不可能男との約束   作:悪役

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だって、それは

間違いなく独り善がり

配点(無理難題)


六護式仏蘭西・M.H.R.R.編
約束の限界


 

 

ネイト・ミトツダイラは既に視界から消え去ったアデーレの影を追うように、足を走るという形で動かしていた。

 

持久力ないですわー、私……

 

武蔵全艦を一周するというのが長距離である事は理解していたが、それを含めても仮にも特務で騎士である自分が従士のアデーレに置いて行かれるというのは余りにも情けない。

これだから自分は喜美とかに重戦士タイプとかそんな風に揶揄されるのだ、と悔しさを心に秘めながら走る事は止めない。

長距離では足を止める事は諦めに直結する事くらいは理解している。

この辺、我が王はソッコである。

大体、「俺はもう駄目だネイト! 俺をここに置いて点数だけ取ってくれ………!」などと叫んでいるが、これは信頼されているのか、パしられているのかどちらですの?

ともあれ、未だ武蔵は世界征服の途上。

むしろ強さはここから発揮されていく筈だ。

だから、少しでも弱点補強の為、アデーレについて朝から走り込みをしているのだが

 

アデーレの基礎の強さを実感しますわ……

 

基礎力、というありとあらゆる事柄において必須な能力でアデーレは梅組のメンバーでもトップに位置するだろう。

そこら辺は点蔵辺りも似たようなものだが、とりあえずこの走り込みを毎朝欠かさず続けているアデーレには純粋に尊敬の念を抱く。

何せ自分は異族だ。

身体の強度においては人間と比べられない強度を持っているし、純粋な身体能力でも自分は人より上なはずなのだ。

なのにこの様なのだから、修練が足りていないとしか言えない。

 

 

だって、自分はこの恵まれた身体を持ちながら、しかし自分よりも脆い人に守られたのだから。

 

 

「────」

 

いけませんわ、とネイトは思った。

今の自分は過去を理由に視点を逸らそうとしている。

自分の今の最優先事項は自分の強化のはずだ。

だから、それだけを考えるべきなのに、思考はあの日の事を思い出す。

視界に小さな影が映る。

それはかつてのあの人の背中で、今の自分でもまだ追いつけたとは思えない背中だ。

 

何て脆そうで、小さな背中だ。

 

今の自分の拳を使って本気で殴れば容易く砕ける、と事実として見て取った。

でも、実際は違う。

この背中の彼は今ですら届くとは思えない巨大な力を受け止めて、しかも立ち上がったのだ。

その後で思いっきりぶっ倒れたが、そんなのは関係ない。

この人は確かに自分を守れたのだ。

それは十分な強さであり、結果だ。

他の誰にも穢す事の出来ない正しさだ。

大人ですら恐怖した相手に立ち向かえただけでも凄いのだから。

 

「……」

 

幻の背中を見る。

自分の力を振るえば打ち砕けそうに小さくて脆い。

でも、今の自分の力でも倒せるとは全く思えない背中。

思わず、手を伸ばして届きたいと祈って

 

「どうしたネイト。虚空に手を伸ばしてもそこにはテメェが求める巨乳はねえぞ」

 

リアルのチンピラに唐突に絡まれて、思わず背筋を伸ばした。

 

 

 

 

走りこみながら背筋を器用に伸ばすワンワン騎士を見ながら熱田は並走していた。

なぁにをやっているんだこいつはぁ、と思いながらとりあえず喋ってみる。

 

「何だネイト。もしかしてネシンバラみたいに空中に幻を見る超能力を得たのか。悪いがそれは超能力じゃなくて単なる妄想だ。トーリに男らしさを求めるようなもんだぞ」

 

「に、二重三重に失礼ですわよ副長!」

 

いや事実だろう……とは思うが、まぁ、良しとしておこう。

何やらうちの自慢のワンワンですのよ騎士がえらい視線を前ではなく何もない空間に向けていたから、遂に病気か……と思ったが、その場合、どうすればいいのだろうかマジで。

 

