画家が描く!   作:絹糸

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第12話:人質交換

 

 

「悪い話じゃねーと思うんだ。僕は愛しい人を失わずに済むし、君たちも大切な仲間を亡くさずに済む。それにほら、もうちょっとで警備隊のみんなも来ちまうだろうしさ。ここでサクッと僕の話に乗っちゃったほうが得るものは多いと思うぜ?」

 

 

 セリューちゃんが気絶してくれているうちに話を終わらせなければと思うと、自然と饒舌になってしまった。

 幸い普段の口数なんて知ったこっちゃないナイトレイドの面々には不審と感じられなかったらしい。

 

 正義に対する誠実さは狂気の域まで達しているセリューちゃんのことである。

 ここで僕がナイトレイド、つまりセリューちゃんにとっての『悪』相手に人質交換なんて真似をふっかけたと知られれば、僕は間違いなく彼女に嫌われてしまう。

 それだけは避けたかった。愛しい相手に嫌われるほど辛いことはない。

 ましてやそれが、僕の一方通行でなく向こうからも好意をくれる相手となるとさらに貴重なのだから。

 

 だからこの行動がセリューちゃんにバレないように――セリューちゃんが気を失っている内に、欲を言うならば警備隊の面々がここにたどり着く前に人質交換を成功させてしまいたい。

 

 

「レオーネさんの四肢もちゃんと一緒に返すし、帝具だって奪っちゃいない。なんなら、そっちのツインテールの女の子はセリューちゃんに見られてるから無理だとしても、レオーネさんとタツミくんがナイトレイドだってことを誰にも漏らさないって誓ったって構わないしさ」

 

 

 我ながら破格の条件でセリューちゃんの身柄を求めている。

 僕の言葉に思案顔をしているアカメちゃん。

 人質交換を受け入れるかどうかで悩んでいるというよりは、どうして僕がここまでの好条件を出しているか考えている風に見える。

 聞かれても「セリューちゃんを愛しセリューちゃんに愛されるため」としか答えられないのだけれど、そんな短文じゃ僕の言いたいことは決して伝わらないだろう。

 

 

「……アカメ、どうするの? もうすぐ警備隊の奴らが来るわよ」

 

 

 苦々しい顔でツインテールの可愛らしい少女が結論を急かす。

 浪曼砲台パンプキンの銃口は一応こちらに照準を合わせてはいるものの、引き金にかけた指に力が入っていないのを見るに、どうやら撃つ気はなさそうだ。

 本音を言えばさっさと取引に応じて仲間を助けたいが自分一人の一存で決めるわけにはいかない、といったところだろうか。

 

 

「アカメ。迷っている暇はありません。今回はレオーネたちを助けましょう」

 

 

 どことなくだが僕と似た匂いを感じるチャイナドレスの美女は、先ほどの少女と違って初めから人質交換しか選択するつもりはないらしい。

 たぶんだけど、仲間意識とか人の何倍も強い女性なんだと思う。これでも僕の直感の的中率は九割前後とよく当たるほうだ。

 

 

「……私がシェーレとマインの任務について来たのは、気にかかることがあるからだと言ったな」

 

 

 ぽつりと、アカメちゃんが脈絡のない言葉をこぼした。

 視線の先にいるのは僕だ。

 

 

「出会ってからずっとお前のことが気になっていた。何がしたいのか分からん奴だと思ったからな。今回も、お前にこうして出くわすような予感がしたから……だが、ついて行くほうを間違えたらしい。この二人ではなく、タツミとレオーネに付き添うべきだった」

「ずっと気になっていた、か。甘い響きの言葉だけど、アカメちゃんが使うならそんな意味は微塵もないんだろうね」

 

 

 どちらかというと『目をつけていた』のほうが適切だろう。

 人質交換を受け入れるとも受け入れないともとれぬその発言に、シェーレちゃんとツインテール少女――消去法でいくと彼女がマインちゃんか。

 マインちゃんからも固唾を飲む様子が伝わってくる。

 

 表情には少しも出しちゃいないけど、僕も僕で緊張の度合いは同じだった。

 このエアマンタは消えるまであと三分くらいあるからまだ良いとして、たぶん一分とたたないうちに警備隊の奴らが駆けつけてくるはず。

 そうなったら人質交換うんぬん以前に交戦は必至だ。冷静沈着なアカメちゃんであればこの誘いに応じてくれると期待したい。

 

