フリーターと写本の仲間たちのリリックな日々   作:スピーク

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19 前編

八神はやて。

 

夜天の守護騎士たちの主にして、夜天の魔導書の所有者。

フェイトと同じまだ9歳の幼い少女。車椅子に乗ってるという事は、それは勿論足が不自由な証拠なのに、そのようなハンデを物ともしないといった風な明るい子。

 

正直言って最初、私はオリジナルの夜天の魔導書の主を快く思っていませんでした。

我が最愛の主を攫った騎士の主、それだけで嫌う理由には十分です。それが例え写本の断章の騎士フランの独断専行だったと分かっても、この思いは変わりませんでした。そもそも、オリジナルの記憶も記録として持っている私たちコピーは、だからオリジナルの歴代の主も知っているのです。ゆえに今代の主もおそらく醜悪な主なのだろうと決め付けていました。

だから、嫌悪の対象として捉えていました。

 

しかし─────。

 

「ほら、夜天さん。夜天さんも影の中に入りや、暑いやろ」

 

実際はただの少女でした。どこにでもいる、しかし極めて優しい心を持った少女です。

 

「ありがとう、八神はやて」

 

常に温かい笑顔を絶やさず、その優しき心を持ってオリジナルの守護騎士たちをも受け入れている少女。

 

どうして憎む事が出来よう。

この子が何故魔力蒐集を騎士たちにさせているのかは分かりません。けれど、それは仕方なくやっているのだろうというのは検討がつきます。あるいは騎士たちの独断という可能性もあります。どちらにせよ、このような子が無闇に他人を傷つけるとは思えません。

 

「なぁなぁ、夜天さん。さっきは自分の事弱い言うてたけど、夜天さんも隼さんの騎士なんやろ?せやったらもの凄い魔法とか出来るん?」

 

無垢な期待の目を向ける八神はやて。

 

先ほどのトランスポーターの魔法での転移した時もそうでしたが、どうやら八神はやては我が主と同じくあまり魔導には関わりを持っていない様子。もしかしたらオリジナルの騎士たちが、出来るだけ魔導から離れさせているのかも知れませんね。その気持ちは分かります。このような幼く、将来のある子に、一つの事に深く関わり合いを持たせてしまって選択肢を狭めてしまう。

 

主がどうして帰ってこなかったのか少し疑問でしたが、今は少しだけ分かります。

 

「私は皆の中では最弱だからね。高ランク魔法はいくつか出来るけど、魔法よりはどちらかというと物理が好きだから」

「物理?よう分からんけど、そうなんや。う~ん、でもシャマルよりは強いんやない?この前シャマル言うてたもん、自分は前衛やなく後衛で支援するのが役目って」

「いえ……ああ、確かにそちらのシャマルと比べたら幾分勝気はあるかな」

「え?じゃあ、そっちのシャマルはちゃうん?」

「天と地ほど」

 

この半年、私達全員軒並み変わりましたが、中でも変化が激しかったのは間違いなくシャマル。

後方支援、回復専門だった彼女の役割は、最早過去を通り越して前世のもの。今では彼女は自分に合った戦闘法を編み出し、練り上げ、その凶悪さにおいては理と同等なまでのレベル。

 

戦いたくない相手は?と聞かれたら、私なら迷う事無く彼女の名をまず最初に挙げる事でしょう。

 

「へぇ、そうなんや。でも、やっぱ夜天さんが弱いようには見えんわ。隼さんも言うてたし」

「あ、主が……?」

 

少々ドキッとした。

主は私をどう見てくださっているのでしょう?も、もしかして、一番頼りにしてくれておられるのでは……………。

 

「あ、主は私の事をなんと?」

「ん?え~とな、確か………『夜天が怒ればたちまち天は落ち、地は裂け、海は割れる。神は媚びへつらい、悪魔は泣いて慈悲を乞うだろうよ』とかなんとか」

「…………………………………………………………………………」

 

なるほど。

なるほど、なるほど。

 