・剣神 :『なぁ、お前ら。脳がやばい奴らに対して出来る事ってなんだ』

 

・〇べ屋:『そんな時は金を出してくれたら万事解決の道を出してあげるよ!?』

 

・未熟者:『いや、違うよ………! それはきっと新たな世界を開く準備が出来たんだよ! 世界の裏の闇に迫ったんだ……!』

 

・83 :『疲れた時はカレーですネー』

 

一番最後がまともな返答のように見えるのが恐ろしい事だ、と熱田はかいた汗を手で拭きながら思った。

早朝からテンションが高い馬鹿共め。

だが、まぁそれはそれとしてネイトの足取りが若干重いのは見て取れた。

何時も足は遅いネイトだが、今日のは何時もより若干足がべたついている。

技能とか体力の問題ではなく、これはメンタル系かもしれない。

 

ウオルシンガムに一度負けたのが効いたかねこりゃ。

 

そこら辺、トーリ以外は負けを得る事を許さなかった俺には少し理解が届かない問題やもしれん。

こういう時は智に頼むのがベストかな、と熱田は思うが、そういうのを頼むのは俺が苦手という。

何というジレンマ。

いや、だが、まぁ、ネイトがもしも実力不足で悩んでいるなら

 

「何だネイト───何なら訓練一緒にするか?」

 

 

 

 

 

………え!?

 

まさか副長からこんな申し出をされるとは。

もしかして走り過ぎて脳がおかしな方向に行ったのでは?

 

・銀狼 :『あの……もしも脳がおかしな方向に行った方がおられたらどうすればいいと思いますの?』

 

・賢姉様:『簡単よ! もうどうにもならないから歌って踊ってハッスルするのよハッスル! 男も女も関係なく全裸パーティーよ! おっぴろげ!!』

 

・●画 :『簡単よ。そいつの好みの同人を10冊くらい送り届ければいいのよ。何なら書くわよ? さぁ、ネタを寄越しなさいミトツダイラ』

 

・ウキー:『姉を出せばいい……! それ以外に何があるというのだ……!』

 

己の好みを押し付けてくる表示枠を全て砕きながら、しかしどうしたものかと思う。

 

……副長と訓練?

 

それは結構いい事ではないか?

実利として鍛錬を積み、副長と対話を重ねれる。

良い事ではないか、と思う。

副長の時間を取るのが、智に対して申し訳ないが、今は世界征服の為に力をつけておきたい。

だから、いいのですの? と答えようとし、

 

「────」

 

先日の副長の異常についての連絡を思い出す。

疲労に蝕まれている人間に対して時間を奪うという事は休息の時間を奪うという事だ。

その事を思い出すと頼む事は不可能だ、という結論になり、

 

「──いえ。お気持ちだけでも受け取りますわ」

 

と出来る限り礼を忘れぬよう告げれた事にホッとする。

そう思い、礼をしたまま走り抜けようとして

 

「そっか。んじゃ頑張──」

 

れよ、と続ける前にポンと肩を叩かれた。

気安い、それこそ部活動における励まし合いのような程度の触れ合い。

それなのに

 

「………っ!」

 

思わず、それを振り払った。

パシッ、と力ない音が空間に残る。

 

………あ

 

一瞬で顔を青褪める。

何をしているんだ自分は。

ただ彼は本当に軽く発破をかける程度の気持ちで肩を叩いただけなのに、過剰に反応して振り払うなど騎士とか女とかではなく、人としても最低な反応だ。

それにこんな反応をすればどうなるか予想が頭に思い浮かぶ前に見てしまった。

 

きょとん、と本当にそんな風に振り払われると思っていなかった顔が、ああ(・・)そうだった(・・・・・)納得した顔に変わるの(・・・・・・・・・・)()

 

ち、ちが……!

