不可能男との約束   作:悪役

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焼いて、取って

漬けて、食え

配点(食欲


肉の晩餐会

 

「明後日からの春期学園祭か……祭好きな皆からしたら意図はどうあれうきうき気分がほとんどだろうなぁー……」

 

捻くれた考えしかしないなぁ、と自分にツッコんでしまう自分を自嘲するしかない自分に更に自嘲しながら夕暮れの武蔵をネシンバラはただ見ている。

あの会議はベルトーニ君の土下座勝利とやけっぱちのお蔭で何とか勝てた。

武蔵商人の意地汚さは大したものだと本気で思ってしまうのがどうしようもない。

少々、嫉妬めいた考えが生まれるのは現状の自分のせいだろう。それも込みのマクベスならシェイクスピアはかなり酷い性格である。

それにしても、改めて、というか何度も思っていることだが武蔵って大きいなぁって思う。

八艦を連結させて作られた航空都市艦。極東唯一の独立領土。

普段、乗っている自分としては昔はともかく今は少々有難みというのが薄れてしまいそうになるが、戦闘という面でいえばプラスマイナス両極端の船だな、と思う。

 

……って、有難み云々語ってるくせに失礼な奴だなぁ、僕。

 

色々と助けられたくせに、つい軍師っぽい語りを入れてしまう。

やれやれとアリアダスト教導院の橋上で座って首を振りながら

 

「酒井学長。学長が明日からの準備で何かしなくてもいいのですか?」

 

横で三人分くらいの距離を取っている学長先生に話を振った。

どうして、この武蔵には子供も大人も含めてこういった人が集まるのかなぁ、って思う。いや、まぁ、そりゃあ例外はあるけど。

 

「学長先生。今、暇になる事が出来るような感じじゃないですよね? 武蔵の入港準備とか待機している輸送艦の上陸手続きとか。仕事を終えてきたんですか?」

 

「いやいや。話を聞いてみたら貿易っていうけど、屋台にカモフラッたお祭り騒ぎ形式みたいじゃない? 立場的にってさ。俺、産業委員会の所に行って取引中止促さなきゃいけないんだけど、どうすればいいと思う?」

 

「ベルトーニ君みたいに土下座するのはどうでしょうか? ───いやいや、冗談ですから。誰も年取ったおじさんの土下座を見たいと思うような好きものは……恐らくいないでしょう」

 

「お前さんも大概だなぁ、トゥーサン。落ち込みまくっているって聞いたからもう少し元気がないと思ってたが、面白味がないねぇ」

 

「……誰かに僕のことを頼まれていたんですか?」

 

「真喜子君からね───放置しておいてくださいって」

 

精神破綻した人間が多いのも武蔵の特徴なんだろう、と空に半目を向けて頷く。

この程度でストレスが溜まっていたら武蔵では直ぐに禿になる。

そういえば以前、ミトツダイラ君に媚を売っていた商人に突撃を馬鹿達がかました事があるが、風の噂だとその商人は最近、生え際のことを気にしているらしい。

気を付けよう。その人は失敗した自分達の将来だ。

まだ現役だから大丈夫だと思うが、油断はいけない。そんな余裕をあのグループが維持させてくれるとは欠片も思ってはいけない。

生存競争というのはどんな時でも悲惨だ、と心の中で悲しみ

 

「……それだけですか?」

 

「いやね? 年取ったおっさんの好奇心にちょい付き合ってくれないかなぁっていうの本音なんだよ。年をとると周りからの反応とか気にしなくなるからね」

 

「……別に、昔のことならばナルゼ君にも語ったりしましたが?」

 

「いやいや、別件別件───二境紋の事だよ」

 

自分の姿勢が単語ひとつで変わったのを理解する。

成程、と思いながら何か今の雰囲気に変わったのを別に懐かしがらずに済んでいる自分に内心で苦笑する。

 

「一応、先日に言われたとおりに武蔵内の情報の入手と整理はしました」

 

「答えは出たかい?」

 

いえ、と首を振る。

 

「精々、三十年前くらいから発生している、各国でも発生しているくらいのネタですね。調べれば解る程度くらいしか……ただ……」

 

「言い悩むんなら口に出してみない? 言葉に出してみたら意外と頭の中で思っていたのと違う答えが見えるかもよ? 俺は聞く派だけど」

 

Jud.と答え、息を吸う。

まだ答えと意思を持って答えることが出来ない。プロットレベルの解答をするのは少し気が引けるがそんなことを言ってる場合ではない。

そして息を吸っている間に覚悟を決めて返事する。

 

「断定するには材料が少ないんですが……二境紋と深く関わりがある"公主隠し"。それにはパターンと言っていいのが存在すると思います」

 

無言の促しを受け、自分も無言の首肯をする事で返答とし、結論を出す。

 

「恐らく、"公主隠し"で隠された人物は襲名者……もしくはその縁がある人間が被害に遭っていると思います」

 

「ふぅん。それは怖い話だなぁ……それ。武蔵の襲名者の人達にも言ってる?」

 

「いえ……確証もない暴論ですし……現に」

 

ちょっと一息ついて内心で整理しながら答える。

 

「政治系の本多君の所は彼女の母も父親も襲名をしていないのに"公主隠し"に遭っています。だから、法則が今一掴めてないですね……」

 

ネシンバラは大丈夫かなぁと思いながら包帯が巻かれた右腕で表示枠を立ち上げる。

立ち上げた瞬間に直ぐに右腕を確認するが、マクベスが動かない。

なら、大丈夫だろうと思い、自分の情報領域(データバンク)から一つの図を表示する。

その図を覗き込んだ学長先生が先に答えを告げる。

 

「これ。系統図かい?」

 

「Jud.各国の生徒会や総長連合を中心とした襲名者のものです。その中で調べてみるとどう考えても消えているとしか思えない人物が結構いると思います」

 

