とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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オリンピック終わりますね
倫敦行きたかったですね
禁書とfateの両方に関わっている土地だったりするですので

あと禁書の新刊はまだですか
超電磁砲でもいいんです 10月が待ち遠しい


city walk

 七月十八日、夏休みの二日前。いつもの様に上条を学校へと送り出した衛宮士郎は、自分の黒いスーツケースの中を(あらた)めていた。二段底になっているスーツケースの下の段の方は実は『スキルアウト』と交渉した次の日、つまり月曜日に上条が学校へ行っている間に確認済みだったのだが、

「やはり、他に情報はないか……」

 言葉の割には特に落ち込んだ様子も無く衛宮士郎は呟く。何か見落としたところはないかと今でもこうしてたまにその中身を確認しているのだが、やはり特に収穫は無い。

 スーツケースの隠しスペースに入っていた物については色々とあったが、主なものといえば魔力が篭っている宝石が数粒、赤い大粒の宝石がついたペンダント、赤い聖骸布製のコート、戦場でもよく身につけていたボディアーマー等々。

 よくもまあここまで色々と詰め込んだものだと思ったが、その内の一点。衛宮士郎にとっては現状を探る重要な手がかりと成り得る物が入っていた。

「宝石……、か」

 魔力の篭った宝石、衛宮士郎はその一粒を取り出してじっと見つめる。誰が自分を平行世界へと飛ばしたのかあれから色々と考えてはいたが、この宝石でおおよその見当がついた。まあ衛宮士郎の知り合いに第二魔法に関連している人物などそう多くはなく、元々候補は少なかった訳だが。

「凛…………」

 口の中で、その響きを転がす。

 ともに聖杯戦争を乗り越えた戦友であり、かつては恋人でもあって、今は決別してしまった女性。勿論衛宮士郎も、この世界に来る前に彼女と一体何があったのか必死で思い出そうとしたのだ。だが相も変わらず記憶は混濁しているようで、彼女との思い出を思い返そうにも上手く纏まらない。

 記憶の混濁についてはこの数日の経験から言うとどうも波があるようで、ちょうど波間に浮かぶ浮き木の様に思い出す事が出来たり出来なかったりする。

 正直どうして彼女が自分を平行世界へ送ったかも分からないし、この世界へ来る直前の事も全くといって良いほど思い出す事も出来ない。

 ままならんなと呟くと、衛宮士郎はスーツケースを再び閉めた。

 聖骸布や宝石などは、とてもではないが迂闊に上条に見せる事は出来なかった。余計な疑いを掛けられる恐れもあるが、一番は上条自身の能力もある。下手をしたら、右手に宿る『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって全てお釈迦にされてしまう可能性まであるのだ。厳重に保管しておかなければなと思いながら、衛宮士郎はスーツケースに鍵を掛けるのだった。

 

 

 

 

 昼を過ぎ夕方に差し掛かった頃、衛宮士郎はいつもの変装を自身に施し外へ出た。本来ならば日中はあまり出歩きたくないのだが、上条の方が何やら用事があるらしく近くの量販店の前で待ち合わせの約束をしているのだ。

 そうして衛宮士郎が量販店の前で相手を待つこと数分、通りの向こう側から上条がこちらへ向かってくるのが見えた。学校からそのまま来たようで、制服姿で肩にかばんを引っ下げている。上条は衛宮士郎に気付くと急ぎ足でこちらに駆け寄ってきた。

「よお、待ったか?」

「いや、殆ど待っていない。それで、用事と言うのは何なのだ?」

「ああ、それはな……」

 ほらと上条は鞄から一枚の紙を取り出すと、それを衛宮士郎に渡した。その紙はよくあるような広告で、色鮮やかに目立つ様な作りをしている。詳しく見るとそれは携帯電話の広告であり、見開き一杯に様々な機種が載っていた。

「……? これが一体どうしたんだ?」

「ここ見ろよ」

 衛宮士郎の疑問に答えるように、上条は広告のある一点を指す。そこには『0円ケータイ』の大きな文字が。

「ほら、士郎と俺との間で全く連絡手段がないのは流石にちょっと困るかなと思ってさ」

「それは確かにそうだが……。いいのか当麻? 私は身分証がないから当麻名義になると思うが」

「別に。どうせタダだし、通話とメールしか出来ないやつだからな」

 士郎がそれでいいなら用意するけどどうする?と上条は衛宮士郎に確認を取る。衛宮士郎としても何一つ連絡手段がないのは確かに不安であったし、実際に使う使わないは別として持っているだけなら構わないかと考えていた。結局数分考えた末に、上条に了解の意を伝える。