 

心で否定しようとも口が混乱で何も動かない。

8年前から経験を色々と積んできたくせに、何故肝心な時に何も出来ないのだ私は。

だから、私は苦笑に変わっていく少年の表情を止める事が出来ず、更には

 

「ああ、悪いな」

 

と、謝る人を止める事も出来ない。

違う。

違うのだ。

謝る事など無いのだ。

貴方の行いに間違いなど無いのだ。

私が悪い。

勝手に震えて、反射で振り払った自分が悪いのだ。

だから、そうやって、そうやって

 

 

自分だけが悪いなんて言わないでください……!

 

 

そう思うのに、口では何も言えない臆病者の自分に吐き気がする。

何て無様。

こんなにも疲労していても一生懸命に飛ぶ目の前の人と比べると自分は本当にどうしようもない。

 

「先に行く」

 

その一言と共に一瞬で少年の姿が搔き消えた。

その速度にまた手を伸ばすが全く届かない。

ああ、どうして

 

 

どうして何時も…………私は届きませんの…………?

 

 

 

 

 

授業が終わり、教導院を出た熱田が向かったのはIZUMOだった。

正純から極秘の会談があったから自分はナイトを護衛にして、手透きの役職者はIZUMOで"散歩"かもしくは"買い物"でもしといて欲しいらしい。

まぁ、気楽に行こうと思いながら、背に八俣ノ鉞を背負っていたが

 

「やべぇ…………食う事しかやる事ねえぞ…………」

 

暴食の限りを尽くすのも悪い手段では無いが、それは面白みのないネタを連発するトーリのようなものだ。

もう少し違う事をしないとつまらない人間になってしまうだろう。

それではいけない。

流石にいけない。

シリアスで対等になる気はあってもギャグで対等になるつもりはないのだ。

どうする? ここはボケる所か? シリアスに何か物色する所か?

 

「ふぅむ…………」

 

そこまで思って、そういや最近、周りの反応が微妙によそよそしいんだよなぁ、と思う。

反応が変わってないのは智と馬鹿とホライゾンと喜美くらいだ。

他の野郎と女共は何か露骨に俺を休ませようとしてくる。

トイレに立とうとして、背後から幾重言葉が飛んできたり、何か買うかと多摩を歩いていたら上空から地摺朱雀が落ちてきたり、素振りをしようとしたら留美が首を狙って抜刀してきたり、飯を食おうとしたらホライゾンメニューによってダメージを受けたりと様々である。

 

「………これは裏切りか? そうなんだな? 暗殺か…………」

 

何時かしてくるんじゃないかとは思っていたんだが、遂にこの時が来てしまったのか……、と熱田は深く頷く。

奴らは全員一級品の外道だ。

暗殺謀殺憤殺などならむしろ専売特許だ。

うちが世界平和とか唱えていなければ、世界はどれだけ酷い事になっていたか。

 

いや、唱えた本人が一番ハイダメージな暗殺を仕掛けていたな………

 

あいつ実は適当に世界平和言っただけじゃねぇよな、と思うが、半分以上当たりの可能性がある辺り超怖い。

 

「…………まぁ、あんな馬鹿と女が世界征服とか世界平和とか言っている時点で世も末か」

 

苦笑を漏らしてついでに欠伸も漏らす。

すると少しぶるり、と来た。

おっと、と思い、周りを見渡すと丁度いい所に目当ての場所があった。

ラッキーと思い、そっちに足を向ける。

そこは公衆便所だ。

つまり、単に生理的欲求の解消である。

 

 

 

 

 

ふぅ、と便座の前に出て、発射準備をして勝負の瞬間を待つ。

短時間勝負なので正純の護衛に響く事は無いだろうと思い、勝負の時が近づき、

 

「ふぅ………」

 

と勝負が始まった瞬間に

 

「おい、そこのクソガキ」

 

「あ?」

 

とかけられた言葉に条件反射で返すとそこにはロリがいた。

 

「…………」

 