「うっわ。夏のリアル風物詩を聞いている気分だねぇ……俺とか最近、そういうのに出会ってんだけど」

 

「そういう意味なら酒井学長は消えませんねぇ……まぁ、情報少ない中で僕が整理した中で推理したものですから絶対とは言えませんが酒井学長、かなり死亡フラグを持っていそうなんですが」

 

「おいおい……そんな事を言ったら襲名者自体が死亡フラグみたいなもんだ」

 

そういえばそうだった。

襲名者の人からそんな微妙な事を言われると、どうかなぁ、って思ってしまう。ちゃんと往生した人物ならともかく昔の、それも戦国時代の武将関係なら大抵早死にだ。

病死、戦死、自害など死に方は大抵、報われない方が多いのが英雄の業と言うべきか。

そういえば、学長が襲名した酒井・忠次は隠居して最後は普通の死去であったとか。まぁ、そこら辺は今はどうでもいい事だろう。

 

「まぁ、そこら辺は調べ続けてくれると俺は嬉しいんだけどね? 年取りすぎたせいで、そういう今の方法とかには疎くてねぇ」

 

「酒井学長は自己分析を盾に人を働かせるのが上手いですね……Jud.と他人事ではないのでそう素直に答えたいのですが……」

 

苦笑を浮かべながら包帯を巻いている右腕を持ち上げ、空にかざす。

大仰な仕草をして浸る自分に酔っているな、と内心で更に苦笑を深める。別に僕はシェイクスピアみたいに演技までする人間ではないのだけどと思いつつ

 

「このマクベスをどうにかしないと……満足に調べ物も出来ない状態ですからねぇ……」

 

 

 

 

「ふぅん……現代風の呪いはそんなに厳しいわけ? 古い世代の俺とかはそこら辺、ぴんと来なくてね」

 

「Jud.。まぁ、厳しいって言うより面倒って言うか危険って言うか」

 

「ふぅん……そこら辺、熱田にそれこそ聞いてみたらどうよ? 馬鹿だけどあれでも神社の代理神っていう神道での偉い立場でしょ? 昔、俺も熱田の連中に歌唱祓いで祓って貰ったことがあるけど」

 

「本人に頼んだら「任せろ───呪いごとぶった斬ってやんよ。大丈夫大丈夫! 痛くしねえ! 痛くしねえって!  ただ暫く生活が不便になるだけだからよぉ」などとほざいてきたので丁重に断りました」

 

「ってぇ事は無理だったって事ね」

 

でしょうね、と溜息を吐きながら同意する。

断り方が何故、そこまでネタに走るのだと思うが本人が言っているのは遠回しに無理だと叫んでいるだけの内容である。

無駄に元気が特徴なのが剣神の特徴なのか、馬鹿の特徴なのか。絶対に後者だと思うが。

ああ、だからクラス全員、元気過ぎるのか。

向井君がいなくなったら、梅組はどうなってしまうやら。政治系の本多君も最初はまともだったが、既に駄目な予兆が出ているのに悲しむべきか、慄くべきか。悩みどころである。

 

「で? 最近の洒落た呪いはどんなんなの?」

 

「Jud.不始末な右手が勝手に王を害そうとするんですよ」

 

苦笑する。

 

「色々と面倒ですよ? 通神帯(ネット)を使っているだけでも勝手に生徒会の情報を流そうとしたりしますし、さっきも間違って泣き系エロゲを勝手に生徒会当てに発注してしまったりで。まぁ、あっちには毒見役のウルキアガ君と浅間君がいるから心配はしていないんですけど、代わりに僕の財布が軽くなってしまって、どっちかというと遠回りな自殺をしている気分がしてきて不思議な状況です……」

 

「洒落てるねぇ……でも、その口調から察すると通神帯だけじゃなさそうだけど?」

 

「……jud.授業中にちょっと」

 

ちょっと? と返される言葉に肩をすくめる。

 

「コークスペンをナイフで削っているつもりだったんですが、何時の間にか葵君の方に投げようとしてて……」

 

「自分で止めたの?」

 

「いえ……槍本多君と熱田君が……それでまぁ……その……近づいてきた熱田君に対しても……その……」

 

言い淀んだ自分に学長先生は一瞬、眉をひそめたが、数瞬後に理解を得たという顔をしたら顔の形を変えた。

苦笑の形に。

ああ、これは見破られてるなぁと諦めにも似たような感情を息に宿しながら会話を続ける。

 

「それ? 本人は?」

 

「いやー……本人は茶化すだけで……馬鹿ですけど、頭が悪くないのが彼の特徴なのに、そういった事だけ鈍感なんですよ」

 

「気づいているだけで、本人が嫌がっているだけなんじゃない?」

 

「本人は引っ張る素質はないって言い張ってますからその可能性も無くはないですね……」

 

聞いた話では輸送艦の混乱状態を指示したのは彼だという。

リーダー気質を持っているくせに、自分にはそれは合わないと思っている。面倒なことに自虐とかじゃなくて本気に。

まぁ、自分本位で求道的素質もあるのは事実だが、別にリーダー気質をそこまで否定しなくていいだろうに。

 

頭を使うようなのはどうせ僕や政治系の本多君に任せる癖に……

 

そこまで考えて、気付いた。

こんな風にテンションが上がっていないくせに、まだ自分は彼らの軍師として動こうとしているようだ。

往生際が悪いというのか、ただの現実逃避か。

それもそうか。

 

「まぁ、だから出来る限り葵君と熱田君に近づかないようにはしているんですけど……家にいれば今度は自分の批判とかをつい通神帯で見ちゃって……じゃあ、それに捉われずに執筆をしようかと思うと被害妄想ばかり浮かんで……酒井学長はどんな風にしていたんですか? 現役の時は」

 

