フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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諸君 私は飲みが好きだ 諸君 私は飲みが好きだ 諸君 私は飲みが大好きだ

 

ビールが好きだ 発泡酒が好きだ チューハイが好きだ カクテルが好きだ ワインが好きだ ウイスキーが好きだ 日本酒が好きだ 焼酎が好きだ 泡盛が好きだ

 

自宅で 友人宅で 居酒屋で 旅館で 屋台で バーで キャバクラで ビアガーデンで キャンプ場で 仕事場で

 

この地上で行われるありとあらゆる酒宴が大好きだ

 

一人で唐揚げ片手にビールを呷るのが好きだ

テレビで野球観戦しながら肉とビールが喉を過ぎていった時など心が躍る

 

お土産に貰った地酒を評しながらヤるのが好きだ

不味い不味いと言いながらも結局は一瓶を一晩で空にしてしまった時は胸がすくような気持ちになった

 

朝から飲む焼酎が好きだ

一日の始まりを芋・麦・米の中から好きなものを選び自由気ままに自堕落に過ごすその日は感動すら覚える

 

珍酒と呼ばれるモノを飲む時などはもうたまらない

何軒も何軒も酒屋を巡った末に手に入れた時など絶頂すら覚える

 

バカみたいに飲んで翌日滅茶苦茶酷い二日酔いになるのが好きだ

頭痛と吐き気に襲われてタバコすら吸えずに無駄な一日を過ごす事はとてもとても悲しい

友と飲んで自分だけそうなった時は屈辱の極みだ

 

諸君 私は飲みを 前後不覚になるような酒宴を望んでいる

諸君 士郎さんとその他の諸君

君達は一体何を望んでいる?

 

更なる酒宴を望むか?

情け容赦のない夢のような酒宴を望むか?

酒池肉林の限りを尽くし三千世界の鴉を酔わす泥のような酒宴を望むか?

 

「酒!酒!酒!」

「……にゃはは」

「……うわぁ」

「……この酔いどれ共め」

 

よろしい ならばアルコールだ

 

我々は満身の力を込めて今まさに呷らんとする中毒者だ

だがこの辛い現実で人生を歩んでいかなければならない我々にただの酒宴ではもはや足りない!

 

大宴会を!!

一心不乱の大宴会を!!

 

我らは僅かに5人 アル中2人と少女3人の少人数

だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している

ならば我らは諸君と私で総勢4000と1人の大集団となる

 

4001人でこの旅館の一室を大宴会にし尽くしてやる

 

第二次後先考えず取り敢えず飲みまくろう作戦 状況を開始せよ

 

──征くぞ 諸君

 

「というわけで士郎さん、改めてくぁあんぱぁぁああい!」

「きゃんぱーーい!」

 

ガチンッと、もはや力加減も録に出来ずに俺と士郎さんはグラスをぶつけ合った。

 

「いやあ、いい演説だったよ隼くん!君の熱きパトスがこの胸にビビッとキタね!」

「ええもう任せてつかーさい!ビビッと、いやさvividっすよ!」

 

俺が士郎さんの部屋を訪れ酒宴を開始したのが約2時間前。その間ほぼノンストップで飲み続けた結果、見ての通りのご覧の有様。

いろんな酒類の酒の缶やら瓶があたりに散らばり、つまみもテーブルの上に散乱している。頭は霞が掛かったように朧げで、一体自分が何を言ったりしたりしているのか分からない。

 

だが、それがいい!

 

「士郎さんこそ、さっきの独白は見事だったっすよ!なんつったっすかね……ああ!そうだ、こう静かにキメ顔で──『体は酒で出来ている。血潮はアルコールで心はおつまみ』とかなんとか」

「いやっはははは、これまた年甲斐もなくハメ外しちゃったかな」

「ハメなんて外してこそなんぼっすよ!」

「だな!着脱可能にしとかなきゃな!」

 

お互い何が可笑しいのか、というか可笑しい事が可笑しいんだろう、笑ってテーブルをバンバン叩く。そんな俺たちを呆れ顔や苦笑いで見やる少女たちが3人。

あははは、わりいねー、大人の酔っ払いってこんなんなんよー。まあ君たちもこれから先、大学やら会社やらでこういう光景にさらされるだろうからよ、今のうちに耐性付けときゃ何かと……………………ん?ちょっとまって。

 

誰?この少女たち?

