不可能男との約束   作:悪役

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前を見る事は良い事だ

進むことならば尚良し

それが自分を見た上ならば

配点(強がり)


女の意地

 

行かれてしまう。

そんな単語だけが、誾の脳内に浮かび上がってきた。

そして、反発するかのように出てきた単語はただ口の中から発せられた。

 

「行かせません……!」

 

莫大な物体が急激なスピードで生まれたエアポケットによって生まれた衝撃で、艦が揺れる中、誾のみが揺れずに、ただその言葉を吐いた。

房栄が管板上の人間は中央に集まれと指示をしているのが聞こえる。

最も揺れない場所は艦の中央であるという事であり、つまり、これからが本番であるという事を彼女は理解しているのであろう。

だけど、誾は敢えてその指示を聞いていない振りをして、前に進んだ。

その瞬間に武蔵は発進した。

轟音が炸裂した。

武蔵の巨大さが音を作り、真空を作り、霧を作りながら発進する。

巨大なのに、最早自分の足では間に合わない事に頭が勝手に理解して、足を止めさせようとするのを無理矢理動かしながら

 

「……!」

 

十字砲火(アルカブス・クルス)の一斉掃射を放つ。

二つの砲から火を吐き、出された数は限界突破をして五つもの砲弾を吐き、それら全てが、武蔵に繋がれている輸送艦に向かう。

一発だけ、輸送艦をつないでいる牽引帯に食い込み、残りは輸送艦の故にいる敵軍に当たるはずだったのだが

 

「結べ───蜻蛉切!」

 

二発は蜻蛉切による割断により割られ、残り二発は見えない衝撃で斬られた。

剣神の剣圧による斬撃。

それを為したのは

 

「熱田・シュウ……!」

 

彼はこちらを一瞬だけ見た。

ある意味、言葉よりも雄弁に、しかし、シンプルにメッセージが伝わってきた。

足りてねえな、と。

その目に、思わずカッと気持ちが沸騰するのを感じたが、既にこの距離では何をやっても防がれるという事実を目の前で見ている。

つまり、この場での相対は既にもう終わっているという事を示している。

それは、誾も既に理解できている。

戦の終了を感じ取ることは、彼女にとって授業を終える時のベルを聞くのと同じような感慨と思っていたからである。

だが、今は違う。

何時も一緒であった夫の姿は今はなく、ただ一人で。

目の前に、しかし、離れている少年を前に自分は感情を抑えることが出来ずに、何かを言おうとして口を開けようとしたその刹那に。

直ぐに、武蔵は再加速をし、こちらとの距離を一気に離していった。

そして、最後の本当の刹那に。

剣神はこちらから視線を逸らした。

理由はないのかもしれない。ただ、もう戦闘が終わったと思い、周りの様子を見に行こうとしただけなのかもしれない。

しかし、捻くれてしまった自分にはそれが安い挑発に見えてしまい、何かを言おうとしていた口からは

 

「───!!」

 

意味のない叫びが放たれた。

しかし、それも全て武蔵の大気との衝突による水蒸気爆発によってかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、武蔵の輸送艦の甲板上で、とりあえずという事でそれぞれの傷とかの治療をする事になった。

とは言っても、ここでも影響が出るのか、あんまり応急手当などをした事がない連中はそれこそ慌てて

 

「よ、よし! お、俺が心臓マッサージをしてやるよ! さ、ささ! 横になって、服をちょーーーっと……って、お前オカマかよ!」

 

「お、おい! 誰だ露骨に傷薬の配列の所に間違ってエロゲを置いた奴は!? ある意味、すげぇドキドキしちまったじゃねーか!」

 

「あ! 包帯の代わりに何故か男性用のゴム製品があるぞ! これで巻けって言うのか!? 保健委員出てこい!」

 

ある意味、戦場よりも修羅場になってしまったが、気にしていられないなーとナイトは帽子を深く被りながら、そちらは見なかったことにした。

問題は

 

「ホライゾン!」

 

