今回のは次回の三獣士登場への小休憩みたいなものですので、かなり短いです。
セリューちゃんとコロくんとルカとモブしか出ません。
ナイトレイド襲撃事件から数週間がたった。
あれからどうにもセリューちゃんの様子がおかしい。
なんというか、明確な違いは無いのだが――覚悟。
そう、覚悟を感じる。
ことあるごとに僕に対して「私、もっと強くなりますね」だとか「正義は負けないんです! だからルカくんも安心してください!」だとか、そういう慰めだか励ましだかよく分からない声をかけてくれるようになったのだ。
それでも始めのうちは僕の気のせいだと思っていた。
けれど――
「ルカくん。私、両腕を切り落とそうと思うんです」
――こんな言葉をセリューちゃんの桃色の唇から聞いた瞬間、ああ、僕の勘違いではなかったのだと確信してしまった。
もぐもぐとコッペパンを食べながら朝の挨拶程度の気軽さでそんな話を振ってきたセリューちゃんに、僕はできるだけ感情の乱れを押し殺し、「何でまた?」と首をかしげた。
詰所の食堂で朝っぱらからこんな会話を繰り広げている僕たちの姿を、通りすがりの隊員たちはみな遠巻きに見たり、あるいは聞き耳を立てたりしている。
それに気付いているのかいないのか、意に介した風もないセリューちゃん。
「Drスタイリッシュの人体改造手術、五体満足で受けるには限界があるみたいなんです。格段にパワーアップしたいならせめて四肢の半分くらいは引き換えに失う覚悟がなきゃいけないみたいで」
「はあ……それで両腕を?」
「はい。正義には己を犠牲にしてでも悪を滅する義務がありますから」
窓の外では小鳥が鳴いている。
陽射しはうららか、吹き込む風は心地良い。
こんな素晴らしい日は太陽の下で愛しのセリューちゃんと共にショッピングでもと思っていたのだが、どうやらそんな穏やかな一日にはなりそうもない。
強くなるために血の通った己の腕を捨てる。
それを決めるのに、はたして彼女の中でどれだけの葛藤があったのか。
あるいは前々から考えていたことなのかもしれない。
ならば覚悟のための最後のひと押しになったのは、ひょっとしてナイトレイドを取り逃した例の件か。
僕の考えていることを読み取ったのか、セリューちゃんは「本当は、」と続けた。
「ちょっと怖いんです。正確に言えば、『怖かった』って過去形なんですけど。でも、ルカくんのおかげで覚悟が決まりました」
「僕のおかげ?」
「腕を失うよりも、ルカくんが私のせいで傷つくことのほうがずっと怖いって、そう思ったんです」
その言葉を聞いて僕の心臓はどくりと大きく跳ねた。
罪悪感、責任感、後悔……どれでもない。
きっとこれは、薄ら暗い歓喜だ。
自分の頬が柄にもなくゆるみそうになるのをぐっと堪える。
今セリューちゃんが言ったことの意味は、要約すると『己の両腕と引き換えにしてでも僕を守れるだけの力が欲しい』と、そういうことなのだ。
そんな風に僕を想ってくれている。
そんなにも僕を大切にしてくれている。
――僕を愛してくれている!
抑えきれずに僕の体は幸福に震えた。
それを『自分のせいで同僚に悲愴な決断を迫らせることになってしまった後悔と責任感によるもの』だと錯誤したのか、セリューちゃんは僕の体をぎゅっと抱きしめ、絹のベールで優しく包み込むみたいな声で囁いてくれた。
「ルカくんのせいじゃありません。ルカくんの“おかげ”なんです。いつも私の正義を支えてくれるルカくんがいるからこそ、私は強く在ろうと頑張れるんです」
「セリュー、ちゃん」
「……だから気負わないでください、ルカくん。私は、ルカくんが思ってるよりずっと、ルカくんに救われてますよ」
――嗚呼、違う。
違うんだセリューちゃん。
僕は気負ってなんかいない。
君が覚悟を決めるに至った理由が僕であることに、法悦を感じているんだ。
心の底から喜んで、泣きたいくらいに幸せなんだ。
だって僕は今、愛されている。
代え難いものとして扱われている。
慈しまれている。
きっとセリューちゃんは、僕が死ねば涙を流してくれるだろう。
僕が傷を負えば心配してくれるだろう。
ただ無造作に可愛がられるだけの、いくらでも替えのきく“愛玩動物”じゃあない。
僕という存在を唯一無二として。
ルカ・サラスヴァティーを、セリュー・ユビキタスは人として愛してくれている。
その事実だけで、もう死んだって良いと思えるくらいだ。
「ありがとう、セリューちゃん」
ありがとう。
本当にありがとう。
セリューちゃんの背中に腕を回して、僕は恍惚の声で呟く。
そしてごめんなさい。
僕は君を騙してきたし、これからもきっと、この愛を失うことを恐れて君を騙し続けると思う。
ならばせめて、僕は最後まで君を騙し尽くしてみせよう。
君に真実を見せて絶望なんてさせない。
輝かしいこの世の誠も、君を焼き殺す光でしかないなら、その目に触れる前に闇に葬ってしまおう。
こんなの独りよがりな自己満足でしかなくて、罪滅ぼしでしかなくて、しょせんは自分の為だってことは嫌というほど分かってるけれど。
ねえ、セリューちゃん。
僕の持っているものなら君に何でもあげるよ。
持ってないものなら誰かから奪ってでも貢いでみせる。
だから君は僕に愛をおくれ。
それだけで良いんだ。
誰かに愛してさえ貰えるなら、僕は何だってするし、何をされたって構わない。
地獄の底でも天国みたいに笑ってみせるよ。
君の正義だって守り抜いてみせる。
だからセリューちゃん。
お願いだ。ずっと僕を愛していて。
一番じゃなくたっていい。
二番目でも三番目でも、百番目だって構わない。
腐り果てた僕の魂をほんの僅かにでも惜しんでくれるなら。
「僕も今、君のおかげで凄く幸せだよ」
ありとあらゆる感情をその一声に込めて、僕はただ、愛しい彼女の体へと縋るように顔を埋めた。
三獣士が出てきてからの展開を1~4話くらいやったあと、いよいよイェーガーズが出せそうです。
この小説は『メインヒロイン:セリューちゃん』、『サブヒロイン:イェーガーズのほぼ全員』といった感じになる予定なので、私ははやくヒロイン勢揃いさせたくてウズウズしております。
たとえ恋愛感情じゃなくたって、ルカにとってはセリューちゃんもクロメちゃんもウェイブくんもランさんもボルスさんもヒロインみたいなものなのです(暴論)。
愛してくれそうな人は愛しにかかるのがモットーな奴ですので。
……え、Drスタイリッシュ?
あの方はどう頑張っても人としては愛してくれなさそうなので……。