 

「し、士郎さん、エマージェンシーです!何か見知らぬ少女X、Y、Zがいるんすけど!?」

 

思えば演説中も人数に数えてたけど、いつの間に?確かついさっきまでは俺と士郎さんしかいなかったはずだぞ?

 

「おいおい、隼くん。君、酔っ払ってるね?この子たち、つい数分前に来て、その時ちゃんと紹介したんじゃないか」

「……お父さん、私たちがここに来たのは1時間くらい前だよ」

「あれぇ?そうだっけ?いやー、なのはは偉いな~」

「にゃははは……はぁ」

 

士郎さんとの問答に最後疲れたようなため息を吐いた、なのはと呼ばれた少女。会話の内容からなるほど、士郎さんの娘さんか。

綺麗な茶色の髪にくりっと大きな瞳に中々利発そうな雰囲気の子。年は小学校低学年くらいか?ふんふむ、このなのはってガキは桃子さん似だな。詰まる所、美少女。

 

「自己紹介も、もう2~3回はしたんですけどね……」

 

そしてその隣。士郎さんとなのはのやり取りに苦笑しているのは、やはりこちらも可愛らしい顔をした少女。軽くウエーブが掛かった髪に柔和な雰囲気。どこぞのお嬢様って感じの子だ。詰まる所、うちのヴィータと正反対の愛らしいガキ。

 

「ていうか、このやり取り自体が何回目よ」

 

そして最後。呆れた顔を隠さずにこちらを見る少女。前者二人と同じくこちらも可愛らしい顔だが、どっかキツイ印象を受ける。というか絶対ツンツン子だなこいつ。うちのヴィー某と同じ雰囲気を感じる。詰まる所、生意気そうなガキ。まあそれでもヴィー某よりかは絶対マシだろうよ。

 

てか、なるほど、こいつらそんな前からいたんだな。そして自己紹介も済んでると。…………マジで?俺、覚えてねーぞ?そんなに飲んだか?いや飲んでるけどよ。でも流石に忘れるなんて事は。う~む。

 

「あ、あの、鈴木さん、どうしたんですか?」

 

必死に記憶を呼び覚まそうと俺が腕を組んで唸っていたら、それを心配そうに覗ってくるなのは。そんななのはに対し、俺は自然とこう返した。

 

「おい、だから『鈴木さん』じゃねーだろ。呼び名は『ハヤさん』がオススメっつったじゃねーか。それと敬語」

「あ、う、うん」

 

…………おお、そうだ、そうだった。したよ自己紹介。で、そん時なのはの奴、敬語で話すわ『鈴木さん』とか言うわでムカついたんだよな。

 

ガキが一丁前に人の顔色覗ったり、変に畏まろうとするの腹立つんだよ。見てっと気持ち悪いしよ。そんなんは大人になってからやってろ。

ガキはガキらしく在るべき。

今は何も考えず無邪気に笑顔振りまいてりゃいいんだよ。

 

ともあれ、なのはの事を思い出したお陰で他の二人の事も思い出したぜ。

 

「えっと、お前はすずかだよな?月村すずか」

「はい」

 

姉が士郎さんの息子さんの恭也くんの彼女で……そして何とノエルさん、イレインさん、ファリンさんという美人なメイドさんがいるらしい!いるらしいんですよおお!今度遊びに行かなきゃ!!

ちなみにすずかにもなのはと同じく『その口調直せや』と言ったが、性格上、年上の人にフランクな態度で接するのは無理との事。

まあ、それならしゃーない。ガキ相手に無理は言わねーさ。……いや、言うときもあるけどよ?

 

「なのはにすずか、か……よし、今度はバッチシ覚えた!どこぞのクサれ赤毛と違ってお前らは可愛いからな!もうきっと忘れん!さて、次は俺のターンか。それじゃあ改めて、俺は鈴木はや───」

「ちょっとちょっとちょっと!?」

 

改めて俺が自己紹介しようとしたら割り込みが入った。何かと思えば1人の少女が怒った表情で俺を見ている。

てか何ガンくれてんだ?お?