 余裕ぶった無表情のまま大人しく事態を見守る僕。

 パンプキンを構えたまま冷や汗を流すマインちゃん。

 人質の二人を心配そうに見つめているシェーレちゃん。

 相変わらずクールで何を考えているのかちっとも読めやしないアカメちゃん。

 騒がれないよう噛ませた猿轡のおかげで無言を貫いてくれているレオーネさん。

 よほどダメージが深かったのか未だ目覚める気配を感じさせないタツミくん。

 木にぐったりと体を預けて昏倒したままこちらも覚醒する兆しのないセリューちゃん。

 いつの間にか平常時の小さな体に戻ってじっとしているコロくん。

 

 九者九様の反応を示しながら流れた数秒の時。

 その沈黙を破ったのは、アカメちゃんが村雨の刃を鞘へとしまう音だった。

 

 

「いいだろう。その話、こちらも呑もう」

「……ありがとう。じゃあ、今からエアマンタを下に降ろす。初めはタツミくんをそっちに渡すから、こっちにコロくんをおくれ」

「悪いけど、時間が無いの。こっちとしても後からやって来る警備隊とドンパチするのに得なんて無いわ。セリュー・ユビキタスと生物型帝具はまとめてそっちに渡すから、アンタもレオーネとタツミをまとめて寄越しなさい」

 

 

 僕の発言に食ってかかったのはマインちゃんだ。

 たしかに彼女の言う通り、お互いがお互いの挙動に神経を張り巡らせながらチンタラ人質交換している時間はとっくに無くなっている。

 僕にしてもこの光景を警備隊の面々に目撃されることに得は無い。ここは多少危なくとも彼女の提案に乗っておこう。

 

 「了解」と手短に返事をして、エアマンタを地面につける。

 タツミくんは背中におぶって、レオーネさんはお姫様抱っこ。もいだ四肢はレオーネさんの腹の上に置かせてもらって、重みで多少もたつきながらもアカメちゃんたちに近寄った。

 ……普段ならこのくらいの重量は一応平気なんだけど、血が流れた分だけ体力が差し引かれたのだろうか。今日はやけに重く感じる。

 

 アカメちゃんたちもコロくんの隣にセリューちゃんの体を寝かせ、それが終わるとさっさと駆け寄ってきて、僕の腕と背中にいるレオーネさんとタツミくんをひったくるように奪って行った。

 と同時に、複数の人間の足音がかなり近くまで迫っていることに気づく。

 

 

「まずいわね。さっさとずらかるわよ!」

 

 

 言うが早いかレオーネさんの手足を持って走り去るマインちゃん。

 その後ろをレオーネさん本体を抱きしめたシェーレちゃんが追い、タツミくんを米俵みたく肩に担ぎ上げたアカメちゃんも続いた。

 ……なんというか、最近の女性は勇ましくて男の立つ瀬が無いと思う。

 

 なんてブルーな気持ちに浸っていると、腕の中から「ん……」と小さな声が聞こえてきた。

 起きたのだろうか。抱きしめたセリューちゃんの表情をコロくんと一緒に覗き込み、おそるおそる声をかける。

 

 

「セリューちゃん――」

「おい、セリュー!! ルカ!! 無事か!?」

 

 

 ほとんど被せる形で響いてきた声の持ち主は、先ほどの足音の正体。

 すなわち帝都警備隊員たちのものだった。

 僕はこくりと小さく頷き、腕の中のセリューちゃんを彼らに見せる。

 まだ意識ははっきりしていないものの血の気の通ったその顔に、若いその隊員はほっと安堵の溜息を吐いた。

 同時に、閉じられていたセリューちゃんのまぶたがゆっくりと持ち上がる。

 

 

「ぁ……ルカくん、ですか?」

「うん。セリューちゃん、どこか怪我してない?」

「腹に一撃くらいましたが、他はどこにも……ッ! そうだッ!」

 

 

 がばりと起き上がって殺気立った顔で素早く周囲を見回すセリューちゃん。

 十中八九ナイトレイドを探しているに違いないが、しかし彼女たちは数十秒前にこの広場から逃げおおせたばかりだった。

 

 

「逃したっ……くそぉ!!」

 

 

 悔しそうな顔で近くの木を殴りつけるセリューちゃん。

 その表情は今にも泣き出しそうなか弱い少女のそれで、本気でオーガ隊長の仇が取りたかったのだろうということが見て取れる。

 そんなセリューちゃんの肩にポンと手を置いて、僕は口からでまかせを紡ぐ。

 

 

