とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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どうしても上条さんに『士郎』、衛宮さんに『当麻』って呼ばせたかったんです。前半のイベントはただそれだけのために作ったんです。許してください。


真夜中闊歩

「どうして眉だけ白いんですかー?」

「……、」

 どうしてこうなったと、上条当麻は上を向いて呻いていた。

 第七学区の通り、お昼過ぎの時刻である。上条と衛宮士郎は一時共同生活を送る事を決めたので、二人分の人間がしばらく暮らせるだけの生活必需品を買いに来ていたのだ。具体的には食料とか歯ブラシとか、そういった類の物を量販店で買ってきた帰りであった。

 そんな時に限って何故か偶然、上条のクラス担任の小萌先生と道端で出くわしてしまったのだ。当然、上条ちゃんの隣にいる人はだれですー? と聞かれたため、上条は苦し紛れに従兄弟の上条士郎さんですーと紹介してしまった。その後二人は互いに自己紹介をしたのだが、

(ヤッベー、そういえば気付いてなかったけどさぁ)

 衛宮を連れて歩いている時に小萌先生と出会うとは、これはいつもの不幸体質のせいかーと心の中で叫んでいた所にこの質問である。

 実は今の衛宮士郎の格好、髪は黒いのに眉だけ真っ白という中々に面白い見た目をしていた。あくまで眉だけなのですれ違った程度では判別が付くことは無いが、こうして誰かと立ち止まって話してしまうと丸分かりになってしまうくらいには目立っているのだ。

 何でこんな状態になっているのかと言っても大した理由は無く、ただ単に二人の気がそこまで回っていなかったと言うだけの話である。カツラに眼鏡まで掛けて変装したはいいが、眉を染めるまでは二人とも思い至らなかった。衛宮士郎なら気付いても良さそうなものだが、彼とて日常的に変装していた訳ではない。やはり馴れぬ事をするのにはリスクが付き物だなと、衛宮士郎は他人事のような感想を抱いていた。

 正直二人の内どちらかが気付いても良さそうなものであったが、衛宮士郎は勿論、一緒に歩いていた上条に至っても小萌先生に指摘されるまで気付かなかったと言うのだから笑えない。上条も何で今まで気付かなかったんだと、内心自分に呆れていた。

(ちょっとどうすんだ!眉毛だけ白いとかどう言い訳するんだよ!)

(私としては彼女が先生であるという事の方が驚きなのだが……)

(そんなこと言ってる場合じゃねーだろ!?)

 小萌先生に分からない様に、目線で会話する二人。まあ目線で会話といっても目の動きで眉を指したり小萌先生を指したりしているだけであるが、この状況なら互いに言いたい事も何となく伝わった。

 上条は眉の事を終始気にしているが、衛宮士郎からすればそれよりも目の前の小学生(?)が教師であるという事実の方が驚きである。世界中を巡り様々な人々を目にしてきたが、人間の範疇の中でここまで幼い大人を見たのは流石に始めてであった。

 いやあ世界には色んな人間がいるものだと衛宮士郎は感心していたが、上条にはそんな余裕は無い。下手な受け答えをすれば、この場で小萌先生に妙な疑いを持たれる可能性もあるのである。こんな時に何考えてんだと興奮する上条に、衛宮士郎はまあ落ち着けと視線を送った。そうして改めて小萌先生の方へ目線を向き直す。

「眉の事ですがね、先生は馬良という人物を知っておいでで?」

「馬良……ですか? 響き的に中国の人だと思いますけど……」

 それが何か?と頭を傾げる小萌先生に衛宮士郎は続ける。

「そう、三国時代の蜀の人間です。彼は馬氏の五人兄弟の四男で、彼の兄弟にはみな優れた才能があったのですが、その兄弟の中でも最も優れていたといいます」

「はあ」

「馬良は眉の中に白毛が混じっていましてね。兄弟は五人とも(あざな)に『常』という字がついていたので、『馬氏には五人の“常“がいるが、白い眉の”常“が最も良い』と謂われたのですよ」