 

「そこは次は私の名前を言うとこじゃない!何自然と除け者にしてんのよ!」

「んだよ、ピーチクパーチク喧しいガキだな。いいじゃん、3人中2人の名前言ったんだから。過半数だろ?民主主義だ」

「意味分かんないわよ!……まさか、なのはとすずかの名前は覚えてて私のは覚えてないなんて言うんじゃないでしょうね!あれだけの事しといて!」

 

ガルルルと今にも噛み付いてこんばかりの勢いだ。いや、何でそんなに怒んだよ?てか俺、こいつに何かしたのか?『あれだけの事』?美女から言われたらちょっと色々妄想が捗るセリフだが、こんなガキに言われてもねぇ?そもそも、俺ぁロリコンじゃねーんで何かしたとは思えん。…………ヴィータに接するようなノリで色々ちょっかい出した記憶なら薄らとあるけど。

 

まあこれ以上喧しくなられちゃ叶わんし、しょうがないから紳士に対応してやろう。

 

「あーはいはい、ちゃんと覚えてるっての。てか忘れるわけねーじゃん。お前も(口閉じてりゃ)可愛いんだから」

「ふ、ふん、まあそれならいいんだけど……」

「つうわけで、改めてよろしくな『掃除機』ちゃん」

「誰が掃除機かああああ!!」

 

見事という他ないツッコミの速さと声量が返ってきた。

 

「なんでそこで掃除機!?人名ですらないじゃない!そんな変テコな名前の人間いないわよ!」

「おい、全国の掃除機さんに謝れよ。もしかしたらいるかもしれないだろ。ほら、『そうし・゛き』さんみたいな感じで」

「区切るとこおかしい!?濁点の行き場がなくなって迷子になってるじゃない!」

「じゃあ『そうし・ぎ』?」

「『き』の方についたら、もう『掃除機』ですらなくなるわよね!?」

「じゃあ濁点はゴミ箱にポイしよう」

「今度はまったく別の言葉になるじゃない!」

 

おお、見事な返しだ。

なんだコイツ、なかなか面白れ奴じゃん。一見してただのツンデレかと思いきや、かなりキレキレなツッコミも返してくるよ。今までに俺の周りにはいないタイプのガキだ。

 

「アリサ、お前かなりおもれー奴だな!うんうん、ガキゃあやっぱこう元気でなくちゃな!」

「……私はあんたと話してたら疲れるわよ。ていうかちゃんと覚えてるし」

 

そう、この元気なガキの名はアリサ・バニングス。その名前と見た目からしてどうみても外国の女の子。外人のガキと話すのは初めてだが、そのノリの良さは関西を彷彿とさせる。

 

それにしてもなのは、すずか、アリサか……この三人、見た目やたら可愛くねーか?テレビの子役か子供のモデルにいそうなツラしてんぞ。

もちろん、俺は美人で可愛くて出来れば胸がデカくてむっちりしたケツを持つ成人女性(シグナム、夜天。シャマルなど)が好みなので、そういう感情は埃ほども湧かんが、なんつうか庇護欲みたいなのは湧いてくる。身近にヴィータみたいな殺意の湧くガキしかいないんで尚更だ。

 

「なのは、すずか、アサリ、改めて俺は鈴木隼っつうカッコイイお兄さんだ。よろしくな。困った事があればすぐお兄さんに言うんだぞ?可愛いガキは嫌いじゃねーからよ。暇なときに限り、金以外の相談なら受け付けてやんぜ」

「あはは、ハヤさんって面白いね」

「うん」

「……もう突っ込まない、突っ込まないわよ」

 

三者三様だが概ねいい感じの反応が返ってきた。それに俺は訳も分からず1人うんうんと鷹揚に頷いていると、その様子を見ていた士郎さんが少し笑ってこう言った。

 

「隼くん、君子供好きだったんだね。こう言っちゃなんだが、ちょっと意外だよ」

 

だろーね、よく言われる。

もっとも、何もガキ全般が好きなわけじゃねーけど。より細かく言うなら俺に懐いてくれて素直で遠慮しないガキらしいガキが好き。それに当て嵌らない、例えばクソ生意気で大人びた達観してるような、自分を押さえつけてるガキは大嫌いだ。ぶん殴りたくなってくる。

 

「ガキがそのまま大人になったような奴とか言われるんで、きっと同族的?親近感的?なモンがあるんっすよ。そういう士郎さんこそ子供好き、てかなのはの事ベタ惚れでしょ?」

