不可能男との約束   作:悪役

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やってくれと願い

やってやるぜと答える

配点(馬鹿二人


王の勅命

 

ようやくですわとネイト・ミトツダイラは戦場の大地を見下ろしながら、ただそれだけを思った。

この思いをずっと胸の内に秘めていた。

我が王との約束を記憶の奥底でずっと思い続け、騎士として生き続けた。

昔とは違い、戦闘の技能を高めたし、勉強もし続けた。王の一番の騎士として戦えるように強くなり続けてきた。

ホライゾンが死んだという後悔から、何とか這い上がり、されど、忘れずに抱え込み続けた。実は、王は既に自分との約束は忘れたのではないかと思った事もあった。

でも、彼は決して忘れてはいなかった。

そして副長も。

そういう意味でならば、自分は彼ほど、我が王を信じていなかったという事になる。そこが素直に悔しい事が悔しい。

だからこそ

 

「この戦場で、王の一番の騎士としての誉れを見せますわ」

 

騎士として戦場でするべきことを世界に見せつける。

それが自分の出来る彼らへの答えだろう。

 

「ノリノリさね。ミト」

 

すると、少し背後から声が聞こえる。

声に反応して、顔だけ後ろに向ける。後ろにいるのは直政。しかも、既に地摺朱雀の肩に乗っており、戦闘準備は万端である。

かくいう自分も、地摺朱雀の左手に乗せられており、服装も制服ではなく水色と白を基調としたドレスのような恰好。

ミトツダイラの戦装束。

これから行こうとしているのは舞踏会ではない。ただの戦場である。

だけど、それは正しい。戦場こそ、騎士にとっての舞踏会場。だから、戦装束はドレスと変わらない。魅せる相手は敵であり、味方。

最高の結果は王に凄いなと言われる事だろう。

その事を内心で考えながら、直政に微笑する。

 

「あら? その理屈で言うのなら、今、戦っている皆は既にノリノリですわよ」

 

「違いない」

 

苦笑して直政も同意する。

その事に自分も苦笑していると、自分達の丁度、顔の正面の場所に表示枠が現れる。

相手はネシンバラだ。

 

『準備は大丈夫かい。制空権はナルゼ君とナイト君が取ってくれた。武神相手にね』

 

「なら、二人よりも攻撃特化しているあたしらが二人よりも更に成果を出すことがあたしらの仕事さね」

 

「Jud.当り前ですわ」

 

これは言う必要なかったかなと苦笑しているネシンバラに当然と返す直政。

それを見て、ふと思った事を聞いてみた。

 

「あの……副長は今はどうしてますか?」

 

『ん? ……ああ、落ち着いて相手を待っているよ。見たところ、葵君の馬鹿騒ぎを楽しんで見ているように思えるけど』

 

「呑気だねぇ……」

 

呑気なのは認めるが、落ち着いているというのを聞いてほっとする。

何せ、彼の力は認めてはいるが、経緯はどうあれ、彼は梅組で一番、実戦経験を体験していないはずだ。

誇れる過程ではあったが、現実は結果主義だ。

今までの訓練が、結果に表れてしまう。才能だけでは、突然に起きる事に対応できないことが、この世に一杯あるのだ。

それに経験をしているという事は慣れを得れるという事である。

すなわち、命を取られるかもしれないという雰囲気と空気を体に覚えさせることが出来るという事だ。

こればかりは、慣れても出来ない人間は出来ないものである。如何に力があっても、それを振るえる気力がなければその力は発揮できない。

当たり前の理屈である。恐怖を感じている体がどうやって全力の力を出せるというのだ。そればかりは副長の気が強い事を信じるしかないのである。

余談だが、力を持っているというのはそんな場ではやはり、安心感を生み出す。

だからこそ、力がないのに戦場の中心で笑っているあの総長は一体、どれだけの胆力を持っているのかという話になる。

とりあえず、ネイトはちらっと副長のがいるはずの森を見る。

そんな仕草に何を思ったのか、直政はやれやれとわざとらしく首を振って、苦笑しながら言った。

 

「いい女二人に心配されるとは……うちの副長も幸せもんだよ」

 

「……卑下するわけではないのですけど、その言い方では誤解されるので止めてくださいません?」

 

「誤解なのかい?」

 

「………」

 