「つまり、その人物にあやかっているという事ですかー?」

「さすが先生ご理解が早い、その通りです。ちょうど私は五人兄弟でしてね……」

 その後も、大学で中医学を研究している事や学園都市には資料を取りに来たのだという事などぺらぺらと嘘をつく衛宮士郎。続けて話題を逸らす様に、上条の成績の話へと話を移していく。上条は隣で聞いていて、良くここまで咄嗟に出任せが言えるなと呆れ半分感心していた。衛宮士郎自身も正直かなり強引な言い訳をしたものだと考えていたが、さも有り気に語ったせいか何とか小萌先生を納得させられたようである。

 その後も衛宮士郎は小萌先生としばらく世間話をしていたが、上条は衛宮士郎の話の上手さには内心舌を巻いていた。答えられる事には答え、時に話題をすり替える事で危なげな矛先をかわしてゆく衛宮士郎。だが次第に危なくなって来た所で、話題に不安を覚えた上条が衛宮士郎にそっと耳打ちする。

(なあ、そこまでにしておかないとそろそろボロが出るんじゃ……)

(そうだな、ここまでにしておくか)

 上条が心配して衛宮士郎に話すと、衛宮士郎は近くの時計を確認するようなそぶりを見せた。そうしておやと驚いたような声を上げると、小萌先生に話しかける。

「ああ、もうこんな時間だな。そろそろ失礼します月詠先生、実は当麻には学園都市の案内を頼んでましてね」

「いえいえこちらこそ、わざわざお引止めしてしまってすいませんでしたー」

 それでは上条ちゃんもまたねーと手を振り去っていく小萌先生を見送り、上条はようやく肩の力を抜いた。一時はどうなる事かと思ったが、無事にやり過ごせた様でほっとする。

「いやー、危なかったな。まさか、小萌先生に会っちまうなんてな」

 運がなかったぜ、とため息をつく上条を見て衛宮士郎は首を振った。

「そんな単純な事ではないさ。まあ、今回は充分に注意を払えていなかった私の責任でもある」

 まさか眉毛が白いままだったなんてなと、可笑しそうに笑う衛宮士郎。上条としては笑える様な事ではなかったが、結果良しなので文句は言わない。ただ上条としては、先程の会話で一つだけ気になる事があった。

「さっき中医学を研究してたって言ってたけど……」

「ん? 勿論嘘だが。単に馬良の話に合わせただけだ。その方が先生も納得しやすいだろう」

「……衛宮にはまだ言ってなかったけど、学園都市は出るのも厳しければ入るのも厳しいんだ」

「当然だろうな。育脳開発などやっていては迂闊に部外者を招き入れる事も……、むう……」

 上条の言葉に、衛宮士郎は何かに気付いたかの様な顔をする。自分が言った言葉の落とし穴に今思い当たったらしい。そもそもの部外者が学園都市側で選別されるならば、当然その絶対数も多くはないという事で。

「つまり大学で研究しているなどと軽々しく言っては、直ぐに身元がばれてしまうかもしれないと言う事か」

「そういう事。まあでも学園都市には入れるのは研究者以外だと生徒の肉親だけだから、さっきはああ言うしか方法はなかったんだけどな」

「だがやはり私が浅慮だったな……。すまない当麻」

「そう気にするなって。結局怪しまれなかったんだし結果オーライだって……、ん?」

 謝る衛宮士郎に上条は気にするなと返すが、その時ちょっとした異変に気付く。

「“当麻”? 今俺の事、下の名前で呼ばなかったか?」

「ああ言ったな。だからこれからは当麻も、私のことを”衛宮“ではなく”士郎“と呼んでくれ」

 私も君のことを当麻と呼ぶから、と言う衛宮士郎に上条は、え、と口を開ける。

「そりゃ別に良いけど、いきなりなんでだ?」

「……君が先ほど、私のことを月詠先生に”上条士郎“と紹介しただろう。同じ上条なら下の名前で呼ぶのは自然ではないかね?」

 衛宮士郎に指摘されて、そういやそうだったと上条は思い出す。言われてみれば確かに、上条自身が“上条士郎”と紹介した人物を“衛宮”と呼ぶのはおかしい。同じ苗字の従兄弟という設定を作ってしまったのならば、下の名前で呼び合う方が自然ではあった。