(ああ、主、早く貴方に逢いたいです。ええ、本当に……どうしてさしあげましょう)

 

胸中で主に対して向けるべきではないドス黒い感情が芽生え始めた時、八神はやてがふと何かに気づいたように声を上げた。

 

「あの、そう言えばウチにまだ一人、ユーリちゃん言う子がおるんやけど、今あの子もここに来とるん?姿は見えんけど」

「ユーリ?……ああ、紫天の盟主の事?」

「え、ユーリちゃんの事も知ってるん?」

「調べたからね」

 

ユーリ・エーベルバイン──紫天の盟主にして、永遠結晶で未知なる魔力を無限に生み出す化け物。

 

プレシアやスカリエッティによって事前に今主の周りにいる人物は調べ上げていました。その報告の中でもあの子は規格外も規格外。あれを相手に出来る魔導師などいるのかという程のレベル。おそらく我らブルーメが束になって真っ向から挑んだなら敵わないでしょう。

 

そもそもあの能力───《一定範囲の生物の生命力を結晶化し、無力化する》なんてどうしようもないでしょう。しかも既存の魔法では防げないという。一応プレシアが相殺する魔法を研究してはいますが、流石に資料が少ないのか完成には未だ至らず。

 

そんな魔導師を御せている我が主はやはり流石ですね。

 

──まあ、しかし、です。

 

「あの子はここにはいないよ。私があなたの家を訪問すると同時に別で拘束させてもらった」

 

真っ向勝負に拘らないならば。魔導師戦に拘らなければ。最強魔導師であろうとも、それが人型ならば。

この世に下せぬ者などいません。

 

「え、拘束って……あのユーリちゃんを?」

「安心していい。手荒な真似はしていないから。少し深く眠って貰っただけだよ」

 

人とは意識外の攻撃、奇襲には往々にして対応が一手遅れる。魔導を絶対とする魔導師というものなら尚更。

 

そして今回。その役目を担ったのは理だけど、生憎とどうやって無力化したのかは知らされていない。……一応、殺害ではなく捕縛が目的なので対物狙撃銃による認識外からの超長距離射撃なんて事はしていないはず。理もすぐに私と合流したし。

 

「この件が終わったらすぐに会えるよ。今はただ騎士たちの帰りを待とう」

「ちょっと気にはなるけど、でもそやね。今はそれしか出来へんなら、全力で出来る事しとくわ」

 

そう言って騎士たちのいるであろう空に向かって声援を送り始める八神はやて。隣にいる私も同じ空を見上げ、しかし考えは別に。

 

(……私も近いうちにオリジナルの私と喧嘩する事になるのかな?)

 

その時はこの八神はやてのように、我が主も応援して下さるのだろうか?勝てば褒めて下さるのだろうか?

 

……もしそうであれば、その時はちょっとがんばろうかな。うん。

 

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

 

「「ハァッ!!」」

 

 

同じ声色、同じ声量の裂帛の気迫が重なる。それに少し遅れて金属と金属がぶつかり合う音が木霊する。エモノもそれぞれ同じ片刃の剣。担い手も同じ。

ここまで同じだと、逆に同じではない部分がより目立ってくるはずだが、私と相手との違いと言えば服装くらいしかない。

 

片や騎士甲冑を身に纏った騎士。片や地球のデパートで売っている冬物の服を纏った騎士。

 

ヴィジュアルだけで判断するなら、私の方が負けているな。

 

「なるほど、自分と剣を交えるのは初の体験だが、存外に悪くない」

 

シグナム……オリジナルの私がどこか満足げに言う。

それには私も同意見だ。

生まれ出でて今日まで、こうやって真っ向から剣同士を交えられる相手は居なかったからな。一番鍛錬に付き合ってもらっているフェイトも、真っ向から来るタイプではなくスピードで翻弄して隙を突くタイプ。

 

「しかし、解せないな。なぜ甲冑を展開しない。よもや手加減しているのか?」

「そういう訳ではない。これは我が主の意向でな」

 