「俺かい? 現役の頃は今みたいに通神帯はここまで発達していなかったからね。それこそ、現役の熱田とかに聞いたらどうだい? あいつ、結構、嫌われ者でしょ」

 

「……まぁ、あんまり噂はよくないですよね」

 

実際は嫌われ者の嫌われ者なのだが。

格好つけたりするからそうなるし、何よりも力を見せなかったというのが大きい。お蔭で一部は彼のある事ない事を作って疫病神みたいな扱いをしている人間もいるのだろう。

まぁ、そんなのはどこの教導院でも少しはある問題なのだろう。それに問題といっても本当に一部だ。それこそ、役職者や襲名者によくある関連の問題だ。やっかみなんて気にしちゃいられない。

 

「まぁ、でもそこら辺は三河で力見せたからイメージ回復は結構していますよ?」

 

「よく知ってるなぁ」

 

笑って言われたことにちょっとだけ息を詰める。

ああ、クソ、ミスった。

この人も何だかんだ言って武蔵アリアダスト教導院の人なんだから捻くれているに決まっているだろうが。

 

「……別に。ただの書記として総長連合と生徒会の風評について調べた時に知っただけですよ」

 

「じゃあ、そうなんだろうねぇ」

 

話を変えようと思う。

隙を一度見せてしまったのなら、そこからの挽回は中々難しいものだというのはよーく学習している。

 

「まぁ、熱田君はそういう人に対してはオリオトライ先生が放置なら、熱田君はもう怖いくらい甘やかしてくるんですよね……学長先生は気づいていましたか? 彼、ミトツダイラ君にはかなり甘いでしょ?」

 

「ああ。確かミトツダイラの母ちゃんの事件以降からだったかね? 流石の俺も引いたね、ありゃあ。まぁ、ダっちゃんみたいな例外も人間でいるから驚くことはなかったけど」

 

「自分はそこにはいれないんですか?」

 

「おいおい……俺はもう現役を引退しているし現役の頃もそういうのはダっちゃんにやらせてたからね。年寄りの楽しみの一つは記憶を美化することだけど俺だって限度ってぇのがあるよ」

 

「じゃあ、そういうことなんでしょうね」

 

お互いに苦笑の形を張り付けて言葉を交わす。

ある意味で、僕にとっては久々な休暇みたいな感じがする。被害妄想逞しいなっと内心でも苦笑を深めながら話を続ける。

 

「だから、まぁ、ミトツダイラ君からしたら堪ったものじゃないっていう状態じゃないですかねぇ。熱田君の甘やかしって何だか、もう直感とかに頼らなくても裏があるって簡単に思えますから」

 

「愉快な信頼関係だねぇ」

 

余り答えたくないので無礼であるとは思うが、言葉を被らせてもらう。

 

「いや、だって何となく彼の嫌味が伝わってくるんですよ───別にそんなの俺に全部預けてもいいんだぜって」

 

そんな裏の意味をつい読み取ってしまったら

 

「意地でも張り合うしかないじゃないか……」

 

分かっててやっているのか、天然でやっているのか。

微妙な所だと思う。

だから、まぁ、ナルゼ君みたいな負けず嫌いは意地でもそういうのを熱田君に預けたりはしないだろう。

熱田君のこれ(・・)の被害にあっていないのは、恐らく葵姉弟に浅間君くらいじゃないだろうか。

全くもっていい迷惑である。

それも、普段ではそんな事をせずにテンションが落ちている瞬間などを狙ってやってくるので悪質だ。彼は神ではなく悪魔になるべきではないかと時々思う。

悪魔というのは結果はどうあれ契約を持ちかけてくる時は人間にやさしいというのだからぴったりである。

ただ、この悪魔は馬鹿な事に自分が得をするような契約を持ちかけない。むしろ、自分に不利になるような契約しか持ちかけない。

そして、悪魔はこう笑うのだ。

楽勝だぜ、と。

葵君の親友に相応しい。

そう、一種の感慨に浸っていると酒井学長は笑いながら表示枠を一枚出してこちらに見せる。

何だろうと思い、それを見る。

 

「第四階層で焼き肉? 温泉も出るよ? ……オリオトライ先生……正気、なんでしょうねぇ……」

 

「まぁまぁ。楽しい事は若いうちからやっとくもんだよ。俺達も昔は徹夜で色々騒いでいたからねぇ……榊原は途中で雰囲気読まずに逃げようとするからよくダっちゃんと一緒に関節極めたけど時々手加減ミスってピクピク震えるだけになった時があったから、あん時は焦って証拠消そうとしてたっけ」

 

「……今も昔も変わりないですね……」

 

笑うべきか、呆れるべきかを悩んで結局苦笑を選んで学長先生の話を聞き、するとタイミングを読んだのか、ミチザネが新たな表示枠をこっちに出現させた。

まず、酒井学長に失礼といい彼が手を振って構わないと反応するのに頭を下げ、最後にミチザネに礼を言って表示枠を見る。

そして、その内容を見た途端。思いっきりネシンバラは肩をすくめ、溜息を吐いた。

全くもって気分最悪だ。

人をネガティブにさせないっていうのもどうかと思う。それが、ネシンバラの素直な感想であった。

 

 

 

 

 

 

日が暮れ、潮騒が聞こえる砂浜で極東制服を着ている集団と一部地元の人間が集まっている。

音頭を取るのは

 

「諸君! 今日は私、武蔵アリアダスト教導院生徒会会計ことシロジロ・ベルトーニの偉大な私腹を肥やす今後の繁栄に前向きに私はうはうはな気分に……! ───という裏向きな理由はさておいて明日からの春季学園祭準備と本祭に向けて───」

 

「色々台無しだぞ!」

 

全員のツッコミを総スルーすることにより回避することによりジト目を貰うことになったがそれすらも無視する。

それにより更にプレッシャーが増したが結局無視する。

視線やプレッシャーを気にしていたら未来は禿だ。

だから、視線でものをいうメンバーは全員無視して要訳。

 