「……では宜しく頼む。本当にすまないな、何から何まで」

「気にすんなって。さっきも言ったけど、タダなんだからよ」

 上条の気楽な声に、衛宮士郎は逆になんだか申し訳なくなった。いつかは別れる間柄である筈なのに、ここまでしてくれる上条の人の良さに心底感謝する。衛宮士郎は何があっても上条だけには火の粉が掛からないようにしなければと改めて自身に誓いながら、二人で携帯電話のサービス店へと向かうのだった。

 

 

 

 

「で、選んだのがそれか」

「うむ、あまりゴテゴテした物は好まなくてな」

 今二人がいる場所は、例の携帯電話の広告を出していた店の前。二人で歩きながら携帯の機能の確認や、電話帳への登録などを行っていた。

 あれから然程経っていないにも拘らず、既に衛宮士郎の手には携帯電話が握られている。0円ケータイといっても様々なフォルムがあるので、何を選ぶにしろそこそこ時間が掛かるかと上条は踏んでいたのだが、衛宮士郎は割かしあっさりと決めてしまったのだ。おそらく店に入ってから出るまで、20分と掛かっていないだろう。

 衛宮士郎が選んだ携帯は、形はいたってシンプルで特に模様もない普通の携帯電話だ。

……形は。

「でも、なんで赤色なんだ……」

 上条が衛宮士郎の手にある携帯を見て、そんな感想を漏らす。衛宮士郎の手の中にあるのは、真っ赤で派手な色をした携帯。上条のイメージとしてはもっとシックな感じの携帯を選ぶと思っていたのだが、意外にも衛宮士郎が選んだ携帯の色は鮮やかな赤色だった。角ばったフォルムに真紅のカラーでキメていて、何だかホストが持っている様な携帯に見える。

「なんとなく、これが目に付いてな」

「確かに目立つけどよ」

 イメージとちょっと違くね? と上条は思うわけであるが、本人が気に入っているなら仕方がない。選ぶのは本人次第である訳だし。……本来なら赤は衛宮士郎にとって色々な意味でお似合いの色なのだが、あくまでスーツ姿しか知らない上条がそこまで思い至らない事は当然ではある。

 そうして意外と早く用事を終えてしまった二人には、特にすることもなかった。だから、あとはさっさと帰るかと、二人が家路に着こうとした時、

「む……」

「ん、どうした?」

 道端で衛宮士郎が急に立ち止まる。何やら一点を見つめている様子なので、上条もその目線の先を追った。するとそこには小学生くらいの女の子が、道の真ん中で右往左往している。

「あれはまさか迷子か? 一人でこんな所で立ち止まっているなど、親とはぐれてしまったのかもしれんな」

「まさか、ここは学園都市だぜ」

 基本的に小学校も全寮制だよという上条の言葉に、衛宮士郎はふむと頷くと女の子の方へ近づいていった。

「どうしたんだ?」

「……え?」

 突然衛宮士郎に話しかけられて驚いたのか、女の子は少しきょとんとした顔をしている。衛宮士郎もその事は承知しているようで、なるべく気さくな感じの笑顔を作って女の子と目線を合わせた。

「いやなに、君のような子供がこの第七学区の繁華街にいるのが珍しくてね」

「そうそう、俺達ここの学生だから道に迷ったなら案内してやるよ」

 それでも衛宮士郎だけだとどことなく雰囲気が固くなってしまうので、上条も一緒になって女の子に笑いかける。『俺達』というには衛宮士郎は少々老け過ぎている様な気がしないでもないが、そこは流れで押し通す。そんな二人に女の子は不思議そうな顔をしていたが、やがてこんな言葉を口にした。

「……もしかして、なんぱってやつ?」

「はぁ!?」

 衝撃の事実! 上条当麻と衛宮士郎はロリコンだった!! ……まあそんな事はあり得る訳も無く、女の子の口にした意外過ぎる言葉に口を開ける上条。確かに二人が女の子にかけた言葉だけ取ればナンパに聞こえるかもしれないが、それは言葉だけの話だ。小学生をナンパなど、下手したらお縄頂戴である。

