画家が描く!   作:絹糸

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第30話:収穫ゼロ

 

 

「はぁっ!? 覚えてないですってぇ!?」

 

 

 マインの鼓膜を貫きかねないキンキン声がアジトの室内に響き渡る。

 怒声の余韻でカタカタと窓ガラスが震えるのを目視しながら、タツミは両耳を抑えたまま顔を引きつらせた。

 

 

「お、おう。賊の討伐に行くからついてこいって、エスデスに言われたところまでは覚えてるんだけど……そこから先はマジで何も記憶にねぇ」

「おいおい、しっかりしてくれよ。その年でアルツハイマーはシャレになんねーぞ?」

「ちげぇよ! ……たぶん。え、違うよな?」

 

 

 ラバックの呆れ混じりの茶化しに否定で返したものの、己の発言に自信がないのか、タツミは小声で不安げに呟いている。

 そんな彼の様子を見て、フェイクマウンテンの外れに放置されていたタツミを見つけて連れ帰ってきた当本人であるアカメは冷静に口を開く。

 

 

「可能性は二つ。何らかのショックで記憶を飛ばしたか、帝具の能力によるものだ。心当たりは?」

「んー……あー……ごめん、ダメだ。ぜんっぜん思い浮かばねぇ」

 

 

 頭を抱えてうんうん唸るも、ひねり出されるものは何もない。

 そもそも何でフェイクマウンテンなんて場所にいたのかも謎だ。山賊の砦に襲撃をかけるイェーガーズの後を追ったあたりまでは確かに覚えているのだが。

 

 

「ったくもう。本当にアンタってば抜けてるんだから」

「ま、今回はタツミが無傷で帰ってきただけで良しとするか」

「みなさーん、お茶がはいりましたよー」

 

 

 溜息を吐くマインと、わしゃわしゃタツミの頭を撫でるレオーネ。

 そんな彼女たちの背後から現れたシェーレの手には丸型のお盆があり、そこに人数分の湯呑が中身の熱さを感じさせる湯気を伴って置いてあった。

 どうやら飲み物を持ってきてくれたらしい。

 

 

「サンキュー、シェーレ」

「いえいえ。適当に淹れた番茶ですみません――あっ」

 

 

 ガタリ。

 テーブルの端につまずいたシェーレがバランスを崩して転倒するのと、彼女の手にあってお盆が湯呑ともども宙を舞うのとはほぼ同時だった。

 そしてシェーレが足を引っ掛けた場所の真正面に座っているのはタツミ。なだらかなカーブを描いて落ちていく湯呑は途中で中身の熱々番茶を吐き出し、その全てはソファーに座っていたタツミの下半身をまんべんなく濡らす結果となった。

 

 

「あぢいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 予期せぬ衝撃に喚きながら地面をのたうち回るタツミ。ビショビショになったズボンからは未だホカホカと湯気がたっている。番茶は沸騰したばかりの熱湯でサッと淹れるのが美味しく作るコツ。よって湯呑に入っていた液体の温度も90℃は確実にあるわけで、ダメージは免れない。

 

 

「すみません。いま拭きますね」

「いや、ズボンを脱がせたほうが早い。タツミ、少しじっとしていろ」

 

 

 慌ててフキンを持ち出すシェーレを片手で制し、アカメは熱湯に浸りきったタツミのズボンを脱がすべく彼を押さえつけ動きを止める。

 そのままベルトを素早く取り払ってズボンのチャックを下ろせば、タツミは熱さよりも羞恥心のほうが勝ったのか別の意味で叫び始めた。

 

 

「わー! やめろ! やめてくれ! こんなみんなの見てる前でパンツ一丁にはなりたくねぇ!」

「いや、ズボンがこれだけ濡れているならきっと下着もアウトだ。どっちも脱いだほうが良い」

「下半身すっぽんぽんじゃねーか! なおさら恥ずかしいわ!」

「まーまー、減るもんじゃあるまいし。ホレ、お姉さんに色々さらけ出してみ?」

「姐さんまで!? ちょ、マジでやめ、いやー!!」

 

 

 美少女と美女に服を脱がされるという、ある種のご褒美のような目にあっているタツミ。しかしされている本人にしてみれば恥ずかしいことこの上なかった。

 ごねまくってなんとかパンツだけは死守したが、ズボンは脱がされ最終的には下半身パンツ一枚。

 シクシクと泣くタツミにジト目を向けるマイン。背後でズボンをひっくり返して干そうとしていたシェーレは、ポケットの中に何か異物が入っているのを発見して首をかしげた。

 

