画家が描く!   作:絹糸

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第24話:初めての大仕事

 

 

「という訳で、イェーガーズの補欠となったタツミだ」

 

 

 椅子に拘束されたうえ首輪のオプション付きというあられもない姿でタツミくんは僕らの目の前にいた。

 目つきは険しく、頬を伝い落ちる冷や汗の量も尋常ではない。

 あきらかな緊張の様子は無理もないと思うが、時折こちらに視線を向けてくるのは勘弁して欲しい。

 それに気付いたセリューちゃんが「知り合いかな?」みたいな顔で僕を見てしまっているから。

 

 

「あの……隊長、市民をそのまま連れてくるのはマズいのでは」

 

 

 セリューちゃんからの視線を振り切るために発言の先陣を切る。

 タツミくんの演技力に期待はしないほうが良さそうだし、いざ彼の挙動不審から知り合いかと疑わられれば、迷子の彼を探し当てたところだけ話すことにしよう。

 真実もその何割かだけ話せば嘘と同じように誤魔化すことができる。

 

 

「なに、暮らしに不自由はさせないさ。それに部隊の補欠にするだけじゃない……感じたんだ」

「……何をでしょう」

「タツミはきっと私の恋の相手にもなる」

 

 

 いつもの好戦的で高圧的な笑みとは真逆。

 氷が雪解け水になるように、頬を紅潮させて初恋の乙女さながらの表情を浮かべるエスデス隊長。

 やはりタツミくんは隊長の恋人の理想像に見事に当てはまってしまったらしい。

 懸念していた事態がそのまま発生した形になる。

 やはり天は僕の味方をせずだ。

 

 ……とりあえず、そろそろタツミくんが緊張で胃を壊してもおかしくなさそうなので助け舟を出そう。

 

 

「でも、首輪なんて付けてたらペットと飼い主にしか見えませんよ」

「正式な恋人になさるおつもりでしたら、違いを出すために外されては?」

「……それもそうだな。外そう」

 

 

 ランさんのありがたい援護射撃もあり、タツミくんは無事に拘束状態から解放された。

 しかしエスデス隊長、なんでタツミくんに首輪したんだろ。

 とりあえず体から手に入れて心は後でも良いタイプなのかな。

 あるいは無意識にやってしまうくらい骨の髄まで征服欲が染み付いているのかもしれない。

 どちらにせよ、そんな彼女に恋情を向けられるタツミくんのこれからの苦労は想像しただけで大変そうだ。

 

 

「そういえば、このメンバーの中で恋人がいたり結婚している者は?」

 

 

 タツミくんの首輪を外した隊長が謎の質問。

 その意図は掴めないが、とりあえず僕は未婚だしお付き合いしている相手もいないのでノーリアクション。

 同僚たちの恋愛事情が気になってさりげなく横を見れば、手を上げているのは予想外の人物だった。

 

 

「ボ、ボルスさん……!?」

 

 

 セリューちゃんが彼氏いないのは把握済みだし、恋人いるとしたらウェイブくんとかランさんとかクロメちゃんあたりかな?

 なんて生ぬるい僕の考えは一瞬にして打ち砕かれた。

 

 

「ボルスさん、そうなんですか!?」

「うん、結婚6年目! もうよく出来た人で私にはもったいないくらい!!」

 

 

 セリューちゃんも驚いたようでかなり意外そうな反応をしている。

 当のボルスさんはというと、マスク越しにもわかるくらい顔を真っ赤に染めて、照れ隠しに両頬を抑えながら惚気けだした。

 

 ボルスさんは確かに帝国以外で暮らすほうが性に合っていそうな心優しい人格者だけど、僕の先入観で、てっきり彼は独身なものと思っていた。

 ウェイブくんやクロメちゃんも同じことを考えていたようで、その表情を見ればあからさまに愕然としている。

 なんならあのDrスタイリッシュですらちょっと固まったくらいだ。

 

 

「ふむ……なんだ、ボルスだけか。セリューとルカは違うのか? ルカを気絶させたあとセリューが激昂して襲いかかってきたから、てっきりそういう深い仲なのかと思っていたが」