はて、ここは性別が逆のトイレだったかと思うが、女のトイレに男子用のがあるわけがないので間違いなくここは男子トイレである。

つまりはこの幼女は悪いので、それだけならばただの笑い話になるだけなのだが実に残念な事にその幼女が大弓やら太刀を堂々と持っているという事である。

そして声をかけられる瞬間まで気配を察知しないその在り方からしてこのロリは…………よくよく見たら長寿族らしい女はつまりロリ婆だ。

だが、最悪の問題がある。

何故ならこっちは未だスタンディングオベーション中なのだ。

攻撃態勢になる所か、振り返る事すら出来ないという。

 

「…………待ちやがれ」

 

「ほぅ? 儂に待てというのか小童が」

 

「ああ。婆が何の用かは知らねえが、テメェだって一発勝負中に背後から打ち倒すのは余りにも情けなくならねえか?」

 

「ふむ。小童に言われるのは癪じゃが、確かに道理ではあるのぅ」

 

「ああ。だから待て」

 

二秒経った。

 

「待ったぞ小童」

 

「ま、待て!」

 

「二秒も儂に待たせといてまだ待つというんか貴様は。むしろ儂が二秒待った事に感謝するべきじゃろ。ああん?」

 

超イラッと来たがここでやれば流石に勝つ事は当たり前だが、勝利に恥を得そうなので問題だ。

男というか人としても問題がある気がする。

 

…………あ! よく考えたら正しくトーリじゃねえか! あれと同レベルになってたまるか………!

 

故にここは待ったコールだ。

それしかないし、それ以外にどうしろと言う。

こんな状況に陥った経験なんてねぇんだよ。

 

「よく考えろ。テメェがどこの国の人間かは知らねえが、ここで絶対有り得ないけど勝ってもテメェは"スタンディングオペレーション中の男を奇襲した最低な女"って言われて色々と国際評価が台無しになるぞ? いいのか? 世界の半数は男なんだぜ!?」

 

「仮にじゃがもしも厭わぬと言ったらどうする?」

 

一瞬、体を停止するが、ここで停止したら終わりである事は承知なので慌てて息を吸って叫ぶ。

 

 

「それが婆のする事か!? 本当に下劣だなこのロリ婆! そんなんだから女としてのテメェが腐って売れ残るんだよ!!」

 

 

 

 

 

「おや……?」

 

と二代は何やら家屋が破壊される音を聞いた。

中々大きい。

この感じだとその建物は打撃によって上からではなく下………否、内部からの打撃によって破壊されたらしい。

欠片も飛んでくるし、その内部にあった物が飛んでくるのが証拠だ。

 

「便器で御座るな」

 

要らずの1番と二番とかいう忍者と戦っている時にまさかそんな物が飛んでくるとは。

 

「まさかIZUMOでは便器に飛翔機能がついているので御座るかな?」

 

忍者二人がないない、そんなの無いからみたいに手を振るから、では無いので御座ろうと思う。

大体、便器が飛翔して空に飛んだら色々と阿鼻叫喚で御座ろう。

下にいる者は恐怖に震えるに違いない。

 

「…………あ」

 

成程、それを狙ったもので御座るか!?

 

精神攻撃で御座るな、と二代は理解した。

確かに空から便器が飛んでくるなど精神的に来るし、当たったらと思うと凶悪で御座るな。

そうなると忍者の二人が知らないのはIZUMOの秘密兵器的な物だったのだろう。

忍者ですら調べきることが出来ない最終兵器が今ここで見れるとは…………そう思っていると横に何やら人型の物が落ちてきた。

何で御座ろうかと思うと

 

「おお、熱田殿で御座るか」

 

何やら上半身が埋まっているが、見た感じダメージは無いみたいなので何も心配する事は無いだろう。

人外を心配する程、二代もお人好しではない。

しかし、そこに乱入者がもう一人現れるとなると別だ。

 

「むっ」

 

小柄な少女………見た目だけで言うなら子供の年齢に見えるが、装備している大弓や太刀の余りの自然さや余りにも自然に表れた出で立ちからそうではないと経験が己に訴える。

だが、しかし少女は一切こちらに興味を抱かず、視線も態勢も上半身が未だ埋まっている熱田殿に向いており

 

「どうした熱田、何じゃその無様な格好は? それで熱田を名乗るつもりか貴様はぁ?」

 