「───諸君! 〇ベ屋の安寧と繁栄の未来を願って食え……!」

 

諸君のしの部分で全員無視して焼肉に没頭する。

ここに腹べこ勢と金欠勢による一つの戦場が生まれることになった。

 

 

 

 

 

久しぶりで賑やかだね……

 

鈴はアデーレや浅間、喜美が近くにいる場所で全員と言えないのが残念だけどメンバーの大半が集って盛り上がる焼肉を楽しんでいた。

 

「さて……草も取り終えましたので肉の方を……って誰ですの!? 私の肉類を遠慮なく奪って毟っていったの! 処刑モノですわよ!」

 

「へっ……甘いな……ネイト。この世は弱肉強食。先に食ったほうが強いんだがはっ!」

 

あ、オリオトライ先生が投げたジョッキがシュウ君の顔にめり込んだ。

あんまりそういった事はされた事がない鈴だからちょっと解らないけど痛そうだということは解る。

他にも

 

「ぬ……! 御広敷! 貴様ぁ! 拙僧が折角丁寧に熟成をした肉を奪い取りおったな! それ以上肉を得てどうする! 何かのマスコットキャラクターになるつもりか!?」

 

「小生、ウッキー君には言われたくないですな! リアルマスコットっぽい種族のくせに! あ! ハッサン君! カレーをまさか焼くなんて斬新過ぎ……!」

 

「カレーは焼肉にも通用しますからネー」

 

「はははは、おや、ネンジ君。焼肉が消化しきれていないからか、まるで都会の汚れに汚れたスライムになっているよっ」

 

「なぁに……! 我等の年齢くらいならば多少、汚れることが成長になるのだよ……! ただし、汚れ自体が悪いわけではないからな! 問題はそこから自分がどのような信念で生きるかが重要なのだ……!」

 

この場合、我等というのはネンジ君みたいな種族のことを言うのだろうか?

それにしても皆、テンションが高い。

でも、そんな風に無意味に楽しむというのはそれこそあの三河消滅の時の肝試しの時以来だから懐かしいといえば懐かしい。

だから、素直に

 

「楽し、いね……」

 

小声で発声したつもりだったのだがアデーレ達には聞こえたのか、こちらに顔を向け微笑を返してくれる。少し恥ずかしい。

 

「はい、鈴さん。焼けたのはここに置いておきますからね。これから私は五穀チャーハンを作りますが、鈴さんもいります?」

 

「ん、浅間さんの、チャー、ハン。美味しいから、好き」

 

「あ、自分もよろしくお願いします! 自分、最近まともな食事をしていなかったので今回は超嬉し……何ですか皆さん! その圧倒的憐憫視線は……!」

 

多分、皆ちゃんとアデーレの事を理解してくれたんだと思う。

うん、本当に久しぶりだ。

それに、特に一番なんかほっとしているというか、楽しそうな声があってそれが自分の事にように嬉しくなる。

トーリ君とシュウ君だ。

 

「おいおい親友! その更に高く積みあがった肉タワーはなんだよ! そんなにとって肉がなくなったらネイトのキャラが薄れるだろ!? オメェ、その責任が取れんのかよ!」

 

「ああん!? んなもん知るかよ! 弱肉強食だよ弱肉強食! だからネイトは胸の方にも肉がねえんだよ!」

 

「さ、最低ですわこの副長!」

 

あ、ホライゾンが二人に近寄ってる。

 

「おやおや、熱田様。それはいけませんな。その猿には勿体ないお肉をこのホライゾンがミトツダイラ様に献上しようと思っていたのです。ここでその肉を消されるのは痛恨の極み……! さぁ、このホライゾンとミトツダイラ様のフラグの為に肉を寄越しなさい」

 

「て、テメェ! 言うに事欠いて猿と言いおったな貴様! だが、この肉タワーは誰にも渡さねえぜ……! 肉キャラはネイトだけだと思うなよ!」

 

「ちょ、ちょっと! さっきから私、色んな誤解と誹謗中傷が重ねられている気がしますのですが弁護人は何処に!? な、何ですか喜美、その視線は? わかってるから無理は止めときなさいよっていうその視線!」

 

「ホ、ホライゾン! そ、そのラブラブフラグは俺に対してもあるのかなぁ~? そうなのかなぁ~? よっし、準備OKだ! バッチ来い!」

 

「何ですかトーリ様。そんな全裸で……お腹を冷やしたら大変ではありませんか。ちゃんとお腹を温めましょう」

 

「ひょおおおおおおおおおお!? 駄目駄目駄目ぇぇぇぇぇぇぇ! 流石の俺も焼けた網を押し付けられるのは想定外すぎる……!」

 

ホライゾン、凄い……? と思わず真剣な顔で頷いてしまう。

周りにいるメンバーも全員神妙そうな顔で目を逸らしている。巻き込まれ防止のスキルを皆、如何なく発揮している。

 

「大丈夫かトーリ! 俺が止めさすまでちゃんと生きとけよ! な!?」

 

「あっれ!? あっれ!? 友情を感じるように見せて全然ないというその不可思議リアクションはなんだ親友! さてはツンデレだな!?」

 

「テメェにデレる感情はねーよ!? あ、ナルゼ! テメェ、その表示枠はなんだ!」

 

「は? ただの投稿完了確認の表示枠だけど何か問題あんの?」

 

「ひ、開き直った! 開き直ったぞこの有翼肉食系!」

 

「あ、ガっちゃん。こっちの豚、焼けたから一緒に食べない?」

 

「ええ、あ~んよね」

 

「ええ、からの後が明らかに繋がってねーよ!」

 

最後は皆でツッコんでいるのを見て、うん、やっぱり皆楽しんでるな、と思う。

 

