とある正義の心象風景   作:ぜるこば

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導入部分を無理なく作るのは難しいものですね


そうして出会う

 夏休みを一週間ほど先に控えた七月半ばの夜遅く。学園都市の高校生である上条当麻は、へとへとに疲れながら学生寮の自室へと向かっていた。学生寮の一室といってもアパートの一室のようなもので、いわゆるワンルームマンションでの一人暮らしのようなものでもある。

「はぅあー」

 なんとも間抜けな声を上げながら、上条は部屋の床に倒れこんだ。最近よく突っかかってくる、名も知らぬビリビリ中学生が余りにもしつこかった為、すわマイリマシターと下手な演技をかましたら、逆に火に油を注いだが如く激怒され、一晩中追い回されていたという訳である。

「……不幸だ」

 幾度と無く吐いた言葉をぼそっと呟く。もしかしたら呟いた数だけでギネスに載るのではとも思ったが、そんなギネスはこちらから願い下げだコノヤローと呻く。明日が日曜だと言うのが不幸中の幸いと言う奴であろうか、もしも平日だったらば間違いなく授業中の居眠りのフルコース、小萌先生の説教付きである。

 小萌先生の説教もさることながら、それに伴う補習やクラスメイト達からの、子供をいじめるな的な目線も恐ろしい。どう見ても十二歳くらいにしか見えない子供先生は、生徒達からも大変な人気者なのだ。

「とりあえず飯か……」

 なんとか立ち上がり、んんと体を反らして背筋を伸ばす。なにしろ夕飯も食わずに追いかけっこをしていたのだ、そろそろ胃液で鳩尾が溶けるんじゃね、とアホな事を考えてしまうくらいに空腹だった。別に何か買ってきてもよかったのだが、持ち前の不幸気質を遺憾なく発揮し、追いかけっこの最中に財布(カードは入ってなかった)を落としてしまっていた。勿論財布は見つからず、今の上条は所謂一文無しである。

「っと、その前にと」

 台所へ行って軽く夕飯を作る前に、上条はまずベランダへと足を向けた。なにしろ朝は良い天気であったし、布団でも干しておくかなー、とか考えていたので、ベランダには朝干した布団が、干しっぱなしになっているのである。学校の補習や一晩耐久追いかけっこさえなければ、冷えきる前に畳み込めていたはずの布団。まだふかふかかなー、いやもう駄目だろうなーと己の運の悪さを再確認しつつ、ベランダへの網戸をばっと開ける。

「……あれ?」

 ベランダに視線を向けた上条は、その場のちょっとした異変に首を傾げた。ベランダの手すりに、何か黒いものが引っかかっている。干していた布団は白い奴一枚だけである。真っ黒なものを干していた覚えはないし、そもそもそんな布団は上条の部屋には無い。

 上条が首を傾げながら目を凝らしてよくよく見ると、それは布団ではなかった。布団にしては横に小さく縦に長い。違和感を覚える最たるものは、なんだか人のような形をしているという事。というか、干してあったのは黒い服を着た男性だった。

「はぁ!?」

 上条は慌てて駆け寄り、男性の様子を見る。男性は意識がない様で、駆け寄ってきた上条に何の反応も示さない。

「いやいや、これはおかしいだろ!」

 事態の余りの在り得なさに、上条は目を丸くして叫ぶ。帰宅したら、見知らぬ男がベランダで干されてましたという状況、テレビでも見た事がないどころか、前代未聞である。正直洒落にならない位の出来事であった。でもこのまま放っておく訳にはいかないしなと上条は考えると、とりあえず男性を床へ下ろし部屋の中へと引きずり込む。

 なんとか下ろすことには成功したが、重いなと思わず呻いてしまうほど、かなりいい体格をしているようで、引きずって運ぶのにも一苦労した。出来るだけ優しく床へ寝かせるも、改めて男性の服装を確認するに顔が少し引きつる。

「……もしかしなくても、これは殺し屋さんって奴じゃございませんかい?」

 勿論上条は実物なんか見たこと無いが、そう感じてしまう程その人はおかしな様相をしていた。男性は上下真っ黒のスーツ、見た目190cmくらいの長身。それだけならまだサラリーマンかもしれないと言い訳できよう。しかし浅黒い肌、鈍い鋼色のような髪というおよそ普通とは言えない風体をしていて、かなり筋肉質な体をしている。マフィアだと言われても納得出来るような出で立ちだ。ただ顔色が悪く、どうにも健康そうには見えない。顔立ちは何となく日本人らしい顔立ちをしているようだが、肌と髪の色の組み合わせがそれらしくない。……髪を染めているようにも見えないし。