ただの挑発…………と二代は取れなかった。

挑発にしては何か余計というか余分に熱が籠っているような感じがする。

何やら熱田、と姓を呼ぶ時は特にだ。

呼ばれた本人は本人で上手い事上半身が埋まったせいか、下半身は物凄く暴れるのだが、抜け出せていない。

確かにこれでは無様な格好云々言われても否定出来ぬで御座るなぁ、と思う。

手を貸してやりたいが、敵の真っただ中で隙を作るのは流石に御免であるし、この男が勝負中に人の手助けなぞ欲しがるような御仁ではないだろう、とも思う故にどうしたものか、と思う。

見れば忍者二人も突然現れた少女にどうするべきか、と思案しているようにも思える。

今なら何をするにしてもチャンスか、と思ったが、次の少女の言葉がそれら全てを台無しにした。

少女は一瞬、口ごもるように口を閉じながら、しかし

 

 

「──────そこまで弱くなったか(・・・・・・)!!? 熱田!」

 

 

その台詞と同時に忍者二人と息を合わせるようにその場から体が弾かれたように勝手に離れた。

意識して離れたわけではない。

否、もう離れたなどと格好つける事が出来ない。

今、自分は確かに逃げたのだと思う。

距離にして30m程逃げた自分は他人から大袈裟過ぎと言われても仕方がない距離を、しかしそれが自分を救ったのだと次の1秒で悟った。

副長が刺さっていた場所を中心に地震と衝撃波が一瞬にしてIZUMOを揺らがしたからだ。

 

「くっ………!」

 

家屋が縦に引き裂かれ、そのまま左右に吹き飛ぶ光景を二代は初めて見た。

被害は家屋に止まらず、そのまま地面に食い込むような切れ味にぞっとするものを感じるが、その中心にいる剣神に比べれば恐怖は些細なものだ。

位置の関係上、こちらに背を向けている少年だが、その背から最早人間の感情は見て取れない。

そこにあるのは地獄(殺意)だ。

敵対者を滅ぼし尽すまで止まる事など考えもしない永劫疾走の無間地獄。

それがあんな所に立っている。

思わずこちらに振り返らないでくれ、と味方のはずなのにそう思わざるを得ない存在を真正面から見ているはずの少女はしかし笑顔を深めた。

 

「そうじゃ…………ようやくらしい顔にな(・・・・・・・・・・)ったのぅ(・・・・)

 

少女は地獄を前に一切揺るがない。

むしろそれでこそと言わんばかりに笑みを浮かべ、自然と太刀に手を伸ばす。

その事実に少年は何も言わない。

ただ、斬るのみと少年も無言で示しながら前傾姿勢を取る。

 

一触即発

 

そうなったらどちらも止まらないと二代は確信し、恐怖を感じていた心を蜻蛉切を握る事によって抑え、動こうと身に力を込め始めている忍者に対して戦いを挑もうとし──再度、物事が連続発生した。

 

一つは犬のような面貌をした武神が地上に降り立った事。

 

二つは突撃しようとした副長の顔の傍に表示枠が出た事

 

三つ目はどこからか書記の叫び声が響いた事。

 

 

「おおぉぉぉぉぉ!! 関東の生きた資料がこんなにも見れるなんて…………! 僕の主人公力に惹かれて来たな!?」

 

とりあえず書記は無視しといた。

何はともあれこの三つの流れは戦闘の流れを破壊した、と二代は思った。

武神という超巨大戦力が現れた事は否が応でもその巨大さで注意力を引きつける。

そして二つ目によって先程まで殺意しか読み取れなかった副長が今はどこにでもいる少年のように頭を搔いて、どーしたものか、と背中からでも読み取れるような人間に立ち戻った事が大きい。

これによって殺し合う気だった少女は出鼻をくじかれたという顔を隠さずに表情で表現している。

故に次の行為は誰にとっても予想外と言えるだろう。

 

 

この強制停止になった戦場で、掬い上げるような一刀を熱田・シュウは躊躇わず放ったのだ。

 