・貧従士: 『皆さん、元気ですねー。絶対に何人かこの焼肉で弱みを握られるポロリを出すと思いますね!』

 

・あさま: 『アデーレって時々、非常に可哀そ……無防備な発言をしますよね。そんなんじゃ、外道共に脇腹突かれますよ?』

 

・貧従士: 『い、今! 今がその脇腹を抉られた時ですよ!?』

 

・賢姉様: 『何!? 脇腹抉って食べたいほど肉が欲しいのアデーレ!? 遠慮せずに食べるがいいわ! ほら! 浅間も一緒に肉を差し出すのよ! せーーのっ、どっこらせーーーーーー!!』

 

・銀狼 : 『こ、こら喜美! そこで胸を持ち上げてどうするつもりですの!? そんなにアデーレの心を抉ってどうするつもりですの!』

 

文字に関しても皆のテンションについていくだけで一苦労である。

皆、凄いなーと真面目に感心する。

自分じゃあんなにおかし……じゃなくて元気よく活動できない。

もっと自分も頑張った方が良いのかな? と何度も思っているのが最近の悩みである。

ただ、これについて父や母や浅間さんやネシンバラ君、シュウ君、"武蔵"さん達などに伝えると皆笑顔でそのままでいいって言われる。

浮かべる笑顔に慈愛と焦燥があるのはどうしてだろうか、と思ってたら

 

「あ、れ……?」

 

知覚に何かが引っ掛かった。

 

 

 

 

 

 

音鳴りさんと自分の知覚の反応の確かさを信用するのは鈴にとって普通に生活するためには必要不可欠の事である。

だから、鈴は自分が間違っているのではないかと言う思考は出来るだけ排除して、とりあえず知覚で感じた方に視線を向けた。

そちらにはシュウ君やトーリ君とかが騒いでいる焼肉宴会場の中央近くであり、それこそあるのはお皿とかコップとか茶碗とか段ボールとかであって

 

……段ボール?

 

何故、段ボールがあるのだろうか?

いや、段ボール自体があるのはいい。現に紙皿や紙コップなどを入れていたり、ゴミ入れとして使うのに幾つか使っているし、周りにもある。

問題はその段ボールの封がまったく開いていないことである。

ここにあるのは全部使っているものである。だから、普通ならこれは封が開いていなければいけないのだ。なのに、あのダンボールだけ封が閉じている。

そして、その理由を鈴は気づいた。

すると、周りの皆も私の視線に気づいたのか、そのダンボールの方に視線を向けている。

 

「……さっきまでなかったわよね、その段ボール? 一応、聞くけどあんたらの誰かの仕業じゃないでしょうね」

 

「小生達は予備のお皿とかはそんな中央に置いたりしていませんし、小生達が持ってきた段ボールとそれ。少々違いますね」

 

「先に聞くが犯人いるなら手を挙げてみろ」

 

「セージュン! セージュン! 俺が言うのも何だけど、オメェ、本当に適応力高ぇな!」

 

それで時々手を挙げる人がいる時もあるけど、それってうちのクラスだけの個性なのかな……?

 

自分達の個性と聞くとちょっとだけ嬉しくなるのはいいことなのだろうか?

思わず、ちょっと口が微笑の形に変わりそうになるのを我慢我慢。

そうしていると

 

「あ~……鈴。一応、聞きたいことがあるんだけどよ……」

 

困った顔というか呆れた顔というか、それらをミックスさせたような顔でシュウ君が声をかけてきたので、その声色に珍しい? と思いながら返事する。

 

「え、と……何……?」

 

「Jud.───その中に人、いるよな?」

 

「ん……いる、よ……?」

 

ざわりと周りがいそいそとその段ボールから離れていく。

自分もアデーレと浅間さんに肩に手を置かれ、手をゆっくり握られて後ろに下げられる。

 

「シュ、シュウ君? ダイレクトに聞きますが───変質者ですか?」

 

「おいおい。最大の変質者がうちのクラスにいるのにこれくらいで騒ぐことねえだろ?」

 

「そりゃ該当者は大量に……ちょっと皆。一応、非常事態なんですから、視線で牽制していないでシリアス保ちましょうよぉ……」

 

真剣な雰囲気って長く続かないよねって思うけど、楽しい雰囲気がよく長く続くから結局、良い事かもしれないと思う。

でも、どうやらシュウ君はどうやら段ボールにいる人の事を知っているようだ。

誰なんだろう? という私の疑問に答えるように心底面倒だという口調で彼が段ボールに告げた。

 

「おい、ハク。いい加減出てきやがれ」

 

「───ばれましたか」

 

瞬間。

段ボールをそのまま突き破って人が飛び出た。

 

 

 

 

 

 

「ぬあああああああああああ!!?」

 

思わず、全員の流れに乗って段ボールから突き破った人間から一気に走って逃げた。

 

うわぁい、ナイちゃん。自分でも思ってたけど結構、ノリがいいなぁ……

 

いいなぁ、と最後に着くのに何故か人間的に駄目になっている気がする。

大丈夫、まだカースト最下位になっていないから大丈夫だよ。

中には走って逃げて、丁度いい距離が開いた人間はポーズを付けて振り返って

 

「何奴……!?」

 

とか叫んでいる変人がいる。

叫んだ後に逃げてくるメンバーにぶつかって倒れて、踏まれていたけど生命力は高そうだからきっと大丈夫だろう。

そうじゃなかったら知らない。

そして、距離が五メートルくらい離れて隣のガっちゃんと一緒に停止して後ろに振り返り構える。

出てきた人型は見た目自分達と同年齢くらいと思われる少年であった。

うちの制服をきっちり着こなしており、顔とかは上から目線風に言えばまぁまぁといった感じで、キリッとした表情が格好よさを与えているような気がする。

ガっちゃんは真面目な表情で既に横で絵をとっているようだから新刊に出るキャラは決定だね。

 