 教師という可能性も一瞬考えたが、そもそもこんな所に引っ掛かっている意味が分からないし、研究者だったら白衣のはずだ。大体そういった類の人物が、学生寮のベランダで干されているわけが無い。やばい拾い物(?)をしたかもしんねぇと冷や汗をかき、思わず電話へと手を伸ばし、警備員(アンチスキル)へと連絡する事も考えた。が、がしかし。

「どうも、ね」

 後味が悪いと言うか、なんというか。病人のような人物をそのまま放り出して警備員(アンチスキル)に突き出すのは薄情すぎるんじゃねえの、と上条さんは考えているわけですよ、と自分に言い聞かせる。明らかに不法侵入の上、ヤバい職業についているかもしれないような人物(しかも無関係)に、薄情もクソも無いが。

 ついでに言うなら――というよりこちらが本音かもしれないが――、上条はこの男性に少し興味がわいていた。別に男性自身に興味がわいたという訳でなく、強いて言うならこの状況に、である。何の変化も無い日々をただただ過ごす高校生にとって、こういったちょっとした非日常と言う奴は、全くそそられないと言ったら嘘になるだろう。上条もその例外ではなかった。

 なんとなく、とりあえずは警備員(アンチスキル)へ電話をすることを止めておき、男性の様子を見ておく事にする。そうしてちょっと気分が落ち着くと、上条は先ほど自分が何をしようとしていたのかを思い出した。

「……布団、干したまんまだったな」

 確証は無いが、男性はしばらく目覚めないような気もするので、上条は先に布団を取り込んでおこうと決める。さっきは男性のほうに気が向いていて、寝る前に布団を取り込んでおくことをすっかり忘れていたのだった。

「夜のうちに突然の雨で濡れて、グショグショでしたっつーのは話になんねえからな」

 伊達に不幸経験値が常人の数倍も持っているわけではない、予防できる事はきちんとやるのだよと、意味がわからない事を考えながら、もう一度ベランダへ向かう。

「……あり?」

 ベランダの先で布団を取り込もうとして、思わず声を上げてしまう上条。なにも布団が無いわけではない、男性を部屋へ運んでいる間に風の悪戯で布団が吹っ飛ぶような、そんな不幸なイベントが起きているということは無かった。しかし先ほどは気づかなかったのであろう、よく見たらベランダの端の方に、これまた真っ黒なスーツケースが転がっていた。しかも、かなり大きいサイズのものだ。

「なんだ、これ?」

 少なくとも、上条には見覚えの無いものである。こんなでかくて真っ黒なものは、記憶に無い。と、すると。

「つまり、あの人のものだってわけか」

 自分の物でない以上、その可能性は高い。持ち主がベランダで干されていて、どうしてその荷物はきちんとベランダで直立しているのかとか言いたい事は色々とあったがここは飲み込んでおく。とりあえず布団を取り込んでおくことはさておき、あの男性のものであろうスーツケースを部屋へ運び込もうとする上条。取っ手をつかもうとして、スーツケースに上条の右手が触れたその時、

「…………?」

 バキッと妙な音がして、スーツケースが動いたような気がした。しかし、上条の右手には何の衝撃も無い。静電気か何かか、もしくは気のせいかと思い込み、もういちど、スーツケースに触れる。

 ……今度は何の反応も無く、普通に取っ手をつかむことが出来た。

「なんだったんだ今の?」

 やはり、気のせいかと、スーツケースを部屋の中へ運び込む。部屋の中央にそれを置き、調べやすいように横向きに動かした。

「……悪ぃとは思うけど、こいつの中身を調べればなんか判るかもしんねえからな」

 普通だったらまずやらないようなことだが、なにしろ事態が事態、何かこの男性に関する手がかりがあるならばと、スーツケースを調べる上条。大きさ以外は何の特徴の無いものであり特にイニシャルやマークが付いていたりするわけでもなく、当然の事ながらしっかりと鍵もかかっていた。ただ、まるで新品の如く傷が全く付いていなかったが。