 

少女は驚きながら、しかし即座に横にターンスライドを行い、その一撃を躱すが、前髪の幾らかが切り落とされるのが見れた。

周りの者どころか武神ですら外からでもわかる緊張感を発し、再び重圧を纏った場で、しかし熱田殿はむしろ今こそ戦場は停止されたのだと言わんばかりに少女に背を向け、歩き出した。

その様子に少女────いや、長寿族の女は驚きの表情を好戦的な笑みに変えながら

 

「小童。どういうつもりじゃ」

 

という質問に首だけを背後に曲げて、少女と相対する剣神は

 

「さっき一撃入れただろうが? ただで俺に一撃を入れられると思ったら大間違いなんだよ雑魚が」

 

と告げて去ろうとする。

副長が去るのならばその補佐である自分も去るのが正しいが

 

「待て」

 

と少女は再び告げるが、今度は熱田殿も止まらない。

それがいいのか悪いのか、少女の正体も知らない自分では見当がつかないから正純に連絡を取るべきかと思ったが

 

「つまり───────引き分けという事か?」

 

「んなわけねぇだろ──────俺に勝っていいのはお(・・・・・・・・・・)前じゃねえんだよ婆が(・・・・・・・・・・)

 

風が吹き付ける。

光が一瞬無くなったような感覚。

そしてそこにある武神なんかと比べる事が出来ない巨大なナニカがそこにいたような錯覚。

それが一度瞬きをしたら消えるから自分は本当に幻覚でも見ていたのではないかと思うが、少なくとも少年はもう長寿族の女の方には振り返らないらしい。

ただ少女の方を見るとその顔には何時の間にか頬に血が伝っていた。

さっきの一撃が躱せていなかったのか?

いや、その時にあんな傷は無かった筈だ。

それは確認していた。

では、あの傷は一体何時ついたというのだ。

その疑問に答えられないまま、しかし少女はその垂れ下がった血を楽しそうに舌で舐めとりながら、彼女の視点では背を向けている剣神を見ながら

 

「ああ…………変わってはいかん所が変わっておらなくて安心したわい」

 

と全く理解出来ない言葉を、しかし何故か耳に止まってしまった一言を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

熱田は表示枠で正純達が会議を始め、また智からは焼肉でネイトの奢りがあるから来たらどうかという誘いを受けた所であった。

とりあえず智の指定した焼き肉店に向かっているが、一人である事を利用して熱田は酷く自己嫌悪をしていた。

 

「何やってんだ俺…………」

 

自己嫌悪を行う理由はやはり今日の戦闘だ。

滅茶苦茶分かり易い挑発だったというのに見事にそれに乗ってしまった。

危うく殺す気(・・・)で戦う所だった。

もし神がかったタイミングでトーリから

 

『何をしてんだオメェ?』

 

という表示枠が来なかったらどうなっていた事か。

 

「ダメダメダメだ…………それはトーリとの約束を破るだろうが……………」

 

出来る限り殺さないよう戦う事がトーリとの約束だ。

それを反故にする事は許されない事だ。

それなのにあんなに簡単に怒りで約束を忘れちまうとはなっていない。

 

『それは簡単です───────貴方が嫌われ呪われるのは貴方がそれだけ惨たらしい地獄だからです』

 

自己嫌悪によって脳が謀反を起こしたのか。

ふと余計な言葉が再生される。

 

『誰しも苦しいのは嫌です。辛い事から逃げたくなる思いがあるのは当然でありましょう。ですが、貴方はそれを許さない。生きて苦しめ、否、生きて苦しみ続けろと貴方は呪うように祈るのです。ほら────まるで私と変わらない邪悪(イノリ)──────』

 

生まれつきの邪悪な女の声がクスクスと脳内で笑う。

 

『敵対者には容赦ない殺意を、味方には容赦ない生存を。嗚呼、そういう意味なら貴方の御友人は上手い事鳥籠に貴方を収めましたわね。こんなに何もかもを殺したがるように生かす貴方を今まで真っ当に生かす道に歪めたのですから』