曰く、『甲冑?そんな物々しいの着たいわけ?やめてくれ、目が疲れる。それに綺麗なツラと特盛りの身体が台無しじゃんよ。それよかスカート履け、スカート。今度俺が買ってやんよ』との事。

 

私的には甲冑も用意しておきたいのだが、主がそう言われるのであれば是非もないと諦めている。

 

………それに、まぁ、なんだ、主には甲冑よりももっと綺麗な格好を見て欲しいしな。

 

「そもそも、言わせてもらうと甲冑の有無がこの場で如何ほどの意味があろう?」

「どういう事だ?」

「掠りもしないであろう攻撃に何を備える事がある、という事だ」

「───なんだと?」

 

少し挑発気味になってしまったが、見紛う事無き事実でもある。慢心でもなければ自惚れでもない。

 

ここまで十数合打ち合ってみたが、正直な話私は落胆していた。相手がただの敵であればどうとでもないが、仮にも自分だから複雑な気分なのだ。

 

「オリジナル、お前の剣は確かに強いままだ。長年の時を生きても錆を見せず、刃毀れ一つしていない良き強さだ。不変で不朽で………本当に無様」

「!!」

 

私の言葉に怒りを見せたオリジナルが、力任せにレヴァンティンを叩きつけてきた。

どうとでもなるその一撃を私はわざわざ受け止め、適度な力で押し返して鍔迫り合いの形にする。

 

「愚弄するか!」

 

勿論、私にはそんなつもりはなかったが、確かに客観的に見ればそう捉えられるだろう。そもそも、真剣勝負中の相手に『無様』と暴言吐くなど本来ならば騎士失格だ。なのに、つい口をついてしまったのは主の影響だろうか?

 

「愚弄したつもりはない。まあ、誉めたつもりもないが」

「貴様!」

 

オリジナルは片手をレヴァンティンから離し、腰につけていた鞘を引き抜いて私の顔目掛けて横なぎの一撃を放った。

私は向かってくるその鞘を下方から軽く拳を当てて軌道を逸らしたが、相手はその逸らされた勢いを利用して蹴りを放ってくる。が、私はそれも事も無げに軽く身を引いてかわして反撃………ではなく、一端距離を取った。

 

「お前に主の傍にいる資格があったかどうか見定めるつもりだったが、まあ予想通りか。オリジナル、お前はどうやら鍛錬もせず、ただ平和を甘受していたようだな」

「見くびるな!いくら地球が平和だろうとも、将としての責務を忘れた事は無い!」

 

激昂するオリジナルだが、さて、奴がどれくらいの鍛錬を自分に課してきたのだろうか。いや、どれくらいではなく"どのような"か。

 

「素振り、瞑想、他の騎士たちとの模擬試合……身体の成長しない我々プログラムが出来る鍛錬などこの程度か」

 

オリジナルからの返答はないが、すなわちそれが肯定。まさしくその通りだったのだろう。

 

「それに何の意味がある?」

「なに!?」

 

笑わせる。

 

「素振りなんてしなくとも剣を握る感覚を忘れるわけがない、そうプログラムされているのだからな。瞑想した所で悟りが開けられるわけでもない。身内での模擬試合など、所詮ただの馴れ合いの延長線でしかない」

 

我らはプログラムだ。人とは違い、筋力や持久力なんてものは成長しない。培えるのは経験と知識のみ。だからこそ、人と同じように強くなろうとしてはいけないのだ。

 

(……まあ、例外もあるにはあるのだが)

 

脳裏に過ぎるのは銀髪は靡かせる女性───夜天。

 

今、彼女について多く語る事は控えよう。というよりも多く語れないのだ。

言うなれば、そう──シンプルに強い。

 

速く、硬く、鋭く、重く、タフで強靭で剛力。

 

過不足なく、これで十分。『どうしようもない強さ』というのは、きっと彼女の事を言うのだろうな。

 

「そんな事をしている暇があったら、兎に角戦えばよかったのだ。模擬試合などではない、もっと身命を賭したな」

 