「え? セリューちゃんそんなことしてたんですか?」

 

 

 予想外の話にセリューちゃんのほうを見れば、彼女は熟した林檎みたいに顔を真っ赤にして「そ、それは……」ともじもじしだした。

 可愛い。限りなく可愛い。でも照れている理由がイマイチわからない。

 

 

「私もてっきり二人はそういう関係だと思っていました。初めて会った時も、セリューさんは私をルカの恋敵か何かと誤解していたようですし……」

「その節は本当にすみません! で、でもルカくんも悪いと思うんです! 散々私に向かって『愛してる』だの『愛しのセリューちゃん』だの言うくせに、その私の目の前でデレデレ他の女性を『天使』とか褒めるんですから! いえ、女性っていうのは私の勘違いだったんですけど!」

 

 

 続くランさんの発言に重ねて赤面を色濃くするセリューちゃん。

 腕の中のコロくんを内臓が出ちまいそうなくらいきつく抱き締めながら、顔をひたすらブンブンと左右に振って叫び倒している。

 

 うーん……隊長の件はさておき、ランさんの話で恥ずかしそうにしてるのはやっぱアレかな。

 ランさんを女性だと勘違いして美形同士ライバル意識を燃やしていたことを思い出しちゃったのかな。

 でも女性が美人をちょっとライバル視しちゃうくらい可愛いものだと思うのだけれど、何故セリューちゃんはあんなにも羞恥を感じているのだろう。

 容姿で張り合おうとしたことを周りに知られるのが嫌とか?

 確かにオシャレとか女磨きに興味なさそうなセリューちゃんが美を競おうとしたのは意外だったけれども。

 

 

「……ルカ、本気でわかってないの?」

 

 

 僕がひたすら首を傾げていれば、呆れた様子のクロメちゃんに指先で肩をつつかれた。

 何でそんな表情をしているのだろう。

 それではまるで、僕がまったく的外れなことを真面目に考えている空回り野郎みたいじゃないか。

 

 たぶんセリューちゃんは、なんやかんやいっても女性なわけで、僕から褒められたり口説かれたりするのが満更じゃなかったんだと思う。

 そんな時、僕がセリューちゃん以上にちやほやと持て囃す――少なくともセリューちゃんはそう感じたのだろう相手が現れ、なんとなく気に入らなくて突っかかってしまった。

 それがセリューちゃんがランさんに絡んだ件の事情で、女性ではなく男性だと判断してから沈静したのは美を競うフィールドが男女では違うから。

 

 僕はこういう考察をしている。

 ……のだが、それを口に出すとまたまたクロメちゃんにジト目で見られてしまった。

 黒真珠の瞳は孕む感情に関係なく透き通って美しい。

 

 

「あ、あのー……お取り込み中のところすみません」

 

 

 タツミくんがおずおずと挙手する。

 

 

「どうしたんだい? ああ、男子トイレならこっちだ。案内するぜ」

「いや、そうじゃなくて! 俺、宮仕えする気は全然ないと言いますか……気に入ってくれたのは嬉しいんですけど、帰してくれませんか?」

 

 

 ううむ。

 乗ってくれれば便所に案内する道すがら今後の作戦でも語り合えると思ったのに、タツミくんにアドリブ力はあまり無いようだ。

 

 

「ふふっ。人の言いなりにならないところも染め甲斐があるな」

「人の話を聞いてくださいよ!」

 

 

 もはやタツミくんのどんな行動にすら頬を染めている隊長。

 彼のツッコミは敵地ど真ん中とは思えないほど冴え渡っており、どうやら緊張はほぐれてきたみたい。

 

 

「まあまあ、落ち着きなよタツミくん。この人たち決して極悪人じゃあないからさ。ほら、僕は前にスラムで迷ってた君を道案内した元警備隊のお兄さん。覚えてる?」

「え? あ、ああ。覚えてる」

 

 

 タツミくんの目の前でかがんで視線を合わせる。

 さっき素早く走り書きした小さなメモを折りたたんで親指の間に握り込み、その状態でタツミくんの肩をポンポンと宥めるように叩いた。

 拍子に、自分の体で影になって後ろからは見えないタイミングを見計らい、彼のパーカーの中に紙片を落とす。

 