「あ、分かる?」

 

そりゃあな。

今でもなのはを見る士郎さんの目、蕩けきってて口角はゆるゆる。対するなのはもどこか嬉しそうで、だからきっとなのはにとって士郎さんはいいオヤジなんだろうよ。

 

「そう、だから隼くん。いくら君でもなのはは渡せんぞ!許嫁の約束もさせん!というかどこにも嫁がせん!」

「お、お父さん」

「うっす。じゃあ俺は大人しくすずかを貰っていく事と致しましょう!おまけでアリサもしょうがなく!」

「ふぇ?!」

「そろそろぶっ飛ばすわよ!」

 

士郎さんがなのはを手繰り寄せ、俺も対抗してすずかを手繰り寄せ、アリサは脚繰り寄せた。……うーむ、この言動だけ抜き取ると俺完璧ロリコンじゃねーか。だが残念!全国のロリコンルート希望の諸兄らには悪いが、そっちに行く気は満更ない!士郎さんルートには行くかもしれんがなあ!

 

「しかし、だからこそ最近はちょっと心配でね」

「うん?何がっすか?」

 

急に士郎さんのテンションが落ち、どこか悲しみを湛えた表情を見せる。一体全体どうした?お酒が足りんか?

 

「ほら、なのはももう小学三年生だ。最近の子はいろいろとマセてるだろ?現にいつのまにやらアクセサリーなんてものも付け出して……」

 

そう言った士郎さんの視線の先はなのはの胸元だった。そこには紐に繋がれた赤い珠がぶら下がっている。いわゆるネックレスという奴だろう。浴衣姿のガキにそこだけ背伸びしたようなネックレスというアイテム。

なるほど、確かに士郎さんの言うとおり最近のガキはマセてんなぁ。俺の時分にゃあアクセとかつけてる奴いなかったぜ?

 

「そう言えばなのはちゃん、最近それよくつけてるね」

「というか温泉入るときもつけたままだったわね」

 

すずかとアリサも同じようになのはの胸元を見る。その言葉を聞くに、どうやらなのはにとってそのネックレスはかなり大事なモンらしい。風呂にまで付けて入るとか相当だろ。まあうちの奴らも待機状態のデバイスをネックレスにしていつも付けてっけど。

 

「最近は小学生でもアクセつけんだな。てことは、すずかやアリサも付けてんの?」

 

軽く2人を上から下まで観察するが、特に何か付けてるようには見えねぇ。案の定、2人は首を横に振って否定した。

 

「お姉ちゃんから貰ったりはしますけど、あまり付けてはないです」

「私も持ってるには持ってるけど、いつもは付けないわね」

 

ふーん、そんなもんか。て事は、なのはって結構そういうの好きなのかね。あんまそういう風には見えねーけどなぁ。

 

「でも、なのはちゃんのそれ綺麗だよね」

「そうね、そういうのだったら私も一つ欲しいな。ねえ、なのは、それどこで買ったの?」

「え!?え、ええっとこれは買ったものじゃなくて……」

 

なぜか困ったような表情で言葉を濁すなのは。てか買ったもんじゃないって事は……。

 

「ま、まさか男からのプレゼントなのか!おのれ、どこの馬の骨だ!小太刀二刀の錆にしてやる!」

「お、お父さん!?」

 

いきり立つ士郎さんに慌てるなのは。

どっかからガメて来たか誰かからのプレゼントだとは思ったが、なるほど、野郎からのプレゼントか。それを大事に身につけてるという事は、なのははその相手の事を憎からず想ってるって事か?けーっ、ガキのクセに青春しやがって。ムカつく~。

 

(俺だってプレゼントの一つや二つ、美人なお姉さんからされた事くらい…………あれ?)

 

ないな。……ない。

これが格差社会か!ガキの頃から勝ち組と負け組は決まっているという事か!

プレゼントなんて野郎から貰ったことしかねーぞ。ここ最近じゃ去年の誕生日に確か酒を──。

 

(あ、いや、そういや今日貰ったな)

 

野郎からだけど。それもよく分からんモンだけど。

俺はポケットに手を突っ込んで、今日貰ったそれを取り出した。

そこにあったのは今日数年ぶりに訪れたなんでも屋アルハザードで貰った、というか押し付けられた赤と紫の珠。こいつを渡された時、あの店主が何か言ってたような気もするが、今の頭じゃ思い出せん。

 

(てか、何かなのはのアクセの珠とちょっと似てんなコレ)

 

色は兎も角、形や大きさは多分ほぼ一緒だ。所謂色違いって奴?もしかしてコレって今流行ってんのか?パワーストーン的なモン?

