画家が描く!   作:絹糸

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第9話:獅子との再会

 

 

「ルカさん、どんな女が好きですか? うちの店は中々の上玉揃いですよ」

「僕を愛してくれそうな人。美しければなお良し」

「惚れっぽい美人ですね。わんさかいますよ!」

 

 

 かなり適当な解釈をされてしまった。

 否定するのもなんだが気が引けたので、とりあえず愛想笑いだけ返してお刺身をいただく。

 

 あの麻薬の煙で充満した部屋から連れてこられた先は、おそらく宴会用だろうと思われる広々とした畳敷きの部屋だった。

 料理と酒と、ヤーさんが言っていた通りに美女も何人かいる。けれども僕の芸術意欲をそそるような目新しい逸材は発見できなかった。残念。

 

 

「うー……最近、ぜんぜん人物画とか描けてねーなぁ」

 

 

 愚痴と溜息を同時にこぼしつつ壁にもたれかかる。

 レオーネさんには逃げられちゃったし、セリューちゃんは出会ってすぐに描かせてもらったから、二回目以降は頼んでも「もう描いたじゃないですか」と時間をとらせてもらえない。

 よって最近の僕は被写体に飢えていた。

 

 僕は美しいモノが好きだけれど、ただ単純に美しいだけのモノにはあまり興味をそそられない。

 内側に孕むものを滲ませた美しさ――要するに個性を感じさせる美しさ、芸術的価値の高い美を好む。

 だから内面の平凡な美男美女にはあまりトキメキを感じないし、モデルを頼みたいとも思わない。

 セリューちゃんみたくキチった可愛い子ちゃんや、レオーネさんみたく蓮っ葉な女傑は大歓迎である。

 

 

「人以外はむしろ腱鞘炎になりそうなくらい描いてんのに」

 

 

 ナイトレイド撃退のための“仕込み”に有した三日間のことを思い出しながら腕をブラブラさせる僕に、隣でお酌してくれていた若い遊女さんはクスクスと可笑しそうに微笑んだ。

 いま気付いたけど、テンパリングしたチョコレートみたいに艶やかな茶髪のこのお姉さん、チャーミングな顔立ちがなんとなくセリューちゃんに似ている。

 とはいっても、平常時のセリューちゃんにあるあどけなさや初心な感じは一切なくて、小悪魔風って感じなんだけど。

 あと精神もセリューちゃんほどぶっちぎった方向には行ってなさそうだ。

 

 

「坊や、不思議な子ね。うちに借金で売られてきたばかりの娘っ子を見た時よりよっぽど気の毒な感じなのに、やってることはまるで日向ぼっこでくつろぐネコみたい」

「ネコかぁ。鳴いて甘えればお姉さんが可愛がってくれたりするのかい?」

 

 

 「にゃあ」、なんて耳元で囁いて。

 するりと媚びるように身を寄せれば、思わせぶりなそれを本気ではないと理解しているらしいお姉さんもノってくれた。

 しなを作った妖艶な動きで僕の唇に指先を押し当てて、さすが遊女とでも言うべき婀娜めく笑みを一つ浮かべる。

 

 

「あらやだ。金で買った女を愛でる場所で逆をやろうなんて、坊やってば物好きな子」

「想うことは好きだけど、想われることは大好きなんだ。ねえ、僕を幸せにしておくれよ」

「ふふ、坊やに幸せなんてきっと似合わないわよ。でも良いわ。その気があるなら、お姉さんの間夫になる? 養ってあげるわよ」

「わあい、喜んで?」

「もう。何で疑問形なのよ。自分から提案しておいて勝手な坊や」

 

 

 と、お姉さんは唇を尖らせながらも、大して不機嫌でもなさそうだ。

 いつの間にか場所を移していた指の腹で頬を撫で回される感覚が心地良い。

 

 さてと、戯れはここまでにしておこう。

 なんか周囲の黒服スキンヘッドさんたちから面白い見世物を観賞するような眼差しを感じ始めたし。

 

 

「ねえ、親分。そろそろ薬の販売ルート広げましょうよー」

「そうだな。今度チブル様に相談してみるか」

 

 

 部屋の奥のほうでは爬虫類系のお兄さんとヤーさんがいかにもな話し合いを繰り広げていた。

 ヤーさんに至っては左手で酒を飲みながら右手で遊女の胸を揉んでいる。

 同時進行で違うことが完璧にこなせる人をスーパータスカーなんて呼んだりするそうだが、ひょっとしてヤーさんはそういう凄い人なのだろうか。

 人は見かけによらないものだ。

 