そう言われると心配の部分は否定はできないし、だからといって肯定するのは癪だったので、結果として沈黙を選ぶしかなかった。

それを見て、直政は更に笑顔を深めるが、気にしてたら余計に癪になるので無視することにした。

断っておくが、自分は智みたいに恋愛感情を持って、彼とは接していはいないのだ。

自分はただ、十年前の出来事を、その、ただ謝りたくて……あ。私、まだ彼に謝っていませんの。

 

『……どうしたんだい? ミトツダイラ君。急にテンションを下げて……そんなに何かを壊せないことに苛立っているのかい……?』

 

「……私の事をどういう風に曲解してますの……」

 

『失礼ねぇ。曲解なんてしてないわ。私達はミトツダイラの破壊の前奏曲であるガルルル吠え声を、慄きながら待ち焦がれているのだから!! これは曲解じゃなくて期待よ!!』

 

『待て。破壊というのはどういう事だ』

 

『つまり───これからミトツダイラ君主演の大量虐殺物語が開幕されるって事さ……!』

 

「されません! そんなの絶対に開幕されませんのですよーーー!!?」

 

そんな一方的な屠りを実行できるような能力も、性格もしていないのである。

というか、一方的に虐殺する騎士とか、物語で言うならば明らかに悪として滅ぼされる立ち位置である。

私は王道の騎士が良いですのっと思わず吠えそうになるが、そんな事を外道集団に言ったら、夢見がちとか言われて弱みを握られてしまうのは解りきった結論なので黙る事にした。

改めて思う事ではないとは思うのだが、どうやったら、こんな外道モンスターが生まれてしまったのだろうか。少々解剖して調べたくなってきてしまう。

そう思ってたら

 

『お助けプリーーズーーー! おーーまわりさぁーーーーーーーーん!!』

 

『馬鹿め! そんなものがどこから来るというのだ!』

 

自分の王の声が表示枠に乗って聞こえてきた。

自分で言うのもなんだが、反応は劇的ですぐさま声の方に振り向いてしまう。

 

『あるともよ! 名付けてデリック最強伝説! ───頼むぜ皆! そして来てくれよ騎士様!』

 

たった一言を聞いただけで、もう待てなかった。

欲張りながらも、たくさんの夢が着々と叶えられるこの現実に土下座をしてもいいくらいであった。

周りに誰かいなかったら泣いていたかもしれない。

王の危機を救える騎士でいたい。

王に助けを呼んでもらえるような騎士になりたい。

そして王に道をつける騎士になりたい。

騎士としての夢が一気に叶っていった。その夢を叶えるような場を作ってくれた我が王。なら、その夢を叶えるのは自分自身の手である。

だからこそ

 

「───Jud.! 今すぐ、そこに行って、貴方に道をつけます。我が王よ!」

 

「だったら行くさね! 例え呼ばれていなくてもね!!」

 

直政の意志に応え、地摺朱雀に力が籠る。

その腰には野太いロープが宛がわれており、そのロープはデリッククレーンに使用されているもので、とりあえず頑丈である。

そして、その頑丈なロープは地摺朱雀の重量と体勢によりV字になっている。

それもロープはぎりぎりまで引っ張っている。頑丈が取り柄のロープを千切れる寸前のV字にしているのである。

つまり、ここで地摺朱雀が力を抜いたらどうなるのかなんて、小学生でもわかる理屈である。

だが、それだけでは王がいる場所には残念ながら、全然力が足らない。故に他の力を借りるまでである。

地摺朱雀の両サイドから伸びたロープは地上百五十メートルの高さに位置する左右のアームの、それぞれの滑車部に渡り、下に垂れ下がっている。

そこに二機の重量化装備を付けた武神が射出され、そのまま垂れ下がっているロープを

 

接続(コンタクト)!!」

 

落下の勢い+重量込みで掴んだ。

そうなると必然的にロープが張り詰め、デリックの先端部分がしなり、そして

 

「行きやがれ!」

 

言葉は現実と化す。

まるで、投石機に投げられたかのように女性型の武神は空を駆けた。

二人の魔女が、文字通り命と体を張って空けた空を、武蔵の武神と騎士が飛んでいく。そして、その成果に飛ばした整備班のメンバーがよっしゃ! とガッツポーズをとる。

激化する戦場を更に激化するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強烈なGに耐えながら直政とミトツダイラは加速する。

既に戦場は見えている。

加速も既に消え始めている。このまま行けば、丁度戦場の真ん中に落ちることが出来るだろう。

しかし

 

「そう簡単にはいかないみたいですわよ……!」

 