 

「隼、なによそれ」

「わぁ、綺麗」

 

俺が手の中でコロコロと転がしていると、それをアリサとすずか目ざとく見つけた。てか、二人はすぐ傍にいるんで見つけられて当然だけど。

俺はどう言って説明したモンかと思いながら手中の珠を見つめ、少しして無造作に二人の手を取ってその上にそれぞれ珠を乗せた。

そして一言。

 

「やる」

 

アリサには赤い珠を。すずかには紫色の珠を。

 

「は?いや、ちょっといきなり何言ってんの?」

「そ、そうです、こんな、貰えません!」

 

二人の戸惑いも分かるが、何を隠そう今俺も戸惑っている。

だってこの俺がタダで自分のモノを誰かにやろうとするなど、これまでの人生で数えるくらいの珍事だ。それが例え役に立たんゴミ珠だろうとも、だ。

けど、何故か俺はそれを二人にやろうと思った。やらなければならないような気になった。特に理由はない。強いて言えば酒のせいで狂った俺の思考がそうさせたんだろうよ。

 

「まあまあガキが遠慮すんなって。俺がモノくれてやるなんて一生に数度だぜ?将来自慢できるレベルだぜ?俺のダチに言ったら『姐さんと呼ばせてください!』って尊敬されるレベルだぜ?」

「あんた、普段どんだけケチなのよ」

「てわけだから貰っとけ貰っとけ。ほら、良く見りゃなのはと色違いでお揃いみたいじゃんよ。帰って紐つけて身につければいいんじゃね?仲良し三人組の証みたいな感じでよ。ダチ公は大事にしとけよ~」

 

しかし、そこまで言ってもまだどこか渋るアリサとすずか。俺だったら喜んで貰うけどな。むしろ「まだ他に何かくれよ」とせがむけどな。

まあ会ってまだ間もないイケメンお兄さんに物貰うなんて遠慮する気持ちも分かるが、俺としちゃあ実はむしろ貰って欲しいくらいだ。実際持ってても使い道ないし、あの店主から貰ったもんなんて後々ロクな事になりそうにない。それにあの店主もコレ誰かにやれみたいな事言ってたような気もするし。言ってたよな?

 

「というわけでそれはもうお前らのモンな。返却不可だかんよ。てか、俺がやったもんを返却するとか何様だコラ。後生大事に末代まで持ってろや」

「あ、あの本当頂いていいんですか?」

「いいって言ってんだろボケ。あのな、すずか?こういう時はよ、ただ笑って『ありがとう』つっときゃいいんだよ。アリサもな」

 

そう言って俺は二人の額にデコピンをした。

二人はお互い顔を見合わせた後、すずかは遠慮気味に笑い、アリサは少し照れた様子で一言。

 

「あ、ありがとうございます」

「一応、その、あ、ありがとう!」

「おうおう、良かんべ良かんべ」

 

俺は鷹揚に頷いて酒を呷る。

しかし、なるほど、あんま人にモノやった事がないんで知らんかったが、こりゃ中々いいもんだな。相手がガキとは言え、やっぱ感謝されっと気持いいわ。もっと「俺を崇め!」とか思っちまうぜ!やっぱあれだな、モノを上げるってのは相手の為じゃなく自分の為の行いなんだな!

 

と、そこではたと気づいた。

 

「あ、そうなるとなのはにも何かやんなきゃな」

 

二人にやってなのはだけ除け者にするわけにゃーいかんべ。士郎さんの娘だし、何より俺的にもこういう無邪気なガキは好きだし。

 

「え、わ、私はいいよ」

「おいおい、今お前は何を聞いてた?ガキが俺の前で遠慮すんなっつただろうがよ。しかし、さて、何をやろうか」

 

ポケットの中には生憎ともう財布しか入っていない。しかし金をやるわけにもいかん。ガキ相手だし、そも誰かに金をやるくらいドブにしてた方がマシだ。なら他にやれるもんと言ったら…………童貞?いやいやいや、逮捕されんぞ。そもそもそんな冗談言った瞬間、士郎さんに殺される。