私はそうしてきた。

魔法世界の生物はいうに及ばず、他の騎士やテスタロッサ家と幾度と無く剣をぶつけた。それも馴れ合いの模擬戦ではなく、欲に塗れた死合いを。

勝てば得る、負ければ失う。人は欲しすれば強くなる。無欲や禁欲で至る境地など高が知れている。

主からの寵愛を賜るため、または主自身が報酬の時、我らは壮絶な喧嘩をしてきた。殺す勢いで、殺される覚悟で喧嘩してきた。

 

ただ、勿論それだけではない。経験だけ積めば強くなれるわけもない。

私も私で、いろいろな鍛錬をしてきたのだ。

 

『経験』し、そこから『技術』に発展させなければ意味が無い。

 

その甲斐あって、今では私も強くなったと自負出来る。未来予知とまではいかないが、『先の先』の更に先くらいなら読めるようになった。………それほどの経験をつまなければ、とても生活できないのだ。

 

「きっとお前のやってきた事は自己満足の鍛錬ですらない。ただの日課としての作業だ」

 

朝起きたら『おはよう』というような、その程度の行為。惰性。誰が得するわけでもない、ただの時間の浪費。実の伴わない張りぼて。

 

「黙れ!貴様に、私の過ごしてきた日々を否定する権利はない!そも、それが騎士としての在り方だろう!何もせず呆けている事など出来ん!」

 

吼えるオリジナルだが、また見当違いな事を言っている。

 

「騎士としての在り方?プログラムとしての、だろう」

「違う!」

 

騎士とはこうで在れ、そうプログラムされているからこその行いだ。我等が騎士としての在り方をまっとうしたいなら、まずはそこを履き違えてはならない。守護騎士システムを肯定しなければならない。

 

だというのに、このオリジナルは。

 

「否定するのか、己を?」

「違う、プログラムではないと言っているんだ!確かに事実としてはそうだろう。だが、主はやては我らを人として迎え入れ、家族と呼んでくれた。なればこそ、私はプログラムなどではなく、一人の騎士『シグナム』として生きるだけだ!」

「……ああ、そうか」

 

本当にオリジナルの私は不変だ。

いつまでも"騎士"としての"シグナム"で在り続けている。

 

それは立派な事だろう、立派な事だが………なんだろう、この気持ちは。

 

「騎士として、シグナムとして、お前は在ると?」

「そうだ。断じてプログラムではない!私は、烈火の将シグナムだ!」

 

ああ、そうか、この気持ちは、

 

「────気に入らん」

「……なに?」

 

主がこの言葉を言う時は、大抵怒り狂って後先考えず無茶苦茶をする時だが、今ならばその気持ちが分かる。

 

「気に入らないんだ」

 

プログラムなのは否定してるくせに、烈火の将シグナムであるのは肯定している。

 

それが、どうしようもなく気に入らない。

 

「"烈火の将シグナム"というのもプログラムされた役割りだ。プログラム自体は否定するくせに、都合の良い所は肯定か?」

 

これが別にオリジナルの主一人に向けてだけだったならばよかった。そこだけの関わりならば何も問題なかった。

 

(だが、こいつは主隼の傍にいた)

 

その程度の曖昧な在り方で、お前は主隼と共にいたというのか。主隼に見つめて貰っていたのか。主隼に触れて貰ったのか。

 

「プログラムだから何だ、騎士が何だ、シグナムが何だ。そんな物に拘り、翻弄されるとは………貴様は"私"を何だと思っている」

 

カートリッジをロードする。その数6発、あるだけだ。

私と同じく、レヴァンティンも成長した。プレシアとリニスに改良してもらった今のコイツなら、我が技量と合わされば金剛石でさえ豆腐に等しい。

 

ゆっくりと斜に構え、相手を見据える。

『烈火の将』としてならば───まずは肩または腕に向かって剣を振り、あわよくば片腕を無力化。しかし、おそらくは剣か手甲によって防がれる。よって結果如何もなく、次に攻撃手段を絞らせる為に体勢を出来るだけ屈め、素早く後ろに回り込んで鞘で膝裏を強打。倒れたら追撃をし、倒れなければ這うように後ろに飛んで魔法で弾幕を張りつつ間合いの外へ。