ミトツダイラの叫びに反応して、直政も下を見る。

下を見ると、最早、空に対しての壁となるくらいの術式防盾の壁。見ただけで、大体千以上の防盾が貼られているのが解る。

理解して、二人がした行動は焦る事ではなく、考える事でもなかった。

直政はミトツダイラに託し、ミトツダイラは直政の力を受ける、それだけであった。

 

「行くよミト……!」

 

「わざわざ言わなくても準備は万端ですのよ」

 

お互いが挑発的な笑顔を浮かべ、そして直政の意志を受けて地摺朱雀が体を動かす。

ミトツダイラを持っている手が投擲体勢に入る。

勿論、この場合、投げられるのはミトツダイラである。

しかし、その事に付いて疑問を抱いている様子は二人には一切なかった。

そして振りかぶって投げられるという運動エネルギーをミトツダイラは託された。

最初に感じるのは空気を切る音。

そして落ちている時に感じる特有の足が地面に着いていないという不安定さ。

しかし、それらは今のミトツダイラにとって恐怖を生み出すものではないし、狼がこの程度で狼狽えていてはプライドに関わる。

故にミトツダイラは微笑を持って、飛翔をし、目の前に群がる盾を見る。

そもそも、ここで盾に止められているようでは王の騎士を名乗る資格もないし、戦う資格もない。

ならば、力を振るいましょう。

振り回すのではなく振るう。

 

力は意志の下で振るえば、それは暴力ではなく、進む力になるのですから……!

 

「行きますわよ銀鎖(アルジョントシェイナ)……!」

 

言葉と共に両手と肩に持っていたケースから引き抜かれたのは一メートルはあるオベリスク。

それらを両肩背部のハードポイントに接続。鈍い金属音が響いたことで合致が終わったことを知り

 

「給鎖開始ーーー!!」

 

声が力を引っ張り出す。

ジャランと一種の綺麗さを感じる様な音と共にオベリスクから現れたのは鎖であった。

人の手よりも太い鎖の先端には宝石のような三本の爪を感じさせる赤いものがあり、そしてそれは瞬時にミトツダイラの手を伝って、数メートルの長さに変化した。

いきなりの虚を突いた武装に盾を構えていた人達は一瞬怯んだが

 

「怯むな! 単なる鎖だ! 一撃耐えれば反撃できる!!」

 

「あら? 目利きが悪いですのね。これは単なる鎖ではなくインテリジェンスチェーン(インテリジョンスシェイナ)ですのよ」

 

相手の隊長格の叫びに余裕の表情で答えると、背後から何かが外れる音が聞こえた。

それは背後から地摺朱雀の腕の補強パーツである鉄塊である

武神の視点で見れば単なる補強パーツに見えるのだが、当然人間の視点で見れば、それは単なる巨大な鉄塊である。

それもミトツダイラに直撃コースである。

空中にいる故に躱せるはずがないと誰もが思った。

しかし

 

「気をつけろ! 武蔵第五特務は───半人狼だ!」

 

その言葉に術式防盾を構えていた人物たちの表情が変わった。

つまり

 

「な、何だってーーーー!!?」

 

付き合い良すぎじゃありませんの? と疑問を抱くが気にしてはいられない。

とりあえず礼儀として一撃を与える事にしょうと思った。

 

「私の銀鎖は、私の力を伝播する体の一部のような物……それに狼の力を伝播させればどうなるかお分かりですわよね?」

 

その言葉を聞いて息を呑む音が狼の耳に聞こえるが、それでも逃げ出そうとする者も、恐怖で縮こまる者もいなかった。

その事から、相手が覚悟を持った集団だと即座に判断し、だからこそ手加減抜きの一撃を言葉通り、狼の力を込めて放った。

 

銀狼(アルジョント・ルウ)の名の元に……力を示しなさい銀鎖」

 

力は示された。

盾を構えたK.P.A.Italia学生達、一千人は力任せの双の巨大な打撃を持って、盾ごと粉砕されたのだ。

それだけでは済まない。

盾を壊された衝撃は、それだけで止まらず、そのまま持ち主にまで衝撃を与える。反射で、受けた一千人は堪えようとするのだが、人間の膂力では狼の膂力に耐えられない。

術式で強化はする事は出来るが、それでも勝利することは難しいのだ。

その結果。

一千人は何かの冗談のように地上から追放された。

時間にしては恐らく十秒いくかいかないかの空中遊覧。それも、自分の意志を持って起こした結果ではなく、無茶苦茶な力を持って起こされた結果。

吹っ飛ばされた方はたまらないものだが、それを引き起こした騎士は優雅なものだった。

蹂躙された戦場の真ん中に、むしろ静けさを感じる様な着地をするミトツダイラ。周りは悲鳴と驚愕の阿鼻叫喚図だというのに、ミトツダイラの場だけ空気が違うように感じる。

 