ソーチョーの声に反応して、そちらの方を改めて見る。

そこには、恐らくこの奇襲で、最も消耗してしまったホライゾンが膝を着いて、苦しげにして座っていた。

そこに駆けよる全裸ことソーチョーは彼なりのスピードで彼女に駆け寄ろうとしている。

その姿に自分を含めた女勢がおおう……! とつい、息を吐いてしまうが、そこは女の子として仕方がない事だよねと理論武装。

そして、ホライゾンの方も、ソーチョーが近寄ってきたのが解ったのか、苦しそうな顔をしつつも、ソーチョーの方に振り返り

 

「ト、トーリ様……こ、こっちに来て頂けますか……?」

 

「だ、駄目だぞホライゾン! そんな状態でそんなセリフを言うのは死亡フラグなんだぞ!?」

 

とか言いつつ、彼女の傍によりクネクネして抱きつき体勢に入っている状態を見て、何時も通りか……と全員で溜息を吐いて微妙な視線を向ける事にした。

後から来たシュウやん達も白い眼でソーチョーを見ているので、ある意味一致団結してるなーと素直に思った。

だが、そんな視線の中、ホライゾンはくわっと目をいきなり思いっきり開けたかと思うと、いきなり重心低く立ち上がり、そして、そのまま駆け寄っていくソーチョーへのカウンターの拳を全裸である彼の股間に向けて、勢いよく放った。

めきょと嫌な音が響き、女の自分からしたら理解できない痛みに一瞬、ソーチョーは無我の境地に至り、今までで一番真面目な顔をした後に

 

「……ふっ」

 

タメのある動きで背後に倒れた。

周りの男性陣全員がひぃぃっと叫んでホライゾンを恐怖そのものとして見ているのだが

 

「あれ? シュウやんは脅えないの?」

 

「いや……だって、俺はあれよりも更に強い智ので慣れているからなぁ……」

 

そういえばそうだった……と周りの男性陣は心底同情するかのような視線で彼を見ていたが、本人は無視していた。

 

「でもさぁ」

 

「あん?」

 

「逆に男として、そういうのに慣れちゃ駄目じゃないのかなってナイちゃん偏見で思うんだけど、そこら辺はどうなのかな?」

 

「……む、一理あるな……」

 

自分の言葉に何か男として考える事があったのか、少しだけ悩むように顎に手をつけながら、彼はまるで閃いたというような表情を浮かべたかと思えば、表示枠を操作して何かを書いた。

書き終わった後のシュウやんは物凄く何かをやり遂げたような顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……? シュウ君から何か連絡が来てます」

 

浅間は喜美と一緒に被害状況などを確認している最中に急に幼馴染からの連絡が来たので、少し驚いて立ち止まった。

別に珍しくはないのだが、戦闘の後にというのが、何となく珍しさを感じさせる。

こちらの気の持ちようだというのは解っているのだが、まぁ、そういうのは人の感受性によるものなんでしょうねと思っていると、喜美がこちらに変な笑顔を見せて、一言。

 

「ラブレター?」

 

「ぶっ!」

 

余りにも直球な一言に考える前に噴いてしまう。

げほっ、ごほっと急き込んでいる私を心底楽しんでるわ~と言う顔がむかついて、慌てて、息を整える。

落ち着くんです、浅間・智。

これは、喜美の何時も通りの攻撃です。攻略方法としては、まずは落ち着く事です。

 

「あのですね……いいですか、喜美?」

 

まずは自分を落ち着かすようにゆっくり前置きの言葉を吐いて、狂った空気も落ち着かせる。

そこで、結論だ。

 

「何でこんな場面で、そんな物をシュウ君が送ってくるんですか? 理屈で考えておかしいでしょうが」

 

「あの愚剣が理屈で考えられるような生き物なの?」

 

「……」

 

暫く、沈黙して考えた後に、速攻で結論。

 

……あれ!? 速攻で論破されましたよ!?

