さて、やって来ました山賊さんの砦。
敵の配置とか地形はゴチャゴチャしてて多分Drスタイリッシュとランさんくらいしか覚えきれてないと思うけど、僕はいざとなったらワイバーンでも実体化させて空から攻めるつもりなので問題ない。
でもそんなことを心配するまでもなく、いつも通りの流れならセリューちゃんが正面突破を提案するだろう。
徹底的に力技で敵を追い詰めていくのが彼女のやり方だ。
どんな些細な戦場でもいつだって最前線に出るし、なんならコロくんよりセリューちゃん本体のほうが前に出てんじゃねーかって時もある。
後ろでコソコソやってたほうが戦力になる僕とは大違いだ。
「エスデス隊長とタツミくんは崖の上から見学か。こりゃあ下手な戦いは繰り広げらんないね」
「上司と後輩になるかもしれない奴だからな。俺もいっちょイイトコ見せるために頑張るか!」
「ちょっとウェイブ、声大きい。静かにして」
僕とウェイブくんとクロメちゃんが駄弁っている隣で、ランさんが地図片手に砦を見上げて口を開く。
「地形や敵の配置は頭に叩き込みましたが、作戦はどうしましょう?」
「正義は堂々と……正面から!」
腕組み仁王立ち歯を剥き出しにした笑みと、三拍子揃って気合充分なセリューちゃんから常と変わらぬ力押し宣言が飛び出た。
腰にぶら下がったコロくんも「キュイ!」と片腕を上げて賛同している。
その高音域の鳴き声が夜の空気にもよく響いてしまったのか、もしくは単純に見張り役が僕達の姿を探し当てたのか。
固く閉じられていた砦の扉が軋みながら徐々に押し広げられていき、中から沢山の山賊さんたちを吐き出した。
彼等の手には粗悪品の銃や剣。そして顔には謎の隙間があるヘルメットみたいなのを被っている。
「おいお前達、ここがどこだか知っててきてんのかぁ!?」
「正面からとはいい度胸じゃねぇか!」
「生きて帰れると思うなよ!!」
素早く僕らの前で陣形を組んだ山賊さんたちが吠える。
その中の何人かがセリューちゃんとクロメちゃんを見て、
「うっはー。可愛い女の子もいるじゃねぇか!」
「たまらねぇなぁ。連れ帰って楽しもうぜぇ」
と性欲丸出しの反応を示した。
20歳のセリューちゃんはともかく、クロメちゃんはどう足掻いても10代の前半から半ばくらいにしか見えないのだけれど。
そんなクロメちゃんもエロい目で見られるってことは、ひょっとしてこのお兄さん方ロリコンの気があるのかもしれない。
美への礼儀を持たないその態度がなんとなく好きになれなかったので、あのヘルメットの隙間からダーツみたいに眼球狙ってしまおうかとバタフライナイフを手に取る。
しかし当のセリューちゃんが先に前へと出てしまい、僕の行動はあえなく静止した。
「まずは私とドクターの帝具で道を開きます。コロ、5番」
いつの間にか地面へと降りていたコロくんは、その掛け声と共に巨大化してセリューちゃんの腕へと勢いよく噛み付く。
もはや噛みちぎると表現したほうが良いかもしれない。
血飛沫が腕の断面と牙の隙間から滴り落ちる。
一気に物騒になった空気の中、セリューちゃんは狂おしく笑った。
「切り捨てた両腕の代わりにドクターから授かった新しい力、『十王の裁き』――」
何かとんでもない事が起こる。
そう察した山賊さんたちは、みな一様にセリューちゃんへと襲いかかっていく。
しかし遅かった。
「――正義閻魔槍!」
義手に変わってセリューちゃんの右腕に装着された巨大なドリル。
その突進を喰らった山賊さん達の体は次々と肉塊に変じてゆく。
幸いそれから逃れられた数人の山賊さんたちもコロくんに千切られ美味しいご飯となり、門の付近で待機していた残りの男連中は慌てて門を閉じ始めた。
「ヤバイぞあいつ、頭に知らせろ!」
「門を閉じろ! 早く!」
慌てふためくも指示を飛ばすことは忘れない門番。
だが、それを許すセリューちゃんではない。
「次、7番!」
再びコロくんの口に腕を突っ込むセリューちゃん。
お次に現れたのは狙撃銃と大砲の中間みたいなデザインをした長物の火器。
「正義泰山砲!」
凄まじい爆音と共に右腕の泰山砲から放たれた攻撃は鉄製の分厚い扉をあっけなく粉砕。
既のところでそれを避けて逃げようとしていた門番二名は、僕がどさくさに紛れて投擲したバタフライナイフが頚椎に刺さって死亡していた。
急所狙いは、やる方も一撃で殺せて楽だし、やられる方も一撃で死ねて楽だよね。
「実に見事な殲滅力ですね」
「もうあいつ一人でいいんじゃないかな」
単純にセリューちゃんの実力を称えるランさんと、褒めつつも引き気味なウェイブくん。
かくいう僕もDrスタイリッシュの人体改造手術を本格的に受けてからのセリューちゃんが戦うところを見るのは初めて。