 人の繋がりというものはどこで重なり合っているかなんて分からない。意外なところからボロが出るかもしれないのだ、呼び名という細かな点でも気に掛けていく必要があった。

「あー……、悪い。そこまで考えてなかった」

「まあ、かまわん。本名を知られるのも、問題だったしな」

 気にするなと、衛宮士郎も上条に声を掛ける。この程度ならば呼び名をこうして変えるだけで解決するし、大した問題ではない。ただやはり学園都市の内部と外部の人間でも、共通認識と言う奴に齟齬があることも分かった。

 上条達の様な学園都市の住人にとっては当たり前のことでも、外部の人間にとってはそうでない事もある。その逆もまた然りだ。互いの『常識』について話し合う必要があるなと上条達は考えると、それから二人は学園都市の常識について語り合いながら帰路へとついたのだった。

 

 

 

 

 二人は学生寮に帰り着くと、結構大量に買い込んだ荷物を下ろした。ドサリと重そうな音を立てて買い物袋が床へ下ろされるが、二人とも慣れた様子で買ってきた物を整理し始める。ついでに軽く部屋の整理もしてから、衛宮士郎は買い物の最中で気になった事を上条に聞いた。

「そういえば、当麻。君達は一体どうやって生活しているのだ?」

「どうやって?」

「ああ、君らはまだ学生だろう。見たところ働いているわけでもなさそうだ。収入源は一体なんなのだ?」

 ああそっか、と上条は声を上げた。外の人間には学園都市の学生がどこから収入を得ているのか気になるもんな、と頷く。

「俺らはさ、学園都市の時間割りにしたがって授業を受けてるワケ。そんで、自分達のレベルによってある程度の差はあるけど、基本的に学園都市からお金を毎月貰って暮らしてるんだよ」

「つまり、学園都市側も研究の材料が手に入り、君らもここにいる限りはお金がもらえるという事か」

「そうそう。それに学生主体の都市だから基本的に日用品とかは安いしな。支援金だけで充分食っていけるんだよ」

 そのかわり漫画とか菓子とかの嗜好品はやたら高いけどと〆る上条。よく出来ているものだと衛宮士郎も頷く。ついでにもう一つ、以前から気になっていた事を聞くことにした。

「学園都市の人口が約230万人。そのうちの八割が学生で、皆何かしらの超能力を持っているわけだろう?」

「そう。まあでも、六割くらいは無能力者だけどな」

「無能力者?」

「学園都市では超能力をその威力や効果で六段階に分けててさ。『超能力者』『大能力者』『強能力者』『異能力者』『低能力者』『無能力者』。『超能力者』は一人で軍隊と戦えるレベルだけど、『無能力者』は測定不能だったり効果が薄かったりして殆ど役に立たないくらいの感じかな」

「それはまた……、何というか差が激しすぎないか」

「まあ、能力にも才能って奴が必要なんだよな」

 本物の『超能力者』なんか七人しかいないしなとため息をつく上条に、衛宮士郎はどこの世界も似たようなものだなと内心頷く。衛宮士郎自身も、時計塔時代には周囲との才能の格差に愕然としたものである。……比べる対象が優秀過ぎたという事もあるのかもしれないが。少し学生時代を思い出して懐かしい気分に浸るが、ふと上条自身のレベルも気になった。

「ちなみに、当麻の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』はどのくらいのレベルなのだ?」

 どんな能力でも問答無用に打ち消す事が出来るのだからかなり高いのではないか? と自分なりに考えて聞いた衛宮士郎だったが、上条の返答は予想を大きく裏切った。

「いや、俺の『幻想殺し』なんか『無能力者』判定だけど……?」

「何だと?」

 何当たり前のこと聞いてんだ?と上条が普通に返したので、衛宮士郎は思わず聞き返してしまった。幾らなんでも『無能力者』は無いだろうと言葉を返す。

「君の『幻想殺し』が、よりによって『無能力者』に判定されているだと?そんな馬鹿な話があってたまるか」

「いやそんなこと言っても、マジでそうなんだって。だいたい『幻想殺し』なんて、日常じゃ何の役にも立たないだろ」

「それは……、確かにそうだが」

 日常で役に立つかどうかと聞かれると、確かに『幻想殺し』は何の役にも立たないだろう。納得はしがたいが、ついつい戦闘時のことを基準にして能力を計っていた自分の感覚が一般人とずれているのかと衛宮士郎は思う事にした。そもそもその『能力』の判定と言うのも研究や日常生活での生産性を基にして決められる場合もあると言うので、その判定は案外妥当なのかとも考える。