「毎度毎度奇怪な登場かますんじゃねえよハク。偶には趣向を変えねえとそこの売れねえ芸人みたいになっちまうぞ」

 

「おい、親友! 幾ら、親友でも言っていいことと悪いことがあるっていうのがあると思うんだけどそこら辺どうよ!? ほら、仮にも俺はお前より役職は上なんだぜ!?」

 

「うっわ、権力を利用してクラスメイトを見下すなんて……お前、芸人どころか人としてひどいんじゃね……?」

 

「くっそ、シュウ……オメェ……正論言えたのか!?」

 

「お前にだけは言われたくねーよ!」

 

ギャーギャー叫ぶ二人をミトッツァンとアサマチがまぁまぁと抑えるのを余所に件のハクという少年がこちらに軽く挨拶をしてくる。

 

「……お騒がせしてすいません。私はハク。姓無しで熱田神社の者です。若輩者ですが若様の力の一つと思ってください」

 

「ガっちゃん! ガっちゃん! あんまり外伝を進めても本編のあさいてが進まないと結構批判来るよ!?」

 

「大丈夫よ、マルゴット───趣味は仕事のように。仕事は趣味のようによ」

 

「お前、正気じゃねえよ!?」

 

全員が一致団結でこちらにツッコんでくるがナイちゃんもガっちゃんも気にしない気にしない。

何せネタも鮮度が第一なのである。

余り、時間をかけていると他の作者が美味しいネタを奪って行ってしまうので油断は出来ないのである。

日常の隠れた場所で戦いはあるのである。

そして、シュウやんが呆れたようにハクやんを見つつ

 

……? 意識はハクやんの方に向いていないね?

 

対狙撃、暗殺用の訓練をしていると無意識でも相手が発している殺気などは読み取るのではなく視線のように感じる。

よくある嫌な予感と纏められるのがそれを経験則と己の五感を組み合わせた戦術として体に組み込まれる。

無論、忍者などはそういった殺気を隠すのは上手いし、狙撃に関しても一つレベルを上げるとそんなのを意識しない"自然体"で狙うのは当たり前だ。

シュウやんも歩法などでそんなのは当たり前に"自然体"になるのだが、今回はどっちかというとわざとというよりこちらに気付かせるように意識をちらつかせている。

周りも"出来る"メンバーは気づいたのか、少なくとも補佐の二代のみが先にその視線の先を見ているので流石だなぁと思い、そちらを見る。

そこには特に何か不思議じゃないまたもやうちの制服を着た女生徒がおり、顔は少女らしさがあるのだがきりっとしていて雰囲気がルーやんや喜美ちゃんとはまた違った感じに年上雰囲気を出しており、髪はロングヘアーで胸は抑えてあるし、と全体を見ようとして足と手指を見た瞬間にどうしてその人物が注目されているのか悟った。

 

……手指にタコが出来ているね……?

 

教導院の学生なら余り、おかしくはない武芸者の特徴。

術式によって確かに消せるといえば消せるのだが、やはり術式に頼りがちになるのは問題ではあるし、それも訓練の一環で生まれた傷なのだし、実践においても起きうる傷の一つなのだ。

だから、そういったのを消すのは余りない。

だから、普通はそういった事はないのだが

 

……あれって一般学生だよね?

 

総長連合揮下の人間でもなければ三河から参加した警護隊のものでもない。

そういった人物リストは総長連合と生徒会には必ず回されチェックされる。

だから、一般学生がそんな武芸者であるとは思えないとは言わない。実際、うちでもノリリンやアサマチといった規格外はいるのだから。

問題はその動きの質だ。

普通に見ていたら何気ない仕草なのだし、動き自体もただこの焼肉に来てさっきのハクやんに驚いたって感じなのだが……動きのキレに無駄がわざとらしく有り過ぎる。

溶け込んでいるが故に違和感。周りに合わせ過ぎているのだ。

つまり、とそこまでの思考に答え合わせするかのようにシュウやんがそちらに振り返りもせずに

 

「碧も来てんだろ? 似合わない変装せずに普通に来いよ」

 

「じゃあ、遠慮なくいくわ」

 

その女生徒がいきなり近くに立てかけていた長い布から薙刀を取り出してシュウやんに迫った。

 

 

 

 

 

 

 

碧は怒りに駆られていた。

勘違いしてもらっては困るが、別に彼に対して凄い恨みがあって虎視眈々と狙っていたとかそんな悲劇あふれる今時ストーリーとかではない。

そんなのがあったら今頃もっと酷い目に合わせている。いや、マジで。

だから、今回のは有り触れた仕返しである。

それすなわち

 

「襲撃の前の晩のおかずを取られた恨み……!」

 

だいぶ前の恨みだが忘れたりはしない。

基本、怒ったことは余り忘れないのである。怒ったことを忘れたら仕返しするのを忘れてしまうからである。

留美さんが作ってくれたそんじょそこらの料亭よりもかなり上手い唐揚げ。その一つを流れるように攫っていったのが、この我らが神の代理神である。

信仰している神に何という事をと言う感じだが、神道アバウトだから大丈夫。

元より暴風神なんだからそこら辺は許してくれるだろう。本物もこの人も。

だから、遠慮なく

 

「死ねーーー!!」

 

「少しは遠慮しろ」

 

瞬き一つした瞬間に目の前に一つの物体が浮かんでいた。

訂正するところがあった。

浮かんでいたのではなく、飛んできていた。お箸の一つが。

 

……何時の間に!?

 

瞬きする寸前にはこんなものはなかったから必然的に投げられたのは瞬きした瞬間になるのだが、投げた本人はこちらに振り向いてすらいない。

こちらが目蓋を閉じるタイミングなんて計れるはずがないのにどんな風に計ったのか。

しかも、躊躇いなく目に当てる軌道で投げているのが恐ろしい。

 

躊躇とかないの……!?

