロポロと涙を流す。

 病気かよってほど後ろ向きで自罰的な人をイメージした演技は、やりすぎれば鬱陶しがられたりイライラされたりするけど、そこは僕の生まれ持った雰囲気でどうにでもなる。

 集まっていた野次馬の人々の大半が僕につられ泣きしだした。同時に、泣いていない人達からの責めるような視線が警備隊員の彼にもじわじわと集まり出す。

 罪悪感と混乱とパニックとでもはや紙粘土みたいな顔色になって気絶寸前の警備隊員さん。さすがに悪ノリしすぎたかもしれない。可哀想だと相手に思わせるつもりが、こっちもそんな気分になってきた。

 

 

「アイツ、なかなかえげつない奴ね……」

「これが女性なら小悪魔ですが、男性ならなんと言うのでしょう」

「お兄さんのさっきまでの平然とした顔を見ていなかったら、私達も騙されてるところだよね」

 

 

 隣でコソコソと三人娘ちゃん達が密談を開始。

 ものの数分前まであわや奴隷の危機だったというのに、もう回復しているのだから最近の女の子はだいぶタフだ。

 以前山賊の砦で出会った女の子たちも病院に行くまでの道中を雑談で過ごせるだけの精神的余裕があったし、案外こういう不幸は女性のほうが立ち直りは早いのかもしれない。

 ……ともかく、悪ふざけはここでおしまい。警備隊員さんがストレスで失神してしまう前にちゃんと話を通そう。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「……で、どうしてファルちゃん達は僕の後についてくるんだい?」

 

 

 きっちり身分を明かして事情聴取から解放されたあと、僕の仕事は終わったと判断してこれから家に帰る予定だった。

 ……のだけれど、何故だかファルちゃん達は雛鳥のようにトテトテと僕の後ろをついて来てしまっている。

 敵意は感じないから暗がりに入った瞬間現金を強奪される心配とかはしてないけど、それならそれで僕に何の用があるのだろう。

 疑問を隠すことなく振り向きつつ首をかしげれば、先頭を歩いていたファルちゃんが「いやぁ……」と冷や汗を流しながら頬を掻く。

 

 

「実はアタシら、田舎から奉公のために出てきたばっかでさ。知り合いとか帝都に一人もいないんだよね」

「それは心細いね。でも奉公のために出てきたなら、旦那様になる人とかいるんじゃ……あ」

 

 

 そこまで言ったところで、ほとんど確信にも似た嫌な予感を感じてしまった。

 ファルちゃんにもそれが伝わったのだろう。彼女は僕の目を見て小さく頷く。

 

 

「そ。アンタが殺したあの奴隷商人の貴族が、アタシらの雇い主になる予定だった男なの」

「……つまりキミたちは、田舎から奉公人として出てきたその日のうちに奴隷として売り飛ばされそうになって、なんとか最悪の事態は回避したけど結果的には頼れる相手もいない土地に無一文で放り出されちゃったってことかい?」

「はい。それで、その、助けて貰っておきながらこんな厚かましいことを言うのは恥ずかしいんですけど……」

 

 

 桃髪少女がファルちゃんの背後からひょっこり顔を覗かせて、申し訳なさそうに視線をウロウロさせたあと、意を決した表情で僕に向かって叫んだ。

 

 

「お兄さんの家で働かせてください!」

 

 

 働かせてください、働かせてください、働かせてください……やまびこのごとき残響を残して消えていった桃髪少女の声。

 よく見れば、隣の青髪少もひたむきな懇願の視線で僕を見つめている。ファルちゃんにいたってはいつの間にか両手を合わせて「この通り!」みたいなポーズまで決めていた。

 

 そういえばさっき僕がイェーガーズの一員でルカ・サラスヴァティーだと警備隊員さんに明かした時、話の流れでそこそこお金持ちであることや一人暮らしであるという情報もこの子たちに行き渡っていたんだ。

 だとすれば、困ったこの子たちが僕みたいな奴の下ででも仕事があるなら働きたいと思ってしまうのは当然のことかもしれない。

 今日中に仕事を見つけなければ野宿は確定だろうし、奴隷にされかけてすぐに見知らぬ相手の家に泊まろうと思えるほど彼女たちは馬鹿ではなさそうだから。

 ……見知らぬ相手といえば僕も限りなくそれに近いと思うのだけれど、一応、彼女たちからしてみれば助けてくれた相手になるわけだし。わりと信用されているのだろう。

 

 たしかに僕の家はこの子たち三人を雇っても十二分に余裕のある経済状況だ。

 パトロンさんがくれた屋敷はひとり暮らしには広すぎて、掃除をするのもアーティスティック入手前はかなりの時間がかかっていた。

 それに部屋数もだいぶ余っている。

 

 何よりファルちゃん達はなかなかに可愛い容姿をしているから、エスデス隊長やランさんほどではないとはいえ目の保養にもできるだろう。

 これだけで考えれば、べつに僕が彼女たちを雇わない理由も見当たらないのだが……。

 

 

「――やめておいたほうがいいぜ」

 

 

 溜息混じりに吐き出した僕の言葉に、青髪少女は眉を寄せて返す。

 

 

