画家が描く!   作:絹糸

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第21話:下準備

 

「エスデス将軍主催の武芸試合でーす。賞金も出ますよー。一般人でも強けりゃオーケーですのでドシドシご参加くださいませー」

「なあルカ。さすがに宣伝適当すぎじゃないか? もっと笑顔でビラ配りしようぜ」

「そういう愛嬌の部分はほら、イケメン枠のウェイブくんに任せてっから」

「お前のほうが華あるだろ……」

 

 

 なんて会話を繰り広げながら並んでビラ配りをしている僕たちがいるのは、帝都のメインストリート。

 仕事はもちろん、エスデス隊長の言うところの余興――すなわち隊長主催の武芸大会を大いに宣伝して参加者をできるだけ増やすことである。

 

 最優先は帝具の適格者になれそうな人材を見つけてスカウトすることなのだが、エスデス隊長はついでに恋の相手も探してみようと目論んでいるらしい。

 このただのビラ配りをイェーガーズの初仕事として数えるべきか。それともノーカウントでいくべきか。

 些細なことを頭の隅で考えつつ、すれ違い様にウェイブくんの財布を盗ろうとして失敗したスリのポケットにビラを突っ込んでおく。

 

 左に距離を開けたところではボルスさんとクロメちゃんが、右に距離を開けたところではセリューちゃんとランさんが僕らと同じくビラ配りに興じている。Drスタイリッシュは会場のほうに交渉に行っているみたいだ。

 僕&ウェイブくんのペアは僕の「墓場とか病院とか独房とか似合いそうだよね」なんて言われる暗い容姿のせいでやや人が寄り付きづらいが、それでもボルスさんを見て赤ん坊が泣き出してしまっているクロメちゃん&ボルスさんペアよりはマシなほうだろう。

 

 逆に一番人気なのはセリューちゃん&ランさんペア。

 セリューちゃんは悪が現れたりしなければ愛らしさにおいて珠玉のどこからどう見ても魅力的な若い娘だし、ランさんは夢の世界に身を置くような気分にさせてくれる優雅で神秘的な美青年。

 この条件で二人とも満面の笑みと上品な微笑みなんぞを顔に浮かべているのだから、もう人が寄り付いてこないほうがおかしいというものである。

 

 ……うっかり下心むき出しでセリューちゃんにちょっかい出そうとした男が彼女に殺されるはめになったりしないか、なんて心配事はあるものの。

 それはまあ、隣にいるランさんの良い男っぷりが抑止力になっていると期待したい。

 傍に自分より優れた同性がいる時、大半の男には萎縮と敗北感で調子づいた行動をとれなくなる習性がある。

 

 

「あ、でもセリューちゃんにレズビアンの女性が絡みに行くパターンはどうしよう……ランさんのお美しさに怯んで女性も近寄ってこないパターンでワンチャンあるか……?」

「お前はいきなり何を言い出してるんだよ……」

 

 

 ここ数時間で僕の性格にもう適応しはじめたウェイブくんは、呆れながらもスルーせずにきっちりツッコミを入れてくれる。

 ぶっちゃけとてつもなく嬉しい。愛されたがりの構ってちゃんな僕は、こういう他愛のないやり取りで狂おしいほど心を満たされたりするのだ。

 

 しかもウェイブくん、ビジュアルは格好良いし中身は情にあふれてて、一緒にいればそれだけでどんな相手も愛してくれそうな感じがもう堪らない。

 彼はそれを愛ではなく『仲間意識』や『友情』といった言葉で現すだろうが。

 むしろ何でもかんでも『愛』の一文字でまとめる僕のほうが少数派である。

 

 

「何を言い出してるって、そりゃもちろん今が幸せって話さ」

「俺の聞いた限りじゃそんなキーワードは言ってなかった気がするが」

「僕が訳わからない言葉を呟いてる時は、基本的に幸せな時かヒステリー起こしてる時だぜ」

「お前とヒステリーってなんかイメージ合わねぇな」

 

 

 道ゆく通行人の皆様に会釈と共にビラを押し付けつつ、僕とウェイブくんの微妙に不成立な会話のキャッチボールは続いていく。

 しかし向こうのほうから歩いてくる、瑞々しい若葉のような色彩の髪をした少年の姿に気付いて、僕は言葉を中断。

 僕の変化を感じたウェイブくんが視線の先にいる彼を発見すると、首をかしげて「知り合いか?」と僕に尋ねた。

 それに頷きつつ左手を大きく振る僕。

 

 

「やーい。ラバックくーん」

 

 

 緑の髪に赤いゴーグルというクリスマスカラーなあの少年の名はラバックくん。

 僕がたまに行く貸本屋の幼き店長さんで、あと何年かすれば良い男になるんじゃないかと密かにモデルとしての期待を寄せている相手でもある。

 いつの日かやってくるかもしれない大飢饉とかに向けて備蓄でもする予定なのか、何故か大量の塩やら砂糖やら買い込んで重そうに引きずっている。

 

 

「あー、ルカさんじゃないっすか。どうもお久しぶりで。隣の人は?」

 

 

 向こうも僕に気付いて、荷物の重さのせいか妙に汗をかきつつも明るい笑顔で手を振り返してくれた。

 催促に応じて横に立つウェイブくんを手のひらで示しての紹介タイム。

 

 

「こちらウェイブくん。新しく僕の同僚になった色々と僕好みのイケメンくんだよ」

「好み……えっ!?」

「あー、ウェイブさんとやら。ルカさんの発言は真面目にとっちゃ駄目ですよ。『友達になって』も『仲良くしよう』も、ぜーんぶ『僕を愛して』って言葉に変換しちまうような人ですから」

 

 

