画家が描く!   作:絹糸

12 / 44
第11話:持ちかけられる取引

 

「ははは……随分と酷いことしてくれるじゃねえの、美青年。お姉さんサディストって大嫌い」

「サディストなら相手が気絶してる間にもぎ取らず、意識のあるまま実行してますよ」

 

 

 場所は空中。エアマンタの上。

 そこには四肢を失い横たえられているレオーネと、ぐったりと気絶したまま縛り上げられているタツミ。

 そして中の肉が見えるほど深く切った手首にグルグルと布切れを巻いている最中のルカの姿があった。

 

 包帯なんて上等なものではない。

 普段から身に纏っている割烹着のようなエプロンが無くなっていることから、それを止血帯代わりとして使っているのだろうと見て取れる。

 それにしたって、いくらなんでも手首に巻きつけるためだけにあのエプロン全てを使うのは大袈裟ではないか。

 なんて考える人間は、しかしルカだけでなくレオーネにまで視線を移した時点で一人もいなくなるだろう。

 消失したエプロンの布地のほとんどは、彼女の切断された四肢の断面付近を強く縛るのに使われているからだ。

 

 たとえ血が止められているからといって、普通の人間は手足が無くなれば痛みに発狂しても可笑しくはないし、たとえそうならなかったところで八割方の人間はショック死するだろう。

 しかしそこは帝具・百獣王化ライオネルのパワーと、使い手であるレオーネの精神力の見せ所。

 津波のごとく襲いかかる危険種の群れに昏倒させられ、目が覚めた瞬間には既に両手足を奪われていたレオーネだったが、わずかに顔をしかめて呻きを漏らしたのを最後に、悲鳴を上げることも泣き叫ぶこともなかった。

 その肝の座り具合といえば、反応に乏しいルカが物珍しげに嘆息したほどである。

 

 

「……で、だ。美青年。私とタツミを生け捕りにして、一体どこに向かおうってんだい? ご丁寧に私の手足まで持って」

 

 

 ちらりと、切断されたあと紐でひとまとめにされて放置されている己の手足たちを横目にして、レオーネは問う。

 上司に生きたまま突き出すつもりなら手足を持ってくる必要な無いはず。ならばこの青年の目的は他にあるに違いない。

 先ほどの笛を聞いてから様子が少し変わったことも気になるし、案外、そこら辺に理由があるのかもしれない。

 そんなことを思案しながらレオーネが返事を待っていると、ルカは月のない夜空のような瞳を数回瞬かせて、言葉を選びながら切り出した。

 

 

「セリューちゃん……えっと、僕が愛されたいと思っているキュートな同僚が、チブルさんって人の屋敷の付近でナイトレイド目当てに張り込みしてるんです。そのあたりの位置から警備隊の笛の音が聞こえたので、ひょっとしたら彼女に何かあったのかと思って」

「なるほど。それで現場に急行して、もしピンチなら私達の身柄と引き換えにそのセリューとやらの命を助けてもらおうって算段かい」

「はい。僕のほうにレオーネさんとタツミくんが来たので、てっきりセリューちゃんのほうは外れだと安心してたんですけど。どうもそうじゃなさそうな雰囲気なので、使えるものは有効活用です」

 

 

 淡々と言葉を紡ぐルカに、レオーネはなんとも形容しがたい表情で仲間のことを脳裏に描く。

 たしか、今回チブルの暗殺に向かっているのはシェーレとマイン、それに急遽「気にかかることがある。私も行こう」などと言い出して同行することになったアカメの三人だ。

 そのセリューとやらがどれほどの腕前かは知らないが、たとえ帝具持ちであったとしてもあの三人を同時に相手取ってタダで済んでいるわけがない。

 普通に考えて即死、甘めに考えても重傷は免れない。もし前者のほうで決着がついていた場合、自分とタツミの扱いは人質から殺害対象へと逆戻りすることになるのだろう。

 マインがエアマンタを撃ち抜いて助け出してくれるよりも、近距離にいるルカが自分たちを殺しにかかってくるほうが圧倒的に早い。

 

 

(私一人が人質なら、そんな展開でも別に怖かないんだけどね。今回はタツミがいるんだ。そのセリューって女がまだ生きてくれてることを祈るよ)

 

 

 複雑な心境を隠さぬまま溜息を吐き、レオーネは未だ気絶しているタツミの姿を心配そうに見つめた。

 

 なんらかの衝撃で破けたと思しき服から見える肌には複数のアザ。

 ルカに相手をいたぶる趣味はなさそうだから、きっと彼の命令で迫ってきた危険種たちに抵抗して暴れたためについてしまったアザなのだろう。

 タツミを庇っていたレオーネは彼より先に気絶してしまったから、そこから先のことは分からない。

 が、彼の性格は短い付き合いながらよく熟知している。攻撃から自分を庇って気を失った者が、己の目の前で体を押さえつけられ、その手足をブチブチと引き抜かれる。

 そんな光景を見てしまえば、彼はもう冷静ではいられない。そういう少年なのだ。

 きっと激情に身を任せて大いに暴れ倒したことだろう。火事場の馬鹿力で危険種の2、3体は屠ったかもしれない。

 しかし相手の数はその程度を減らしたところでどうにかなるような規模ではなかった。だからタツミも自分もこうして気絶させられ、厳重に拘束され、この身にいたっては四肢までも切り離されている。