「無理でも駄目でもなく、やめておいたほうがいい、とはどういう意味なのでしょう」

「そのままさ。自分で言うのもなんだけど、僕ってばどうしようもなく駄目な奴なんだ。そしてそれを反省するつもりもない癖に、ときどき自己嫌悪に陥ったりする面倒臭い男でもある」

 

 

 それに一緒に暮らす以上、悪夢を見た影響でちょっとしたヒステリックを起こしている僕を見て、田舎育ちの純朴なファルちゃん達が気味の悪い思いをしてしまったりするかもしれない。

 それに寝相で自分の体を掻きむしってシーツが血だらけになっていることなんかもよくある。ファルちゃん達をお手伝いとして雇うなら、隠そうとしてもいずれ赤い斑点まみれになった布キレを彼女らに発見されるハメになるだろう。

 それで引かれようと気にはしないけれど、さすがにそうなることが分かっていて彼女たちを雇ってしまうのはなんだか申し訳ないような気がするのだ。

 純粋な少女に僕の生活を世話させるのはあまりにも荷が重すぎる。

 

 

「駄目な奴って、何を根拠に言ってるのさ。アンタ、アタシらのこと助けてくれたじゃん」

「キミたちを助けたのはキミたちを可哀想だと思ったからじゃないよ。行動だけ見ればキミたちを助けたことになるのかもしれないけど、心の中まで覗いたらきっとドン引きするぜ」

 

 

 何故か怒ったような様子のファルちゃんが僕に詰め寄ってきたので思ったことをそのまま返した。

 しかしファルちゃんの勢いは収まることなく、彼女は気の強そうなその顔を僕にズイと近づけて再び噛み付く。

 

 

「下心や思惑なんて、そんな目に見えないものはどうだっていい。アタシらを助けてくれたんだからアンタは駄目な奴なんかじゃない」

 

 

 強い意思を滲ませた金色の瞳に、何故か息が詰まった。

 ……タツミくんといい、ファルちゃんといい。最近の若い子ってばみんなこうなのかなぁ。僕みたいな奴にすら真正面から向かい合おうとするその勇ましい姿勢。

 大事に育てられたからこんなまっすぐな子に成長できたんだろうなぁ……なんて、嫉妬と羨望がない混ぜになった感情で消化不良を起こしそうになる。

 嗚呼、本当に醜い僕。年下の女の子にまでこんなことを思って。

 

 

「……そこまで言うなら、わかった。後悔する準備は忘れないでね」

「やったぁ!」

「ありがとうございます」

「っしゃぁ!!」

 

 

 ここでなんと言ってもゴネられるだけだと判断してOKすれば、桃髪少女はぴょんぴょん嬉しそうに飛び跳ね、青髪少女は深々とお辞儀をした。

 ファルちゃんの繰り出すガッツポーズはなんとも男らしい。これが傍事ならば見ているだけで爽快感が味わえそうだ。

 

 さて、と。

 これでこの子たちは僕のお手伝いさんになるわけだ。どうせすぐ僕に引いて出て行っちゃうだろうし、その時に新しく紹介する仕事先を今から捜しておかないと。

 けれども一日で出て行くということはさすがに無いはずだ。やはり名前くらいは尋ねるとしよう。

 

 

「ファルちゃん以外のキミたち、お名前は?」

「私はエアです!」

「ルナといいます」

 

 

 ふむ。桃髪少女がエアちゃんで、青髪少女がルナちゃん、と。

 見たところまだクロメちゃんと同い年かそれ以下くらいだろうし、いきなり家事全部を任せるのはちょっと不安が残る。

 まずは簡単なことから覚えてもらうとして、これから住み込みで働いてもらうための準備も必要かな。

 

 

「それじゃあ、ファルちゃんにエアちゃんにルナちゃん。改めまして自己紹介だ。僕の名前はルカ・サラスヴァティー。気軽にルカとでも呼んでおくれ」

「さすがに呼び捨ては……」

「それが無理ならせめて『ルカくん』か『ルカさん』までにとどめてほしい。様付けはするのが専門でされたことないから違和感抱いちまう」

「でしたらルカさんと呼ばせていただきます」

「えー、ルカで良いって言ってんだからルカで良いじゃん」

「ファルちゃんはフランクすぎだよ! 敬語も使ってないし!」

「本人が良いって言ってるなら変に遠慮するほうが失礼だって」

 

 

 三人娘のソプラノの声が僕の周囲をキャンキャン飛び回る。

 話し合いの結果、ファルちゃんはそのまま『ルカ』、エアちゃんは妥協して『ルカくん』、ルナちゃんは譲らず『ルカさん』でそれぞれ別々の呼び方を採用することになった。

 統一感はゼロだけど、これはこれで個性が出ていてわかり易い気もする。

 

 

「じゃ、僕の呼び方も決まったところで買い物にでも行こうか。必需品とか結構あるんだろう? それくらいなら僕がお金出すさ」

「おぉ、太っ腹! 本当にサンキューな、ルカ!」

「このご恩は後できっちりお返しします、ルカくん!」

「不束者ですが、末永くよろしくお願いしますね、ルカさん」

 

 

 金色桃色青色。

 目にも鮮やかな少女たちに騒がしく囲まれて、僕は帝都のメインストリートへと足を進める。

 

 ……この賑やかさに慣れてしまえば、彼女たちが出て行ったあとの家をとても静かに感じることになるだろう。

 それが今から、ちょっと寂しかった。

 

 

 


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