主人公、無事帰宅。
ああ、もう!そんなに泣くなって、アリシア。もう何処にも行かねえからよ?久々の我が家なんだから、こうニカッとした笑顔で迎えろや。ほら、ち~んして。
おいフェイト、お前もちょっと来い────いいから来いっつってんだよ。ったく、はい、お前も抱っこ。────ああ、だから泣くなっつうの。服がベトベトになろうがよ。
ぐふぉ!?ちょ、ライト、テメエもかよ。てか、いちいちタックルかますな!お前って見た目異常にパワフルパワー持ちなんだよ!そしてバルニフィカスを仕舞え、トゲが刺さってる。てか何故出した。
それにしても、ったくよお、お前ら姉妹はホント泣き虫だな。女三人に涙流されながら抱きつかれるなんて男冥利に尽きるが、お前らじゃ別に嬉しくねーっての。
………まあアレだ………ただいま。
だから、泣くなっての。
────そろそろ落ち着いたか?よし、だったらちょっとばっかし離れようか。…………もう離さない?なんだよ、その男殺しなセリフは。
でもな、俺今からちょ~と向こうの部屋に行かなきゃなんねーんだわ。俺も行きたくないけどさ、もう逃げられねーんだわ。
………ん?着いて行くって?ああ、ダメダメ。向こうの部屋はお子様立ち入り禁止のデンジャーゾーンだから。
………ん?何で泣いてるのかって?俺が?………なんでだろうね?
………ん?何で震えてるのかって?俺が?………なんでだろうね?
じゃ、ちょっくら逝って来るわ。
………まあアレだ………さようなら。
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…………………あ、あの、夜天さん、そそ、そろそろ、ろろ、か勘弁し、していたたただけないでしょうか?じ、じいいん体はですね、マ、マグマのようなお、おお湯の中と、しゅ、瞬間れれ冷凍されれるよううな水の中をををこ、交互にはははは入れ、るようにはでき、出来、出来てないんですうううう。そ、そこまで、ぼ、ボクも、が、頑丈では……………え?電気風呂も追加?……………………ああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!
──────だ
だっ!?ちょ、まっ、痛゛!?ほ、ホントにマジ、で゛っ!?………お、思い出せプレシアさん!過去の過ちを!こうやってフェイトを虐待していた事を悔やんでたんだろう!?だったらもう止めよう!?そんな事しても誰も……痛!?いや、マジで鞭って洒落になんねー武器なのよ!?ちょ、ホントにらめええええええええええええええええええええええええええ!?!?
──────れ
炎ってさ、不思議だよな。煌いて、揺らめいて、幻想のようであり、儚いようで雄雄しいよな。そういや炎の色ってさ、温度によって変わってくんだよ?オレンジとか赤とか青。で確か太陽の表面温度が6000℃の白い炎だったような気がすんだ。そう、高温になっていくほど白くなるらしいんよ。………ところでシグナムさんや、あなたのレヴァから出ている炎の色が『黒』ってどういう事?そんな炎の色、存在しないはずだよね?……そっか、俺のいない間に出るようになったんだ。すごい成果だね。でもさ、その成果を俺に向けるのは止めてほしいなぁみたいな?
──────か
こらヴィータ!俺は、お前をそんな子に育てた覚えはありません!身動きの出来ない人間をタコ殴りにするなんて卑怯者のする事です!喧嘩にも作法があるんです!いいですか、まずはメンと向かってぶごおおああああああああああああああ!?
──────た
いやさ、俺ってこれでも小食でさ。うん、今まで言わなかったけど実はそうなんだよ。………え?愛情込めて作ったから是非食べて欲しいって?いやあ、それは嬉しいなあ。本当、愛情"だけ"が入ってる料理だったら俺も食いたいよ。でもさ、見るからに愛情以外の、例えば毒素的な、ホラ、なんかムカデっぽいのが入っ………四の五の言わずさっさと食えって?いや、でも、俺今お腹いっぱ…………………。
──────す
ザフィーラ、お前は俺の味方だよな?数少ない男同士じゃんか、仲良くしようぜ、なあ?暴力反対………そうかそうか、やっぱり持つべきものは男だよな!だったらついでにさ、身動きとれないよう手首に巻きつけられたピアノ線も切って欲し………ちょ、ちょっとザッフィーちゃん?何でいきなり服脱ぎだしてるのかな?俺の言った『仲良く』ってのは、別に深い意味は………アッーーーーーーーーーーーーーーーー!?
