「戦場に愛人を10人も連れて行っている」という情報しかないのでそこから派生するイメージでキャラクター像を捏造してみました。
この場合、オリキャラということになるのか半オリキャラということになるのか……。
「ドクターが帰ってこないんです」
隊長直々の『可愛がり』直後。
あらかじめ持ち込んでおいた救急セットで自分の怪我の手当を終わらせた僕は、拷問室から出ていの一番にセリューちゃんと再会した。
心配そうに目を潤ませて肩を下げているセリューちゃんは非常に愛らしくて、けれどもその様子がドクターの身の安否を憂いてのことだと思えば、ちょっぴり彼に嫉妬してしまう。
……でもドクター、本当にどこ行ったのかなぁ。
「タツミくんを探してるだけで、そうそう危険なことに巻き込まれたりはしないと思うよ。きっと急な用事ができて帰りが遅れてるだけさ」
「……そう、ですよね。ドクターに限って万が一のことなんて有り得ませんよね!」
励ましの意図を込めて背中をポンポンと叩けば、いつもの勢いを取り戻したセリューちゃんは明るい笑顔でコロくんをぎゅっと抱きしめる。腹部にかかる圧力のせいでコロくんのウエストがくびれる日もそう遠くはなさそうだ。
本音を言えばドクターが危険に陥っている可能性は充分にあると思う。
なにせタツミくんはナイトレイドなわけで、今イェーガーズでその情報を知っているのが僕だけだとしても、タツミくんを探しているうちにドクターが真相に行き着くなんてパターンは考えられないものじゃない。
けど、真相に行き着いてなおドクターが一人で行動することに決めたなら、それは彼なりの思惑あってのことだろう。あの人が勝算のない戦いに挑むとも思えないし、案外ケロッと戻ってきそうな気もする。
オカマはしぶとい生き物だなんて話も聞いたことがあるし。
そのまま適当に駄弁りつつイェーガーズ詰所の前までやって来れば、なんだか見覚えのある人物がランさんとクロメちゃんにハイテンションで絡んでいた。
「へぇ、ランたんにクロメっちはエスデスの部下なのか! あいつも隅に置けないねぇ。やっぱアレ? 愛人とかも兼任してんの?」
「いえ、しておりませんが」
「……してない」
「えぇっ、マジで!? アンタらみたいな美人の部下を愛人にしないなんて、やっぱエスデスってば変わってるなぁ。俺ちゃんなんて戦場に愛人10人は連れて行くってのに!」
大袈裟にのけぞって目を丸める古臭いリアクション。そんなことをしても滑稽に映らないほどハンサムな顔をしたその人の前で、ランさんは天使もかくやと言うべき微笑みを“作り”、クロメちゃんは妙なのに絡まれて悪くなっていく機嫌をなんとか表に出さぬよう無表情を取り繕っている。
同時に、隣のセリューちゃんの雰囲気が刺々しいものへと変貌していくのを感じ取った。彼女の目に、今の光景は『仲間に絡む謎の下ネタ野郎』として映っているのだろう。悪とまでは行かずとも、間違いなく正義としては認識されない代物である。
「まあ、エスデスは異性にしか興味ないみたいだし仕方ないのかな……俺ちゃんは綺麗ならどっちでも良いね」
ファンタジー小説の貴公子みたく上品な顔に反比例して下品な微笑みを浮かべ、その人はランさんとクロメちゃんの肩に腕を回す。
先程まで1メートル近い距離があったというのに、一瞬で距離を詰めるあの身のこなしは流石だ。けれども常時はセクハラにしか使われない。あの人のことを指して『万夫不当の色情狂』なんて呼び始めたのは一体どこの誰だったか。
耳元で囁かれるまで気付かなかったのか……というか僕も移動した瞬間は全くもって見えなかったのだけれど、とにかくたった今その人がゼロ距離にいることを察したらしいランさんとクロメちゃんは表情に驚愕の色を滲ませている。
そんなリアクションもやはり美しい二人組だ。けれどもそろそろ止めに行かないと、あの二人はともかく、隣にいるセリューちゃんが我慢の限界を超えて突撃して行きかねない。
あの人がわざわざ自分で詰所まで来るなら十中八九で僕に用だろうし、これ以上二人に対してあの人のセクハラ魔っぷりが発揮される前にさっさとお引き取り願おう。