 

 それでも最悪の状況ではなかった。

 アジトに帰れば、自分の手足はラバックのクローステールで縫い付けてもらえればそれで修復は完了するし、タツミの怪我だって大事をとって三日も休めばすぐ元気になるだろう。

 仲間のお荷物になってしまうであろう今の状況はレオーネにとって屈辱でしかなかったが、時には屈辱を飲み込むことで救われる命もある。

 ましてや、その命が自分ではなく仲間のものであったならば、レオーネにプライドを優先する理由など何一つとしてなかった。

 

 『誇り高い』とは、何事においても己の矜持を優先する者だけを指す言葉ではない。

 胸に秘めた目的のために恥辱にまみれることすら厭わない姿勢も、やはりその言葉に相応しいものなのである。

 

 

 

 

 

 

      ◇      ◇      ◇

 

 

 

 

 

 

「く、そ――!!」

 

 

 セリュー・ユビキタスは焦っていた。

 チブルの屋敷周辺でナイトレイド目当てに張り込み、そこに思惑通り賊が引っかかったまでは良い。

 

 ただ、そのメンバーが問題だった。

 

 シェーレ、アカメ、そして浪曼砲台パンプキンの使い手。

 仲間からはマインと呼ばれていた最後の少女を含めた三人組を相手に、いくら生物型の帝具を相棒とし本人もまた強力な戦士であるセリューといえども、防戦一方にならざるを得なかった。

 

 不幸中の幸いは、アカメの持つ一斬必殺村雨の呪毒が心臓のないコロには効かないことと、単純な格闘の技量でいえばシェーレよりも己のほうが優っていることだった。

 今は亡きオーガ隊長の下で怠ることなく鍛え上げ、途中からは入隊してきたルカに負けぬようにと重ねて精進。さらにはDrスタイリッシュの手ずから人体改造手術まで受けたのだ。

 並の賊相手なら目を瞑っていても勝てる確信があるし、今回のナイトレイド戦とて、相手が一人なら無傷ないしは軽傷で勝利、二人でもなんとか苦戦を経ての辛勝まで持ち込めるだけの自信と力量があった。

 

 だがしかし。

 今夜の相手は三人。

 帝具ヘカトンケイルを数にカウントしても2対3。

 敵はその辺の雑魚ではなく歴戦の暗殺者たち――あきらかな劣勢。そして逆境。

 

 

「だが――私は負けないッ! 『正義』の二文字を名乗る以上、この私に敗北は許されない!」

 

 

 許されない?

 否、許さない。

 例え世界の誰しもが彼女を許そうとも、彼女だけは、己の負けを許さない。

 正義の負けを許さない。

 

 セリュー・ユビキタス。

 確かに彼女は狂ってはいるが、それでも決して安易な心構えで『正義』などという壮大なものを背負っているわけではない。

 いつかその重みに潰されようとも、決して投げ出すことなく正義を抱いたまま誇って死んで逝く。

 その覚悟が、数多の矛盾と幾多の欠陥を孕みながらも――揺るぎないものとして彼女の中には根付いていた。

 

 

「葬る」

 

 

 ぬばたまの黒髪を闇夜に翻し、アカメは冷ややかな声と共に刀を一閃。

 それを間一髪で後ろに飛んで避けたセリュー。その隙を狙って背後から放たれたパンプキンの一撃は、しかし間に割り込んだコロが肉壁となって防いでくれた。

 躊躇うことなく第二撃を繰り出してくるアカメ。村雨による重く鋭い斬撃を旋棍銃化(トンファーガン)をクロスさせて受け止め、セリューは吠えた。

 

 

「コロ! 腕ェ!!」

 

 

 ずるり。粘着質な音をたてて、コロの小さな手が筋骨隆々とした太ましいものへと生え変わる。

 その光景にマインは「うげ、気持ち悪ぅ」と頬をヒクつかせ、アカメは無言のままに攻撃対象をコロへと入れ替えた。

 入れ替わり、シェーレの万物両断エクスタスがセリューの鎧へと振るわれる。

 

 いくらエクスタスが圧倒的な切れ味を誇るとはいえ、それでも村雨の一撃でもかすれば相手をお陀仏にできる呪毒のほうが人間相手には有効なように思える。

 ならば何故アカメはコロのほうに回ったのか。

 その答えはセリューの装備と武器にあった。

 

 帝都警備隊にはルカのような一部の例外を除いて鎧の着用が強制されており、つまり敵対者にしてみれば刃が簡単に通る箇所がそれだけ少なくなる。

 アカメほどの実力者にしてみればその程度の要素など気にすることでもないのだが、しかしセリューはセリューで逸脱した身のこなしの兵士。

 普段は気にする必要もない鎧が今回ばかりは中々に厄介なものと成り上がっている。

 