 僕の発言にドン引きするウェイブくんと抜群のフォロー力を披露するラバックくん。

 初めて出会ったのは2年前で、何気に彼との付き合いは密度こそ薄いものの年月だけならばセリューちゃんよりも長いことになる。

 僕の性格に対するこの理解力はさすがだ。彼が口調に反して聡い子であるというのも理由の一つだろうけど。

 

 

「そ、そうなのか」

 

 

 ほっと安堵の溜息を吐いて胸を抑えるウェイブくん。

 ただでさえDrスタイリッシュに目を付けられている彼だ。これ以上そういう意味で狙われるのは嫌なのだろうけれど、この初々しい反応を見るに軍隊にホモが多いって話は嘘なのかもしれない。

 

 でも彼の前の職場は帝国海軍。陸よりさらに女日照りであることは確実。

 同性愛者じゃなくても異性に飢えすぎてとち狂った奴が迫ってくるとかありそうな話じゃないかな。

 実際、軍隊で色々あってそっちの道に目覚めちゃった人も結構いるみたいだし。

 現在はナイトレイドに所属する元帝国軍のブラートさんとやらにも、実はホモという説が流れた過去があるとかつて兵だった近所のおじ様が言っていた。

 

 

「大丈夫だよウェイブくん。もしウェイブくんやランさんがケツ狙われたら、僕がそいつのケツにおろし金むりやり突っ込んで中の肉を紅葉おろしに変えてやるから」

「グロもぶっこんだ高度な下ネタはやめろ!」

「っていうかルカさん、見た目に反して下ネタ好きですよね」

「そりゃあ20歳の男だしねぇ。そもそも芸術家なんて基本スケベかムッツリか異常性癖者しかいねーよ?」

「いやぁ、さすがにそれは偏見じゃあないっすかねー」

 

 

 女三人寄れば姦しいなどというが、どうやらそれは男でも変わりないみたいだ。

 怒涛の勢いで展開される実りのないフリートーク。

 サボっていることを察したセリューちゃんに遠くから可愛らしく頬を膨らませて睨まれたので、僕は仕事してますアピールのためにラバックくんにもビラを押し付けた。

 

 

「何ですかこれ?」

「エスデス隊長主催の都民武芸試合の宣伝ビラ。ラバックくんも参加してみる?」

 

 

 ラバックくんわりと体重移動とかに無駄がないし、きっと鍛えているんだと思う。優勝できるかはさておき良い線は確実だろう。

 いつかのタツミくんより強そうって風には見えないけど。それも素手ならの話で、ひょっとしたら僕みたいに武器を扱う才能はあるのかもしれないし。

 ……ちなみに武器といっても僕にあったのはいわゆる暗器類の才能で、つまり長物のアーティスティックは能力抜きでただの多節棍として振るうにはそこまで敵にとって驚異にならない。

 「時と場合によっては帝具よりただの武器に切り替えたほうが強いんじゃないかな」なんてセリューちゃんにも言われたことがあるほどだ。

 

 

「ふぅん。エスデス将軍の……」

「ラバックも出るのか?」

「いや、俺はいいっすわ。貸本屋の前にでも貼っときます」

 

 

 ウェイブくんの質問にラバックくんはそんな言葉を返して、ビラを丸めカバンの中にしまう。

 「それじゃあルカさん、また今度! ウェイブさんもお勤めお疲れ様でーす」と軽薄かつ明朗に言い残して、ラバックくんは塩と砂糖を引きずったまま帰っていく。

 そんな彼の後ろ姿を見送って、ふと、僕はこんなことを思った。

 

 

「……そういえば、最近は知り合った相手が後に敵対者として現れるパターンとか多いよなぁ」

 

 

 レオーネさん然り、タツミくん然り。

 だからといってラバックくんもそうだとは限らないし、そうなって欲しいとも思わないけれど。

 僕の願いは今までほとんど叶ったことがないので、杞憂になったとしてもそういう時の心の準備はしておいたほうが良いかもしれない。

 

 世の中は理不尽で当たり前なのだから、今さら嘆きもしないけれど。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあの人も噂のイェーガーズに入っちまってたか……」

 

 

 メインストリートを抜けた人気の少ない路地裏で、ラバックはアンニュイに溜息を吐く。

 

 半年前ほど前、彼が帝都警備隊に入ることになったと愚痴をこぼしていた時点で、いつか敵対することになるかもしれないとは思っていた。

 いつかは覚悟すべきことだと分かっていたが、しかし店先で顔を合わせれば世間話をするような常連客と戦うのに流石に無感情ではいられない。

 

 もちろん殺し屋としての心構えも高いラバックのことだ。

 いざそれが必要な場面になれば刹那の躊躇いもなくルカを殺すだろうし、彼はレオーネとタツミに危害を加えたこともあるのだから、その復讐というスタンスでかかれば意外と精神的な負担にもならないかもしれない。

 

 

「けどまあ、世知辛い話だよなぁ」

 

 

 可愛い女の子を敵だからという理由で葬らなければならない時と似たような気持ちを味わいながら、ラバックはカバンの中に収納していたビラを取り出す。

 そこに書かれている『勝者には賞金』の一文に、故郷への仕送りを欠かさないタツミの姿が脳裏をよぎった。

 

 

「……俺は出ないけど、あいつに勧めてみるか」

 

 

 呟き、ラバックは己の表の姿として経営している貸本屋へと足を進める。

 

 その選択が、後にとんでもない事態を引き起こすとも知らずに。

 

 

 




『アカメが斬る!』11巻さっそく読みました。
12巻の発売が物凄く楽しみですが、来年の夏頃ということでまだまだ先なようですね。
この小説の現在の時間軸が原作でいうところの4巻前半あたりなので、12巻の発売までにせめて安寧道編が終わるよう頑張ります。
……欲をいえばワイルドハントも早く書きたいですし。


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