 

余りにも直球で隙のない返しに、汗がだらだらと流れてしまう。

 

え……でも、いや……シュ、シュウ君でも流石にそんなこんな状況でこ、ここ告白なんてするような突拍子まないような事をす、するはずないですよ、ね……?

 

そして、つい、その事を考えてみて顔が赤くなってきているのが解る。

いや、だって、あの斬る事しか考えていないシュウ君がそんな事を考えているはずがないと往生際悪く考えるが、頭は勝手に自分の期待した世界を作ってしまっている。

その姿を喜美が楽しそうに笑っているのを見て

 

う……

 

顔がまた赤くなってしまう。

喜美の策略であるという事は理解しているのだが、体の反応を理性で止めるのは難しい。

せめてもの、抵抗として喜美から体を逸らして、顔を見えないようにして

 

「……ん」

 

表示枠を恐る恐る見てみた。

少々、我ながらドキドキし過ぎると思ったのだが、次の瞬間に熱は猛烈な勢いで冷め、顔の赤みが一瞬で消え失せ、表情が無表情になるのが解った。

内容はこうだった。

 

『今度からチーンコを射つのは止めて、撫でるように攻めてくれ』

 

一瞬で弓を組み立て、狙いを探し、そして矢を放った。

 

 

 

 

 

 

 

やり遂げたような顔で笑っている熱田に突然の轟風が飛来したのを正純の動体視力がぎりぎり捉えた。

突然、上空から熱田からしたら上からの微妙な斜めからの攻撃を熱田は無防備に股間で受け止めていた。

やり遂げたような表情は一瞬で修羅場にいるような表情に変わり、瞬間、熱田の全運動が間違いなく止まる。

そこに改めて第二射らしきものが彼の股間に改めて直撃する。

ズドンという効果音が響いたような気がするくらいの衝撃でマジ顔のまま熱田は遂に耐えられずに後方に吹っ飛ぶ。

そして、最後に吹っ飛ぼうとした熱田に止めの股間破壊の一撃が加わり、後ろに吹っ飛ぼうとしていた熱田は無理矢理体の動きを止められ、更に衝撃を逃す事も出来ずに地面に叩けつけられる。

最終的にまるで、地面に縫い止められる様な感じで、熱田の動きは停止した。

それから、数秒したが動く様子がない。

これはもう駄目だなと冷静に判断を下した。人間、やはり、どうしようもない事には諦めるという事が必要であると正純は真理を悟る。

 

「お、おいシュウ! 大丈夫か!? よぅーし。こうなったら、俺の愛の人工呼吸と心臓マッサージで助けてやるぞーう。ほれ、ハッスルハッスル!」

 

とは言っても、流石に死者に鞭を打つのはどうかと思うので、全裸は甲板縁の手すりに繋がれていたロープで首に巻いておいた。

ワンワン鳴いて、煩かったが、そこら辺は無視した。

有害なものと喋っていても、こっちの利にはならないと最近学習した事である。

いらんのが二名追加してしまったが、まぁ、許容範囲内であると判断し、問題はホライゾンであると改めて抱きかかえている彼女を見た。

 

「搬送に必要な者には急ぎの搬送の準備をしてくれ……ミトツダイラ。お前の銀鎖でホライゾンを何とか搬送できないか。恐らく、嫌気の怠惰の影響だとは思うんだが……」

 

如何せん、自分達とホライゾンではある意味で症状が全然違い過ぎて判断に困る。

嫌気に反応した束縛の質も、その体が自動人形であり、大罪武装であることを鑑みると素人判断で判断するのは正直危険である。

そう思ったのだが

 

「……上下差があって銀鎖じゃ無理ですわね、重力航行が終わってからじゃないと安全性が確保できませんし……」

 

そして、ミトツダイラは語り掛けながら、こちらに歩いて来て、そっと膝を着き、ホライゾンの様子を見てくれる。

そして、そこに頷きの動きを入れ

 

「見たところ、疲労みたいなもので寝ているみたいですから、深刻な事にはならないと思いますわ」

 

「それならいいんだけどな……」

 