「……仕方ないか」

 上条は一人呟くと、ちょっとすいませんよ、と誰に言うでもなく起きる気配の無い男性の服のポケットを探る。鍵がかかっているなら、その鍵くらいは持っているだろうと考えて、ポケットやらを漁っているのだが……。

「何も入ってないな」

 どのポケットを探っても、ホントに何も入っていない。スーツケースの鍵はおろか、財布も携帯電話も、何も持っていないのである。

「んん?」

 これは駄目なパターンかと諦めかけつつ、スーツの内側の胸ポケットを探ったとき、平べったい紙のような何かがそこに入っていることに気づく。なんだろうと、上条はそれをそっと引っ張り出した。引っ張りだした物に目を向けて、上条の目はそれに釘付けになる。

 それは写真だった。一組の男女を中心に何人かの人が集まり、笑い合っている写真。そこそこ古い物なのだろう少し色褪せているが、濡れてしまわないようにきちんとラミネート加工をされていた。

「これってこの人だよな……」

 写真の中心に写っている男女のうち、男の方はどう見ても、目の前で横になっている男性であった。古い写真のはずだが不思議とその姿は殆ど変わっておらず、どこか気恥ずかしそうな笑顔で写っている。仲睦まじそうな様子で隣の女性と腕を組んで(組まされて?)おり、周りの人たちも皆幸せそうな笑顔を正面に向けていた。

「……、」

 改めて男性を見る。相変わらず青い顔色をしており、目覚める気配も一向に無い。そのくせ呻き声も上げず、汗も全くかいていない。

「はぁ……」

 ため息とともに頭をガシガシとかき、立ち上がる。上条にはどうもこの男性が、悪い奴には見えなくなってきてしまったし、いまさら追い出してしまう気もなくなってしまった。

「ちっ、お人好しだな俺も」

 そうと決めれば、このまま床に男性を寝っ転がして置きたくも無い。服を脱がすかどうかはさておいて、とりあえず布団を敷いてその上に男性を横たわらせる。幸い、寝床も2セット作れるだけのモノはあり、上条が寝る分にも問題は無かった。自身が風呂に入ったり遅すぎる夕飯を食べたりしている間にこの人は起きるかなと思っていたのだが、ちっとも起きる気配はない。ただ心なしか顔色は良くなってきているような気がした。

 上条は男性が目を覚ますまでは起きておこうと決め、こりゃ完全に徹夜かなと半ばあきらめつつも男性を見張っていたが。……さすがに一晩耐久ランニングが効いてきたのか、いつの間にか上条は壁を背にしたままぐっすりと眠ってしまっていた。

 

 

 

 

 夢を見ている、胡乱な夢を。聖杯戦争、時計塔、幾多の戦場。決して届かぬと知りながら、ある理想を追い続けた。自分の意思で、追い求めた。

――――体は剣で出来ている、  常に人を助けんとして、あらゆる戦場を駆け抜けた。

―――血潮は鉄で、心は硝子、  報われないと知っていても、足掻き続けた。

―――幾たびの戦場を越えて不敗、ただ一度も敗走もなく、ただ一度も勝利もなし、  退く事は無く、乗り越える。幾ら救おうとも、零れる命は確かにあった。

―――担い手はここに独り。剣の丘で鉄を鍛つ、  あきらめることを知らず、ともに歩まんとした手すら振りほどき。

――ならば、我が生涯に意味は要らず、  理解を求めようとも思わずに。

―――この体は、無限の剣で出来ていた    ただただ人を救い続ける……

 

「……夢か」

 ずいぶんと懐かしいものを見ていた気がするなと、衛宮士郎は思い返した。そもそも夢を見ること自体が、久しぶりな気がする。まどろんでいた意識の覚醒とともに、体をゆっくりと起こし辺りを見回す。

「ここは、……どこだ?」

 全く見覚えのない、多少なりとも散らかった部屋。アパートかマンションの一室のような部屋であり、そこの壁際の布団に自分が寝かされていることに気づく。そして、反対側の壁に寄りかかったまま寝ている、一人の少年。これまた見知らぬ顔であり、ツンツン頭の黒髪で高校生くらいのようにも見える。