「武蔵アリアダスト教導院第五特務、ネイト・"銀狼"・ミトツダイラ。我が王に道をつける為に馳せ参じました」

 

ゴクリと周りの学生たちが息を呑む音が響く。

半人狼としての自分の力に恐怖と驚愕を抱いたのだろうとミトツダイラは思う。

怖がらなくていいのですよ? だって、うちの総長と副長は私の事を全く怖がりませんし。

そう思っていると

 

「ネイト~~!」

 

戦場の中でも呑気と思える声が響く。

彼は、今は仲間と共にK.P.A.Italiaと三征西班牙混合隊に囲まれ、何を思ったのか木にコアラのように掴まり、回っている。

ツッコむ部分しかないが、ここは何も言わずにシリアスを通すべきですわねと一人納得して、総長の狂行を無視する。

しかし、狂行は無視してもいいのだが、その危機を無視する事は出来ない。

 

「今、救いに行きます。我が王よ!」

 

地面に刺さっていた鉄塊が腕の振りで、あっという間に宙に浮かぶ。

その間に、周りの学生たちも落ち着きを取り戻したのか、武器を構える。

しかし、問題はない。

右足を後ろの方に下げ、体の体勢を低くする。そして、これからの力の発揮で滑らないように左足のソールだけを地面に刺す。

そのまま、力任せに回転。

何をするのか解った者はぎりぎりでしゃがんだり、飛んだりする者がいたが、武器を構えていた人は間に合わなかった。

そのまま、宙に跳ぶ人間が+四百人前後。

おまけで、一回転した後にわざと鉄塊を離す。離されると思っていなかった者達は当然回避する事は出来なかったし、ここは密集地帯だ。

例え離されると予期していたとしても回避するのも難しい。

更に合計で百人くらいは吹っ飛んでいた。しかし、流石と言うべきか、直前で恐怖に固まる前に防壁を張っていたのを見た。

あれでは、ダメージは受けていたとしても、倒す事は出来なかっただろう。

しかし、奇襲はまだあるのだ。

 

「ぶちかませ! 地摺朱雀!」

 

背後から十トン級の武神が、その落下の勢いを落とさないまま落ちてきたのが震動で分かった。

敵どころか味方まで、その震動に浮き上がっていた。

着地地点の者は事前に察知でもしたのだろう。加速術式で退避をしようとしたらしいが、直撃を避けるだけで、諸に震動のダメージを受けていた。

震動は脳を揺らし、あれでは地上に立つことも難しいだろう。

そこに、情け容赦なく拳を向ける直政であったが、その寸前に周りが助けに入る連携も流石と言うしかなかった。

そこまで見て、ミトツダイラは左足のソールを抜いて、総長の方に向かって行った。周りが身構えるが気にしない。

そのまま銀鎖を二本追加しようと思って───

 

「おっと。残念ながらここでストップだ」

 

「……な!」

 

全員が聞き覚えがある声に、味方どころか敵も驚く。

走り出した加速を止めずに、視線だけを越えの方に向ける。

そこには教皇総長・旧派首長。“淫蕩”の八大竜王であるインノケンティウスがいた。

 

……馬鹿な!

 

教皇総長がここで自ら出陣?

危険すぎる。ここにはうちの馬鹿総長はともかく、相対権限を持つ暫定副長補佐である二代がいるのである。相対をされたら一瞬で崩壊だ。

だから、教皇総長はすぐさま自分の右手に持っている淫蕩の御身を放とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

不味いで御座る!