「それにしても科学の力を使って能力を開発しているとは、なんだか腑に落ちんな」

 上条の話を聞いて、改めて得宮士郎はこの学園都市の異常さを実感した。衛宮士郎にしてみれば超能力の類は元の世界では完全に裏側の話であったので、それがこうも堂々と世間に受け入れられているという状況はやはりなんだか違和感を覚える。そんな事を考えていた衛宮士郎を見て、上条がポツリと言葉を漏らした。

「まあ訳の分からない薬飲んだり、脳を弄くったりしないといけないけどな」

 上条の何気ない言葉に、衛宮士郎の顔が強張る。

「脳を、弄くるだと?」

「ああ、電極を頭にブッ刺したり薬を飲んだりして俺らは能力を開発するんだよ」

 言ってなかったっけ? と何でもなさそうな顔でこちらを向く上条に、衛宮士郎は真剣な目で問い掛けた。

「……君らはそれで良いのか?」

「良いのかって、どういう事だ?だって『能力』だなんてモノを手に入れるんだったら、それくらいはするだろ」

「確かにそうかもしれないが、見知らぬ人間に頭の中を弄られるのだぞ?不安ではないのか?」

「だってここは学園都市だし、そこら辺は心配ないだろ」

 だいたい脳を弄るだなんて脳外科医でもやってる事だしなと続ける上条に、衛宮士郎は二人の価値観の違いを実感する。普通なら少しは拒否感が出てもおかしくは無いはずなのに、こうまで気軽に受け入れていると逆に怖気を感じた。それがこの世界での常識であるならば衛宮士郎にはもはや何も言う事は無いが、念のため一つの事を確認する。

「勿論君らは皆、望んでこの学園都市に来ているのだろうな」

「まあ、ほとんどはそうじゃねえか?超能力に憧れて入ったりする奴もいるみたいだしな」

「……そうか」

 上条の気楽そうな言葉に、衛宮士郎はどうにか心を落ち着かせる。もし『開発』が強制的なものであったのならば、衛宮士郎は何としてでもそれを止めるつもりでいた。だが自由意志ならば本人達も納得しているのだし、大丈夫なのだろうと自分を納得させる。

 リスク無しで力を手に入れる事が出来ないのは確かにその通りではあるのだが、それでもやはり衛宮士郎には不信感が残った。帰り際に学園都市の説明を受けているときにも感じたが、やはりここの人間はどうもズレている気がする。

 だがそれだけ学園都市の科学力を信頼しているという事でもあるのか、と半ば呆れる衛宮士郎。幾ら衛宮士郎が万人を救う事を己の旨として行動していても、ここで学園都市の方針をおかしなものと断ずる事は今の彼には出来なかった。

 世界が違えば価値観にも差が生じるのである。本人達が納得しているならば、私がどうこうする問題でもないしなと、衛宮士郎は特大のため息をつくのだった。

 

 

 

 

 その後も二人で話し込んでいる内にいつの間にか夕方となり、夜となった。上条が夕飯のあとに明日の支度をしていると、衛宮士郎がなにやら外へ出かける準備をしているのに気がついた。