疑うわけではないのだが、やはり油断はできない。

とは言っても、ミトツダイラの意見は尤もなので焦っても無駄という事であろう。

落ち着きが足りないな、と正純は思いながら、一息を吐く。

 

……だが、今回はどちらかと言うと凌げたと言ってもいい戦闘ではあったと思う。

 

奇襲の感知に付いては熱田が。

そして、それ以外の相対については押され気味な所もあったが、それは相手の実力が不明であったことも少し引いたらとんとんになると素人判断ではあるが思う。

直政の地摺朱雀はかなりのダメージを負ったが、それは極東の暫定支配によって戦闘系では無かっただけなので、どちらかと言うと大したものだと言ってもいいと思う。

副長戦も、そういう意味では良かった。

膠着状態ではあったし、そういう意味なら弘中・隆包の目的は達成していたと言ってもいいかもしれないが、それでもお互い同点の攻防であったと思う。

まぁ、でも、一応聞いておこうと思い

 

「ミトツダイラ。副長同士の攻防はお前から見たらどうだったんだ? 参考に聞かせて貰いたい」

 

「そうですわね……」

 

ミトツダイラは少し沈黙し、考えを纏め、こちらに改まって喋りかけてきた。

 

「はっきり言えば……お互いまだ本気でやっていない感じがしたので引き分けって感じがしますわね」

 

「……そうなのか?」

 

私からしたら二人とも全力全開でやっていた気がするが戦闘系からしたら、やはり違うと思われるのだろうか。

その疑問にええ、と前置きを置いたミトツダイラは続ける。

 

「今更思ったのですが……副長の能力は輸送艦などでの上での戦闘は不向きですわ。剣神の剣圧だけで、輸送艦が斬れるんですもの。足場がその内、持ちませんわ」

 

「まぁ、その分シュウやんはブーストの補助能力で機動力を補っていたから、あんまり表立っては見られてないけど……まぁ、ちょっと攻撃特化だという事は向こうも理解されたかなとナイちゃん思う」

 

途中でナイトも話に入ってきて、ミトツダイラの論を補強する。

む……と確かに思う。

熱田の能力ははっきり言って攻撃特化過ぎる。

加護の方も凄いと言えば凄いのだが、副長が持つ得物は実力に応じた武装である。そういう意味で言えば加護の方はあんまり無いものと見た方がいい。

だが、それを補って攻撃力があり過ぎる。

斬撃特化の剣神だからと言えば納得できるが、ちょっと物騒過ぎる。

まぁ、それは熱田とこれからの私達の状況製作次第かと思い、話を続ける。

 

「じゃあ、弘中・隆包の方は?」

 

「……本気ではあったと思います。ですが……」

 

全力ではなかったという事か……

 

口には出さなかったミトツダイラの言葉を脳内で作り上げて、少し溜息。

霊体とはいえ人間っていうのは鍛えたら、そこまで強くなるんだなぁとしみじみとちょっと人体の神秘を理解する。

 

「理由は、実力を隠すためか」

 

「恐らく……」

 

「まぁ、でも、総力戦になってくれたお蔭で三征西班牙の総長連合と生徒会の能力の大半は見えたから、プラマイゼロかな」

 

「前向きだな……」

 

「後ろを向いていても何も変わらないっしょ?」

 

確かに、とナイトの言い分を理解して、頷いていると、ふと艦の行く先。

東の方を見る。

そこには

 

「……英国か」

 

 

 

 

 

 

 

 

学生寮の方を飛んでいたナルゼもその光景を見ていた。

 

「何だか、ようやくって感じがするわね……」

 

さっきまでは、もうちょいだったはずだったのに、たったの一戦闘で思っていたことが一気に変わった気がする。

英国というのは鍾乳石の集まりのような浮上島国家である。

その土地は一枚岩ではなく、無数の術式稼働構造体で固めた四ブロックからなる浮上島。

別に初めてという訳ではないが、何回見ても飽きない光景ではある。

絶景と言ってもいい風景ではあると認めている。

初めてのホライゾンには丁度いいんじゃないかしら、と思うが、今はどうやら気絶しているようである。

厄介なものである。

大罪武装とされた自動人形と言うのは。

 