そのあまりの変わりっぷりに驚きはしたものの、しかし正義を執行する彼女は相変わらず嬉しそうだ。
そういうところが前と同じならセリューちゃんは僕にとってずっと愛しのセリューちゃんなのである。
「ふふ……今のはアタシが造り出した兵器よ」
「ドクターが?」
「『神ノ御手パーフェクター』は手先の精密動作性を数百倍に引き上げる、んもう最高にスタイリッシュな帝具なのよ!」
手袋をはめて妙に気取ったポーズを決めたDrスタイリッシュが自慢げに語る。
「あなた達がどんな怪我しても死んでない限りアタシが完璧に治療してあげる。体に武器までくっつけちゃうオマケ付きよ」
「武器は遠慮しておきます」
ハートマークと熱視線をランさんに飛ばすドクターだったが、当のランさんには涼しい顔で受け流されている。
セクハラは恥ずかしがったり怒ったりせず笑顔で対応したほうが柔らぐと聞いたことがあるので、ランさんの穏やかな態度はそういうことなのかもしれない。
「治療は嬉しいけど……支援型の帝具ならドクターには護衛が必要だな」
「うふふ。その優しさはプライベートに取っておいて」
ほら、迫られて顔を真っ青にしてるウェイブくんとか余計にドクターを煽る結果になってるもの。
背景に飛ぶハートマークの量が尋常じゃないほど増えている。
なんてことを考えていたら、気付けばドクターの周囲に謎の変態集団が姿を現した。
全員仮面だし露出してるしムキムキだし傷だらけだし意味がわからない。
思い思いのポーズを決めて無言で佇む彼等は、ドクター曰く強化手術を施された彼の私兵だとか。
ともかくこれでドクター護衛の心配は無くなったわけだね。
いずれ帝具と並ぶスタイリッシュな武器を作るのが夢だと語る彼の背中は、なんだか凛々しく見えた。
どんな内容だろうと夢を語る男の背中はたくましいものである。
「あの……話している間にクロメさんがもう突入してしまいましたが」
「はやっ!」
「あの小娘、人の話を聞きなさいよ!」
「セリューちゃんも気付けば消えちゃってます。ひょっとして二人とも既に中で暴れまわってるかも」
うちの女性陣はなんとも血気盛んである。
ひょっとして、さっき山賊さん達から受けたセクハラ発言に怒っているのかもしれない。
僕はセリューちゃんを口説くことはあっても卑猥な言葉は投げかけないし。
クロメちゃんもそこまでセクハラ慣れしているとは思えない。
「危険な中を女二人に任せきりってのは格好つかないな。俺も中に行くよ」
「では、私は裏から逃げようとする山賊を標的にします」
「私は城壁から弓で狙ってくる人達を燃やすね」
「アタシはここで適当に見張っとくわ」
ウェイブくんは中、ランさんは裏手、ボルスさんは上方、ドクターは待機。
僕はとりあえずポケットから取り出したワイバーンの絵を描ききって四体ほど実体化させ、それぞれに「賊を見つけたらみんなの邪魔にならないように殺しておいて」と行動を指定する。
突然出現した危険種を興味深そうに眺める同僚たちを尻目に、僕は悩んだ。
「んー……誰について行きゃ良いのかな」
ルビカンテはボルスさん一人のほうが思う存分に性能を発揮できると思うし、ドクターは護衛がたくさんいるから僕がいても意味は無いだろう。
ウェイブくんに着いて行ったら中にはクロメちゃんとセリューちゃんがいる訳でもう戦力的には充分すぎる。
となると、残るは裏手のランさんか。
「ランさん、ご一緒してもよろしいですか?」
「ええ。では、私に掴まってください」
空に浮かぶ月は僕ではなくランさんを見初めたらしく、光は彼の髪と瞳ばかりに降り注いでいた。
あるいはそう錯覚してしまうほどに、彼が美しいだけかもしれない。
だから彼の背中に見覚えのある翼が生えた時も、僕は決して驚くことなく、「ああ、また美しさのあまり幻覚が見えちまったぜ」なんて思っただけだった。
夜霧に濡れた翼は月の光に開く。
羽根の根元から先端に至るまで汚れない純白。
神の顕現を思わせる輝きにランさんの麗姿が加われば、それは誰も手を触れることのできない聖域に佇む天使としか見えなかった。
「さあ、どうぞ」
空に浮かんだ天使が僕に向ける、ああ、その微笑みのなんと優雅で美しいこと。
魂を揺さぶる感動が僕に降り注ぐ。
ルカ・サラスヴァティーは間違いなくこの瞬間、帝国で最も幸福な人間に違いない。
「へえ、それがランの帝具なのか」
「なかなかスタイリッシュね」
「……え? 帝具?」
二人の言葉に思わず目を丸めたあと、その内容と目の前の光景がやっと繋がって、僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。
そうだ!