──────け
なあ理、その手に持ってるノートって何?…………自由研究ノート?ああ、学校から出た宿題なんだ。へえ、それでテーマはもう決めてんの?…………『人体の神秘と限界への挑戦』?ほう、何か凄そうだな。流石は知的クールなコトワっちゃんだぜ!マジ惚れそう!…………だからさ、ちょっとその手に持ってる、けたたましい音を奏でてるチェーンソーと血のついた園芸用の大鋏を置いて、この拘束具を解いてもらえない?ついでにコトワっちゃんらしからぬ恍惚とした笑み止めよ?いつものクールキャラが俺は大好きゃああああああああああああああ!?
──────て
あの、アルフさんにリニスさんや、二人に挟まれるのとても嬉しいんだけど、せめては床に降ろしてくれない?逆さ宙吊りはキツいんだけど……え、除夜の鐘の刑?ああ、だからさっきから俺の頭を拳とステッキで交互に叩いてんのね。でもさ、ちょっとね、力加減間違ってきてないかな?最初ペシペシだったのがゴンゴンになってきてるからね。そろそろ止めよ?……え?今30回だから、あと78回残ってる?そっか~、でも思うにさ、このペースで強くなっていけばたぶん108回行かずにボクの頭砕けちゃうかな?
「いやあああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」
そんな雄叫びと共に俺は、横たえていた身体をガバッと起こした。というより、自然と飛び起きた。さらに言うと、雄叫びと言うにはあまりに情けない叫び声だった。
「こ、ここは………」
ハァハァと荒く息を吐きながら周りを見渡すと、そこは久しぶりの自室だという事が分かった。そして、今まで横たわっていたベッドは低反発抜群な俺のベッドだ。
「そうか、俺は………」
帰って来たんだった、と今更ながら気付いた。
僅かな期間過ごした八神家から、俺は昨晩我が家へと帰って来たのだった。拉致られた感が無くも無いが、兎も角、俺は帰ってきたのだ。
久しぶりの帰宅に俺を待っていたのは、涙と鼻水で顔面が悲惨な事になったアリシア、走り寄りたいのをウズウズと我慢しているフェイト、何故かバリアジャケットを纏ってクラウチングの態勢を取っていたライト、この3人だった。
で、アリシアとライトは己が衝動のまま俺へとダイビング。涙と共に我慢していた犬のような、あるいは猫のようなフェイトへは俺が誘って抱きつき。
まあ正直な所、テスタロッサ姉妹の顔を見れたのは俺も嬉しかった。なんつったってコイツラは俺の癒し三姉妹だからな。気掛かりじゃなかったと言えば大嘘になっちまう。
片腕にアリシアを抱え、もう片腕にフェイト抱え、そして背中にへばり付いたのはライトという、見ようによってはプチハーレムなこの光景。コイツラの見た目がせめて高校生程度でもあれば、俺も小躍りしながらブラッドヒートしちまっていた事だろう。
(………ああ、そうだ。あそこまでは良かったんだ)
長期出張が終わった大黒柱の帰宅に喜ぶ子供達。
例としては、そんな感じ。
なんとも涙がちょちょ切れるような光景じゃねーか。家庭の茶の間を温かくしてくれるようなテレビドラマを一部抜粋したかのような光景じゃねーか。愛とか絆って字が当て嵌まりそうな光景じゃねーか。
だってぇのにその後の、あの地獄は…………。
「………ひぃ!?」
昨晩のあの地獄を思い出している最中、突然、ガタっと何かが落ちた音が聞こえ思わず声を上げてしまった。
恐る恐る確認すると、そこには何の変哲もない目覚まし時計。どうやらそれが机の上から落ちただけのようだ。
(お、脅かすんじゃねーよ!落ちちゃいけないモンがとうとう落ちちまったのかと思ったじゃねーか!)