 

うるせぇ、黙れ。

死人が勝手に脳の容量利用して話しかけてんじゃねえ、と思うが脳の再生は勝手に余計な言葉を本当に最後まで吐き出した。

 

『でも同時に何も理解していないのですね? 貴方の肉も思考も魂も。壊す事が正しい使い方なのに。貴方の御友人も────貴方自身も理解を拒否して…………もしかして貴方───』

 

 

 

 

綺麗な生き方が出来る(・・・・・・・・・・)とでも思いましたか(・・・・・・・・・)?』

 

 

 

脳内で巨大な破砕音が響いたかと思うと、視界を取り戻してみればそれは現実の街灯が握り潰されている光景であった。

俺の手で。

 

「…………あーーー」

 

どうしたものか、と思うからとりあえずそこらに刺しとく。

うむ。

 

「見なかった事にしょう」

 

でも、それは流石に問題か、と思ったので表示枠を看板代わりにして『真田十勇士の攻撃の被害によって折れました』と書いて置いといた。

超遠回しだけど真実だな、と熱田は思いながら、ふぅ、と溜息を吐く。

 

言われるまでも無い。

 

綺麗な生き方が出来るような自分だとは思っていない。

綺麗なのはトーリ達に全て任せればいい。

俺は逆に皆に出来ないような汚れ仕事を担当する。

全く以てピッタリな役回りだ。

汚いのは俺だけでいい。

刃である俺の仕事の範疇でもあるしな。

 

「さて、そういう事だから」

 

目の前に智から貰った地図に載った焼肉の店がある。

それを俺は躊躇わず豪快に開け

 

「さぁネイト! テメェの財布の都合なんて知らねぇ! 俺に肉を食わせて安心を買うか! 俺に奢らずにぶった斬りを貰うか嫌いな方を選べぇ!!」

 

「か、開幕から超最悪な事を言う人間がいていいと思っていますのーーー!!?」

 

「分かんねぇのかネイト! これは親友の試練だよ試練! オメェの忍耐を鍛える試練なんだよ…………! あ、あれ、ホライゾンさん? 股間に炭火を近づけるのは何故で御座いましょうか?」

 

「Jud.試練ですトーリ様。つまらないギャグを言えば5㎝ずつ近付ける試練というのはどうでしょうか? 最終的にゼロ距離になった場合は七輪を借りて焼きましょう────ではトーリ様。面白い事をどうぞ」

 

「試練はオメェの存在の事だな!? そうなんだな!?」

 

そうして俺は何時もの喧騒に入り、何時もの熱田・シュウに戻る。

これでいい。

きっとこれが正しいのだ。

だって俺の真逆が何も俺の生き方について言わないのだ。

だからこれでいい。

俺は間違った正しさを貫いて疾走しよう。

 

 

 

 

その先に────皆の夢が叶い、失わない世界があるのだから。

 

 

 

 




何か意外と書けたので入稿です。

ええと、まずネイトと熱田はこれに関してはまぁ、どっちも悪い気がしますな。何せどっちもコミュ障故にネイトは勇気が足らず、熱田は自分が悪いだけと思っているという。
何とも負のスパイラル。
自分、こんなネガティブ系を書けるのだなと書いていて思いましたよ。

次に某長寿族のロリ婆。
これに関して皆は何でこんな感情的且つ固執しているんだ? と思った方が多いと思いますが、これはオリ設定です。
まだ、どういう設定かは書いてはいませんがこれについてはちゃんと3巻内で説明出来るのでもう少しお待ちを。

で、最後の誰だこの女は、と思ったでしょうけどこれもオリジナルキャラクターです。
これはマジで書けるのか謎な設定ではあるのですが、敢えて言いましょう。

皆さん、熱田がここまで酷く色々とネガティブになっているのはこいつが4割五分くらい占めております。

では長々と語るのもアレなのでここらで。
感想や評価などがありましたら気軽にどうぞです。




いや本当に。皆、Fateも来てーーー!!

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