 

「紙……メモ用紙ですね。『二人きりになったら君に良い話がある』って書いてあります」

「何それ。新手のナンパ? アンタ敵陣のド真ん中で何してたのよ」

「それが思い出せないから苦労してるんだろ!?」

 

 

 マインからの謂れ無き中傷に予備のズボンを履きながらタツミは答える。

 しかしよくよく考えれば思い当たる節があったのか、「もしかして」と小さく呟くと、まだ回しきっていないベルトをカチャカチャやりながらメモの傍までやって来た。

 

 

「これ、ひょっとしてルカが俺に渡したやつかもしれない。パーカーの中にメモを入れたから後でこっそり目を通せって言われて……あれ、でも俺メモの場所移動させた覚えなんてないのに。何でズボンのポケットから出てきたんだ?」

「それだけ記憶が曖昧なら確実に何かされてるわね。アンタ、念のため病院でも行っといたほうが良いんじゃない?」

「帝具の可能性もあるけど、そうじゃない可能性もあるしな。俺もいっぺん病院に行くことをオススメするよ」

 

 

 マインとラバックからの後押しもあり、タツミも「やっぱそのほうが良いかな……」と悩み始める。

 そういえば目覚めてすぐの頃はなんとなく体もダルかったし、イェーガーズには白衣のメンバーもいた。ひょっとしたらあの医者か科学者か分からないオカマあたりにヤバイ薬でも打たれたのかもしれない。

 

 

(いや、そうだとしても俺がフェイクマウンテンの外れに捨てられてた理由にはならないし……あーもう、考えてもなに一つわかんねぇ!)

 

 

 ちゃぶ台でもひっくり返したい気分でタツミは己の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 敵の情報をできるだけたっぷり持ってアジトに帰ってこようと意気込んでいたのに、気付けばこんな有様だ。一体自分の身にどんな事象が降りかかっていたというのか。

 

 

「せめてなにか一つでも役に立つ情報があれば……」

 

 

 考えても思い出す情報は実用性に欠けるものばかり。

 ルカとセリューは恋人関係ではないが少なくともただの友人同士でもなさそうだったとか、セリューはランが女性でなおかつルカを巡って争うことになる恋敵だと勘違いしていた過去があるらしいとか、ボルスは既婚者で結婚6年目らしいとか、なんだか戦闘には関係のないことしか湧き出てこない。

 

 

「イェーガーズ内の恋愛模様なんざ知ってても意味ねぇだろ……」

 

 

 使えない情報ばかり覚えている自分に落ち込んでうなだれる。

 そんなタツミの沈んだ様子を見て、ナイトレイド一堂の意見は『とりあえず人気の少ない夜になったら病院へ連れて行こう』で一致したのだった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「ふふ……匂いや足跡を消した努力の痕跡……それは認めるわ」

 

 

 落ち葉と枯れ枝を踏む繁った音が山奥の小路でこだまする。

 

 人影は四つ。

 鼻が異常に肥大化した三つ編みで四つん這いの男。

 奇妙な虹彩をした目をギョロつかせるボンテージの男。

 頭部よりも大きな耳を生やしたロングヘアで女装趣味の男。

 そして高級そうなスーツの上に白衣を羽織った30代ほどの男。

 上から『鼻』『目』『耳』、そして『Drスタイリッシュ』。

 

 手術によって五感のうち一つを極限まで強化された彼らはドクターの偵察用私兵。

 『鼻』が優れた嗅覚によってタツミの匂いを追い、『目』が秀でた視覚によってラバックの糸の結界を避け、『耳』が素晴らしい聴覚によって人の声を感じ取る。

 そうして逃走したタツミを追いかけてやってきたドクターの目的は、タツミを見つけてエスデス将軍に引き渡すこと――ではない。

 

 

「フフ……あの子はどうも怪しいと思ってたのよね。ただの鍛冶屋にしては環境適応力ありすぎだもの」

 

 

 頬に手を当てて意味ありげに目を細めるドクター。

 その視線の先には岩陰に隠れるようにしてひっそり佇む石造りの建物があり、「ビンゴ」と呟いた彼はそれを指差し不敵に笑った。

 

 

「オカマの勘って当たるのよねぇ。フェイクマウンテンからはだいぶ離れてたけど、」

 

 

 ――ナイトレイドのアジト、見ーっけ。

 

 





今回は短めですが、やっと4巻の内容が終わりました。
次から5巻です。はやくチェルシーちゃんとスサノオさん出したいなぁ……。



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