「いやいやこんな小さい子をナンパなんてしたら、完全にロの字が付く人になっちまうじゃねぇか!!」

 慌てて否定する上条だが、慌てている分余計に怪しく見えた。なんとなく上条はクラスメイトの青髪ピアスを思い浮かべてしまったが、さすがのアイツもここまでストライクゾーン広くないだろうと考え直す。……もしアイツがそこまでの特殊な嗜好の持ち主であるのならば、交友関係を改めないといけないなと上条がこっそり決意したのは自分だけの秘密である。

 衛宮士郎はというと、そんな上条と女の子のやりとりにクククと笑っていたが彼女の目線までしゃがみこむと、その頭の上にポンと手の平を乗せた。

「そういうことはもう少し大人になってから言うものだ。まあ、君は今でも十分かわいらしいがね」

「えへへ、ありがと」

「ところで、君はどうして道の真ん中で立ち止まっていたんだ?」

「えっと、それはね…………」

 

 

 

 

 それからしばらくして、三人は一緒に通りを歩いていた。どうも話を聞けば女の子は第七学区にある洋服店まで服を買いに来たらしく、折角だからそこまで上条達が案内してあげる事になったのだ。

「……でね、オシャレな人はそこに行くってテレビで言ってたの」

「なるほど、身だしなみを気にするのは女性としては当然の事だな」

「みだしなみ?」

「あー、まあ、要は綺麗な服を着たいってことさ」

 そんな会話を三人で続けていると、目的の洋服店に到着した。店頭には様々な彩の服が飾られており、『セブンスミスト』の看板が掲げられている。

 ただどうも女性用の服が多いようで、なかなか男性だけでは入っていけないような雰囲気が醸し出されていた。

「……ここだな」

「ほら、着いたぞ」

 流石にそんな店にまで入っていく勇気は無かったので、上条と衛宮士郎は店の前で女の子を見送る。女の子の方も二人にありがとーと礼を言いながら、とたとたと走りながら店の中に入っていった。……ついでに上条の手を引っ張りながら。

「ちょちょちょ、なんで俺まで店に!」

「だってこういう店でえすこーとするのは男の人だって、テレビで言ってたんだもん」

「エスコートって……」

 上条はどうにかして女の子の魔手から逃れようとするが、一向に離してくれる気配がない。どうにかしてくれと上条が衛宮士郎に目線で救援を頼むと、衛宮士郎もまかせろと言った様子で女の子にこんなアドバイスを出した。

「ふむ、おそらく当麻は恥ずかしがっているのだよ」

「えー、なんで?」

「当麻は恥ずかしがりやさんだからな。きっと女の子と一緒にお店に入るのに照れているんだろう」

「そうなの?」

「ああ、だから逆に君が当麻を案内してあげるといい。どうか当麻をよろしく頼むぞ」

「うん、わかった!」

 私、頑張るねと続ける女の子に、うむうむと衛宮士郎は満足そうに頷く。逆に焦るのは上条だ。まさか救援コールが逆効果になるとは思いもしなかった。

「士郎! テメー、絶対楽しんでやがるだろ!!」

「さて、何のことかな?」

 そんな上条の叫びに、私には見当もつかないなと返す衛宮士郎だったが、明らかに目が笑っている。そうしてそのまま、店内に連れられていく上条を見送ったのだった。

 

 

 

 

(それにしても……)

 上条だけ店に放り込んでおくのは流石に無責任だなと衛宮士郎も思ったので、結局自身も店に入って遠巻きに二人を眺めていたのだが、

(こういうところはあまり変わらないのだな)

 学園都市ではどうもその発達した科学力ばかりに眼が行ってしまうのだが、どうやらこういった洋服店といったものはそうは変化がないらしい。

 衛宮士郎は別に洋服店にそう足を運ぶ方ではないのだが、元の世界と大差がないのは彼でも分かった。学校帰りなのか、特に制服姿の少女達が多い。青春真っ盛りの女性達が自身を綺麗に着飾ろうと努力している姿は、衛宮士郎には何となく平穏な日常を感じさせた。

