画家が描く!   作:絹糸

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第16話:ボルスさんという人

 

 

 エスデス将軍直々に血反吐出るまで可愛がられた僕は、解放された後なんとか合流予定だった帝具使いの同伴者、ボルスさんと対面。

 最初はそのインパクト抜群のルックスに目をガン開きするという失礼な対応をとってしまった僕だったが、どうやら見た目に反しておおらかな人柄らしく、そのことについて因縁をつけられることはなかった。

 向こうも向こうでエスデス将軍と僕のやりとりに若干ながらも引いている様子があったので、言うに言えなかっただけかもしれないが。

 

 

「着きました。ここがイナカ村ですね」

「名前の通りに本当に田舎だね……あ、藁の家があるよ。小さくて可愛いね」

「マジですか。珍しいですね。ちょっとスケッチしてきま……駄目だ。そういえば今は仕事の最中」

 

 

 馬を乗り継いで例の賊が暴れまわっているという村、ほとんど自然しかない『イナカ村』までやって来た僕とボルスさん。

 

 とりあえず服はいつも通りのものに着替えたもののノーマル拷問Bコースで苛まれた僕の体はまだ痛みを訴えており、万全とは言い難い状態で、まあ馬に乗るのはなかなか億劫だった。

 しかしそれを察したボルスさんが途中で何度か休憩を挟もうと提案してくれた。本当によく心遣いをしてくれる人で、人は見かけによらないとは正にこのことだと思う。

 

 まあ、村に着くのが遅くなるのが面倒臭いという理由で結局その提案は辞退して、ここまで馬をすっ飛ばしてきたのだが。

 ただの打撲と裂傷で今さらへばれるような温室育ちではない。

 たとえかつての僕がインドア派でも、その扉の内側が歯が鳴るほど寒くて朝から晩まで薄暗くて体液の臭気に満ちた部屋なら、ワンパクに外で遊び回る帝都の子供たちよりも苦悶には慣れよう。

 

 

「まずは賊の情報を集めようか。村の人に聞き込みに行こう」

「そうですね。……僕とボルスさんじゃ、声かけた村の人とまともに話し合えるか怪しいですけど」

 

 

 なにせボルスさんは中身の穏やかさを差し引いてもこの威圧感だし、僕は僕で面構えから雰囲気まで薄気味悪い。

 それに賊が暴れまわることもあるような村ならば、なおさら住人たちの警戒心も強まっているだろう。

 はたしてコミュニケーションが成立するのかどうか。

 

 ボルスさんも同じ悩みに行き当たったらしく、「……気長に話しかけてみるしかないね」と肩を落とした。

 帝都では珍しい人格者である彼にそんなリアクションをとらせてしまうのがなんだか申し訳なくなって、とりあえず励ますことにする。

 

 

「ご心配なさらずとも、ボルスさんは優しい人ですし。案外すぐに村人さん達と打ち解けられるかもしれませんよ」

「……私は、優しくなんてないよ」

 

 

 しまった。

 地雷かなにか踏んでしまったらしい。

 

 マスク越しでもわかるほどしょんぼりと眉を下げるボルスさんに、僕は己の選択ミスを早々と悟る。

 ……けど、初対面の相手がどんな人間かは直感でなんとなく認識できる僕が、この人を人格者寄りであると察知したのだ。

 少なくとも、悪逆非道で血も涙もない男ではないと思うのだが。

 

 「どうしてそうお思いになるのでしょうか」と疑問を投げかければ、ボルスさんは一瞬だけ口ごもった後、どことなく言いにくそうにその理由を語ってくれた。

 

 

「私は焼却部隊の人間として、色々なことをやってきたから。……疫病の蔓延した村を村人ごと焼き払ったり、上からの命令で死刑囚を燃やし尽くしたり」

「疫病はまあ、仕方ないんじゃないですかね。殺された側が恨むも恨まないも自由で、殺した側が責任を負うことを放棄するもしないも自由、って主張してそれがまかり通る程度の事情ではあると思いますよ。死刑囚はボルスさんが燃やさなくても死刑囚である時点でどっちみちご臨終させられちゃいますし」

 

 

 言葉を尽くした僕のフォローも効果はなく、顔を曇らせるばかりのボルスさん。

 

 ……なんというかこの人、たぶんこういう職業に向いていないんだと思う。

 だからといって僕が向いているのかと聞かれればそうでもないんだけど、なんかこう、ボルスさんは帝国ではないもっと穏やかな国で小料理屋でも営みながら平和に暮らしているのが似合いそうな気がする。

 ご本人もそういう生活が嫌いではないと思う。

 