「僕の警備してた色町にもナイトレイドが来たんだけど、途中で逃げられちまった。それでセリューちゃんの手伝いをしようと思ってこっちに来たんだけど、奴ら警備隊の足音に怯んだのかな。またギリギリのところで間に合わなかった。……逃げられた。ごめん」

 

 

 申し訳なさそうな表情を作りながら、ビンタの一発くらいは喰らうのを覚悟する。

 この言い訳なら嫌われはしないと思うが、代わりに不甲斐ないと怒られる可能性は残るからだ。

 しかしセリューちゃんは僕の予想とは違い、涙を拭いながら「謝らないでください」と首を振った。

 

 

「色町のナイトレイドを逃したのはルカくんの失態ですが、ここのナイトレイドを逃がしたのは私の失態です。私の責任なんです。それを奪って自分のモノにしないでください」

「……ごめん」

 

 

 今度のごめんは本気のごめんだ。

 僕はどうやら、セリュー・ユビキタスという女の誇り高さを見誤っていたらしい。

 彼女は狂人なれど正義の味方。

 悪には決して容赦しないが、悪を逃した自分にも容赦しない。

 自分の責任はどこまでも自分で背負い込んでいく。

 

 きゅう、とコロくんが小さく鳴いて、セリューちゃんの胸に飛び込む。

 つぶらな瞳が写すのは心配の色で、そんな己の相棒に気付いたセリューちゃんはやっと笑顔を浮かべた。

 

 

「慰めてくれてるんだね。ありがとう、コロ」

「きゅう!」

 

 

 セリューちゃんの胸の中からこちらを向いたコロくんが、「どうだ、ご主人様の一番は僕だ!」と言わんばかりにドヤ顔をかましてくる。

 それに両手を上げて「負けました」というポーズをとった。拍子に、伸びきったジャージの袖口が捲れて、中から血で真っ赤に染まりきった布切れが顔を覗かせる。

 急いでいたから巻きが甘かったらしい。もはや止血帯としての用途をなしていない布切れに「ありゃ。失敗したなぁ」なんて愚痴りつつ腕を下げようとする。

 

 

「――ルカくん。それ、どうしたんですか?」

 

 

 その途中でセリューちゃんに腕を掴まれ、あえなく失敗したわけだが。

 何故だか目の据わったセリューちゃんを不思議に思いつつ、僕は素直に答える。

 

 

「リストカット」

「……自分でやったんですか?」

「うん。こう、窓ガラスの破片でざっくりと」

 

 

 手首をスパッとやるジェスチャーを混じえ無表情でおどけてみれば、セリューちゃんが唇を噛み締めてなにやら思いつめた表情に逆戻りしてしまった。

 

 嘘は吐いていない。

 別に自分を罰する目的でやったわけではなくとも、自分の手で自分の手首を裂いたならばそれはリストカットに他ならないのだから。

 しかし、それで何故セリューちゃんがこんな辛そうな表情をするのだろうか。

 人体改造手術を平然と受ける彼女が、まさか奥の手の発動に血を使う程度のことで嫌な気持ちになるわけもあるまいに。

 いやまあ、発動しようとして結局しなかったんだけど。

 

 気付けば、周りの警備隊員たちもなんだか沈んだ表情を浮かべたり俯いたりしていた。

 ……マズいなぁ。十中八九、僕のせいでこうなっているという事は理解できるのに、何でこんな反応をされているのかが全くもって分からない。

 

 ポリポリと頬を掻く僕に、セリューちゃんは掠れた声で言った。

 

 

「ルカくん。貴方って人は……いや。責任は私にもあるんだから、こんなこと言う資格ないよね。早く帰って手当しよう」

「? 針と糸さえくれれば自分で縫うけど」

「いいから!」

 

 

 グイと怪我をしていないほうの腕を引っ張られ、セリューちゃんに引きずられるような形で僕は警備隊の詰所に帰還した。

 

 何でセリューちゃんが辛そうな顔をしていたのか。

 警備隊のみんなが急に黙りこくった訳は。

 それは考えてみても最後までわからなかった。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「ルカくん。私の仇取りに協力してくれるって言葉、ナイトレイドを取り逃したことに責任感じてあんなことしちゃうくらい真剣に言ってくれてたんだね。でも駄目だよ。自分で自分を罰するなんて。自傷行為で償うなんて。

 ううん、一番駄目なのは私だ。私のことをあんなにも想ってくれている同僚を、私の弱さが傷つけてしまったんだ。……もっと強くならなくちゃ。正義もルカくんも守れるくらい、もっと、もっと」

 

 

 ――こんな勘違いを受けていることを、ルカは知らなかった。

 

 


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