フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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19 中編

 

 

私は、他の騎士たちと違って非力な存在です。

強大な敵を剣で斬り裂く事も出来ず、強硬な障害を拳で打ち崩すこと出来ず、強靭な肉体で守り抜く事も出来ず、心身一体となって力添えになる事も出来ません。

 

日本という平和の国で、そのような力はいらないのかも知れません。

 

けれど、それでも私は悔しかった。プライドが許せなかった。

騎士としての、ではありません。

女としての、です。

大切な人に何も出来ない、何も為せることの無い力無さがとても悔しかった。

 

『シャマルはよ、美味い料理作ってくれるし、他にも家事全般やってくれんだからそのままでいいじゃん。俺ぁそれだけで超満足してっし、嬉しいぜ?』

 

そうは言ってくれるハヤちゃんだけど、だからと言って私自身は何も納得していませんでした。

確かにそれだってきちんとハヤちゃんの力にはなってると思います。料理は私が一番上手いし、掃除や洗濯も誰よりも率先して私がやってます。

 

それでも、やっぱり心のどこかで他の皆に嫉妬している私がいました。

 

(ヴィータちゃんにまでそんな気持ちを抱いちゃった時は、ちょっと我ながらどうかと思ったけど)

 

この半年、ハヤちゃんの影響を一番受けたのは間違いなくヴィータちゃんです。

その言動から考え方、どこをとってもハヤちゃんとダブります。それはもう本当の兄妹じゃないかと思っちゃうくらいに。

 

(そんな事本人に言えば怒られちゃうだろうけどね)

 

それでもまず間違いなく。ヴィータちゃんは『鉄槌の騎士』を辞めた。戦闘というものをしなくなって、喧嘩という考え方をするようになった。

そして──さらに強くなった。

本来なら弱くなりそうなものなのに、あの子は真逆となった。

 

(アイゼンや甲冑を捨てて、ただその拳に全てを乗せるようにした)

 

───拳に魔力集中させてぶん殴る。

 

ハヤちゃんの『四の五の考えず取り合えずぶん殴る』という心情を、ヴィータちゃんが受け継ぎ昇華した必殺技。

 

言葉にすれば陳腐なものだけれど、実際はとんでもない代物。なにせ後先考えず持ってる魔力全てを拳に純粋集中させるんだもの。小さな拳に無駄なく収束されたその威力はギガント級かそれ以上。当たれば終わり。文字通りの必殺技。

 

(一発の威力だけなら夜天といい勝負よね。ううん、もしかしたらそれ以上かも)

 

勿論、防御面ではかなりのマイナス。けれど、そこもハヤちゃん譲りの気合と根性で知った事かと豪語し、『ロマン砲って感じでいいだろ?』なんて言ってニカっと笑うヴィータちゃん。

 

その姿は本当にハヤちゃんそっくりで、ああやっぱりこの子もハヤちゃんの力になりたいんだなぁと思った。

 

(そう、そして私も……)

 

ハヤちゃんの後ろで支援するのではなく、ハヤちゃんの横に立って明確な力になりたい。

 

バックアップが主な役割として生まれた私なのに、どうしてこんな気持ちが生まれちゃったんでしょうね。

ハヤちゃんとの生活が変わることのないプログラムを変えたのか、それとも単純にあの創造主が原本と区別化させるために初めから持たせていた気持ちだったのか、それは分かりません。

けれど、この気持ちは確固たるものでした。

 

「ねえ、シャマル?あなたは今の立場に満足してる?」

 

自分の名前を呼びかけるのに僅かながら違和感を感じながらも、私は目の前のオリジナルに問うてみました。

 

「ええ、満足してるわ。シグナムたちのバックアップは勿論、はやてちゃんの傍にいられるだけで私は今満たされてる」

 

オリジナルのシャマルは、今幸せはここにある、という風な顔で続けた。

 

「はやてちゃんは私たちの暖かい光になってくれた。闇の中で磨耗していく運命だった私たちだけど、はやてちゃんならきっとそれを変えてくれると思った。全てを賭けて護るに値する主にようやく出会え、ずっと傍に居たいと思うこの想いを抱えて、満たされないはずないじゃない!」

 