「一体……」

 何がどうなっているんだと、衛宮士郎は自分がここで寝ている理由を思い出そうとするが、

「……駄目だな、記憶が混乱している」

 自分が何者かで、どういう人物かはわかる。聖杯戦争の事も、倫敦を出て戦場を駆け回っていた事も覚えている。しかし、それから先がひどく曖昧だ。どこで何をしたのかというのなら、おぼろげでも思い出す事が出来るのだが、時系列というか記憶の順番のようなものが、めちゃくちゃになっている。どうやら記憶が混濁しているらしい。

「とりあえず、現状把握が重要だな」

 衛宮士郎は魔術回路を開くと、まずは自分の体に軽く解析の魔術を掛ける。……『全て遠き理想郷(アヴァロン)』も存在を確認できる、二十七本の魔術回路にも問題は見当たらない。特に体に異常もない様であるし、魔術も問題なく使えるようだ。次に記憶障害について、自分に何らかの魔術的要素がかかわっているのではないかと疑いもしたが、詳しく解析を掛けても、そのような異変は見つからない。

「……念には念を入れるか」

 少年が未だ目覚める気配がない事を確認しつつ、部屋の壁に手をつき今度はこの部屋を解析に掛ける。監視カメラやトラップ、そういった見張りの類の要素が科学的にも魔術的にもない事を確認した上で、衛宮士郎は静かに立ち上がると手元に意識を集中させた。

投影、開始(トレース・オン)

 衛宮士郎が小声で呟くと、その手元にはギザギザの、とてもではないが実用的であるとは思えないような、奇妙な形をしたナイフが現れた。それは『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』と言われるもの。「裏切りの魔女」メディアの象徴たる宝具であり、ありとあらゆる魔術を初期化する最強の対魔術宝具。

 衛宮士郎のみが使える「無限の剣製」から零れ落ちた、神代の武具すら再現可能な投影魔術。それを使って宝具を投影すると、その宝具を自らの手の平へ当てそっと真名を紡ぐ。

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 ……宝具は何の反応も起こさず、衛宮士郎にも何も起こらない。どうやら自身に何らかの魔術が掛けられているという可能性は無いようだと、衛宮士郎は結論付ける。考え過ぎかと衛宮士郎は宝具を消すと、今度は目の前の少年をじっと観察した。

 先ほど部屋に掛けた解析の結果からここはワンルームマンションのような建物の一室であり、一部やたらと高度な技術が使われている他何の変哲もないただの建物である事が判っている。そしてこの状況。自分には布団が掛けられ横に寝かされており、この部屋本来の主であろう少年は壁を背にして寝てしまっている。

(以上から察するにつまり……)

 ここは普通の部屋であり、目の前の少年はおそらく何らかの理由で倒れていた自分を助けてくれたのではないかと、衛宮士郎は当たりをつけた。改めて少年を観察するに、東洋人のようであり魔術も知らぬごく一般の学生のように見える。

 また、床に散らばっている、教科書やプリントの類に使われている日本語や名前を見るに、ここが日本であり、目の前の少年が、『上条当麻』という名である事が判った。だが少なくとも衛宮士郎は、上条当麻なる人物に覚えはなく、その顔にも見覚えがない。

「参ったな……」

 上条が起きなければ衛宮士郎は事情を聞く事も、更に詳しい情報を得る事もできない。恩人かもしれない人物を放っておいて外へ出られるほど彼は薄情な人物ではなかったし、まさか寝ている少年を無理矢理起こすわけにもいかない。とりあえず外の様子でも見ておくかと、部屋の窓からそっと外を覗き見る。衛宮士郎は、自分の視力にそれなりの自信を持っている。強化の魔術と併用すれば、㎞単位での遠視が可能である。それゆえに、衛宮士郎はこの都市の異常さに容易に気づく事ができた。

「これは……」

 衛宮士郎は外を覗き見て、その目を見開く。街並み自体は別に気になる点は無かった。いかにも発展した都市と言った様相を見せており、衛宮士郎の中にあるイメージとしては東京が一番近いだろう。異様なのは所々に存在する機械群。路面には滑るように動く樽の様な形をした機械が徘徊しており、街のあちこちに近未来的な要素を含んでいるのが分かる。空に至っては電光掲示板を掲げた飛行船の様な物が浮いていた。

 気になる点は多々あるがそれらをまとめると、技術が進みすぎている(・・・・・・・・・・)、ただその一言に尽きた。少なくとも自分が知っているこの時代の風景よりかなり技術が進歩しており、そのくせ服装などはそうそう変わっていない。こんな技術を持っているところは日本中、いや世界中にも衛宮士郎には心当たりがなかった。

(未来? いや、私が永く寝ていたのか?)