俺は自分の首をすりすりと擦った。
(それにしても、今俺はどういう状況だ?)
取り合えずは、まだ生きている。いや、生かされているようだ。五体も満足にあり、髪の毛もあれば目玉もあり、手足の爪も剥がれてはいない。大きな出血も見当たらない。
地獄で失ったはずのいろいろが全て元通り。ここに帰る前の健康体そのもの。最中の要所要所でシャマルが死なないように治療を施していた記憶があるが、最終的に全て治してくれたらしい。
つまり現状、命の危険はないようだ。
「てか、なんで俺裸?」
詳しく言えば、ボクサーパンツ一丁の姿。我が愚息の自己主張が激しい(……この主張が朝の生理現象なのか命の危機による種の存続的なものなのかは考えない)。
これで隣りに裸の女性の一人でもいれば『祝・脱童貞』という文字も掲げたくなるだろうが、生憎と今は自分一人。その上、ヤったという記憶もない。……そもそもベッドに入ったという記憶もないんだが。
最後の記憶は確か……ああ、そうだ。理の奴にヘッドボックスを被せられた上で手錠で手足拘束されて椅子に座らされた辺りからの記憶が曖昧だわ。
(待てよ?だとしたら、そもそも今日って何日だ?昨晩、俺は久しぶりに帰宅した……という認識でいいんだよな?)
先ほど落ちた時計を見ると、時刻は午前6時半と分かる。が、何日の何曜日なのかは不明。
(ハァ~、勘弁してくれよ。酒飲んででの記憶喪失なら分かるけど、圧倒的物理攻撃と圧殺的精神攻撃によっての記憶喪失とかシャレになんねーっての)
よし、取り合えずこの部屋を出よう。こんな所にい続けても何も情報が分かんねえ。それに今は俺一人。周りには誰もいないんだ。だったら、むしろ部屋と言わず家を出よう。いやいや、もういっその事この地球を出よう。
皆の居ない世界へ旅立とう。
(俺は、童貞のまま死ぬわけにはいかないんだ!!!)
決意を新たに、俺はベッドから音をたてない様にゆっくりと降りる。そして四つん這いになり、赤ちゃんの様にハイハイ歩きでドアに向かう。
パン一でハイハイ歩きする成人男性、この姿を誰かに見られたら死ねるな。軽く致死、いや恥死レベルだ。それでも物理的に殺されるよりマシだ。
(今の時間ならシャマルは料理をしてるはずだし、シグナムとザフィーラは朝トレに行ってるはず。ロリーズは寝てるだろうし、夜天も自室のはず。テスタロッサ家もまだこっちには来てないだろう)
俺は息を殺し、ゆっくりゆっくりと慎重にドアに近づく。そして、出来るだけ最小限の音でドアノブを捻り、僅かずつ僅かずつドアを開けていく。その間も四つん這いで姿勢は出来るだけ低く、見つからないように。
この先に平和が待っていると信じて!!
そう、これは後退ではない!未来への前進である!!