 

淫蕩の御身の効果はガリレオという借りている人物が使った場合の能力しか見ていないが、それで個人の武器を遊ぶという、こちらの力を無効化するという力を発揮していた。

ならば、所有者である教皇総長が使ったらどうなるか。

考えるまでもない。

故に、自分の手にある蜻蛉切りを構えた。

 

「結べ……蜻蛉切り!」

 

蜻蛉切りの割断で淫蕩の御身の効力を割断するしかない。

そう思い、蜻蛉切りを使ったのだが

 

「……?」

 

おかしい。

割断の手応えがない。

そう思っていたら

 

「残念だったな───俺は囮だ」

 

笑って、そんな事を告げる教皇総長がいた。

そして同時に違う声が聞こえた。

 

天動説(ゲオセントリズム)

 

瞬間、地面に術式が浮かんだと思った時には遅かった。

そのまま二代は謎の引力に地面を引き摺られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

二代が何か見えないモノに引き摺られているような光景に皆が息を呑む。

 

『乙女の柔肌を情け容赦なしに引き摺るなんて……何て鬼畜行為! 気をつけなさい愚弟! 相手は真性のドSよ!』

 

『何で喜美は人が思っていても、言い辛い事を遠慮なく言っちゃうんですか』

 

『おいおいおい! じゃあ、か弱い小動物系の俺はどうすればいいんだYO! 俺、滅茶苦茶狙われそうじゃねーか!』

 

『今度は囮候補が出来たね!』

 

『ええ。そうねマルゴット。今日はいい日ね───武蔵に新しい盾と囮が出来た日よ』

 

『じ、自分、盾になるために生まれたんじゃないんですよ!? ただ、能力的に盾になってしまっただけですよ!?』

 

『つまり、自発的か……』

 

『その"……"は止めてくださーーーい!!』

 

『つまり、自発的か』

 

『あ~……どっちでも同じ結果でしたか……』

 

『大丈夫だよ? もしも傷だらけになってもお金さえあれば、絶対に治るから! だから、遠慮なく命賭けてね。あ、お金がないなら助けないから。そして無駄だった場合はお金払っても諦めてね』

 

『最悪という言葉が霞んで見える言葉を遠慮なく言いやがる!』

 

狂人達は相変わらず狂行を繰り返している。

何故か脳内に変態後という言葉が浮かび上がってきたが、これはつもり、諦めろという事だろうか。

何とかするには変態前の彼らをちゃんとした方向に導かなければいけなかったという事だったのか。騎士として導くのに失敗するとは……智風に言えば騎士道ガッデムっですの。

 

「さて、どうする武蔵? ここでチェックメイトか?」

 

すると、そこで教皇総長が語り掛けてくる。

隣には、副長としてガリレオ・ガリレイまで来ている。

 

「聖下! どうしてこの場所に……!」

 

「お前らの想像力では俺は座ったままなのか? なあ?」

 

「君の行動力は相変わらずだな」

 

悪いかと軽口を叩いているが、とりあえず大問題ですわ。

別に総長、もしくは副長=強いという法則はない。

現に、うちの総長は馬鹿しかできない全裸ですし、英国の副長はそんな武に秀でた能力を持つような人物ではないらしい(弱いというわけではないが)。

しかし、ガリレオの方はともかく教皇の方は不味い筈。

詳しい事は知らないが、教皇総長は優れた身体能力と術式技能を持つ、つまり万能系の戦闘技術を持つという噂を聞いている。

そして、この場に相対権限を持っているのは二代と総長だけ。

相対を申し出たら、二代なら止める事は出来るが、そうなると今度はガリレオがいる。

どちらにしても、我が王が勝てる相手ではない。

となると

 

一撃必殺……!

 

相対をさせる前にここで倒すしかない。

ちらりと点蔵や直政の方を見る。そこで二人は不用意にこちらを見たりはしない。その無視を肯定として受け取り、足と手に力を入れる。

既に、銀鎖はさっき放り投げた鉄塊を掴んでいる。

距離と能力からして、自分が一番槍だ。

一番槍が失敗したら、後に響く。武蔵初の戦争で、いきなりのハードルの高さだ。しかし、そういう意味では遣り甲斐のある場所だと内心で苦笑しながら一歩を

 

「おーーーい! おっさん! こんな所におっさんが来て大丈夫なのかよーー? 腰とか大丈夫かぁ?」

 

へなと銀鎖まで力を抜かれてしまい、一歩も力ないものになってしまった。

 

「聖下と呼べよ小僧。そして年ならまだ小僧に心配されるような年齢ではない」

 

「とか言いつつ、確か、この前、大量の本を運ぶ時にぐほぉ! とか意味不明な叫びを上げながら腰を抑えて倒れていなかったか元少年」

 

「いいか? あれはポーズだ。変に俺がこの人は本当に年を取っているのだろうか? 元気過ぎないか? という疑問を抱かせない為に、俺は毎日頑張って人間だぞポーズを取っているんだ。解るか、この苦労が、なぁ?」

 

「そもそも、その人間だぞポーズを取らなければいけないくらいの、その元気さがおかしいと思うのだがね」

 

どうやらK.P.A.Italiaの教皇総長も、方向性は違えど、変人の部類に入るらしい。

まともな総長はこの世にいるのだろうか? いて欲しいと思う事自体がおかしいことなのだろうか?