 ――と、適当なことを考えていたら。

 今まで地味に体に回っていた薬の効果が切れたのだろうか。

 霧がかかったようになっていた神経が急にはっきりとしだした。

 その結果として天井裏に何かが潜んでいる気配にいきなり気付いてしまって、「あちゃあ」と思わず天を仰ぐ。

 なんていうか、コレ、知ってる人の気配だ。

 

 同時に、僕に察知されたことを察知したらしいその間者は次の行動に出た。

 あろうことか部屋のど真ん中の天井をぶち抜いたのだ。

 

 

「うわあぁぁぁ!?」

「な、何だ!! 何が起こった!?」

 

 

 火薬でも爆発したみたいな土埃と轟音の充満する中、慌てふためくヤーさんや黒服スキンヘッドのお兄さん方。

 決して見通しが良いとは言えない視界。それでも部屋の中央に着地したその人影には酷く見覚えがあって、なんというか、僕はふて寝したい気分になった。

 

 ゆらりと立ち上がって、その影に歩み寄る。

 向こうも僕のことを覚えてくれているらしい。初めて合った時とは違う殺気立った眼で睥睨してくるその女性に、僕は「やあ」と片手を振った。

 

 

「久しぶり、レオーネさん。まさか貴方がナイトレイドだったなんてのはさぁ。さすがに予想してなかったぜ?」

「……私も、アンタがこんなクズ共を護衛するような奴だとは思ってなかったよ」

 

 

 ぎらりと牙を剥くレオーネさんには、何故か耳としっぽまで生えている。

 そういう帝具でも使っているのだろう。何かの文献で読んだことがある。

 確か――百獣王化ライオネル。僕の千紫万紅アーティスティックと比べれば随分と使い勝手の良い、身体強化系統の帝具。

 なるほど厄介だ。そして野生的な彼女にピッタリの代物でもある。

 

 手っ取り早く多節棍の状態に変じさせたアーティスティックを肩に引っ掛けながら、僕は空いている手でなんとなくベレー帽を被り直した。

 間を取りたかったのかもしれない。

 

 

「そこらへんはまあ、感性の違いじゃあねーかな。この店の女の子、別に無理やり連れてこられたわけじゃないんだろ? 自分で体売って自分で薬使ってるんだ。ヤーさん、言われるほどえげつない商売はしてないと思うぜ」

「無知な娘を甘い言葉でホイホイ誘って麻薬なんぞに手を出させた時点で充分に悪いだろーが」

「? 自分の人生に何が起こったって、全部自分の責任だろ?」

 

 

 たとえ僕が愛する誰かに騙されて刺し殺されたって、レオーネさんが知人に裏切られて撃ち殺されたって。

 それは相手のせいではなく自分のせいだ。自分の責任だ。

 だからといって自分が悪いとか相手が悪くないとかそういう意味ではなく、単純に自分の責任でしかないのである。

 そこに善悪なんてものは関係ない。責任があるからといって悪いという意味にはならない。

 もちろん良いという意味にもならないし、仮に僕やレオーネさんを殺した犯人が仇討ちでセリューちゃんやタツミくんに殺し返されたとしても、それは殺したセリューちゃんやタツミくんの責任ではなく殺された犯人の責任だ。

 

 

「……なるほどね。アカメがあんたを評して『感性がまともじゃない』って言った意味がやっと分かったよ」

 

 

 首をコキコキと鳴らしながら、レオーネさんが僕に近づいてくる。

 そこでやっと我に返ったらしい黒服スキンヘッドのお兄さん方が、レオーネさんと僕の間に武器を持って割り込んだ。

 ふむ。守るべきヤーさんを守ろうとせず、本来守る必要のない僕を守ろうとするとは。プロ意識が高いのか低いのかよく分からないボディガードだ。

 ひょっとして“また”意識していないところで同情を誘う挙措でも見せて無駄に庇護欲を煽る癖を発動してしまったのだろうか。

 僕の愛され体質ならぬ哀れまれ体質は骨の髄まで染み込んでしまっている。使う必要のなくなった今でも時々、気付けばやってしまっていることは稀にあった。

 

 

「貴様、ナイトレイドの者だな!」

「よくものこのこと現れたものだ」

「ルカさんは逃げてください!」

「ここは俺らでどうにかします!」

 

 