 そして彼女の武器であるトンファーガン。

 つまるところ銃としての要素を備えた魔改造トンファーだが、これもアカメがセリュー相手に手間取り、そしてその標的をコロへと変えるに至る要因であった。

 そもそもトンファーとは刀を持つ敵と戦うために作られた攻防一体の武器なのだ。拳銃に防弾チョッキが有効なように、火に水が有効なように。

 トンファーという存在そのものが刀にとっては崩しがたい相手でしかない。

 

 だからアカメはセリューへの攻撃をシェーレに譲渡した。

 敵対する武器がハサミならばトンファーの有利性は薄れるし、何よりエクスタスはその硬度ゆえ防御にも大いなる威力を発揮する優れた帝具だ。

 形状が形状だから多少の使いにくさはあるものの、シェーレはその難物を使いこなすだけの腕前がある。

 

 

「――エクスタス!!」

 

 

 金属の発光。

 発動されたエクスタスの奥の手に、セリューは思わず目を眩ませた。

 

 

「くっ……金属の発光だと!?」

 

 

 唸りながら己の目を腕で覆う。

 咄嗟にがら空きにしてしまった腹部に「しまった」と思う暇すらなく、そこにパンプキンの射撃が撃ち込まれ、セリューの体は後方へと吹き飛んだ。

 

 

「がぁっ!!」

 

 

 ピンチではない分、威力が乏しかったらしい。

 人体を貫くほどの破壊力は無かったが、それでも体のど真ん中に思い切り喰らわせた一撃は、セリューの意識を刈り取るのに充分な威力を持っていた。

 

 巨木にぶつかって止まり、地面へ音をたてて倒れこむセリュー。

 使い手であるセリューが気絶したためか、アカメ相手に拳を振るっていたコロも動きを止めた。

 乱れた髪を手ぐしで整えて息を落ち着かせながら、その光景を視認したマインは疲れの滲んだ声で呟く。

 

 

「やっと仕留めたわ。私たち三人がかりでここまで粘るなんて、敵ながら凄い女ね」

「味方なら頼もしかったが、世の中そう上手くはいかないものだ」

「私、とどめ刺してきますね」

「頼んだわ。さっきの笛の音で呼ばれた警備隊がやって来ないうちに、さっさとずらかりましょう」

 

 

 ギラリと月光を照り返し剣呑と輝くエクスタスの刀身。

 意識を失った無抵抗の敵を目の前に、躊躇いもなければ愉悦もなく、普段と変わらぬ表情のままに刃を振り上げるシェーレの様子は、なるほど『頭のネジが抜けている』と称されるのもよく分かる異様さである。

 

 あわやセリュー・ユビキタス。

 ギロチンのごとく振り下ろされる刃の前に、もはやなす術も無しと思われたその時だった。

 

 

「――待って、シェーレちゃん。僕と取引をしよう」

 

 

 自殺寸前の演奏家が悲哀を込めて掻き鳴らすハープの音色のような、薄暗く透き通った声が広場に響く。

 

 同時にアカメたち三人の頭上を大きな影が覆った。

 見上げれば、そこにいるのは特級危険種であるエアマンタ。

 そして、その上に見える三つの人影は――。

 

 

「な――レオーネ!! タツミ!!」

 

 

 目も当てられぬレオーネの姿と、ぐったり気絶しているタツミの姿に、マインは悲鳴にも近い声を上げる。

 その隣で、アカメは残る一人である青年の姿を睨めつけ鋭い声でその名前を呼んだ。

 

 

「……ルカ・サラスヴァティー」

「や、アカメちゃん。久しぶり」

 

 

 片手を上げて相変わらず茫洋と応えるルカに、アカメの表情が柔らぐことはない。

 

 当たり前である。

 息はあるものの四肢を切断された仲間と、アザだらけで転がされている仲間。

 そんなものを目の前にして微笑む精神の持ち主はそもそも革命軍などに所属しない。

 

 セリューの首を切断する寸前でぴたりと停止していたシェーレも、レオーネとタツミの姿を見てその形相を冷たいものへと変じさせる。

 それを見て――正確には気絶しているだけでまだ命を保っているセリューの姿を見て、ルカはやっと人間味のあるリアクションをとった。

 すなわち安堵の溜息である。

 

 

「良かった。セリューちゃん、まだ生きてるんだね。これで取引が出来る」

「取引?」

「そ。人質交換」

 

 

 眉を寄せるシェーレにあっけらかんと答える。

 右の手をレオーネとタツミに向け、左の手をセリューに向け、ルカはもったいぶらずに言い放った。

 

 

「君たちの大切なタツミくんとレオーネさん、生かしたまま返すから。代わりに僕の愛しのセリューちゃん命あるまま引き渡して?」

 

 

 




最近のアニメはオリジナル展開ですが、アレはアレでなんだか面白いですね。
もちろん原作も大好きなのですが、原作では生きているキャラがアニメでは死んだりアニメでは死んでいるキャラが原作では生きていたりと、半ば二次創作を見ているような気分で楽しんでいます。
23話の展開はさすがに予想外でしたが……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。