「…………んン????」
ドアを開けた俺の目にまず入ったのは平和な未来などではなく、とても見慣れていた灰色のスリッパだった。
そこから段々と視線を上に上げていく。
次に目に入ったのは、脛から太ももにかけての綺麗な流曲線を描いた脚。スキニーのジーパンに閉じ込められたそれは、今にもはち切れんばかりだ。そこからまた上に行くと今度は、思わず口で下げてしまいたくなるようなジッパーのついた腰部分。そしてくびれ。
そして最後の視線の到達地は、マウント富士も真っ青な大きさの双子山。アングルの関係で、その双子山から上に位置するであろう顔が、その山の大きさによって完全に隠れている。なんという標高だ。是非踏破したい。
まさかこんなアングルで女性を見る事が出来るとは思いもしなかった。感涙ものだ。………本来ならば、な。
「おはようございます、我が主」
お胸様が喋った……アングル的にはそうだが、勿論そんなわけじゃなく、きちんとその言葉は口から吐き出されたのだろう。
まあどっちにしろ、些細な問題だ。一番の問題は、この女性が今目の前にいるという事なんだよ。
俺は、現体勢のままにズザーと部屋の壁限界まで下がった。
視界が潤んでくる。四肢が震えてくる。歯がカチカチと鳴る。
「や、やややややや夜天さんですか!?おはざぁーーース!」
声を聞くまでもなく分かっていたさ。彼女の脚を見た瞬間に、それが夜天なんだとは分かっていたさ。だから、その瞬間に膀胱が破裂しそうになったさ。
いつもだったら、その豊満なお胸様に飛び込みたい衝動に駆られるが、今はまったくの真逆だった。
「………あの"最初の晩"が原因だというのは分かっているけど、やはり主からこのような態度は傷つくな。私の自業自得ではあるのだけれど」
小声で何事か呟きながら、苦虫を噛み潰したような、困ったような顔を向ける夜天。
そんな夜天に俺はどんな顔を返しているのだろうか………十中八九、半泣き面だろうな。だって、きっと今から昨晩の地獄巡りの続きが始まるのだろうから。
「や、夜天さん、あの、ホント、もうそろそろ勘弁してくれませんかね?身体、マジで限界っぽいんですけれど」
人って恐怖を目の前にすると敬語になるんだな。漫画やアニメとかじゃよくある事で、そんなの見てると『技とらしく口調が変わるとか、ンなわけねーだろ』とか思ってたけど、ンなわけあるんだな。
卑屈になってでも、下手に出てでも生き延びたいという、一種の生命の防衛反応なんだろう。
さておき、そんな言葉を床に額を擦り付けながら言った俺に、夜天から返された言葉は。
「勘弁?限界?一体なんの事でしょう?」
「へ?」
いや、いやいやいや!何の事でしょうって、間違う事なく昨晩の拷問の事だと誰もが察せますよね!?
「皆目見当が付きませんが、兎も角、着替えてリビングにいらしてください。今朝は珍しく皆が早起きしたので、すでに朝食が出来上がっていますから。テスタロッサ家も、すでにこちらに来ています」
そう言って何事もなかったかのように、何事もしていないように部屋から出て行った夜天。
そんな彼女を俺は、股間部が少し濡れてしまったパンツ一丁の姿で呆然と見送ったのだった。
よくテレビとかのドラマでさ、濡れ場って奴があるじゃん?そこまで行かないにしても濃厚なキスシーンとかさ。ああいうのをよ、家族の食卓の場で放映されてちょっとだけ変な空気が流れた経験ってない?無言になったり、逆に変に会話を交わしたりして、テレビを意識しないように努めたりさ。
ただ俺がまだ実家に居た時は、そんな空気になった事なんてなかったんだよ。そんな場面が茶の間に流れても『あー、そこはもっとガッツリ行けよ!まだるっこしいなぁ、オイ』とか『ヤるならさっさとヤれっての。ヤらないなら全カットしろよな、マジで時間の無駄だっつうの』などと平気でうちのババアはのたまっていたくらいだ。
だから、そういう空気を俺が味わったのは、実は夜天たちがうちに来てからだったりする。
さて、前置きはこれくらいにして、つまり何が言いたいのかと言うとだ。
今のこの朝の食卓、そのような空気になっても可笑しくは無いという事だ。だってそうだろ?昨晩はアレだけ俺に拷問というか地獄を見せたんだ。だってえのに、その被害者と加害者が和気藹々と食事出来るか?普通、気まずさMAXだろ?濡れ場を放映された時とはまた違った緊張感をかもし出していてもおかしくないはずだ。
なのにさ。