「士郎、何やってんだ?」

「ちょっとした様子見に行こうと思ってな」

「様子見? なんで今ごろ……」

「日中はあまり街中の詳しい所まで見て回れなかっただろう? だから夜のうちに学園都市の構造を、せめて第七学区くらいは頭に入れておきたいのだ」

「ふーん。ま、夜のほうが今の時期は涼しいし、色々と動きやすいだろうしな」

「そういう事だ。ああ、戸締りはしていても構わないからな」

そうして、朝までには戻ってくると言い残し衛宮士郎はさっさと外へ出てしまった。そんな衛宮士郎を見送りながら、上条はぼそりと呟く。

「…………やっぱり士郎は変わってるよな」

 記憶喪失のはずなのに妙に行動力が高い同居人の背に向けて、上条はそんな言葉を口にするのであった。

 

 

 

 

 真夜中近い時間帯、学生がほとんどの都市にもかかわらず人の姿が結構見える。衛宮士郎はそんな学園都市の夜を歩いていた。

 昼の間に出かけたときに、あらかじめ監視カメラの位置を大体把握しておいた衛宮士郎は、それに極力映らないように心がけながら通りを歩く。勿論、昼間と同じような変装を施してもいるが、

「まあ、今回はきちんと眉も黒くしたしな」

 大丈夫だろう、と見当をつける。昼間とは違い、眉まできちんと黒くした一応完璧な変装だ。服装も適当に夏の夜らしい、極めて目立たないような格好をしている。

(それにしてもあんな単純なミスをするとは、凛のうっかり癖でも移ったか?)

 昼間の事を思い返し、そんな事を考える衛宮士郎。かつてのパートナーを思い浮かべ、思わず笑みを浮かべる。

そうして三時間ほど歩き回っているうちに、やや薄汚れた路地にたどり着いた。

「やはりな……」

 衛宮士郎は辺りを見回して呟いた。そこはどこにでもあるような普通の街並みだった。但し、空気が普通の路地とどことなく違う。

 そこかしこにある路地の入り口には、足元に無数の鉄杭が打ち込んであった。鉄杭の長さはまちまちで30cmのものもあれば10cmくらいのもあり、それが1mほどにわたって続いていた。よく見ると、頭上には空を覆うようにビニールシートがビルとビルの間に張られている。

 無法者達のたまり場。

 全人口230万人の八割もの学生がいるなら、落ち零れる者達もまたそれなりに存在しているという事で。幾ら治安技術が発展しているとはいえ、こういった場所は大都市なら必ず存在しているものである。それが学生ばかり集まった学園都市ならなおさらだ。

 衛宮士郎は、なにも適当に歩いてここに来たわけではない。衛宮士郎の目下一番の目的は、学園都市を隠密に出ることであり、その為の情報収集である。魔術で誤魔化すにしろ、どれくらいの審査・警備が敷いてあるのかは重要であるし、金を使った後ろめたい方法があるのならそちらを使っても構わない。何もそこらの不良に直接聞く訳ではないが、何かしらそういった裏側への手掛かりがあるならばと、このいかにもな場所にやってきたのだが、

「妙な敵意を感じるな…」

 なんだか路地に近づいたとたんに、悪意のあるギスギスとした視線を感じる。感覚を研ぎ澄ませて見れば、そこかしこから感じる人の気配。まるで路地裏の奥が、生き物が息づいているかの如く蠢いている様に見えた。

(これ以上近づくなと言うことか)

 だがそういうわけにもいくまいと、衛宮士郎は鉄杭のバリケードを大股で越えた。その時、近くでこちらの様子を伺っていたのだろう三、四人の少年達が、路地の奥からぞろぞろと現れる。各々が鉄パイプやら警棒やらで武装しており、どう見ても穏やかそうには見えない。

「よお、兄さん。こんな夜中に、こんな場所に一体なんのようだ?」

「ここから先は、俺達『スキルアウト』の領域だぜ」

「それとも身ぐるみ全部、俺達に譲ってくれんのかぁ?」

 近づいてきた少年達が口々に喋りだす。見た所まだ高校生かそれくらいの年齢だ。こういう人種は、どうやら世界が変わろうと大差ないらしい。衛宮士郎が一人で、しかも何の武装もしてないと油断しているのか軽薄そうな笑みを浮かべている。

(スキルアウト……か)

 彼らの口振りから察するに、どうやら彼らは何らかの集団に属しているらしい。特にこちらから何もアプローチを掛けずともべらべらと自分達の事について喋りそうな雰囲気であったので、衛宮士郎は彼らからある程度の情報を探り出す事に決めた。