 

そこに怒りよりもむしろ感嘆を覚えてしまうのは私も熱田寄りの人間であるという事だろうか。ちょっと鬱になる。

だが、問題は箸である。

気付くのは直ぐだったので反応は簡単だ。

無理せずにそのまま左足を一歩進め、体を左半身に預けるように傾ける。それだけで右目を狙った箸は簡単に躱せた。

そう思った。

 

「あいた」

 

額に何か固いものが当たって一瞬視界がそれに集中する。

 

……箸!?

 

さっき避けた筈のものがと思うが、一秒くらいで理解を得る。

 

……もう一つあったものを投げたのね!?

 

箸なんだから使うなら当然二つ棒が必要である。

というか、それ自体は別段問題にしていない。一つしか投げられていない時点でもう一本来るくらいは予想していた。

問題はその投擲速度とタイミングである。

前者はまだいい。剣神という規格外の存在が投げたものとしては普通である。問題は後者。

投げられたタイミングは自分が回避すると決めた段階くらいしか、振り返っていない体勢ではそれくらいが投擲スピードの限界だと思われる。

そのタイミングで彼はこちらがどんな風に避けて、どこに額が来るのかを予測したということになる。

流石と今度こそ純粋に感動を覚えてしまう。

戦闘系副長となるに相応しい我等が神様。自分の信仰を捧げるには相応しい存在であると改めて自覚しながらも、視覚を取り戻す。

取り戻した視界が移すのは服であった。

 

……制服を脱いで視界潰し!

 

よくある手段であると思った。

箸と制服の二段目潰し。だから、既に彼の場所の正確さを知らない。横から暴風のような痛みを感じるような風の圧を感じながら必死に脳内でどこにいるのだろうか、と考えつつ

 

「───」

 

結局、思考総てを無視して、経験と勘で薙刀の石突を後ろに突いた。

 

 

 

 

 

凄い決断力で御座るな……!

 

恐らく、このクラスでかなりこの二人の勝負を気になっている人間として二代は二人の動きを見ていた。

いきなり現れた女生徒が何者かは知らないが、シュウ殿の知り合いであったようだからこれは一種の訓練と思って行動していたが感嘆する動きばっかりで見るのを忘れそうになる。

今もそうだ。

少女が取った判断力に感嘆を示している。

後ろに放った石突き。一見、無茶苦茶に放った軌道にしか見えないのだが、それを二代は素晴らしいと称賛できる。

何故ならそっちの方角にはシュウ殿がいるからである。

この目で訓練以外で彼の動きを見るのは初めてだが、速い。

スピードは加速術式を使っている自分の方がやはり速いとは思っている。彼のはあくまで肉体強化で常人よりも身体能力がおかしいという速度なのだ。

能力の限界なのか、加速術式よりも多少遅いが、加速術式と違って自由度がある驚異のスピードで後ろに回った。

スピードも凄いのだが、足運びも見事であった。自分はドタドタ走っているようなものだから、純粋に美しいで御座るなと感想を抱いた。

だからこそ、少女の反応は素晴らしかった。

正直に見れば、ほぼ勘のようなものだったのではないかと思うが、あやふやな理由での攻撃なのに鋭さがあった。

そして、その勘も補強するものがあった。

 

……音と風で御座るな!?

 

足音に関しては恐らく日々の経験による慣れ。

日常で慣れ親しんでいる人間の足音を見なくても何となく解る。そういった経験からこの焼肉会場の大量の人間の足音から読み取った。とはいってもやはり、そうかな? レベルの読みだろう。

一番の補強材料は恐らく風である。

人が走る事によって発生する風の流れ。それも、この場合は強化された人体が生み出した強風だ。

細かい場所はともかく大まかな位置くらいは掴め、そして音で更に位置特定を補足する。

基本中の基本の行動予測の足掛かりだが、あの状態でそれを冷静かつあそこまで特定できるのが凄まじい。

見事で御座るな、と素直に賞賛できる。

ならば、逆にこれからを括目してみなければと思う。

まだ、熱田殿がまともに戦っているところをこの目で見たことはない。訓練で動きは見ているが実践と訓練はやはり違うというのは普通だ。

宗茂殿との戦いは映像としては見ているが、やはり生で見るのと映像で見るのは違う。

 

……どうするで御座るか!?

 

彼の体勢は今は前屈みで、彼女の背後から襲いかかるような姿勢を取った直後だ。

あれでは横や後ろに跳ぶのは難しいだろうし、上など以ての外だろう。

なら、自分ならばどうする? と思ったところで

 

「───」

 

剣神が動いた。

 

 

 

 

 

へぇ、と直政はその判断に素直に同意する。

熱田は迫りくる石突きは無視して、そのままの直進を願った。

無論、ただ直進するだけでは相手の攻撃をもろに喰らうだけ。

だから、当たらない位置に着いた。

 

「獣のような前傾姿勢にしただけだがね」

 

まぁ、効果はあるし、それが一番有効だとは思う。

左右なら恐らくあの少女は合わせてくる力量があるし、後ろは論外。飛べばその間無防備。かといって下にいるだけでは相手が体勢を直してくる。

ここは攻めの姿勢で間違えていない。

それに薙刀とは珍しいが、リーチで言えば長物だ。そういった武器は下に向けるには不向きである。槍でも薙刀でも、地面に当たれば刃は歪むし、石突でも反動で手が痺れる。

だから、一見熱田が押したように見えるけど

 

「お」

 