 衛宮士郎は当初、学園都市の学生達は毎日必死で勉強尽くしなのだろうかと心配した時もあったのだ。だが上条を見ている限りではそうでもないし、外で普通の学生達を見るにつけても改めてそう感じさせられた。世界が変わっても学生は学生だなと衛宮士郎が安心したその時、

「む、これは……」

 足元近くに、財布が一つ落ちているのを見つける。見た所女性が使いそうなデザインをした財布であり、おそらく店内にいる誰かが落としたのだろうと予測をつけた。衛宮士郎が落とした人物を探そうと辺りを見渡せば、何やら床に目線を向けながら歩いている中学生の女子が二人。

(たぶん、あの娘達のものなのだろうな)

 当然衛宮士郎はそう考えると、財布を渡す為に女の子達の方へ近づいていく。そうしてしゃがんでいる女子中学生の片割れ、頭に花飾りをつけている女の子の肩を軽く叩いた。

 

 

 

 

「ひゃい!?」

 落とした財布を捜して親友の佐天涙子と店内を歩き回っていた初春飾利は、突然背後から肩を叩かれて跳び上がった。しかも同時になんか変な声まで出してしまう始末だ。その事に顔を赤くしながら初春が後ろを振り向くと、そこには見知らぬ男性が立っていた。男性の方は背も高くて、初春は上から見下ろされるような形になっている。おまけにどこと無く気難しそうな顔をしているので、初春が何となく恐怖を感じてしまうのも無理は無かった。若干顔を引きつらせながらも、何の御用ですかと初春が男性に話し掛けようとした時、

「この財布は君のものではないのか」

「え?」

 男性がスッと右手を差し出す。その手の先には見覚えのある財布が握られていた。まさかと思ってよく見れば、それは確かに先程から初春が探していた彼女の財布である。

「あ、そうです! それ、私が落とした財布です!!」

 中々見つからなくて正直諦めかけていたのだが、意外な形で見つかったことに喜ぶ初春。男性から財布を受け取ると、しっかりと胸に抱き安堵のため息を漏らした。

「良かったぁ、もう見つからないかと思いました。ありがとうございます! わざわざ届けて下さって」

「まあ礼を言われるほどの事ではないさ。それより、中身を確認してくれ」

「え? 中身ですか?」

「ああ、念のためな。不足分があったら警備員(アンチスキル)に届け出た方がいいだろう?」

「わ、分かりました」

 男性の言葉に、初春は財布の中身を確認する。特に変わった様子も無く、紙幣が減っている訳でも何かが無くなっている訳でもなかった。その事に再び安堵しながら、初春は財布を閉じて仕舞う。

「大丈夫です。特に何かが無くなった様子はありませんでしたよ」

「そうか、それは良かった」

 確認を聞いた男性の方も安心したような声を出した。まるで自分の事のように、男性は息を付く。そんな心の底から安堵している様な男性の様子に、初春は彼の人の良さを感じた。

 先程は恐怖感を少し感じていたが、よくよく見れば結構優しそうな人でもある。初春は男性が財布を拾ってくれた事になにかお礼でもした方がいいのかなと考えていたが、男性はではと言って既に踵をそうとしている。あ、と初春が呼び止めようとしたそんな時、初春の背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「あー、初春がナンパされてる!!」

 そんな事を言いながら二人の方に駆け寄って来たのは、初春と一緒に財布を探していた佐天涙子である。ち、違いますよと初春が否定すると供に、去りかけていた男性もその足を止めた。佐天はと言うと、ニヤニヤしながら男性にびしっと指を突きつける。

「残念でしたね、お兄さん! この佐天涙子の目が黒い内には、初春に変な虫は付けさせませんよ!!」

「……………………」

 いきなりそんな言葉を口にした佐天を男性はぽかんとした様子で見つめていたが、やがてクスクスと笑い始めた。大声こそ出さないが、口元を押さえて笑いを堪えようとしている。

「な、何がおかしいんですか!!」

 それに焦ったのは佐天だ。もっと別の反応を予想していたのに、男性に笑われると逆に自分がからかわれた様な気分になった。初春の方も、急に笑い始めるなんて一体どうしたのかと男性に尋ねる。

「ど、どうしたんですか?」

「悪い。失礼だったな」

 まさかここでもナンパと言われるとは。そんな事を考えていた男性であったが、二人は知る由もない。今日はどうも愉快な日らしいと続ける男性にぽかんとしていた初春だったが、やがて佐天が男性に話しかけた。