あるいは。

『鈴木シグナム』としてならば───全力を出して真正面から相手に気づかせぬうちに両手両足の腱でも断つか。おそらく『仕掛け』と『動き』さえ外せばこいつは視認出来なくなる。その程度の相手だ。数秒でケリを着けられる。

 

………………だが却下。すべて破棄。

 

「私を────」

 

私は気に入らないと言った。つまり怒っているのだ。

これはきっと見当違いな怒りなのだろう。目の前の私と私は同じだが違う。ならば、自分と比べてしまう理由は薄い。だから、この怒りは一方的な怒りの押し付け。

 

……だから何だ?

 

そう思ってしまうのは、主の影響だろうか。

 

どのような怒りであれ、その感情が発生したならばもうどうしようもない。ただありのままに、我がままにぶつけるだけだ。

 

烈火の将でも鈴木シグナムでもない、ただの『私』として──感情のままに、ぶった斬るだけだ!!

 

「『私』をナメるなあああああッ!」

 

『私』は『私』だろうが!!

 

 

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 

 

「おーおー、派手にやってんなあ」

 

向こうの空で二つの紫色の魔力光がぶつかってるのが見える。あの魔力の色はシグナムだろうけど、ありゃ相当キてんな。

 

普段は冷静なクセに一度火がつくと二つ名の通り、烈火の如く猛る奴だからなあ。あの規模からして、大方オリジナルがシグナムの癪に障る事言ったんだろうな。

なんつうか、オリジナルはご愁傷様だな。

オリジナルシグナムがどれくらい強いのか知らねえけど、うちのシグナムは段チで強いからな。マジになったあいつとタイマンで真正面から殺り合って取れる奴なんて、たぶん夜天くらいじゃねえの?

 

つっても、あの様子を見るにシグナムの奴、怒っちゃいるが全力で相手はしてねーな。

『本気』なんだろうけれど、『全力』じゃない。

もし全力なら魔力のぶつかりなんてあるわけねえ。一方的に静かに終わるだろうよ。

 

「余所見してんじゃねえ!」

「おっと」

 

迫ってきたアイゼンを半歩足を引いて身体を捻ってかわす。

それにしてもホント、妙な気分だ。見慣れて、使い慣れたアイゼンが自分に迫ってくるって何なんだ?まさかオリジナルが同じ時代、同じ世界にいるなんて思ってなかったからなあ。

 

「クソ、さっきからちょこまかと!何で当たらねえんだ!」

 

オリジナルのあたしが歯噛みしながらも連続でアイゼンを振ってくるが、あたしは尽くそれを避ける。

 

「当たるかよ、バーカ」

 

魔法を使わない、こういう接近戦では攻撃の形なんて限られてくる。

所詮、人の身体には腕が二つに脚が二つしかないんだ。少し想像力を働かせれば、相手がどういう体勢を取ればどういう攻撃が来るかなんて自ずと分かるもんだ。

物理法則に従った動きなんて、ある程度制限が掛っていて当たり前。例えその埒外にある魔法を使ったとしても、今回の場合は相手は自分自身。どんな動きであれ、想定出来て当然だぜ。

 

「ちっ、もういっちょ!」

「甘ぇんだよボケナスが」

 

アイゼンをアイゼンで迎え撃つ。まったく同じ武器で、まったく同じ力で打ち合った結果、それぞれが弾かれ合う。

 

そんな当然の結果に、ふと思う。

 

(シグナムだったら、狙ってやるなら兎も角、きっとこんな均衡した競り合いにはならないだろうな)

 

さっきも言ったけど、あいつはもう段違いに強いからな。あたしたちとの殺し合い並みの喧嘩による経験に加えて、毎晩毎晩飽きることなく稽古に没頭。というか寝ない。眠たくなったら書に還ってコンディション戻してすぐ再開。週の睡眠時間がゼロなんてままある。