「総長もよく我慢してられるわね……」

 

まぁ、自分達がその事で馬鹿のことを心配するわけにはいかないだろう。

逆に、私達はしっかりしろと尻を蹴って嗾ける側でいいはずだ、と思い、頷き、そこであら、という声を作る。

英国側からの空から艦影が見えてきたのである。

水先案内の為の船と護衛艦だろうと思う。

そして、"武蔵"の声がアナウンスで聞こえ

 

『本艦武蔵はこれより、英国領海県内に入ります。英国周回軌道をとって速度を落とし、英国側の指示に従い、英国周回に向かいます───以上』

 

やれやれね、と溜息を吐いて、ようやくという感情を抑えてナイトの方に向かおうかしらと思っていたら

 

……ん?

 

違和感に気付いた。

違和感の正体は自分でもなく、武蔵でもなく、水先案内の為の艦ではない。

護衛艦の方である。

別段、護衛艦におかしいところがあるわけでもないし、護衛艦がいる事がおかしいわけでもない。

問題は護衛艦の質である。

艦の種類は明らかに高速型。

幾つもの砲を両舷に備え、術式帆はまるで槍のように前に尖らせている。

その武装や艦の質が明らかにレベルが高い。

物自体はありふれた感の付属物かもしれないが、一つ一つの装備の質が明らかに水先案内の為の艦を守るための艦ではない。

そして、最後の違和感はこれだ。

見た事はないが、別で、そう───年鑑か何かで見た気がすると思い、記憶を思い出した瞬間、違和感が嫌な予感に切り替わるという素晴らしい斬新。

武蔵は世界一飽きない場所であると断言していい。

 

『極東、武蔵アリアダスト教導院所属艦、武蔵に伝達……!』

 

語調は明らかに水先案内をしまーすという雰囲気ではないもの。

前回は確か、オカマが「では、これより、英国拷問巡り・ドキっとしちゃうぞあの子の意外なし・ん・じ・つツアーを始めまーす! ウフッ」というものだったはずだ。

美味しいネタだったが、拷問の実況をするところに全裸が乱入して、年齢制限に引っ掛かってしまい、相手側は悔しい思いをしたという結論で終わったはずだ。

というか、全裸は駄目で拷問は大丈夫なのか、と当時の私は疑問に思いながら、ネタにしてネームを書いた記憶がある。

 

『こちら英国オックスフォード教導院所属、護衛艦"グラニュエール"。艦長は女王の盾符(トランプ)の4のグレイス・オマリ。その立場を持って警告する……!』

 

ナルゼは自分の主翼を開こうとする。

行かなければいけないのである。

どこへ、と聞いてくれる人はいないが言うなら、ただ、一言の呟き。

 

「戦場へってね」

 

ネシンバラ病が炸裂しているみたいで、変な感じだけど、そこら辺は無視っとこう。

ナイトが今回、頑張った。

なら、次は自分が頑張る番だろう。

黒嬢(シュバルツ・フローレン)がなくても、自分は大丈夫だ、と言葉ではなく行動で伝えるのだ。

そして、最後の締め括りの言葉が聞こえた。

 

『英国は貴艦の停止を実力行使する!』

 

瞬間、グラニュエールから四つの蔦と共に四つの影が派生した。

影の形は明らかに人の形。

この場で、武蔵の強制停止を実力を持って行おうとしているのだ。

なら、相手はグレイスと同じ女王の盾符だ。

つまり

 

「相対を望むって事ね……!」

 

はン、とそれを笑い飛ばしながら、ナルゼは戦場に向かいながら、叫ぶ。

 

「上等よ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国の宣言に対して、輸送艦側にいた怪我人などを含む全員が呻いた。

 

「問題は戦場だと思うんだけど……」

 