「ほらほらほら、主~!これ、今日ボクが早起きして作ったんだ~!9割くらいリニスに手伝って貰ったんだけど、でもボクが作ったんだよ~!すごい?すごい?だったら頭撫で撫でして褒めてもいいよ~。はい!」
「何が『自分で作った』ですか、ライト。9割はおろか10割がリニス作でしょう。あなたはただ醤油をかけただけで、その醤油だってどう見ても分量過多ですよ。主にそんな汚らわしいものを与えないで下さい」
「おい、待て貴様ら。王である我を差し置いて何故二人が主の隣に座しておるか!退かぬか、このウスラボケ臣下どもが!ええい、こなくそ!」
「あー!フラン、そこは私の場所です!」
無邪気に笑いながら頭を差し出してくるライト。
そんなライトに突っ込みつつ、俺の代わりに撫で撫でという名のアイアンクローを掛けている理。
理とライト、二人の挙動に憤慨し、テーブルを飛び越えて座っている俺の脚の上にドカっと居座るフラン。
膨れっ面になりながらフランをどかそうとするユーリ。
夜天の断章の3基と紫天の盟主は、なかなかどうして、仲が良いようだった。
「やれやれ、朝の一時くらいもう少し静かに出来ないのか、お前たちは」
「まったくだ」
「はっ、よく言うぜ、シグナムに夜天。お前ら、顔に書いてあんぞ?『私も主の傍に座りたい』ってよ。けっ、あんなバカのどこが好いんだか」
「とか何とか言ってるヴィータちゃんの顔にもデカデカと書かれてますよ?」
「……シャマル、お前もせめて3人のように顔に表すだけにしてくれ。静かに包丁を構えるのはやめろ」
夜天の騎士であり、俺の家族でもある面々もいつも通りの様子を見せている。
「ハァ、ハヤブサが戻ってきた途端、また喧しくなったものね。朝は低血圧なんだから、あまりイライラさせないでちょうだい」
「へへ、とか言ってるプレシアもいい笑顔じゃないさ。どのくらいぶりかねえ、あんたが楽しく笑ってるとこなんてさ」
「プレシアも確かに嬉しそうだけど、そう言うアルフも負けてませんよ?尻尾、残像が見えてます」
「リニスも耳パタパタさせて嬉しそうだねー。勿論私も!フェイトは?」
「え、ええっと私も勿論……あぅあぅ……」
お隣さんのテスタロッサ家も何があるわけでもない、普段通りの平常運転。いや、じゃっかんフェイトがどこか余所余所しい感じがするが、まあそこまで気にする程でもねーだろうし。
だから、本当に皆が皆いつも通り。変な空気なんてものはなく、何かに気まずさを感じているわけでもない、ただの食卓のいち風景。
……………って!
「いやいやいや、おかしいだろ!!!!」
ダンと勢い良く立ち上がる俺。その拍子に俺の脚の上で争いを繰り広げていたフランとユーリがテーブルに頭を打ちつけながら落ち、床で悶絶し始めた。が、無視。
「どうしたのよ、ハヤブサ。急に怖い顔して立ち上がったりして?」
「どうしたもこうしたもあっか!この光景っておかしいよね!?俺にあれだけの事しといて、昨日の今日で何で普通にしてるのかな君たちは!?」
昨晩だけで、俺は一体何度の死を体験したと思ってる?いくつの死に方を体験したと思ってる?殺してくださいと何度懇願したと思ってる?自分で言うのなんだけど、俺の心の強度がその辺の一般人レベルだったら確実に自殺か廃人と化してるからな!?
「どうしたんだよ、主ー。そんなに怒るとハゲちゃうよ?ご飯が足んない?だったらボクのは嫌だけどアリシアの分けてあげる」
「しょうがないな~、隼は。はい、あ~んして。あ~ん!」
そう言ってすでに一齧りされているベーコンを自慢げに差し出してくるアリシア。俺はあ~んと口を開き、その中にベーコンを入れてもらった。
「もぐもぐ、うん、美味い……って、違えよ!!乞食でもねえのに何で飯が足りないくらいで怒るんだよ!そうじゃなくてな、な・ん・でお前らはいつも通りなわけ?!」
びしっとプレシアの顔を指差しながら吼える。
「何でって言われても、いつも通りなんだからいつも通りなのよ。強いていつもと違う所を挙げるなら、あなたがこの前帰って来てから今日が、久しぶりの皆揃った食事だという事くらいね」
「いやいやいや!お前、昨晩俺にやった事を忘れた訳じゃあ………………………ん?"この前"?」
ちょっと待った。
"この前"ってなんだよ。俺が帰って来たのは昨日の夜だろ?ミッドに行った後、帰ってみたら八神家が無くなってて、それでプレシアたちに拉致られて、久々の我が家で3姉妹に抱きつかれ、そしてその後に地獄の始まり………そういう流れだったよな?