今までの歴代の主の事を思えば、確かに今の主は最良でしょうね。チラッと見ただけだけど、あのはやてちゃんって子、凄く優しそうな子だったもの。そんな子の世話が出来るなら、きっとオリジナルは本当に現状に満足してる。

 

闇の書の呪い……こちらで調べ上げた今の夜天の書の事を知った時はすごく不憫に感じたけれど、このオリジナルの様子を見るにどうやら今代で負の連鎖は断ち切れそうね。

 

「………だったら」

 

そこで私の胸のうちに何かドス黒いモノが満ちる。

オリジナルの心配をしていた感情を押しのけるように、何かムカムカとしたモノが。

 

「何で、自分の周りだけで対処しようとしなかったの?」

「え?」

「自分の主が傍にいる今の立場に満たされてるなら、どうして……」

 

力がなくてもいい、昔と変わらず後方支援だけやってる役割でいい。

ただ主が傍にいるなら。

温かい光を与えてくれた主を護れるなら。

 

………その程度の気持ちで、何であなたは。

 

「どうしてあなたは、ハヤちゃんの傍にもいるの?」

 

私は努力した。

成長のしない身体(魔力操作すれば多少は変わるけど)、他の騎士と比べてあまりに低いポテンシャル……どうしても一歩遅れを取ってた。

でも、私はその立場に甘んじず努力したの。

ハヤちゃんに、誰よりも頼れる一人の女として見てもらえる為に努力したつもりだった。そして、ようやくハヤちゃんの隣を争える力を手に入れたし、実際立てるようにもなった。

 

後方支援や家事手伝いだけではなく、『全て』においてようやくハヤちゃんの傍にいられるようになった。

 

……なのに。

 

「どうして、私の場所からハヤちゃんを取ってったの?」

 

分かってる。

こんなの、理不尽な八つ当たりなんてのは十二分に分かってる。自己嫌悪するほど分かってる。

攫っていったのは最後の写本の断章の子だし、オリジナルがハヤちゃんよりも自分の主の傍にいる事を重要視しているのも分かる。

 

分かってるけど、抑えられない。

 

何の努力もしてない自分が、何でハヤちゃんの傍にいるの?

 

ムカムカして、ギトギトして、ドロドロして、グツグツとした、そんなナニカが私の心と思考を埋め尽くす。

 

(ハァ……シグナムたちに比べたら、私が一番冷静だと思ってたんだけどな)

 

私はいつの間にか右手にクラールヴィントを、左手には鏡を顕現させていた。

 

「どうも、結局私もあなたの事が気に入らないみたい」

 

自分勝手に相手を嫌って喧嘩を振っかけるなんて、まるでハヤちゃんみたい。

それを悪くないと思っているのだから、私も大概ね。

 

「さあ、戦争の時間よ、シャマル」

 

お願いだから、死なないでね?

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に響いた轟音に彼方の空を見てみれば、そこには大きなきのこ雲が出来ていた。その方角は確かシャマルの奴の戦闘場所であり、だとすれば察する所、あれはシャマルの『兵器庫』にある爆弾の一つによるものだろう。

 

(使ってもC4やプラスチック爆薬までにすると言っていたはずだが……まさかシャマルの奴もキレたのか?)

 

各々戦闘に入る前にシャマルは確か『どれほど強いのか、少し見させてもらいます』と、腕試し程度の発言をしていたはずだが、まさか爆弾まで使うとは。

 

(まぁ、爆弾程度に留めてくれる分まだ理性はあるようだな)

 

戦闘力の乏しいシャマルは、自分だけの力では何も出来ないというのをちゃんと分かっていた。限界がある事を理解していた。

 

だから彼女は道具の使い方を覚えたのだ。兵器を編み出したのだ。

 

(皆が変わったように、あいつも変わった。……変わりすぎて原型が少し迷子になるくらいに)

 

シャマルが開発、管理している兵器製造兼保管庫、そこから転送魔法または鏡を使ってあらゆる兵器を取り出し攻撃に使うという魔導師キラーなシャマル。………というか生命体絶対殺すウーマン。

 

爆薬、爆弾は言うに及ばず。果ては生物兵器に化学兵器、音響兵器。別の管理外世界に庭を作り、そこで毒草も栽培していたな。

しかし、これでもまだ序の口。

 

(……極めつけは理と一緒になって生み出している遺伝子改造や魔法改造した生物たちだな)

 

そう、それがあいつを最悪たらしめる兵器。

どの程度の種類をどの程度造り出しているのかまでは把握していないが、シャマル曰く『世界獲れる』らしい。過去一度、実験体であるゴキブリが数匹逃げ出したとかでその始末に狩り出された事があったが……うむ、あれは脅威だった。

 

(あのような生物を仮に百単位で造り出しているのならば、確かに世界くらい獲れそうだな)

 

というか一体どこをどう遺伝子操作したらゴキブリが筋骨隆々な人型になるのだろうか?