と、ナイトが切り出し、そして周りを見る。

ここにいるのは三征西班牙(トレス・エスパニア)を相手にした者達であり、実質、武蔵の主力のほとんどがここに集まっている。

全裸は無視して、副長の熱田に補佐に二代。特務としては点蔵や自分、それにミトツダイラもいる。それに、元警備隊の者もいる

向こうにいるのは残りの特務。

とは言っても、直政は地摺朱雀を大破させているので、カウント出来ない。

なら、戦力としてカウント出来る特務は実質、ウルキアガと

 

「ガっちゃん、大丈夫かなぁ……」

 

彼女は三河の騒乱で武神に黒嬢を壊されており、実質、戦力はダウンしている。

戦えないという訳でもないけど、相手も英国側の特務である女王の盾符達だ。

はっきり言って、キツイとしか言いようがない。

 

「なら、俺がちょっと走って助けてやっか?」

 

そこで、何時の間に復活したのか、シュウやんが復活して、何時もの野性味のある表情を浮かべている。

その言葉にうんうん、と頷いているミトッツァンもいるが

 

『いえ。間に合わないと判断できるので、お止め下さい───以上』

 

その言葉にミトッツァンと顔を合わせるシュウやん。

そして、二人とも息を合わせて

 

「何故!」

 

『Jud.───ぶっちゃけ足が遅いと───失礼。冗談です。だから、ミトツダイラ様は落ち込まないでください───以上』

 

「お、俺に対しては冗談じゃないのかよ、"武蔵"さん!?」

 

「実際、かなり中途半端の速さだもんねぇ……」

 

二人とも高速型の戦種(スタイル)じゃないから、ある意味仕方がないと言えばそうなのかもしれない。

かくいう、自分の速さは大体白嬢(ヴァイス・フローレン)に頼っている自分である。

そして、ミトッツァンはぶっちゃけ、特務クラスでマサやんの次に遅いし、シュウやんは中の上くらいである。

とは言っても、それだけが理由という訳ではないのだろう。

それを促すと"武蔵"も頷いて、説明を続ける。

 

『Jud.端的に申しまして、武蔵は残り三分ほどで英国の至近にまで辿り着けます。故にこれからの相対は三分以内に英国が武蔵を止めるか、三分間、こちらが凌げるかの戦いになります。ですから、勝敗に関しては、そこまで重要視されておりません。三分ならば、如何に二代様であっても、恐らく助けになる様な機会を得れぬまま終わるでしょう』

 

ううむ、と呻く全員。

たった三分じゃあ、確かにこの場にいるメンバーでも、ほとんど手助けできるような時間はない。

ただの、徒労になるというのは誰でも解る結論である。

と言っても、ミトッツァンの方はともかく、シュウやんの方はそこまで落胆はしていないので、実は結構気付いていたんじゃないかなぁ、と思うが、言う必要な無いだろうと思い、沈黙しておく。

 

「という事は結局───」

 

『武蔵側にいる人物だけで、女王の盾符を相手に持ちこたえる。それだけだよ』

 

突然、浮かび上がった表示枠のバラやんが結論を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

浮かび上がった表示枠に熱田は溜息を吐きながら、言葉を吐いた。

 

「そこまで大言を吐いたんなら、当然、目的は達成できるという目論見があるって事だろうな?」

 

『別に。策はそこまでないけど、こっちとしても、やられ役というのはつまらないって事だよ。まぁ、敗北も悪い事じゃないんだけどね』

 

違いねぇと思いつつも、まぁ、そこまで言えるんなら問題ないだろうと熱田は判断する。

というか、やっぱり、上に立っているような発言は俺には似合わないぜ、と内心で愚痴りたくなるが、まぁ、そんなのはどうでもいい。

ネシンバラは、こちらの周囲を窺うように視線を動かして、一言呟いた。

 

『───すまない。随分と負傷者が出てしまった』

 

それに今度こそ呆れの溜息を吐くが、まぁ、悪い事ではないだろう。

人心を窺えない軍師では、やはり、士気に関わる。まぁ、そんなのは全員知っていると思うが、まだ武蔵に入って間もない元警備隊などもいるのだから、そういう意味ではイメージに良い。