「隼、もう体はだいじょうぶ?いたくない?」
アリシアが不安そうな瞳でこちらを見つめてくるが、その意味がよく分からない。
いや、体は大丈夫じゃないさ。地獄を体験したんだからな。けれど、その地獄をアリシアは知らないはずだ。俺を拷問したなんて事、プレシアたちが幼いアリシアに言うわけがない。防音処理された別室に隔離されていたんだから、知っているはずがない。
俺が地獄巡りをしたと知っているのは、地獄の処刑人たちだけのはずだ。
「な、なんでアリシアは俺の体の心配するのかな?」
「だって隼、帰ってきてずっと寝てたんでしょ?」
「ずっと?」
「うん、ずっと。ママが『隼は疲れてるみたいだから、出来るだけ寝かしておいてあげましょうね』って」
プレシアの方を見るが、当人はそ知らぬ顔で食事を続けていた。他の処刑人たちも同様。
俺は、ここでちょっとだけ嫌な予感を感じた。
「あのさ、アリシア。俺ってどのくらい寝てた?それと、俺が寝てる時って部屋に入って俺の姿見た?」
「え~と、よく分からないけど何日も寝てたよ。部屋には入ってない。入っちゃ駄目ってママに言われたから」
「…………」
よし、ここでちょっと整理しよう。
俺は昨日の夜に我が家へと帰って来て、今朝がその翌日だと思っていた。だが、どうやらそれは俺の体感が間違っていたようで、事実はもうすでに何日か経っていたようだ。しかし、その間アリシアは俺の姿を見ていない。予想では、きっとフェイトやライトやユーリも見ていないだろう。
(だったら、俺は一体どこに居た?)
俺は一晩中拷問されたと思っていた。一夜の悪夢だったと思っていた。けれど、それでは日数が合わない。その一晩は確かにあったが、では他の夜は一体どこに消えた?
俺は、何も覚えがない。
しかし、可能性としてなら心当たりがある。
確信的な最悪な可能性が。
「これは何でもない話なんだけれど」
俺の胸中を見透かし可能性を肯定するかのように、ポツリと、味噌汁を啜りながらプレシアは喋りだした。
「私、この地球に来てからは娯楽にも興味を持ち始めたのよ。ヴィータやザフィーラと一緒にゲームだって何度もした事があるわ。で、その時のある一つのゲームの内容の一部が私には理解出来なかったのよね。それは、そのゲームの主人公がクラスメイトの女子とイチャイチャしていたのを、付き合っている幼馴染の女の子に見つかってすごく怒られるって場面」
ああ、そういうのってよくあるな。でも、男の身としてはその幼馴染の彼女の怒りは理不尽にも思う。いくら彼女持ちだろうと、男なら他の女とだって出来るだけ仲良くなりたいもんなんだよ。それを怒られるなんて、嫉妬深いにも程がある。別に一線を越えたわけでもなしに。
まあ俺個人としては、その手のゲームの主人公は殺意の対象なので、思う存分嫉妬されてろって話だが。
「まあその心理自体は私も分からなくはなかったのよ。女性は程度の差こそあれ、好いた男性には自分だけを見ていて欲しいものだから。自分の事だけを見て、自分だけを想っていて欲しい。イチャイチャと表現されるほど他の女と仲良くされるなんて、臓物が煮えくり返るわ」
プレシアの言葉に皆が力強く頷く。フェイトとライトとアリシアとユーリだけは、リニスちゃんとアルフに耳を塞がれて聞こえていないようだが。てか器用な。
「分からないのはね、その幼馴染の子が怒る場面なのよ。殴ったり蹴ったりという表現があるわけでもなく、ただ画面が暗転して『ボコスカ』『死を味わった』とか、そんな曖昧な表現だけで済ませてたの。幼馴染の怒り方だって可愛いもので、まるで真剣味がなくて、私はすごく萎えたわ」