「で、結局の所、本当にナンパしようとしてたんですか?」

「だから違うんですよ佐天さん! この人は私の財布を見つけてくれた人なんです」

「あれ、そうなの? っていうか財布見つかったんだ!」

 良かったじゃんと喜ぶ佐天に初春もえへへと笑いを返すが、男性が未だににこにこと笑いながらこちらを見ているのに気付く。

「えっと、すいません。その……、失礼な事を言って」

「なに気にするな、そういう事もあるさ」

 ついでに私はナンパではなく従兄弟(・・・)とこの店に来ていたのだがなと続ける男性に、佐天はヘーと納得する。どう見ても高校生以上に見える男性がどうしてこういった女物中心の洋服店に来ているのか不思議だったが、初春もなるほどと頷く。

 従兄妹(・・・)さんの洋服選びなんですねと二人は納得するが、少々誤解している事には気付かない。……まあ従兄弟といっても男で、見知らぬ女の子をここまで案内したついでに店に入ってみただなんて思いつくはずもないのだが。

「おや?」

「どうしたんですか?」

「いつのまにか連れの姿を見失ってしまったようだ」

 まいったなと呟く男性。そうして佐天達の方を向くと、ではまた機会があったらと言って足早に店の入り口のほうへと歩いていってしまった。その姿を見送ってから、初春ははっと気付く。

「あ……、結局お礼できなかったな……」

「あちゃー、ごめんね。私が余計なちょっかいかけちゃって」

 あのままいけばいい雰囲気になれたかもしれなかったけどねーと反省しているのかいないのか分からない佐天の様子に、初春はもうと頬を膨らました。そうしてため息をつくと、男性が去っていった方を見てポツリと呟く。

「……でもなんか変わってましたね」

「そう?」

 初春の言葉に佐天はそうかなあと首を傾げた。彼女から見たら確かに面白い男性ではあったが、変わっているというほどでもなかったはずだ。

「だってあの人伊達眼鏡でしたよ」

「うそ、それ本当?」

「本当ですよ!」

 眼鏡越しの背景に違和感がありませんでしたもんと主張する初春に、流石は『風紀委員(ジャッジメント)』注意力が違うわねーと感心する佐天。 ……まあそこまで分かるほど相手の顔を見ていたことには、佐天は温情で突っ込まない事にする。

 その後暫く二人は洋服を見ていたが、いつのまにか御坂美琴が小さな女の子と一緒にいるのを見つけると、二人でそちらのほうへ歩いていったのだった。

 

 

 

 

「当麻」

「ああ、士郎か」

 どうしたと続ける上条に衛宮士郎は近づく。二人は今『セブンスミスト』の入り口に立っていた。あの後衛宮士郎が店の入り口まで出て行くと、そこでぼうっとした表情で立っている上条を見つけたのだ。

「当麻、あの女の子はどうした?」

「なんか別の知り合いがいてさ、今はそいつが付き合ってる」

 ついでに俺は追い出されちまったよと笑う上条の様子に、それなら大丈夫かと衛宮士郎も安心する。

「追い出されたといっていたな」

「……なんか俺に、異様に突っかかってくる奴でさ。さっきも勝負しろー、とか言っててな」

 こんな店中で小さな女の子もいるのになに考えてんだかと呆れる上条に、衛宮士郎もそれは災難だったなと返す。

「しかし、そんな物騒な奴もいるのだな」

「そうなんだよ! このあいだなんかさー……」

 そうしてしばらく二人で話をしていると(大半が上条の愚痴だった)、不意に店内が騒がしくなってきた。勿論今迄だって騒がしかったが、先程までとは騒がしさの質が違う。所々悲鳴の様な物も聞こえてきて、人の顔には余裕が無かった。かなり緊迫した空気が流れ、客も皆入り口の方へと駆け寄ってきている。

「……どうしたんだ?」

「まて、よく聞け」

 二人が店の中を注視していると、先ほどの少女達が避難誘導の手伝いをしている事に気付く。何か事件が起きたらしいというのはわかったが、騒がしすぎて二人にはよく聞こえない。

「……私は事情を聞いてくる、当麻はあの子を探してきてくれ」

「オーケー、まかせとけ」

 あのここまで案内をした女の子が店の外に出た様子がないので、とりあえず二人で手分けして店内を探す事にした。衛宮士郎は店内で何があったのかを聞くために、花飾りの少女の方へと近づいてゆく。