「どう、こんど俺ちゃんと一緒に蜜のようなあまぁい夜でも――」
「――ノウケン将軍。それ以上やると後でエスデス隊長に言いつけますよ」
二人の首筋に指を這わせて撫であげようとしたあたりでやっと制止。
ニヤニヤ笑いを消さぬまま肩を竦めたその人は、
「そりゃあ困る。エスデスの部下にちょっかいかけたなんて知られちゃ、俺ちゃんまたまた氷漬けにされちまうべ?」
なんて軽薄に呟きながら二人から離れて、相変わらずのニヤニヤ笑いを消さぬまま僕へと視線の矛先を移した。
テノールの声も男性的な美貌も、180cm近い身長も、黙っていれば本当に文句のつけようがなく格好良いというのに、相変わらずこの人は口を開けばセクハラで地を歩けばナンパしかしない。
「しょ、将軍?」
「隊長のことを呼び捨てにできる時点で地位の高い方だろうとは思っていましたが、まさか将軍だったとは……」
やっとセクハラから解放された二人がちょっぴり冷や汗を流している。
将軍にセクハラされていたことと、セクハラするような人が将軍だったことのどちらに驚いているのだろうか。
「……それでノウケン将軍。今日は何の御用でしょうか」
「つれないねぇ、ルカルカ。二人きりの時はあんなに甘えてくれたのに」
この人、わざとセリューちゃんたちを勘違いさせるような言い方しやがった。
いや、別にあながち間違いってわけでもないんだけど、その口ぶりだとまるで僕とこの人が恋人同士みたいじゃないか。
それだけは断じてない。もっとギブアンドテイクの割り切った関係性だし、何より僕を困らせるためにわざと同僚たちの前で妖しい空気を匂わせるような人に僕はキュンとしたりしない。
「あ、甘え……!? ルカくん! どういうことですか! 最近めっきり私に甘えてくれなくなったと思ったら男性に浮気してたんですか!?」
ショックで顔を青ざめさせたり変な想像で顔を赤くしたりと忙しいセリューちゃんが、僕の首根っこを掴んでがくがくと揺さぶる。
ベレー帽が飛んでいかないよう片手で押さえつけながら僕は必至に弁解した。
「ご、誤解だセリューちゃん! 浮気もなにも僕はセリューちゃんともノウケン将軍とも付き合ってないし、そもそもノウケン将軍の性別は」
「付き合ってもいない相手に二人きりで甘えたんですか!? 信じられません! ルカくんの尻軽! ふしだら! 淫奔! 千人斬り!」
「さすがに千人は相手してない!」
揺さぶられすぎてそろそろ吐きそうな僕を尻目に、この事態を造り出した張本人はといえば、さも面白そうにゲラゲラと腹を抱えている。
セリューちゃんの発言に間違いがあることを指摘しないあたり、この人やっぱり諸々の言動は全部わざとだ。本当に場を荒らしていくのが好きな厄介者だよ!
「あははははははは! やっぱウブな子をからかうのは面白いねぇ! 俺ちゃんルカルカみたいな奴も好きだけど、アンタみたいな可愛い子ちゃんもタイプだよん!」
何がツボにはまったのか、ひとしきり床を叩いて大笑いしたノウケン将軍が落ち着きを取り戻すのに一分はかかった。その間にもセリューちゃんから首をガクガクされ続ける僕。
笑いすぎで目に溜まった涙を指の腹で適当に拭いながら、ノウケン将軍は何事も無かったかのように立ち上がる。そしてそのままイェーガーズ詰所に背を向けた。ひらひらと手を振りながらその人は満面のスマイルで走り去っていく。
「さすがにここで本題を話すつもりはないから、ルカルカ後になったら俺ちゃんの部屋まで来てね! あとランたんにクロメっちにセリュりん! お金とか欲しくなったらいつでも声かけて! 俺ちゃん相手が一度ヤらせてくれたらお願いごと一つ聞いてあげる主義だから!」
あんまりにもあけすけな愛人募集宣言の後、「あ、そうそう!」と大きな声で叫び振り向いた将軍は、悪戯っぽく八重歯を剥き出しにして口端を歪ませた。
「ひょっとしたら勘違いされてるかもしんないから言っとくけど、俺ちゃん、男じゃねーから」
「…………え?」