いや、そりゃ過度な表現はないだろうよ。そういうゲームは、そんな所に重きを置くんじゃなくて、恋人になるまでの葛藤とか、なった後のラブラブを楽しむもんなんだから。
暴力表現を楽しみたいなら普通にアクションゲームやってろよ。なんでそのチョイスなんだよ。
「だから私は常々思っていたのよ。どういう動機であれ、仮に私が怒るなら本気で怒るってね。ゲームの中の女のように手緩い怒り方じゃなく、本気の怒りを。例えば、そうね………"たった一晩だけでは終わらないような、そして記憶までもなくすような、徹底した地獄を味あわせる"って」
あ、それってやっぱり……。
「………あ、あの、それって例え話だよな?」
「ええ、そうよ、例え話。だから、ハヤブサ?もしもだけれど……」
一呼吸置いて、プレシアは粛々と告げた。
「例えあなたにたった一晩の記憶しかなくても、ここ何日もの記憶がなくても、それは今の話と何も関係ないわ。………ふふっ、そう関係ないの」
「………………」
「あなたが帰ってきてから今日まで、実は何日も同じ部屋に居た。実は何日も地獄と死を体験してきた。………なんて事、あるわけないのよ?だって、そんな記憶はあなたに無いんでしょう?だったら、一晩限りの地獄は、きっと本当に一晩限りだったのよ」
「………………」
「ああ、勿論、今言った私の言葉の意味が分からないっていうならそれもいいわ。むしろ、あなたにはその方がいいのかもしれないわね」
「………………」
最悪の可能性は確信レベルで予想していたつもりだった。でも、そんなわけ無いと、まさかいくらなんでも、そう思っていだんだが。
あ……あ、あ………。
「ねえ、ハヤブサ、もう勝手に消えたりしないで頂戴ね?もうあんな地獄、たった一晩限りの記憶"しか"残っていないとはいえ、辛かったでしょう?だから、忘れていなさい。私も、私たちも、今回限りはあなたの馬鹿を忘れてあげるから」
「お、俺は、やっぱりもしかして、何日間も………」
その時、ポンと肩に手が置かれた。
ザフィーラだ。
「主、思い出されてはなりません。今、主の記憶している一晩が『いつ』の一晩かは分かりませんが、それ以上思い出すと本当に心が再起不能に陥ってしまわれます。特に最後の方など、プレシアと理のデュオで地獄が行われていたので。我らも流石に止めに入りましたが、もし止めなければ今頃主はまだあの部屋に………」
俺は、ザフィーラに抱きついた。
「ありがとう!止めてくれてマジにありがとう!」
「礼などよして下さい。我らも最初のたった一晩とは言え、大切な主に苦行を如いてしまったのですから」
今持っているあの一晩の記憶は、どうやら最初の一晩だったようだ。
確かにあの一晩も辛かったさ。普通の奴なら自殺もんだろう。それでも!
「構わん!確かに俺も悪かったんだ、すまない。あの程度の仕置きならいくらでも受けるさ!」
俺は、もしかしたら初めて心の底から自分の非を認め、頭を下げ、そして礼を言っているのかもしれない。
何とも俺らしくない行為かもしれない。けれど、それでもいい。
プレシアと理のタッグによる地獄を味わい続けるくらいなら、俺は頭も下げるし礼も言う。生きていてナンボの人生だ。
あのタッグの手による地獄の創造はあまりにもガチ過ぎる。それに比べたら記憶の中の一晩など児戯に等しい。
「ザフィーラ、ありがとう!そして、ありがとう!」
「主……もう、良いのです」
お互い抱き留め合う俺たち。
ザフィーラ、お前はあったかいな。
「あれ?こういうの、ボク知ってるぞー。ええっと、確かリニスが隠し持ってるマンガに出てた………そうだ、確か『BL』だー!!」
「ちょ、ラ、ライト!?」
ライト、感動の場面なんだからちょっと黙ろうな?
それはそれとしてリニスちゃん、あとで詳細を。