その前に少女の背が一気に低くなる。

否、低くした。

膝を曲げて、前傾姿勢で傾いた姿勢に合わせたのだ。これならば、下に姿勢が下がった熱田を狙えるし、いざという時の次の動きに繋げられる。

慌てて後ろに振り替えるなどをするよりもいい判断だ。

そして軌道修正された石突きは直撃……とまではいかないようだ。精々、当たるのは肩くらいだろうがそれでもあの勢いなら罅は確実な気がする。

さて、ではうちの副長はどうするやらと煙草を吸いながら見ていると

 

「───」

 

そのまま前に進みながら左に多少傾いた。

あん? と思ってそれを見る。被弾面積を少しでも減らそうとして左に傾いたのだろうか。

だが、あの位置だとまだ左肩に食らうが、まぁ無理に肩を動かせば避けることは可能かもしれないが

 

……それじゃあ次の変化に対応できないさね。

 

あれだけの力量を持っている少女だから万が一の外れた場合の攻撃方法くらい構築しているだろうと思う。

例えば薙刀を手首だけで方向転換するとか、空いている左手で肘打ちをかますとかなど。

それらがわかっていない剣神ではないとは思うが

 

「まぁ、お手並み拝見か」

 

だから、自分はじっと次の動きを見ることに専念した。

 

 

 

 

 

……やるじゃねえか、碧。

 

対峙している自分でも思わず感嘆してしまう。

はっきり言えば、トーリに合わせて俺も熱田の方はほぼ留美とハクに放っておいていたからこの練度になっていたのは結構、驚きである。

この調子だと他の馬鹿どもも期待できるなぁ、と思う。まぁ、留美が指導してんだからこの程度にはなるかとも思うが。

ずっと昔から頭が上がらないとは思っていたが土下座で許されるだろうか。やはり、素人の土下座じゃあ無理かなぁと思っている間に

 

「お?」

 

そういえば薙刀が迫っているのを忘れていた。

今のままだとまだ肩に少し当たる角度である。

加護があっても罅くらいは避けれないくらいは理解できているし、避けることはできてもその後の変化についていけないことは理解している。

だから、避ける気はなかった。

 

「よい、しょ……」

 

右足を一歩前に進めることにより腰の連動で右肩を前に押し出す。

すると右半身が前に出て、それで本当に紙一重の回避をすることができるがそれじゃあ意味がない。

来た。

薙刀の石突きが本来自分の肩があった位置を貫こうとして風を切る。

そして、本当にギリギリで回避ということなので当然、服と肩の削るように触れようとして

 

「ふん……!」

 

体を少し後ろに流れるようにずらし突きの勢いに合わせるようにして、そのまま薙刀を弾いた。

 

「……!?」

 

碧が驚いた顔をするがチャンス到来と言う物だろう。

直ぐに、前に詰め寄りまずは左肘を抑える。これによって左腕はまず動かせない。足も間にこちらの足を入れて動くのを制限させ、後は罰だ。

 

「喰らえ……! 先祖直伝! パイクラッシャー……!」

 

そのまま空いている右手で思いっきりその乳を揉んだ。

 

 

 

 

 

 

聞きなれた種類の悲鳴を蔑みの視線で見ながら先程の攻防をミトツダイラは思い出す。

 

……無茶苦茶な!?

 

最後の薙刀を弾いた方法に関しては理解できる。

腕を痙攣させるかのような力の入れ方で触れた薙刀を横に弾いただけだ。

言葉で語れば簡単で、理屈でも解ると言えば解るのだが実戦でそんなのを上手く出来る筈がない。

タイミングをずらせば触れた個所が切られるだけだし、突きの勢いに乗って後ろに流れるはずの体を無理矢理前に戻すのも、何よりも武器に対して斬られに行くようなそのメンタルが有り得ない。

心技体とよく言うが、正しくそれらを全て兼ね備えなければ無理であるキチガイ度である。

そしてそれを成した本人は別にこれといって表情を変えることなく少女の胸に触れた右手をわきわきにぎにぎさせながら、唐突にその手を挙げて待ったのポーズをとった。

 

「待て智! まずは俺の謝罪を聞いてから対応を考えてみねえか?」

 

「ほほぅ? ようやく謝るということについて理解できるようになってちょっと私、嬉しいです───喜ぶにはほぼ違う感情が胸を占めていますが」

 

反応早いぞ、と皆で一緒に呟くが既に矢まで構えている智と副長は無視していた。

 

「ああ……確かに俺は今、お前に不義理を働いたな……罰のつもりでやったが確かにこれはいけねえ……」

 

「……私に?」

 

とは言ってもやはりシリアスの雰囲気への移行ではなさそうなので、どうでもよさげにその成り行きを見守る事にした。

恐らく、予想が正しければ結末は一つですわね、と思いつつ無我の気分で聴衆に変化する。

 

「……この場合、不義理を働いたのは私ではなくそちらの人だと思うんですけど……?」

 

「否───お前の乳を至高だと思っているのに他人の乳、しかも普乳を揉むとは……これぞ痛恨の極み……!」

 

ポーズを付けながら叫ぶ副長を智は固まった笑顔で見ながら───黙って矢を十本以上取り出してから全部一斉に放った。

効果音で言えばズドドドドドドドドドドーーーーン!! という感じ。

悲鳴で言えばぐげっ、と蛙が潰れた様な声が響いてその後に壁に激突したような音が響いて無音になった。

壁のほうを向いたらきっとグロく死んだ何かが見れるから見てはいけないだろう。智の方も同じ理由で見てはいけない。

グロではないが、見たら巻き込まれる。

だから、ミトツダイラが見たのは二人ではなくさっきいきなり登場した2人の方。

碧と言われた少女も恐らくハクという少年と同じで熱田神社の人間。

そして、このタイミングで二人がここに現れたという事は

 

「熱田神社もこれからの武蔵の行く末を考えているということですのね……」

 

その中心人物になっている全裸とホライゾンと壁で死人ごっこしている副長とかを見て思う。

大丈夫ですの、これ?

 

 

 

 

 

 

 




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