「いやなに、実はキミ達のリーダーに用があってね。出来ればそこを通してもらえるとありがたいのだが」

「はあ?駒場のリーダーに用があんのか?」

 そんな連絡受けていたか? と少年達は確認しあっているが、それは勿論、衛宮士郎の嘘だ。ある程度の規模を持った集団なら、誰かリーダー的な役割を持つ人物がいてもおかしく無いと踏んだのだが正解だったようだ。

「ちょっとそこで待ってろ。確認してくる」

 お前らはそこで見張っとけと仲間に声を掛け、少年達のうちの一人がリーダーに確認をとりにいく為か路地の奥の方へと走っていく。残りの少年達ももしかしたら衛宮士郎が客人かもしれないという事に油断したのか、各々武器を下げて息をついた

(スキルアウト……、それなりに統制の執れた集団であり規模もそこそこ。リーダーの名前は駒場か……)

 とりあえず今までに得た情報を確認する衛宮士郎。この短時間でこれだけの情報を手に入れられたのは僥倖であったが、まだまだ足りない。未だ情報不足ではあるが、このままここで待っていても実際には駒場なる人物と会う約束などしていない為、追い返されてしまうのが関の山だろう。下手をすると、荒事に発展してしまうかもしれない。そう考えた衛宮士郎は、少年が奥へ走っていったのを見届けると、いきなりスタスタと先へ歩き始めた。焦ったのは残された少年達だ。慌てて衛宮士郎を囲み込むと武器を突きつける。

「テ、テメエ! 大人しく待ってやがれ!」

「それ以上先へ進めば、痛い目にあってもらうことになるぜ!」

「まあ、そう殺気立たなくてもいいだろう。私が約束をしている事などすぐに分かる事だ」

「馬鹿かお前!? だったら大人しくしてろ!」

「どうせすぐに行く事になるのだ。少し早くとも何の問題もあるまいよ」

 そんな言葉を交わしつつ、衛宮士郎は奥へと突き進む。少年達は律儀に衛宮士郎を囲んだまま付いて来るが、約束が本当か嘘かも分からないので迂闊に手を出して止める事も出来ない。

結局、奥へ進んでいく衛宮士郎とそれに武器を突きつけつつ囲み込んだままの少年達がついて行く形という、はたから見たらなんとも間抜けな光景のまま彼らは奥へと進んでいった。

 

 

 

 

「……俺に客人だと……」

 路地裏の奥の奥、廃ビルの一室に武装集団『スキルアウト』のリーダー、駒場利徳はいた。先ほど路地の見張り係から、部外者がここに立ち入ろうとしていると連絡を受けたばかりである。

「そうです。そいつ、駒場のリーダーと会う約束をしているとかで……」

「……そんな約束をした覚えはないな……」

 見張りの言葉に駒場は思案をしつつ言葉を返す。厳つい顔をしたゴリラのような大男が陰鬱そうな口調で喋る様は、中々に迫力があった。部屋が狭く感じるのはおそらく駒場の図体の大きさだけではあるまい。

「……だが気になる。警備員(アンチスキル)には見えなかったのだろう?……」

「は、はい。特に武装もしてなくて、一人で来たようでした」

「……どう思う、浜面」

 駒場は隣に立っている別の少年に話しかける。彼の名前は浜面仕上。『スキルアウト』の№2のような存在であり、主に多種多様な車の運転や鍵開けなどを得意としている。

「学園都市側からの刺客かもしんねぇ。罠の可能性もありますよ」

 無防備に見せかけて実は強力な能力者とか、と浜面は続ける。しかし、わざわざ刺客を送られる様なまねをした覚えはない。別に今、危ない事を計画しているわけではないのだ。彼らはまだ資金集めの段階だ。ただまあ売春にこそ手を出してはいないものの、窃盗・強盗なんでもござれで金をかき集めてはいるが。