 

(思えば、あいつも理くらい物騒になったな。ああなったシャマルとは、闘いたくないものだ)

 

一度あいつが兵器を取り出したなら、それがどんな小型なものであれ半径1000mは彼女の間合いの内と化す。自分の足元が地雷原になったような錯覚に陥る。空気が毒を孕んでいるような感覚を持つ。

勝てないとまでは言わないが、五体満足で生還出来るとも思えない。

 

(それに、どうやらキレたのはシャマルだけではないようだな)

 

先ほど別の方角では強大な魔力と共に爆炎が上がっていたので、どうやらシグナムの奴もキレてるようだ。ヴィータと理は言わずもがな、あの二人がキレない訳がないだろうし。

 

(夜天の奴も一見穏やかだったが、心中はどうだかな。まぁ今回は相手がいなのが幸いだが。………それにしても、まったく、どうやら冷静なのは俺だけか)

 

少し呆れた溜息を吐きながらも私は迫り来る拳を、それとまったく同じ拳で迎え撃つ。

 

「どうやら皆は派手にやり合ってるらしいな」

「ああ、そのようだ」

 

オリジナルの俺が蹴りを放ってくるが、俺はそれをいなす。返す刀で今度は俺が蹴りを放つが、それもまた向こうは軽くいなす。

 

戦闘が始まって今まで、俺とオリジナルの戦いは拮抗状態とも呼べないようなものだった。

 

「ヴィータや理は兎も角、シグナムやシャマルまで熱くなってどうするのだ。こういう時だからこそ、己を律して物事に対処せねばならんと言うに」

 

主が攫われてフラストレーションが溜まっていたのも分かる。オリジナルの自分に会い、自分との違いに譲れない所があって憤るのも分かる。

だが、それをただ感情の侭にぶつけてしまっては駄目だろう。それこそ、今現在進行形で好き放題やっている主の二の舞だ。自分勝手好き勝手に振舞っていいのは主だけで、ストッパー役の俺たちがそれをやってしまうと収拾が着かなくなるではないか。

 

その点、俺は冷静だ。

 

主が攫われた事に対して確かに多大なフラストレーションはあるし、今目の前にいるオリジナルと自分の違いに多少の憤りは感じている。

しかし、それをどこかにぶつけたからといって全て解決するわけではない。今更、騎士としての在り方など問うつもりは毛頭ないが、それでもこういう時は騎士らしく振舞うべきではなかろうか。

 

「ふむ、確かにお前の言う通りだ。俺も初めて自分のコピー……すまん、写し身とも言えるお前を見た時は驚きはしたし、己のアイデンティティーが揺らぎもしたが、それは些末な事。俺は主はやての守護獣、ただそれだけだ」

「そうだ。そして俺は主隼の守護獣。それ以上でもそれ以下でもない。ゆえにコピーと呼称されても何とも思わんから気にするな」

 

オリジナルとコピー、同じザフィーラで守護獣だったとしても、やはり違うのだ。生まれた場所、育った環境が違えば別人になって当然。

だから、見かけが同じだからといって目の前のザフィーラと俺を同一視するのは可笑しな話なのだ。自分との違いに憤るなど可笑しな話なのだ。

 

「他の人と書いて『他人』。オリジナルだろうがコピーだろうが、所詮は他人であり別人だ」

「ああ、その通り。主に関してなら兎も角、俺は"俺"をどうこう言うつもりはない。………だからこそ、お前の主である隼を攫ったことに関しては謹んで謝罪する」

「なに、気にするな。そもそも攫ったのはこちらの断章の騎士だ、オリジナルに非はなかろう。主も好き勝手やってるようで、だから謝罪の言葉はお前ではなく主から出させよう。むしろ俺からも謝罪する。聞けばお前の主は命の危機なのだろう?そんな折にこんな事になってしまって……今こうしている俺が言う事ではないだろうが、心苦しい」

