画家が描く!   作:絹糸

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第1話:セリュー・ユビキタス

 

 

「殺された? あのオーガ隊長が?」

 

 

 同僚から告げられたことの内容に、僕は思わず目を丸めた。悪い冗談だと思ったのだ。

 しかし彼女の様子から察するに、どうやら真実らしい。

 普段は純情可憐な少女を思わせる笑みにほころぶ淡い桃色の唇が、真っ白な歯に噛み締められて血の気を帯び、ふるふると震えている。

 怒り、ではない。悲しみだ。

 

 セリュー・ユビキタス――帝都警備隊に入ってからもう半年の付き合いになる可愛い僕の同僚は、やはり僕と同じように、オーガ隊長の弟子だったのである。

 

 日に当たればオレンジがかって見えることもある明るい茶髪は、普段はポニーテールの形にきっちり纏められている。

 だというのに、今日の彼女はふくらはぎまで届こうかという長い髪を、まるで一晩中泣き明かしたあとみたいに乱れた状態でおろしたまま。

 真ん丸な琥珀のような瞳もこころなし赤らんでいる。きっとついさっきまで涙を止めるためにゴシゴシとこすっていたに違いない。

 

 

「……はい。ナイトレイドという凶賊の仕業です」

 

 

 かすれた声で頷くセリューちゃんの言葉に、僕も「そうだろう」と納得した。

 

 僕とセリューちゃんの所属する帝都警備隊。そのトップに君臨するオーガ隊長は、見るからに屈強な容姿にたがわず『鬼のオーガ』と呼ばれる実力者。

 そんな彼を倒せるならば、羅刹四鬼くらいに壮絶な修行を積んだ者か、ナイトレイドのような帝具持ちに限られる。

 

 ……仮に、将軍級の才能を持った者が挑んだならば前者のパターンでなくともあの人が敗れる可能性はあると思うが、これは考えなくてもいいだろう。

 あのレベルの素質の保有者なんてそう転がっているものじゃない。

 

 

「ナイトレイドなぁ。こちとら未だに新米気分の抜けないぺーペーなんだ。暗殺集団なんて恐ろしいものにはあまり関わりたくねーけど、」

 

 

 頭を掻きながら、ちらりと、セリューちゃんの様子を横目で伺う。

 彼女が悲しみの次に浮かべる感情が何かなんて、そんなものはこの半年の付き合いですっかりわかりきっている。

 

 

「セリューちゃんは仇を取るつもりなんだろ?」

「もちろんです」

 

 

 間髪を容れず答えるセリューちゃん。

 その愛くるしい瞳に浮かぶ感情は――憤怒。

 

 セリューちゃんは、ちょっと人を見る目が無いというか、あきらかに怪しい相手もほいほい良い人だと信じ込んで心の底から敬意を払うようなところがある。

 

 オーガ隊長に関してはそのパターンだった。

 ちょっと暗い道でも歩けばオーガ隊長のあくどい噂などいくらでも耳にできるというのに、すでに彼を善良な恩師であると刻んでしまっているセリューちゃんの脳味噌は、そういった否定の言葉を受け付けない。

 良くも悪くも、危ういばかりに純粋な女性なのである。

 

 もっとも僕だって、頭のおかしさで言えば似たようなものかもしれない。

 自覚があるか、ないか。ただそれだけの違いだ。

 

 

「なら付き合うぜ。短い間だったけど、オーガ隊長にゃあ世話になった」

「ルカくん……!」

 

 

 感動したように瞳を濡らしてこちらを見つめてくれるセリューちゃんには申し訳ないが、実際のところ、僕はさほどオーガ隊長に対する“惜しい人を亡くした”という気持ちは抱いていなかったりする。

 嫌いじゃないが、特別好きでもなかった。親しみはあれど慕ってはいなかった、とも言えるかもしれない。

 

 僕は普段から「1番目に好きなのは綺麗なモノ、2番目に好きなのは格好良いモノ、3番目に好きなのは可愛いモノ」と公言する通りに耽美主義の面食い野郎だ。

 もちろん人の中身がどうでもいいというわけじゃないが、中身が同じ人間が二人いればビジュアルが優れたほうに好意を寄せる。

 

 そんな性分の僕にとって、特別イケメンというわけでもなければ性格にシンパシーを感じることもないオーガ隊長は、格闘技の師匠として僕を鍛え上げてくれたという点に関する感謝を除けば、そこまで思うところのある相手ではない。

 

 けどセリューちゃんにそんなことを正直に打ち明ければどうなるか。

 彼女は間違いなく僕に良い感情は持ってくれないだろ。

 

 人は自分と似たような相手を好きになるという。

 僕は自分と同じ頭のおかしいセリューちゃんが気に入っていて、ついでに彼女の容姿が、すれ違った変態じじいが鼻の下を伸ばすくらいに可愛いとくれば、もう愛さないわけにはいかない。

 

 そんな愛しの同僚セリューちゃんには嫌われたくない。だから僕は、僕がセリューちゃんの報復に付き合う理由を特に思い入れのないオーガ隊長へと押し付けることにしたのだ。

 

 

「そうと決まればさっそく見回りです! ナイトレイドを見つけたら私に知らせてくださいね、ルカくん!」

 

 

 相変わらず切り替えの早い同僚だった。

 勢いよく立ち上がって警備隊の詰所から外へと向かって駆けていくセリューちゃんの後ろ姿に、「コロくんもちゃんと連れていけよー」と声をかけて見送る。

 

 魔獣変化ヘカトンケイルことコロくんはセリューちゃんの大事な帝具だ。

 アレなしでも、改造手術とかで体を物騒な方向にいじられているらしいセリューちゃんは強いけど、さすがに相手が帝具持ちともなれば命の危険が高まる。

 

 その点、生物型帝具であるコロくんがいれば、ほぼ二人がかりでリンチするみたいにかかっていけるのだから、並大抵の帝具使いじゃひとたまりも無いだろう。

 セリューちゃんの実力なら、ひょっとして帝具使い二人相手でもどうにかなるかもしれない。

 ……というのは、さすがに言いすぎた。

 

 

「さて、僕も見回り行くか。セリューちゃんに貸しを作って絵のモデルやってもらうチャンスだ」

 

 

 帝具アーティスティックを背負って僕も詰所を後にする。

 ついでにまだ見ぬ帝都の美人さんも物色しておこう。なんて、気の抜けたことを考えながら。

 

 




散々“愛しの”とか“愛すべき”とか言ってますが、ルカは気に入った相手なら誰にでもそういう言葉を使う奴です。
オーガ死亡からという変則的な始まりですが、ここから先の原作イベントはできるだけ関わっていきたいと思います。


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