「あ、さっきの……」

「何があったんだ?」

 少女の方もこちらに気がついたようで、衛宮士郎の方を向いた。手には通話中の携帯電話が握られており、緊急事態であることが容易に判断が付く。先程はよく見てなかったが、少女の腕には風紀委員(ジャアッジメント)の腕章がつけられていた。

「ついさっき、衛星が重力子(グラビトン)の爆発的加速をこの店で観測したんです! 危ないですからあなたも早く避難を……!!」

「ちっ、最近うわさの『連続虚空爆破(グラビトン)事件』か!」

 少女の口から出てきた物騒な言葉に、衛宮士郎は舌打ちする。

 『連続虚空爆破(グラビトン)事件』。

 一週間ほど前からニュースになっている事件で、衛宮士郎もネットやテレビでよく見かけていた。能力者が起こしている事件とされていて、原因はアルミを基点として重力子の速度を急激に増加させ、それを一気に周囲に撒き散らす事で起こる爆発である。

 ようは『アルミを爆弾に変える』能力といったところか。最近ではアルミ製のスプーンをぬいぐるみや子供用の鞄といった警戒心を削ぐ物に仕込み爆弾とするため、非常に悪質なものとなってきていた。

「そうです! だから早く避難してください!」

焦った様子で避難を促す少女だが、衛宮士郎はその言葉に頭を振る。衛宮士郎には、どうしても見捨てて置けないものがあった。

「そういうわけにもいかん。まだ知り合いが出てきていない」

「知り合いって従兄妹さんですか?」

「小学生くらいの女の子だ」

 会話にズレはあれど、緊急事態。訂正している暇もない。衛宮士郎は少女の横を抜けると、店内に女の子を捜しに行った。

(どこだ、どこにいる!)

 そこそこ広い店内であっても、避難誘導のおかげで人はほとんどないのに一向に見つからない。既に店内に残っている客は、上条達を含めて2、3人。トイレにでも行っているのかと、焦りを抑えて探しているその時、

「逃げてください!! あれが爆弾ですっ!!!!」

 店内に、大きな声が響き渡る。衛宮士郎がそちらの方へ目を向けると、上条と中学生くらいの少女。そのそばにはあの小学生の女の子を抱きかかえてしゃがんでいる、花飾りの少女が。

 そして、メキメキと音を立てながら歪んでいくカエルのぬいぐるみ(・・・・・)

(あれが、爆弾!!)

 衛宮士郎は周りの目など気にせず全力で駆けるが、感覚で理解する。

 これは、間に合わない。

 距離が離れすぎている、体に強化をかける暇もない。

 追いつかない、追いつけない、届かない。

(私はまた……、救えないのかっっ!!)

 間に合わないと判っていても、何かを掬い取るように右手を伸ばし駆ける衛宮士郎。右手は何も掴むことなくただ虚空へ延ばす事になるだけなのかと、奥歯を砕けるほどに噛み締めた。

 だが、衛宮士郎は失念していた。

 『彼』のことを。

 彼の右手を。

 どんなに強力な『幻想』だろうと、かならずぶち壊すその男を。

 爆発寸前の瞬間、衛宮士郎が見かけたのは爆心地へと右手を伸ばす上条の姿。その右手は、衛宮士郎が捨てかけていた一抹の希望を掬い取る。

 それは誰もが傷つかない事。

 完全無欠の幸せな結末。

 そうして爆音と供に広がる衝撃波は、ちょうどその右手のところから綺麗に打ち消された。

幻想殺し(イマジンブレイカー)』。

 その名のとおり、上条の右手は完全に爆風を殺し尽くす。

 結局凶悪極まりないその爆弾は、ただの一人も傷つける事はなかった。

 

 

 

 

「当麻……」

「士郎! 無事だったか!!」

 爆発が収束してすぐに、衛宮士郎は上条の下へと駆け寄った。ケガねえか?と心配そうにこちらを見る上条に、衛宮士郎は大きくため息をつく。

「それはこちらの台詞だと思うがな、当麻。全く無茶をする」

「いやー、あん時はこれくらいしか手がなかっただろ?」

 ケガ人もいないようだし良かった良かったと頷く上条に、衛宮士郎は再び大きくため息をついた。行動力のある奴だとは思ってはいたが、まさかここまで無茶をするとは。タイミングを間違えれば大怪我では済まされなかったというのに、その威勢の良さには衛宮士郎も脱帽した。