「それは、まあ仕方なかろう。そちらの騎士たちの気持ちも分かる。それに、隼が来てからというもの主はやては一層明るくなった。加えて、隼はその命の危機も救うと言っているから、俺個人としては逆に感謝している」

「ふむ。つまり主が好き勝手三昧していたのは、お前たちの主の救命の為だったというわけか。………ふっ、金か女か子供が絡んでいると思ってはいたが、やはりか。何とも主らしい」

 

拳を交えながらも、俺たちは軽く会話する。苦笑さえ、お互いが浮かべる程だ。

気が合う、と言えばいいのだろうか。見掛けは同じだが別人と割り切った為、数少ない男性体なのでまるで友を得たかのよな気分になっていた。

 

だから、戦闘中にも関わらずついついこんな事を言ってしまった。

 

「そちらの主の救命、俺たち写本の騎士も助力しよう。まあウチの主なら一人でもやってのけそうだがな」

「いや、そうか、それは助かる」

「うむ。そして全て終わった暁には、守護獣同士いろいろ語り明かそう。そうだ、俺のオススメの漫画も貸してやろう」

「漫画?ほう、お前はそのようなものを嗜むのか」

 

ピタリと、今まで緩やかに交わしていた俺の拳がふいに止まった。

 

「……"そのようなもの"……だと?」

 

その言葉は、オリジナルは別に悪気があって言ったのではないだろう。ただ興味を引いただけ、ただ意外に思っただけなのだろう。

 

……だが。

 

「……貴様、事もあろうに漫画を"そのようなもの"扱いするか」

「ど、どうした?」

 

急に声の低くなった俺の様子に狼狽しているオリジナル。

 

そんなオリジナルに、俺は先ほどまでとは違い本気の拳を叩き込んだ。

 

「ぐっ!?な、なにを……」

 

分かっているんだ。先にも言ったように、こいつと俺は別人だ。彼我の違いに憤るのは筋違いなのだ。感性だって好みだって違ってくるのは当然なのだ。

 

………だが!

 

………だが、しかし!!

 

「大馬鹿者が!!!」

 

オリジナルを指差しながら吼える。

 

「人類の生み出したもうた漫画を"そのようなもの"とは何たる暴言!昼夜場所問わず、時には鍛錬さえサボってでも読む時間を作るに値する価値あるものであろうに、それを何たる愚かしさ!いいか聞け!漫画とは、あのような薄い紙一枚一枚にも関わらず人の夢、幻想、現実、誕生、死、恋、別れ、ありとあらゆる物が詰まった万物の原点にして最奥!母なる海より生まれ、父なる大地で育ち、人生の空を翔け、来世の宇宙へと飛び立つという流れの中で、常に小脇に抱えておかなければならないバイブル!だと言うのに貴様ときたら……お前には感情というものがないのか!!」

「…………」

「同意の言葉はおろか何の返答もないとは……なんと、なんと嘆かわしい!お前には足りない物があると分かっていた。教えてやるつもりではいたが、決して押し付けるつもりはなかった…………だが、ここまで来るとほとほと呆れ果てたわ!」

 

オリジナルに接近し、拳を、蹴りを、爪を、牙を、持っているだけの武器を矢継ぎ早に振るう。

 

貴様に足りない物、それはああああああ!!!

 

「愛してるぜベイベ、GALS、君に届け、あずきちゃん、パタリロ、とらわれの身の上、つなみ注意報、あさりちゃん、赤ちゃんと僕、僕は妹に恋をする、NANA、きんぎょ注意報、俺物語、ママレード・ボーイ、その他いろいろぉぉぉぉおおおお!!」

 

つまり、何が言いたいのかと言うと!

 

「少女マンガが足りない!!!」

「がはっ!?」

 

ローリングソバットを決めてオリジナルを吹き飛ばした。

 

「立てい!今からこの俺が、貴様にみっちりと世界の真理というものをレクチャーしてやる!友情を深め合うのはその後だ!」

 

まずは美少女戦士セーラームーン!!

 

月に代わっておしおきだあああああああ!!!

 

 

 




いつもより少し短めですが、次の話がちょっとアレなのでここで区切り。

次回は理編

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