 口々に叫ぶ男たちのうち、何人かが逃亡を勧めてくるのを見て、僕は「いやいや、護衛任されてんのに逃げらんねーですって」とまともな発言をしてしまった。

 というか、僕の貴重な72時間を費やした“仕込み”を無駄にする気はさらさら無い。

 

 僕はポケットに突っ込んでいた朱墨をアーティスティックの穂先にぶっかけ、空になった容器を床に放り捨てる。

 僕を背中にかばってくれている黒服お兄さんの一人を優しく押しのけて、そのまま歩調を緩めることも速めることもなくレオーネさんに近付いた。

 

 レオーネさんも僕に歩み寄ってくる。

 距離にして1m。お互いそれだけ残してピタリと止まって、視線をかち合わせた。

 僕はうっそりと微笑む。

 

 

「帝具使い同士で暴れると、室内だと危ないと思うんですよね。ほら、ここ遊女のお姉さん方もいますし。場所を変えません?」

「断る。外に出たらその隙にこいつら逃げるだろ」

「白々しい人だ。天井にもう一人お仲間いるじゃないですか」

 

 

 天井裏の押し殺した気配がビクリと揺らめく。

 それさえもやはり知っている相手のもので、まったく、世界は狭いという言葉は本当なのだと心底思い知らされる。

 対するレオーネさんは、チッと舌打ちを混じえつつ胡乱げな顔で僕を見つめ返した。

 

 

「それを理解しててコイツらから離れようとするってことは、もうコイツらを護衛するつもりは無いって事か?」

「まあ、僕は護衛しませんよ。護衛するのはこの子たちです」

 

 

 言って、僕は傘の露を払うみたいに、朱墨に濡れたアーティスティックをぶんと一薙ぎした。

 真紅の壁に飛び散る似たような色調の朱墨の数々。

 それを訝しむ眼差しで見つめていたレオーネさんだったが――次の瞬間、その金色の瞳を大きく見開いて絶句した。

 

 

「な――特級危険種のトリケプスにエイプマン!? それも五体ずつ!!」

 

 

 壁が盛り上がって中から出てきた……そうとしか見えないだろうが、突如としてこの室内に登場した合計十体の特級危険種は、僕のアーティスティックでたったいま描きあげたばかりの絵だ。

 

 頭部にツノの生えた巨大なサイのような危険種、トリケプス。

 巨大なだけの猿かゴリラにしか見えない危険種、エイプマン。

 

 どちらの絵も、あと一筆でも加えれば完成するという段階まで描いたあとわざと放置していたものたち。

 それを僕は、今の朱墨の飛沫たちで完成させた。

 よってアーティスティックの『描いた絵を実体化させて自由に操る能力』の発動条件が満たされ、ただの平面でしかなかった絵たちは仮初の生命を吹き込まれた。

 たった十分だけこの世に生まれ落ちることに成功した。

 

 

「アンタ……今のひと振り、飛沫が何処にどう飛んでいくか計算した上でやったっていうのか?」

「うん。まあ計算っていうか、今までの経験から大体『こういう風に振るうとこういう風に飛んでいく』って感覚を掴んでるだけなんですけどね」

 

 

 荷物からいちいち描きかけの絵を取り出してたんじゃ、敵が強者の場合、片手間で応戦しきれなくてその隙に殺されてしまう。

 だから僕のアーティスティックは使いにくいだなんて言われるのだ。

 けれども準備期間が貰えるなら話は別。どこで戦うことになるか事前に判明しているならば、好きなだけ仕込みを、完成一歩手前の絵を描き回ることができる。

 

 僕はこの三日間、色町の建物のありとあらゆる壁や屋根に、その場所の色とよく似た色の画材を用いて秘密裏に絵を描き進めてきた。

 この色町で戦う以上、ここはもはや僕のフィールドと言っても差し支えない。

 

 大量の危険種に囲まれ、ギッと歯を噛み締めるレオーネさん。

 天井裏の気配も慌てているようだ。

 しかし降りてこないということは、僕を見つけた時点で別行動か隠密行動をとれとレオーネさんから指示されているのだろう。

 

 

「護衛はこの子たちに任せちゃいます。さ、レオーネさんは僕と一緒に外で殺しあいましょう」

 

 

 なんて余裕ぶっこいた発言をしているが、僕も僕で外に出て戦ってから十分以内に戻らなきゃいけないわけだからかなり焦っている。

 ……気取られてないといいなぁ。

 

 


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