 なのに何故、焼却部隊なんてどう足掻いても手を汚すしかない職業に身をやつしているのかと聞かれれば、たぶん彼は「誰かがやらなければいけないことだから」とでも答えるのだろう。

 心優しいがゆえに自分だけが平穏に生きることを許せず、自ら汚れ役を買って出る男。彼の性分を手短にまとめればこんなものか。

 

 彼のような男は、たとえ革命軍がこの国を平和なものに作り替えたとしても、人々が忌避する職業をあえて選ぶに違いない。

 そういう職業が好きだからではなく、好きではないから選ぶのだ。

 「こんなことは人にやらせたくないから」。

 「誰かがやらなければならないことなら自分がやる」。

 恐らくはそんなことを考えて。

 

 ああ、なんて生きづらい。

 背負わなくて良い罪まで背負うその暮らしぶりは、理解してくれる人も少ないし、どころかそのうち背負った罪に関わる誰かに報復を受けてあっさり死んでしまう可能性のほうが高い。

 

 生半可な神経ならとっくの昔に壊れているだろう。

 それでも理性を保ち、それだけでなく僕のような奴までに気遣いを忘れないその態度。

 敵対者の中に、彼を『罪深い』と形容する者はあれど、『悪の権化』と蔑む者はおるまい。

 

 

「それにほら、気休め程度の話になりますが、誰かが『罪』と呼ぶ行いの余波で救われる人間ってのも稀にはいるんですよ。僕もそうですし」

 

 

 一番目のフォローが不発に終わったので、今度は稀少例である実体験を持ち出して挽回をはかってみることにした。

 

 

「ルカくんが?」

「はい。僕の故郷、帝国の端っこのほうにあって『ゴミ溜め』って唾棄されてるような集落なんですけどね」

 

 

 ピクリと、ボルスさんの耳がマスクの向こうで動いた。

 あそこについて知っているのか、あるいはゴミ溜めという名前の酷さに反応しただけなのか。

 

 

「そこが何者かの集団によって襲われて住人のほとんどが皆殺しになったおかげで、どさくさに紛れて逃げ出せたんですよ。たぶん死体をまとめて処理しようとしたんでしょうね……凄い勢いで火が放たれて、視界が煙と炎でほとんど機能しないような状態だったんですけど、でもそれって向こうからしても同じってことじゃないですか。だから今しかないと思ってほとんど勘だけでその中を走り続けて、気付けば外に行ってました」

 

 

 人目につかない場所で軟禁されていたおかげで、僕は正体不明の襲撃者の集団には発見されなかったのだ。

 襲ってきた人たちが誰かもわからないし、何のためにあんな金も食べ物もない場所を狙ったのかはそれこそ意味不明だけれど。

 それでも僕は、あの襲撃があったから外に出られた。

 

 

「……その話って、何年前のことかな」

「僕が10歳くらいの頃だったので……ちょうど10年前ですね」

「…………」

「ボルスさん?」

 

 

 返事のないボルスさんに首を傾げてみる。

 やっぱりなにか心当たりがあるのだろうか。

 

 僕としては新たな人生を歩むきっかけとなった日で、気に病むどころか気に入っているくらいの記憶なのだが、もしボルスさんがあの事件に関わっていたなら罪悪感だか責任感だかを背負ってしまいかねない。

 なので、もし関係しているならば素直にそうと口にして頂かなければフォローもしづらいのだが……相変わらずボルスさんは無言のままだった。

 

 この空気に耐え兼ねて、僕は神妙な面持ちのボルスさんにおずおずと声をかける。

 

 

「あの、ボルスさん――」

「――いやぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 

 それを掻き消して上回るような大きさで、女性のものと思しき悲鳴が空気を揺らした。

 

 反射的に、僕もボルスさんも馬を駆って声の方向に飛び出す。

 僕はアーティスティックの穂先に絵の具をぶっかけながら、ボルスさんは彼の帝具である煉獄招致ルビカンテを手に取りながら。

 

 

「ボルスさん! お先に失礼します!」

 

 

 僕はポケットから描きかけだったワイバーンの絵を取り出し、最後の一筆を加える。

 紙面からぽっと現れ出る翼を持った大きな竜。

 代わりに真っ白になってしまった紙は邪魔になるので馬の上に置いておいて、僕はワイバーンのうなじに早々と飛び乗った。

 

 さっきの沈黙の意味は、この仕事が終わったらゆっくり聞かせて貰おう。

 

 





次回、オリジナル帝具が出てきます。
ただし帝具の名前は出ても帝具使いの名前は出ません。
オリキャラと見せかけたただのモブキャラです。



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