不条理という言葉が浮かぶが、それを認めたら悲しくなりそうなので認めないことにした。

 

『だ、大丈夫ですの! きっと! きっと、どこかにまともな総長とかがいるはずですの!』

 

『……』

 

『な、何で誰もそこで肯定してくれませんのーーーー!?』

 

周りの武蔵学生も表示枠を見て、こちらから目を逸らしている。

 

も、もっと、夢を見ましょうよ皆さん!!?

 

何だか、自分だけ現実を見ていない夢見がちな子供みたいな扱いを受けてる気がする。

正しく理不尽である。

 

「さて、じゃあ、小僧。とっとと終わりにするか。俺はお前とは違って仕事が大量にあるからな」

 

「何だと! 俺にだってやる事は大量にあるぜ! エロゲとか! 覗きとか! モミングとか! 芸とか!! 見ろよ! 俺、結構多忙じゃね!?」

 

『とりあえず、こいつ斬っちまった方が良くねえか?』

 

『落ち着きましょう、シュウ君。まずは、トーリ君に自分の罪を自覚させなくちゃいけません。じゃないと来世でも同じことをしてそうです』

 

『誰だこんなのを総長に選んだ奴。私はこの結果を遺憾に思うぞ』

 

『何で武蔵にいると、過去の過ちをかなり悔やんでしまうケースが多発することが多いんですかねー……』

 

『それはそれで今更のような気がするで御座るが……』

 

全員の意見に同感ですのよと思った。

とりあえず、この戦いが終わったら、総長は番屋に繋がれてもらわなくてはいけませんと脳内スケジュールに書いておいた。

 

「……おい、武蔵連中。こいつ、何で日の下を歩いているんだ、なぁ」

 

「言われた! 遂に、俺達言われたぞ!?」

 

「何時かはこうなるとは思ってたけど……そうなると本当に自分が馬鹿だと思ってしまうわね……」

 

「そうだよな……何で俺達、こいつを今までこんな風になるまで許していたんだろう? ちょっと過去の自分が憎いな……」

 

「おいおいお前ら! 一体、どっちの味方なんだよ!? 俺みたいな素敵な総長、そうはいねーぜ! 今度、俺の女装を見せてやるぜ! きっと、オメェら悩殺だぜ!」

 

全員が総長を無視して、さぁさぁ、戦い戦いという姿勢を取った。

その事に総長が悔しそうに地面を叩いた後に何を思ったのか

 

「くっそー! こうなったら俺の良さを理解させるために、一丁、凄いとこ見せてやるぜ! おい、おっさん!」

 

「聖下と呼べっつってんだろ小僧。で、何だ?」

 

教皇の方も、反応がおざなりになってきている。

これでは、今後の武蔵と相手する国の反応が悪くなってしまうのではないかと思ったが、とりあえず、今は我が王が何をするつもりかと内心焦りながら聞いていると

 

「ここでする事なんて決まってるだろ? ───相対だよ相対。俺と相対しろよおっさん」

 

「……」

 

沈黙が両陣営に流れたのをはっきり自覚した。

そこに、今、手が空いている武蔵の学生たちが表示枠で、沈黙している皆の前に現れ、無表情のままさん、はいとタイミングを合わせ

 

「えーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

余りの事態に思わず、自分のスカーフがずり落ちてしまいそうになってしまった点蔵。

だが、今はそんな事を気にしている場合ではないので、即座に言葉にした。

 

「ト、トーリ殿!? 直球に言うと傷つけてしまうと思うので、遠回りに申すで御座るが、トーリ殿は今、自分がどんな馬鹿げたことをしているか自覚できているので御座るか!? あ、自覚できていないで御座るか……」

 

「オメェ、結論が速過ぎんだよ! 俺が何も考えていないと思ったのか!? へへーーん、残念でした~。俺はお前と違って、何時も無我の境地という一種のエロゲ奥義を使っているんだぜ!」

 