 

「そうだ、じゃあ宴会らしくここは芸をなのはに披露してやんぜ!」

「芸?」

「そう、所謂手品ってやつをよ?」

 

なのは個人に物をやるわけじゃねーけど、まあその辺は勘弁しろ。

 

「ほう、隼くん、手品が出来るのかい?」

 

士郎さんの問いかけに俺は得意げに返す。

 

「何を隠そう、この俺は何と超一流のマジシャンなのです!これ披露すりゃあもうこの部屋はどっかんどっかんの大盛り上がりっすよ!」

「おお、自信満々だね!」

 

しかし、実際のところ実はというと。

 

(手品なんて出来るわけねーじゃん。そんな器用じゃねーし)

 

そも今までの人生で手品の練習などした事はない。誰かに披露した事もない。コインも増やせなけりゃ、スプーンを曲げることすら出来ない。

 

だが、しかし!

 

忘れて貰っては困る!この俺が誰なのかを!数週間前、俺が何になったのかを!

 

「ではまず手始めに、俺の右手を見ててください!」

 

立ち上があり、皆から少し離れた位置に移動して右手を上に掲げる。

 

「ふんむむむむぅうぅううう…………はい!」

「おお!?本が出た!?」

 

右手に現れたのは本──『夜天の写本』。

 

そう、手品、マジックとはつまり『魔法』。タネも仕掛けもない、本物の『魔法』。この俺だから出来る一発芸!!

 

「すごっ、ちょっと隼、本当にすごいじゃない!」

「うわぁ、手品って私初めて見ました!」

「………………うそ」

 

ガキ3人も大いに驚いている。なのはなど、茫然自失といった感じだ。

なははは、そうだろうそうだろう!なにせマジモンのマジックなんだからなあ!魔導師だから出来る、タネも仕掛けもなく見破れないマジモンのマジック!そんじょそこらの手品なんてメじゃねーぜ!

まあ魔法を使う時は魔力反応だったか?それが発生するらしいが、それが分かるのは同じ魔導師だけだ。シグナム達が相手なら兎も角、一般人相手なら分かるはずもなく、故にただ本当にすごいマジックとしか映らんだろう。

 

「続いてさらに、ほあああああ…………ちょいさあ!」

「おお、今度は杖が!ブラボーブラボー!!」

 

左手にシュベルツ・クロイツを顕現!それに驚く皆の衆!そして気分アゲアゲな俺!

 

なるほど、魔法とはこの為に──宴会芸の為にあったんだな!!

 

(うっは!こりゃ楽しいぜ!てか、この道で食っていけんじゃね!?テレビ出演いけんじゃね!?)

 

天才マジシャン・ハヤブサってか!特番なんかに出ちゃったりして!Youtubeにもアップしてやろうかなあ!

しかしウケるとは思っていたが、まさかここまでとは。魔法って便利だな~。さて、んじゃあ次は何を披露しようか。

 

──と、その時。

 

『主、何かありましたか!?』

 

突然、頭の中に夜天の慌てた声が響く。辺りを見回しても夜天の姿はあるはずもなく、少ししてそれが念話だという事に気づいた。

早く次のマジックを披露したいところだが、流石に夜天からの呼びかけを無視するほど無感症じゃない。なにせあいつの声でご飯3杯はイケるからな俺は!オカズは夜天の声のみ!

 

と、そんなアホなこと考えているより応答しとかねーと。

 

『はーい、こちら夜天のマジシャン隼でーす。で、どした?』

『どうしたもなにも、つい今しがた主が魔導書を出したのを感じ取りましたので、何かあったのではと』

 

ああ、そういや夜天ってあれだったっけ。ええっと管制なんちゃらってやつ。だからそういうのが分かんだな。

たぶん、この様子じゃ俺の身に何かあったと勘違いしたんだろう。普段、魔導書なんて出さねーしよ。

 

俺はそれが杞憂だということを何でないふうに伝える。

 

『だいじょーぶだっての。ただ一発芸代わりに魔法使ってるだけだし』

『……は?芸?』

『そっ!手品的な?宴会に芸は付きもんだろ?いやー、もうマジで大ウケよ!ああ、あと2~30分くらいで戻っからよ。じゃな~』

『あ、主!?お、お待ちくだ──』

 