 

よーやるわ、と思う。

 

『どんな状況でも最上の一撃が出せるよう、型稽古は怠らん』とかなんとかつってたな。プログラムなんだからンな事しても意味ねえんじゃないかと思うけど、『プログラムだからこそ、だ。型稽古とはある種のイメージトレーニング。どんな状態からでも同じ打ち込みが出来るよう繰り返し身体に覚えこませる。理詰めのようなそれは、私たちのような存在と相性がいい』だとさ。

 

(あたしにゃよく分かんねーな。けど、まぁ事実なんだろうな)

 

あいつが一度だけ『全力』で喧嘩した時があったけど、ありゃマジでやべえ。なにせいつ攻撃されたか分かんねーんだ。

 

いつの間にか間合いに入られ、いつの間にか剣が振り切られてた。勿論、あたしは一度もあいつから目を離しちゃいねーのにだ。

 

あいつの動きが認識出来なかったんだ。

 

なんでも『仕掛けを外す、動きを外す、間を外す、意を外す、拍子を無くす。それらが出来れば魔法など使わなくても人は姿を消せる。つまり堂々と真正面から奇襲が出来るという事だ』らしい。

 

いや、無理だよ。

 

「クソッ、イライラする!何なんだよ、お前!」

「何なんだよって、それはお前が一番分かってんだろ?」

「そういう意味じゃねえ!」

 

ギャギャアと喧しく騒ぎ立てるオリジナル。

てかさ、こいつってホントにあたしのオリジナル?あたしってこんなに口悪かったっけか?いやいや、あたしはもちっとお淑やかだろ。

 

「こんな事してる場合じゃねえってのに!はやてには時間がねえんだ………クソ、隼の奴が来てから滅茶苦茶だ!」

「………あ?」

 

オリジナルの口からあいつの名が出た。あたしじゃないあたしの口から、あたしの主の、隼の名が。

…………たったそれだけなんだけど。

 

「ぐっ!?」

 

何でだろう、いつの間にか拳大のシュワルベフリーゲンを打ち出していた。

 

「おい、このカスオリジナル。あいつの事何も知ねーくせに調子乗って呼び捨てしてんじゃねーよ、あ゛あ゛ん゛!?テメエの矮小な脳ミソ掻き出して代わりに肥溜めの糞ぶち込まされてえか、ええコラぁ!」

 

どうやらあたしもオリジナルくらいには口が悪いみてえだな、うん。

 

「気に入らねえ……ああ、気に入らねえんだ。ええと、こういう場合どうするんだっけ?」

 

自問して見るが、それよりも早く体は動く。

 

あたしは、右手に持っていたアイゼンをオリジナルに向かって力いっぱい投げつけた。

 

騎士にあるまじきあたしのいきなりの行動に虚を突かれたオリジナルは、避ける事は間に合わないと悟ったのか持っていたアイゼンでそれを弾いた。

 

その隙に私はオリジナルに近づき、相手の胸倉を掴み上げる。

 

「てめ、正気かよ!?それでも騎士か!」

 

どうにか離れようと蹴ったり殴ったりしてくるが、そんなちょっせえ攻撃効きやしねえ。隼の拳の方が全然重い。アイゼンもこんな至近距離じゃあ満足に振れねえだろ。

 

「騎士?ンな目に見えねえ価値なんて早々に捨てたぜ」

「なっ!?」

 

そんなモンに拘る気なんてさらさらない。惜しくもない。

騎士としてプログラムされてんなら、それは自己の否定じゃないかって?