「そんじゃあ可愛い子ちゃんたち! いつかベッドの上で俺ちゃんに愛される気になったら声かけて頂戴ってことで!」
爆弾という名の置き土産を残して、今度こそ全速力で“彼女”は姿を消す。
……相変わらずあの人は、男と勘違いされてから女と訂正するまでのコンボが楽しくてしょうがないらしい。そのためにわざと胸を布で巻いて潰しているのだから、物好きというかなんというか。
「女性、だったんですか」
「肩まで組まれても見抜けなかった」
再び愕然とする二人。セリューちゃんはといえば僕の体を掴んで持ち上げた姿勢のままフリーズしていて、現実世界に戻って来る気配が一向にない。
仕方なしに彼女の眼前で両手をパンッと鳴らせば、それに反応してやっと正気を取り戻した。
「だ、男性ではなく女性……?」
「うん」
「ノウケン将軍は女性……」
「そうだね」
「つまりルカくんは男性ではなく女性と浮気している……」
「ちょっと待って」
だんだんセリューちゃんの目が据わってくるのに嫌な予感を覚えて慌ててストップをかける。だから浮気も何も、僕は誰とも付き合っちゃいない。
そりゃあセリューちゃんが体を繋げただけで愛してくれるようなタイプならとっくの昔にお情けを乞うてでもベッドインしてるけど、彼女が決してそんな軽い女性じゃないことは百も承知している。
だから僕はセリューちゃんと肉体関係を持ちたいとは思わない。しかし、どうやらセリューちゃんからしてみれば、身近な男が誰彼構わず夜の共寝をするような緩い奴であるという事実だけで許しがたいものがあるようだ。
ここはどうにかしてノウケン将軍のお相手をすることによって得られる利点と、それがセリューちゃんにとってもいかに役立つものであるかを説明せねば。
「セリューちゃん。なにも僕は、やましい気持ちであの人と……その、なんというか“アレ”な関係性になったわけじゃないんだ」
まんま『愛人』と言うのも憚られるので、ちょっとボカして表現してみる。
これがドクター相手とかなら微塵も濁した言い方をせず話を展開できるけど、セリューちゃん相手だと「変なこと言って嫌われたくない」って感情が先立つのでそれも無理。
「やましい気持ちじゃないなら、なんで付き合ってもいない女性とそういうコトしてるんですか?」
腕組みをしてそっぽ向いたセリューちゃん。効果音で現すならプンスカだ。顔を歪ませるのではなく頬を膨らませているだけなので、まだそんなに怒ってはいないのかもしれない。今のうちに挽回しなきゃ。
「あの人、さっき自分でも言ってたけど、相手した回数に応じて大抵の願い事は叶えてくれるんだ。ほら、ノウケン将軍って帝国にスカウトされる前は情報屋やってたって噂もあるくらい色々なネタ仕入れてくるだろ? だからそれを教えて貰うのに一番手っ取り早い方法が情交だったっていうか……性欲と殺人欲の権化みたいな人だから、僕みたいに手荒く扱っても壊れない奴は重宝するみたいで、けっこう気に入られてるんだよ」
あの人の言う「ヤりたい」は「殺りたい」でもあり「犯りたい」でもある。
さらにいえば「殺ってる最中は犯りたくなってくるし、犯ってる最中は殺りたくなってくる」なんて常から豪語するほどの異常性癖者だ。
どこぞの童話の王様みたいに一度寝た男女はよっぽど気に入りでもしない限りそのあと殺してしまうものだから、奴隷やら敵国の捕虜やら利用しても愛人の供給が追いつかないと自業自得ながらも嘆いていた。
そこで僕の登場だ。
アーティスティックの奥の手を使えば、僕はとある条件下においてのみ『殺された程度じゃ死なない』なんて言葉遊びみたいな状況を本当に作り出すことができる。
帝都警備隊に入って間もない頃、ほとんど逆レイプみたいな形で彼女に喰われて以来長々と続くこの関係で、僕が未だに生きていられるのはアーティスティックのおかげだ。
なにせノウケン将軍のプレイは縛り上げてキスなんてもんじゃない。削ぎ落として電流だ。それでも本人いわくセーブしているらしいから、僕以外の愛人がしぶとい子でも五回目までにお亡くなりになるのは当然のことだと思う。
