画家が描く!   作:絹糸

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第19話:同僚集合

 

 

「こんにちは! 帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタス! アンドコロです! ランさんいらっしゃいますか?」

「どうも、同じくルカ・サラスヴァティーです……」

 

 

 扉をぶち壊しかねない勢いで集合場所に突入したセリューちゃんと、そんなセリューちゃんに鷲掴みされてほとんど宙に浮いた状態で部屋へダイブした僕。

 

 そんな僕らを見て「また変な奴らだ!」とでも言いたげなリアクションをしているイケメン青年には、「足元に鮮魚大入り袋が添えてある君も充分に珍しい部類だと思うぜ」とでもツッコミを入れておきたかったが、しかし手首の骨が軋みそうなほど強く引っ張られている今の状態でそんな悠長なことも言ってられない。

 

 ニコニコ顔で挨拶を済ませたセリューちゃん。

 彼女は服装がちょっと田舎っぽいけど磨けば光りそうな原石的イケメン、どことなくアカメちゃんに顔立ちの似た可憐で陰のある美少女、相変わらずムキムキでビジュアルだけなら拷問官にしか見えないボルスさん――と、順次に部屋の中にいる人間へと視線を巡らせていって、それが終わると据わった目で呟いた。

 

 

「……金髪美女はいない。私たちのほうが早く着いたみたいですね」

「あの、セリューちゃん。ランさんは確かに人間の母親から生まれたとは思えないくらいの美人さんなんだけど、でも美女っていうのは勘違いで――」

 

 

 やはり誤解されているらしいと判断をつけて、訂正のために口を開く。

 しかし僕の声が重要な部分まで言い切る前に、扉の向こう側から響いてきた成人男性の声がそれを遮った。

 

 

「ちょっとセリュー。お願いしておいた薔薇の演出はちゃんと覚えてくれてるのかしら?」

 

 

 ……もう一度、念の為に言っておく。

 『成人男性の声』である。決してハスキーボイスの女性ではない。

 

 どうやらその声は知り合いのものらしく、セリューちゃんは「失礼しました! 只今!」と慌てて返しつつコロくんの口の中から薔薇の花束を取り出す。

 コロくんってあんなポケットいらずの便利機能ついてたのかよ。と驚く暇もなく、いきなり花束を丸ごと地面に散らせてローズの絨毯を敷いたセリューちゃんは、貴人を迎える御伽噺の中の騎士のように跪きつつ声を張った。

 

 

「Drスタイリッシュ! 準備が整いました!」

 

 

 Drスタイリッシュ――その名前は確か、セリューちゃんの人体改造の全てを手がけたという帝都でも替えのきかない優秀な科学者だったはず。

 このタイミングで登場とは、まさか彼も僕らの同僚になるのだろうか。

 ランさんの性別について訂正する件も忘れ、固唾を飲んでその登場を見守る僕。

 

 

「第一印象に気を遣う……それこそがスタイリッシュな男のタシナミ」

 

 

 語尾にハートマークがぶら下がっているような言い方だった。

 入ってきたDrスタイリッシュは、全体的に洒落者らしい垢抜けたファッションをしており、しかしいちいち身体をくねらせるその動きが伊達男っぷりを台無しにしている。

 

 視界の端で、イケメンが「今度はオネェかよ!」みたいな顔をして口をあんぐり開けた。

 それを目敏く発見したDrスタイリッシュ。

 どこか嬉しそうな顔でウインクを飛ばしつつ彼に絡みに行く。

 

 

「あら、アナタ田舎臭いけどなかなかイケメンじゃない。アタシが磨いてあげるわ。よろしくね」

「あはは……」

 

 