かもな。けど、別に構わねえよ。

 

だってさ、隼の奴が『それでいい』って言ったんだ。『その方がお前らしい』って。『騎士でもヴィータでもなく、ただ思うままのテメエでいろ』って。

 

だったらいらない。

 

隼が肯定してくれんなら、あたしはいくらでも『鉄槌の騎士』を否定してやんよ。雑に扱っちまったアイゼンだって、それを応としてくれてっし。

というか最近じゃ隼の方があたしのアイゼン使って喧嘩しやがるし。

 

「イライラしてんだろ?ムカついてんだろ?だったら覚えとけや。そういう場合はよ、武器なんて使うもんじゃねー、効率とか後先考えるもんじゃねーんだってさ………ただこうやるんだってよお!!」

 

右手で握り拳を作り、あたしは迷う事無くオリジナルの顔をぶん殴った。

 

アイゼンで殴るわけでもなく、『魔力を純粋集中』させた拳を使うわけでもなく。

攻撃手段としては最もダメージの少ないだろう、ただの素のぶん殴り。

しかも後からキいてくる腹を殴るわけでもなく、脳を揺らすように顎先を狙ったわけでもなく、アイゼンを振れなくするように腕を狙ったわけでもなく。

 

──────ムカツク奴がいたら、四の五の考えずにその横っ面だけを力の限りぶん殴る!超気持ちいいぜ~。

 

へっ、隼の言う通りだな。

 

「ほら、どうした、立てよ。無様に転がってちゃ、テメエが拘ってる『鉄槌』の二つ名が泣くんじゃねーの?」

「っのヤロウ!」

 

ふん、すぐ立ち上がった所を見ると、やっぱダメージは殆どねーか。

まあいいさ。ダメージがなくても、しこたま殴り続ければその内気絶すんだろ。それまでにこっちもかなり手傷負うだろうけど、まかり間違ってもオリジナルより早く気絶するなんて無様は晒さない。気合と根性で乗り切る!

 

「くそ!やっぱテメエも滅茶苦茶だ!隼みたいな戦い方しやがって!」

 

あ?あいつみたいだと?はっ、なに言ってやがんだか。

 

「ば、馬ッ鹿!い、意味分かんねーし!あいつと同じとか、マジ最悪だし!うえ~、げろげろ」

「………言動一致させろよ。その締まりのないニヤケ面やめろよ」

 

う、うっせえ!

 

「ふ、ふん。つうか勘違いすんなよ。あたしは、今日、ここに喧嘩しに来たんだ。戦闘なんてする気、さらさらねーよ」

「なっ、テメエ、そんな程度の心構えであたしに勝つつもりかよ!アイゼンまで放り投げて、正気か?!」

 

あ?そんな程度の心構えだ?戦闘じゃなく、喧嘩の場合は心構えが低いってか?アイゼンが無かったら勝てないってか?

 

おいおい、冗談ぶっこいてんじゃねーよ。

 

戦いと喧嘩、戦闘者と喧嘩屋、武器ありと武器なし………そんなんで、心構えの高低とかで、勝負の優劣が決まるわけねーだろ。

 

武器も持たないただの喧嘩屋は、武器持ちの戦闘者に劣るって、そう誰か決めたんかよ?

 

「だったらその身に刻み込みな、鉄槌の騎士ヴィータ。鈴木ヴィータのステゴロがどれ程のモンかを、よ?」

 

隼を馬鹿にされた分、鈴木ヴィータの低く見られた分、そして何よりもオリジナルが隼と一緒に楽しく過ごしていたという不愉快分。

 

きっちり、ここでそのオトシマエを付けさせてやる!

 

「こっからは『本気』でいくかんな、このクソッタレ野郎!泣いて謝る事すら出来ないくらいグチャグチャにしてやんよコラァ!」

 

持論だけど。

 

『全力』と『本気』は似てるけど違う。

 

『全力』とは、文字通り自分の持つ『全ての力』を出す事。そこに感情はいらない。機械的に粛々と。合理的に。───言い換えるなら、これつまり『戦闘』。

片や『本気』とは、『本当の気持ちを入れる』という事。力はどうでもいい。効率も考えない。ただただ己の感情を出す。───これつまり……

 

「『喧嘩』だバカヤロウ!!」

 

死に晒せダボがぁああ!!

 




少し長くなったので3つに分けました。

次回はシャマル、ザフィーラ編。そして次々回は理編です。

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