「……そんな体売るみたいな真似までして、知りたい情報って何なんですか?」
「まあ、色々かな。前にチブルさんの家と色町がナイトレイドに狙われてるって情報をセリューちゃんに渡したでしょう? あれも将軍から教えて貰ったんだぜ」
「……私の為ですか」
「え?」
「私がオーガ隊長の仇を打ちたいって言ったから、それに協力するために、そこまでのことを……」
顔をうつむかせたセリューちゃんが義手をギリギリと鳴らして拳を握りしめている。
まいったなぁ……詳しくは分からないけど、なんだかとんでもない勘違いをされているみたいだ。ランさんも「まったく貴方って人は」みたいな表情で溜息吐いてるし、クロメちゃんも心なし痛ましいものを見るような眼差しを僕に向けている。
正確にいえば『セリューちゃんの役に立って彼女から愛されたい僕のため』に僕はノウケン将軍にナイトレイドの情報をねだった。それがセリューちゃんの中ではどのように処理されどういった内容で落ち着いたのか。
あんまり誤解されまくるとさすがに罪悪感が凄い。ここは訂正しておこう。
「違うよ、セリューちゃん。キミのためじゃない。キミの役に立ってキミに愛されたい僕のためだ」
「っ――ルカくん! そんなことまでしてくれなくても、私は――」
「ごめんね」
セリューちゃんに嘘を言わせてしまうのは忍びないので、それ以上の言葉を聞く前に彼女を抱きしめて口止めする。
きっと「私はルカくんのこと愛してますよ」とか続けようとしてくれたんだと思う。嘘だとわかっていても魅惑の響きだ。その言葉が耳朶を震わせる瞬間を想像しただけで心臓が疼くほどの。
でも。だからこそ、その言葉は心の底から言って貰いたい。彼女に愛されているのは役立つ僕で、役立たない僕じゃない。だからいま聞けば、セリューちゃんから僕へ初めてプレゼントされる言葉での「愛してる」は偽物ということになってしまう。
ランさんみたいに聡明な人なら、たとえ偽物でも僕を騙し通せるほど精巧な偽物をくれるだろうけど、セリューちゃんはそういうのとは無縁の子だ。僕を気遣っての嘘でもきっと上手くは吐けない。
「セリューちゃんに嫌な思いをさせるつもりはなかったんだ。僕、ちょっと貞操観念が穴だらけみたいで。本当にごめんね。でも不快にさせちゃったぶんちゃんと後でキミに貢献してみせるから」
「……そういう意味で怒ってるんじゃありません。って言っても、きっとルカくんには伝わらないんでしょうね」
「? セリューちゃん?」
僕の首元に腕を回したセリューちゃんが静かに呟く。
数秒ほど黙り込んだあと顔を上げた時、彼女は何かに憤っているような、何かを諦めたような、それでいて妙に吹っ切れた表情で僕に宣言した。
「ルカくんが自虐的で自分の価値を低く見積もる面倒臭い子なのは今さらです! もう治りません! 考え方を変えます!」
「え、セリューちゃん?」
「ルカくんが自分のことを大切にしないなら、私がルカくんのことを大切にしてあげれば良いだけの話です! まはず今日から一日三回ルカくんを抱擁することにします!」
ギューギューと僕をきつく抱きしめてくるセリューちゃんに、なにがなんだか分からない僕は「あ」とか「う」なんて声を漏らしながら自分の体温が上がっていくのを感じる。
なんだろう。凄く恥ずかしい。嬉しいのに、とてつもなく嬉しいのに、なんでこんな緊張の極みみたいな気分になっているんだろう。
――ああ、わかった。ここまで純粋な愛情を唐突に激しく表現された経験なんて無いからだ。
自分の脳味噌が沸騰していく。血液が熱湯にすり替わったみたいに体中がぼうっとする。視界はだんだんと靄がかってきた。
「きょ、許容量を超えた幸せは……耐え切れない」
きっと真っ赤になっている顔でそう言い残したのを最後に、僕の意識はブラックアウトを始めた。
「ルカくん!?」「ルカが気絶した!」「しっかりしてください!」。愛しい同僚たちの声をBGMに、だんだん思考回路が働かなくなっていく。
……幸せすぎて気絶するなんて、生まれて初めての経験だ。