「金の盗みすぎ? いやでもそんなら警備員(アンチスキル)が動くだろうし…」

 浜面は不思議そうに首を傾げるが、幾ら考えた所で分かる話でもない。

「……そいつをここへ呼べ……」

「おいおい、リーダー。マジで罠だったらどうするんだよ!?」

「……こちらもそれなりの罠を張ればいいだけの話だ。念のために戦闘準備もしておくべきだな……」

 浜面の心配をよそに、準備を進める駒場。どうやら完全に相手をする事に決めたようだった。

(……相手が何者であれ、確認はせねば。……たとえ刺客だとしても、叩き潰すだけだ……)

 そう考えながら周りのメンバーに指示を出していると、なんだか急に外が騒がしくなってきた。

「どうした? なに騒いでんだ?」

 浜面が部屋の外に確認を取る。しかし、そこから返ってきたのは予想外の言葉だった。

「そ、それが。例の野郎が急にこっちに向かいだしまして!」

「何だと!?」

 思わず大声を上げてしまった浜面だが、そうこうしている間にも騒ぎの中心が段々こちらへと近づいてきているのが分かる。まさかこちらが返事を返す前に、向こうから突っ込んでくるとは思わなかった。

「どうするリーダー、こっちはまだ何の準備もしてないぜ!」

「……落ち着け、俺が相手と話して時間を稼ぐ。お前達はそのうちに準備を進めろ……」

「話し合いが通じるかもわかんねえだろ!」

「……単に襲撃が目的ならば、ハナから攻撃してきたはずだ。一時的とはいえこちらに連絡を取ろうとした以上、話し合いの余地はあるはずだ……」

「そ、そりゃそうかもしんねえけど」

 浜面は焦るが、文句を言っている暇はない。見知らぬ侵入者は今もこちらに向かってきているのだ。そいつに感づかれないように、もしもの為の罠を張る必要もある。リーダーを残していくのはかなり気がかりであったが仕方がない、どうか物騒な奴でいないでくれよと浜面は内心祈りながら駒場を残し部屋をあとにした。

 

 

 

 

 衛宮士郎は廃ビルの中をずんずんと突き進んでいた。先程から周りを取り囲んでいる少年達はまるっきり無視している。武器をこちらに向けて今にも向かってきそうな形相であったが、衛宮士郎にとっては大して脅威ではなかった。この程度の人数と武器ならばたとえ不意打ちをされても、難なく対処できる自信がある。

(それにしても、数は矢鱈と多いな)

 衛宮士郎が辺りを見回してそう感想を漏らすが、それも無理は無い。様々な年齢の男女が、それこそ菓子に群がる蟻の如くわらわらとこちらの様子を伺っている。だがそれも衛宮士郎にとっては幸いであった。駒場というリーダーの居場所は正確に知っている訳でもないが、幸いそういった少年達が多数いたため彼らを頼りに奥まで辿り着く事が出来たのだ。

 更にここに来るまでに、まだ分かった事もあった。まずは先程から得宮士郎が感じていた様に、その集団の人数の多さ。廃ビルに辿り着くまでに結構な数の男女を見かけており、周りに潜んでいた人数まで含めるとその数は更に増えるであろう。

 次に集団の統制が予想以上に執れているという事。衛宮士郎が路地を通るたびに連絡員のようなものが逐一報告にいっている事から、かなりの統率が執れていると判断する。

 これは『スキルアウト』という集団の評価を上方修正する必要がありそうだな、と心の内で呟く。もしかしたら当たりを引いたのかもしれないなと衛宮士郎は考えた。

「ここにいるのか?」

 そのうちに、たいして時間も掛けずに、それらしい部屋へとたどり着く。部屋の前には黒っぽい服を着た少年が立っていた。

「アンタか。駒場のリーダーに用があるって言う奴は」

「そうだ。『スキルアウト』のリーダーに用がある」

「……入れ」

 特に何も言う事もなく、黒い服の少年が前を空ける。さっさと部屋に入れと暗に言っている様だった。衛宮士郎も何か返事を返す事なく、部屋へと足を踏み入れる。事前の解析により、廃ビルの構造は全て把握してある。部屋の中には特に罠もなく、廃ビルに特殊な施設がない事も確認した上での一歩だ。歩みに迷いはない。そうして部屋に入ってみればその中には一人、人がいるだけであった。但しかなりの大男であり、屈強な体つきをしている。