 どう返したら良いのか分からず困ったように乾いた笑いをこぼすイケメンくん。

 彼は苦労人であることを宿命づけられた存在らしい。

 なんてことを考えながら二人を観察していたらDrスタイリッシュと目が合ってしまって、何故か投げキッスを贈られる。

 セリューちゃんの恩人からのプレゼントを避けるのは失礼な気がしたので、とりあえず、手で狐の形を作ってそれをパクッとするようなジェスチャーをしておいた。

 「いやんっ」と、ピンク色のオーラを飛ばしながら身悶えるDrスタイリッシュ。彼のツボにはまる仕草だったようだ。

 

 

「こんにちは。どうやら私が最後のようですね」

 

 

 冬の聖夜に鐘の鳴るごとき声。

 ついさっき聞いたばかりのその穏やかで透き通ったベルベットボイスに、僕は素早く扉のほうへと振り向く。

 

 そこにいたのは紛れもないランさん。

 男だてらに芙蓉の顔ばせ。背景に羽のエフェクトとキラキラしたトーンでも貼られていそうな相変わらずのお綺麗さで、僕は思わず詩でも綴りたくなった。

 

 

「よぉ。よろしくな、ウェイブだ……」

 

 

 「まともと見せかけてまた変な奴なんだろ?」とでも主張するような疲れ果てた様子のイケメン……ウェイブくんに対し、ランさんは、

 

 

「ランです。こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 と、花開くかのごとき微笑みを一つ。

 

 その至極まともな反応に感動したウェイブくんは、一瞬遅れて椅子から立ち上がったあとランさんの両手をぎゅっと握り締め、半泣きになりながら笑顔を浮かべていた。

 きっと頭の中では「ようやく最後にまともな奴きた!」とでも考えているんだと思う。

 対するランさんは顔に微笑みを貼り付けたまま頭上に疑問符を飛ばしていた。

 

 

「ランさん……そうですか、貴方が……」

 

 

 イケメンと美青年のツーショットも良いなぁと思いながら呑気につっ立っていた僕の意識を、セリューちゃんの底冷えする声が現実に引き戻す。

 

 やばい、そういえばまだ訂正してなかった!

 慌ててセリューちゃんの身体に手を伸ばす僕だが、しかし彼女が動き出すほうが先だった。

 ツカツカと靴の音を鳴らしてランさんに真顔で近寄っていくセリューちゃん。

 そんな彼女の様子に気付いたランさんが、「あの、私に何か?」と首をかしげた。

 同時に、そのまま宝石店に売り出せそうな純金の髪がさらりと頬に影を作る。それを親の仇でも見るような眼で睨めつけるセリューちゃん。

 

 

「……ふんだ。確かに髪はお綺麗ですし顔だってルカくん好みの美人ですけど、でも声は女性にしては低いじゃないですか」

「?」

「そりゃあ足も長いし背も高いし、こういうスリムなスタイルが好きという男性もいるかもしれませんけど、でも胸なんてペッタンコでまるで男の人みたいな……」

「あの……?」

「男の人……みたい、な……?」

 

 

 ペタペタと素手でランさんの胸元を触りまくるセリューちゃん。

 戸惑い気味の表情を浮かべるランさん。

 そんな二人を「新手の修羅場か?」とでも言いたげに冷や汗を流しつつ眺めるウェイブくん。

 

 ランさんの胸部をペッティングでもするみたいに撫で回していたセリューちゃんだったが、しかし数十秒ほどの時間でそれを切り上げて手を離したあと、先ほどまでとは打って変わって急に静かになる。

 そして、恐る恐るといった様子でランさんに震える指先を向けて、同じく震えた声で彼女はこう問うた。

 

 

「ま、まさか……女性ではなく男性なんでしょうか……?」

「はい。間違いなく」

 

 

 はっきり肯定するランさん。

 自分の勘違いをここに来てやっと悟ったらしいセリューちゃんは、「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど」と言葉を詰まらせながら、頬を紅潮させて勢いよく頭を下げた。

 

 

「どうもすみませんでしたーッ!!」

 

 

 彼女の謝罪の勢いは止まることなく、そのまま土下座まで行きそうな力強さで言葉は続く。

 

 