まだ何か言いたげだった夜天だが、俺は一方的に念話を切る。夜天も大事だが、そろそろ士郎さんたちからの拍手喝采も欲しいのだ。オカズは帰ってからゆっくり頂くとしよう。

 

「さあさあ皆さん、次に行いますは誰もがよく知るマジックでござ~い!見たいなら、はいコールコール!」

「いいぞいいぞー!はっやぶさ!はっやぶさ!」

「やるじゃん、隼!早く次見せなさいよー」

「隼さん、すごいです!」

「…………」

 

士郎さん、アリサ、すずかから熱烈ラヴコールを受け、俺は気分上々。まあ若干一名から声が上がらないが、まあそれだけ感動してるんだろう。

だったら皆の期待に応えてやんぜ!

 

「ではとくと見よ!タネも仕掛けもない、これぞモノホンの秘技・空中浮遊!」

 

魔力の調整が下手で、さらにアルコールも入った状態だったので上手く出来るかどうかは微妙なラインだったが、そこは俺!やるときゃやりますぜ!

浮かないという事も、浮きすぎて天井にぶつかるという事もなく、見事に浮遊成功。どうよ!

 

「おお!!」

「うそ!ホントに浮いてる!」

「すごーい!」

「こ、これってやっぱり……魔法……だよね?」

 

士郎さんが拍手とともに驚嘆し、アリサとすずかが俺の周りをぐるぐる回ったり触ったりしながらはしゃいでいる。なのはもなのはで今更のような言葉を呟いている。

そう、これこそ魔法!イッツ・マジーーック!!

 

さあ、次はかめはめ波でもぶっ放して───

 

「隼ぁぁぁああああ!!」

 

と、突然部屋に響き渡った怒号。それも俺を名指しするそれ。

 

一体全体なんだ?いまからドドメの超スゴ技披露するトコに水指しやがって。今最っ高に気分いいんだよ。それを邪魔するクソ馬鹿は誰だ?

 

「おう、ちっと静かにしろや。サインや写真撮影なら後でしてやっから、今はトリのかめはめ波を───」

「テメエの馬鹿は何色だああああ!!」

「ぷげっがはばああああああああ!?!?!?」

 

俺は空中浮遊から一転、空中滑空するハメになった。そのまま部屋の壁に錐揉みしながら大激突。

 

「おぐぐ……っの何してくれやがんだゴラア!!」

 

俺はアルコール以外の要因で痛くなった頭を押さえながら、その原因を作り出した奴を睨む。

そこにいたのは俺の憎き家族であり2~3回ほど地獄に落ちて欲しいと切に願っているガキ、ヴィータがいた。

 

「そりゃこっちのセリフだクソ馬鹿!人前で一体なにしてやがんだ!お前の考えなしの馬鹿さ加減にゃ呆れてモノが言えねー代わりにアイゼンがゴキゲンだ!」

 

一体何に怒っているのか、どうやってこの部屋を突き止めたのか。

いろいろと疑問はあるが、喧嘩売られた時点でそんなモンは遥か彼方にサヨナラだ。

 

「上等だコラ!こうなりゃマジックの代わりにテメエの夥しい血でこの酒宴のシメにしちゃるわああああ!!」

 

茫然としている士郎さんたちを他所に俺とヴィータはど派手に喧嘩をおっ始める。

 

「うちのハヤちゃんがご迷惑をおかけして申し訳ありません!もう連れて帰りますので!」

「おお、シャマルさん。いえいえ、私も楽しかったですし、元気を分けてもらった気分ですよ」

「そう言って頂けると……ほら、ハヤちゃんもヴィータちゃんも、もうそのへんにして!」

 

どうやらシャマルも来ていたようだが、俺はそれを視界の端に捉える事すらせずに眼前のロリに拳をめり込ませる。

少女3人が軽く引くくらいのガチ喧嘩を他人の部屋で遠慮なく行う俺だった。

 

「死ねダボがぁあ!」

「グチャグチャにしてやんぜコラァ!!」

 

 

 

 

────こうして俺の楽しくも波乱万丈でささやかな酒宴は、突然の終わりを告げた。

 

 

 

 

宴、終了。

 


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