「トーリ殿! 出てる! 出ちゃってる! トーリ殿の馬鹿さ加減が出ちゃってるで御座る!」

 

神に見捨てられたという言葉が、うちの総長に体現されている。

何でこの馬鹿総長は自分で自分の首を喜んで絞めるので御座るか。

 

「……あ~。で、相対でいいのかよ」

 

「おう! 俺に二言はねーぜ! 格好いいだろう?」

 

『クロスユナイト君! いっそ、葵君の首を君が刈り取ればこの状況を何とか出来るんじゃないかい?』

 

『バラやんも時々かっ飛ばすね……』

 

狂人の台詞は無視した。

というか、もう相手の方は呆れを通り越して、憐みの目でこちらを見ている。

見られる理由は解るのだが、自分達ではなくトーリ殿だけにして欲しいで御座ると内心で思う。

 

「じゃあ、とっととするか……これ程馬鹿みたいな相手と相対することになるなんて俺も思ってもいなかったわ、なぁ」

 

「こ、このおっさん! 俺がもう負けることが前提で進んでる気がするぞ! ───全裸でなら俺は絶対に負けねえ!」

 

「誇らしげに言うなこの馬鹿が!」

 

「自分の体を誇らしげに言って何が悪いんだおっさん!」

 

「誇らしげの方向性が違うのですわーーー!」

 

いかん、さっきから状況が一歩も進んでいないで御座る。

いや、進んでいいのだろうか?

この場合、拘泥している状態の方がいいので御座ろうか?

こんな状況は人生初なので、自分にはどうすればいいのか解らないので御座る。

 

「……で? 相対方法は? せっかくだからというか可哀想だから、お前に決めさせてやる。何でもいいぞ。ガチンコ勝負でも、交渉でも。何ならチェスとかでもやってやるぞ……まさか考えてないとか言わないだろうな?」

 

「そそそそんなわけないだろう、おおおっさん。 俺はちゃんと考えているぜ……!」

 

不安を煽る言葉にこの場にいる全員が汗を流す。

ミトツダイラ殿など、我慢し過ぎて嫌な感じの汗を垂れ流しているのが、目に見えてしまった。

 

「ほら。さっさと言え。相対方法は何にするんだ?」

 

「おう! えっと……」

 

しまったと内心で思い、しかし、現実は止まらずに進行してしまった。

何故か、トーリ殿は何かを探すようにきょろきょろとして、そしてびしっと何だか変な方向を指さし始めた。

 

「あっち! いや、あっちか? それともあっちか!? んん~~あっちかな~?」

 

「この餓鬼……!」

 

前向き的に喧嘩を売り過ぎで御座るよ、トーリ殿!

 

このまま怒り狂ってバトル展開になったら、こっちが不味いというのに。

というか、何を探しているので御座ろうかと考えていると

 

「……もしかして総長。副長がいる方を探しているのですか?」

 

「ん? あ、そうそう。よく解ったなぁ、ネイト」

 

そこをミトツダイラ殿が答えた。

その事に、ああ、成程と素直に思えた。

そういえば、さっきからずっと違和感だらけなのである。

トーリ殿とシュウ殿は、ほとんど何時も同じくらい馬鹿をしていたので、こういう風にトーリ殿が馬鹿をしている時に、彼がいないというのは物凄い違和感なのである。

とりあえず、でしたらという感じでシュウ殿がいるはずの方角をミトツダイラ殿がトーリ殿に教え、ようやく正しい方向に指を指した。

 

「あそこ! あそこに俺の親友が変な歌を歌って、一人で怪しいことしてると思うんだけどよーー」

 

『馬鹿野郎! 俺の歌は変な歌じゃねぇ!! 俺の歌は正しく聖なる歌と書いて───』

 

(嘘はいけないよーーーby神)

 

神道厳しいで御座る……と思いつつ、とりあえず無視した。

 

「それで相対するのが……えっと、えっとぉ……りっかそうしげ?」

 

「立花宗茂だ馬鹿。というか、どうせなら最後まで変えてみせろ」

 

『惜しいわ愚弟。最後を直せば男前の名前に変わっていたわ! くわぁーー……賢姉、ちょっと悔しいわ!』

 

無視一択で御座る。

もしかして、シュウ殿を売って、何とかしようという外道作戦で御座ろうかと結構真剣に級友の心配をしたのだが、最後の言葉を聞いて、そんな心配は吹っ飛んだ。

 