そういえば翼の帝具って文献に載ってたじゃねーか!
うっわぁ……なんで僕、今までランさんに翼が生える現象を“幻覚”の一言で片付けてたんだろ。
冷静に考えてみればわかることなのに。
いや、逆に考えるんだ。
僕の冷静さを奪うほどにランさんとのファーストコンタクトが衝撃的だったと。
そう、全てはランさんの美しさが悪いのだと!
「……いや、さすがにこの言い分には無理がある」
「? ルカ、どうかしましたか?」
「ちょっと衝撃的事実に気付いて愕然としていただけです。お待たせしてすみません」
「はあ……何事も無いようなら、それで良いのですが」
本当のことを言うと馬鹿扱いは免れなさそうなので適当にはぐらかす。
追求されないうちに空中から差し出されたランさんの手をがっしりと掴んだ。
きめ細かな長い指は、男のものでありながら白雪のように美しい。
……そういえば、セリューちゃんに抱きしめて貰ったことはあっても手を繋いで貰ったことはまだ無いなぁ。
彼女が義手になる前に指を絡めておかなかったのはちょっと心残りかもしれない。
◇ ◇ ◇
「あ、逃げようとしてる山賊さん発見」
マスティマで空を往くラン。
その腕に掴まっての空中飛行を楽しみつつ下を監視していたルカは、砦の中から走り出てくる数人の山賊を見てパッとランの腕を離した。
高さにして10メートル程度。
落下しながら左手にバタフライナイフを握り、先頭を走っていた男の腎臓にスローイング。
心臓や脳味噌ほどメジャーではないが、ここも刺されれば大量出血と激痛は免れない人体急所の一つだ。
「ぎぁ!!」
「どうした!?」
「とうっ」
「ぐふっ!!」
悲鳴を上げて倒れた男に後ろの山賊が駆け寄ろうとするが、その瞬間、ルカが山賊の体に着地を決めたことにより彼もまた昏倒。
着地のついでに頭蓋骨を粉砕された哀れな男と、もう数十秒で失血死するだろう瀕死の男。
仲間二人の突然の災難を見た他の山賊たちは一瞬呆然としていたが、相手がルカ一人と思ったのか強気を取り戻し、ツバを飛ばしながら叫んだ。
「相手は弱そうな男たった一人だ! 怯むことはねぇ!」
「テメェをさっさと殺してあんな地獄からはおさらばしてやるぜ!」
地獄とは、きっとボルスのルビカンテに焼き殺されるあの光景のことを指しているのだろう。
あの死に方は確かにできるだけ勘弁したいよね、と相手の言い分に納得しつつ、ルカは相手を安心させるように微笑んだ。
陰鬱な美貌に浮かべれば穏やかな表情も悲劇的に映る。
「大丈夫。地獄からは間違いなく抜け出せるさ。だってほら、」
宵闇の中に仄光る青白い指先が、夜空の月を示す。
そこに壮麗な翼の生えた人型のシルエットを見て、山賊たちはその神秘的な光景にたまらず意識を吸引された。
「天使が殺してくれるんだもの」
刹那、脳幹を打ち抜く羽根の存在に気付く者がいたかどうか。
「天、使……」
断末魔と呼ぶにはあまりにも静かな呟き。
月光を背にマスティマの双翼を羽ばたかせる美青年――ランからの攻撃を受けた山賊たちは、最後まで彼のことを天使であると勘違いしたまま死んでいった。
もう逃げ出してくる山賊たちがいないことを確認し、月に羽根を染めた天使は舞い降りる。
マスティマをしまっても変わらず幻想的な雰囲気が崩れないラン。
そんな彼と山賊たちの死体を交互に眺めて、ルカはほのぼのと頷く。
「うんうん。ランさんに殺される賊は幸せ者だねぇ。天使の美に埋もれて死ねるんだから」
嫌味などではない。
本心からの発言だと誰でも思いそうな、嘘偽りのない言動。
だからこそ妙な不気味さがあり、本当によく分からない人だとランはこっそり溜息を吐いた。
そういえば、さっきイェーガーズ全員で覚悟を発表しあっていた時の、あの内容もかなり不思議だった。
『愛してくれそうな人』とはいったい誰のことなのか。
セリューだけならそんなボカした表現は用いず「セリューちゃんのため」と彼は言うだろうし、最低でもあと一人はその言葉が指し示す相手がいるに違いない。
「……ルカ。貴方の言う『愛してくれそうな人』とは、いったい誰のことを指しているんですか?」
「ん? えっと……今のところはセリューちゃんとクロメちゃんとウェイブくんだけですけど、ボルスさんもたぶん僕のこと愛してくれそうな気がするんですよね」
突然の質問に指折り数えてそう答えたあと、ルカはランを見つめて首をかしげる。
「一番わからないのがランさんなんですよね。僕を愛してくれそうな人なのかそうじゃないのか。ねぇ、ランさんは僕が何をすれば僕のことを愛してくれます?」
「何を……と言われましても」
口ごもるラン。
目の前の人物がどういう生き物なのか、聡い彼でも測りかねていた。
「自分で言うのもなんですけど、僕ってけっこうお買い得ですよ?