 

「そりゃあ帰りたくなる気持ちも分かるけど、ちょっと職場見学して行くくらいは別に良いと思うんだ。ほら、うちってけっこう美人が多いし目の保養になるぜ? あと、君がさっき隊長に担がれてるときに気付いたんだけど、背中にゴミみたいなの付いてるよ。ちょっと失礼するね」

 

 

 適当な理由を付けてタツミくんの背中に腕を回し、耳元に顔を近付ける。

 

 

「パーカーの中のメモ、後でこっそり目を通しておくれ」

 

 

 吐息に混じって微かに漏れる程度の声量で素早く囁いて、タツミくんに何か言われる前に彼の背中をパンパン強めに叩く。

 ホコリっぽいのがついているのは本当のことなのでついでに払っておいた。

 

 僕の発言と行動のどちらによるものかは定かじゃないけど、タツミくんは「ぅえっ!?」なんて奇声を発しつつこちらを見上げてきた。

 それに反応することなくそそくさ離れる。

 あんまりくっつきすぎると、エスデス隊長から制裁を喰らいかねない。

 ただでさえ僕はバイ疑惑をかけられることが多いのだから。

 

 なんて感じでタツミくんとの密談セッティングを頑張っていたら、慌ただしい足音と共に部屋の扉が開いた。

 バインダー片手に敬礼を決めた男の人が「エスデス様!」と注意を引くために声を張る。隊長直属の部下だろうか。

 何事かが起こりそうな気配に、ずっともじもじしっぱなしだったセリューちゃんもすっと真面目な表情に切り替わる。

 

 

「ご命令にあったギョガン湖周辺の調査が終わりました!」

「そうか……このタイミング、丁度いいな」

 

 

 乙女モードが一転。

 一気に獰猛に唇を吊り上げた隊長は、テーブルの上に地図を広げながら僕たちにこう言い放った。

 

 

「お前達。初の大きな仕事だぞ」

 

 

 その言葉を聞いて、僕たちの間に漂っていた和気藹々とした空気がその残滓すらなく研ぎ澄まされる。

 背後のタツミくんが息を呑んだ。

 

 

「最近、ギョガン湖に山賊の砦が出来たのは知っているな?」

「もちろんです。帝都近郊における悪人たちの駆け込み寺……苦々しく思っていました」

「ナイトレイドなど、居場所が掴めない敵は後回し。まずは目に見える賊から潰していく」

 

 

 隊長の発言に、セリューちゃんは目に見えて嬉しそうなオーラを飛ばしている。

 賊という名の悪を潰すのが今から待ち遠しくてしょうがないのだろう。

 次いでボルスさんが片手を上げる。

 

 

「敵が降伏してきたらどうします?」

「降伏は弱者の行為……そして弱者は淘汰されるのが世の常だ」

「弱肉強食ってやつですね」

「うむ。私の座右の銘だ」

 

 

 清々しいほどの実力主義を、残忍という者もいるかもしれない。

 が、この人はきっとそんな生き方しかできないし、そんな死に方しかできないのだと思う。

 たぶん生まれつきこんな風だったんだ。

 だから彼女の精神は更生だとか後悔だとかの範疇にない。

 いつか誰かに負けて殺されることがあっても、それは自分の思想が間違っていたのではなく、己が強者に喰らわれる弱者に成り果てたと感じるだけ。

 そうして潔く死んで逝く。

 己の人生を何一つとして恥じることもなく。

 

 

「あはっ……あははっ」

 

 

 両親から誕生日プレゼントを貰った子供みたいな喜びの表情で、セリューちゃんはうっとりと笑う。

 

 

「悪を有無を言わさず皆殺しにできるなんて……私、この部隊に入って良かったです」

「心ゆくまで殲滅するといい」

「はいっ! ルカくんも頑張りましょうね!」

「もちろん。セリューちゃんにたくさん賊の首を貢ぐよ。だからもっと僕のこと好きになってね」

 

 