「俺の親友が勝ったら、おっさん。道を譲ってくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

その一言に武蔵の学生、先生が苦笑した。

浅間もそれに乗っかかり、つい、彼が映っているはずの表示枠の方を見たのだが、そこは何時の間にかサウンドオンリーになっており、つまり、彼の顔が見えない。

その事に苦笑を更に深める。

 

……絶対にこれ、照れてますね……。

 

解り易過ぎる。

そう思っていると、つい弄りたくなってきちゃうというモノである。

 

『シュウ君ーー。トーリ君が恥ずかしい事を言ってますよーー』

 

『……』

 

律義に"……"を返してくるところは面白い所ですけど、何も言わないというのはこれは相当キテいるみたいだ。

何時もなら、ここでヤンキー用語を爆発させるのが常の彼だが、今回は沈黙を選んでいる。

つまり、相当キテいるのだろう。

苦笑を微笑にしていると、トーリ君の台詞の続きが届いた。

 

『俺の親友は凄いぜ? 何せ剣神とかいう明らかなチートキャラだからな。りっかそうしげとかいう奴なんか目じゃないぜ?』

 

『大した自信だな小僧。幾ら、剣神が凄かろうが、腕を錆び付かせた剣神が西国最強に勝てるとでも思っているのか?』

 

『バッカ、自信じゃねえよ───これは確信て言うんだよおっさん』

 

これは決まったと思う。

もう完璧なくらいトーリ君のペースである。

別にトーリ君には皆を圧倒するような気迫とか、自信とか力とか器とか弁舌能力とかはない。

そう言う意味なら、普通の王としての能力は一切ないと言ってもいい。

元々、それだからこそ、武蔵総長兼生徒会長になれたのだから。

だから、彼は不可能男と呼ばれている。

自分の力では何もかも実現することが出来ない。何もかも不可能。

故に彼は他人の力を借りる。

嫌な言い方で言えば、他力本願と蔑む人もいるかもしれない。諦めているだけだと罵る人間もいるかもしれない。

本当にそれならばその通りとしか言えないかもしれない。

でも、トーリ君はそれでも何もかもが不可能であったとしても、諦めなかったのである。

誰も彼もが、無理だ、不可能だ、そんな物は夢物語だ。現実を見ていないなどと何度も"殺されてきた"のに、それでも諦めなかったのだ。

故に、武蔵の皆は昔誓ったのだ。

お前が諦めない限り、自分達はその夢を手助けしようって。

だから、彼の言葉には強さはないのに力があるのだ。

 

『あ、でもそっちが勝てると思っていなかったんなら、俺は止めてもいーぜ? それなら、次こそはお互いの全裸対決で勝敗を決しようというだけだからな! 何なら女装対決でも可……!』

 

『後半は無視するが───良いだろう。受けて立ってやる』

 

『……! 聖下!?』

 

『狼狽えるな。たかだか、剣しか振るえない小僧に西国無双が敗れると思ってるのか、なぁ? 経験も自分から捨て、何もしてこなかった餓鬼が。八大竜王にして"神速"の異名を持つ男が。常識的に考えて負けると思ってるのか』

 

それにだ。

 

『我らよりも弱くて、馬鹿で、年下の小僧が真っ向から立ち向かおうとしているのに───我らK.P.A.Italiaは逃げて、安全策で勝負か? おい』

 

『───いいえ!』

 

そうだとも。

 

『故に我らは正しき行動を持って相対をする。いいか? 正しい方法は常に勝つ。そして、それは俺がいる限り無くならないし、失わせない。故に我らは全戦全勝────違うか!!?』

 

『───Tes(テスタメント)!』

 

なら唱えろ。

 

『聖譜ある世界に結果はすべて正義に満ちている!!』

 

おと続く音が熱のように広がる。

その音に満足したかのように溜息を吐いた教皇はそのままトーリ君の方を睨んだ。

 

『俺は勿論、立花宗茂の勝利に賭ける』

 

『俺は勿論、熱田・シュウの勝利を信じるぜ』

 

『負けたら、俺はお前に道を譲ってやろう』

 

『負けたら、俺はホライゾンを諦めていいぜ』

 

『だが、この勝負───』

 

『だけど、この勝負───』

 

そして最後は二人して笑って告げた。

 

『貴様の負けだ』

 

『俺の勝ちだよ』

 

どちらも自分の必勝をまるっきり疑っていない、けど違う王の姿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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