「はあ……、まあ良い。当麻はあの女の子の世話をしてやってくれ」

「ああ、もちろんするけど……」

 士郎はこれからどうするんだ?と聞く上条に、衛宮士郎は口の端を吊り上げながら返す。

「私か、私はな……」

 ちょっと野暮用を思い出したよと言いながら、衛宮士郎は店の外へと出て行った。

 

 

 

 

 第七学区の繁華街。様々な洋服店やレストランが立ち並ぶその通りは、かなり騒がしくなっていた。それもそのはず、先ほどとある洋服店で爆発事故が起き、これが噂の連続爆発事件かと多くの野次馬達が集まっていたのだ。野次馬達は洋服店の前に集まり、写真を撮ったりがやがやと事件についておしゃべりなどをしている。

 そんな野次馬達の中から少年が一人、店に背を向け薄暗い路地裏へと入っていった。眼鏡をかけた少年は、薄気味悪い笑みを浮かべながらぶつぶつとなにやら呟いている。

 この少年の名は、介旅初矢。

 彼こそ一連の『連続虚空爆破(グラビトン)事件の犯人であり、『量子変速(シンクロトロン)』の能力者である。本来ならレベル2程度の能力者であるはずなのだが、ある事情で今はレベル4相当の能力を保有していた。

 それゆえ今まで、学園都市の全ての能力データを管理している『書庫(バンク)』による検索にも引っかかることなく、ここまで犯罪を重ねる事ができたのだ。

(いいぞ、今度こそ逝っただろう)

 自身の能力がどれほどの被害を出している事になど目も向けず、顔を歪める介旅。

 何故、彼がこんな凶行を行っているのか。その真意を一言で表すのならそれは「逆恨み」、その言葉に尽きる。介旅は普段、イジメや不良に絡まれる生活を送っていた。そんな介旅が最も恨んでいるのは誰か?その怒り恨みの矛先は、どういうわけか『風紀委員(ジャッジメント)』に向いていたのである。

 介旅の考えるところによれば、自分がそういった被害に遭うのは対応の遅い『風紀委員(ジャッジメント)』のせいであり、彼らが無能だからであるという事らしい。

 それゆえ介旅は自身の能力によって『風紀委員(ジャッジメント)』を排除する事を目的として、連続爆破事件を起こしていたのだ。今回の爆破事件も、偶々通りで見かけた『風紀委員(ジャッジメント)』の腕章をつけている初春飾利を標的としたものであった。

「スゴイッ! スバラシイぞ、僕の力!!」

 段々と強力な力を使いこなせるようになって行く自分に酔いしれ、歓喜の声を上げる介旅。このまま行けばきっと、更に多くの無能な『風紀委員(ジャッジメント)』を吹き飛ばす事が出来ると暗い笑みを浮かべる。

「もうすぐだ! あと少し数をこなせば、無能な『風紀委員(ジャッジメント)』もアイツラもみんなまとめて……」

「みんなまとめて、どうするのだ」

「ッ!!!!」

 不意に後ろから聞こえてきた低い声に、介旅はぎょっと後ろを振り向く。

 そこには長身の男が一人、立っていた。薄暗い路地裏であるはずなのに、その眼鏡の奥で本当に光っているかの様に錯覚させる眼光は、刺すほどの鋭さを持って介旅の顔を射抜く。

 たったそれだけで、介旅の背筋に怖気が走る。

 直感的に理解する。本能が理解させてしまう。コイツはヤバイと。

 衛宮士郎が常に追い求めているのは正義の味方だ。たとえ世界が変わろうと、それだけは決して変わらない、変わるはずがない彼の『理想』。

 衛宮士郎が発するプレッシャーで介旅の心臓が縮み上がるかのように震えていても、彼はあくまで正義の味方を目指す者。

 かくして『正義』は『悪』を討つ。

 衛宮士郎は己の信念に従い、静かにその右手を振り上げた。

 




10000字ちょい
爆弾魔の名前はアニメから
盆は忙しいんで、更新遅れるかもです
ごめんなさい

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