 どちらにせよ情報を収集しなければと少年のほうへ顔を向けるが、少年は起きる気配がない。仕方ないなとため息をつくと、衛宮士郎は少年を起こさぬように布団へ寝かせる。少年を持ち上げると、中肉中背くらいの体格であるがそれなりに筋肉質な体をしているのが分かった。だが人外的な体付きであるかと言うとそうではなく、至って普通の運動を日常的に嗜んでいる学生と言った感じだ。特に何かを隠し持っていた訳でもないので、それらの事からこの少年が一般人であろうという事をより確信する衛宮士郎。つまりこの少年は何の邪気も無く、見ず知らずの自分を助けてくれたという事だ。

 衛宮士郎はその事に感謝すると同時に、何となく心が洗われた様な気分になる。こういう人間が存在する事は、衛宮士郎にとってある意味で救いだった。そんな人間が存在するというだけで、世界が平和に向かっているように錯覚させ、より自身が励む事が出来る。衛宮士郎にとって他人を救うという事の対価は自分が他人を救った事自体に直結するものであるが、救える人の存在もまた対価と成り得るのだ。

 相も変わらず歪んだ発想ではあるが、それでも素直に少年に感謝する。そうして衛宮士郎は少年を起こすつもりも無いので、彼が起きるまで大人しくそこらの本でも読んでおく事にした。幸い、学生の部屋らしく本の種類や数には困らない。教科書や雑誌でも今の衛宮士郎にとっては、時代背景を考察する上で重要な資料に成り得る。一先ずは社会関連辺りの本を手に取ると、貪る様にページを捲り始めた。

 

 

 

 上条当麻は学生である。幾ら学生寮に居るとはいえ平日にはそれなりに早く起きなければならないし、体内時計もその時間に勝手に目を覚ますように習慣付けられている。上条は昨日遅くまで起きていた割にはわりかし早く目覚めると、布団にもぐりこんだまま寝返りを打った。

(今日は日曜だし、もう一寸寝てよっかなー)

 目を瞑ったまま、そんな事を考える上条。なんか重要な事忘れてる気がすっなー、なんだったけかなー、と寝ぼけた頭を回す。眠い理由は帰りが遅く寝るのも遅かったから。帰りが遅かったのは追いかけっこをしていたから。では、寝るのが遅かった理由は?そこまで考えて、上条は急に昨日(今日?)の夜中の出来事を思い出した。

「そうだ! 俺わけわかんねー、真っ黒い殺し屋さん(?)を一人拾って……」

 上条はばっと布団から上半身を起こすと、まず自分の異変に気づく。

(あれ、俺、昨日布団で寝てたっけ?(・・・・・・・)

 確か上条の記憶通りならば、自分は壁際であの男性を見張っていたはずである。何時の間にか寝落ちしてしまっていたが、間違いはない。それが今、上条が布団に寝ていたという事はつまり……。嫌な予感がしつつギギギと妙な擬音が出ているかの様な動作で、上条は首だけを真横に曲げた。目に入ったのは黒い服を着た男。壁に寄り掛かりながら、上条の物であろう教科書を読んでいる。男性は物音に反応したのかその顔を上げると、上条が起きたことに気付いた。

「ああ、ようやく起きたか」

 気楽な声。なに気にする事はない一時間も待たされてはいないよと上条に声を掛ける、昨日の男性がそこにいた。どこと無く落ち着いた大人の雰囲気を醸し出しており、悠々とした笑顔を上条に向けている。

 何で自分が寝かされているのか、どうして男が壁際で自分の本を読んでいるのか。聞きたい事は多々あったが、急な事態で脳が状況に追いついていない。

「ど、どちらさまでせうか?」

 混乱の極みにあった上条が何とか搾り出せたのはそんな台詞。自分で助けておいてそれはねえだろ、いやむしろまともに声を掛けられただけで大健闘モノだったのか? と、上条はその時の自分を振り返ってそう思う。焦りで日本語がおかしな事になってはいたが、そんなこと気にしている余裕は無い。男性は上条の様子にククッと可笑しそうに笑うと、

 

「衛宮士郎、私の名前は衛宮士郎だ」

 

 とそう答えたのだった。

 




8500字?くらい
キャラが動かしづらいのは相変わらず。

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