「……お前が侵入者か……」

「侵入者、とは失礼だな。私はきちんと君に用事があってここにきたのだがね」

「……そんな話は聞いた覚えがないな……」

「無論、事後承諾だ。まあ、ビジネスの話だからな。そちらが聞いておいて損はないと思うが」

 衛宮士郎は自分の嘘がばれている事が前提で話を進める。ここまで来た以上、互いに確認をする必要などありはしない。駒場もそれがわかっているのか、まるでコピー用紙をそのまま吐き出しているかのような口調で話す。

 先程ビジネスと衛宮士郎は言ったが、それは勿論学園都市の出入りに関しての事だ。本来はこんな不良達に出す話ではないが、『スキルアウト』はただの不良集団にしては余りに規模が大きく、統制も執れ過ぎていた。それにリーダーにしても話せないような人物ではなかったので、こうしてためしに話を持ちかける事にしたのである

「……ビジネス、ときたか。貴様が我々に何を要求するかは知らんが、それなりのものを持っているようには見えんな……」

「心配は無用だ。報酬はきちんと用意してある」

「……言うだけ言ってみろ」

 トントンと懐を叩く衛宮士郎にそれなりに興味を引かれたのか、駒場が衛宮士郎をじっと見つめる。

 但し駒場は警戒心を解いたわけではない。むしろ油断ならぬと逆に強めてさえいる。

「単刀直入に言うと、私は学園都市を出たいのだよ」

「……言っている意味がわからんな。勝手に出て行けばいいだろう……」

「ところがそうもいかん。訳あって、表にそうそう顔を出せない身でな。出来る限り秘密裏に出たいのだ」

「……つまり、学園都市を『外』とのゲートを潜らず抜け出る方法を教えろと……」

「そういう事だ」

 衛宮士郎の意外な要求に駒場はらしくもなくため息をつく。一つは予想以上に警戒する必要性も感じられないほどの事だったこと。そしてもう一つは……、

「……貴様はいくつか勘違いをしている……」

「ほう、なんだねそれは。今後の為に、是非とも教えて貰いたいものだな」

 駒場の陰鬱な言葉に、衛宮士郎が口を皮肉気に吊り上げながら言葉を返す。

「……一つ、我々はあくまで学園都市内での活動を主にしている。目的はあれども『外』とは関係がない。それゆえ、そのようなゲートの事情には詳しくはないし、興味もない」

「それはそれは、私がここまで足を運んだ事は無駄足だったか」

やれやれと肩をすくめる衛宮士郎を睨みつけながら、駒場は言葉を続ける。

「……二つ、我々は何でも屋ではない。金さえ出せばなんでもしてくれるような、便利屋と勘違いされては困る……」

 衛宮士郎が口を挟む前に、駒場は更に言葉を畳み掛ける。

「……三つ、そうしてのこのこやってきた間抜けを金も取らず、何もせずに帰すほど、お人好しでもないという事だ……」

駒場の言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、ドンッという轟音とと もにいきなり部屋の両脇の壁が崩れ落ちた。後ろのドアも音を立て勢いよく開き、かなりの人数が部屋へとなだれ込んで来る。駒場がため息をついたもう一つの理由。それは衛宮士郎の余りの無防備さへの呆れか。

「やれやれ、荒事は遠慮したかったのだがな」

 だがそんな状況にもかかわらず、衛宮士郎は落ち着き払った様子で懐に手を入れる。衛宮士郎は決して無防備などではなかった。彼の戦闘には油断もなければ敗北もない。衛宮士郎が無防備に見えてしまったのなら、それは衛宮士郎という人物を大きく見誤ってしまったという事。

 巻き起こる土埃は、まさに開戦の合図か。

 今ここに、衛宮士郎と『スキルアウト』の戦いが始まったのだった。

 




12000字くらい。
ちょっとエミヤサン浅慮過ぎるかも知れんけど、こうしないと話が進まないんですよね。
すいません。

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