最後の瞬間にほんの少しでも僕を惜しんでくれるなら。それだけを約束してくれれば……いや、約束したふりだけでも良いですよ。とにかくそうさえしてくれれば僕は貴方のために何でします。何でもされます」
献身的というにはあまりにも薄気味悪く、無欲というにはあまりにも思いが深すぎる。
全ての行動の見返りに“愛”というただ漠然としたものだけを求める。
そんな生き方をしているくせに一切の迷いが無い彼の姿は、虚しいような哀れなような、とても愉快とは言い難い感慨をランに抱かせた。
そうまでして愛して欲しいと思ってしまうほどに、彼の人生は人から向けられる愛に無縁のものだったのだろうか。
「嘘でも構わないんです。愛してるふりをしてくれるなら。僕を騙し通してくれるなら。だからお願いします、言葉だけでも――愛してる、って。僕といるのが楽しいって、僕が死んだら悲しいって、そう言ってください」
縋るような眼差しをしているわけではない。
乞うような重苦しさがあるわけではない。
あくまで自然体に、いつも通りのぼんやりとした無表情で、ルカは世間話をする軽い雰囲気のまま飄々と願い出る。
それが無性に可哀想なものに見えてきて、ランは思わずこめかみを押さえた。
(これは、なんというか……新手の精神攻撃ですね)
『こんな可哀想な子に愛を求められているならあげないと駄目なんじゃないか』という罪悪感じみた謎の衝動と、『そもそも相手の言う愛の意味が広すぎて何をすれば愛していることになるのかイマイチ理解できない』という理性的な感想がランの心中でせめぎ合う。
常から天使と褒めたたえる美しい青年がそんな葛藤をしているとは露知らず、ルカは砦のほうに視線を移して「あっ」と呟いた。
「悲鳴が途絶えたってことは、そろそろ終わったみたいですね。みんなと合流しましょうかランさん。さっき言ったこと、嘘じゃありませんから。何か僕にして欲しいことがあったら好きなだけコキ使ってくださいね」
「……わかりました。何かあったらよろしくお願いしますね」
精神的な疲れを感じつつ首肯すれば、ルカはどことなく幸せそうに微笑んだ。
たぶん、ここで彼に「わざわざそんなことをしなくても普通にやっていれば仲間からの好意や友情は得られると思う」なんて正論を言っても意味がない。
きっと彼は普通に生きていて愛されたことが無いのだ。
両親から無条件で庇護され愛情とぬくもりに包まれる。
そんな経験も、きっと一秒たりとも味わっていない。
だから自分は努力をしなければ愛されることはないと思い込み、それが行き過ぎてこんな風に育ってしまったのだろう。
セリューからの好意に根本的な意味で気付かないのも同じ理由。
自分はあそこまで愛されるほどの努力をまだしていないのだから、彼女に愛されているというのは勘違い。
鈍感ではなく空回りと称するべきそんな考え。
それゆえの意思疎通の弊害。
(まったく、どんな場所でどう生活していればこんな風になってしまうのでしょう。……やはり今の帝国は変えなければなりませんね。彼のような者を二度と育てないためにも)
何年も前に固めた決意をまた新たに抱え直し、ランは砦に戻って行くルカの背中を追った。
フライングですが、明日と明後日は更新できるか分からないので先に申し上げておきます。
あけましておめでとうございます。
皆様、どうか良いお年を!