 背後でウェイブくんとタツミくんがドン引きしているのには気付かないフリをする。

 っていうか仲良いなあの二人。なんか雰囲気とかそっくりだし。

 

 

「さて、出陣する前に聞いておこう。一人数十人は倒してもらうぞ。これからはこんな仕事ばかりだ。きちんと覚悟は出来ているな?」

 

 

 隊長の問いかけに、まずはボルスさんが神妙な面持ちで答える。

 

 

「私は軍人です。命令に従うまでです。このお仕事だって、誰かがやらなくちゃいけないことだから」

「同じく……ただ命令を粛々と実行するのみ。今までもずっとそうだった」

 

 

 八房の鞘に手をかけ、熟練職人が腕によりをかけて造った人形細工みたいな美貌に影の気配をこびりつかせるクロメちゃん。

 淡々としたその挙動に緊張感は見られない。

 

 

「俺は……大恩人が海軍にいるんです」

 

 

 帝具と思しき剣を握り締め、ウェイブくんも続く。

 

 

「その人にどうすれば恩返しできるかって聞いたら、国のために頑張って働いてくれればそれで良いって……だから俺やります! もちろん命だってかける!!」

 

 

 いつものウェイブくんとは違う、勇ましく凛々しい物言いだった。

 決して口先だけでないことは雰囲気から見て取れる。

 

 

「私はとある願いを叶えるために、どんどん出世していきたいんですよ」

 

 

 ランさんは妖しいとさえいえる光を両目に灯して虚空を見つめ、挑むように微笑んだ。

 この一瞬のために、芸術家なら全財産どころか命まで捨てて悔いはないだろう。

 天使が悪魔に変わる瞬間。

 ただ清らかなだけではない闇の香りを秘めた美しさ。

 

 

「その為には手柄を立てないといけません。こう見えてやる気に満ちあふれていますよ」

 

 

 次いで僕が決意表明をしようとすれば、Drスタイリッシュに先を越されてしまった。

 彼は無駄にポーズを決めながら意気揚々と語りだす。

 

 

「アタシの行動原理はいたってシンプル。それはスタイリッシュの追求!! おわかりですね?」

「いや分からん」

 

 

 隊長の冷静なツッコミにも彼はひるまない。

 踊るような動きと共に声を張り上げさらに続けた。

 

 

「かつて戦場でエスデス様を見た時に思いました。あまりに強く……あまりに残酷……ああ……神はここにいたのだと!」

 

 

 最後に膝からのスライディングを決めながら上体を反らし、隊長を仰ぎ見るような体勢でフィニッシュを決める。

 

 

「そのスタイリッシュさ! 是非アタシは勉強したいのです!!」

「…………」

「えっと、僕言って構いませんか?」

 

 

 沈黙の空気に耐えかね進言。

 僕の行動理由なんていつだって同じようなものなので、別に考える必要もない。

 返事を待たずに良しと判断する。

 

 

「僕は僕を愛してくれそうな人の為なら何でもするつもりですし、何されたって構いません。今さら大量殺人するくらいで傷付くような繊細な心も持ってません。絶対に死なないって覚悟を決めつつ、いつ死んでもいいって思っています。だから何でも平気です」

 

 

 全員の言葉を聞き終えた隊長は、満足げに帽子を被り直してくるりと踵を返す。

 どうやら皆の動機は合格らしい。

 

 

「皆迷いがなくて大変結構。そうでなくてはな。……それでは出撃! いくぞタツミ!」

 

 

 そのまま扉に向かって颯爽と歩いていく隊長の後に僕たちイェーガーズも続く。

 いきなり名前を呼ばれたタツミくんは「えっ、俺も!?」と驚いていたが、エスデス隊長の「補欠として皆の働きを見ておけ」という言葉に渋々同行を決意した。

 

 さて、この調子ではタツミくんがメモをこっそり見られるのはだいぶ後になりそうだが。

 今はとりあえず、これからいかに多くの賊を討伐し、セリューちゃんからの好感度を得られるかだけを考えよう。

 

 もちろん、他のみんなに愛される方法もだ。

 

 


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