まぁ、そんなのを狙って吐くような馬鹿じゃないから、何も言わない。

軍師というのは大変なもんだ、と内心で思いながら台詞を生む。

 

「自惚れが酷いぜ眼鏡。いいから、とっとと活躍して来い。剣神(おれ)の出番を獲るんだから、精々派手にやって来い」

 

『……それはまた……剣神の出番となれば戦場の主役かい? 軍師としては、ちょっと間違っている気がするけどね』

 

まぁ、そこまで戯言を言えるんなら十分かと思い、苦笑で返す。

そこで、ネイトが会話やネシンバラの表示枠に不自然さに気付いたのか、会話に混ざる。

 

「……ネシンバラ? まさか、貴方───」

 

『Jud.僕も迎撃に向かっているよ。本当の所を言えば、僕じゃなくベルトーニ君にはしゃいで欲しかったんだけど、彼は彼で大忙しだ。まぁ、今回は相対戦だから軍師は楽でね。手が空いているから、行こうというわけなんだよ』

 

その言葉にネイトは少し、心配そうな表情に眉の形を変える。

そして、何か言おうとするネイトを遮る形で、俺が言葉を放つ。

 

「いいじゃねえか、ネイト。ネシンバラも男の子って奴だよ」

 

「い、いえ……男の子関係ありませんのでは?」

 

そういう事にしとけよ、と苦笑気味に伝える。

そこで改めてネシンバラの表示枠に向かい

 

「はしゃげよ男の子。男がはしゃがなくて、どーすんだよ。精々、爺、婆連中を疲れさせてやれよ。ただし、手抜くなよ? 遊びも仕事も何事も手抜いたら面白味が欠けるからな。やるなら、徹底的にしやがれ」

 

『相変わらずの狂った発言だ』

 

言葉に対してネシンバラの声の響きには苦笑が伴っていた。

しかし、否定しない所を見ると、つまり、そういう事なんだろうと思い、俺も笑う。

 

『Jud.副長にそこまで言われたなら、僕も頑張らざるを得ないね。ま、程々に頑張るよ。この三分間をはらはらどきどきしながらそこで待っていてくれ』

 

そこで、表示枠が宙から消える。

暫く、周りは無言であったが、俺がその雰囲気を笑いながら、周りを見回しながら口を動かす。

 

「な? あの眼鏡。ノリノリだっただろうが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「英国の判断。どう思うかね元生徒よ」

 

白く、広い聖堂の奥の祭壇の前の階段に座っている教皇総長に向かって喋りかけているのは魔神族のガリレオである。

その言葉にあん? と前置きを置きながらも答える教皇総長。

 

「どうもこうも、英国が建前として保守的にシフトしたって事だろう。さっきの寒い滑りを聞いた後だから、どうも温度差を感じるなぁ、おい」

 

「武蔵を相手にするには出来る限り真正面で見るべきではないぞ。鋭角に見る事も、君には偶には必要だと思うがね」

 

嫌そうな顔をするインノケンティウスの表情は無視して、続きを黙って促らせる。

それに、溜息をしつつも答える教皇。

 

「ま、要は堅実な選択をしたという事だ。英国にも選択肢は合った。今のように武蔵を良しとせずに、本音はともかくとりあえず迎撃する、つまり、武蔵の考えに賛同しない道。そして、もう一つは武蔵の考えに賛同する道」

 

「君としては賛同してくれていた方が面白かったのではないなかね?」

 

「俺は教皇だぞ。教皇がそんな事を思っていたら、不味いだろうが、なぁ」

 

苦笑一つ。

 

「まぁ、当然な判断だろうなぁ。武蔵に付くという事はつまり、聖連を敵に回すという事に同義。そもそも、英国はアルマダ海戦に歴史再現によって国力を温存しなければいけない時期に、厄介事を持ち込みそうな武蔵を内に入れる様な無謀な賭けはしないだろう。良い事とは思わないかガリレオ。英国は武蔵みたいに馬鹿だらけの国じゃあないらしいぞ」