「違うんです違うんです違うんです! 別にセクハラしたかったわけじゃないんです! ただルカくんが貴方のことを散々『美人』だの『天使』だの惜しみなく褒めてたから、てっきりライバル登場かと……!! ルカくん金髪大好きですしッ!!」

「僕、茶髪だって好きなんだけどなぁ」

 

 

 小さく呟いた僕の声は届かない。

 

 それにランさんはセリューちゃんのライバルには成りえない。

 美を競うにしたってジャンルというものがあるのだ。

 セリューちゃんの可愛さとランさんの綺麗さは、同じフィールドに立って甲乙つけるべきものではない。

 向日葵の魅力と白百合の魅力が異なるように、セリューちゃんとランさんの魅力もまた別物なのだから。

 

 

「っていうか、ルカくんもややこしいこと言わないでくださいッ! 美人なんて言うからてっきり女の人だと!」

「盛りの花を愛でる折に、雄しべと雌しべを気にはしないよ。美人は美人だろ?」

「うぅ……そういえばルカくんはこういう人でした……」

「ほら、玉の姿とか花の姿とかよく言うじゃん。美人は性別に関係なく大輪であり宝石であるの。褒め讃えないとかむしろ失礼なの!」

「お二人とも、非常に仲がよろしいんですね……」

 

 

 僕とセリューちゃんのやりとりを観ていたランさんが苦笑い気味に締めくくる。

 果たして僕に引いたのかセリューちゃんに引いたのか定かではないが、8対2くらいの割合で僕のほうだと思われる。

 綺麗なモノに嫌われるのはとてもとても悲しいことなので、この話はここら辺で切り上げたほうが良さそうだ。

 

 いつの間にかボルスさんが淹れてくれていたお茶を戴いて、大人しく席に座る。

 一通りの自己紹介を終えた結果、アカメちゃん似の華奢な美少女はクロメちゃんという名前だと判明した。

 ご兄弟があと五人くらいいて全員融合したらニジメちゃんになるのかもしれない、なんて馬鹿なことを思い浮かべたが、冷静に考えてみると虹に黒は存在しなかった。

 

 親睦を深めようとウェイブくんに話しかけるボルスさん、機嫌を回復するためコロくんとじゃれあうセリューちゃん、暇なので同僚たちの顔をスケッチブックに模写する僕、ひたすらお菓子を喰らうクロメちゃん、ゆったりと上品にお茶を飲むランさん、頬杖をついて何かを考えているらしいDrスタイリッシュ。

 

 そんな和気藹々(?)とした光景にヒールブーツの音を響かせつつ割って入ったのは、謎の仮面を被ったエスデス将軍だった。

 ウェイブくんなどは「ん……誰?」と不思議そうにしているが、僕はエスデス将軍の顔が隠れていてもスタイルや肌の色で大体の判別がつく。もちろんこれはセリューちゃんやレオーネさんや、なんなら男性陣にも言えることだ。

 次いで聞こえてきた「お前達! 見ない顔だ! ここで何をしている!!」という声も間違いなくエスデス将軍のものだったので、僕は片手を上げながら将軍に向かって声をかけた。

 

「あの、エスデ」

「おいおい。俺たちはここに集合しろって……」

 

 

 またもや僕の声は誰かに被せられる形で存在を抹消されてしまった。

 それだけでは終わらず、いきなりウェイブくんを怒涛の勢いで蹴り飛ばしたエスデス将軍は、なんとそれ以上のスピードで僕に向かって拳を放ってきた。

 

 

「ちょ、ま、タンマ! しょうぐ、」

「貴様はちょっと寝ていろ!」

 

 

 特級危険種も一撃でおねんねしそうなボディブローを腹に喰らい、絶息しながら地面に沈む僕。

 近くで壁に激突して同じようにダウンしているウェイブくんを霞む視界の中で眺めながら、僕は気絶する寸前でやっと気付いた。

 

 

 ――そっか。エスデス将軍、正体バラされたくなかったんだな……。

 

 


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