 

「君が望んでいるのはその馬鹿だと私は思っていたのだが、それは勘違いだったのかね」

 

はンと笑い飛ばされるが無視するガリレオ。

そこに溜息をしつつも、声を重ねる。

 

「契機となったのは三征西班牙の襲撃なのだろう。だが、まぁ、これを機にこちらとしても武蔵の残存戦力の偵察を行えるので、君としては文句を言える場所はないのだろう」

 

「Tes.と言っといてやるよガリレオ。神クラスの熱田もそうだが、それ以外の特務や生徒会も武蔵は混沌とし過ぎているんだよ」

 

「そもそも、熱田の剣神を政治的に抑える事は出来ないのかね?」

 

「駄目だな。剣神はそもそも戦場を駆ける事を前提として定義された戦神だぞ。しかも、あれでスサノオを意味する剣神としては最高神だ。奴の行動は荒の王としては間違ってはいない。逆に荒の王の名を否定しろなどと言ったら、こっちが文句を言われるわ」

 

「かと言って真正面から神クラスと相対するのは苦労すると思うがね」

 

「今更だ。まだ、鹿島のとこの軍神が学生じゃなかっただけでも感謝しとけ」

 

旧派(われわれ)が言うのも何だがね。神道も中々えげつなさでは劣っていないな」

 

そうだな、と頷きを作りながら、神道の残りの剣神とかが、剣工の道に着いてくれた助かったとしか言いようがない。

まぁ───だから、あの剣神は武蔵にいるのだが。

 

「ともあれ、我々聖連もするべき事をさせてもらおうじゃないか」

 

「───重双血塗れ(ダブルブラッディ)メアリの処刑の歴史再現かね」

 

Tes.の頷きと共に、顔の向きを表示枠の方に向き直す。

 

「アルマダ海戦は一人の王族の処刑で始まる。聖譜によれば、元スコットランド女王にして、エリザベスの従妹であり、そしてエリザベスの暗殺未遂を犯したメアリ・スチュアートの処刑だ」

 

「そして、エリザベスの義母姉である先代メアリ。チューダーの二重襲名者……正しく、英国の不貞の証だろうな」

 

「結論を言ってやろうか? ───世の中はままならんだ」

 

「君にしては一般的な模範解答だな元生徒」

 

茶化すなよ、と苦笑付で返すが、表示枠を見ると、自然と表情は違うものに変わる。

 

「厄介だとは思わないか? 武蔵は喪失を認めようとしない馬鹿連中。英国は率先して、喪失をしようとする現実派。互いの了見は今のところ噛み合っていないし───特に武蔵総長と副長がどんなリアクションを取るか……楽しみだと思わないか、ガリレオ」

 

「武蔵の総長は解るが、副長もかね?」

 

ああ、と意図的に間を空け、会話に隙間を作る。

ほんの刹那の沈黙を楽しむように、味わいながら、しかし、直ぐにその沈黙を破る。

 

「ホライゾン・アリアダストが葵・トーリの後悔の形ならば、恐らく、メアリ・スチュアートの処刑は熱田・シュウの過去の象徴になるだろうよ。どう足掻いても、過去を思い出さずにはいられないだろうよ」

 

「ホライゾン・アリアダストも二人の過去の象徴ではないのかね?」

 

「自分で言ってるじゃないか。武蔵の姫は二人というよりは武蔵の、と言うべきだろう。これは熱田・シュウの過去の象徴だ」

 

そこまで、言って一際強烈な爆発音が表示枠から聞こえたから、そちらの方に再び視線を集中させた。

 

「今こそ疾走して駆け抜けよう、か……」

 

その言葉は剣神の信念であり、真実の言葉である。

だが

 

「それが、ただの強がりの言葉か、違うのかはこの英国を持って見抜くことが出来るんなら……見ものだと思わないか?」

 

 

 

 

 

 

 




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